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あるエリートのゆううつ +
―――目を閉じれば、浮かぶのは花咲く大地。どこまでも続く緑と、鮮やかな花々。
故郷と呼ぶにはあまりにいまいましいその場所を、人は伏魔殿と呼ぶ。
『ダンナ、今回のは広々してやすね。これなら安心できやすでしょ?』
―――呪いと妖怪があふれる、故郷。
地流を装い、ミカヅチを宗家と崇めるふりをしても、私の心はいつだってあの場所にある。
『あの姐さんが運んでるのは酒ですかい? あれをいただいて寝ちまうって手もありかもしれやせんぜ』
―――今は心をあの場所においたまま、ただひたすら駒として働くのみだ。
そう、あの穏やかな日々を再びこの手に取り戻すまで………。
『おっ、あっちのが飛んだ飛んだ! 何度見ても感動ものですぜ!』
「……ぅるっさいぞオニシバ!! 人が必死に現状を忘れようとしてるのに!」
立ち上がり怒鳴りつけて……気がついた。回りじゅうの乗客と客室乗務員の視線が自分に集中していることに。
一拍ののち、ごほんと咳払い。オレとしたことが寝言叫んじゃったぜまったくエリートビジネスマンは寝不足がつらいよハハハ、という演技をしつつ、ファーストクラスの座り心地のいい椅子に再度納まる。
『ダンナ……しっかりしてくだせえよ。飛ぶ前からそんなことでどうするんですか』
「誰のせいだオニシバ」
『あっしのせいだとおっしゃるんで?』
「誰がなんと言おうとおまえのせいだ」
『へいへい。そいじゃ、あっしは黙りやすぜ。まだ注目あびてやすからね』
はっと見回すと、周りじゅうの乗客と客室乗務員の視線はまだ自分に集まっていた。寝言の次はブツブツ一人言かよ大丈夫かなこの人、という視線だ。
再度咳払いし、こういう時の常用アイテムを取り出す。携帯電話だ。これさえ片耳にあてておけば堂々とオニシバと会話ができる。折りたたみ式をカチッと開いてボタンを押し、
「お客様、機内での携帯電話のご使用はご遠慮くださいませ」
スチュワーデスの完璧な笑顔の前に、無言で電源を切って鞄にしまう。くそ、だから嫌いなんだ飛行機なんか。スーツの胸ポケットから手帳を取り出し、ペンで思ったことを書きまくる。飛行機なんて不便もいいところだ、空港は遠いし搭乗手続きは面倒だし神操機持ち込みには神経使うし…。
『ダンナ、往生際の悪い。正直に言ったらどうですかい。こんな鉄の塊が飛ぶなんて信じられねえ、そんなもんに乗るなんておっかねえって』
……そうだよ、ああそうだよ飛行機が怖いんだよこれで満足かオニシバ!
『逆切れはよしてくだせえよダンナ』
第一おかしいだろうこんな鉄の塊が飛ぶなんてガシンだって同じことを言ってたじゃないか私は間違ってないガシンといえばあの野郎自分ばっかり原付なんて便利なもの使いこなしやがってこっちは九州出張強制的に飛行機だぞこんちくしょう! なんだって誇り高い神流闘神士が必死で現実逃避にいそしまなきゃならんのだ!
『へいへい、あっしが話しかけたのがわるいんですね。おとなしく神操機に戻るとしやしょう』
戻るとか言うな! ずるいだろおまえ一人だけ逃げるのか!
『ダンナ……。もしかして、あっしと筆談してなきゃ怖くて仕方がねえとか?』
…………………………。
『わかりやしたわかりやした。戻りゃしやせんから黙り込まないでくだせえよ』
オニシバの声が苦笑している。子どもでもなだめるようなその声に再度こんちくしょうと思いながら天流討伐部長タイザンは手帳に思い切り書きなぐった。
……だから飛行機は嫌いなんだ、と、大きく大きく。
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