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秋茜 +
あの美しい赤は、夕焼けだろうか。それともあの人の衣の色か。
最初はあの赤を嫌っていたのに、着てみたら存外気に入ったと見える。出会った頃は髪の色と同じ萌黄の衣ばかりを着ていたが、長じてからはいつのまにか赤を身につけることが多くなった。
こうして空を見上げていると、そんな風に昔のことばかり思い出されるのだ。オニシバは下草が頬に触れるのを感じながら、浮かび上がる記憶の中から、あの鮮やかな赤を拾い上げた。
きっかけは地流宗家のもとで天流を討っていたころのことで、宗家直属の幹部に取り立てられた直後、支給された制服を見て怒り狂ったのが始まりだ。
あの頃のダンナは、地流の赤が大嫌ェだったっけねェ。
他の3人はそれなりに落ち着いた色なのに、なぜ自分だけこんな悪目立ちする色なのか。社長室でそう詰め寄って一蹴され、さらにはフォローのつもりだったらしいクレヤマが、おまえの霜花は白装束ではないか、2人そろえば紅白でめでたいぞ、などとこの上なく余計なことを言ったためにさらに沸騰していたのだが、乱暴な足取りでそれでも黙って自室へと戻ったのだった。
クレヤマの親分は根っからの善人ですからねェ。
オニシバが笑ってそう言うとうなずきはしなかったが否定もしなかった。地流に入ったばかりの頃から、きつい性格のためにとかく上と衝突しがちであったタイザンをたしなめつつかばってくれたのがクレヤマで、だから彼を押しのけてまでそれ以上の異議を唱えるのは気が引けたらしいのだ。
でもねェダンナ。その赤、似合ってると思いますぜ。
似合うものか。私の節季は冬、色ならば黒だ。夏の赤ではない。
黒ねェ。ダンナに似合いますかね?
笑うと、彼はまた不機嫌になってしばらく口をきいてくれなかった。
今、頭上には燃えるような夕焼けがあって、人気のない公園を、かたすみでベンチに座って足を投げ出したタイザンの頬を、くっきりと照らし出している。契約者の制服の赤は、西に沈む陽光に照らされてますます燃え上がり、天を揺らがせるような茜色が契約者の影までも染めていた。
見上げれば無数の影が藍がかる中空に舞っている。
ダンナ、見てみなせェよ。とんぼがあんなに飛んでやすぜ。
ああ、本当だ。もう秋なのか。ミカヅチビルの中にいると分からなくなる……。
これだけ残業続きじゃ仕方ねェ。明日は休みをもらってるんでしょう。紅葉でも見にぶらっと出かけてみますかい。
そう、だな……。
タイザンはつぶやくように応えて、ずっと遠く、ビルの隙間に見えるはずもない遠くを見つめていた。
彼が暮らしたという里のことを、オニシバは知らない。だから今、彼の脳裏にどんな風景が広がっているのかはわからない。ただそれはきっと美しく、叫ぶような赤が埋めつくす紅葉の夕暮れではないのかと思えた。
ダンナにゃ、やっぱり赤が似合いますぜ。
そう声に出そうとして、腹を焼く痛みに我に返った。空を見上げているのは草の上に倒れているからで、そして夕焼けと思ったのはそれよりももっと赤い、熱く流れるものだ。自分の腹からも、彼の唇の端からも同じ赤が流れ落ちている。
赤が似合うなんて、言うもんじゃなかったかもしれねェな……。
オニシバは薄く目を開け、すぐそばに座り込んでこちらの顔をのぞきこんでいる契約者を見た。
血の赤なんざこの人にゃ似合わねェ。もっと早くに気付いてやればよかった。そうすりゃァ、この人にこんな苦しいめをさせることもなかったはずなのに。
「ダンナ、悪いが……」
声を出して、身のうちに宿る力がすでに尽きていることを感じる。もうすぐにここから、契約者のそばから去らなくてはならない。
「……お別れだ」
それに応えるタイザンもまた、苦しさをこらえるようなかすれた声をしていた。
「すまない、オニシバ」
「いいってことよ……」
あんたはあっしとの約束を覚えてて、こうして笑ってくれている。だから、
「……あんたと歩んだ道に、」
ちゃんと声になったかは分からなかった。ただ全てが消える瞬間、目の前に広がったのは鮮やかな赤。あの日視界を埋め尽くした、彼の衣と同じ色をした夕焼けと紅葉だった。
ああ、やっぱりよく似合ってら。夕映えと、あの赤い衣と。ダンナ、あんたにも同じものが見えてますかい。
あんたにゃ辛い思いをさせちまった。けれど同じ道を歩いて、同じ場所で倒れるのならきっと、
「花は、咲いていやしたぜ……」
05.9.24