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'15ベストセラー本‐TOP9 「人間の分際」

'15年のベストセラー本が日本出版販売(日販)から昨年の暮れに発表されました。第1位は言わずと知れた又吉直樹の「火花」で、240万部を売り上げ、第2位の「フランス人は10着しか服を持たない」(Jennifer L. Scott)の70万部を大きく引き離しました。文庫本になるのを待って読もうと思っていましたが、先日卒業生の一人がMPSに暮れの挨拶に来てくれた際、タイミング良く「火花」の載っている文芸春秋社の文芸月刊誌を持っているからと言われ、貸してもらっています。
 昨年のいつ頃なのかは忘れてしまいましたが、「最近の小説はつまらなくなった」と書いたことがあります。よほどの強い好奇心か、誰かの推薦がなければ新刊小説は読むことはないだろうと思っています。実際、この半年間小説は読んでいません。ただ、「火花」はデビュー当時から又吉君のキャラクターが好きで、どんな本を書いたのか興味を持っていました。それでも、すぐに読みたいという気持はそれほど強くなく、文庫になって安くなった時にまだ読みたい気持ちでいたら、読めばいいかなというくらいの関心度でした。
 昨年のランキングを見ると、「火花」を除くと文芸作品でTOP10に入っている小説はありませんでした。TOP20までに、TOP12に「鹿の王」(上橋菜穂子)、TOP13に「下町ロケット」(池井戸潤)、TOP17に「ラプラスの魔女」(東野圭吾)があるだけです。おかしな日本語を使ったり、奇をてらう手法を用いたり、内容も薄べったくなり、心の中にいつまでも残るような小説が少なくなったと感じていたのは私だけではなく、同じ感懐の愛読家(特に中年以上)が多くいるんだなと感じています。
 今でも電車の待ち時間調整などの時には、書店に行くのが自分の性には一番合っているので、時々立ち寄ったりしているのですが、小説を並べてあるコーナーに歩を進めることは少なくなりました。それにしても、どの書店でも入り口に必ず設けられている「ベストセラーコーナー」に平積みにされた「〜のすすめ」「〜という病」「〜の整理法」「〜との付き合い方」などの「How to 〜」物の本の多いことには驚かされています。現代の日本人の多くは健康、老後、日常的ストレスなどの不安を人知れず抱えているのでしょうか。少しでも良い人生にしようと、その種の本を買っているのでしょうか。それぞれの生き方に反映できるような本とはなかなかめぐり合えないと思うのですが、何も考えないで生きている人よりは、近い未来に一条の光が差すことがあるかもしれません。
 ところで、曾野綾子という女流作家を知っているでしょうか。ベストセラーコーナーに曾野綾子著の「人間の分際」という本がありました。2015年のTOP9の本です。三浦綾子のほうは「氷点」「塩狩峠」などを読んでいてよく知っていましたが、曾野綾子は小説を読んだこともなく、そういう女流作家のいることは知っていましたが、ただそれだけの人でした。曽なのか曾なのかもはっきり認識できていない程度です。近年は小説よりも随筆を書くことのが多くなったと知人は言っていました。三浦綾子(故人)と曾野綾子は文学好きな人からは、かつては「W(ダブル)綾子」と言われていたようです。しかも曾野綾子は三浦朱門と結婚していて、あまり活字に親しんでいない人には、曾野綾子と三浦綾子を同一人物と考えている人が多くいるようです。さらに、この二人は敬虔なクリスチャンであること、たび重なる病魔にも苦しめられたことなどの共通項もあります。
 「分際」という言葉は日頃から私がよく使っている「身の丈」と同義語です。この言葉に誘われ、平積みにされていた「人間の分際」を手にして目次をめくってみると、近頃自分自身がかなり気にしている多くの文言が飛び込んできました。そこで、「読んでみるか」と衝動買いをしてしまったという次第です。章ごとのタイトルは次のようになっています。
 第1章 人間には「分際」がある
 第2章 人生の本当の意味は苦しみの中にある
 第3章 人間関係の基本はぎくしゃくしたものである
 第4章 大事なのは「見捨てない」ということ
 第5章 一度だけの人生を面白く生きる
 第6章 老年ほど勇気を必要とする時はない
 特に第1、3、5、6章は、彼女が考えていることとかなりの合致項目がありました。この種の本、エッセイやHow to 〜 物は、枕草子、方丈紀、徒然草などの古典から、最近では五木博之、養老孟司,外山滋比古など多くの本を読んでいますが、これから本格的老後を迎える今の自分には、「人間の分際」からかなりの勇気と確信をもらいました。ちなみに、私の人生の経典は亀井勝一郎です。
 「人間の分際」の構成は今までに彼女が書いた本からの「美味しいどこ取り」の形式になっています。私の目的はその根拠を詳しく説明してもらうことではなかったので、これで十分でした。そして何よりも、彼女と私の歩んできた人生、そして価値観が全く違っているということが嬉しかったのです。彼女は神が好き、スポーツが嫌い、病弱気味ということで、私とは全く逆です。似たような境遇、似たような性格、似たような趣味の人間との同意見ということはよくありますが、180度違うidentity の彼女の考えに共鳴できたことが、逆に自分の考えに自信を持てたのです。
 老後を迎えるにあたって、読んでおいて損のない本です。読んでみてください。塾に貸し出し用にこの本を1冊用意してありますので、読みたい人は借りに来てください。遠方の方は book off で安く売っているでしょうから、それのが安上がりです(笑)。

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