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外山滋比古「思考の整理学」

は年に数回都内を徘徊する。用事があって行くときもあるし、ぶらりと行くこともある。用事があって行くときでも、ゴルフショップと本屋に立ち寄る時間をなるべく作るようにしている。ぶらりと行くときは往きの新幹線の中でどの辺りをほっつき歩こうか、どの駅で降りようか考える。「ちい散歩」のように足の向くまま数Kmを歩く。東は江戸川の堤、西は井の頭公園辺りまでを行動領域にしている。また、ショップ巡りの場合のゴールは本屋と決めている。購入した際、本を持ち歩くことは重荷になることを体験学習から知っている。
 その日のゴールは「八重洲ブックセンター」で、いつものように最上階8階までエレベーターで上がり、興味のある書架を巡りながら順に階下へ降りていく。4階フロア、平積みの本の上に「東大・京大で一番読まれた本」と書かれた販促の旗が目に飛び込んできた。東大現役生はどんな本を読んでいるのか気になり、手に取ってみると「思考の整理学」というタイトルで、著者名「外山滋比古」と書かれてある。懐かしい名前であった。彼は評論家、随筆家で、現国の教科書、大学入試問題の頻出著者として有名である。高校時代にある程度真剣に現国の勉強をしていた人なら思い出す名前であろう。
 誠に、誠に…彼には失礼な話だが、私の頭に最初に浮かんだのは、すでに故人であり、どうして新刊が出たのだろうということであった。巻末の第一版発行日を見たら、86年4月24日と書いてあり納得したが、家に帰ってインターネットで調べたら、まだ存命であった。二重の失礼をしてしまった。
 言い訳をさせてもらえるなら、彼の名前は大学受験時代から耳にしていて、難解な文章を書く評論家というイメージがあり、その当時50歳、60歳になっている人が書いているのだろうと考えていた。小林秀雄は1902年、唐木順三は1904年、亀井勝一郎は1907年生まれで、彼も同世代の評論家と思い込んでいた。加藤周一も1年前に亡くなっている。あれから40数年、私自身がもうアラ還なので、かなりの高齢でお隠れ遊ばされているだろうと勝手に考えていたのである。
 購入した本はすでに第60版になっていた。20年以上も前に文庫化された本がこれほど増刷を繰り返すのは出版業界では異例のことらしい。2007年、同書はそれまで20年間で累計17万部そこそこのロングセラーではあったが、盛岡市のある書店員が「もっと若いときに読んでいれば、そう思わずにはいられませんでした」という手書きPOPによる仕掛け販売を行って以降、中高年を中心に読まれるようになり、出版社が同じうたい文句を帯に付けると全国の書店で火が点き、1年半後の08年6月には累計52万部に達した。
 その後いったん勢いは弱まったが、再加速のきっかけとなったのが2つ目のキャッチコピーだった。東大・京大生協における08年書籍販売総合ランキング1位を獲得したことで、09年2月から「東大・京大で一番読まれた本」とのキャッチコピーで販促をかけると、再びブレイクした。昨年6月以降は毎月10万部超のハイペースで重版を続け、8月末には遂に100万部を突破したというのである。
 この本を読んでいくうちに、20年前に読んでいたかもしれないと思った。内容がとても懐かしく思えたからである。書斎の棚を捜してみたが見つからなかった。50歳を過ぎた頃から老い先も短くなり、読まないと思われる本はかなり処分してしまい、読んだか読まなかったかの真偽は分からないままである。自分の現在の思考行動に近いものを感じたということは、若い頃に読んだことがあり、それが血や肉になって残っていたからだと考えたのである。現に、著者の思考の整理法の多くを私は実践している。
 大学入試に採用される評論は難解というイメージがあるが、この「思考の整理学」はかなり平易な文章で書かれている。活字アレルギー、思考停止、好奇心皆無の人間でないのであるなら読まれることを勧める。私の駄文にお付き合いしてくれている卒業生の多くは、すでに読まれていると思うが、もしまだと言う方がいたら、是非読んでみてほしい。高校生・大学生の子どもがいたら、彼らにもお勧めだ。私も塾生に勧めている。個人的に久々の快作だった。彼の著書3冊が机の上で次の対話を待っている。

付記
 昨年、どんな本を読んだのか思い出してみた。
 外山滋比古・五木寛之・重松清・池田晶子・小川洋子・中村航・・・・そして夏目漱石。漱石研究書、角川書店編集の文芸ナビ書、共同通信社編集の回顧録もある。
 中学生に読ませるために読んでいる本が思いのほか多いことに気付いた。一度目を通しておかないと、薦めることができない。成長期の人には良書であっても、老いた私には分かり切ったこと、異論を唱えたくなる本もあり、退屈な時間もあった。
 しかし何より嬉しいのは、「子どもが本を読むようになった」とのメールや言葉をもらったときである。生徒から「面白かったです」と、直接言われると取り分け嬉しい。

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