+  石化中のご一行  +





 ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、伏魔殿で石になっていました。
 というのも、ウツホが世界を滅ぼそうと召喚した『無』を食い止める必要があったからです。というより、このままだと天地宗家を食う活躍をすることが間違いなかったのでちょっぴり退場してもらう必要があったからかもしれません。とにかく天流最強の闘神士は、石化で途中リタイヤを余儀なくされていたのでした。


 ・ 場面1 ・

「それにしても、石化しても意外と意識ってあるもんなんだな。石化中はこんな風に周りがみえるものなのか」
 石化中ヤクモさんは感心して辺りを見回しました。あたりは薄暗く、石化した自分たちの姿の向こうにぼんやりと伏魔殿の風景が見えていて、その中に、降神していないときの式神のように半透明になった自分と、五行の式神たちが宙に浮いているのがわかるのです。となりに浮いていたサネマロがかんらかんらと笑いました。
「ドライブの中はこんな感じでおじゃるよ」
「へえ、そうなのか。勉強になるな」
 知的好奇心の旺盛なヤクモさんは、興味深そうに右を見たり左を見たり忙しく頭を巡らしました。高いところに浮いているので、伏魔殿のかなり広い辺りが一望の下にあります。あっちで走っている天流宗家や、こっちでススワタリと仲良くしている地流宗家やら、どんよりした足取りで森の中を歩いている丼流宗家やらがよく見えるのでした。
「みんなもいてくれるし、退屈だけはしそうにないな。観戦しているだけというのは正直歯がゆいが……」
「ヤクモは働き過ぎなのだから、この機会にゆっくり休めばいい」
 タカマルがそう言い、他の四体も力強く同意しました。ヤクモさんは苦笑するしかありません。
「返す言葉もないな。そうさせてもらうか。おっ、あれはコゲンタじゃないか。あいつもがんばってるなあ」
 嬉しそうにそちらを眺めるヤクモさんに、5体はさっとアイコンタクトを交わしました。ブリュネが腕を組んで重々しくため息をつきます。
「……それにしても、7年前はモンジュどのが石化、今度はヤクモ様が石化とは」
「次は確実にリクだね」
「不幸を呼ぶ白虎でおじゃる」
「おまえたち、不吉なことを言うなよ……」
 呆れ気味のヤクモさんがそんな言葉でコゲンタの肩を持ったので(ヤクモさんにはそんなつもりはさらさらなかったのですが)、五行の式神たちはむっとしました。
 式神たちの内心に気付かず、ヤクモさんはなおも辺りを観察します。
「あっちには海があるな。誰かいるみたいだが……ああ、なんだ火を噴く妖怪か。あはは、バナナ食べてるじゃないか。妖怪もバナナなんか食べるんだなあ」
 なんだか楽しそうです。伏魔殿ではいつも張り詰めていたヤクモさんが、珍しく緩んでいるのでした。石化して事態に手出しができなくなったことで、逆に肩の荷が下りたのでしょうか。もともとヤクモさんのことが大好きな式神たちは、さっきの腹立ちを忘れて、少し和みました。
「ヤクモ、怪我の具合はどう?」
「せっかく時間ができたのだから、治療に専念するでおじゃるよ」
 そっと尋ねてきたタンカムイとサネマロの言葉に、ヤクモさんは思い出したようにお腹をさすりました。
「ん? 怪我……? そういえば痛くないな。霊体になってるからかな?」
「それはよかったであります」
「この際、周りの戦いのことは忘れたほうがいいですよ!」
「その通り、そうでなければ芯からのんびりはできぬ」
 5体は口々に言います。気遣われ、ヤクモさんは「すまないな、みんな」と式神たちの顔を見渡しました。
「それじゃ、のんびりさせてもらうとするか。みんなも戦いの連続になってしまったからな、この機会にちょっとのんびりしよう」
 5体は口々に賛成しました。自分たちがのんびりしなければ、ヤクモさんものんびりできないとわかっているからです。



 ・ 場面2 ・

 さて、少々の雑談時間が過ぎてみんながいいかんじにまったりしたころ、思い出したようにヤクモさんが顔をあげました。
「そういえば地上のバトルはどうなったかな」
「だいぶ白熱してきたよ!」
 タンカムイが笑顔で指差すのは、石像と化しているヤクモさん本体の足元辺りです。さっきからその辺で神流闘神士ショウカクと、天地混合チームが激しい戦いを続けていたのでした。それは主にヤクモさんたちを壊すか守るかという争いだったので、彼らにとって切実な問題のはずなのですが、
「ナズナとソーマなら大丈夫だろう」
 ヤクモさんのその一言で、五体はやきもきするのをやめたのでした。時折「あっ長老だ! がんばれ長老!」とか手(またはヒレ)を振りながら、観戦に徹していました。
「ちんけなつっかい棒、というのは、もしかして我らのことか?」
「ヤクモ様をつっかい棒扱いとは、許せんであります!」
「そんなネタじゃウケは狙えねえよなあ」
「じゃあクズ野菜ってナズナたちのことなのかな?」
「そのようでおじゃるな。あの大火使い、雅を解さぬでおじゃる」
「そうか? 俺は面白いと思うけどなあ。何回も闘ったけど、あんな面白い人だなんて気付かなかったな」
などと呑気きわまりない会話付きです。
「あっみんな見てよ! 大降神大降神!」
 タンカムイが歓声を上げました。見ればなんと、地上ではフサノシンとホリンとイソロクとエビヒコの四体が大降神し、美しい巨鳥やら戦車やらぬいぐるみやらが乱立する、わけのわからない世界が展開されているのでした。タンカムイはすごいすごいと手を叩くことしきりです(それ以上にヤクモさんがすごいすごいとはしゃぎまくっていましたが、三つ子の魂百までと言うので仕方ありません)。はしゃぐまではいかない他の四体も、滅多に見られぬ光景に感嘆の声をあげました。
「こりゃすげえ……」
「立派になったなフサノシン。わが一族の名に恥じぬ姿だ」
「まろも久々に大降神して大暴れしたくなったでおじゃるよ」
「ボクも、たまにはそういうのもいいかなって思うよ」
「同感であります。久々にがおーっといきたいものでありますな」
 全員の視線がヤクモさんに集中しました。特撮ヒーローを見る幼子のように目を輝かせていたヤクモさんは、不穏な気配を感じ、さっと真顔に戻ります。同時に全員の口が開きました。
「ヤクモ(様)」
「ちょっと待ってくれみんな」
 ぴったりそろった五重唱がそれ以上言う前に、ヤクモさんは両掌を肩まであげて押しとどめる仕草をしました。
「みんなも知ってるだろうけれど、俺は大降神はいやなんだ。そりゃやろうと思えばできるけどさ、でも式神の理性を失わせて、闘争本能と破壊衝動だけにして暴れさせるなんて好きになれない。それは式神を道具として扱うってことだからな」
「でも、何もかも忘れてガーッと暴れるのって、けっこう楽しいよ」
 タンカムイがさらっと怖いことを言い、他の4体もうなずきました。全員真顔であることに気付いたヤクモさんはちょっとびびり、更なる説得の言葉をさがしました。
「サネマロ。理性的なおまえなら、衝動だけで暴れることの愚かさがわかるだろう?」
 とにかく説得しやすいところから一人ずつ崩してゆこうとしたヤクモさんでしたが、
「わかってないでおじゃるなあ。常に理性的だからこそ、たまには衝動に身を任せることも必要でおじゃるよ」
 そういやこいつコゲンタをぼこぼこに殴りながら「いとおかしでおじゃるよ!」とか叫んでたなあ。しれっとした顔のサネマロを横目で見つつ、ヤクモさんは懐かしい思い出に浸りました(もしくは、ちょっぴり現実逃避しました)。
「ええっと……タカマル。俺が大降神を嫌ってるってことはわかってくれたな?」
「うむ。それは先刻承知」
「……………………」
「……………………」
「でも大降神やりたいんだもん。……か?」
「左様」
 おまえは聞きわけてくれるもんだと思ってたぞ、とか恨み言を口に出すのもむなしい気がしたので、ヤクモさんはおとなしくターゲットを他に移しました。しかし、
「ブリュネ。リクドウ。タンカムイ……はいいや。ええっと……」
 これ以上の説得の言葉が思いつかず、言葉につまってしまいます。
「まあ、今すぐにはむりでおじゃるからな。太極の危機が去ってもとに戻ってからのお楽しみでおじゃるよ。そうであろう、ヤクモ様?」
 サネマロがどこからか取り出した扇を優雅に使いながら、悠々と言いました。勝ち誇った笑みを浮かべています。
 ヤクモさんはしばし黙っていました。
「……わかった。みんなは暴れたくて仕方ないんだな?」
 やっとお許しが出るか! 式神たちは目を輝かせてうなずきました。それをじっくり眺め渡したヤクモさんは次に一言、
「……じゃ、俺と勝負だ」
 空気が凍りました。
「大降神したいやつは俺と一対一でバトルな。俺は生身ハンデ、そっちは印なしの通常攻撃だけのハンデでフィフティだ。ああ、闘神符は使わせてもらうぞ。手加減なしの真剣勝負で、俺に勝ったやつは大降神させてやる。それでいいな?」
 そんなむちゃくちゃな! 式神たちは思いました。契約者と式神が闘うなど、聞いたこともありません。第一闘神士への直接攻撃は禁忌ですし、間違って死なせてしまったら自分たち全員が名落宮行きです。
 ……それ以上に。

    勝てる気がしない……!

 一瞬で腰が引けた式神たちの真ん中で、マホロバと対峙したときと同じ目をしたヤクモさんは闘気を放ちまくっています。式神たちはみな、彼が常に符をガンガン使ってサポートしてくれることを思い出し、その中の誰かは、まったくひるまない彼が、敵暗殺者のナイフをアームガードで受け止める姿をも思い出していました。あの時彼はまだ6年生だったのです。
「……あっ、決着ついたよ!」
 タンカムイが突然足元を指差し、式神たちは一気にそっちの話題に飛びつきました。
「さすがだフサノシン。立派になったものだ」
「あの神流、塔の上で気を失ったでありますが大丈夫でありますか」
「誰かが下ろしてやらないといけないでおじゃるな」
「それじゃあワタシがひとっ飛び行って参ります!」
「っておまえ飛べないんだろ?」
 ヤクモさんがツッコミを担当してやり、式神たちは何事もなかったかのように大笑いしました。

 伏魔殿はたいへんな状況ですが、ご一行は今日も平和なのです。


 − 完 ー

05.09.06



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ヤクモさんたちが無事に戻ってきますように祈願。できれば最終回前に!(切実)
あと、「様付け」ショック記念も兼ねて。
タカマルが呼び捨てるのにサネマロが敬称つけるなんて驚きでした……。
(このサネマロ、コミック版寄りの性格になってますね〜)
ヤクモさんは大降神できるけどしないんだと信じてます。