+  ホワイトデーですから  +


 ある平日のことです。いつもの天流討伐部長室で何気なくカレンダーを見上げたタイザンは、ふと眉根を寄せて「オニシバ」と式神を呼びました。
「今日は、何日だ」
『弥生の十と3日目ですぜ』
「明日はホワイトデーか!?」
 そう言った闘神士の声があまりに浮き足立っていたため、オニシバは驚いてしまいました。
『どうかしたんですかい、ダンナ。ほわいとでえってのが、何か……』
「三倍返しの日、だ。わからぬか!?」
『ああ……』
 それでオニシバも納得しました。明日は3月14日、世間的にはホワイトデーなのです。
 ひと月前、2月14日のバレンタインデーには、大企業幹部であるタイザンは女子社員らから山ほど義理チョコをもらいました。もちろん中には本命チョコも混ざっていたのでしょうが、そんなものはあふれかえる義理チョコの山の前にはまったく無力でしかなく、はかなく埋もれる運命だったのです。とにかくバレンタインの退社時刻、タイザンはうずたかく積まれた義理チョコをどうやって持ち帰るか頭を悩ませるはめになったのでした。
 1つもチョコをもらえなかった部下数名には、恨まれたりひがまれたりしましたが、タイザンに言わせれば1つも押し付けられなかった彼らこそうらやましいのでした。何しろ一ヵ月後にはホワイトデーが待ち受けています。義理チョコをくれた多数の女子社員、その中の一割ほどの目にはっきりと、「高給取りの部長さんだもの、きっと豪華なお返しをくれるに違いないわ」という計算が宿っていることにタイザンはしっかりと勘付いていました。……本音を言えば勘付きたくなどなかったのですが。
 なんにせよ、勘付いてしまおうがしまわなかろうが、明日には山ほどの義理チョコ1つ1つにお返しを用意しなくてはなりません。うかつにもタイザンは今日の今日までそのことを忘れていたのでした
『期待されてたって、バカ正直に答える必要はねェんでしょう。そんなもん見向きもしねェってのがダンナらしいんじゃありやせんかい』
「馬鹿者、おまえはここの女子社員の恐ろしさを知らぬからそんなことが言えるのだ。あやつらの怒りを買うくらいならミカヅチとサシで戦うほうがまだましだ」
『……そんなもんですかい』
 本気で身震いするタイザンの姿に、オニシバはちょっとコメントに困ってしまいました。タイザンは書類に走らせていたペンを置き、時計を見上げます。
「帰りにどこか……買いに寄るとして、幾ついるのだ? うちの部の闘神士から……いち、に、さん……」
 指折り数えるタイザンをオニシバは黙って見守るばかりでしたが、増え続ける数字が30を越えたところで思いついて『ダンナ』と声を掛けてみました。
『その、あからさまにお返しを期待してるってェお人は全部の中の一握りなんでしょう? ならその人たちだけに返すってのはダメですかい』
「それで、天流討伐部のタイザン部長はだれだれとだれだれにだけはお返ししたらしい、とかウワサを流されるわけか?」
『そいつァ……まずいですかね、やっぱり』
「あたりまえだ」
 提案を一刀両断し、タイザンは苦々しく続けます。
「とにかくうちの社の女子を敵にまわすのだけは避けねばならぬ」
『オオスミの姐さんあたりは特に気をつけなきゃいけないんじゃありやせんか』
「ああ、あやつへの返礼の品はここに用意済みだ」
 そう言ってタイザンが引き出しから取り出したのは2枚の紙でした。1枚には、天流討伐部の平闘神士の名前が10人分、もう一枚にはその10人のうちの9人の名が同じように記され、それぞれに『7日』だの『10日』だのと日数がそえられているのでした。
『なんですかい、これァ』
「被害者名簿だ」
 2月14日、オオスミ部長が唇の片方を吊り上げた笑顔でずかずかとタイザンの元へやってきたのでした。
「今日はバレンタインでしょ? タイザンには世話になってるから、これはほんのお礼よ」
 そう言ってオオスミ部長が置いていったチョコを疑いもなく食べるほどタイザンは間抜けではなく、出所をかくして部下たちにおすそ分けしてみたのでした。こっそり監視していたところ、箱の中に並んだ15粒のチョコを口にしたのは全部で10人でした。そして翌日以降、そのほぼ全員が寝込んでしばらく欠勤したのです。ちなみに黒鉄使いのイゾウは1人で6粒も食べたのですが、彼だけがなぜか翌日も平然と出社してきたことが未だにタイザンは納得いかないのでした。
「その連中の名前と、回復までの所要日数を書いたのがこれだ。明日、朝一番に科学技術研究部に行ってデスクに叩き付けてやる。オオスミめが、自分以外の人間はすべて実験台と思っているからな……」
 だったら挑発するような真似はよした方がいいんじゃありやせんかい、とオニシバは思いましたが、オオスミ部長への恨み言をつぶやくタイザンがどことなく楽しそうだったので黙っていました。
「ミヅキお嬢さんには別格のものを用意せねばならんだろうな……。この忙しいのに面倒な。1人に1つではとても持ち運べぬし、数人で1箱山分けさせるか? しかし返礼に差をつけるわけにもゆかぬか……」
 手帳に書き込みながらぶつぶつとつぶやいていたタイザンですが、突然舌打ちをして椅子の背にばたりともたれました。
「つくづく面倒だな。くれと頼んだわけでもないのになぜお返しなど用意せねばならぬのだ。よりによってあんな甘ったるいものをもらっても、嬉しくも何ともない」
 甘いものがあまり好きではないタイザンは、もらいまくったチョコレートを案の定もてあましまくったのでした。自宅マンションに持ち帰ったのですがしばらくたっても一向に減らず、嫌気がさして伏魔殿のあずまやに放置しておいたのです。すると3日後くらいにはきれいになくなっておりました。ショウカクとヤタロウが食べつくしたらしいと判明したのはしばらくあとのことです。
『それこそ、浮世の義理ってやつでしょうよ、ダンナ。都の貴族がたのかけひきにくらべりゃァ可愛いもんじゃありやせんかい』
「…………まあ、な。ああ、終業時刻だ。面倒だが返礼の品を買いに行くか」
 さて、どこへ買いにゆくか……と考えながらタイザンは部長室を後にし、ミカヅチビルの正面玄関を出ました。と、
「タイザーン!」
 聞きなれた声に振り返ると、並木の陰に隠れるようにして雅臣さんが手招きしているのです。タイザンは開いた口がふさがりません。急いで歩み寄り、
「馬鹿者、地流の者たちの目に触れるだろうが……」
「いやーよかったよかった、今日も遅くまで残業だったらどうしようかと思ったぜ」
 叱りつけかけたタイザンの言葉を平然とさえぎった雅臣さんは、顔の前で両掌を合わせたお願いポーズになって、
「頼むからさ、小遣いちょっと前借りさせてくれよ。バレンタインに行きつけの牛丼屋のおばちゃんからチョコもらっちゃっててさ、ほら明日ホワイトデーだろ、今からお返し買いに行かなきゃいけないんだ」
 などと言ってくるのでした。
「な? 頼むよ、タイザン。牛丼取っておいてもらったり大盛りにしてもらったり、世話になってるおばちゃんなんだ。明日っからは天流宗家探し、がんばるからさ。この通り!」
 お願いポーズのまま頭を下げる雅臣さんを、タイザンはしばらく黙ってみていました。それからおもむろに財布を取り出し、福沢諭吉の肖像付き札を数枚取り出します。これには雅臣さんもびっくりしたようでした。
「ええ? そんなにいいのか? ってこれ万札じゃないか! こんなには要らないぜ?」
「かまわん。取っておけ。その代わり……だ。私の分のお返しも買って来い」
「あ、ああ、そういうことか」
 雅臣さんは逆にほっとしたようでした。
「オッケーオッケー。お遣いくらいお安い御用です。このガシンにお任せあれ」
「そうか」
 タイザンは無表情にうなずき、手帳を取り出すとページを1枚破りとって雅臣さんの手に押し付けました。
「それがリストだ。全員分任せたぞ。ああ、天流討伐部長としての箔に傷をつけるような質の悪いものを買ってきたら、今後の小遣いはないものと思え。……任せたからな」
 は? という顔をした雅臣さんは、押し付けられたリストを覗き込んで顔をひきつらせました。
「ちょっと待てよ、これ何人いるんだ? ひの、ふの、みの……あっおい、タイザン!」
 雅臣さんが顔をあげたときには、タイザンはさっさと踵を返したあとでした。
「世話をかけているとかいう牛丼屋の店員にも、ちゃんとしたものを返せよ」
「おい、タイザン!」
 青くなって叫ぶ雅臣さんをその場に取り残し、タイザンはさわやかな気分でミカヅチビルを後にしたのでした。
「持つべきものは便利な義弟だな、オニシバ」
『……それでいいんですかい、ダンナ』
「当然だ。よし帰るぞ」
 啓蟄も半ばとなり、終業時刻でも空はまだ明るいのです。近所の犬の散歩スポットである公園にでも寄って帰るか、と考え、タイザンは久しぶりにたいへん晴れ晴れとした気分を味わいました。

06.03.11



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バレンタイン更新をやりそこねたのでホワイトデーで挽回です。
きっとタイザンは本命チョコもいくつかもらってるはずだと思うのですが、
そういうのまったく無視しそうな天流討伐部長。
オニシバもクラダユウあたりからもらって照れちゃうとよいです。