・ 五つ、あるいはただ一つの ・





 自分たちの契約者である「彼」は、かつての式神とその現在の契約者を眺め、穏やかに笑っていた。
 実体化しないまま遠くそれを見て、考える。―――「あの時」から彼にとっては7年の月日がたっているらしい。人の身ならばけっこうな時間になるのだろう。その間に、彼は大きな戦いをくぐりぬけ、勝利し、そして自分たちと契約した。あの戦いについての事実関係なら大体のところを知っているが、彼本人はそれについて多くを語ろうとはしないから自分たちは彼がどんな気持ちでその時期を過ごしたのか知らぬままだ。
 彼が白虎とともにあり、そして石になった父を取り戻すために戦ったあの時期を。

 自分たちの中には、あの戦いで敵として彼と出会い、戦って敗れた者もいる。自分もそのうちの一人で、どうやら一番初めに彼に倒された式神であるらしい。彼と相対したそのときのことは今も鮮やかに思い起こせる。剣を取る白虎とその後ろに立つ彼。幼い顔に緊張と怒りを昇らせ、そしてその胸にはぽっかりと空いた虚が見えた。大事な人間を奪い去られたその跡には、流し損ねた涙がたまり鬱々と暗くよどんでいた。

 時折、彼が今五体もの式神と契約しているのは、特別なたった一人を喪うことを恐れているからではないかと思うことがある。ただ一体を式神と定めれば、それを喪ったとき彼はまた悲嘆の底へと叩き落されることになる。彼は何よりそれを恐れているのではないか。だとしたら彼の胸にあったあの暗い虚は今もまだ口をあけて彼を呑み込む準備をしていることになる……。
 そう話してみたら、自分たちの一人である青龍は難しい顔で考え込んでしまった。榎に言ったら、かんらかんらと高笑いののち「甘く見すぎでおじゃるよ」と偉そうに言われた。消雪に言ったら、一番最初に彼と出会ったことをひたすらうらやましがられた。このへんでいやけがさしたので、黒鉄には言っていない。

 彼は穏やかに微笑み、白虎の現在の契約者と話をしている。白虎使いはあの時の彼より少しだけ年上だろうか?
 あの時の幼い少年が……衝撃と重圧に青ざめ、一縷の望みにすがって肩を震わせていた彼が、今は成長しこの場所で微笑んでいる。かつて強い意志で彼を虚からすくいあげた白虎と、その新たな契約者に向けて、柔らかな笑みを見せている。
 彼を狙う者が現れ、白虎と契約者は駆け去った。呼び出され彼の敵と戦いながら、心はちがうことを考えていた。印を切る彼の胸のうちを見つめていた。

 あのとき見たあの虚は、今もまだあなたの内にあるのですか。
 今はあたたかい何かで満たされていると、信じてもいいのですか?

「ん?」
 彼が不意に振り返った。
「何か言ったか、タカマル。聞き取れなかったが」
「いえ」
 短くそれだけ応えると、闘神機をホルダーに戻した彼はちょっと肩をすくめた。
「おまえはいつまでも俺に気を使ってる気がするな。かしこまらなくても普通にしてくれたほうがいいんだぞ」
 なんと応えるべきか分からなかったので黙っていた。と、
「タカマルはもともとそういう性格でおじゃるよ、多分」
「もっとワタシのように軽快に生きればいいのに!」
「リクドウはタカマルのまじめさを分けてもらうべきであります」
「あはは、ブリュネもタカマルの同類だ」
 仲間たちがさっそく寄ってくる。大降神した強敵との戦いを勝利で終え、張り詰めていた緊張の反動か他愛ない会話の応酬が始まった。5体もの式神を従えているうえ、濃い性格が多いとあっては収拾がつくはずもなく、たちまちその場は仲間たちのかしましい声で満たされる。彼はその輪の中にあって式神の軽口に笑ったり真顔で何か言い返したりしていた。
「ヤクモ」
 小さくつぶやいただけなのに彼はちゃんと聞き取ってこちらを見た。いつも彼はこうやって5体のそれぞれに気を配っている。
「……やはり、われわれを率いるにふさわしい方ですな」
 そう口に出すと彼は一瞬不意をつかれた顔をした。
「……みんなが5人そろっていてくれれば、強敵とでも渡り合えるからな。今回も大降神されるとは予想外だった。神流には大降神する方法が伝わっているのかもしれないな」
 誰かにほめられると、彼はさりげなくも強引に話題を変える。照れているのか対処に困ってるのかどうもわからない。ともあれ場の話題は大降神に移り、やがて榎がそれについての自説をとうとうと述べ始めた。
「サネマロの演説って好きじゃないや」
 消雪があくびしながらよけいなことを言ったせいで、じゃれあいとも本気ともつかない口げんかが始まった。苦笑とともに観戦している彼の横顔をながめ、また問いかける。

 流せなかった涙を溜めたあの虚は、もう過去のものだと信じてもいいのですか。

 ……もしもそれが今もあなたのどこかをしめつけているとしたら、自分たちにそれを埋めることは許されるのですか。

 あなたは今、幸福なのですか?


 消雪が何か言い、榎がそれに言い返す。黒鉄が大げさにのけぞり、そして彼が声を上げて笑った。

08.10.10



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アニメでタカマルが忠臣口調だったことに舞い上がって書いた、
陰陽の初シリアスSSでした。
夢みちゃってることはわかってます!(ヤケ)
でも、タカマルとヤクモさんはこんな感じ大希望。