+  昔語りを少し  +


 今頃、飛鳥ユーマは伏魔殿でガシンに倒されているころか。手駒のランゲツを失うのは痛いが、我ら神流の存在を知られたまま、伏魔殿から出すわけにはいかない。
 地流本部の天流討伐部長室。つらつらとそんなことを思いながら、天流宗家と飛鳥ユーマのデータを見比べていたタイザンは、その間に奇妙な一致を見つけ、
「まさか……」
と声を上げた。一瞬考え込んだ彼は、
「オニシバ」
「へい」
 内ポケットの神操機に声を掛けた。すぐに応えて現れた霊体が、白と茶の式神の姿をとる。タイザンはデスクに右ひじを置き、オニシバの方に身を乗り出すようにして尋ねた。
「白虎のランゲツが、以前どんな闘神士と契約していたか知っているか」
「知ってやすぜ。マホロバさんっていう天流のおっかねえ人でさァ」
「おっかねえ人?」
「よりによってランゲツさんを使って、逆式を起こしたんでさァ。ありゃァおっかなかった。太極神の力に手出ししようとするわ、てめえの手下を喰っちまうわ、とにかく何しでかすかわかんねェお人でしたぜ」
 オニシバのその言葉のあとには、短い沈黙がはさまった。つまり、タイザンがすぐには返事をしなかったのだ。
「ダンナ? どうかしたんですかい」
「……くわしいな。お前も誰かと契約していたのか」
 こいつァまずい、下手打っちまった、とオニシバは思ったが、
「へい」
 ひとまず正直に答える。
「流派は」
「マホロバさんと同じ、天流でさァ」
「…………天流か」
「へい」
「…………………………」
「……ダンナ、こんなことで不機嫌になられても困りやすぜ。あっしらにゃ契約相手の流派を選ぶ力なんてありやせんぜ?」
「わかっている」
と言いつつ、タイザンはオニシバをねめつけていた視線を外してディスプレイに向き直る。画面右上には天流宗家のデータ、左下には彼の直属の部下である飛鳥ユーマのデータが表示されていた。
「飛鳥ユーマは、真の地流宗家かもしれぬ。……いや、この結果を見る限り、そうとしか思えん。あのランゲツと契約できたというのも、偶然ではないようだ」
「へえ? そいつァ……とんだことで。あの坊ちゃんが宗家たァねえ」
 タイザンは我知らず深くうなずいていた。もともと飛鳥ユーマにはいい思い出がない。最強の式神と名高い白虎のランゲツと契約しているのも気に入らなかったし、「天流はこの俺が倒す!」と目から炎を噴き出す姿を目撃したときなど、現代で生きてゆく自信がなくなりかけた。思わずオニシバに、アレが現代の普通の人間なのかと真顔で尋ねてしまったほどだ。
 ……あの時思わず大笑いしちまったこと、今も根に持ってるみてェだしねえ。
 うかつに話題に出すとてきめんに機嫌を損ねるので、今ではオニシバの禁句と化している。
「だとしたら早急に方針を変えねばなるまいな……。しかし本当にあやつが宗家なのか? 信じられん」
 自分で導き出した結論だというのに、タイザンはそんなことを言いながらもう一度パソコンをいじりだした。
「ダンナ、今ごろランゲツさんはキバチヨさんと戦ってますぜ。止めにいかなくてもかまわねェんで?」
 言われてやっと手を止める。
「行かなくてはなるまい。今、地流宗家に倒れられては困る。……まさかもうとどめをさしてはいないだろうな」
「あのランゲツさんのことだ、まだ大丈夫でしょうよ」
「だが、闘神士のほうが未熟すぎる。伏魔殿でのたれ死ななかったこと自体が奇跡だ。
 ……そうだ、伏魔殿にはやっかいな奴もいた。ヤクモに遭遇しなかっただけ幸運だったかもしれぬ。真の地流宗家だったとしても、今のユーマでは奴には勝てまい」
「ヤクモさんですかい。あの人も相変わらず一筋縄じゃいかねェお人のようで。小せェ頃もずいぶんと暴れてたもんだが、さらに磨きがかかっちまいやしたね。ダンナがたにはやっかいな相手だ」
 タイザンはまたしてもすぐには返事をしなかった。しまった、またやらかしちまった、とオニシバが一旦焦り、そして腹をくくるに充分な時間があったのち、
「……くわしいな」
「へい。先の天流内乱の時に、ちっとばかし世話になりやしてね」
 平然と言ってみせたオニシバに、タイザンはキャスター付きの椅子ごと向き直った。
「そんな話、初めて聞いたが。なぜ黙っていた?」
「そういえば、ダンナに話すのは初めてでしたかねェ。面白くもなんともねェ、つまらねえ身の上話ですぜ。わざわざ黙っていたわけじゃありやせんよ」
「わざわざ話すこともしなかったのだろう」
 オニシバは返事の代わりに、困ったもんだと言いたそうな笑いを返してみせる。タイザンの目が一気に鋭くなったところで、口に出して小さく笑ってやった。
「ダンナも最初、あんまり自分のことを話してくれやせんでしたぜ。必要なことしか教えてくれねえし、天流でも地流でもないとか言って怒るし、あっしもずいぶん面食らったもんだ」
「この私に天流か地流かと尋ねるおまえが悪い」
「勘弁してくだせェよ、ダンナ。あっしらは神流なんてェ流派があることは知りやせんでしたぜ」
「当然だ。ウツホ封印以来、厳重に隠されてきたからな」
 その一言にオニシバはにやりとした。
「で、ダンナはあっしにそれを教えないでの契約満了を狙おうとなすったんで? そいつァムシがよすぎますぜダンナ。あっしにゃ全部喋らせて、自分はだんまりを通そうなんざ、ねえ?」
 契約者は眉間にしわをよせて顔をそむけ、ことさらにオニシバの言葉を黙殺するそぶりを見せた。
 ……相変わらずわかりやすいお人だ。そう思ってオニシバは笑う。
 これでホントのトコを隠しているつもりなんだから面白ェ。
 言わなくったってみんなわかっちまいますぜ。例の襲撃のことを話すときの声音にでも、たまに墓所とやらに行ったときの、だまりこくってじいっと突っ立ってる姿にでも。
「……そんなことはどうでもいい。とにかく、先の天流内乱とやらのことを話せ」
「そいつァまた時間のあるときにしやしょうぜ。ダンナ、雅臣さんを止めに行かなくてもいいんですかい」
 逆襲を軽くいなされたタイザンは、むっとした様子ながらも立ち上がる。
「地流の鬼門から伏魔殿に入るぞ。私はユーマの上司だから、単独で探しに来たということにしてもおかしくはあるまい。雅臣と戦っている最中だろうが、あやつには後で説明する。とにかく、ユーマに正体を悟られぬよう私に話を合わせろ。正直不安だが、おまえが何も喋らないのも不自然だからな」
「おっとダンナ、甘く見てもらっちゃ困りやすぜ。あっしの前の親分も敵のアジトで芝居を打ってたんだ。話を合わせるくらいはお手の物……」
 しまったと思ったオニシバの予想を裏切らず、契約者は即座に眉をはねあげた。
「その話もはじめて聞いたぞ、オニシバ」
「さて、そうでしたかねェ。それよりダンナ、早く行かねェと、雅臣さんがユーマさんを倒しちまいやすぜ」
「……戻ってきたら、覚えておけよ」
「仕方ねェってことにしときやしょう。後で、つまらねェ身の上話でも聞いていただくことにしやしょうかね」
 その言葉に、ようやく満足したようにうなずいた契約者は、内ポケットから取り出した符で地流鬼門への道を開く。

「さて、どうやってランゲツさんとキバチヨさんを止めやすかね?」
「上手く言ってユーマに引かせるのが得策だろうが、その場の成り行きで決めるしかあるまい。行くぞ、オニシバ」
 すでに現実的な策略のほうに気が行っているらしい。そう思ってオニシバは息をもらすように笑い、そして神操機へと戻った。


 意外と長くなりそうな昔語りは、ひとまずお預けになったようだ。

05.8.23



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たいへん遅くなってしまいました、5555HITを踏んでくださった海月みんみん様からのリク、
「タイザンとオニシバ、できれば地流の白虎使いも」です。
「龍虎ふたたび」で、「ミカヅチめ、謀ったな!」からあの息の合った芝居っぷり登場まで、
神流霜花組の間でどんな打ち合わせがあったのかとっても気になります。
海月様、キリリクをありがとうございました。こんなものが出来ましたがよろしかったらお納めください〜。