+ 唐傘 +
夢を見た。
雨が降っている。
自分はどこかの木の下で、厚い雲に覆われた灰色の空を見上げている。
困ったものだ。傘がない。
葉の間を抜けて、時折雨粒がぽつぽつと体にあたる。
雨脚はだんだんと強まってきていて、ならばもう先へ進むのはやめて引き返した方が良いのではないかとも思うのだが、いかんせん傘がないのだ。引き返すこともできない。ならばあと少しなのだから雨の中を駆けていった方がいいようにも思う。
しかし思い返すと、自分はこうして雨になることをずっと前から知っていた気がする。知っていて―――それでも傘などいらないと思って歩いてきた。ような気がした。考えはぼんやりと煙って、何もかもがよく分からない。
ぽつぽつと雨粒が体にあたった。雨とはこんなにも冷たいものだったろうか。
立っていると、ぞくぞくと体が芯から冷えてくる気がする。寒い。
と―――。雨に霞む風景の向こうから、ゆらゆらと何か近づいてくるのが見えた。
のんびりと散歩でもするかのように、ゆったりと歩いてくる。唐傘をさしたオニシバだった。
オニシバは雨宿りに使っている木の下まで来ると、しばらく黙ったままその顔を見上げる自分を見ていたが、ふいにすっと、こちらに傘をさしかけた。大きな犬の口が、わずかに笑っている。
『行くぞ、オニシバ』
傘を押し戻し、木の下から歩きだした。
『やっぱり、行くんですかい』
呆れたような、苦笑するような、からかうような声で、オニシバが応じた。
『当たり前だ』
言って、早足に歩き始めた背を追って、
『仕方ねェお人だ、うちのダンナは』
オニシバがそう言って、頭上に傘をさしかけた。
そうやって歩いてゆく。
そんな夢を見た。
07.07.18