※ 廃坑の対ユーマ戦でオニシバの名が散った直後に書いたものです。
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契約 +
伏魔殿の花畑に身を休め、目を閉じると、夢とも現ともつかぬ闇が訪れる。その向こうから、音もなく歩み寄ってくる影があるのだ。ひたりひたりと歩んできた影は、立ちつくしたタイザンに距離をおいて立ち止まる。
響いてくるのは聞きなれたあの冷静な声だ。
まったく、ひでぇお人だ。
それだけを低くつぶやくのだ。
「タイザン、こんなところで寝ていてもどうにもならんぞ」
そんな言葉で彼の眠りを覚ましたのはショウカクだ。
「まったく、ガシンといいおぬしといい、墓所で昼寝とは神経を疑う。……おぬしもガシンのように、この場所が落ち着くというクチか?」
「……ガシンがそんなことを言ったか」
身を起こすと、赤い着物にまとわりついた短い草がほろほろとこぼれ落ちた。払うのも面倒に感じられて、下草の上に座り込んだまましばし動きを止める。背後のショウカクがもう数歩近づいてきて、肩口についた枯れ草を軽く払った。
「疲れたのか。無理もない、先ほどまであのランゲツと戦っていたのだからな。だが休む暇もあまりないぞ。こうしている今も、ウツホさま復活の時は近づいているのだからな」
「わかっている」
そうは言ったものの、あまり立ち上がる気にはなれなかった。痛む頭をおさえうつむいていると、あきらめたような声が言う。
「仕方あるまい、もうしばらく休んでおけ。未熟とはいえ真の地流宗家、相手に回しては気力を消耗したろう。まだ天地宗家はミカヅチの元にたどり着いておらぬ。ひと寝入りするくらいの時間はあろう」
応えず、タイザンは花畑に身を横たえた。ため息混じりのショウカクがヤタロウと何か一言二言交わし、静かに離れていく気配がする。その間にもタイザンの周りには闇が降りていた。そしてあの、歩み寄る影も。
本当に、ひでぇお人だ。
あの声でそんなことを言う影に向かい、タイザンは必死で言い募るのだ。
何がひどい。式神は所詮闘神士の道具。第一この筋書きを承知の上で契約したのだろう。恨み言など言う資格があると思うな!
怒気を叩きつけられても影は揺らぎもしない。いつもの余裕を含んだ声だけが返ってくる。
わかってやすよ、ダンナ。あっしァ一切合財承知の上でダンナと契約して、契約通りに散ったんでさァ。
ただねえ、ダンナ。あんたはやっぱりひどいお人だ。契約のとき……あっしァ言ったはずですぜ。あっしの名が散るとき、笑っていてくれやすかいって。
いくらでも笑ってやると、あの時ダンナはそう言ってくれやしたね?
……だってのに。
式神との約束をたがえてもらっちゃ困りますぜ。ねえダンナ。
そう言って、低く笑う。
それじゃ、あっしの恨み言はそれだけでさァ。ごめんなさいよ、ダンナ。
オニシバ!
身を翻し遠ざかる影を、呼び止めようと叫ぶ。影は振り返りもせず、
けれど小さく左手をあげて、静かに歩み去ってゆく。追いかけようとしても足が動かず、タイザンはただ立ちすくんだ。
ひどいのはどっちだ。私は……!
そのあとにどんな言葉を続けたいのか、自分でもわからないまま、乾いたのどからはそれ以上何も言うことが出来ない。
影はもう、闇に溶けて見えなくなった。離れてゆく気配だけが薄く、やがてそれもわからなくなる。
05.7.21