+ 午後3時の過ごし方 +


 屋上に出ると、室内に慣れた目には少々まぶしい光が降ってきた。
『よく晴れてやすねェ、ダンナ』
「ああ」
 タイザンは手びさしを作って光をさえぎりながら屋上の真ん中まで進み出た。他には誰もいない。数百人からが勤務するミカヅチ本社でも、この屋上だけは無人だった。危険だからという理由で屋上へ続くドアが施錠されているからだが、その南京錠が適当なかぎを差し込んでやれば簡単に開くということはタイザンだけが知っている秘密だ。
『見つかったら叱られるんじゃありやせんかい?』
「ふん、私が叱られる道理があるものか。あんなちゃちな鍵をつけて、事故でもあったらどうするつもりだと、逆に施設管理部を非難してやるさ」
『またよその部署にケンカを吹っかけるつもりですかい。懲りねェダンナだ』
「またとは何だ。ケンカをふっかけられたことは何度もあるが、私からケンカをふっかけたことなど一度もないぞ」
『……ダンナ、いっぺん冷静に自分を振り返っちゃどうですかい』
「言いたいことがあるならはっきり言え」
 そんな無駄口を叩きあいながら、屋上の真ん中で笛を取り出す。時刻は午後三時を少し回ったくらいだろうか。山積みのデスクワークに飽きたとき、タイザンは時折こうして屋上まで来て笛を吹くようになっていた。
『それに、ここが簡単に開くことを地流の連中に知られていいんですかい? 神流のお仲間がこっそり忍び込むときに使える出入り口を探してて、ここを見つけたんじゃありやせんか。ちゃんとした鍵をつけられちまったら、もう使えなくなりやすぜ』
「その計画はもうやめにした。偽造IDも手に入ったからな」
『あいでーとやらは、一枚だけじゃありやせんか。雅臣さんに使わせて、他のお仲間はどうするんで?』
「考えてもみろ。たとえば首尾よくショウカクがここからビルの中へ入り込んで、そして何かの役に立つと思うか? 自動ドアを見て、式神界へ続く扉かと思うレベルだぞあやつは。
 ……フフ、ショウカクやタイシンに伏魔殿以外での働きを期待するなど、青かったな私も……」
『妙なとこで遠い目にならねェでくだせェよ』
 タイザンは笛を吹く。冬の間はさすがに吹きっさらしの中に出てはこられなかったが、ようやくその季節も過ぎた。たまりにたまった書類の山との格闘の合間に、しばらくは毎日でも出てきたいところだ。
「デスクワークばかりでは椅子に根が生える。久々に天流討伐にでも出てみるか」
『そいつァいいや。でもダンナ、弱い相手は勘弁してくだせェよ。ちいとは歯ごたえのある相手じゃなきゃつまらねェ』
「ならばいっそ、天流の伝説とやらを討伐に行ってみるか?」
『願ってもねェ。あっしァかまいやせんぜ』
「いや待て、そういえばヤツは伏魔殿の中か。倒しても上に報告できぬではないか。やはり伏魔殿捜索部に任せておくほうがよいな。私は我が部の業績向上につながる者を倒さねば。年度末も近いことだしな」
『……ダンナ、すっかり染まっちまって……』
「なぜそこで目頭を押さえる?」
 屋上は広いヘリポートになっていて、今はそこにタイザンが1人と、オニシバが一体だ。懐かしい山野で吹き鳴らした時のように響き渡ることはないが、どこよりも高いこの屋上で、消えてゆくに任せる笛の音も、タイザンは嫌いではなかった。
『よく晴れてやすね、ダンナ』
「2度目だぞ……。まあ、確かによく晴れているが」
『ここにいると、お天道さんが近いような気がしやせんかい』
「たかだか数百メートル上がっただけだ。太陽との距離など千分の1も縮まっておらん」
『ダンナは相変わらず粋を理解してくれやせんねェ』
「ふん、私の育った平安の世にはそんなものはなかった。もののあはれならあったがな」
『さっきの言葉のどこにあわれがあるんですかい』
「うるさい、今は平安ではなく21世紀だ。……と、21世紀で、3時半だな。戻るか。そろそろヒラ部員が居眠りを始める頃だ。喝を入れに行かなくては」
『へい。ちょいと名残惜しいが』
「なに、明日もある。行くぞ、オニシバ」
 笛を懐にしまい、タイザンは一つ伸びをすると、陽光の降り注ぐ屋上を後にした。

07.3.1



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