M21 Animal Crackers In My Soup  2002 Music For Litlle People

M21 Animal Crackers In My Soup

Maria Muldaur : Vocal (1,3,4,5,7,8,9,11,12)
Carrie Lyn : Vocal (1,2,5,6,8,10,13)
Norton Buffalo : Vocal (1,8)
Jim Rothermel : Clarinet, Soprano Sax, Alto Sax, Flute, Harmonica, Recorders
Danny Caron : Guitar
John R. Burr : Piano
Ruth Davies : Bass
Lance Dresser : Drums

1. You've Gotta Eat Your Spinach, Baby [Mack Gordon, Harry Revel]
2. Animal Crackers In My Soup [Irving Caesar, Ray Henderson, Ted Koehler]
3. At The Codfish Ball [Sydney Mitchell, Lew Pollack]
4. Hey ! What Did The Blue Jay Say ? [Ted Koehler, Jimmy McHugh]
5. We Should Be Together [Walter Bullock, Harold Spina]
6. On The Good Ship Lollipop [Sydney Clare, Richard Whiting]
7. I Love To Walk In The Rain [Walter Bullock, Harold Spina]
8. This Is A Happy Little Ditty [Walter Bullock, Harold Spina]
9. Early Bird [Sydney Mitchell, Lew Pollack]
10. When I Grow Up [Ray Henderson, Edward Heyman]
11. An Old Straw Hat [Mack Gordon, Harry Level]
12. Goodnight, My Love [Mack Gordon, Harry Revel]
13. Lullaby To A Doll [Lew Pollack, Paul Francis Webster]

Jim Rothermel : Musical Director, Arranger
Maria Muldaur : Producer
Leib Ostrow : Executive Producer


シャーリー・テンプルって知ってますか?インターネットで検索すると、少女服ブランドですね〜!あるいはカクテルかな?昔ハリウッドを席巻した女の子の事を思い出す人はどれだけいるだろうか。シャーリー・テンプル(1928-2014)は、1930年代のハリウッドで40本以上の映画に出演し一世を風靡、当時の映画スターの中で誰よりもお金を稼いだ人だ。多くの子役俳優と異なり、悪い色に染まらなかったため、成長しても生活が荒れることはなく、利発で清潔な感じの娘になったが、成熟したお色気を出すことが苦手で、子役の頃のイメージを変えることができなかった。1940年代に映画界を引退した後、一度の離婚を経て2度目の結婚で幸せな家庭を築き、子育てに専念する。1960年代はテレビ出演を経て外交の世界に乗り出し、ガーナ、チェコスロヴァキア大使歴任を含む諸々の活動でアメリカの外交活動に貢献をした。今でもクリスマスや新年のホリデイ・シーズンには、テレビ局が彼女の映画の特集を放送し、それらを家族で観て楽しむという、まさにアメリカン・ドリームの体現そのものなのだ。戦後日本で彼女の作品が顧みられなかった理由は、全盛期は彼女の存在だけでお客さんを引き付けることができたので、大スターとの共演が不要かつ、所謂歴史に残る「名作」を作る必要がなかったためだと思う。

彼女の持ち味は、天才的な知能で映画の台本を自分以外のセリフも含めてすべて暗記、撮影時はNGを出さないため「一発撮りのシャーリー」と呼ばれた驚異的な演技力、業務遂行能力、あらゆる状況に当意即妙に対応できる柔軟性にあった。おませでありながら可愛い、嫌味にならない利口さは、清教徒という宗教的な信条に基づく誠実さに支えられていたものだろう。ルックス、演技だけでも十分な存在なのに、それに加えて彼女は歌えて踊れたのだ!当時彼女が主演した映画はミュージカルではなかったが、劇中必ず彼女が歌や踊りを披露する場面があった。彼女が歌った曲の多くはチルドレン・ソングの名曲として人々の心のなかに長く残った。マリアは子供向けCDとして、シャーリー・テンプル作品集を製作するという企画に対し、当時の歌とサウンドに現代的な味付けをして、より多くの人々に聞いてもらえるとよいと思ったという。ボーカル、スウィング・スタイルのバックバンドは、ノスタルジックなムードがあるが、一方大変現代的でもあり、2000年にしか出せない音と空気を確かに感じることができる。

1.「You've Gotta Eat Your Spinach, Baby」は、「Poor Little Rich Girl (テンプル福の神)」1936 から。仕事に追われる親に顧みられない子供が、家庭教師とはぐれ迷子になってしまう。若い男女の芸人に助けられ、歌と踊りの才能が見込まれた彼女は、売り出しのためラジオ番組に出演、それがきっかけで親と再会しハッピーエンドという粗筋の映画で、シャーリーが共演者のジャック・ヘイリーとアリス・フェイと一緒にこの曲を歌うシーンでは、父親がそのラジオ放送を聞こうとしたところで折悪しく電話がかかり、音を切ってしまうという擦れ違いのシーンだった。ホウレンソウを食べるように諭す父母と、頑強に抵抗するが、最後はしぶしぶ言うことを聞く子供のノベルティー・ソングだ。当時シャーリー・テンプルの文化的影響力は凄かったそうで、これでホウレンソウを食べるようになった子供も多かっただろう。昔ホウレンソウは子供が嫌いな野菜の代名詞で、そういえばポパイでさえもホウレンソウを不味そうに食っていたな。確かに当時の子供はお菓子や肉類が大好きで、偏食の傾向が強かったと思う。青色野菜が健康に良いとされ、本当に不味い青汁まで飲む現代とは違うね!前半マリアは夫役のノートン・バッファロー(1951〜2009)と2人で歌う。彼はハーモニカ奏者として有名な人で、スティーブ・ミラー・バンドのメンバーを長く勤める他に、セッション・プレイヤーとして活躍。その活動範囲は、ドゥービー・ブラザーズ、ボニー・レイット、ベッド・ミドラー、エルヴィン・ビショップ、ジョニー・キャッシュ、デビッド・グリスマンといったブルース、ロック、カントリー、はてはナラダ・レーベルのスペンサ・ブリューワーといったニューエイジにまでと幅広い。二人がホウレンソウの効用を説教臭く歌ったのちに、子役のキャリー・リンが登場し反抗の歌詞を歌う。彼女は当時8歳とのことで、シャーリー・テンプルに似た声で、スウィング・ジャズ・バンドをバックに軽快に歌う。発声は全く子供っぽいが、ジャズ歌唱の間の取り方は絶妙で才能が感じられる。彼女は、本作を発売したレーベル「Music For Little People」から、マイケル・バネットという男の子とのデュエット・アルバム「Friends Forever」を2003年に出しているが、その後の活動については資料が見つからなかった。バックを担当するジム・ロサメルによるクラリネットプレイ、および古いジャズのスタイルをとりながら現代的感覚に溢れたアレンジは素晴らしい。この曲はCDジャケットでは3曲目で表示されているが、実際は最初の曲になっている。2.「Animal Crackers In My Soup」はキャリー・アンの独唱。近年マリアのボーカルは声が重くなっていて、昔のような細い(可愛い)声が出なくなっているので、本曲のように軽やか声が必要な曲では、子役シンガーを起用したのだろう。それでもプロデューサーとしてのマリアの存在を強烈に感じるので、違和感はない。この曲は「Curly Top (テンプルちゃんお芽出度う)」1935で、孤児院の食堂で皆の前で歌うシーンで使われていた。規則を破ったとして厳格な先生からひどく怒られるが、たまたま見学に来ていた金持ちの目にとまり、養子として引き取られることになる。当時のシャーリー主演の映画は、彼女は孤児で、持ち前の明るさと利発さで幸せを獲得する内容の作品が多かった。ここでもキャリー・アンが器用に歌っている。間奏は多重録音によるクラリネット2本のプレイ。

3.「At The Codfish Ball」は、「Captain Janurary (テンプルの灯台守)」1936から。海難救助された身寄りのない少女は、灯台守の老人と仲間の海の男達と楽しく暮すが、教育委員のクレームにより引き離され、寄宿学校に入らされてしまう。後に少女の身元が判り、親戚の裕福な家に引き取られるが、昔の生活が忘れられず元気がない。そこで養父母はヨットを購入し、引退した灯台守と仲間たちをクルーとして雇うことで、楽しい生活が戻るというハッピーエンドだ。シャーリーは、長い手足を使って巧みに踊るバディ・エブセンと共演し、驚くほど上手なダンス、タップを見せてくれる。それでも、さすがにシャーリーにはちと難しかったようで、本作でマリアは、よりスウィンギーに歌いこなしている。間奏ではダニー・キャロンのアコースティック・ギターによるソロも聴けるが、ドラムスがタップダンスの靴音のようなパーカッションを入れているのが面白い。ドラム奏者のランス・ドレッサーは無名のプレイヤーであるが、2004年の「Love Wants Dance」M24などのマリアの作品にも参加している。ちなみに他のプレイヤーは、皆以前に彼女の作品に参加したことがある顔なじみだ。4.「Hey ! What Did The Blue Jay Say ?」は、「Dimples (テンプルのえくぼ)」1936からで、彼女はスリを祖父にもつストリート・チルドレンの役。祖父をかばいながらも最後は更生させて幸せを手に入れる話で、この曲は仲間のハーモニカをバックに、路上で歌い小遣いを稼ぐストリート・パフォ−マンスで巧みな歌と踊りを見せる。アオカケス(Blue Jay)と雀の会話という小粒な感じの作品で、マリアの声は少し重いかな? 5.「We Should Be Together」は、「Little Miss Broadway (天晴れテンプル)」1938で、孤児のシャーリーが住む安ホテルのオーナー(立ち退きを要求する敵役)の息子(ジョージ・マーフィー)と意気投合して踊り歌う。「一緒でいる」イメージを「壁と天井」、「ドアとドアノブ」など様々なフレーズで歌い込んでゆく魅力的な歌詞で、リスナーを楽観的な気持ちにする魔法がある曲。ここではマリアのリードボーカルにキャリーが加わる(CDのクレジットにはノートン・バッファローとあるが間違い)。それにしても軽やかな演奏だ。間奏のソロはピアノ。6.「On The Good Ship Lollipop」はシャーリーのテーマソングとなった代表曲で、映画は「Bright Eyes (輝く瞳)」1934。父を事故でなくした娘は、父の仕事仲間だったパイロット達の人気者。誕生日のお祝いに飛行機の中で、皆に囲まれて歌い踊るが、この間にケーキを買いに行った母親が交通事故で死んでしまうという悲しい話が待っている。最後はハッピーエンドになるけどね!パイロットになって空を飛びたいという夢と、子供らしいお菓子の世界がごっちゃになった歌詞がファンタスティック。ここではキャリー・アンがソロをとっている。ジム・ロサメルのレコーダー、ジョン・バーのピアノソロなど気心の知れた仲間の演奏が好調。

7.「I Love To Walk In The Rain」は、「Just Around The Corner (日本未公開)」1938で歌われた。不遇の父親が務めるホテルの仲間と一緒に、経済立て直しのために大富豪の閉ざされた心を溶かす話だ。大富豪のために仕組んだ舞台で、シャーリーはビル・ボ−ジャングル・ロビンソン(1878-1949)と踊りながら歌う。彼は街角で踊り始めて世界一のタップダンサーになった伝説的な人で、ジェリー・ジェフ・ウォーカーの「Mr. Bojangles」は、彼の事を歌ったものだ。ちなみにスクリーン上の白人と黒人の共演はこれが初めてという。後年シャリーは映画の仕事で最も楽しかった思い出として、彼との共演をあげている。とても明るく聴いていてウキウキする佳曲だ。クラリネットの多重録音によるアンサンブルがいい感じで、ダニー・キャロンのリズムギターがイカシている。ソロはクラリネットとピアノ。8.「This Ia A Happy Little Ditty」も同じ映画からの曲で、ノートン・バッファローが少しおどけだ感じのサイドボーカルを入れ、最後はキャリー・リンも加わって3人で歌う。9.「Early Bird」は前述の「Captain January」で朝起きたシャーリーが歌っていた曲で、魅力的なメロディーのスウィング・チューンだ。間奏ソロはギターとピアノ。10.「When I Grow Up」は、2.と同じ「Curly Top」で歌われた曲で、おませなシャーリーが自分がおばあさんになるまでの将来を歌う。ここはキャリーの出番で、途中の語りのようなパートが可愛い。ここはエンディングでアップテンポに転じてグルーヴィーなクラリネット・ソロを展開後、テンポを戻してボーカルでしっとり締めくくるジム・ロサメルのアレンジの妙味の勝利。11.「An Old Straw Hat」は、「Rebecca Of Sunnybrook Farm (農園の寵児)」1938から。継父にいじめられて農園に追いやられた主人公がそこで楽しく暮らす様を歌った曲で、ここでもビル・ボ−ジャングル・ロビンソンとの共演が楽しめる。歌詞良し、メロディー良しの名曲で、マリアのボーカルもその分心が籠っているように思える。12.「Goodnight, My Love」は「Stowaway (テンプルちゃんの上海脱出)」1936で中国で孤児となった女の子が、若い男女と一緒になり、香港、アメリカに渡る話。シャーリーがベッドで歌った他に、共演のアリス・フェイがロバート・ヤングと踊りながらロマンチックに歌い、彼女のレコードでヒットした。マリアは曲のもつゴージャスな雰囲気を余すことなく歌い切っている。13.「Lullaby To A Doll」は、「Our Little Girl (私のテンプル)」1935からの曲で、両親の不和に悩む彼女が歌う短い子守唄だ。ここではオルゴールのようなバックでキャリーがそっと歌う。最後の「Good Night Honey」のセリフで、本作はおしまいとなる。

一人の個性的な歌手を特集した作品で、同傾向の曲が並んでいるため、最初聴いた時は単調な印象を持ったが、シャーリー・テンプルや各曲の時代背景を知るにつれ、奥深さを感じるようになった。マリアの作品を聴くことは、アメリカ文化の神髄に触れることなのだ!

[2008年9月作成]

[2009年11月追記]
ノートン・バッファロー氏は、2009年10月30日病気のため亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

[2014年4月追記]
シャーリー・テンプル氏は、2014年4月10日老衰のため亡くなりました。享年85歳でした。



M22 A Woman Alone With The Blues  2003  Telarc 


Maria Muldaur : Vocal
Dan Hicks : Vocal (4)
David Torkanowsky : Piano
Danny Caron : Guitar
Neal Caine : Bass
Arthur Latin II : Drums
Gerry Grosz: Vibes
Jim Rothemel : Alto Sax, Tenor Sax, Clarinet, Flute
Jeff Lewis : Trumpet
Kevin Porter : Trombone, Bass Trombone

Randy Labbe : Producer

1. Fever [Eddy Cooley, John Davenport]
2. I Don't Know Enough About You [David Babour, Peggy Lee]
3. Moments Like This [Burton Lane, Frank Loesser]
4. Winter Weather [Ted Shapiro]
5. Some Cats Know [Jerry Leiber, Mike Stoller]
6. Everything Is Moving Too Fast [David Babour, Peggy Lee]
7. Waitin' For The Train To Come In [Martin Block, Sonny Skylar]
8. The Freedom Train [Irving Berlin]
9. Black Coffee [Sonny Burke, Paul Francis Webster]
10. A Woman Alone With The Blues [Willard Robinson]
11. For Every Man There's A Woman [Harold Arlen, Leo Robin]
12. I'm Gonna Go Fishin' [Duke Ellington, Peggy Lee]

Recorded at The Studio, Portland, Maine, September 2002
Additional Recording at Small Treasures and Oasis Studios, San Francisco


先日老人ホームに入所した親戚の家財の処分をしていたら、ペギー・リーのSP盤が出てきた。そのA面は「Johnny Guitar」で、1954年の同名のハリウッド映画 (邦題 「大砂塵」 ジョーン・クロフォード、スターリング・ヘイドン主演)の主題歌だった。マイナーなメロディーが当時の日本人に大受けした曲で、記念として大切に保存することにした。私にとってペギー・リーは、ウォルト・ディズニーのアニメ映画「Lady And The Tramp」 (邦題 「わんわん物語」 1955年)で、セクシーなペキニーズ犬ペグとして歌う「He's A Tramp」が最初の出会いで、それは人生で意識して聴いた最初のジャズソングだった。また主人公のコッカスパニエル、レイディに意地悪をする2匹のシャム猫が歌う「The Siamese Cat Song 」のエキゾチックな雰囲気に子供ながら魅せられたものだった。もっとも、これらの曲がペギー・リーの作曲、歌によるものと知ったのは、ずっと後になってからだったけど、幼児体験として私の音楽人生に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。マリアがペギー・リーに捧げたこのアルバムは、上記の曲は収録されていないけど、私の音楽の潜在的ルーツに迫るものであり、何とも言えない愛着を覚えるのだ。マリアによる解説もペギー・リーへの尊敬の念に溢れていて、彼女のテーマソングと言える「I'm A Woman」は、当時ジュークボックスで聴いたペギー・リーの歌に病みつきになったと書いている。

ペギー・リー(1920-2002) はノースダコタ州に生まれ、幼くして母に死に別れたため継母のもとで苦労して育った。孤独な彼女が心の支えにしていたのが歌うことだったという。何度も失敗しながら、1941年やっと掴んだチャンスはベニー・グッドマン・オーケストラの歌手だった。ヘレン・フォレストの後釜のために新しい歌手を探していたグッドマンは、シカゴでコーラスグループの一員として歌う彼女を認めたのだ。その後同楽団のギタリスト、デビッド・バーバーと恋に落ち、結婚のため1943年に楽団を脱退し、しばらく家事・育児に専念する。1944年にソロ歌手としてキャピトルと契約、夫と共作で曲を書き始めて多くのヒット曲を生む(彼とは後に離婚)。途中デッカに移籍したが 5年後にキャピトルに戻り契約は1972年まで続く。晩年は様々なレーベルから作品を発表し、最後のアルバムは1992年だった。2002年心臓発作のため死去。彼女が取り組んだ音楽は、ジャズ、ブルース、ラテン、ポピュラーと非常に幅広かったが、少女期の苦労体験のためか、その歌声には陰影があり、ブルージーなムードを醸し出していた。それが彼女の洗練された知性と融合して、独特の個性を創り出したといえよう。

バックバンドのうち、ピアノとギターは常連。ジェリー・グロズはM19、ケヴィン・ポーターは、M18,M19で参加実績あり。ジェフ・ルイスは、B. B.キングなどのブルースのセッションに参加しているトランペッター。リズムセクションがピカイチで、ベースのニール・ケインとドラムスのアーサー・ラテン 2世は、ハリー・コニック Jr.のビッグバンドからの参加だ。恋の熱を歌う 1.「Fever」はペギーの代表作のひとつで、シングルでは1958年全米8位、1960年のアルバム「All A Glow Again」に収録された。ウッドベースの緊張感ある響き。気だるくクールでありながら、内に情熱を秘めた抑えた歌いっぷり、それをしっかり支えるバックの演奏が最高。ペギーのオリジナルと比較すると、マリアの歌およびバックの演奏がいかに現代的であるかがよくわかる。過去の名曲でのトリビュートでありながら、決して懐古趣味に終わらず、「今」を反映させようという姿勢が、オリジナル曲を歌わないのに惰性にならず、常に新鮮さを保ち続けた秘密なんだろう。2.「I Don't Know Enough About You」はペギーが旦那と作った曲で、オリジナルは1946年で全米7位。スローなテンポで4ビートのリズムギターが決まっている。エンディングはテンポを挙げてクラリネットソロが入る洒落た構成だ。3.「Moments Like This」は1960年のアルバム「Pretty Eyes」から。ヴァイブやギターをバックに、しっとりしたスローな曲をじっくり歌いあげる。マリアは、この時期になるとジャズを貫禄で歌いこなしている。4.「Winter Weather」は初期のベニー・グッドマン楽団における1941年の録音で、ペギーはアート・ランディとのデュエットでヒットを放った(全米24位)。マリアはM18に続き、ダン・ヒックスとデュエットでカバーしている。スウィングエラのビッグバンド風アレンジが乗っている。 5.「Some Cats Know」はペギーのキャリアでは晩年にあたる1975年の作品「Mirrors」に収められていた作品で、作者のジェリー・レイバーとマイク・ストーラーは、プレスリーの「Hound Dog」や「Jailhouse Rock」など多くの作品を残した人気チームだ。これも大変クールなブルースで、マリアはドスの効いた声でじっくり迫る。猫のミステリアスな世界を描いた歌詞は、猫好きのためのオムニバスアルバムの必須曲だ。自作曲 6.「Everything Is Moving Too Fast」はブギウギ調の明快な曲で、1946年21位のヒット曲。ピアノが大活躍し、ブギウギでいながらモダンなリズムを付けるベースとドラムスが素晴らしい。7.「Waitin' For The Train To Come In」は1945年第4位のヒットだ。恋人が帰る列車を待つ乙女心が描かれる。ブラスセクションによる間奏、繊細なギターソロが良い。アーヴィング・バーリンの 8.「The Freedom Train」は、1948年にジョニー・メルシエ、ベニー・グッドマン、マーガレット・ホワイティング、ザ・パイド・パイパーズと共演したスウィンギーな曲で、マリアもアメリカ民主主義の自由を高らかに歌い上げている。名曲 9.「Black Coffee」はペギーの魅力がフルに生かされた曲(オリジナルは1953年)で、マリアも負けじとブルージーに歌っている。 低温でじっくり焼き上げた料理のようで、クールを超えたハードボイルドな世界だ。抑えに抑えながら曲に負けないマリアの歌唱は素晴らしく、彼女の新境地といえる。10.「A Woman Alone With The Blues」1953 はスローで内省的なブルースで、ジャケット写真にある都会の夜の雰囲気がムンムンしている。恋に破れた孤独の苦さに心を震わせたことがある人に聴いてほしい。厳しさとメロウネスが高レベルで融合している。好きな酒でも飲みながらほろ酔い気分で聴くと、マリアのソウルが心にじわじわ染み込んでくる。 11.「For Every Man There's A Woman」は、初期のベニーグッドマン楽団での録音。愛する人を求めるストレートな歌詞にぐっとくる曲で、こういったエモーショナルな歌はマリアの得意とするところ。12. 「I'm Gonna Go Fishin'」は、1960年にペギーがデューク・エリントンと共作したもので、愛の破局を歌った知的な歌詞と、モダンジャズの香り高いクールなメロディー、そしてしなやかな歌が良い感じだ。

マリアのジャズ歌唱をじっくり聴くことができる。そして全編を通じて鳴り響く、ニューオリンズ出身のピアニスト、デビッド・トウカノフスキーのプレイが本当に素晴らしい。

[2008年12月作成]



M23 Sisters & Brothers  2004 [With Eric Bibb And Rory Block] Telarc 

M23 Sisters & Brothers

Maria Muldaur : Vocal, Back Vocal, Tambourine
Rory Block : Vocal, Back Vocal, Guitar
Eric Bibb : Vocal, Back Vocal, Guitar
Chris Burns : Piano, Electric Piano
Michael "Mudcat" Ward : Upright Bass
Per Hanson : Drums

1. Rock Daniel [K. B. Nubin, R. Tharpe]
2. Don't Ever Let Nobody Drag Your Spirit Down [Eric Bibb, Charlotte Hoglund] M33
3. Get Up Get Ready [David Steen]  M17
4. Lean On Me [Bill Withers]
5. Bessie's Advice [Eric Bibb, Maria Muldaur]  M28
6. Good Stuff [Eric Bibb]
7. Rolling Log [Lottie Beaman]
8. Gortta Serve Somebody [Bob Dylan]
9. Travelin' Woman Blues [Rory Block]
10. Little Rain [Jimmy Reed, Ewart Abner Jr.]
11. Maggie Campbell [Traditional]
12. Give A Little Time [Eric Bibb]
13. My Sisters And Brothers [Charles Johnson] M5 M7 E150

Randy Labbe : Producer

注: 7. 11.はマリア非参加


マリア・マルダー、ロリー・ブロック、エリック・ビブの3人が、ほぼ対等の立場でがっぷり組んだ共演盤。3人の共通点は、全員ニューヨークのヴィレッジに生まれ、年齢の違いはあるものの1960年代のフォーク、ブルース・ブームにどっぷり浸かって育ったことだ。ロリー・ブロックの父親アラン・ブロックは、現地でサンダルショップを営む他、フィドル・プレイヤーとしてもレコードを残した人で、彼の店はミュージシャンの溜り場だった。マリアは彼からフィドルを習い、エリックは当時そこに出入りしていたという。ブルースギターに夢中になった娘のロリーは、その後フィンガースタイル・ギターおよび教材の販売で成功するステファン・グロスマンと一緒に腕を磨き、2人は1966年、この種の教則レコードの先駆となった「How To Play Blues Guitar」を出す。その後彼女はソロ活動を続け、その力強いギターワークと歌で、ブルース音楽界で確固たる地位を確立した。マリアが1943年、ロリーが1949年生まれという年齢差のため、一緒の音楽活動はなかったようだが、2人は音楽的な共通点が多く、マリアは過去に何度かロリーの曲を録音しており(M5, M6参照)、二人は以前から「Soul Sister」として親交があったようだ。エリック・ビブ(1951- )は、フォークシンガーのレオン・ビブの息子で、父親の交友関係で小さい頃からピート・シーガー、オデッタ、ボブ・ディラン達を知っていたと言う。ちなみに叔父さんはジャズ・ピアニストのジョン・ルイス(MJQで有名)。マリアとの交流は最近始まったそうで、エリックの歌を気に入ったマリアが、彼のコンサートに顔を出してからという。録音は2003年5月、マリアのツアーバンドのメンバーでアルバム製作時の常連でもあるピアニストのクリス・バーンズの他、ブルースに縁の深いミュージシャンが参加し、メイン州のユニティという町にある納屋を改造したスタジオで行われた。

1.「Rock Daniel」は、シスター・ロゼッタ・シャープ(1921-1973)が1941年に録音したゴスペルソングで、オリジナルはスウィングジャズ調のアレンジだったが、ここではアカペラによる歌唱で、ロリーのリードボーカルに他の二人が「Daniel」と合いの手を入れる、ゴスペル音楽風のパフォーマンスだ。シスター・ロゼッタ・シャープについては、彼女のトリビュートアルバム「Shout Sister Shout !」 2003 E117 で詳しく触れたい。ちなみに共作者のK. B. ルービンは彼女のお母さん。 2.「Don't Ever Let Nobody Drag Your Spirit Down」は、エリックがスウェーデン滞在中に知り合った現地のシンガー・アンド・ソングライター、シャルロッテ・ハーグランドとの共作。1997年の彼のソロデビュー作(以前1980年にレコードを出したようだが、その後はヨーロッパを活動拠点として音楽活動を続けていたという。1997年は40代後半の作品なので、大変な遅咲きの人だ)に入っていた曲で、後に2007年のアルバム「Evening With Eric Bibb」で、ウィルソン・ピケットをゲストシンガーに招き、この曲を再演している。リードボーカルはエリックで、途中 1ヴァースをマリアが歌う。バックコーラスは3人で担当。3.「Get Up Get Ready」は、1998年のマリアのアルバム「Southland Of The Heart」 M17に収録された曲のセルフカバーで、両者を比較すると彼女の声に深みが増したことがわかる。残る2人がコーラスをつける。ここでクリス・バーンズが弾くエレキピアノはウリッツアー製で、当時人気のあったフェンダー・ローズピアノのライバル機種だった。1970年代にリチャード・カーペンター(カーペンターズのお兄さん)が弾いていたので、その音色が耳に残っている人も多いはず。ソウル歌手ビル・ウィザース (1938〜2020)の 4.「Lean On Me」は、彼が育った炭鉱町における、助け合って生きる人々の暮らしを歌ったもので、1972年全米1位を獲得した名曲。ここではロリーのリードボーカルにマリアが力強いハーモニーをつけ、2人の魂が共鳴することで曲の精神を見事に体現している。5.「Bessie's Advice」はマリアの独唱。インタビューによるとマリアは、エリックが持ち込んだ曲にポジティブなニュアンスの歌詞を追加し、ピアノのクリス・バーンズにメロディーを聴かせながらブリッジを作り上げたという。そのため彼女の名前が共作者としてクレジットされた珍しい曲となった。彼女のアイドルであるベッシー・スミスを引用した歌詞であるが、その内容は自身の人生教訓そのもの。そして何よりも素晴らしいのは、彼女の声だ!抑制が効いた歌唱の中に強烈なソウルがあり、聴くものをゾクゾクさせる。ここでの歌声の深さは、彼女が長い努力の末に、やっと望む声を手に入れたことを如実に示している。歌っている本人も気持ち良さそう。ピアノトリオによる4ビートの伴奏も絶妙で、クリスのピアノがクール!エリックの 6.「Good Stuff」は、曲と同じタイトルのソロデビュー作 1997 の再演で、洗練された味わいを持つブルース曲。エリックが弾くスモールボディーのマホガニー・ギターサウンドが枯れた感じでカッコ良く、マリアとの掛け合いボーカルもムードたっぷり。 

7.「Rolling Log」は1920年代に活躍した女性ブルースシンガー、ロティ・ビーマンの作品。ロリーのギターとボーカルは、南部のカントリーブルースのスタイルを現代的な感覚で再現したもの。リズムを取る足踏みの音やエリックのギター伴奏が入り、ストレートで素朴な出来栄えだ。マリアは非参加。8.「Gotta Serve Somebody」はボブ・ディランの名作。彼がキリスト経に帰依し、これまでのスタイルをがらりと変えて発表したゴスペルのアルバム「Slow Train Running」1979 に収録された曲だ。ここではエリックがリードボーカルを担当、他の二人がバックコーラスをつける。クリスがアコースティックとエレキピアノの両方を多重録音で弾き、マリアはタンブリンを叩いているようだ。エリックと思われるエレキギターの音も聞こえる。9.「Travelin' Woman Blues」はロリーの曲で、クリスのピアノ伴奏のみで彼女とマリアが歌う。2人の掛け合いは、ベッシー・スミスとクララ・スミスのデュエットを彷彿させるが、ここでの歌唱は、ダウン・トゥー・アースな雰囲気と演奏者の知性が不思議に調和している。10.「Little Rain」はシンプルなブルースを得意とし、白人ロックに大きな影響を与えたジミー・リード(1925-1976)が1957年にヒットさせたブルース曲で、エリックの独唱。11. 「Maggie Campbell」は、1928〜1930年の2年間でのみ録音を残したトミー・ジョンソンの曲で、ロリーが低音弦をバチバチいわせるデルタブルース・スタイルのギターを弾きながら歌い、エリックのギターが伴奏で加わる。マリアは非参加。12.「Give A Little Time」はエリック作のメッセージソングで、ロリーとマリアがバックコーラスでサポートする。最後はマリアお気に入りの曲 13.「My Sisters And Brothers」で、本作のテーマソングといえるもの。マリアがリードボーカルで、3人がバックで歌う。

CDのジャケットに掲載されたロリー・ブロックのコメントを引用したい。「われわれは音楽に対するアプローチが異なるが、深いところで結び付き絡み合う部分があった。まるで3人が同じ親から生まれ、離れ離れになった後、各々旅で得たものを持って戻ったかのようだ。我々は音楽の宝物が入った引き出しを開け、それらを並べた。まるで各人が持ち寄ったジグゾーパズルで非常に複雑で独創的な絵を完成させたかのようだ。」 3人の音楽交流が精神的な一体性にまで昇華されたため、巷に溢れる有名アーティストの共演盤とは一線を画し、「魂の兄弟の作品」と呼ぶに相応しい出来となった。

[2009年4月作成]



 
M24 Love Wants Dance  2004  Telarc 


Maria Muldaur : Vocal
Chris Burns : Piano, Electric Piano
Danny Caron : Guitar
Seward McCain : Bass
Lance Dresser : Drums, Percussion
Joe Craven : Violin, Percussion
Jim Rothermel : Sax, Clarinet
Bobby Black : Pedal Steel
John R. Burr : Synthesizer

1. The Lies Of Handsome Men [Francesca Blumenthal]
2. If Dreams Come True [Irving Mills, Edgar Sampson, Benny Goodman]
3. Love Dance [Ivan Lins, Gilson Peranzzetta, Paul H. Williams]
4. Isn't That The Thing To Do ? [Blossom Dearie]
5. Moonlight [Bob Dylan]  M26
6. Lonely Moon [Brenda Burns]
7. Baby You're My Destiny [Taj Mahal]
8. I Gotta Right To Sing The Blues [Harold Arlen, Ted Kohler]
9. The Strong Stand Alone [Brenda Burns]
10. Every Day's A New Day (For Anita And Chino) [Sheila Smith]

Randy Labbe : Producer

Recorded Wave Group Studios, Freemont, California January 2004


マリアは、このアルバムで成熟した大人のラブソングを楽しそうに歌っている。60歳を過ぎて自分の声に自身を持ったためか、あえてシャウトせず、抑えた声でじっくり歌いあげる。トーチ・ソングが4曲、ブラジル音楽が2曲、スウィング・ジャズが4曲という構成であるが、すべての底流にあるのは強烈なブルース・フィーリングだ。そしてダニー・キャロンが奏でるギターが、メランコリックなムードを効果的に高めている。彼のギタープレイは、リズム、アルペジオ、ソロでアルバムのほぼ全曲にわたり大きくフィーチャーされ、その震えるような繊細さは、本当に素晴らしい。ジム・ロサメルのサックス、クリス・バーンズのピアノなど、気心が知れた常連ミュージシャンの伴奏も見事。

1.「The Lies Of Handsome Men」の作者フランチェスカ・ブルメンタールは、ニューヨークで活動するコピーライター、作曲家で、ミュージカルやレビューも書いている。この曲は彼女の代表作といえるもので、マーガレット・ホワイティング 1990、クレオ・レーン 1994、ブロッサム・ディアリー 2000 等のベテラン・ジャズシンガーが取り上げている。マリアは、女心が滲み出るような情感に富む歌唱で、最後の「賢明になれるけど、今はハンサムな男の嘘を信じたい」という一節が心に響く。ダニー・キャロンのギターのオブリガードが切なさを盛り上げている。バックでストリングスが鳴っているが、これはジョン・バーによるシンセサイザーだろう。2. 「If Dreams Come True」は、エドガー・サンプソン(「Stompin' At The Savoy」、「Don't Be The Way」)、ベニー・グッドマン、アーヴィング・ミルズ(出版者として有名な人)の共作によるドリーミーなスウィング・チューンで、作者のベニー・グッドマンの他に、デューク・エリントン、エラ・フィッツジェラルド等あらゆるジャズ・ミュージシャンがカバーしたが、何といっても1938年1月6日のビリー・ホリデイによるブランズウィック録音が最高。テディー・ウィルソン(ピアノ)、レスター・ヤング(テナーサックス)、ベニー・モートン(トロンボーン)、バック・クレイトン(トランペット)、フレディー・グリーン(ギター)等によるスウィング時代の名手達による演奏はグルーヴィーそのもの。ここでは、ビリー・ホリデイがジャンゴ・ラインハルトと共演したかの様なアレンジがファンタスティック!実際のところジャンゴ本人によるこの曲の演奏は、1945年1月25日パリ滞在中のグレン・ミラー楽団のメンバーとの録音だけだ。ダニー・キャロンのギターが断然押していて、リズムギターのドライブ感はジャンゴを、そして間奏のギターソロの端正でスウィンギーな乗りはチャーリー・クリスチャンを彷彿させる。ここでステファン・グラッペリにそっくりのバイオリンを弾いているジョー・クラベンは、バイオリン、マンドリン、パーカッション他いろんな楽器を弾きこなすマルチ・インストメンタリストで、デビッド・グリスマン・クインテット、アリソン・ブラウン、アリソン・クラウス、トニー・トリシュカ等の技巧派ブルーグラス・ミュージシャンの作品に参加している。この手の古い曲に取り組むマリアの音楽が単なる懐古趣味で終わらない秘密は、この曲のような現代的な感覚に溢れたリズムと歌心にあると思う。

3.「Love Dance」は、ブラジルのシンガー・アンド・ソングライター、イヴァン・リンスがアレンジャー、ピアニストのギルソン・ペランザッタ、アメリカ人のポール・ウィリアムス(カーペンターズの「Rainy Days And Mondays」を始めとする名曲を書いた人)と共作した芳醇な香り高い曲。イヴァンは2007年にカナダのシンガー、マイケル・ブーブレとのデュエットでエリック・クラプトンの「Wonderful Tonight」をボサノバ・アレンジでカバーしている。この曲の初出はジョージ・ベンソンがクインシー・ジョーンズと組んだアルバム「Give The Night」 1980と思われる。1988年にはイヴァン本人が自身の録音を発表、その他カーメン・マクレー、サラ・ヴォーン、ナンシー・ウィルソン、ヴァネッサ・ウィリアムス等がカバーしている。ゴージャスなメロディー・歌詞が素晴らしく、ジム・ロサメルのサックス、マリアのボーカルは官能性に満ちている。4.「Isn't That The Thing To Do ?」は、ブロッサム・ディアリー(1926〜2009)が1975年の作品「From The Meticulous To The Subline」で発表したオリジナル曲。彼女の声はとてもキュートで愛らしかったが、実際は大変理知的な人で、作曲やピアノ演奏でも才能を発揮した。ここでは深い夜を思わせるエレキピアノの響きが、しっとりしたムードを醸し出している。ここでボブ・ディランの曲 5.「Moonlight」(2001年のアルバム「Love And theft」収録)が登場するが、近年の円熟味が感じられる作品で、昔のスタンダード曲が持つ馥郁とした香りが見事に表現された曲だ。よく聴くとコード進行がファッツ・ウォーラーの「Ain't Misbehavin'」とよく似ていることに気がつき、彼のアメリカ音楽への思いを感じて、ニヤリとしてしまう。ここで雰囲気たっぷりのペダル・スティールギターを弾いている人はボビー・ブラックで、彼はコマンダー・コディのバンドに所属し、ノートン・バッファローやトム・ウェイツのセッションに参加している。ちなみにマリアが2年後に発表するボブ・ディラン特集「Heart Of Mine」にもこの曲が収録されているが、本曲とは別録音だ。6.「Lonely Moon」は、久しぶりのブレンダ・バーンズの曲。月夜に孤独に悩む心が切々と歌われるトーチソングで、この人ならではの深い情感がある。7.「Baby You're My Destiny」はタジ・マハールの曲で、「Music Fuh Ya !」 1977 に収録されたオリジナル録音では、スティールドラムがフィーチャーされたカリブの匂いがするアレンジだった。ここではスウィング調のノスタルジックなアレンジで、マリアも軽やかに歌っている。8.「I Gotta Right To Sing The Blues」はハロルド・アレン(「It's Only A Papermoon」、「Over The Rainbow」)とテッド・コエラー(「Stormy Weather」、「Let's Fall In Love」)が1932年に出版した曲で、あらゆるジャズシンガーが歌っているが、ビリー・ホリデイが1939年4月20日コモドア・レーベルに録音した名演が一番。マリアは、長年歌いこんで得た声とブルースの心を込めて、堂々と歌う。60歳になった彼女の到達点を如実に示すパフォーマンスだ。9.「The Strong Stand Alone」も、 6.と同じくブレンダ・バーンズ作曲による切ないトーチソング。10.「Every Day's A New Day」は、ウェストコーストでラテンジャズを演奏するシンガー、パーカッション奏者シェイラ・スミスが書いた曲で、夫と製作したアルバム「Our Own Way」(Paul & Sheila Smith名義)1996がオリジナル録音。彼女は旧姓シェイラ・ウィルカーソンの名前で、パーカッション奏者としてスティーヴィ−・ワンダーの名作「Talking Book」 1972、「Innervisions」 1973に参加している。ブラジル、ソウル、ジャズが融合したサウンド、そしてジョー・クラベンが演奏する木琴の軽やかな響きが素晴らしい。

本作における彼女の歌は、ブルースの香りを漂わせながら、まろやかさに満ちている。それは聴く者の心を和ませ、深い愛の余韻を残してくれる。ジャケットの色調の通り、年月を重ねて熟成したブランデーのような、透明な琥珀色の輝きに満ちた作品。 

[2009年12月作成]


M25 Sweet Lovin' Ol' Soul (2005) Stony Plain
 




Maria Muldaur : Vocal
Taj Mahal : Vocal (4, 12), Guitar (12), Banjo (3)
Alvin Youngblood Hart : Vocal (9), Guitar (9)
Tracy Nelson : Vocal (11)
Del Rey : Guitar (1,2,5,7,8)
Steve James : Guitar (1,7, 8), Mandolin (2,7)
Steve Freund : Guitar (10)
Dave Earl : Mandolin (9)
Suzy Thompson : Fiddle (3)
Kevin Porter : Trombone (6)
Dave Mathews : Piano (6)
Pinetop Perkins : Piano (10)
Friz Richmond : Jug (3)
Rowland Salley : Bass (2)
Vance Ehlers : Bass (10)
Paul Revelli : Drums (10)

Maria Muldaur : Producer

1. I Am Sailin' [Memphis Minnie]
2. Long As I Can See You Smile [Copyright Control]
3. Sweet Lovin' Ol' Soul [Traditional]
4. Ain't What You Used To Have [Traditional]
5. Lookin' The World Over [Memphis Minnie]
6. Empty Bed Blues [J. C. Johnson]  E145
7. Tricks Ain't Walkin' [Lucille Bogan]  E4
8. Crazy Cryin' Blues [Memphis Minnie]
9. She Put Me Outdoors [Memphis Minnie]
10. Decent Woman Blues [Lynn Broude, Adeline Hanson]
11. I'm Goin' Back [James Cox]
12. Take A Stand [Traditional]

写真上: オリジナル盤ジャケットデザイン
      現在のジャケットデザイン

 

「Richland Blues」2001 M20 の成功に自信を持ったマリアが、メンフィス・ミニー(1897-1973、以下「MM」と略す)の作品を中心に制作したブルース・クラシック特集の第2弾。今回は知名度の低い作品に焦点を当て、同じ音楽を愛する仲間を集めて取り組んでいる。当時の歌の精神を尊敬の念をもって深く掘り下げながら、同時に現代的な息吹を吹き込んでいるところが本作品の真骨頂だ。各曲のオリジナル録音と比較して聴くと明白で、単なる懐古趣味によるコピーとは本質的に異なるものだ。

1.「I Am Sailin'」は、MM1941年の作品で、若い頃故郷を飛び出した本人の経験がもとになっているようだ。MMは、通常自分自身と夫君による伴奏の2台のギターで演奏しており、ここではデル・レイとスティーブ・ジェイムスの二人がその役割を担っている。ただし彼らのタイム感覚は現在のものだ。デル・レイ(1959- )は、メタルボディーのギターによるブルース音楽にどっぷり浸かった金髪の女性で、マリアの他の作品では「Shout Sister Shout」2003 E117に参加している。スティーブ・ジェイムス(1950- )は、ギター、マンドリン、バンジョーをこなすマルチ奏者で、ソロアルバムの他にアンジェラ・ストレリなどの作品に参加、教則ビデオも製作している実力派。この二人は以前からよくコンサートやアルバムで共演していただけあって、両者の意気はぴったり合っている。ここではデル・レイがリードを取っているようだ。マリアの歌唱は、声と精神の両面で気張らない自然なもので、長年の鍛錬の賜物。2.「Long As I Can See You Smile」は、MM1938年の曲で、オリジナルと同じくギターとマンドリンによる伴奏。デル・レイによるブラインド・ブレイク風のラグタイムギターがグルーヴィー。明るいメロディーに乗せて歌われる、男女が寄り添って生きてゆく様を描いた歌詞にジ〜ンとくる。 ボードヴィルやブルース音楽界で活躍後、1930年代に引退して老人ホームを経営したというサラ・マーチン(1884〜1955)とジャグバンドがオリジナルという 3.「Sweet Lovin' Ol' Soul」は、フィドル奏者のスージー・トンプソンから教わった曲だそうだ。彼女は、フラットピッカーのエリック・トンプソンの奥様で、二人によるアルバムを発表している。作品上の両者の交流は、マリアがスージーのソロアルバム「No Mockingbird」2003 E121 に参加したのが最初で、本作以降もマリアのアルバムに顔を出している。ここでは彼女のフィドル、タージ・マハールのバンジョー、フリッツ・リッチモンドのジャグを入れて、ジャグバンド風に楽しそうに演奏している。ジム・クエスキン・ジャグ・バンドの同僚だったフリッツ・リッチモンドは、バンド解散後もジャグとウォッシュタブ・ベースに関し最高のプレイヤーと評価され、また録音エンジニアとしても活躍し、近年はジョン・セバスチャンのジャグバンドで活躍していたが、本作のすぐ後2005年に肺ガンで亡くなっている。そのため本作は、マリアの母親と彼に捧げられている。ちなみに後のアルバム「Maria Muldaur & The Garden Of Joy」2009 M30に収録されたバージョンは、本アルバムと同じ録音である。

4.「Ain't What You Used To Have」は、1920〜1930年代に活躍した男女2人のデュオで、ボードヴィル等でコミカルでエッチな夫婦ものを得意としていたバタービーンズ・アンド・スージーの曲。昔どんなに良くても、今が肝心という内容で、マリアは旧友のタジ・マハールと語りを交えたユーモラスな掛け合いを見せる。ここでのピアノ伴奏はクレジットがないが、デビッド・マシューズと思われる。5. 「Lookin' The World Over」は、MM1941年の曲。6.「Empty Bed Blues」は、ベッシー・スミスが1928年3月20日に録音した曲で、SP盤のA・B面にまたがる長い曲だった。マリアは、原曲と同じピアノとトロンボーンの伴奏で歌っている。解説によると、マリアは子守をする事を条件に下宿していた某夫妻の家にあった膨大なレコード・コレクションの中から、この曲を聴きショックを受けた最初のブルース曲だったとのこと。彼女は、レコードデビュー作「Even Dozen Jug Band」1964 E1で本曲を歌いたがったが、プロデューサが許してくれず、がっかりしたという。しかしマリアは、当時の彼の判断は今思うと正しかったと述べ、45年間のキャリアと人生経験で、このように歌えるようになったと自信たっぷりに語っている。朗々とした感じの懐の深いパフォーマンスだと思う。

7.「Tricks Ain't Walkin'」は、ヴィクトリア・スパイヴィーから教わった最初のMMの曲だったという。もともとはルシール・ボーガン(1897〜1948)が1930年に吹き込んだ曲で、大不況時の娼婦の生活苦を歌ったもの。MMは翌年の1931年にカバーしている。この曲も 「Even Dozen Jug Band」で歌えなかった曲として思い出があるようだが、当時彼女がこの曲を1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで歌った音源 E4が残されており、聴き比べると同じ人が歌っている事が信じられないくらい雲泥の差があり、とても面白い。8.「Crazy Cryin' Blues」は、MM1931年の作品。 9.「She Put Me Outdoors」は、「Richland Blues」2001 M20にもゲスト参加していたアリヴィン・ヤングブラッド・ハートがギターとボーカルで、クレジットでは明言されていないが、ブルース音楽界で主にプロデューサーとして活躍するデイブ・アールがマンドリンを弾いているようだ。デル・レイ達とのギター、マンドリンの演奏スタイルの違いがよく出ていると思う。10.「Decent Woman Blues」は、本作で唯一ドラムスやエレキギターを加えたバック編成で、ジャズっぽいブルースを演奏している。ここではブルース界の人間国宝といえるピアニスト、ピントップ・パーキンス(1913-2011)の参加がハイライトだ。本作録音当時彼は91才だった。ギタリストのスティーブ・フレウド(1952- )は、サンフランシスコをベースに活躍し、ポール・バターフィールドやピントップ・パーキンスの作品に参加している人。、ポール・レヴェリは、アンジェラ・ストレリやエルヴィン・ビショップの作品で名前を見つけることができる。原曲は、ジェイ・マクシャンやベニー・カーターなどジャズミュージシャンとの共演が多かったジュリア・リー(1902-1958)により、1950年に発売されたもの。

11.「I'm Goin' Back」は、ベッシー・スミスとクララ・スミスのデュエットにより録音(1923年10月4日)された曲で、CD解説書にあるMMのクレジット表示は間違い。ここでは、マリアはクララ、ゲストのトレイシー・ネルソンがベッシーのパートを歌っている。これと同じ録音が、5年前の作品 「Richland Blues」2001 M20の日本盤にボーナストラックとして収録されており、この曲は前作のアウトテイクと思われる。ピアニストについてはクレジットがないが、デビッド・マシューズだろう。二人の掛け合いは素晴らしく、本作のハイライトになっている。最後はブラインド・ウィリー・ジョンソンが1929年12月11日に録音したスピリチュアル曲 12.「Take A Stand」で、マリアはタジ・マハールのフィンガーピッキングのブルースギターを伴奏に、二人で一緒に歌っている。

最初聴いた時は、クラシックブルースへの思いが強すぎて、作品全体を通して聴くと退屈かなと思ったが、聴き込めば聴き込むほど味が出てくる作品で、曲の背景などを知るともっと興味が沸いてくる。マリアの魂を感じることができるピュアな逸品だと思う。

[2010年7月作成]

[追記2022年3月]
収録曲のうち、1.「I Am Sailin'」、2.「Long As I Can See You Smile」、5.「Lookin' The World Over」、7.「Tricks Ain't Walkin'」、8.「Crazy Cryin' Blues」、9.「She Put Me Outdoors」の6曲は、2012発表のアルバム「Furst Came Memphis Minnie」M34と同じ録音です。



M26 Heart Of Mine (2006) Telarc 
 
Maria Muldaur Sings Love Songs Of Bob Dylan

Maria Muldaur : Vocal, Fiddle (12)
Cranston Clements : Guitar (1, 2, 4, 5, 7, 8, 9, 11, 12) Acoustic Guitar (3, 4, 6, 10)
Amos Garrett : Lead Guitar (10)
Danny Caron : Guitar (3, 6, 7)
Chris Haugen : Slide Guitar (8)
Joel Jaffe : E-Bow Guitar (11), Lap Steel Guitar (10), Tambourine (1, 2, 7, 12), Shaker (1, 7, 8)
Maxine Gerber : Frailing Banjo (12)
Richard Greene : Violin (11)
Suzy Thompson : Fiddle (12), Accordion (12)
David Torkanowsky : Keyboards
Hutch Hutchinson : Bass
Tony Braunagel : Drums, Percussion
Kimberly Bass : Back Vocal (12)

Maria Muldaur : Producer
Joel Jaffe : Co Producer, Engineer

1. Buckets Of Rain [Bob Dylan]  M28
2. Lay Baby Lay (Lay Lady Lay) [Bob Dylan]  M28
3. To Be Alone With You [Bob Dylan]  M28
4. Heart Of Mine [Bob Dylan]  M28
5. Make You Feel My Love [Bob Dylan]  M28
6. Moonlight [Bob Dylan]  M24 M28
7. You're Gonna Make Me Lonesome When You Go [Bob Dylan]  M28
8. Golden Loom [Bob Dylan]  M28
9. On A Night Like This [Bob Dylan]  M28
10. I'll Be Your Baby Tonight [Bob Dylan]  M28 E12 E69
11. Wedding Song [Bob Dylan]  M28
12. You Ain't Goin' Nowhere [Bob Dylan]  M28

 

1960年代初め、マリアがグリニッジビレッジのカフェにいた時、ギターを持った若者が入ってきて、「爪切りを貸してくれないか?」と頼んだ。割れた爪を切り終わった後、若者はお礼にと、その場で1曲歌ったという。あるインタビューでマリアが語ったボブ・ディランとの出会いだ。その後彼は、プロテスト・ソングの旗手として当地のフォーク・ムーブメントの中心になり、世界的な名声を勝ち取ることになる。その時代の流れの中で、マリアは当初から現在に至るまで、彼の友達であり続けた。その理由は、彼らは現在活躍するベテランのロック・ミュージシャンのなかでは世代的に少し上だったこと、そしてニューヨークのフォークシーンを共に過ごした「同期」という感情からであると思う。意外に思った人も多かったと思うが、マリアは、マーチン・スコセッシ監督によるディランのドキュメンタリー映画「No Direction Home」2005 E127 で、当時の模様を語る重要な証言者の一人として登場しており、それは彼女とディランの同朋関係の深さを物語るものだ。

マリアはデビュー以降、多くのディラン作品をカバーしてきた。本作でも歌っている「I'll Be Your Baby Tonight」、「Lord Protect My Child 」1993 E80、未発表曲では「Ain't No Man Righteous」1985 M10 と「Well, Well, Well」1996 M16。ゲスト参加では、クラレンス・ゲイトマウス・ブラウンのアルバム「Long Way Home」1996 E92 で「Don't Think Twice」を歌っている。さらに、ボブのアルバム「Love And Theft」2001に入っていた「Moonlight」に惚れ込んだマリアは、「Love Wants Dance」2004 M24で取り上げ、その評判が、マリアをしてボブ・ディランのラブソング特集を製作する動機になっという。本作は彼女が自らプロデューサーとなり、過去のアルバムでバックを務めた常連ミュージシャンを集めている。ここでは歌と演奏を抑え目にすることにより、作者に対する敬意を表しながら、曲の良さを最大限に引き出そうとしている(クラントン・クレメンツ、デビッド・トウカノウスキーについてはM13, トニー・ブラウナゲル、ハッチ・ハッチンソンはM15、ダニー・キャロンはM18、スージー・トンプソンについてはM25を参照ください)。

1.「Buckets Of Rain」は、1975年の「Blood On The Tracks」から。ディランにしては素直でしみじみした雰囲気の曲だ。ベット・ミドラーが1976年のアルバム「Songs For The New Depression」でこの曲を録音し、そこにディランがゲスト参加した事で話題になった。原曲は変則チューニングのフィンガーピッキング・ギターが効果的だったが、ここではバンドによる、スローで気だるいアレンジになっているのが面白い。2.「Lay Baby Lay」は、1969年の「Nashville Skyline」から。煙草を止めたディランが、これまでのダミ声から一転、クリアーで美しい声になり、カントリー・ソングを歌ったことで皆がびっくりした作品。「ベッドに寝なよ」というストレートで大胆な歌詞が印象的な曲で、シングルカットされて全米7位のヒットを記録した。マリアは歌うにあたり、原曲の「Lay Lady Lay」の人称を変えて「Lay Baby Lay」にし、女性から男性への歌にしている。3.「To Be Alone With You」も前曲と同じアルバムに収録されていた曲で、カントリー風の軽快なラブソングだ。マリアはスウィートな感情を込めて歌っている。4.「Heart Of Mine」は、1981年の「Shot Of Love」から。その前の2枚の作品におけるゴスペル風の硬い作風が変化し、このような率直な感情を吐露するような曲を再び書くようになった時期だった。クランスタン・クレメンツがアコギでソロを入れる。マリアの歌は、人生を知り尽くした女性の威厳に溢れ、余裕たっぷり。5.「Make You Feel My Love」は、ディランが久しぶりに発表したオリジナル曲集「Time Out Of Mind」に収められていた曲で、これまでディランが書いたラブソングのなかで、最もハートウォーミング、エモーショナルなものだ。ディランの場合、鋭さ、怒り等の主張がある歌として評価されているが、この曲では、マリアが言う通り、ラブソングにおけるディランの歌詞の素晴らしさを改めて発見できる。マリアは低めのキーでじっくり歌い上げ、間奏のクランスタン・クレメンツのギターソロが素晴らしい。

6.「Moonlight」は、次の作品「Love And Theft」2001からで、マリアはアルバム「Love Wants Dance」2004 M24でカバーしていたが、ここでは新たに録音し直したもの。昔のスタンダード曲が持つ馥郁とした香りが見事に表現されていて、マリアは傑作と言っている。よく聴くとコード進行がファッツ・ウォーラーの「Ain't Misbehavin'」とよく似ており、エンディングでデビッド・トウカノウスキーのエレキピアノがそれを匂わせるソロを弾くと、聴いていて思わずニヤリとしてしまう。ギターソロはジャズが得意なダニー・キャロン。7.「You're Gonna Make Me Lonesome When You Go」1975年の「Blood On The Tracks」の曲で、原曲は早いテンポのフォークソングだったが、ここではスローなR&Bっぽい演奏で、曲の雰囲気ががらりと変わった。マリアの抑えに抑えた歌唱が絶妙。8.「Golden Loom」は、「Desire」1976のアウトテイクで、1991年の「Bootleg Series Vol. 1〜Vol.3」で初めて公式発表された。当時のミステリアスな作風が現れている。本作では、ディランのオリジナルと大きく異なるニューオリンズ風のアレンジ。スライドギターを弾くクリス・ハウゲンは、メルヴィン・シールズ(ジェリー・ガルシア・バンドのキーボード奏者だった人)等との共演経験がある若手プレイヤー。9.「On A Night Like This」は1974年の「Planet Waves」から。ザ・バンドがバックを務めた元気のよい曲で、本作の中では明るい感じで演奏されるが、マリアのボーカルはブルース・フィーリングいっぱい。ソロを取るのはエレキピアノを弾くデビッド・トウカノスキー。10.「I'll Be Your Baby Tonight」は、昔からのマリアの愛奏曲で、1967年の「John Wesley Harding」に収録されていたもの。今回が3回目の録音であるが、奇をてらうわけでもなく素直なプレイだ。エイモス・ギャレットのギタープレイを曲全体にわたって聴くことができる。 11.「Wedding Song」は、1974年の「Planet Waves」の曲で、原曲は歌詞の内容が少し粘っこすぎるかなと思っていたが、マリアのエモーションにかかるとちょうど良い塩梅になるのだから面白い。本職はエンジニアで、本作ではコ・プロデューサーであるジョエル・ジャフェが、エフェクトを効かせてシンセサイザーのような音を出すギターを弾き、昔M1, E24, E46で共演した リチャード・グリーンのバイオリンがゲストで入っている。12.「You Ain't Goin' Nowhere」は、ボブ・ディランが1968年、ウッドストック隠遁中にザ・バンドと録音、当初はブートレッグで有名になり、その後「The Basement Tapes」1975にて公式発売された曲で、リラックスしたカントリー調のサウンドが心地よい。ここでマリアは、スージー・トンプソンと一緒に、本当に久しぶりにフィドルを弾いている。バックコーラスのキンバリー・ベースは当時マリアのバックで歌っていた人で、ソングライターとして2006年の「International USA Songwriting Competition」で優勝したそうだ。その後「Trance Zen Dance」というバンドを率いて活動している。

曲、シンガー、バックミュージシャンがまろやかに溶け合った芳醇の極みといえる作品。

[2010年11月作成]


 
M27 Naughty, Bawdy & Blue (2007) Stony Plain
 

Maria Muldaur : Vocal

[James Dapogny's Chicago Jazz Band - Except (10)]
James Dapogny : Piano, Arranger, Leader
Kim Cusack : Clarinet, Alto Sax
Russ Whiteman : Tenor Sax, Baritone Sax, Clarinet
Jon-Erik Kellso : Trumpet
Chris Smith : Trombone, Tuba
Kurt Krahnke : Bass
Ros McDonald : Guitar, Banjo
Pete Siers : Drums

Bonnie Raitt : Harmony Vocal (3)
Rob Bourassa : Guitar Solo (5, 11)

David Mathews : Piano (10)
Kevin Porter : Trimbone (10)

Maria Muldaur, Ron Harwood : Producer

1. Down Home Blues [Mammie Smith, Perry Bradford]  E128
2. Up The Country Blues [Sippie Wallace]
3. Separation Blues [Sippie Wallace]  E7 E128
4. A Good Man Is Hard To Find [Eddie Green]
5. Handy Man [Andy Razaf, Eubie Blake] E128
6. New Orleans Hop Scop Blues [George W. Thomas] E12
7. Smile [Charlie Chapman, Geoff Parsons, John Turner]
8. TB Blues [Victoria Spivey]
9. One Hour Mama [Victoria Spivey]  E128
10. Empty Bed Blues [J.C. Johnson] E144
11. Early Every Moan [Alberta Hunter]
12. Yonder Come The Blues [Ma Rainey]

Recorded at Solid Sound. Ann Arbor, Michigan

注: 10は、「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25と同一録音


 
「Richland Woman Blues」2001 M20、「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25に続く、マリアのブルース3部作の最後は、1920〜1930年代に活躍した歌姫達の作品集だ。「行儀が悪く、みだらで、ブルーな」というタイトルが示すとおり、本作は、当時の社会・経済・性の束縛を受けずに自由気ままに生きた「最初のポップスター」達の哀しみ、欲望、情熱、喜びが込められた歌を、マリアが4本の管楽器によるバンドをバックに歌いまくる趣向だ。バックを務めるジェイムス・ダポグニー (1940- )は、ピアニスト、バンドリーダーであり、ジャズ音楽の研究家としてジェリーロール・モートンに関する著作やライナー・ノーツを多く書いている人で、作曲の博士号を持ち、ミシガン大学で教鞭に立っているそうだ。その彼をリーダーに1975年、ラグタイム、ブルース、ニューオリンズ、スウィングなど 1920〜1940年代の音楽を演奏するジェイムス・ダポグニーズ・シカゴ・ジャズ・バンドが結成され、これまで7枚のアルバムを発表している。本作は、非営利団体「American Music Research Foundation (AMRF)」の設立者であるプロデューサーのロン・ハーウッド(シッピー・ウォレスを再発見し、その後1986年に彼女が亡くなるまでマネージャーを務めた人)が、第4回モーターシティ・ブルース・アンド・ブギウギ・フェスティバルへの出演(その模様の一部は E128で観ることができる)とあわせて、マリアと一緒に本作の録音を企画したもので、デトロイトで行われたコンサートの1週間前に同じメンバーで録音されたものだ。マリア本人による本作のライナーノーツは、彼女のブルースとの出会い、本作への思いがたっぷり語られており、大変読み応えがあるものだ。あまりに面白いので、是非CDを購入して読んでほしい。またロン・ハーウッド等による歌姫達の解説もあるが、曲のクレジットは作曲者のみで、どの曲が誰のものによるのかの記述がないため、その点に重点を置いて述べることにする。また解説書中の歌姫達のポートレートは、ベーシストで画家でもあるロウランド・サリーによるものだ。

1.「Down Home Blues」は、マミイ・スミス(Mamie Smith 1883-1946) 1921年8月30-31日の録音から。彼女は女性ブルースシンガーの草分け的存在で、1921年の「Crazy Blues」は2百万枚という大ヒットを記録し、このジャンルの音楽が商売になることを立証、1930年代までに多くのアーティストのレコードが製作されることになる。2.「Up The Country Blues」は、シッピー・ウォレス(1989-1996 詳細はE7参照)が1924年10月26日にシカゴで録音したものがオリジナルで、ビリイ・ホリデイの伴奏でも有名なエディ・ヘイウッドのピアノをバックに歌われた。3.「Separation Blues」は、本作のハイライトで、旧友のボニー・レイットがゲスト参加、ハーモニー・ボーカルを付けている。この曲は1920〜1930年代当時の録音の記録が見つからなかったが、彼女が現役復帰後の1967年にジム・クウェスキン・ジャグ・バンドと録音し、1987年まで未発表だったアルバム「Mighty Tight Woman」E7 で、シッピーのボーカルにマリアがハーモニーを付けていた曲。一方ボニーは、晩年のシッピーとレコード製作やコンサートを一緒に行った関係があり、二人の歌声には彼女との思い出の念が込められている。 4. 「A Good Man Is Hard To Find」は、ベッシー・スミス(1894-1937) 1927年9月27日の録音から。

5.「Handy Man」は、ブルース、ジャズの両方で長いキャリアを保ち、黒人歌手で初めて白人向けのエンタテイメントでも成功を収めたエセル・ウォーターズ(Ethel Waters 1896-1977)が、ジェイムス P. ジョンソンのピアノを伴奏に1928年8月21日録音したもの。ちなみにオリジナルの曲名は「My Handy Man」となっている。ここ(および 11.)でアコースティック・ギターによる間奏ソロを弾いているロブ・ボウラッサは、ギターおよびバンジョーの教師で、スタジオ・ミュージシャンもやっている人。6.「New Orleans Hop Scop Blues」は、サラ・マーチン(Sara Martin 1894-1955)がクラレンス・ウィリアムスのピアノのバックに1923年7月17日に録音したものがオリジナルで、1930年にはベッシー・スミスもカバーしている。この曲は、昔ジェフ・マルダーが「Pottery Pie」E12で歌い、マリアがバックコーラスで参加していたので、ファンにとってはうれしい選曲だ。7. 「Smile」の作者のクレジットは「Charlie Chapman」とあるが、他の2人の名前を見る限り、正しくはCarlie Chaplinで、映画「Modern Times」に使われたメロディーに、ジェフ・パーソンズとジョン・ターナーが歌詞をつけたあの名曲ということになる。しかしマリアが歌っているのは、歌の精神こそ同じであるが、歌詞・メロディーともに異なる曲なのだ。調べた限りにおいて、本作のテーマであるブルースの歌姫との接点もなく、本曲の由来については、残念ながら私は突き止めることができなかった。8.「TB Blues」は、ヴィクトリア・スパイヴィー(1907-1976)が 1927年4月27日に録音した曲。彼女は1940年代以降も生き残り、音楽活動を続けることができた、数少ないアーティストのひとりで、1960年代初めには自己のレーベルを興し、グリニッジ・ヴィレッジで活動をした人だ。マリアにとってはイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドへの参加を仲介してくれた恩人であり、本作の解説書には、マリアの1964年ニューポート・フォーク・フェスティバル出演について彼女が雑誌に寄稿した絶賛記事が掲載されている(マリアはその記事の存在を本作製作の2年前まで知らなかったという)。マリアの中間部分での語りに近い歌唱が見事だ。9. 「One Hour Mama」も1937年3月12日に吹き込まれた彼女の曲。ベッシー・スミスの 10.「Empty Bed Blues」のみ、他の曲とは異なり、デビッド・マシューズのピアノとケヴィン・ポーターのトロンボーンによるシンプルなバックの曲であるが、これは「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25と同一録音だ。 11.「Early Every Moan」はアルバータ・ハンター(Alberta Hunter 1895-1984)が1924年12月22日に録音した曲で、そこではシドニーベシェとルイ・アームストロングという巨匠の共演が楽しめた。最後の曲 12.「Yonder Come The Blues」は、「ブルースの母」と呼ばれるマ・レイニー(Ma Rainey 1886-1939)1925年12月録音の曲で、フレッチャー・ヘンダーソン楽団のメンバーがバックを担当している。

マリアは、どれをとっても原曲に対する愛情たっぷりの歌唱。バンドのサウンドはブルースとニューオリンズ・ジャズ、スウィング・ジャズを融合したバンドのサウンドは、素晴らしいながらもワンパターンであることも確か。しかしじっくり聞き込むと、コンサート会場にいるかのような気分になり、雰囲気にどっぷり浸かって聴き込むと、それはそれで味のある作品だと思う。

[2010年12月作成]


M28 Live In Concert (2008) Global Recording Artists 
 



Maria Muldaur : Vocal, Fiddle (15)
Danny Caron : Guitar
Craig Caffall : Guitar
Joel Jaffe : E-Bow Guitar (14), Steel Guitar (9,11), Tambourine (2,3,8,), Shaker (1,4,6,7,10,)
Suzy Thompson : Fiddle (14,15)
Chris Burns : Keyboards
Paul J. Olguin : Bass
David Tucker : Drums
Kimberly Bass : Back Vocal (15)

Joel Jaffe, Maria Muldaur, Peter Murphy Crowley : Executive Producer
Joel Jaffe : Chief Engineer

1. Buckets Of Love (aka Buckets Of Rain) [Bob Dylan]  M26
2. Lay Lady Lay (aka Lay Bady Lay) [Bob Dylan]  M26
3. To Be Alone With You [Bob Dylan]  M26
4. Heart Of Mine [Bob Dylan]  M26
5. Make You Feel My Love [Bob Dylan]  M26
6. Meet Me In The Moonlight (aka Moonlight) [Bob Dylan]  M24 M26
7. Your Gonna Make Me Lonesome [Bob Dylan]  M26
8. Cajun Moon [J.J. Cale]  M5 M13
9. Golden Loom [Bob Dylan]  M26
10. On A Night Like This [Bob Dylan]  M26
11. I'll Be Your Baby Tonight [Bob Dylan]  M26 E12 E69
12. Shoe Don't Fit (aka Bessie's Advice) [Eric Bibb, Maria Muldaur] M23
13. Midnight At The Oasis [David Nichtern]  M1 M2 M32 E74 EXXX EXXX
14. Wedding Song [Bob Dylan]  M26
15. Ride Me High (Aka You Ain't Goin' Nowhere) [Bob Dylan]  M26

収録: The 142 Throckmorton Theater,  September 1, 2006

注 写真上: CD版
   写真下: DVD版(12のみ収録されていない)

 

2006年8月下旬に発売されたアルバム「Heart Of Mine」M26を記念して、サンフランシスコ郊外のミル・ヴァレー(マリアの地元)にあるスロックモートン・シアターで行われたコンサートのライブ盤。アルバムには日付の記載がないが、当時の資料から9月1日(金) に行われたものであることがわかった。ここでのバックバンドは、ギターのダニー・キャロンを除きスタジオ録音のメンバーと異なっているのが面白い。おそらく本コンサートの後に、ゲストを除くクリス(右手のキーボードと左手によるベース)、クレイグ(ギター)、デビッド(ドラムス)のみの小編成で、アルバム宣伝のためのツアーを行ったものと推定される。チープで安易な感じのジャケット・デザインから、本作品はマリアの意に反して発売されたものかなと当初思ったが、実際聴いて(観て)みると、「Heart Of Mine」のプロデューサー、エンジニアのジョエル・ジャフェと、サン・ラファエルを本拠地とする録音・映像会社グローバル・レコーディング・アーティスツの共同作業による、質の高いものだった。当初は、CDとDVDが別々に発売されたが、2010年10月に発売された日本盤では両者セットで販売された。

8.「Cajun Moon」、12.「Shoe Don't Fit (aka Bessie's Advice)」、13.「Midnight At The Oasis」の3曲を除き、すべて「Heart Of Mine」M26からの曲で、曲順も同じなのが面白い。1.「Buckets Of Love」では、レスポール・モデルを持ったクレイグ・キャフォールが、イントロとオブリガードを担当する。彼はマリアのバックバンドを4年間担当した人で、本作での好演が認められて、同年初めてのソロアルバム「Hold Me Up」を発表した。ダニー・キャロン(M18参照)は、ストラトキャスターで間奏のソロをとる。マリアは、歌詞の合間に「I love that line !」と語り、余裕たっぷりの歌唱。人称を女性から男性に変えたと言って歌う 2.「Lay Lady Lay」でも、マリアはイントロを「もう1回やって」と注文を付けている。3.「To Be Alone With You」は、オリジナルと大きく異なるファンキーなアレンジ。マリアは、4.「Heart Of Mine」で譜面台の歌詞カードをちらちら見ながら歌う。ダニーは、テイラーのアコースティック・ギターに持ち替えて演奏。5.「Make You Feel My Love」を歌う前にマリアは、この曲について、深い情感を表現するのがとても難しかったと話している。ビング・クロスビーの曲のようだと紹介される 6.「Meet Me In The Moonlight」では、ジャズを得意とするダニーがギブソンのセミアコをうれしそうに弾いている。7. 「Your Gonna Make Me Lonesome」は、2台のギターの絡みが見事で、クレイグ、ダニーのソロプレイの繊細なタッチが素晴らしい。おなじみのクリス・バーンズもファンキーなソロを展開する。 8.「Cajun Moon」でのクレイグのギターソロは最高!強弱・緩急の変化に富む演奏は、この曲におけるギタープレイの最高峰と断言できる。特に後半におけるマリアのスキャットとの掛け合いは、両者の絆を感じるソウルフルな場面だ。9. 「Golden Loom」では、本作のプロデューサー、エンジニアで、大半の曲でパーカッションを担当しているジョエル・ジャフェが、スティール・ギターを弾いている。10.「On A Night Like This」では、クレイグがアコギを弾き、クリスのエレキピアノが間奏ソロを弾く。11.「I'll Be Your Baby Tonight」の間奏ソロは、ジョエルのスティール・ギターだ。12.「Shoe Don't Fit (aka Bessie's Advice)」のみ、何故かDVDではカットされ、CDのみの収録。13.「Midnight At The Oasis」が始まると、オーディエンスから歓声が起きる。リラックスした感じの演奏で、間奏ではクレイグとダニーが半分づつギターを弾く。オリジナル録音のエイモス・ギャレットによる偉大なソロに敬意を払いながら、ちょっとしたオリジナリティーを加味するあたり、流石のプレイだ。14.「Wedding Song」では、ジョエルがE-bowというエフェクターを右手に持ってギターを弾く。この機械が発する磁気がギターのマイクの磁気に反応することにより、弦を振動させてバイオリンのような切れ目のない音を出す効果があるそうで、ジョエルは右手のフレットを押さえるだけで、音を出している。ここでは、マリアの友人であるスージー・トンプソンが登場してフィドルを弾いているが、音的には目立たない。歌詞が難しいので、マリアは譜面台をチラチラ見ながら歌っている。最後の曲 15.「Ride Me High」でマリアは、「以前よりボブ・ディランからリクエストされていた」と言って、スージーと一緒にフィドルを弾く。「Heart Of Mine」M26でもバックで歌っていたキンバリー・ベースがコーラスに加わり、賑やかな演奏。ダニーは歌いながら楽しそうにギターを、クレイグはエレキ・マンドリンを弾いている。いったんブレイクして、マリアがバンドメンバーの紹介をして挨拶をした後、再び演奏が始まり、マリアが退場してコンサートが終了する。

映像を観ると、年老いてどっぷり太ったマリアがいるが、内面から発せられる人間性の魅力は変わっていないと思う。ボーナス映像として、マリアのインタビューが収録されており、その中でディランが彼女にフィドルを弾くよう促したエピソードを紹介するにあたり、彼女がディランの声色を真似て話すシーンが傑作。この記事を打ち込んでいて気がついた。表紙の背景色は、私が選んだマリアのイメージカラー、パープルだったんだ.........。その途端、いままで嫌いだったこのデザインが好きになった。

[2011年3月作成]


M29 Yes We Can ! (2008) Telarc 
 




Maria Muldaur : Vocal, Fiddle (5)
The Woman's Voices For Peace Choir (Kimberly Bass, Rhonda Benin, Keta Bill, Jenni Muldaur, Annie Sampson, Linda Tillery, Jeanie Tracy, Valerie Troutt) : Chorus (Except 5, 9, 13)

Linda Tillery : Vocal (3)
Bonnie Raitt : Vocal (3)
Jennie Muldaur : Vocal (5, 8)
Kimberly Bass : Vocal (5)
Joan Baez : Vocal (7, 12)
Odetta : Vocal (7,12)
Holly Near : Vocal (7, 12, 13)
Phoebe Snow : Vocal (11)
Jane Fonda : Vocal (12)
Jean Shinoda Bolen : Vocal (12)
Anne Lamott : Vocal (12)
Marianne Williamson : Vocal (12)
Amma : Vocal (13)

The Free Radicals (Except 5, 13)
David Torkanowsky : Keyboards
Shane Theriot : Guitar, Slide Guitar
Tony Braunagel : Drums, Percussion
Hutch Hutchinson : Bass

Suzy Thompson : Fiddle (5)
Eric Thomson : Banjo (5)
Joel Jaffe : Lap Steel (5), Slide Guitar (3)

Linda Tillery : Vocal Arrangement (3, 4, 7, 11, 12)
Keta Bill, Jenni Muldaur : Vocal Arragement (1, 2, 5, 6, 8, 10)

Maria Muldaur : Producer
Joel Jaffe : Co-Producer, Engineer

1. Make A Better World [Earl King]
2. Inner City Blues (Make Me Wanna Holler) [Marvin Gaye, James Nyx Jr.]
3. Yes We Can, Can [Allen Toussaint]
4. John Brown [Bob Dylan]
5. This Old World [Buddy Miller]
6. War [Norman Whitfield, Barrett Strong]
7. We Shall Be Free [Garth Brooks]
8. Licence To Kill [Bob Dylan]
9. Masters Of War [Bob Dylan, Maria Muldaur (Additional Lyrics)]
10. Why Can't We Live Together [Timothy E. Thomas]
11. Pray For The USA [Elbernita "Twinkie" Clark Terrell]
12. Down By The Riverside [Traditional]
13. Everyone In The World

 
 
マリアは、生まれ故郷のグリニッジ・ビレッジで 1960年代前半のフォーク・ブームにどっぷり浸かったが、当時彼女はブルースやオールドタイミーに傾倒し、プロテスト・ソングにはあまり興味がなかったそうだ。そのためか、彼女のキャリアを見渡しても政治的な内容の歌を取り上げることはなかった。彼女は、自分の思い通りにアルバムを製作できる環境にあり、今回企画したのがプロテスト・ソング特集だった。といっても、60年代のフォークソングに限らず、70年代以降の幅広いジャンルからも選曲しているのがマリアらしい。2008年のアメリカ大統領選挙では、共和党政権による経済の悪化や外交政策の行き詰まりに危機感をいだいた国民は、変革を求めて民主党のオバマ候補を選んだ。本作は、そんな時代の流れの中、選挙が行われた11月4日の少し前の7月22日リリースということであるが、プロデューサーであるマリアの製作姿勢からは、政治的なアピールよりも平和を望む気持ちが強く感じられ、彼女の趣旨に賛同する友人や知り合いが多数参加して、スケールが大きな作品となった。

1.「Make A Better World」は、ニューオリンズのシンガー、ギタリスト、作曲家のアール・キング(1934-2003)の作品で、おなじみドクター・ジョンによる 1974年のアルバム「Desitively Bonnaroo」でのカバーが有名。相互扶助がテーマの歌詞を聴いていると、2005年のハリケーン・カトリーナで大きな被害を受けたニューオリンズ、そして2011年の東日本大震災での被災者の事を想ってしまう。ブギーのリズムで雰囲気を高めてくれるフリー・ラディカルズと名乗るバックバンドのメンバーは、ニューオリンズを本拠地とするミュージシャン達で、ギタリストを除きマリアの作品の常連。間奏でコクのあるギターソロを聞かせてくれるシェーン・テリオは、ニューオリンズで活躍するギタリストで、ネヴィル・ブラザースのメンバーだったこともある人だ。本作におけるほとんどのトラックでコーラスを担当するThe Woman's Voices For Peace Choirは、ベイエリアで活躍する女性歌手で、セッション・シンガーをしながら自己名義でも地道な活動を続けている人達だ。その中には娘のジェニーや、マリアのアルバムの常連であるリンダ・ティレリー、「Steelyard Blues」1972 E18で共演したアーニー・サンプソン、マリアのバンドでバックボーカルを担当したキンバリー・ベースの名前もある。ジェニーとリンダはボーカル・アレンジも担当している。 2.「Inner City Blues」は、マーヴィン・ゲイの傑作アルバム「What's Goin' On」1971からシングルカットされ全米9位のヒットを記録、社会の不公平と閉塞感に対する怒りに満ちた曲だ。原曲はマーヴィンのピアノを中心としたアレンジで、最後に「What's Goin' On」の一節が再登場する。マリアはストレートなアレンジで、エモーショナルに歌っている。3. 「Yes We Can, Can」は、アラン・トゥーサンの曲で、リー・ドーシー 1970年がオリジナル。1973年にポインター・シスターズのバージョンで全米11位のヒットとなった。社会の変革を熱望する前向きなメッセージに溢れたパワフルな曲だ。ニューオリンズ風ファンクの伴奏をバックにマリアが歌い、セカンドヴァースはボニー・レイットがリードをとり、コーラスはマリアのアルバムのバックコーラスでお馴染みのリンダ・ティレリーが加わる。マリアによると、オバマ陣営が選挙のスローガンを「Yes We Can」としたのは偶然だったが、選挙支援のためのミュージックビデオを製作したという。しかしオバマ政権は、経済の低迷や失業率の高止まりといった状況を改善できず、国民の期待感は急速に醒めてしまったようだ。実のところ彼は、医療保険改革という、これまで誰もできなかった偉大な事を成し遂げたっと思うのだが、それでも弱者救済のための負担増を強いられたとして、国民の一部からは不評を買っているわけで、現在の複雑な世の中では、皆が満足する政治を行うことは至難のようですな。

4.「John Brown」は、ボブ・ディランが1962年10月に書いた作品で、当時はフォークウェイ・レコードから発売されたトピカル・ソングのオムニバス盤「Broadside Bllads Vol.1」にブラインド・ボーイ・グラントの変名で収録された。また彼が出版者のウィットマーク・アンド・サンズのために1963年8月に録音したテープが、ブートレッグとして広く出回り、それが「Bootleg Series Vol.9 The Witmark Demos 1962-1964」」として公式発表されたのは、2010年になってからであった。彼が書いたプロテスト・ソングの中ではストレートな内容で、好戦的な愛国者の家庭で育った若者が戦争で変わり果てた姿になって戻ってくるという、悲惨な内容の歌だ。ディランの原曲は彼の弾き語りだったが、ここでは、ザ・バンドを思わせるシンプルな伴奏をバックに、マリアは母親の気持ちをこめて歌う。当時のディランの歌の多くがそうだったように、この曲のメロディーは、アイルランドのフォークソングからの拝借だそうだ。5.「This Old World」は、本作の中では異色のカントリー風の曲で、作者のバディ・ミラーは、エミルー・ハリスのバックを長く務め、本人名義のアルバムも多く出しているギタリスト、シンガー。ここでは娘のジェニーとキンバリー・ベースがハーモニー・ボーカルで参加。マリアのアルバムの常連参加者であるスージー・トンプソンがフィドルで、パートナーのエリック・トンプソンがバンジョーを担当している。ラップ・スティールギターを弾くジョエル・ジェフェは本作の共同プロデューサー兼エンジニアで、「Live In Concert」2008 M28をプロデュースした人。マリア自身もフィドルを弾いている。6. 「War」は、モータウン・レコードのノーマン・ホイットフィールドとバレット・ストロングが書いた曲。当初テンプテイションズが録音して1970年のアルバム「Psychedelic Shack」に収められ評判となったが、ベトナム戦争に反対する歌詞が彼等のキャリアに影響を及ぼすことを恐れたためシングルカットされず、その代わりにエドウィン・スター(1942-2003)による新しいアレンジのバージョンが全米1位の大ヒット曲となった。当時を代表する反戦歌であり、その後ブルース・スプリングスティーンのライブ演奏が1986年のボックスセット「Live/1975-85」に収録され、そこからのシングル盤が全米8位を記録した。マリアはテンポを落として、メランコリックな雰囲気で歌い上げている。

7.「We Shall Be Free」は、カントリー音楽界で絶頂の人気を誇るガース・ブルックス(1962- )の 1992年作品。そのミュージックビデオには多くの著名人が映像とコメントで登場し話題となった。我々を取り巻く欲望、偏見から開放され自由になることを歌っていて、聴いていると前向きな気持ちになる。ここではゲストシンガーとしてオデッタ、ホリー・ニアそしてジョーン・バエズが歌っている。オデッタ(1930-2008)は、公民権運動における最強のボイスと言われ、ピート・シーガーやハリー・ベラフォンテと一緒に活動していた。その力強い声は、一度聴くと忘れることができないインパクトがある。ホリー・ニアー(1949- )は、シンガー・アンド・ソングライター、女優、教師、社会活動家として、1960年代からフェミニズム、平和活動の分野で活躍してきた人で、1970年代はジェーン・ファンダ等との親交が深かったそうだ。ジョーン・バエズ(1941- )については説明不要だろう。マリアを含むオデッタとホリーがリードボーカルを交互に担当し、ジョーンの声もしっかり聴こえる。合唱における強い連帯感は感動的だ。8.「Licence To Kill」は、ボブ・ディラン1983年のアルバム「Infidels」に収録された曲。あらゆる社会悪、不正に晒される人間の業を描いた歌詞は切れ味鋭く、彼の真骨頂を示すものだ。ここでは娘のジェニーがハーモニーボーカルをつけている。9.「Masters Of War」は、ボブ・ディラン 1963年の名作「Freewheelin'」に収録されたプロテスト・ソング。彼の曲にしては珍しく、「死の商人」という特定の人間に対する憎悪をあらわにした内容で、マリアは、最後のヴァース「And I hope that you die  And your death'll come soon  I will follow your casket  In the pale afternoon  And I'll watch while you're lowered  Down to your deathbed  And I'll stand over your grave  'Til I'm sure that you're dead」を歌わず、その代わりに自ら書いた歌詞を歌っている。人の死を望むオリジナルの過激さを嫌ったものと思われ、残念ながら正確には聴き取れないが、より穏やかな内容のようだ。この手の歌詞の変更を行うには、原作者の承認が必要なはずで、ボブは友達というマリアだから可能なことだと思われる。10.「Why Can't We Live Together」は、作者のティミィ・トーマス(1944- )による1972年全米第3位のヒット曲。リズムマシーンとハモンドオルガンのみという特異な伴奏が、戦争を止めてみんなで平和で暮らそうというメッセージをより効果的に引き立てている。これは彼が吹き込んだデモ録音を聴いたプロデューサーがその完成度の高さを認めて、そのままシングルカットしたものだそうだ。原曲のストイックな雰囲気を残すシェインのギターとデビッドのオルガンが素晴らしく、マリアは抑えた感じの歌唱を聴かせてくれる。

11.「Pray For The USA」は、ゴスペル・グループのクラーク・シスターズのメンバー、トウィンキー・クラークの曲で、2007年のライブアルバム「Live - One Last Time」に収録されている。ここでは、ゲストのフィービー・スノウ(1952-2011)とのデュエットで、アメリカの悩める姿と、それに対する祈りの心を歌い上げた素晴らしい曲・歌唱だ。12.「Down By The Riverside」は、南北戦争の頃から黒人に歌われてきたゴスペルソングで、1960〜1970年代に反戦歌として広く歌われた。ルイ・アームストロング、ピーター・ポール・アンド・マリー、シスター・ロゼッタ・シャープ、ソニー・テリー・アンド・ブラウニー・マッギーなど多くのアーティストが録音している。本作では、マリアの他にオデッタやホリー・ニアがリード・ボーカルを担当、バック・コーラスに女優のジェーン・フォンダ、心理学者のジーン・シノダ・ボーレン、作家のアン・ラモットやマリアンヌ・ウィリアムソンといった、西海岸のフェミニズム運動で活躍する人達がゲスト参加している。13.「Everyone In The World」は、インド生まれのスピリチュアル・リーダー、アンマ(1953- )の歌。南インドの出身の彼女は、シンプルな言葉で愛と平和を唱え、人々を抱擁することで教えを広めてゆくスタイルで、世界で最も影響力がある活動家の一人とされる。ここではインド風のメロディーと伴奏に乗せて、彼女自身による祈りの歌に、マリアとジョーン・バエズ (1941- )、ホリー・ニアのボーカルをオーバーダビングしたものと思われる。本作の中では異質の曲であるが、背景を理解して聴くと説得力がある。

マリアによる平和・戦争反対のメッセージを、彼女らしい幅広い時代・分野からの選曲で展開。多くのゲストを招き、パワフルで前向きな姿勢が心地よい作品。ジャケットのイラストは、以前の彼女のアルバムでブルース・アーティストの肖像画を提供していたベーシストのロウランド・サリーが描いたもの。インターネットには、ヌード女性によるピースサインの人文字の写真によるジャケットが掲載されているが、私はこの表紙のCDを実際に見たことはない。なお本作には「Non Of Us Are Free」というアウトテイクがあり、それは本作のインターネットダウンロードでボーナス・トラックとして配信されている。詳細はE132を参照ください。

[2011年7月作成]


M30 Maria Muldaur & The Garden Of Joy  2009  Stony Plain 
 

Maria Muludaur : Vocal
Dan Hicks : Vocal
John Sebastian : Baritone Guitar, Six String Banjo, Guitar, Harmonica
David Grisman : Mnadolin, Mandola, Retro Banjo
Taj Mahal : Banjo, Guitar
Fritz Richmond : Jug (6)
Kit Stovepipe : National Guitar, Jug, Washboard
Alex Anagnostopoulos : Banjo (4), Harmony Chorus
Jim Rothermel : Clarinet, Slide Whistle, Musical Direction
Danny Caron : Guitar
Ruth Davies : Bass
Tim Eschelman : Bass
Suzy Thompson : Fiddle
Bowen Brown : Drums, Percussion
Pete Devine : Percussion
Bob Schwartz : Trumpet
Kevin Poter : Trombone

Maria Muldaur : Producer

1. The Diplomat [Dan Hiicks]
2. Shake Hands And Tell Me Goodbye [Traditional]
3. Shout Your Cats [Traditional]
4. The Ghost Of The St. Louis Blues [B. Curtis, J. R. Robinson]
5. Let It Simmer [Dan Hicks]
6. Sweet Lovin' Ol' Soul [Traditional]
7. Medley
  Life's Too Short [Traditional]
  When Elephants Roost In Bamboo Trees [Traditional]
8. Garden Of Joy [Clifford Hayes] E6
9. He Calls That Religion [Traditional]
10. I Ain't Gonna Marry [Kweskin, Greene, Richmond, Keith] E6
11. Bank Failure Blues [Traditional]
12. The Panic Is On [Traditional]

注: 6.の録音はM25と同じ

 

マリアが自身のルーツであるジャグ・バンド・ミュージックに正面から取り組んだ作品。彼女の長いキャリアのなかで初期にあたる1960年代後半は、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのメンバーとしての活動だった。その後ジェフ・アンド・マリアを経てソロで歌い始めてからは、1990年の「On The Sunny Side」M12のように、一部の曲でジャグ・バンド音楽を取り入れた作品もあったが、本作のような直球勝負は初めてだ。本作に参加しているジョン・セバスチャン「Chasin' Gus' Ghost」1999や、ジェフ・マルダー「Geoff Muldaur And The Texas Sheiks」2009 等と同じ音楽志向によるもので、その背景にはこの手の音楽を好んで聴き、演奏する若者が増えてきたことがあると思う。本アルバムの録音に参加した若いミュージシャンの存在や、2010年に発表されたドキュメンタリー映画「Chasin' Gus's Ghost」の製作がそれらの動きを物語っている。そういう背景の中で製作された本アルバムは大好評で、2010年グラミー賞「Best Traditional Folk Album」部門にノミネートされた。

1.「The Diplomat」は「外交上手」を自認する男のユーモラスな歌で、本アルバムの演奏は、2009年のアルバム「Tangles Tales」における作者ダン・ヒックスのオリジナル・バージョンよりもテンポを上げてスウィンギーに歌い飛ばしている。ここでグルーヴィーなメタルボディーのギターを弾いているのは、キット・ストーブパイプという若者だ。彼はワシントン州ポートタウンセンドを本拠地とし、The Crow Quill Nights Owlという名前のジャグバンドを率いて、コンサートや路上のバスキングで活動している人。ジャケット裏のイラストにあるとおり、山高帽に長い顎鬚、古風な衣装という出で立ちであるが、よく見ると鼻輪をしているのだ。グループの他のミュージシャンの姿からも、彼等が単なる懐古趣味の若者ではなく、ニューウェイブの音楽として取り組んでいる姿勢がわかる。彼のギタースタイルはフィンガースタイルとストロークを組み合わせたもので、そのソリッドなリズム感は極めて現代的である。メタルボディーのギターが持つアタックの強い金属的な音と相まって、とてもアグレッシブなドライブ感を生み出しており、そのサウンドが曲を支配している。本作は、豪華なミュージシャンが参加しながら、曲毎のクレジットがないので、残念ながらどの曲で誰が参加しているか不明であるが、分る範囲内で解説する。間奏のマンドリンソロはデビット・グリスマンで間違いなし。2.「Shake Hands And Tell Me Goodbye」と9.「He Calls That Religion」は、1920〜1930年代に流行ったストリング・バンドの筆頭グループ、ミシシッピー・シークス(Mississippi Sheiks)の録音がオリジナル。彼等はギター、フィドルというシンプルな編成でカントリー、ブルースに影響された音楽を生み出した。代表曲は後に多くのアーティストにカバーされた「Sitting OnThe Top Of The World」。前者は1931年10月25日、後者は1932年頃に録音されている。マリアは現代的なリズム感で味付けし、スージー・トンプソンのフィドルやジョン・セバンチャンのハーモニカをフィーチャーしているが、バックに流れるギター、バンジョ−とマンドリンのアンサンブルが最高で、シンプルなリフを繰り返すマリアの歌唱は余裕たっぷり。

3.「Shout Your Cats」、12.「The Panic Is On」は、1930年代前半のメディソン・ショウで活躍したヘゼカイア・ジェンキンス(Hezekiah Jenkins) の作品で、本人が残した録音はそれほど多くないので、同時代の作品を集めたオムニバス盤に収録されている。前者で聴こえるハーモニー・ボーカルは、アレックス・アナグノストロウプロスという長たらしい名前の女性で、キット・ストーブパイプと同じバンドで活動している人だ(ジャケット裏のイラストで、ウォッシュボードを持っている女性と思われる)。後者の12.「The Panic Is On」のオリジナルは1931年の録音で、当時の大不況の悲惨な状況が歌われる。「The rich will live and the poor will die, Doggone The panic is on」という一節は、現代における格差社会に通じるものがあり、聴く者にズーンと重く迫ってくる。これらの曲で聴こえる切れ味良いジャグはキット・ストーブパイプが吹いている。4.「The Ghost Of The St. Louis Blues」は、W.C.ハンディ 1913年の作品(歴史上最初にヒットしたブルース曲とされる)をベースに作られた曲で、エメット・ミラー(Emmett Miller 1900-1962)による1929年9月9日の録音がある。マリアはニューオリンズ風のホーンセクションを従え、気持ち良さそうに歌う。バンジョーは前述の女性アレックス、動き回るギターはキットだろう。間奏のソロはクラリネットとトランペットだ。5.「Let It Simmer」はスィングジャズ風の曲で、これもダン・ヒックス「Tangles Tales」2009のカバー。ダニー・キャロンのフォービートのリズムギターとデビッド・グリスマンのマンドラが軽妙洒脱だ。6.「Sweet Lovin' Ol' Soul」のみ以前の録音で、2005年の同名のアルバム M25と同じ録音だ。おそらくそのアルバム発売後に亡くなったジム・クエスキン・ジャグ・バンドの同僚、フリッツ・リッチモンド(1939-2005)の参加したトラックを本作に入れたかったからだろう。フリッツはジャグを、タージ・マハルがバンジョー、スージー・トンプソンがフィドルを弾いている。

7.「Medley Life's Too Short - When Elephants Roost In Bamboo Trees」は本作のハイライトで、ダンヒックスとのデュエットだ! どちらの曲もザ・キャッツ・アンド・ザ・フィドル(The Cats And The Fiddle)というミルス・ブラザースの流れを汲んだコーラスグループが1940年代に残した歌で、「Life's Too Short」はダン扮する軽薄男が「人生短いからね〜」と言って無責任に口説き、マリアが純情女になって愛の確認をするというコミックソング。切れ目なく演奏される「When Elephants Roost In Bamboo Trees」は、「象が竹の木に登らない限り貴女を愛しますよ」というナンセンスなラブソングで、スウィング・リズムと歌唱がゴキゲン!途中の動物の鳴き声を真似たスキャットがユーモラスで、マリアは思わず大笑いしてしまう。3.「Garden Of Joy」はケンタッキー州ルイズヴィルを本拠地とするThe Dixieland Jug Blowersが1927年に録音した曲で、同グループのリードボーカリスト、クリフォード・ヘイズが作ったもの。ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのバージョン1967 E6と比べると面白い。42年前なんだね!10.「I Ain't Gonna Marry」も前述と同じアルバムのセルフカバーで、ヴィオラ・マッコイ(Viola McCoy 1924-1956) という歌手による1924年2月11日の録音があるが、歌詞の内容はかなり異なっており、上記のクレジットにあるとおり録音に際しバンド・メンバーが改作したものと思われる。11.「Bank Failure Blues」は、マーサ・コープランド(Martha Copeland 1926-没年不明)の1920年代後半の録音のカバー。原曲がピアノのみの伴奏だったのに対し、ここではギターとマンドリンによる演奏で、本作の中では最もストレートなブルース曲。ギターはジョン・セバスチャン、マンドリンはデビッド・グリスマンだろう。二人は2007年にデビットのレーベル、Acoustic Discより「Satisfied」という共演盤を発表している。

スウィング・ジャズ風の曲もあるが、ジャグ・バンド音楽を中心とした楽しい演奏に溢れた作品。


[2011年9月作成]