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観戦中のご一行 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、相変わらず伏魔殿で石化しておりました。五行の式神たちも一緒です。『無』の侵食から世界を守るために石化した後、とりあえずすることもなくなり天地宗家の戦いを観戦しながら雑談に興じているのでした。
・ 場面1 ・
さて、天を支えるため巨大化した自分たちの頭の辺りに霊体状態で浮かんだヤクモさんたちの眼下には、ついにウツホと対峙した天地宗家の姿が見えておりました。
「リク〜! がんばれ〜!」
タンカムイが無邪気にエールを送っています。ヤクモさんもまた、内心で「頼むぞ、コゲンタ」と信頼する旧友に語りかけていました。(その間も『無』の侵食でヤクモさん(大)たちの体にはヒビが入りまくっていたのですが、騒いでもどうにもならない一行はとくに気にとめていませんでした)
天地宗家はウツホから押し寄せる圧力にも負けず、それぞれの白虎を召喚しました。と、ウツホの後ろに次々と影が現れます。なんとこれまでリクたちが倒してきた式神たちが大量に降神したのでした。天地宗家は驚愕に声をあげます。
同時に、観客席のヤクモさんも驚きに声をあげていました。
「ネネ! あれはネネじゃないか!」
「ネネ……とは?」
5名の頭に浮かんだ疑問を、代表してタカマルが尋ねます。ヤクモさんは戦いの方へと身を乗り出した姿勢のまま、
「昔一緒に闘った豊穣のネネだ! コゲンタの友達なんだよ……。また闘うことになってしまったか」
くやしそうに唇をかみます。五行の式神たちは、みんなしてそちらを眺め、
「豊穣……というと確か」
「ネコっぽい種族でおじゃる」
「すると、あのネコミミついてる可愛い子ですかね?」
「あっ、長老発見! がんばれー!」
青いチャイナの上着を着た少女がそれであろうと特定しました。ヤクモさんは拳を握りしめ、
「コゲンタも友達と戦いたくなんかないだろうに……。くそっ、すまないコゲンタ、ネネ。俺たち人間のせいでまた辛い思いをさせてしまう」
『辛い思い』をしているのはほかならぬヤクモさんのようです。式神たちは顔を曇らせ、それから契約者のそばによってその肩を軽く叩きました。
「ヤクモ様がそんな風に思う必要はないであります」
ブリュネの言葉に、ヤクモさんはやっと振り返って自らの式神たちを見ました。みな親愛の念に満ちた穏やかな微笑を浮かべています(リクドウの表情だけはいまだにヤクモさんも読めませんが)。
「悪いのはウツホでおじゃる。白虎も豊穣も分かっていて戦っているでおじゃるよ」
「それに、我らは戦っても死ぬことはない。殺し合いをさせられるわけではないのだ」
「だからそんな顔をしないでほしいですね〜」
「そうだよ、ヤクモが浮かない顔してるの、僕は好きじゃないんだ」
自分を励まそうとする式神たちの言葉に、ヤクモさんの胸には温かい気持ちが湧き上がってきました。
「ありがとう、みんな」
いろいろな思いを込めてそれだけ言い、静かに笑った契約者に、五行の式神たちもほっとします。いつもの彼らしい落ち着きを取り戻してくれたのでした。
・ 場面2 ・
「そうだな……。それとこれとは別だってコゲンタも昔言ってたものな」
一瞬熱くなりすぎてしまったことに照れたようなヤクモさんは、軽く頭をかきながら座りなおします。式神たちも笑ってそれに倣いました。
「戦いは式神の存在意義でおじゃる。言ってみれば己を磨くための真剣勝負でおじゃるよ」
「うん、そうだったな」
特にサネマロは戦いを楽しむ傾向が強い式神です。ヤクモさんはそんなことを思い出しながらうなずきました。
「そうそう! 式神から戦いを取ったら、漫才コンビからツッコミを取るようなもんですって!」
「……うん」
リクドウの喩えってイマイチぴんと来ないなあ。ヤクモさんはそんな感想を持ちましたが、あえてそれは無視しました。
「もともと、ぱーっと戦ってどかーんと暴れるの、僕たちすごく好きなんだよ」
「……うん?」
タンカムイの無邪気な一言に、うなずきかけたヤクモさんは首をひねりました。
「そう、小官も刹管相輪串刺がきれいに決まった瞬間が一番幸せであります」
「…………」
今度こそヤクモさんはうなずけませんでした。なんか物騒なこと言ってないか? 遅まきながらそう気付いたのです。
「われらもあの中に混じって乱闘を楽しみたいものですな。我らがいればあの大軍も30秒で片付けるものを」
感慨深げに遠い目をするタカマルに至っては、もうヤクモさんはついていけません。
「みんな、さっきも言ったじゃないか。衝動だけで暴れるのはよくないことだって。そうだろ?」
両手を広げ、諭すように言い聞かせるヤクモさんでしたが、式神たちは返事をしません。そんなことないよねー、という顔で互いにちらちらと視線を交わすばかりです。前回の自分の説得が、本当に何一つ功を奏してないのが分かり、ヤクモさんは一気に脱力しました。分かりやすく言うと『コゲンタカムバック』という気持ちです。
せめてここにバンナイさんがいてくれたら……。平和主義者なバンナイさんとラクサイ様なら、きっと一緒になってブリュネたちを説得してくれたろうに。そんなことを考えながら式神たちから目をそらし、とりあえず戦闘のほうへと視線をやったヤクモさんは目を疑いました。
「バンナイさんっ?」
本当に芽吹のバンナイさんがいたのです。ヤクモさんの古い友達である彼は、いつもよりハ虫類度200パーセント増な姿で遠い戦闘にまぎれておりました。
「バンナイさん! バンナイさん!!」
ヤクモさんが喜色を浮かべて手を振った瞬間です。バンナイさんは地を蹴り、得意の鞭を振るって、なんとコゲンタたちへと襲い掛かったのでした。彼までウツホに操られているのです。迎え撃ったカブト虫が「金剛力弾球!」と叫び、バンナイさんは現れたエネルギー球を叩きつけられて消え去りました。
そしてそれを、はるか上空から見ていたヤクモさんは、ぽかんと口を開けたまま声も出ませんでした。
そのまま5秒。10秒。
「ヤク……モ…?」
タンカムイがおそるおそるかけた声がスイッチになったのでしょうか。
天を支えるヤクモさんの周りに『歪』の文字が溢れ出します。太極をも揺るがす声で、ヤクモさんは天に叫びました。
「ウツホ
ッ!!! よくもバンナイさんをぉぉぉぉぉ!!!」
ヤクモが石化していてよかった。五行の式神はそう思いました。そうでなければウツホはそれこそ30秒で片付けられていたでしょう。それどころか、伏魔殿はおろか太極そのものが滅んでいたかもしれません。
モンジュさんが石化した以来のキレっぷりを披露し、闘気で辺りの地面を粉砕するヤクモさんを遠くに見ながら、式神たちはしみじみと思いました。衝動だけで暴れるのって、良くないんだなあと。
− 完 ー
05.09.20