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「MPS友の会」御挨拶

宅先生からお声かけ頂き、「MPS 友の会」の会長を拝命いたしました。中学の部9期生、高校の部4期生の二宮です。皆さまのご協力、ご支援の下、引き続きMPS関係者の親睦にお役に立てればと考えております。先生には生徒として6年、スタッフとして6年、通して12年お世話になりました。
MPSでの私の思い出を書かせていただきながら、簡単に自己紹介をさせていただきます。
中高生の時は勉学は勿論、夏のキャンプ、冬の元旦マラソン、地獄ゲーム等のイベントといろいろな意味で、良き先輩・後輩、同期のライバルに恵まれ、大きな影響を受けました。一人っ子で、人見知りな私にはキャンプの歌謡選手権大賞受賞は大きな転機となり、大学の友人に結婚式のスピーチで“人前で動じない奴”と紹介されるまでになってしまいました。
 スタッフとしては授業の他、定期テストの準備等お手伝いさせて頂きましたが、今でも忘れられないのが、塾の定期テストでの失敗です。板橋公民館(当時)でテストが開始されると、”先生!テスト範囲と違う問題が出題されています”と言われ、 よく見ると確かに本来のテスト範囲ではなく、次回の範囲の問題でした。結局、テストは再テストとなり、生徒の皆さんや三宅先生、スタッフの方々に多大な迷惑をおかけしました。改めて、この場をお借りし、お詫び申し上げます。
スタッフ5年目の春にはハレーすい星が最接近し、これを観に三宅先生とニュージーランドへ旅したのも思い出の一つです。ニュージーランドは”世界の箱庭”と言われているそうですが、北島のロトルアに温泉や土ボタル、南島の庭園都市クライストチャーチ、広大な緑の草原に羊の群れ、毎日飽きることはありませんでした。そしてニュージーランド最高峰のマウントクック、高地で街明かりもなく、すい星観測には絶好のロケーションでしたが、生憎すい星は地球と太陽の位置関係が悪く、すい星の尾は地球の反対側に伸び、ただの明るい星にしか見えませんでした。それでも南十字星やマゼラン星、ω星団といった、南半球の星々の美しさは今でも忘れることが出来ません。
 社会人となってからは、年賀状、MPS OB会など、最低限の繋がりは失礼のないよう心掛けていました。しかし、誰でも社会人になると仕事に追われ、忙しい日々が続き、個人的に先生とお会いするのは、私の人生の大きな転機の時くらいでした。仕事も熱心、趣味も広汎で、公私ともに忙しく生活している先生の日常が手に取るようにわかっていましたので、年下ということもあり、私の方からお声をかけることはほとんどありませんでした。
 そんな期間が30年経ち、半年前くらいに「MPS 友の会」のお話があり、他の役員の方々の協力を頂き、今日に至っているという次第です。先生は来年、古稀になられるとのことです。石塚さんによると「古稀とは杜甫の『70歳まで生きることは古来稀なり』から由来されている」とのことです。しかし、現代では70歳生きることは少しも珍しいことではありません。三宅先生の場合には、あのように「人生をまだ楽しもうとする70歳は古来稀なり」というふうに変えたほうがよさそうです。
 私にもありますが、音信不通や、しばらく会っていない人との再会は、久しぶりに会ってみたいという気持ちと尻込みをする気持ちが半々になります。日常生活の何かの折にMPS時代のことをふと懐かしく思い出される方は、一歩前向きに考えて、是非ご出席ください。先生もそのような卒業生こそ久しぶりにお会いしたいと、願っているのではないでしょうか。
 広報担当の今田君から「三宅先生50年お疲れ様の会」開催のお知らせがHPに掲載されていますが、スタッフ経験者も10数名は出席されると思います。楽しい、懐かしい2時間余を久しぶりに共有しましょう。

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