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技術と良心

日、高校2年生と大学受験の現国の長文読解を勉強していたら、timely な文章に出会いました。西堀栄三郎の「技術と良心」という文章です。彼は京大教授の科学者で、第一次南極越冬隊長としても有名でした。文学者の桑原武夫、生態学者の今西錦司とは共通の趣味の登山を通して、京大の学生時代から分野を超えた親交がありました。あの有名な「雪山賛歌」の作詞者でもあります。彼は1989年に亡くなっています。少なくても20年以上前にこの文章を書いていることになります。
 ところで、彼の文章を紹介する前に、少しの雑談にお付き合いください。
 最近、ますます子どもたちの国語力と思考力の不足が酷くなってきています。塾を始めた頃に「四無主義の否定」をよく授業中に説いたことを思い出しました。4つの「無」とは、「無関心、無気力、無感動、無責任」のことです。人として必要なことには関心を持ち、行動する気力をもって好きなこと、すべきことに立ち向かい、その中から感動、感謝などの情操を磨き、そして自分の言動の結果に責任を持つ、これが生きていく最低限の条件だと思うのです。
 今の子どもたちの多くは、理解力、文章力どころか会話力もありません。そこで、個別授業をしている生徒の中で希望する生徒に、現国の長文読解なら一緒に考えられるだろうと思い、教えているわけです。このような授業をしていると、生きていくうえで必要な知識や助言も与えられ、文章の内容によっては私自身も勉強になります。授業の雰囲気は相も変わらず北野弁上田流で、バカなことと嫌味とを織り交ぜ、たまに時事問題や年寄りの人生訓みたいなことを喋っているしだいです。
 それでは西堀栄三郎の「技術と良心」をお読みください。読解力のある生徒なら中3生でも内容を理解できるでしょう。有名大学進学を目指している生徒には高1レベルの難度だと思います。

 豊かな生活を望むのは人間みんながもっている欲求である。そしてこの豊かさは、人間が発見した知識を、技術を使って品物やサービスに転換することによってもたらされるものだ。もしこの技術がなかったら、いま私たちはこのような豊かさを享受することはできなかっただろう。
 ところが技術は功罪を伴い、時として、その「罪」は人類を滅亡に追い込むことさえあり得る。最近の例だと、フロンガスによる成層圏のオゾン破壊がそれである。おそらく、フロンを発明した技術者は、将来まさかこのような事態にまで発展するとは思いもよらなかったに相違ない。技術が進歩し、自然界になかったものを人間の知恵で創り出していくとき、この種の問題が起きてくることは確かだが、私たちはこのことを認識した上で、技術を注意深く行使しなければならない。
 とくに最近のように、技術が国家間や企業間競争の優位や利益を決定する比重が高まってくると、技術は安全性や信頼性を十分に見極めることなく性急に使われがちになってくる。現実の自由経済下においては、確かに古い技術を駆使するよりも、一時的にでも早く新技術を利用した方が他企業との競争に勝って利益を得ることになるからだろうが、これが技術を利用する側の論理になっているのは遺憾である。が、だからこそ、技術を生み出す人間、およびその技術を使って新たに技術を生む人間には人倫が要求されるのだ。その目的の枠組みを超越して、その技術が本当に人類のためになるのか否か、自問自答を繰り返しながら技術を行使する態度が必要になるのである。
 技術は、企業や国家の目的と結びついて生まれてくるとはいえ、一企業や一国家に隷属するものではない。そのときだけとか、特定の人間にだけ利益になるのではなく、遠い将来の子孫が「あのとき作ってくれて本当によかったなあ」と思えるような事物を作ることが真の技術だと、私は思っている。したがって、技術を行なう技術者が、何を指針にしてその目的の良否を決めればよいのかというと、「子々孫々にまで喜んでもらえる」ことに尽きる。
 ところが、技術者がいくら自分の良心にしたがって技術を行おうとしても、企業のトップがそれと反対の考えでいる限りはむずかしい。企業を存続させるために儲けることが第一だと、人倫に背いた経営方針を出したり極端な行動をとったりすることだってあり得るからだ。また国家であれば、たとえば戦争を早く終結させるためと称して、殺傷能力の高い兵器を開発しようと要求を出してくるようなこともあるかもしれない。
 そのようなとき、技術者は毅然とした態度で、その要求を拒否する勇気をもって、断固として立ち向かう姿勢が必要である。ただし、それができるためには、技術を行なうものに、目的の良否が見極められるだけの人倫が備わっていなければならない。
 技術の抱える問題の真の解決策は、ひとり技術者のみでなく、為政者、企業のトップ、ないしは軍の上層部など、決定権をもったすべての人が「人類の福祉にならないものはやるべきでない」という自覚をもつことから始まる。そして、このような自覚を生む「良心」をおのおのがもつように不断からその魂を磨くよう努めなければならない。そうでなければ、本当の技術を行う者とはいえないのではないだろうか。
【100字要約】技術を生む人間には人倫が要求される。技術は一部の者の隷属下にあるものではない。将来にわたって人類の福祉のためになる技術かを自覚するために、おのおのが不断から良心を磨くよう努力しなくてはならない。(97字)

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