光の始まりについて、科学では137億年前の宇宙の始まりとされる光の爆発によるビックバン説があり、神話の世界では、旧約聖書のエホバの神が天地を創った時、「闇が世界をおおっていたので"光あれ"と言い、創造の第一日を終えた」とある。どちらもこの世の始まりは"光"だといっているようです。
建築でいうならば、「建築を建築たらしめているのは "光なのだ" 」といっても言い過ぎではないでしょう。
住空間においては生活上物理的に必要な光と、心理的精神的に必要な光があります。拒絶に近い最小の光の空間、抑制された光の空間、呼び込んだ光の空間、おおらかに満ち溢れた光の空間。どの部屋に、どのような性質の、どのような光が望ましいかというようなことですが、ここでは人工照明ではなく、自然光をテーマにします。
個々の住宅がみな個別の条件の中で成り立っているため、自然光の採り方は独自であってしかるべきでしょう。それに"光に対するセンス"は具体的にその家に住む人と設計者が大きく異なる場合があります。実例などでよく話し合っておくことが必要です。"光に対するセンス"は多様な経験によって培われるべきもので、多くの光のありさまを経験することをお勧めします。一般的に、人は年を重ねると眼の中の水晶体が濁った状態になり、若い人たちより光の量が必要になるので、年輩者の住まわれる家は出来るだけ明るくしておきたいものです。
人工照明は、ライトコントロールや複数の照明システムを採用することにより光の変化を楽しめますが、自然光は時間により、天候により、季節により刻々変化する事が出来るので、人工照明の比ではありません。住空間の中のトップライトはしばしば光の魔術のようであり、昼間に光が過剰でまぶしい時間もあれば、ある時は、救いようもなかった薄暗く寒々しい空間に、恩寵の如く降り注ぐ場合もあります。それは−恒星からの原子の微粒子の恵みであり、太陽という星からの光の花びらの、ひとひらひとひらが舞い降りて、私たちの心を満たしていくが如くです。
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Eero saarineh :
Kresge Chapel
(住空間ではないが光による
美しい建築空間
の一例) |
北欧ドイツの文豪ゲーテは、死の床で近くにいた人に、ベッドを窓辺に寄せて欲しいと頼みました。その時"noch mehr
licht"と言ったとのこと。それは"もっと多くの光を"の意味で、若き日にイタリアの明るい光に憧れて、矢も盾もたまらずイタリアに旅立った彼らしい言葉として知られています。昔、北欧の住居の窓は、部屋の大きさに比べて小さく、薄暗かったのでしょう。
室内空間を美しく豊かにして、私たちを "癒す光" 、私たちに "生気を与えてくれる光"
― 私たちは自然光の不足していない部屋に住みたいと思いますが、皆さんはいかがでしょう?
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