+ 燃える瞳のパソコン教室 後編 +
「とりあえず今日はメールを送るところまでやるぞ。まずパソコンを立ち上げろ。……電源を入れろという意味だぞ」
生き物じゃないから立ち上がらない、などと言うやつがいたら後ろから殴ってやろうと思っていたが、ランゲツとオニシバは問題なく電源ボタンを押した。
「電源……ランゲツ、さっきどれだと言った?」
「これだユーマ。POWERと書いてあるだろう」
「ああ、本当だ。……ぱうわー……そうか、ぱうわーか……!」
なにやら目を輝かせ始めたユーマを放置し、鬼教師のように3人の後ろに仁王立ちしたタイザンは腕を組んだ。
「では次。マウスを持ってみろ。……オニシバ、持ち上げなくていい。机の上においたまま手を載せてみろ」
そしてふと考えた。
「もしかして手ではなく前足だったか?」
「ダンナ。わざと言うのは構いやせんが、素はやめてくだせェ」
白虎組の方は、ユーマが「小さいものは扱いづらいな……」とぼやきながらも、やたら画面上でカーソルをぐるぐる回している。
「ん? 矢印が消えたぞ? どこだ?」
手を止めて画面に目を凝らす横からランゲツが重々しく言った。
「ユーマ、マウスを止めてはならん。マウスを動かして探せ。そうすれば見つかる」
なぜそんなことまでマスターしている、白虎のランゲツ。タイザンはひそかにおののいた。
「マウスの操作は出来そうか? では、このアイコンをクリックしてみろ」
言ってから横文字を連呼したことに気づいたが、ランゲツはスムーズにアイコンをクリックし、オニシバも横からそれを観察したうえで、上手く真似して見せた。
ただ1人ユーマだけが、
「ん? こうか? なんだ? 違うのか? こう……」
なぜ式神が出来て人間が悪戦苦闘する。タイザンはあきれ半分に声をかけた。
「ユーマ、左クリックだ。左側のボタンを押せ」
「左のボタン……えい」
「そっちは右だ! 左を押せ左を。……違う、なぜ同時に両方押す。押しながらマウスを動かすな! だから左だと言ってるだろう! マウスを動かすなと言ったのが聞こえなかったか!」
「ダンナ、ちょいと落ち着たほうが」
「黙っていろオニシバ! 貴様は右左もわからんのかユーマ! 箸が左、茶碗が右だ!」
「ダンナ、普通は逆ですぜ」
ランゲツが横から手を出した。
「ユーマ、マウスはしっかり握るのだ。親指と薬指でしっかり支えて、押す。そうだ」
「おお、出来たぞ! ありがとうランゲツ!」
これが闘神士と式神の絆か……? 多少ぐったりした気分を味わいながら、タイザンは喜ぶユーマを見守った。
「メーラーが立ち上がったな? ユーマ、これがメールを読むための画面だ。覚えたな?」
「はい、タイザン部長!」
その返事のあまりの迷いのなさには、多少不安が残ったものの、まあいいあとはランゲツに聞くだろうと自分を納得させる。
それにしても3週間以上前のメールが未開封のまま放置されているとはどういうことだ。連休明け早々、部下どもを叱り飛ばしてやらねば。
「……それは後にするとして。そのメール作成というところを押してみろ。メール作成画面が出たな? よし。では……そうだな。私の部屋宛にメールを送ってみろ。文章は各自で適当に書け」
オニシバが低い笑い声を上げた。
「ダンナ宛に手紙を書くんですかい。なんだか照れ臭ェや」
「イヤならオオスミ部長宛でもかまわんぞオニシバ」
「おっと、いいんですかい? あっしァ前からあの姐さんとじっくり話してみたかったんですよ」
「待て、貴様どういう内容のメールを送るつもりだ」
「いやいや、ひとの手紙の中身を知りたがるなんざ、野暮ってもんですぜダンナ」
「だから何について語る気だ、オニシバ!」
霜花組がぐちゃぐちゃと話している間、白虎組の方は、ランゲツに指導されたユーマがもたもたとあて先を設定していた。
「本当にこれで届くのか、ランゲツ」
「ああ」
「本当にか? 住所も書いていないのにか?」
「届く」
「郵便番号くらいは書いたほうがいいんじゃないか」
「いらん。それより本文を書け」
相当面倒くさそうなランゲツは、いつの間にか作り上げたメールをぽいっと送信し、
「用は済んだのだろう」
さっさと神操機に引っ込んでしまった。残されたユーマは「うう……」とうめきつつ、ずいぶんな時間をかけて人差し指一本で本文を入力する。
その間も霜花組は、
「自分の闘神士をあの冷血科学者に売るつもりか貴様。忘れているようだが私があのマッドサイエンティストの犠牲になったら貴様も名落宮行きだぞ」
「そいつァおっかねえことで。それじゃ、あの姐さんと話し合う内容はよーく考えたほうがよさそうですねェ」
「だからなぜオオスミさんにメールを送ることになっている! 私に送れ、私に!」
「オオスミの姐さんに送れと言ったのはダンナですぜ」
「わかったその発言は取り消す! 取り消せばいいのだろう! だからメールは私に送れ!」
「そうですかい。ダンナがそこまで言うんじゃ仕方ねェや。この手紙はダンナに送ることにしやしょう」
「……待て、どうして私がおまえにメールを送ってくれと頼んでいるようなことになっている?」
順調にメール作成を進めていた。
「部長、文面が出来ました」
「あ? ああ、そうか」
袖を引っ張られて振り向いたタイザンは、画面に書かれた「は゜うあ」の文字に意味もなく体力を削られながら送信を指示した。
「オニシバ、おまえは……」
「おっとダンナ、のぞかねェでくだせェよ。まだ書き途中なんでね」
オニシバはにやにや笑っている。「勝手にしろ」と返して、タイザンはユーマを振り返った。
「メールの扱いは以上だ。後は電源を切って……」
「切るんですね。えい」
「あ」
ぶちっとばかりにディスプレイが暗転した。
「よし……これで俺もパソコンが操作できる。ありがとうございました、タイザン部長! では、これで失礼します!」
達成感に満ちた笑顔で立ち上がったユーマが、すたすたと部室を出て行って5秒後、
「いきなり電源を落とすやつがあるか!! ユーマ! 貴様それでも現代人か!!!」
誰もいない場所にタイザンの雷が炸裂した。
さて、連休明け。天流討伐部室に出勤してきたユーマは、意気揚々とパソコンに向かった。
「あ、兄さん待って! パソコンはボクがやるから!」
「ソーマ」
慌てて横から手を出した弟に、ユーマは昔に戻ったかのようなさわやかな笑顔を向けた。
「心配するな! この連休にタイザン部長がわざわざ俺に使い方を教えてくれたんだ。これからは俺が自分でメールを読む」
「いや、それなんだけど……」
ソーマは言いにくそうに口ごもった。
「そのタイザン部長から、兄さんに絶対パソコンを触らせるなって……」
「は?」
ユーマは目を見開いた。
「なぜだ、タイザン部長……。はっ! そうか、俺に天流討伐に専念しろということか……! こうしてはいられない、行くぞランゲツ、俺たちの力で地流の繁栄を守る!」
部室を飛び出してゆく兄を見送り、その足音が消えてから、
「多分違うよ、兄さん……」
ソーマはぼそっとつぶやいた。
そのころ、天流討伐部長室。
パソコンを立ち上げたタイザンは、メーラーを起動した。オニシバが天流討伐部室から送ったメールだ。ユーマの暴挙に固まっている間に、式神はこちらに見せることもせず、さっさとメールを送信してしまったのだ。
後から思い出し、何を書いたと聞いても、
ま、ダンナに手紙を送るなんざ、めったにねェことですからねえ
。
そんなことを言うばかり。
……なんだ、あの思わせぶりな口調は……。
内心のドキドキを表に出さないよう最大限の努力を払いながら、そっとメールを開いた。
タイトル:そうかのおにしは゛
本文:けんさ゛ん
「…………………………」
『なんですかいダンナ、何か期待でもしてたんですかい?』
背後で吹き出したオニシバに、タイザンは無言で机上のメモ帳を投げつけた。
07.5.17