+ 大雪09 小話15+
「式神、降神。オニシバ、茶をいれて来い」
「そこまでしてコタツから出たくないんですかい、ダンナ」
そう言いながらも、オニシバはおとなしく台所に立って行きます。やがて、台所のほうからアルコールのにおいが立って、タイザンは顔を上げました。
「今日はこっちのほうがいいでしょう、ダンナ」
「何だこれは、眠気覚ましにしようと思ったのに」
と不満を述べつつも、注がれるままタイザンはぬるめの熱燗を口に運びました。オニシバもコタツの向かいにもぐりこみ、自分で杯に酒を注ぎます。
「いつも思うのだが、お前、犬なのに酒など飲んでいいのか?」
「ダンナもう酔ってやすね? あっしァ式神だから、お神酒はよく飲みやすぜ」
「そうか、するとやはりたまねぎはダメか」
「……ダンナ、その『するとやはり』の意味がわかりやせん」
2人はちびちびと酒をなめ、見るともなくテレビを見、コタツから出もせずにだらだらとすごすのでした。
「ダンナはどうも、休みの日にはフヌケちまいやすね。いっつも休みがほしい休みがほしいって言ってるわりにァ。
実は仕事してる時が、一番楽しいんじゃありやせんかい」
先ほどから眠そうな瞬きを繰り返していたタイザンは、重そうなまぶたを押し上げてこちらを見ました。
「そんなことはあるものか。地流のために働くなど、本意ではない」
「そのわりにァ、活き活きしてやすぜ。何て言いやしたか、わーか……ほりっく? 仕事してりゃァ幸せってやつじゃありやせんか」
「……そんなことはない」
タイザンは緩慢な動作で杯を取り、ぬるめの燗をすすりました。
「……幸せというなら、こうしてお前といるときのほうがよっぽどだ」
オニシバは、酒をつごうとした顔を上げました。契約者は、こたつの天板につっぷして寝息を立てている……ように見えます。
オニシバは立ち上がり、コタツの向かい側まで行くと、コートを脱いで契約者の肩にかぶせ、それからまた、こたつの元の位置に戻って、
「確かに、あっしもこうしてダンナといるのは悪かねェや」
独り言のような口調で言いました。コタツにつっぷした契約者のほうは、ピクリともしません。また杯を持ち上げて、オニシバは一人で笑ったのでした。
―――ま、ダンナの意識がなかったら、あっしァ降神が解けちまうんですがね。
「タイザン! タイザン、いるよな!」
「痛い痛い痛い、引っ張るのはやめぬか雅臣!」
突然、騒々しい声とともに玄関が開きました。息を切らせた雅臣さんと、白ジャケットの腕に首根っこをつかまれたショウカクが入ってきます。
オニシバと、それから思わずタイザンも、一斉にそちらに顔を向けました。
「お年玉のヒント、コイツ食べちゃったらしいんだよ! どこに隠してあるんだ、タイザン!」
「何を怒っているのだ、雅臣。あれは俺がもらったほっとけいきなのだから、全部食べたとて責められるいわれはないぞ! そうであろう、タイザン」
「食べるのはいいんだよ! 何で俺が行くまで待ってないんだよ!」
ヘッドロックのまま、雅臣さんとショウカクはぎゃあぎゃあと言い合い始めます。
「正月早々……お前達はいつになったら落ち着きというものを身に付けるのだ」
「そりゃァ、ダンナが素直になるのと同じくらい難しいこって」
「……何か言ったか、オニシバ」
「いーや、何にも」
オニシバをひとにらみしたタイザンは、ますます大きくなるケンカの声に、「とにかく静まれ!」と一喝したのですが、それでおとなしくなる2人ではありません。
そして笑い混じりのオニシバの独り言も、その大騒ぎにまぎれて小さく消えたのでした。
のんびりと平和で、にぎやかで、ダンナが楽しそうで、ああ、いい正月だ―――。
10.10.10