R1 Trios/Solos (1973)  [Ralph Towner With Glenn Moore] ECM


Paul McCandless: Oboe
Glenn Moore: Bass
Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano
Collin Walcott: Tabla

[Side A]
1. Brujo [Towner] 5:34  O6 D10
 (12st. Guitar, Bass, Tabla)
2. Winter Light [Towner] 3:34
 (C. Guitar)
3. Noctuary [Towner, Moore, McCandless] 2:22
 (Oboe, 12st. Guitar, Bass)
4. 1 x 12 [Towner] 2:48
 (12st. Guitar)
5. A Belt Of Asteroids [Moore] 6:37
 (Bass)

[Side B]
6. Re: Person I Knew [Bill Evens] 6:18
 (12st. Guitar, Piano, Bass)
7. Suite 3 x 12 [Towner] 2:06, 2:18, 2:48
 (12st. Guitar)
8. Raven's Wood [Towner] 5:19  O8 O24
 (Oboe, C. Guitar, Bass)
9. Reach Me Friend [Towner] 3:24
 (C. Guitar)

Produced By: Manfred Eicher
Recorded
on Novemeber 27, 28 at Sound Ideas Studio, New York City

注) 5. はラルフ・タウナー不参加


ラルフ・タウナーのソロ・デビュー盤。第1作目から現在に至るまで35年以上も、同じレーベルから作品を発表し続けていることになる。本作の録音時期は、オレゴンの第1作目「Music Of Another Present Era」O1 と第2作目「Disatant Hills」 O2 の間で、共演者もオレゴンの連中だ。契約の関係で4人全員で演奏することが出来ず、1.や 8.のように3人までとなったようだ。ということで、オレゴンのサウンドに非常に近い曲もあるが、彼のソロアルバム特有のクリスタルのように硬質な透明感が出ていて、一種の冷徹さまで感じてしまう。オレゴンのみならず、ラルフ・タウナーの音楽性もデビューの時期に既に出来上がっていたということ。そしてそのスタイルは、ほとんど変化せず、進化でなく深化していったという事は、驚くべきことだ。クラシックと現代音楽、ジャズ、ワールド・ミュージックの素養、12弦ギターの使用という独自性による強烈な個性と、作曲における豊かな才能が長い音楽キャリアーを可能にしたといえよう。

1.「Brujo」は後にエルビン・ジョーンズとオレゴンの共演盤「Together」 1976 O6 で再演された曲で、初期の演奏らしく硬い感じがする。伸びやかさというか、しなやかさが少ないというか、少し余裕に欠ける感じがする。或いはオレゴンのヴァンガード盤に比べ本作のECM盤の録音が良すぎて、生々し過ぎるのかもしれない。この曲については、同年発売されたECMのオムニバス盤「ECM Special」1973 D10 に別テイクが収録されている。2.「Winter Light」は途中ブラジル音楽的なリズムが出てくるが、全体的にひんやりとしたムードが漂う。3.「Noctuary」はフリーピースで、ラルフの12弦のアタックが強烈。当時ハーモニクスをこんな感じで使っていた人は皆無だったろうな〜。4.「1 x 12」は12弦ギターによる独奏で、若さあふれる力強い演奏が堪能できる。指をフルに使ったアルペジオの音の洪水が圧倒的。5.「A Belt Of Asteroids」はグレンのベースの独奏で、ラルフは不参加。そのために本作のクレジットは、「Ralph Towner With Glenn Moore」になっているのだろう。リズムのない曲で、思いのままに弾いているように思える。

6.「Re: Person I Knew」はビル・エバンスの曲で、スコット・ラファロ事故死の後に、チャック・イスラエルを後任として結成されたピアノ・トリオでの作品「Moon Beams」 1962 に収録された。この曲のタイトルは、彼が在籍していたレコード会社リヴァーサイドのオーナー兼プロデューサーだった Orrin Keepnews の綴りを並び替えたもの。当時ジャズ界で流行ってた一種の言葉遊びだ。ここではラルフは多重録音で、12弦ギター(伴奏)とピアノの両方を弾いている。ビル・エバンスの精神を理想とする彼の尊敬の念がよく出ている。グレンのベース・ソロはスコット・ラファロのプレイを彷彿させる。7.「Suite 3 x 12」は12弦ギターによる3つの小品からなる組曲。スローな部分とリズミックな部分との対比が鮮やかで、ファンキーなグルーヴ感あるパートと、「Icarus」を連想されるアルペジオのパートが圧倒的。そのアタック感は同じ12弦ギターを操るレオ・コッケと双璧を成し、その抜群のリズム感覚は神業に近い。8.「Raven's Wood」はポールのオーボエが入り、オレゴンの世界に極めて近い。オレゴンでの演奏がラテン・リズムを前面に出したものだったのに対し、ここでのリズム楽器がない編成での演奏はそれなりに新鮮な感じで、3人の奏者による音楽のフリーな対話と言えよう。9.「Reach Me Friend」は、はっきりしたテーマのメロディーがない思索的な演奏。

緑色の微妙な色合いによるシンプルなジャケット・デザインが、この作品の雰囲気を物語っている。


 
 
R2 Diary  (1974)  ECM





Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano, Gongs

[Side A]
1. Dark Spirit [Towner] 7:18 O3
 (C. Guitar, Piano)
2. Entry In A Diary [Towner] 3:50
 (12st. Guitar)
3. Images Unseen [Towner] 4:12
 (12st. Guitar, Gongs, Percussion)
4. Icarus [Towner] 6:13  O12 O16 O23 R3 R25 D4 D7
 (12st. Guitar, Piano)

[Side B]
5. Mon Enfant [Anonymous] 5:39  R18
 (C. Guitar)
6. Ogden Road [Towner] 7:57   O11
 (12st. Guitar, Piano,)
7. Erg [Towner] 3:12
 (C. Guitar)
8. The Silence Of A Candle [Towner] 4:54  O2 O5 O20 D7 D27 D40
 (Piano)

Produced By Manfred Eicher
Recorded April 4, 5, 1973


注 写真上: 当初発売のレコードの表紙
  写真下: 後に発売されたCDの表紙


ラルフ・タウナー初の単独ソロアルバム。一人だけで製作しているという意味でそうなるが、実際はギターとピアノなどの多重録音で作られた曲も収録されている。内省的でプライベートな雰囲気に満ちているが、彼独自の美意識が素直に表現されていて純粋で魅力的な世界を創り出している。録音時期としては、オレゴンの「Distant Hills」 1973 O3の少し前(発売は後)。

1.「Dark Spirit」は前述のO3 で、ラルフのギターとコリン・ウォルコットのシタールのデュエットで演奏されていた作品。ここではピアノが使用されており、ほぼ同時期の録音なので音作り自体は似通っている。2.「Entry In A Diary」は12弦ギターによるゆったりとした演奏。タイトルのとおり非常にプライベートな雰囲気がする作品で、精神性の強さを感じる。静かな夜、誰もいない所で聴いていると、心の中にじわじわと入り込んでくるような曲だ。3.「Images Unseen」はハーモニクスを多用した12弦ギターとゴング、シンバルなどの音からなるフリーピ−ス。4.は名曲「Icarus」。イントロの12弦ギターのアルペジオはいつ聴いてもはっとする新鮮さに溢れている。スケールの大きなテーマはピアノの単音で演奏される。ここでのピアノの演奏は、ラルフとしては音数が少なく、メロディー重視でシンプルに弾かれていて、そのストレートな感じがいい。12弦のアルペジオの豊かな音量によるスペイシーな音宇宙の世界は、ECMの優れた録音技術により余すところなく捉えられている。

5.「Mon Enfant」は再発CD盤ではタウナー作となっているが、正しくはオリジナル・レコード盤のとおり「作者不詳」。フランス語のタイトルの意味は「私の子供」。耽美的なメロディーをクラシック・ギターで淡々と展開してゆく。6.「Ogden Road」は交響曲のように雄大な感じがする曲で、それを12弦ギターとピアノで表現してゆくところが腕の見せ所だ。12弦が伴奏、ピアノがテーマを演奏する。2台の絡みが絶妙で、緻密なアレンジが成せるわざだ。テーマに続き展開される12弦の独奏ソロが素晴らしい。後半のファンファーレのようなパートはピアノで提示され、そこから迸るような、湧き出るようなピアノの独奏に移ってゆく。それにしても彼のピアノのタッチの強さはものすごく、魂にじんじん響くものがある。 多重録音によるラルフのソロワークの傑作。7.「Erg」は紙をはさんでミュートをきかせた、パーカッションのようなギターの伴奏に、多重録音でギターのソロをかぶせたもの。8. 「The Silence Of A Candle」はおなじみの曲をピアノだけで演奏したもので、美しいメロディーを重視して比較的さらっと弾いている。

地味な内容であるが、純粋な美しさに満ちた初期の名盤。



R3 Macthbook (1975)  [With Gary Burton] ECM


Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar
Gary Burton: Vibraharp

[Side A]
1. Drifting Petals [Towner] 5:15  R4
 (12st. Guitar, Vibe)
2. Some Other Time [Comden, Green, Bernstein] 6:11
 (C. Guitar, Vibe)
3. Brotherhood [Burton] 1:08
 (Vibe)
4. Icarus [Towner] 5:50  O12 O16 O23 R2 R25 D4 D7
 (12st. Guitar, Vibe)

[Side B]
5. Song For A Friend [Towner] 5:04  O3 O28
 (C. Guitar, Vibe)
6. Matchbook [Towner] 4:30
 (C. Guitar, Vibe)
7. 1 x 6 [Towner] 0:58
 (C. Guitar)
8. Aurora [Towner] 5:07  O3 O18
 (12st. Guitar, C. Guitar, Vibe)
9. Goodbye Porkpie Hat [Charles Mingus] 4:22  R23 D52
 (12st. Guitar, Vibe)


Produced By Manfred Eicher
Recorded July 26, 27, 1974 at Studio Bauer, Ludwigsburg


ラルフ・タウナーの共演盤はたくさんあるけど、本作は文句なくベストスリーに入るものだ。相手は4本のマレットを操るヴァイブの巨匠、ゲイリー・バートン(1943年生まれ)。以前から親しかったようで、かつてラルフはゲイリー・バートン・カルテットのゲストとしてコンサートツアーを行い、初来日もしている。そして本作の後も1986年に「Slide Show」 R12を、1992年には「Six Pack」 D34で再共演している。曲の提供はラルフが担当し、演奏面ではゲイリーが主導権をとる役割分担がバッチリで、完璧なコラボレーションだ。

1.「Drifting Petals」は同時期に録音された「Solstice」 R4にも収められていた曲で、花びらがはらはらと散り落ちる様をイメージしたもので、その繊細さは東洋的な精神の深さを感じるほどだ。ゲイリーのヴァイブと、ラルフの12弦ギターのメタリックな響きが例えようもなく美しい。特にゲイリーのソロにおける歌心には天性のものを感じさせる。それに反応してバックで弾きまくるラルフも冴え渡っている。ラルフのソロの後にテーマに戻るが、その自己統制の効いた演奏はさすが。2.「Some Other Time」はクラシック界の指揮者レオナルド・バーンスタインが、ブロードウェイ・ミュージカルの「On The Town」のために作曲した名曲。このミュージカルは1949年にスタンリー・ドーネン、ジーン・ケリーの共同監督で映画化された。水夫が休暇でニューヨークに繰り出す様が描かれ、ジーン・ケリーとフランク・シナトラが歌い踊る豪華な作品だった。この曲はビル・エバンス初期のレパートリーで、ニューヨークのライブ・ハウス、ヴィレッジ・ヴァンガードのライブを収録した「Waltz For Debby」1961 に収録されていた。という意味で、この曲はラルフが敬愛したビル・エバンスへのオマージュといえる。二人の演奏が大変繊細で、切なくなるほどだ。3.「Brotherhood」は4.の前奏曲といえる短い曲。4.「Icarus」は数ある同曲の演奏バージョンのなかでも、文句なしに最高の出来と断言できる。ラルフの12弦の伴奏の切れ味もさることながら、ゲイリーのヴァイブの響きは、光を撒き散らしながら空を翔る彗星のような輝きに満ちている。それに煽られたラルフのソロも大空を駆け巡るような飛翔感に溢れたプレイで対抗する。二人の演奏の相乗効果が非常に高いレベルに昇華した名曲にして名演。

5.「Song For A Friend」は内省的な雰囲気の曲で、ここでもゲイリーのプレイがこれでもかと心の奥底に問いかけてくる。対するラルフも負けじと叙情的なソロを展開する。6.「Matchbook」は弦に紙を挟んでミュートさせたギターと、ゲイリーの細かな早弾きがピッタリ合った快演。互いにソロを交換する場面がスリリングで、ラルフのソロをサポートするゲイリーのバックも素晴らしい。7.「1 x 6」はクラシック・ギターの独演による小品。8.「Aurora」は美しいメロディーが冴えるラルフの名曲。12弦ギターのアルペジオの伴奏の他に、クラシック・ギターが多重録音で挿入される。9.「Goodbye Porkpie Hat」はジャズの巨人チャールズ・ミンガスが、不世出のテナー・サックス奏者レスター・ヤングのために書いたリクイエム。1959年のアルバム「Mingus Ah Um」が初出。ギタリストに人気が高い曲で、ブリティッシュ・フォークのギタリスト、バート・ヤンシュとジョン・レンボーンによる1966年のデュオが有名(本ディスコグラフィーのバート・ヤンシュ、ペンタングルの部「Bert & John」参照)。その後もウィンダムヒルの敏腕ギタリスト、アレックス・ド・グラッシや、ジョン・マクラグリンなどがカバーしている。ここではラルフの12弦ギターをバックにゲイリーが淡々と演奏する。その後ラルフは「Anthem」 2001 R23で独奏に挑戦しているので、聴き比べると面白いだろう。

静かな夜に全身の力を抜いて、心を無にして聴くといいよ



 
R4 Solstice  (1975) [Solstice] ECM

 

Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano
Jan Garbarek: Tenor & Soprano Sax, Flute
Eberhard Weber: Bass, Cello
Jon Christensen, Drums, Percussion

[Side A]
1. Oceanus [Towner] 10:58
 (Tenor Sax, 12st. Guitar, Bass, Cello, Drums)
2. Visitation [Towner] 2:32
 ( Soprano Sax, French Horn, Drums, Percussion)
3. Drifting Petals [Towner] 6:56  R3
 (Flute, 12st. Guitar, Piano, Bass, Drums)

[Side B]
4. Nimbus [Towner] 6:25
 (Tenor Sax, Flute, 12st. Guitar, Bass, Drums)
5. Winter Solstice [Towner] 3:58
 (Soprano Sax, C. Guitar)
6. Piscean Dance [Towner] 3:33
 (12st. Guitar, Drums)
7. Red And Black [Towner] 1:12
 (12st. Guitar, Bass)
8. Sand [Weber] 4:07
 (Tenor Sax, 12st. Guitar, Cello, Bass, Drums)

Produced By: Manfred Eicher
Recorded December 1974 at Arne Bendiksen Studio, Oslo

 

ラルフ・タウナーがヤン・ガルバレクと組んだグループ、「ソルスティス」1枚目のアルバム。ヤン・ガルバレク (1947- )はノルウェー出身のサックス奏者で、ECMにおける自己名義のソロアルバムの他、チック・コリア、ドン・チェリーなどの作品に参加しているが、キース・ジャレットとのセッションが一番有名だろう。白人が吹くサックスそのものの音で、黒っぽい汗臭さは微塵もなく、冷たいフィヨルドの霧の中を劈く霧笛のような響きだ。エバーハード・ウェバー (1940- )はドイツ人のベース奏者で、ジャズのみならず、クラシック、現代音楽など広い音楽性を誇り、アップライトの5弦エレクトリック・ベースを考案した革新派だ。ECMからソロ作品を発表。ヤン・ガルバレクと一緒の活動が多い。彼は2007年に卒中を患った後、引退状態にある。ドラムスのヨン・クリステンセン (1943-2020) は、キース・ジャレット、ヤン・ガルバレクのグループのドラマーをつとめた他に、スティーブ・キューンやテリエ・リピダルの作品に参加している。

ラルフの諸作のなかでも、アヴァンギャルド色の濃い作品で、禁欲的なまでに研ぎ澄まされた世界は独特の魅惑に溢れている。1.「Oceanus」は多重録音のセロがシンセサイザーのようなウォール・サウンドを作り、ドラムスはシンバルで細かなリズムを刻む。そして12弦ギターの伴奏にのせて、サックスが吼える。それに絡むベースの音が独特だ。その中で展開される12弦ギターのソロは緊張感溢れる演奏だ。ヒーリングや癒しとは全く無縁の厳かな世界。こういう音楽は全身全霊で浸りきって聴くのがいい。2.「Visitation」はお化け屋敷の効果音のようなフリーな演奏で、クレジットにはないがフレンチ・ホルンの音(おそらくラルフの演奏)が聞こえる。ホーンの音はサックスのマウスピースだけで演奏しているようにも聞こえる。3.「Drifting Petals」は音数を抑えたラルフのピアノから始まる。同時期に録音されたゲイリー・バートンとの共演 R3に比べて、間奏部分はフリーな感じ。ベースとドラムス、12弦とフルートが互いの音を聴き、反応し合いながらサウンド作りをしている。特に半分エレキのようなベースの音色が面白い。

B面最初の曲 4.「Nimbus」は「後光」「光輪」というタイトルのとおり、導入部のラルフの12弦の独奏が神々しいまでファンタスティック!テーマではヤンのフルートの多重録音で演奏され、ドラムとベースがフィルインする。エバーハードのベースソロは自由奔放だ。ヤンのテナーサックスは痩せた体に似合わず野太い音を出している。ピークでは各楽器が目一杯の音を出し、かなりの迫力。突如繊細なテーマに戻り、さっと終わる構成がスマート。5.「Winter Solstice」は一転して静かな思索的な曲で、サックスの切れ味が鋭い。「Solstice」とは「夏至」「冬至」の「至」の意味で、「頂点」、「最高点」という意味もある。6. 「Piscean Dance」はロックっぽいドラムのリズムに、ファンキーな音を多用した12弦ギターが活躍する。12弦のギターのグルーヴ感がすごい。7.「Red And Black」はフリー・ピース。12弦のハーモニクスなど不協和音の塊。8.「Sand」はエバーハード・ウェバーの曲で、彼による同タイトルのソロアルバムがある。現代クラシックのような前衛風のパートから、突然叙情的なフレーズが飛び出してくるのがドラマチック。背景に聞こえる音の壁は、セロの多重録音かな?

冷たい情念というか、凍った「貝の火」(宮澤賢治の童話から)というか、独特の雰囲気をもった稀有な作品だ。


R5 Sargasso Sea  (1976) [With John Abercrombie] ECM  


 

John Abercrombie: Electric Guitar, Acoustic Guitar
Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano

[Side A]
1. Fable [Abercrombie] 8:40
 (E. Guitar, 12st.. Guitar, C. Guitar)
2. Avenue [Abercrombie] 5:16
 (A. Guiitar, C. Guitar)
3. Sargasso Sea [Towner, Abercrombie] 3:57
 (E. Guitar, 12st. Guitar, Piano)
4. Over And Gone [Abercrombie] 2:46
 (A. Guiitar, C. Guitar)

[Side B]

5. Elbow Room [Abercrombie, Towner] 5:10

 (E. Guitar, 12st.. Guitar)
6. Staircase [Towner] 6:20
 (E. Guitar, 12st.. Guitar, C. Guitar)
7. Romantic Descension [Abercrombie] 3:15
 (A. Guiitar, C. Guitar)
8. Parasol [Towner] 5:24
 (E. Guitar, 12st. Guitar, Piano)

Produced By Manfred Eicher

Recorded May 1976 at Talent Studio Osl
o

 

ジョン・アバークロンビーとのデュエット盤(1作目)。両者は音楽的にウマが合うようで、本作収録曲の大半がジョンの曲であるにもかかわらず、ラルフは全く違和感なく自然にプレイしている。ジョンの作曲の才能はかなりのもので、こじんまりとした瞑想的な曲なんだけど、どこか深みというか、暗いロマンチシズムを感じさせるものがある。いつもむっつりしてギャハハなんて笑わない人なんだろうな〜と勝手に想像している。ジョン・アバークロンビー (1944-2017)は、ボストン・バークレー音楽院で学んだ後に、チコ・ハミルトン、ビリー・コブハムのグループで頭角を現し、ECMから発表したソロアルバム「Timeless」1974 (タイトル曲はラルフやオレゴンが何度かカバーしている)が認められ、1970〜1980年代にかなりの影響力を発揮した。ECMから多数のアルバムを発表、ジャック・ディジョネット、マーク・ジョンソン、ピーター・アースキン等との共演が代表的。ラルフと同じく、ビル・エバンスの音楽に心酔し、伝統的なジャズの尊重のうえに進歩的なスタイルを打ち立て、独自の美意識による個性的なギター・プレイで一世を風靡した人だ。少し曖昧模糊とした、根暗でミステリアスなトーンと音使いは、聴く人の好みが分かれるところではある。

本作が作られた1976年はジョンの売り出し時期であり、彼の大健闘が目立っていて、ラルフはそれを暖かく引き立てている感じがする。1.「Fable」のタイトルは「寓話」という意味で、ラルフの12弦とジョンのエコーが効いたエレキによる大変繊細な演奏。ジョンのギターは多重録音により、メイン以外に遠くでもう1本分聞こえる。ラルフの12弦のアルペジオが持つ一種魔術的なムードがジョンのエレキのトーンと良くマッチしており、濃密な音空間が作り出されている。ラルフのナイロン弦ギターのソロは多重録音によるもの。2.「Avenue」は洗練された世界が広がり、「冷たい情念」とでも言おうか、両者のソロの掛け合いが聴きもの。ECM得意の録音技術で、大変生々しい音像が味わえる。ジョンが使用するアコースティック・ギターはギルドのFタイプ。3.の「サルガッソー海」は、西インド諸島の北東「バミューダ海域」内に位置し、渦が周辺海域の流れ藻を集めるために、海一面がホンダワラで覆われているという。コロンブスの航海記に記述があり、藻がスクリューに絡まって航行不能にさせたり、無風状態が長期間続くなど、船の墓場と言われるが、少し誇張した伝説のようだ。飛行機の消滅など数多くの謎の事故が発生したといわれる「バミューダ・トライアングル」と合わせて、ミステリアスなロマンにあふれた言葉である。ここでは、サウンドエフェクトをかけたエレキ・ギターと12弦ギターがフリーな演奏を展開するが、非常に密度の濃い内容だ。ピアノの多重録音が控えめに加えられている。余談であるが、1977年に大貫妙子が出したソロアルバム「サンシャワー」に同名の曲があり、そこでは坂本龍一がサウンド作りをしていて、両者似通った感じがあるので、聞き比べると面白いよ。4.「Over And Gone」はタイトルのとおり、何か諦念のようなものを感じる、思索的なイメージの強い作品。

B面1曲目の5.「Elbow Room」は「(肘が自由に使える程度の)余裕」、「自由行動範囲」という意味のタイトルで、深いエフェクトをかけたエレキギターが攻撃的なプレイを展開し、ラルフもファンキーな音使いで対抗。6.「Staricase」は細かい音使いのテーマから始まり、12弦のアルペジオをバックにジョンが自由なソロをとる。その音使いは他のどのギタリストとも異なるもので、時折みせる叙情のカラーが鮮やか。ラルフのギター・ソロが続くが、多重録音を多用する姿勢は、従来のジャズの範疇を超えたものだ。7.「Descension」は占星術で、「最低星位=運命を支配すると信じられている惑星からの影響が最も弱くなる黄道帯内の位置」のことで、ミステリアスかつロマンチックな雰囲気に溢れた曲。8.「Parasol」はラルフの曲で、本作で唯一彼のピアノを聴くことができる。

内容的には地味でダークな感じなので、一般の評価はあまり高くないが、独特の世界を持った作品で、私は大好きだ。なお二人は5年後に再会し、「Five Year Later」 R10を製作する。


 
R6 Sound And Shadows  (1977) [Solstice] ECM 
 
 
 
Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano, French Horn
Jan Garbarek: Tenor & Soprano Sax, Flute
Eberhard Weber: Bass, Cello
Jon Christensen, Drums, Percussion

[Side A]
1. Distant Hills [Towner] 10:43  O3 O24
2. Balance Beam [Towner] 10:38
 ( Tenor Sax, 12st. Guitar, Bass, Drums)

[Side B]
3. Along The Way [Towner] 5:10  O12 O23
 (Soprano Sax, C. Guitar, Bass, Drums)
4. Arion [Towner] 8:40  O12
 (Tenor Sax, 12st. Guitar, Piano, Bass, Drums)
5. Song Of The Shadows [Towner] 9:25
 (Flute, French Horn, Trumpet, C. Guitar, Cello, Drums)


Produced By: Manfred Eicher
Recorded February 1977 at Talent Studio, Oslo

 
ラルフ・タウナーがヤン・ガルバレクと組んだグループ、「ソルスティス」2枚目のアルバム。メンバーについてはR4で詳しく述べた。布張りのようなタッチの紙に「Ralph Towner Solstice Sound And Shadows」とだけ表示されたシンプルなジャケット・デザインが中身の深遠さと対照をなしている。本作は全てラルフの作曲によるもの。後に再演される1.3.4.など、前作よりもとっつきやすい曲が多くなり、アヴァンギャルド色は薄れたが、研ぎ澄まされたクリスタルのように冷徹な世界は同じだ。

名曲1.「Distant Hills」は、ラルフの12弦ギターによるスローなアルペジオ(多重録音による2台分の演奏と思われる)が、良質なECMの録音技術によりとてもクリアーに捕らえられている。そして存在感溢れるヤン・ガルバレクのテナー・サックスの音が、ミステリアスな雰囲気を倍加させる。初出の「Distant Hills」O3 1973年のオレゴンの演奏が牧歌的な感じであったのに対し、このヴァージョンは明らかに霧がかかっているイメージだ。背景にはチェロとフレンチ・ホルンの多重演奏による音の壁が立ちはだかっている。そしてアップライトでありながらエレキの音を出すエバーハード・ウェーバーのベースの音が、個性的な色彩を加えてゆく。ヤンのテナー、ラルフの12弦のソロはともに切れ味鋭く、10分を超える時間の長さを全く感じさせない。2. 「Balance Beam」はヨン・クリステンセンのシンバルワークがアップテンポの細かなリズムを刻み、切れ込むようなサックス、12弦ギター、ベースの緊張感が凄い。早いパッセージを寸分の狂いもなく吹きまくるサックスソロの最中で、全員が目一杯のボリュームで演奏し、かなりの迫力となる。

3.「Along The Way」はラルフのクラシック・ギターの独奏から始まり、2コーラス目のテーマはヤンのソプラノサックスが担当する。ラルフのギター、ヤンのサックス・ソロに絡むベースに味がある。思索的で淡く沈んだムードに、水彩画のような鎮静感がある。4. 「Arion」はギリシアの伝説的な詩人で、海賊に海に投げ込まれた時、彼の音楽に魅せられたイルカに助けられたという。透明感溢れるラルフのピアノから始まり、サックスがテーマを提示する。抑制がとれた非常にクールな演奏で、後にオレゴンで再演された「In Performance」O12 1980年の叙情溢れるバ−ジョンとは趣が異なる。途中多重録音によるラルフの12弦ギターのソロが入る。5.「Song Of The Shadows」は現代音楽風のダークなムードの曲で、リズムのない即興的な演奏が延々と続く。ヤンの吹くフルートが、邦楽の横笛のようにも聞こえる。途中からギターが不協和音のリフを奏で出し、フレンチホルンが加わる。クレジットにはないがトランペットの音も聞こえる。月明かりがさす夜の部屋で、静けさのなかに微かな物音が響くイメージ。

全体的にシンプルであるが、「間」というか広い空間を感じる演奏で、通常の西洋音楽には見られない奥深さを感じる作品。


R7 Batik  (1978)  ECM 
 


Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano,
Eddie Gomez: Bass
Jack De Johnette: Drums

[Side A]
1. Waterwheel [Towner] 9:20  O9 O12 O16 O23
 (C. Guitar, 12st. Guitar, Bass, Drums)
2. Shades Of Sutton Hoo [Towner] 4:34
 (C. Guitar, 12st. Guitar, Bass, Drums)
3. Trellis [Towner] 8:18
 (C. Guitar, Bass, Drums)

[Side B]
4. Batik [Towner] 16:17
 (12st. Guitar, Bass, Drums)
5. Green Room [Towner] 6:16
 (12st. Guitar, Piano, Bass, Drums)

Produced By Manfred Eicher
Recorded January 1978 at Talent Studio, Oslo

 
バティックはろうけつ染めの事で、蝋で図案を描いた布を染料(主に藍)に浸し、染まらない部分が模様になるもの。ひび割れた蝋の部分に滲みこんだ染料が独特の仕上がりとなる。本作はこの言葉のイメージのとおり、ラルフの諸作品の中でも最も地味で繊細な仕上がりとなった。1978年1月録音なので、オレゴンの「Out Of The Woods」 O9 (同年4月)よりも少し前に収録されたもの。

本作の話題はビル・エバンス・トリオのリズム・セクションとして、ピアノ・トリオの名盤と言われる「Bill Evans At Montreux Jazz Festival」(レマン湖のほとりモントルーに建つ、シオン城のジャケット写真が印象的だった)を残した、エディ・ゴメス、ジャック・ディジョネットとの共演だ。エディー・ゴメス (1944- )はプエル・ト・リコ生まれでニューヨーク育ち。1966年から10年以上にわたりエバンスの相棒を務めた人で、歴代ベーシストではスコット・ラファロに並ぶ存在。エバンスの後は、チック・コリア、ジャック・ディジョネットなど無数のセッションに参加。スパイロ・ジャイラ、アール・クルーなどのフュージョン系、カーリー・サイモンやマーク・ノップラーなどのポピュラー音楽作品でも演奏している。ラルフの作品には本作の他にR8にも参加。シカゴ生まれのジャック・ディジョネット(1942- ) は、ピアノも弾き、音楽性豊かなリーダー作品を多く発表するなど、ドラム奏者としての枠にはまらない活動を続けている。チャールズ・ロイドでのグループで名声を獲得、エヴァンスとのトリオの後は、マイルス・デイビスの傑作「ビッチズ・ブリュー」 1970に参加、キース・ジャレットやジョン・アバークロンビーなど多数の作品に参加している。

名曲1.「Waterwheel」は、ほぼ同時期に録音された「Out Of The Woods」 O9にも収録。シンプルなギターのリフ、といっても簡単な演奏という意味ではなく、その細かな音使いで水車の回るイメージが表現されている。本作では12弦ギターのオーバーダビングでテーマのメロディーを補っている。ベースは、最初はアルコ奏法で背景の重低音を供給し、途中からピチカートとなる。ビル・エバンスの作品よりも太く豊かな音で録音されている。ソロの部分ではその特異な音使いとスタイルが明らかで、スリリングなプレイだ。ジャック・ディジョネットのシンバルワークが繊細で、ハイハットは変幻自在で理知的に響く。ここでのギターソロはさらっとしていて、最後はテーマに戻り、水車が止まるかのようにスローダウンして静かに終わる。2.「Shades Of Sutton Hoo」の「Sutton Hoo」は英サフォークにある船の形をした墳墓(1939年多くの副葬品が発掘された)のことか? タイトルを邦訳すると「サットン・ホーの亡霊」。ダークさと現代音楽的な無機質さが奇妙に同居している。リズムや調性もない中、間を埋めるようなシンバルワークの綺麗さが耳に残る。最後はアヴァンギャルドな12弦ギターの独奏となり静かに終わる。3.「Trellis」は本作のなかで最もジャズらしい感じがするスローなワルツだ。ギターがメランコリーなソロを展開する。こういう曲でのディジョネットは相手のプレーに柔軟に反応し、さすがに上手い。タイトルは「格子」、「格子模様」という意味。

16分を超える4.「Batik」は早いリズムのシンバルワークが緊張感と音空間を創り出し、12弦ギターがシンプルで抽象的なフレーズを反復する。アルコ奏法のベースがテーマを提示し、ディジョネットのハイハットがアクセントをつける。彼のプレイはちょっと饒舌で耳障りな気もするが、本作に人間らしい息吹を伝える役割を担っているような気もする。ともあれ極めて繊細な世界であり、薄い硬質ガラスで作られた透明な城のようだ。ドラム・ソロの後にシンバルワークのみが残り、消えるようにブレイクしてから曲想が変わり、12弦ギターがアーシーなリフを演奏しながら、単音パッセージを付け加えてゆく。3人の演奏の一体感が楽しめる曲だ。5.「Green Room」は、スローテンポで暗い曲想のなかにも叙情性が見え隠れする。

他のソロ・アルバムと比較して、気さくな曲がなく、厳しい雰囲気に満ちているが、それだけ純粋さのある作品だと思う。この作品を好む人もいるが、売れ行きは芳しくなかったようだ。



R8 Old Friends, New Friends  (1979)  ECM 

 

Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar, Piano, French Horn
Kenny Wheeler: Trumpet, Flugelhorn
David Darling: Cello
Eddie Gomez: Bass
Michael Di Pasqua: Drums, Percussion,

[Side A]
1. New Moon [Towner] 7:22
 (Trumpet, Flugelhorn, 12st. Guitar, Cello, Bass, Drums)
2. Yesterday And Long Ago [Towner] 7:46
 (Trumpet, Flugelhorn, Frecj Horn, C. Guitar, Cello, Bass, Drums)
3. Celeste [Towner] 4:43  O19
 (Trumpet, Piano, Bass, Drums)

[Side B]

4. Special Delivery [Towner] 7:00
 
(Trumpet, 12st. Guitar, Bass, Drums)
5. Kupala [Towner] 8:01

 (Trumpet, C. Guitar, Bass, Drums)
6. Beneath An Evening Sky [Towner] 7:02  O17 O23 R12 R25
 
(Trumpet, 12st. Guitar, Bass, Drums)


Produced By Manfred Eicher
Recorded July 1979 at Talent Studio, Oslo

 

同時期のオレゴンの作品「Roots In The Sky」O11 が1979年5月の録音なので、この頃のラルフの活動は大変充実していたということだ。1年に1枚アルバムを製作するだけでも大変なのに、グループとソロの2足のわらじを履くなんて、心の中で音楽が無尽蔵に湧き出ていたのだろう。本作はラルフのソロアルバムの中でも、最もジャズっぽいサウンドになった。と言っても、ベースが4ビートを刻む事なんか一切ないわけで、進歩派ジャズと言うのだろうか。

タイトルのとおり、新旧の友人が集まったセッションだ。デビッド・ダーリング (1941-2021) はポール・ウィンター・コンソート時代の仲間で、ジャズ、クラシック、カントリー、ポップ(アーロ・ガスリー、ケニー・ロギンス)と大変広い音楽性を誇り、グレン・ムーアのソロアルバムにも参加している。映画音楽なども担当しながら今日に至るまでソロアルバムを発表し続けている。ケニー・ウィーラー (1930-2014) はカナダ生まれで、主にヨーロッパで活躍、アンソニー・ブラクストンなどの前衛ジャズから頭角を現し、キース・ジャレットが参加して話題を呼んだECMから発売のソロアルバム「Gun High」1975 で有名になった。その後はデイブ・ホランドなどと活動、ポップではデビッド・シルビアン、ジョニ・ミッチェルの作品に参加している。ラルフは、彼のリーダー作「Deer Won」D21 1978 にゲスト参加した他、彼がメンバーだったジョン・テイラーのグループ、アジマスの「Depart」1980 D24で共演している。エディ・ゴメスについては前作を参照のこと。ドラムスのマイケル・ディ・パスカ (1953-2016)は、ズート・シムズ、アル・コーン、ジェリー・マリガンや、ヤン・ガルバレク、エバーハード・ウェーバー等の作品に参加しているアメリカ人。

1.「New Moon」のテーマに流れる管楽器はトランペットとフリュゲルホーンの多重録音と思われる。バックで流れる12弦ギターの音も多重録音により厚みを加えている。ケニーのトランペットは前衛スタイルを経験しただけあって、通常のペット吹きとは音色・音使いが異なるため、とても新鮮に聞こえる。少し退廃的な知性と言うのだろうか。デビッドのチェロはエコーを効かせたサウンドで、ポール・ウィンターの頃とは段違いのクリアーな音で録音されていて、その艶っぽさが素晴らしい。2.「Yesterday And Long Ago」はギターによる無機質なリフが執拗に反復される。テーマのホーンはフリューリュゲルホーンとフレンチ・ホルンだと思う。間奏部分は各人によるコレクティブ・インプロヴィザイションで、ギター、トランペット、チェロ、ベース、ドラムスが空間の中に自由気ままに音を放り込んでゆく。3.「Celeste」は数あるラルフの作品のなかでも、最もジャズっぽいバラードで、ケニーのトランペットが哀愁溢れるムードを発散して、いい雰囲気。ラルフのピアノのソロを聴いているとジャズのライブハウスにいるような気分になる。

4.「Special Delivery」はアップテンポの曲で、ジャズ臭さがむんむん。テーマに続き展開される12弦ギターのソロは多重録音によるもの。そういう意味では、一発録りを信条とするジャズとは違うんだよな〜。トランペットに続くベース・ソロは、弾きながら歌う癖のあるエディー・ゴメスの声が聞こえる。5.「Kupala」はミュートしたギターのリフから始まるが、トランペットがテーマを吹き出すと俄然ジャズらしくなる。と言うよりも現代ブラジル音楽風というべきか? ここでもケニーのソロは聴き応えがあり、彼の音を聴くこと自体に快感を覚えるほどだ。エディのベース・ソロもよく歌っている。6.「Beneath An Evening Sky」はその後オレゴンで何度も再演される、おなじみの曲。チェロの多重録音によるオーケストレイションのイントロから始まり、ラルフが演奏する12弦ギターのメランコリックなリフとテーマがとても印象的。ソロにおけるギターの音色も繊細でとても綺麗だ。

地味な曲が多いけど、聞き込むといいよ。

[2022年4月追記]
本作でラルフと共演した人達は、エディー・ゴメス以外は全員亡くなったのですね.....


 
R9 Solo Concert  (1980)  ECM  
 


Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar

[Side A]
1. Spirit Lake [Towner] 9:21  
 (12st. Guitar)
2. Ralph's Piano Waltz [John Abercrombie] 7:35
 (C. Guitar)
3. Train Of Thought [Towner] 6:00
 (12st. Guitar)

[Side B]
4. Zoetrope [Towner] 6:13
 (12st. Guitar)
5. Nardis [Miles Davis] 5:42 R17 R25 D43 
 (C. Guitar)
6. Chelsea Courtyard [Towner] 7:09
 (C. Guitar)
7. Timeless [John Abercrombie] 5:21 O7
 (12st. Guitar)

Produced By Manfred Eicher
Recorded October 1979 During Concerts in Munchem (Amerika Haus) and Zurich (Limmathaus)

 

ラルフとしては初めての完全独奏(多重録音なし)によるソロ作品。しかもヨーロッパにおけるコンサートの実況録音だ。ライブのせいか、録音エンジニアがいつものヤン・エリック・コングスハーグ(ECMから発売される作品のほとんどは彼の仕事)ではなく、マーチン・ウィエランドが担当している。コンサート会場の広い空間が見事にとらえられ、演奏者の息遣いや固唾を飲んで見守る聴衆の緊張感までが刻み込まれているようだ。そしてラルフの演奏は文句なしに素晴らしく、彼のギター作品のなかで最高傑作と呼べる出来上がりとなっている。フレットの押弦やピッキングなど身体の負担が大きい12弦ギターを多用したラインアップで、聴衆の目の前で難曲をミスなく弾きこなしている。2000年代以降のソロ作品も円熟味があってとてもいいけど、本作に漲る強烈なパワーは、当時の彼が心身ともに最も充実していた時期であったことを物語っている。

1.「Sprit Lake」は12弦ギターのハーモニクスから始まり、その途端にピーンと張り詰めた雰囲気が会場に広がるのがわかる。得意のアルペジオをベースに、テーマのメロディーをちりばえてゆく。ヴィブラート、ミュート、押弦・ピッキングのタイミングなど完璧で、楽器を意のままに操っている。12弦ギターは、弦の数が通常の倍あるために張力が強く、弾きこなすのはとても難しいことなのだ。そして体力に加えて、自己の演奏を完全にコントロールする強靭な精神力の賜物ともいえる。そして卓越した音楽センスと作曲能力は、クラシックとジャズの両方の素養がある彼ならではのもので、凡百のギタリストの追随を許さないものがある。2.「Ralph's Piano Waltz」はラルフの友人であるギタリスト、ジョン・アバークロンビーの作品で、7.と同じく1974年のソロアルバム「Timeless」に収録されていたもの。ラルフのピアノプレイに触発され作曲された作品と推測される。彼については以前の作品 「Sargasso Sea」R5 を参照のこと。クラシック・ギターに持ち替えて、プリング・オフ、ハンマー・オン、スライド、弦のピッキング位置による変化(ブリッジで近い部分を弾くと固めの音になる)などを総動員して、非常に変化に富んだ演奏をくりひろげている。低音弦と高音弦を弾き分けたり、単音パッセージの合間にコードを弾き込んで、シンプルなテーマを自由自在に発展させてゆく。リリカルで陰影の深い白黒写真のような情景だ。3.「Train Of Thought」は12弦ギターによる心象風景。特定のテーマ・メロディーや調性はなく、不協和音を含む断片が次々に現れては消えるフリーな演奏だ。指を駆使したアルペジオによる音の洪水と、ミュートしたコード奏法の対比が鮮やかだ。

4.「Zoetrope」はハーモニクスと、テーマの単音メロディー、名曲「Icarus」的なアルペジオからなる曲で、同傾向の1.よりもテンポが速い。所々でレオ・コッケ的なフレーズも出てくるが、オルタネイト・ベース的な弾き方を全く見せないのが違うところだ。それにしても本作の聴衆は演奏中は本当に静かで、咳ひとつ聞こえず、曲が終わったあとの拍手の行儀も良く、クラシック音楽のコンサートのようだ。5.「Nardis」はマイルス・デイビスの曲(ただし彼自身の録音はない)で、ビル・エバンスのレパートリーとして有名な曲のカバーだ。1961年の「Explorations」でスコット・ラファロを含むトリオ演奏での発表以来、多くのバージョンが残っているが、なかでも有名なのは、1968年のライブ盤「Bill Evans At Montreux Jazz Festival」のバージョンだろう。メジャーセブンスを使ったメロディーとコード進行は、少し退廃的で自己愛の象徴ナルシスのイメージにピッタリ。とても綺麗な曲なんだけど、これをソロギターにアレンジするなんて、恐るべき執念だ。テーマ部分の演奏は、ビル・エバンスのピアノ演奏を採譜したうえで、6本弦の指板に落とし込んでいった様が想像でき、オリジナルの雰囲気を見事に再現し、幽玄な境地にさえ達している。聴くたびにその奇跡の演奏に畏敬を覚えるほどだ。インプロヴィゼイションの部分では、ベースを意識した低音部、ピアニストの左手を表現するコード演奏、そして右手の単音弾きを、うまくコーディネートさせて巧みなプレイをみせる。特にベースソロを再現した低音弦の単音ピッキングはスリリングだ。これは大傑作です。百読は一聴にしかず、とにかく聴くしかないよ!その後は、マーク・コープランドとの共演盤「A Song Without End」 1994 R17でこの曲を再演、また1995年阪神大震災救援のために製作されたオムニバス盤「A Big Hands For Hanshin」D43 に、ベーシストのゲイリー・ピーコックとのデュオが収録されている。6.「Chelsea Courtyard」は5.の次ということで、損な役回りの少し息抜き的な感じの曲。思索的な演奏で少し捉え様がないかな。最後は2.と同じ、ジョン・アバークロンビーの名曲 7.「Timeless」で幕を閉じる。1977年のオレゴンの作品「Friends」O7 の時よりも緊張感があって、こちらのほうが遥かに聴き応えがある。

ラルフの代表作であり、数あるフィンガースタイル・ギターのアルバムのなかでも歴代ベストスリーに入る作品(他の1枚はマイケル・ヘッジスの「Aerial Boundaries」 1985、もう1枚はジョン・レンボーンの「Sir John Alot Of Murrie Englandes Musyk Thyng & Grene Knyghte」 1968かな?)だと思う。


  
R10 Five Years Later  (1982)  [With John Abercrombie] ECM
 
 

Ralph Towner: Classical Guitar, 12-String Guitar
John Abercrombie: Acoustic And Electric Guitar, Electric 12-St. Guitar, Mandolin Guitar

[Side A]
1. Late Night Passenger [Towner, Abercrombie] 9:54
 (C. Guitar, E. 12st. Guitar, Mandokin Guitar)
2. Isla [Abercrombie] 6:24
 (12 St. Guitar, E. Guitar)
3. Half Past Two [Towner] 4:26
 (C. Guitar, A. Guitar)
4. Microtheme [Abercrombie, Towner] 3:39
 (Piano)

[Side B]

5. Caminata [Towner] 3:01  

 (12 St. Guitar, E. Guitar)
6. The Juggler's Etude [Towner] 7:29 
 (C. Guitar, A. Guitar)
7. Bumabia [Abercrombie, Towner] 9:50
 (12 St. Guitar, E. Guitar)
8. Child's Play [Abercrombie] 4:51
 (C. Guitar, E. Guitar)

Produced By Manfred Eicher
Recorded March 1981 at Talent Studio, Oslo

 

ジョン・アバークロンビー (1944-2017) とのデュエットは、R5以来5年ぶり(発表年では6年だが、録音年では5年)で、それがそのままタイトルとなった。ジョンの経歴についてはR5を参照して欲しい。両者とも40歳前後で、最も脂が乗っていた頃の作品にあたるが、気負いがなく、意外なほど淡白な感じで、淡い水彩画のような作品である。

1.「Late Night Passenger」は実験的なサウンドで、即興的要素が強い作品。エフェクトを深くかけ、ボリューム・ペダル操作でシンセサイザーのような音になったジョンのエレキギター(12弦およびマンドリン・ギターと思われる)をバックに、ラルフのギターがメロディーを奏でる。深夜の暗がりのなかに灯る光のイメージだ。突然ブリッジ付近に紙をはさんで音をミュートさせたラルフのギターがフィルインし、静寂が破られる。そのサウンドをリズムにジョンが長いソロをとる。2.「Isla」はジョンのエレキギターの音色にアンニュイな響きある作品で、シンプルながらも彼の作風がはっきり感じられ、作曲能力の高さがうかがえる。3.「Half Past Two」はアコギとクラギの二重奏で、前作R5の延長線上にあり、聴いていてほっとする。ビル・エバンスがギターを弾いたらさもありなんといった感じのプレイで、ラルフのソロには、リズム、音選び等一点のスキもない。ジョンのソロも伸び伸びとして良い。4.「Microtheme」は即興演奏によるフリーな感じの曲。

5.「Caminata」は哀愁あふれるメロディで、耽美的な雰囲気だ。遠くで聞こえるエレキの効果音をバックに、12弦によるミュートした低音弦のベースと、メロディーを奏でる高音弦の多重録音でテーマが演奏される。6.「The Juggler's Etude」は本作一番の出来で、アコギとクラギによるテンポの速い繊細な曲。さりげないプレイのなかに、両者の演奏技術の高さが光っている。ここでのふたりのソロは本当に素晴らしい。「目も覚めるような演奏」とはこのような事をいうのだろう。この曲が公式録音されているのは本作だけで、ラルフが他作でセルフカバーしないのは不思議な位いい曲だと思う。7.「Bumabia」は即興演奏で、ラルフの12弦ギター演奏は、「Icarus」のイントロに似たハーモニクスを多用したアルペジオ。後半はフリーなプレイとなり、2台のギターの掛け合いのほか、ジョンのソロのバックでラルフがギターのボディーを叩く部分もある。途中退屈する所があり、ちょっと長すぎるかな? 最後の曲8.「Child's Play」はジョンの曲で、思索的・理知的な感じに満ちており、「乾いた哀愁」とでも言おうか。ラルフのソロが美しい。

ラルフの作品としては、ちょっと押しが弱い感じがするし、ジョンの演奏もエレキギターが多く、前作 R5に比べて聴き応えに劣る。あまり評判が良くなかったようで、ラルフのECM作品のなかでも、数少ない廃盤となってしまった。


[2014年6月追記]
長らくCD化されない状態が続いていたが、2014年1月に再発売されました。めでたし。