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名落宮のご一行 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは闘神符を使って名落宮へと向かっていました。久々に旧知の式神に会うためです。普通の闘神士には恐ろしく忌まわしい場所である名落宮も、ヤクモさんにとっては知り合いのおうち扱いなのでした。
障子が開いた先の丸い部屋では、かわいい服を着た式神が一人、はっと顔をあげます。ヤクモさんの顔を見て嬉しそうに微笑み、立ち上がって軽く両手を広げました。
「ヤクモくん。よく来てくれました」
「こんにちはバンナイさん」
芽吹のバンナイさんです。小学生だった頃のヤクモさんが闘神機が壊してしまったとき、コゲンタを取り戻す手伝いをしてくれたのが彼でした。彼、といっても初めてバンナイさんに会ったとき、そのかわいい服とかわいい顔に、ヤクモさんは素で『女の子の式神だ』と思ったのでした。そのことはいまだにバンナイさんには打ち明けていません。
・ 場面1 ・
「この間来たときは留守だったみたいだけど、どこか行ってたんですか?」
一段高くなった池のほとりに並んで腰掛け、ヤクモさんがたずねると、バンナイさんはちょっと笑って「さあ、ちょっとその辺りを見に行っていたのかもしれません」とだけ答えました。
ヤクモさんに心配させたくなくて言いませんでしたが、実はバンナイさんは、最近かけだしの天流闘神士に呼び出され、しばらくの間契約して戦っていたのでした。契約者は修行熱心でまっすぐな、とても好もしい闘神士でしたが、契約して3日としないうちに地流の白虎使いに遭遇してしまったのです。駆け出しの彼にはバンナイさんを使いこなすことは出来ず、敗れたバンナイさんは名落宮へと戻るハメになったのでした。
もし契約者がヤクモくんだったら、あの白虎も倒せていたかもしれませんね。
バンナイさんはそんなことを思ったのですが、それを口に出すと聡いヤクモさんは必ず、「何かあったんですか?」と尋ねてくるでしょう。7年の付き合いを待つまでもなく、そのくらいはわかります。だから黙っていました。
「そうですか、わたくしの留守にたずねてきていただいたのですね。お出迎えできず失礼いたしました。何か緊急のご用でしたか?」
「いや……なんとなく、しばらく顔を見てないなって思ったから」
そう言うヤクモさんに、バンナイさんは目元を明るく和ませました。
「外は相変わらずでしょうか?」
「少しきな臭くなってきているな。そうだバンナイさん、神流、という流派を知りませんか?」
「神流……ですか。聞き覚えはありますね」
2人はしばらく、真剣な顔で情報交換を行いました。ヤクモさんは伏魔殿探索で得た情報を、バンナイさんは式神としての長い生で身に付けた知識を元に、神流について話し合いますが、得られた成果は微々たる物でした。
「申し訳ありません、ヤクモくん。あまりあなたのお役に立てないようですね」
「そんなことないですよ、ありがとうバンナイさん」
落ち着いた声でそう言うヤクモさんは、バンナイさんの知っていた幼い彼よりも、ぐっと大人っぽくなっているのでした。
そういえば、初めて会ったときはそれほど身長差がなかったのに、すっかり見上げる角度になってしまった。バンナイさんはそう思って、自分の右隣で軽く後ろに手をつき天井を見上げたヤクモさんを、改めて眺めました。子供時代もすでに強かったヤクモさんですが、この7年でさらに強く、頼もしく成長しました。その間もちょくちょくこの名落宮に、師の帰りを一人待つバンナイさんをたずねてやってきてくれたのです。
ヤクモさんは、ひとわたり天井から吊り下げられた何枚もの符を眺め渡してから、かすかに口元をほころばせて言いました。
「バンナイさんとも長い付き合いになってきたな……。もう7年でしたっけ」
バンナイさんはハ虫類な目を見開きます。
「わたくしも今同じことを考えていたのですよ」
ヤクモさんも驚いた顔でバンナイさんを振り向き、そして2人は顔を見合わせて笑いました。
「ああ、でもバンナイさんは式神で長生きだったな。7年くらいじゃ長い付き合いとは言えないか」
「そんなことはありませんよ。こんな場所に何度もおこし下さるのはヤクモくんくらいですから。いくら符があるとはいえ、名落宮の一室である、こんな場所まで会いに来てくださるのは」
「……バンナイさんは俺の、闘神士としての俺の一番古い友達だから」
バンナイさんはちょっとびっくりしてヤクモさんを見つめました。思いがけず言われた『友達』という言葉に、驚きと、痛いように熱いものがじんと胸に満ちてくるのでした。
「ヤクモくん…………」
改まってそんなことを言ってしまったヤクモさんも、なんだかひどく照れくさくなり慌てて他の話題を探しました。
「ええっと、そうだこの間コゲンタに会って、あいつは今は他の天流闘神士と契約しているんですよ、その闘神士とも俺は前に会ったことがあって……」
らしくもなく多弁になったヤクモさんに、バンナイさんはにっこりとうなずきます。
・ 場面2 ・
こころ穏やかではないのは闘神機の中の面々、ヤクモさんの五行の式神たちです。
「今、ヤクモ様は友達と言ったでおじゃるか」
「言ったね。確かに聞いたよ」
「友達なんて、人間相手に使う言葉じゃねえのか?」
「友情に種族は関係なかろう」
「ヤクモ様はそういう人間であります」
とか言いつつ、『友達だとぉ?!』というのが5体の偽らざる本音なのでした。
ヤクモさんには人間の友達がたくさんいます。それについての5体の見解は、『人間が、我らと闘神士の絆に勝てるものか』というものでした。もともと契約式神ですから、ヤクモさんの『トモダチ』ではありません。ですがトモダチというのは人間同士で使う言葉なので、自分たちには関係ないと思っていたのでした。
それだけにヤクモさんの今の言葉は5体には衝撃でした。式神のバンナイさんを、ヤクモさんはトモダチと呼んだのです。じゃ、自分たちは何よ。そういうことになるだけに聞き捨てなりません。
「ヤクモ!」
黙っていられないメンバー、つまりタンカムイとリクドウとサネマロがさっそく闘神機から飛び出しました。2人だけで喋っているような気になっていたヤクモさんとバンナイさんはぎょっとします。
「どうした、みんな。敵か?」
真剣な顔で立ち上がりかけるヤクモさん。軽く目を閉じたバンナイさんはすぐ目を開け、
「怪しい気配は……」
ないようですが、と言いかけ、目の前の3体が『怪しい気配』を放っていることに気付いてちょっとたじろぎました。いや、彼らはヤクモくんの式神なのだから、完全に味方のはず。バンナイさんはそう思い込もうとしましたが、消雪と黒鉄と榎が放つ不穏な気配はごまかせません。
「どうしたんだ、みんな。敵でもないようだが……」
軽く殺気を放っている契約式神たちの姿に、ヤクモさんは困惑気味です。タンカムイたちも、そう真正面から問われるとなんとも言いづらいのでした。しばし目で相談し、
「ヤクモ様、質問があるでおじゃる」
「ヤクモはさ、哺乳類と鳥類とハ虫類と両生類と魚類、どれが一番好き?」
「ちょっと待て! 節足動物が入ってないじゃねえか!」
哺乳類? と面食らっているヤクモさんをおいて、3体はしばらく内輪もめにいそしみました。
「質問が少し遠まわしすぎるでおじゃるよ」
サネマロのもっともな一言でタンカムイもリクドウも引き下がり、次の出方を考えます。ぼそぼそと相談しあう式神の姿に、ヤクモさんはわけもわからずバンナイさんと顔を見合わせるばかりでした。
と、さらに一体、タカマルが闘神機から現れます。
「ヤクモ、質問があるのだが」
「タカマルもか。何だ?」
「そこの芽吹と出会ったのは、白虎と契約していた頃のことだと言うが、それは戦国時代に時渡りする前か後か?」
「ええっと……後だな」
よしよしとタカマルはうなずきました。この面子の中で一番初めにヤクモさんに出会ったのはやはり自分だったのです。満足して闘神機に戻ってゆく雷火を、残り3体が白い目で見つめていました。
「自分さえよければいいって考え方、僕は好きじゃないや」
ちょっとドスのきいた声でつぶやくタンカムイに、あとの2体も深くうなずきます。
もともと、他の闘神士たちは式神と一対一の契約を結んでいるのに、自分たちは5体もいっぺんに契約されている身であることがタンカムイたちは引っかかっていたのでした。しかしそれは、五行の式神を同時に操れる闘神士など他にはいないから。式神たちはヤクモさんと契約していることが誇らしく、また『5体のうちの1体』でしかないことがくやしくもあるのでした。
さらに最近出会った白虎のことがあります。名落宮で再会した白虎とヤクモさんの会話からは、強く深い絆が今も2人の間にあることが感じられ、5体はすこし焦ったのでした。
『自分たちとヤクモとの絆は、契約満了した白虎との絆にもおよばないのかもしれない』
そう思わされるようなヤクモさんと白虎だったのです(その後の現契約者と白虎との涙の再会っぷりにも驚かされたのですが、あれは異世界の出来事だということで5体の感想は一致していました)。
そこへ出てきた今回の『トモダチ』発言。5体が過剰反応するのも無理からぬことなのでした。
「ヤクモ! また質問があるんですが……」
「土と火と金と水と木と、どれが一番好き?」
「それも遠まわしすぎるでおじゃる!」
うちわもめばかりでまるで前に進まない3体はまたごそごそと相談を始めます。と、闘神機から今度はブリュネが出てきました。ヤクモさんにはもうわけがわかりません。
「ヤクモ様、質問が」
「ブリュネもか。本当にどうしたんだみんなは」
「ヤクモ様にとって、小官たちは一体なんでありますか?」
いきなり直球ど真ん中! とおののくタンカムイたち。ヤクモさんもまた、質問の意味を図りかね「どういうことだ?」と首を傾げました。
「そこの芽吹をトモダチと言っていたでありますが、では小官たちはなんなのか聞きたいであります」
ヤクモさんはあっさりと言いました。
「みんなが? 仲間だよ、俺の大事な」
「仲間……」
式神たちは顔を見合わせました。それもまたあいまいな言葉で、納得できないという気がするのです。
「仲間とはなんでおじゃるか?」
「え? ……ええっと……」
厳しく問われてヤクモさんは困ってしまいました。思っているままを口にしただけで、言葉の定義まで考えて言った言葉ではないのです。しかしそれでは許してもらえなさそうな雰囲気が式神たちからは漂ってくるのでした。
「絆をもつ相手、ということではありませぬか?」
ヤクモさんに助け舟を出したのは、困惑気味に黙っていたバンナイさんでした。
「生死をともにし、信じあい困難をのりこえてゆく。それが仲間というものではないでしょうか」
式神たちを見渡し、ヤクモさんを見上げてバンナイさんはそう言います。その通りだと思えて、ヤクモさんもうなずき返しました。ブリュネたちもまた、その言葉が胸にしみてうなずきました。
そうだ、自分たちはヤクモの仲間なんだ。生死をともにし(普通の天流闘神士は死ぬような目に会いませんが、ヤクモさんは直接攻撃されキングなので別格です)、力をあわせて戦っているこの絆は、『トモダチ』というものよりもずっと強い……そう思っていたのです。
「ならばよいのであります」
「戻るでおじゃるよ」
サネマロが号令をかけ、式神たちは気分よく闘神機へ戻ってゆきました。
残されたヤクモさんとバンナイさんはまた顔を見合わせました。今日何度目になるでしょう。
「なんだったのでしょうか?」
「さあ……。ごめんバンナイさん、うちのやつらが妙なことを言い出して」
「いえ、わたくしはかまいません。……五行の式神を操るというのも、大変そうですね」
「うん……でも、頼もしい仲間だよ。個性の強いやつばかりだから、もめごとも多くて困りますけど」
2人はまた声をそろえて笑います。
「助けてくれてありがとう、バンナイさん」
「いいえ。お役に立てたならわたくしこそ嬉しいのです」
「そろそろ戻らなきゃな。今度ブリュネたちのもめごとがあったら、バンナイさんに相談しにきてもいいですか?」
「お待ちしております。どうぞお越しください。相談があっても、なくても」
「……ハイ。必ず」
2人は穏やかに別れの挨拶を交わしました。そのうちまたこの場所で顔をあわせ、今日のように話をするのだろうと思いながらです。そしてきっと相手も自分と同じように考えているのだろうと思いながらです。
自分たちの主張が、2人の友情をさらに深めてしまったとも知らず、闘神機の中では五行の式神たちがとろとろとまどろんでいるのでした。
− 完 ー
05.08.12