フランスのヴァンスで「ロザリオの礼拝堂」の計画がもちあがり、マチスも協力を頼まれて1947年末から1951年6月の完成まで関わることになりました。設計は数人の聖職者と建築家及び鉄筋コンクリート技術に詳しいオーギュスト・ペレも加わり、マチスは主に室内装飾(ステンドグラス、壁画、金属装飾品、石タイルに関わるデザイン、聖職者の祭服、家具、照明器具)、その他色と形に関する全てのデザインをしました。
マチスは1954年84才で亡くなっているので、最晩年の4年間をこの礼拝堂の室内装飾に心血を注いだことになります。彼は「この礼拝堂は私にとっては、一生の仕事の到達点である」と語っています。本の序文で尾野正晴は「装飾の数々―マチスが作品の中で繰り返し表現してきた"生きる喜び"が溢れている。―礼拝堂全体を満たしている"生きる喜び"という感慨も、"自然との一体感"が呼び起こすものに他ならない」と書いています。マチスは従来の礼拝堂が持っている雰囲気とは根本的に違った彼の"生きる喜びを讃える"哲学を、この礼拝堂に全力で注いだのでしょう。「一生の仕事の到達点」と本人がいっている通り。数年前テレビで放映していた時、レポーターである漫画家のサトウサンペイは、この礼拝堂で感動の余り何故涙したのか?"生の喜び"―建築はそのようであるべきなのです。私はコンセプトの幾つかでそのことに触れました。
「私は内心に感じなかったものを制作したためしがないのです」
※引用文、写真共「マチスのロザリオの礼拝堂」尾野正晴他 光琳社出版 1996年
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