三宅学習塾OB会 > トップ > GREEN放言 > 70歳になって伝えたいこと

70歳になって伝えたいこと

グリーン放言」の前回の掲載文は、2年前の2017年の10月でした。「もうこの世にいないのかな?」とか、「寝たきりの身体になっちゃったのかな?」などのことが、頭の中を過ぎった卒業生もいるかもしれません。そうなんです。閻魔大王に追い返され、戻ってきたんです(勿論、いつもの挨拶代わりのジョークです)。
 ボケないうちに、家族、知人、今でも親しくしてもらっている卒業生のために、2017年の3月に『狂育原論』の中で、「心」を書き始めたのですが、書き続けていくうちに、読者の一人でも多くの人に理解してもらえるように書こうという気持ちが裏目に出て、だんだん先に進まなくなってしまいした。竜頭蛇尾だけにはしたくないという気持ちが、鬱にさせました。と言っても、元来が陽気で、脳足りんの人間ですから、正常な人間と比べたら、かなり軽いものだと思っていますので、心配は無用です。
 特に、「遺伝」・「子育て」・「歴史」・「風土」・「科学の進化と生活の変化」などの書物は、そこそこ読みました。先入観を含めた自分の考えと、書物との主張に隔たりがある場合には、netに投稿されている記事も参考にしました。これからも老体に鞭打って、エッセイ「心」を書き続けるつもりでいます。来年の4月1日の72回目の誕生日までには書き上げる予定でいたのですが、それは無理のようです。約半年延ばして、来年中には何とかしたいと考えています。
 満60歳の還暦を向かえてから、満69歳の古稀までの時の流れは、とても速く感じました。特に60代の後半から、その速さは年々加速しているように感じています。「心・知・体」の知(頭脳、特に記憶力)と体(健康、特に体力)は退化していきます。それに比べて心、すなわち情、品性などの幼い頃から見に付けた性格はなかなか変わりません。成人になるまでの経験や環境から習得したままで年老いていきます。「年をとると頑固で行けない」という言葉をよく耳にするように、個々の性格の良い部分も、悪い部分もむしろ強固になっていくように思います。多くの人から好かれている「良い心」の持ち主は、もっと良い心に、多くの人から嫌われている「悪い心」の持ち主は、もっと悪くなっていくと思っています。
 しかし、年老いても、人生を楽しみたい気持ちというのは、一向に衰えません。私の趣味は旅ですが、旅の目的は、自然の風景、お城、鉄道の廃線巡りなどをして、それらを写真に撮ることです。現在も3泊〜5泊程度の旅を、年に2度、3度しています。そして、もう一つの楽しみはゴルフプレーです。今でも冬季を除き、年間30ラウンドくらいしています。これが健康で長生きしたいmotivationにもなっています。
 特にゴルフは、ボールの飛距離が、体力、健康面でのバロメーターになってくれています。「若い頃の話はするな」と、世間でよく言われています(その通りです)。50代頃まではドライバーは250yardsくらいは飛んでいた記憶がありますが、今では200 yardsくらいしか飛びません。そして、9番アイアン(このクラブは、ドライバーの半分の飛距離)というクラブがあるのですが、そのクラブは、ピンまでの距離が130 yardsの時に使用していましたが、今では110 yardsの時に使用しています。このことから、筋力、柔軟性などの体力は、確実に当時より20%前後衰退しています。特に、イメージするスイングを再現出来ないことが情けなく、悲しくなります。
 あと何年生きられるか分かりませんが、満79歳の傘寿まで健康寿命を維持できていたらと思っています。70代までは、ゴルフのラウンドプレーと、旅は何とか続けたいと思っています。自分自身はその可能性は半々と考えています。60代の中頃までは、8割以上実現できると思っていたのですが、前述のように、60代の後半からの、知(頭脳、特に記憶力)と体(健康、特に体力)の加速度的退化を実体験してきて、その自信がなくなってきています。
 お陰さまで、相変わらず入院ゼロ、手術ゼロの人生を送っています。いつまで続くのでしょう。病院に行かない訳ですから、保険証を使ったことがありません。60代の頃に思ったことがあります。医者に通わず、1年間保険証を使うことがなかった人は、車の保険のように無事故の場合には、1年ごとに階級を上げて、翌年の保険料を1割減額のシステムにするという考えです。保険証の年間支払いも、これと似たようなシステムにしたらどうかということです。逆に、病院に通った場合は、翌年に1割増額するということです。事故を起こして、保険会社に修理費、治療費などを払ってもらった場合は、翌年の保険料を1割増額になります。このようにしたら、自分の健康をもっと考えるようになるのではないかと思っています。
 長いこと生きていると、最高の人生はcontentmentではなく、gratitudeであることを少しずつ分かるようになりました。老いることによって知ることは他にも多くあります。人間は地球上の最も進化した生命体です。否、独裁者かもしれません。いずれにしても、もし生まれてこなければ、このような世界があることすらも知らなかった訳です。自分の誕生した瞬間は、誰も知りませんが、ほとんどの人は、2〜3歳から、早い人で1歳を過ぎた頃から、記憶が残るようになると言われています。それに反して、死を迎える瞬間は、その意識がなく人生を閉じる人から、一瞬に死を迎えてしまう人まで、千差万別です。
 昔の人は、若くして亡くなったり、突然死、事故などで亡くなった人に「元気だったのに、寿命だったんだね」という言葉を使う人がたまにいます。「寿命」という言葉が、どのような意味で使われているのか分かりませんが、神仏を好きでない私には好きな言葉です。両親からの遺伝、幼少期の家庭での育てられ方、成長期における交友関係、経験、心の在り方などによって、成人になるまでにその人の本質は形成されるのですが、そこまで具体的な理由を言ってしまったら、遺族に対して失礼になります。文字通り、「傷口に塩」です。
 自分自身がどのような人生の閉じ方をするか分かりませんが、両親への感謝が「ぼんやり」であっても、頭を過ぎってくれたらと願っています。卒業生の皆さんも、これから歳を重ねるごとに、時の過ぎるのを早く感じるようになります。還暦の頃から、そのことを念頭に置いて「知と心の衰退」に抗する日常生活を心掛けてください。具体的には、time-for-myself、healthy-activity、enjoyment、pleasure、comfortを意識して生活してください。日本語で表すならば、「自分の時間を大切にし、健康的な活動をし、愉しみ、喜び、そして快適な日々」を暮らすということです。
 次回は、長い期間を開けずに書くつもりでいます。

住 所
〒250-0034 小田原市板橋647番地 三宅学習塾OB会事務局
事務局への投稿などはこちらへ
三宅先生への連絡などはこちらへ