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東北地方太平洋沖地震に思う

月11日14時46分、宮城県牡鹿半島の東130Km沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。その地盤の亀裂は南北500Kmに及び、太平洋沿岸に高い津波を起こし、東北から関東地方にかけて甚大な被害を与え、死者・行方不明者の数は発生1ヵ月後の4月11日現在、2万8000人を超え、気象庁はこの地震を「2011年東北地方太平洋沖地震」と正式に命名しました。60余年生きてきて、国内でのこれほどの大惨事は初めてです。
 余震なのか、誘発地震なのかわかりませんが、西は新潟県、南は千葉県沖まで、6強〜5弱の地震が多発しています。富士宮市付近を震源とする地震もありました。その瞬間、「ついに関東大震災が来たかな」と思いました。自宅が震源と100Kmも離れていなかったからか、瞬間的な衝撃は3月11日の地震より強く感じました。
 東北地方の地震と津波の驚愕の映像を見て、その悲惨さを感じたことはもちろんですが、他に考えさせられたことが2つありました。1つは避難所での高齢者へのインタビューの受け答えです。こんな大惨事に遭って、しかも津波によって全てのものを失っても悲しみを胸に秘め、気丈に愚痴ひとつ言わずインタビューに答えている姿でした。
 お年寄りは嬉しいことがあると「人は長生きしてみるものですね」と笑みを浮かべ、悲しいこと、辛いことがあると「長生きしているといろいろなことがありますからね」と達観の言葉を口にします。それは自分の人生を自分なりに精一杯生きてきたという誇りと、母なる大地・地球の恵みのおかげで生きてこれたという感謝と、共同体の触れ合いの心の温もりを十分に認識している言葉です。
 マイクを向けられたお年寄りのほとんどの方は「有難いことです」「よくしてもらっています」という感謝の言葉を口にしています。高齢になってからあれほどまでの自然災害に遭っても、恨み辛みを言ったり、愚痴をこぼしたりしません。自分のことよりも他人を気遣い、家族に心配かけまいという心配りに、ただただ感服するばかりです。
 避難所で翌朝目を覚ましたら、隣にいたおばあさんが亡くなっていたというニュースも見ました。「どこか具合が悪いのですか?」と声を掛けたら、「大丈夫ですよ。ありがとうございます」と、そのまま静かに眠っていたそうです。どこかを患っていたのでしょうが、こんな時に迷惑を掛けられないと耐えていたのでしょう。また、或るおばあさんが見ず知らずの同じ病気をしているおばあさんに「1日3回を、1回にすれば済むことだから」と、自分の薬を分けてあげていました。
 地震発生から3日目に救出されたおじいさんは「大丈夫!チリ津波も経験してきたから大丈夫!」笑顔で「また再建しましょう」と、回りを気遣う余裕すら伺えました。家、人、思い出、積み重ねてきた生活の全てを津波に洗い流されても、明るく振舞える強さはどこから来るのでしょう。「自然はどうしてワシらのようなものを助けて、これからの幼い命をたくさん奪うのかね」という言葉は、長い人生を精一杯生きてきた証の究極の言葉です。
 東北の風土が生んだ忍耐強さ、横の繋がり、素朴さが、ごく自然にそのような言葉や行動になるのでしょうか。私のようにこの歳になっても世俗的な生き方しかできない人間には、菩薩のように思えました。この時、関東の人間は「物不足になる」と、買占めに夢中になっていました。「物は奪い合えば足りなくなるが、譲り合えば余る」という言葉がありますが、東北の被災地と関東で対照的な心の奥を垣間見た気がしました。
 2つ目は福島原発事故です。とんでもない地震の後遺症が残ってしまったと危惧しています。放射性物質を封じ込めるのに何年かかるのでしょう。原発周辺の土地は「死の土地」になってしまうのでしょうか。これは人災です。東京電力と当時の政権政党の自民党の責任は重大ですが、我々国民にもその一端はあります。このHPでも日本国民は果たして今の欲望を満たすためだけの生活でよいのか警鐘を鳴らしてきました。
 生活を利便化、快適化する最大エネルギーは電力です。今回の事故は東京電力への天罰であると言う人もいます。近い未来に化石燃料が枯渇する中、代替エネルギーを原子力に求め、より快適な生活のためにオール電化住宅、IHなど電化製品の使用を推し進めてきました。政府も家電エコポイント制度で買い替えを奨励しました。確かに消費電力の軽減化は地球環境の健全化のために必要ですが、実際は買い替えによるテレビ、冷蔵庫の大型化、オール電化の普及でそれほど消費電力は減っていないという統計もあります。政府は節電という最も基本的単純な手法でCO2削減を図ろうとはしなかったのです。
 計画停電が始まって、関東地方の住民は対前年比2割の節電をしています。好き勝手に生きてきた現代人も、さすがにいきなり大停電になることの怖さは知っているようです。日頃から電気に頼らず生活している家庭では、それほど電力消費を減らすことはできません。むしろ電力浪費をしている家庭が、停電多発の不便さを怖がって2割減の節電をしているのかもしれません。
 しかし、どんなに企業や家庭が節電しても、東京電力の夏場の最大供給電力はどんなに頑張っても5000万KWです。おそらく夏季と冬季には頻繁に計画停電が行なわれるでしょう。しかもこの先数年間は続くだろうと言われています。そうなると、電力依存症の現代社会は何もすることできません。オール電化の家だけでなく、一般家庭、職場にも不便、不使用を強いられます。灯油ストーブもファンヒーター式は使えません。ガス風呂もマイコン内臓では沸かせません。ガスクーラーでも電力を必要とします。クーラーがないと窓の開かないビルでは50℃に、通勤電車内では40℃に達すると言われています。
 今回の原発事故での東京電力の賠償金は5兆円とも、10兆円とも言われています。そうなると政府が介入して国営化ということも考えられます。JR(旧国鉄)、郵便局、JALの大赤字に続き…「東電、お前もか!」という気持ちです。結局は政府の御用企業の体質に問題があるのです。ライフラインを担う企業は、最後には国が何とかしてくれるという甘えがあるのです。
 東電は歴代経済産業省幹部の天下り先となっています。今年1月には「原子力安全保安院」の上部組織にあたる経産省資源エネルギー庁長官が東電の顧問に天下ったばかりです。ニュースでもよく扱っていますが、そのI氏の役割は東電の支払う賠償額を出来るだけ減らすことにあり、東電の経営が傾けば経産省は特Aクラスの天下り先を失うことになり、I氏と経産省の関心はそこにしかないとのことです。経済産業省と東京電力は同じ穴のムジナなのです。こんなことでは正確な情報が国民に届くはずはありません。
 初の計画停電で、国民も節約と生活の改善の必要性に気付いたと思います。ボタンを押せばなんでも簡単にできるという安易な生活は、このような状況になると、逆に何もできないことになります。これからは利便性、合理性、効率性だけを求める発想にストップがかかると思います。日頃から面倒臭がらず身体を動かす生活を心がけることが必要です。それは心身の健康維持にも繋がります。国民はこれを教訓にライフスタイルを再考すると思います。否そうならなくては、日本はいつか潰れます。
 1年でも1ヶ月でも早く東北地方を復興させ、福島原発の放射性物質を封じ込めなくてはいけません。国の借金も1000兆円を超えました。この大地震と原発事故で税収は大幅減になり、一方国費は当然増加しますが、今は一刻も早い経済の建て直しが必要です。津波と原発事故で全てを失った人たちの生活援助です。夏季の計画停電が頻繁に行なわれると、体力のない多くの企業は倒産するとも言われています。関東大震災後の後藤新平のような人物が現れて(彼の評価はいろいろですが)、多少強引でも日本を再構築する指導者が待たれます。経済・産業の回復と健全化、社会の仕組と安全、日本人の精神向上などのための抜本的改革が必要です。災害復興の前に、原発事故処理の前に、今回と同じような規模の大地震が関東から九州にかけての太平洋沿岸を襲ったなら、そのとき日本は完全に沈没します。近い将来必ず襲ってくると言われている大地震の前に、日本を立て直すことが何よりもの急務です。
 最後に、国民の生活と安全を守るために、命を賭して原発の最前線で作業している自衛隊員、消防庁レスキュー隊員、原発技術者、電気技術者が被爆されることなく任務遂行され、無事に家族の元に還られることを心より祈っております。

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