三宅学習塾OB会 > トップ > 会員からの寄稿 >日本人船員教育の必要性

日本人船員教育の必要性

本人は「海」というと、海水浴や釣り、食卓の魚を供給する漁業しか思い浮かばない人が多いようですが、皆さんはいかがでしょうか。日本は四方を海に囲まれていて船は必要不可欠とよく言われますが、どれくらい日常生活の中で必要とされているのか、多くの国民には具体的に知られていないように思われます。
 日本が繁栄し続けるための手段の一つとして、貿易は大きな割合を担っています。その貿易量(輸出、輸入の合計)のうち99.7%は船で、0.3%が飛行機で行なわれています。島国の日本にとって、今のところ他の手段はありません。ほとんど全てが船で行われています。飛行機では高価で軽量なもの、あるいは鮮度が重要なもの、例えばコンピュータ部品、宝石、高級食材などが運ばれています。他の身の回りの物、あまり目に触れない物でも海外から来た物はすべて船で運ばれています。そして日本で製造され、海外で使用されているもののほとんども船で運ばれています。
 例えば、原油。現代社会では、あらゆる物が原油なしには手元に届かないとも言われています。そして、鉄鋼石や石炭などの1次産業関連、小麦やトウモロコシ、大豆などの2次産業関連、3次産業の衣類、書籍、家具など挙げればきりがないほどです。
 もし、鉄鋼石を運ぶ船が日本に来なくなったらどうなるでしょう。鉄鋼価格の上昇、自動車、電気製品等のあらゆる工業製品の価格上昇、原料不足による生産停止、そしてその後に物不足、工場閉鎖による失業者増加など一部業界を除いての経済停滞が予想されます。
 食料を挙げてみましょう。もし、小麦が日本に来なくなったらどうなるでしょうか。在庫小麦の価格上昇、小麦製品(パン、うどん、パスタ、スナック菓子等)の価格上昇、関連工場の生産停止、その後は先ほど同様、経済停滞やインフレになるでしょう。
 現在では日本の船会社及び同盟船社等が高品質な海上輸送を維持していますが、経済が混乱すると、間を縫ってサブスタンダード船と呼ばれる規格を満たしてない船での輸送が日本向けにも多くなることが予想されています。これは荷役中や運送中の品質保持が良好でない場合が多くあります。つまり、雨や海水が船倉に入りカビだらけの小麦、寄生虫が混ざったトウモロコシなどの穀類が入国するリスクがかなり高くなります。
 まさに、日本の船会社は日本経済を縁の下で支えています。これらの貿易をする船舶はどれも日本国籍かというとそうではありません。日本の貿易のために運航する船舶のわずか4%しか日本国籍ではありません。他は、パナマ共和国69%、リベリア共和国5%など、船にかかる税金が安い国籍の船で、日本人以外の船員が日本と各国とを行き来しています。現在の国際情勢では大きな問題になっていませんが、世界の隅々まで張り巡らされているこれら船舶の航路網の傍で、戦争・テロや海賊行為が頻発したときには状況は大きく変わるでしょう。
 例えば、中東やアジアの国々との往来で台湾沖はかならず通りますが、台湾と中国との間で紛争が起きたときに航路は大きく迂回しなければならず、航行時間・距離、航行区域を考えると、運送費用、保険費用などに悪い影響が出ます。それだけでなく、そのような紛争において日本がどちらの国に付くのかによって、敵対する側の国の船や船員は日本の貨物を運ばなくなる可能性があります。さらに、もしかしたら敵国の同盟国とされて攻撃を受けるかもしれません。すると、中立的な国からも危険性が増すことで、日本に寄港する船に自国の船員を乗せることを禁止する、などと言ってくる国が出てくるかもしれません。このような話になってくると、残るのは日本国籍船と日本人船員だけになってしまうかもしれません。過去にもイランイラク戦争の時にペルシャ湾でミサイルが飛ぶ中、他国の多くは運航を中断し、日本に原油を輸送し続けた多くは、日本人船員、日本国籍船だったことが、これを裏付けています。
 では現在、日本国籍船と日本人船員はどれくらいなのでしょうか? 日本国籍船はたった92隻、日本のために動いている船のわずか4%。他の国籍の船は2214隻。日本人外航船員はわずか4%程度の2650人しかいません。他の国の船員は6万人ほどいます。船会社は人件費の安い外国人船員を雇うようになっています。このような状況で先ほどのような世界情勢になったとき、日本経済は簡単に破綻してしまうでしょう。これを防ぐために政府は昨年からいろいろな政策を打ち出し始め、日本人船員や日本国籍船を増やし始めたところです。
 日本人船員は減ってきましたが、その技術水準は世界的に見ても常に高い位置を占めています。いろいろな評価方法がありますが、その一つとして海難事故の量で比較することがでます。この高い水準を維持してきたのが練習船の存在です。他の国では貨物船に見習い生として乗せて、実際の仕事をさせながら勉強もさせるという方針(OJT)で船員を養成しているところが多いのですが、実際のところ過密な運航スケジュールの中、荷役や当直、船体整備をした上に、さらに勉強をさせるというのは教わる方も教える方もかなりの負担となり、国際条約で求められているだけの勉強もできないところが多いようです。日本はその問題とは無縁で、国が作った専用の船に学生を乗せて貨物輸送や旅客輸送せずに勉強する事だけを中心に据えての船員教育を行ってきました。一見、効率悪くまた税金の無駄遣いのように言われ誠に遺憾なのですが、このおかげで日本人船員は大きな海難事故を起こしておらず、原油の流出などの環境破壊などもない高い技術水準が保たれています。さらに船社の努力により、危機対応能力はさらに向上しています。
 昨今の小さい政府を目指す流れの中で、あるいは税金運用見直しの中で、日本の発展に寄与している船員教育を民間に移行しようとする動きもあります。これは力のある大手船会社にとっては有利な話ですが、中小船社にとっては大変厳しい話であります。つまり、船会社ごとに資本提供する小規模な船員教育機関が誕生することになり、そこからは優秀な学生は親会社に就職し、それに漏れた学生が他の中小船社に行く可能性が極めて高くなるからです。また、景気の悪化によっては入学者の減少、教育水準の低下や中断の可能性もあります。国際競争力をつけた、技術水準の高い船員を輩出する事は、日本のさらなる繁栄、地球環境汚染の予防にも貢献していきます。
 政権も自民党から民主党へと移りました。このような政局の中でも、海運(主に海上を船舶で旅客・貨物などを運ぶこと)はこれからも日本経済を縁の下で支えていく業界です。政権が変わっても、世界のトップレベルの技術水準維持の政策は続けていって欲しいと願っている一人であります。海運の中枢になるべき日本人の船員教育に対し、良識あるMPS卒業生の方々に少しでもご理解いただければ幸いです。(海に生きる ’69生まれ)

住 所
〒250-0034 小田原市板橋647番地 三宅学習塾OB会事務局
事務局への投稿などはこちらへ
三宅先生への連絡などはこちらへ