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今年もホワイトデーですから +
「タイザン、バレンタインにはチョコをありがとう。
お返しを持ってきたわ」
かわいらしくラッピングされた包みを手に、オオスミ部長が天流討伐部室の入り口でにやりと笑いました。
「差し上げた覚えはありませんが」
デスク前のタイザンは、書類からちらりとも顔を上げずに応じます。逆チョコと称して、タバスコ入りのチョコを手渡そうと企てたのは確かですが、当日インフルエンザにかかったせいで、実際に渡すことはできなかったのでした。
「そうだったかしら? じゃあ、これは一月遅れのバレンタインチョコってことにするわ。いつもお世話になってるものねえ」
「そうですか。毎年ありがとうございます。そこに入れておいていただけますか」
タイザンはやはり顔を上げないまま、部屋の隅のゴミ箱を指差しました。
「失礼ね、ゴミじゃなくてチョコよ。愛がたっぷり詰まってるわよ」
「それは失礼しました。感染性廃棄物でしたか。今、処理業者に連絡しますのでお待ちください」
「かわいくないわねえ」
オオスミ部長はどこ吹く風といった様子でラッピングを解きました。
箱のふたを開けると、一口大のハート型チョコがいくつも並んでいるのです。オオスミ部長は箱をデスクの上に置き、タイザンが眼もくれないのを見るとそのうち一つをつまみあげ、
「はい、あーん♪」
字面だけならバカップルのような台詞を、邪悪な笑みとともに吐き出します。タイザンはつとめて無視し、ことさらに書類仕事に没頭するふりをしました。
と、そこへ、
「タイザン、少しいいか?」
クレヤマ部長が入ってきました。
「この書類のことだが……」
言いかけ、デスクの上の箱に目を留めます。
「お、チョコレートか。ちょうど腹が減っていてな。ひとつもらうぞ」
そして止めるひまもなく、一つつまんで口に放り込んだのです。
「ちょっ……!」
タイザンは腰を浮かし、オオスミ部長は身構えました。
「ん? なんだこれは洋酒入りか? 変な味が……」
「オオスミ部長!!」
「……お遊びで作った惚れ薬の試作品よ。タイザンで試したら面白いかと思ったんだけど……」
「惚れ薬?!」
「食べて最初に見た人を好きになるのよ」
クレヤマ部長の顔からさーっと血の気が引きました。
「なんだと! それはまずいではないか!」
あわてて2人から顔を背け、……その先に、曇り一つなく磨かれた窓ガラスがありました。クレヤマ部長はその、鏡のような窓ガラスにまっすぐ視線を向け、
「……う、美しい……」
やがて、うめくような声がそののどから絞り出されたのでした。
「なんて美しいのだ、オレ……。鍛え上げられた肉体、男らしい角刈り、りりしい顔立ち……」
固まるタイザンとオオスミ部長の前で、クレヤマ部長はいきなり上着を脱ぎ捨て、窓に向かってポージングを始めました。
「完璧すぎる! 大胸筋、僧帽筋、上腕二等筋!」
窓に映る自分に陶酔する彼は、残り2人の存在など忘れ去っているようでした。
「……オオスミ部長?」
「私は悪くないわよ。勝手に食べたんだから」
「オオスミ部長」
「……今すぐ解毒剤を作るわよ」
09.3.23