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夢ということに君を思えば +
『咲かせてみせます 赤い花
散らせてみせます その名前』
『あっしの夢が散ったとき、あんた、泣いてくれやすかい』
「 霜花のオニシバ、見参!」
……夢? 今、オニシバは『あっしの夢』と言ったか?
……夢、というのは何だ?
ショウカクが大火を降神するのを見つつ、タイザンさんはそれが気になって仕方ありませんでした。
……オニシバの、夢。オニシバの見そうな夢といえば……。
1、ペ○ィグリー○ャムを腹いっぱい食べる。
2、お手とお座りをマスターする。
3、いつか赤い屋根の犬小屋に住む。
いや、多分これは目指す路線が違うだろう、とタイザンさんは思考を修正しました。
あいつは式神であって犬ではないのだからな。
そう自分に言い聞かせます。その一方で、自分が契約式神を犬だと認識していたらしい事実からは、さりげなく目をそらすことにしたのでした。
天地宗家が白虎を降神するのを眺めつつ、タイザンさんはさらに考えます。もちろんオニシバの『夢』とは何かについてです。
……もう少し式神らしさを追及したほうがよいだろう。式神らしい夢、といえば……。
1、宗家の契約式神になる。
2.美女の契約式神になる。
3、幼女の契約式神になる。
待て私、最後のはいくらなんでもやばい趣味だろう。十歳の闘神巫女相手に目からハートを出すなんて、そんなオニシバはいやだ。
己の着想に思い切り動揺し、タイザンさんは思考の修正を図ります。どうやら、雅臣さんから聞いた天流のカブトムシ使いのウワサが頭に残っていたようです。
天地宗家の白虎が、障子の向こうから飛び出してきました。バトル開始です。しかしタイザンさんの頭の中は『オニシバの夢』一色でした。気になって気になって仕方が無いのです。
……力量、という点だけなら、私も闘神士として奴に文句は言わせぬはずだが……もしかしたら、契約闘神士は美しい女子のほうがよいと思っているのだろうか?
目の前の天地の白虎が攻撃を仕掛けてきましたが、四大天の力でオニシバは守られています。それをいいことにタイザンさんは思考を継続しました。
……見目麗しい女子のほうが、奴も気持ちよく戦えるものなのだろうか……。
タイザンさんも一応、ミカヅチグループの女子社員に影できゃあきゃあ言われてしまうほどの整った外見です。しかしオニシバもオスの式神ですから、男の外見には関心が無いかもしれません。
……待てよ?
あることに気付き、タイザンさんははっとしました。
……オスメスという前に、奴は犬だ。男の外見というより、人間の外見自体に興味がないかもしれぬ。
今さっき犬じゃないと自分に言い聞かせたのも忘れ、タイザンさんはそう考えました。
……ということは、奴の夢というのは、麗しい外見の犬とねんごろになること……? まさか奴め、マンションの隣の住人が飼っていた、チワワのメリーちゃん(3才6ヶ月)に懸想していたのか?! いや、私の出勤途中によく散歩していた、ミニチュアダックスフントのサクラちゃん(1才9ヶ月)かもしれぬ。そうか……。そうだったか、オニシバめ……。
四大天と極神操機の力で、天地宗家はちがう場所へと強制転移をくらいました。敵がいなくなってしまい、神流の式神たちは拍子抜けしたようです。
「勝負もついていないのに相手が消えてしまったぞ、ショウカク」
「こいつァちょっとつまらねえ結末ですぜ。ねえダンナ」
「ああ……そうだな、オニシバ」
珍しく素直な返事を聞き、そしていつになく穏やかな、ほんの少し切なくやさしい目で見つめられ、オニシバはかなりぎょっとしました。思わずまじまじと見つめますと、契約者はすっと視線をそらします。
「帰るぞ、オニシバ。すぐにウツホさまが理想の世界を作ってくださる」
そう言って踵を返すタイザンさんの背に、オニシバはそっとつぶやきました。
ダンナ。ぜってェ録でもねえことを考えていなさるでしょう。
聞こえるように言わないのは、相手が機嫌を損ねるだろうことがわかっているからです。損ねなかったら損ねなかったで、何か怖い気がするのもわかっています。
オニシバがそんなことを考えているとは知らないタイザンさんは、頭の中で『オニシバの夢』の最終報告書を完成させていました。
1、チワワのメリーちゃんと仲良くなる。
2、ミニチュアダックスフントのサクラちゃんと仲良くなる。
3、時々近所を徘徊している、野良の柴犬(本名不詳)と仲良くなる。
完璧な報告書に、タイザンさんはちょっと満足して一人うなずきました。
……もうじき訪れる理想の世界では、オニシバが失恋するなどという悲劇も起こらないはずだ。
……もし万一、ウツホの力でもあの3匹と仲良くできぬというのなら、まあそのときは…………私が一緒に泣いてやってもいい。
とか考えてるんじゃないでしょうねダンナ。気持ちは嬉しいんですが方向性間違ってますぜ。
オニシバの突っ込みは声にはなりませんでした。
ウツホ復活のおかげか、伏魔殿はやっぱり平和なのです。
05.8.1