M11 Transblucency 1986 Uptown UP27.25 |
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Maria Muldaur : Vocal
Kenny Baron : Piano
Michael Moore : Bass
Ray Drummond : Bass (9)
Dennis Erwin : Bass (6)
Ben Riley : Drums
Angel Allende : Latin Percussion
Don Sickler : Trumpet, Flugelhorn
Frank Wess : Flute, Alto Sax, Tenor Sax
Jerry Dodgion : Flute, Clarinet, Alto Sax
Gerry Cappuccio : Tenor Sax, Baritone Sax
Mabel Fraser, Robert Sunenblick, MD : Producer
Don Sickler : Arrangement And Musical Director
Rudy Van Gelder : Recording Engineer
[Side A]
1. Masachusetts [Andy Razaf, Lucky Roberts]
2. Rio De Janeiro Blue [John Hoeny, Richard Torrance] M10 M14 E58
3. You've Changed [Carl Fischer]
4. Blizzard Of Lies [David Frishberg, Samantha Frishberg]
5. Lazy Afternoon [John Latouche, Jerome Moross]
[Side B]
6. Wheelers And Dealers [David Frishberg]
7. How Can You Face Me [Andy Razaf,, Thomas 'Fats' Waller]
8. Transblucency [Duke Ellington, Lawrence Brown]
9. Looking Back [Benton, Hendricks]
10. Where [Weston, Hnedricks] M14
収録: Van Geider Recording Studio, Englewood Cliffs NJ
1984年11月7,8,9日、1985年2月11日
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マリアのアルバムの中でも最も純粋なジャズ・アルバムで、一流ジャズミュージシャンがバックを担当している。アップタウン・レコードは、1980年代後半から90年代にかけて活動したジャズ、R&B専門レーベルで、1987年MCAレコードに買収された。1990年代ではメアリー・J.ブライジの売り出しが有名。本作はCD時代到来の直前に発売され、私が購入した彼女の最後のレコードとなった。まだCD化されていないはずで中古市場で高値を呼んでいる。
1.「Masachusetts」は、ファッツ・ウォーラーとの共作で有名なアンディ・ラザフ作詞による洗練されたユーモア溢れる曲で、ジャズ界初めてのドラムスのスーパースター、ジーン・クルーパ(1909-1973)が1942年に録音。そこで歌っていたのは、当時彼との共演で名声を高めたアニタ・オディ(1919-2006)
だった。天性のリズム感と姉御肌のスケール大きさが売り物の彼女は、後にヴァーヴ・レコードからソロアルバムを多く発表する。モダンジャズ時代における白人ジャズシンガーの最高峰の一人で、後年ドラッグと飲酒で体調を崩すが、晩年は復活、2006年に亡くなるまで長いキャリアを誇った。マリアはオリジナルに負けじと、バンドをぐいぐい引っ張る歌唱をみせ、好調な滑り出しだ。トランペットとアレンジを担当するドン・スリッカー(1944-
)は、ラリー・コリエルやドラム奏者のT.S.モンク(セロニアス・モンクの息子)の作品に参加、自身も数枚のソロアルバムを発表している。ここではゲリー・カップッチョのバリトンサックスの伴奏が面白い味を出している。スウィングジャズ風のテナーサックス・ソロは誰かな?
2.「Rio De Janeiro Blue」は、1985年の「Faraway Places」 E59に続くスタジオ録音。曲についての詳細は前作M10を参照ください。ジャズ界最初のフルート奏者と言われるフランク・ウェス(1922-2013)のプレイが断然光っている。間奏部分のアップテンポのサンバのリズムに乗ったプレイはさすが。彼はカウント・ベイシー楽団や、ピアニストのローランド・ハナとのザ・ニューヨーク・カルテットや秋吉敏子オーケストラにも在籍、自身も多くのアルバムを発表している。3.「You've
Changed」は、とても多くの人が歌っているが、やはりビリー・ホリデイの「Lady In Satin」1958が最高だろう。酒とドラッグで声の艶を失った彼女が老婆のようなヴォイスで歌う様は、陰惨であるが人の心を打つものがあった。ここでのマリアは、比較的あっさりとした丁寧な歌い方だ。こういったスローな曲でのケニー・バロンのピアノ伴奏は最高!彼についてはM9をご参照ください。ここでのアルトサックスのオブリガードやソロも素晴らしい。4.「Blizzard
Of Lies」は本作では新しい感覚の曲で、ピアニスト、ボーカリストでもあるデビッド・フリッシュバーグ(1933-2021)による作品。自身による録音も1981年に発表されている。「嘘の嵐に立ち往生」という、大変知的で厳しい内容の歌詞が印象的。ビッグバンド風のブラスセクションの伴奏がカッコイイ。
5.「Lazy Afternoon」は1950年代にマルレーネ・デートリッヒやトニー・ベネットが録音した気だるい雰囲気の曲で、その後もサラ・ヴォーン、バーバラ・ストレイサンド、レジナ・ベル、パティ・オースチン等が歌っている。
6.「Wheelers And Dealers」も 4.と同じ人の作品で、急速調で緊迫した雰囲気の歌。バックに聴こえるブラスセクション、間奏のピアノソロがグルーヴィーで、ドスの効いた声で迫るマリアも最高。
ジェリー・ドッジオンは、ベニー・カーター、レッド・ノーヴォ、サド・メル・オーケストラから、ハービー・ハンコックまで無数のセッションに参加したが、自己名義のソロアルバムが一枚もないという不思議な人。ドラムスのベン・ライリー
(1933-2017)は、セロニアス・モンクとの演奏が特に有名な人で、多くのセッションに参加している。ここでベースを担当するデニス・アーウィン
(1951-2008) は、アート・ブレイキーや秋吉敏子の作品に参加したセッションマン。ジャズピアノの巨人で歌も上手かったファッツ・ウォーラーが、1934年にアンディ・ラザフと共作した
7.「How Can You Face Me」は、スローなイントロの後、軽快なテンポでスウィングする。ソロはアルトサックス。アルバムのタイトル曲
8.「Transblucency」はデューク・エリントンが1946年に発表した印象派風のジャズチューンで、オリジナル録音ではケイ・デイヴィスが歌詞のないハミング・ヴォイスを担当していた。ここでは原曲に比較的忠実なアレンジで、マリアも初期の頃を思い出させる綺麗な声を聞かせてくれる。
9.「Looking Back」はR&Bシンガーのブルック・ベントン(1931-1988) が1962年に発表したブルースで、ナット・キング・コールやダイナ・ワシントンなどのジャズ・シンガーにも歌われていた曲。ゴスペル調のブルースで、間奏のテナーサックス・ソロは心に響く好演。ベースのレイ・ドラモンド(1946-
)は、アート・ファーマー、スタンゲッツ、ケニー・バレルなど多くのセッションに参加した他に、自己名義のソロアルバムも発表している。10.「Where」はピアニストのランディ・ウェストンの曲に、ランバート・ヘンドリックス・アンド・ロスのジョン・ヘンドリックス(1921-2017、ジャズ・インストルメンタルに歌詞を付けて歌うボーカリーズの創始者)が歌詞を付けたもの。ランディ・ウェストンはセロニアス・モンクのスタイルにアフリカ、カリブの音楽を取り入れて自己のスタイルを確立した人で、同時期
1950年代末には、代表作「Little Niles」(ジョン・レンボーンのギターアレンジで有名)がある。ここでもケニー・バロンのピアノ伴奏が完璧の出来栄えだ。
最後に特筆すべきこととして、ルディー・ヴァン・ゲルダー(1924〜2016)について述べる。彼はジャズ界最高のエンジニアであり、1953年から1967年までのブルーノート・レコードの作品のほぼ総ての録音を担当、我々がイメージするジャズの音を創り上げた人だ。彼は後にクリード・テイラーのCTIレーベルの諸作を担当し、フリーとなった後はニュージャージーにある自宅のスタジオで活動を続けた。そのためレコード盤には、彼の名前が刻印されている。
派手なゲストがなく地味な感じがするが、ミュージシャンとマリアの心の交流が感じられる温かみのある作品だ。
[2007年6月作成]
[2022年3月追記]
ルディ・ヴァン・ゲルダーの刻印につき追記しました。
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M12 On The Sunny Side 1990 Music For Little People MLP D2222 |
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Maria Muldaur : Vocal
The Swing On A Star Band
David Grisman : Tenor Banjo, Mandolin
Jim Rothermel : Clarinet, Sax, Whistle, Harmonica (11)
Steve Tamborski : Slide Guitar
Rick Montgomery : Guitar
John Burr : Piano, Keyboards
Rowland Salley : Bass
George Marsh : Drums
Roy Rogers : Slide & 12-String Guitar (8)
Rowland Salley : Bass (8)
Fred Penner : Vocal (4,9)
Jennie May Muldaur : Hamonies & Lead Vocal (3,11)
Amber McInnis : Hamonies & Vocal (6)
Little People's Chorus
Amber McInnis, Fauna Ostrow, Amanda Rose Rowan, Iona Ostrow, Ariane Lee,
Diane McInnis
Maria Muldaur & The Musicians with charts by Steve Cardenas
Maria Muldaur, Leib Ostrow : Producer
1. Would You Like To Swing On A Star ? [Jimmy Burke, Johnny Van Heusen]
2. The Story Book Ball [B. Montgomery] E5
3. Cooking Breakfast For The One I Love [Henry Tobias, William Rose] M9
4. On The Sunny Side Of The Street [D. Fields, J. McHughy]
5. Never Swat A Fly [DeSylva, Brown, Henderson] E5
6. Melancholy Baby [G. Norton, E. Bennett]
7. Put On A Happy Face [L. Adams, C. Strouse]
8. The Circus Song [F. Thompson, J. Guernsey] E6
9. Side By Side [Harry Woods]
10. Mocking Bird Hill [Vaughn Horton]
11. Coat Of Many Colors [Dolly Parton]
12. Prairie Lullaby [Billy Hill] E12
13. Dream A Little Dream [Andre, Khan, Schwandt]
収録: Dave Wellhausen Studio, San Francisco
Dr. D Productions, Oakland
Studio D, Sausalito
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これは大変な名盤です! 本作を紹介できるのは、私にとって大きな喜びであります。
Music For Little Peopleは、1985年に本作のプロデューサーであるレイブ・オストロウが創立した子供向け音楽専門レーベルで、一流アーティストによる質の高いオリジナル作品を数多く制作し、高い評価を得ている。その他子供向けの楽器、玩具、書籍などの通信販売事業も行っている会社だ。本作で歌われるのは往年のスタンダード曲が中心で、ノスタルジックな雰囲気なんだけど、同時に現代的な感覚に溢れているのが不思議だ。マリアを初めとするミュージシャン、ジャズ゙・ギタリストで音楽教育にも携わるスティーブ・カーデナス(一時期、マリアのバックバンドに在籍していた人)によるアレンジのセンス、製作スタッフの現代を見据える視点というか、存在感によるものであると思う。その点は、ここに収められている曲につき、当時のオリジナル録音と聞き比べてみると一聴瞭然なのだ。全編を覆うスウィング感が本当に素晴らしく、マリアとはイーブン・ダズン・ジャグ・バンド以来の付き合いであるデビッド・グリスマンのプレイが最高。本作ではマンドリンとテナー・バンジョ−を弾き分けており、コード・カッティングのリズムの間にさらっと珠玉のオブリガードを挿入することで、演奏に華やかさと彩を添えている。彼自身のアルバムにおける、ジャンゴ・ラインハルトの演奏を発展させたドーグ・ミュージックのソリッドなスウィングとは異なる、穏やかなグルーブ感が見事だ。彼の相棒としてギターを弾いているリック・モンゴメリーは、デビッド・グリスマン・クインテットの一員だった人で、ここではリズムギターに専念しているが、本作における貢献度は非常に大きいと思う。ベースのローランド・サリーは、「Live
In London」M10でコーラスを担当していた人で、その後もマリアの作品のいくつかでバックを担当する。ドラムスのジョージ・マーシュはジョン・アバーンクロビーやジョー・ヘンダーソンの作品にも参加しており、スウィングに限定されない幅広い音楽性を持っている人のようであるが、本作への参加はデビッド・グリスマン、ダロル・アンガーなどの作品への関わりが縁と思われる。鉄壁のリズム・セクションをバックにマリアが、初期の初々しさを彷彿させる可愛らしい声で、子供達に向け優しく、スウィートに歌うのだから、悪いはずがない!
1.「Would You Like To Swing On A Star ?」は、1944年レオ・マッケリー監督の映画「我が道を行く」(原題
Going My Way)で牧師に扮したビング・クロスビーが歌って大ヒットしたスタンダード・ソング。この曲は、ビングが学校に行くのを嫌がった息子に対して、「学校に行かないとロバになっっちゃうぞ」と諭したのを聞いたジョニー・ヴァン・ハウゼンがインスピレーションを得て作ったものという。彼は「Here
That The Rainy Day」、「But Beautiful」など、共作者のジミー・バーグは、「Pennies From Heaven」、「It
Could Happen To You」などの作品がある。バンジョーとギターのリズムに対し、スライド・ギターがギューンと和音を奏でるコンビネーションにピアノとクラリネットが絡み、最高のアンサンブルだ。吹奏楽器担当のジム・ロサメル(1941-2011)
は、サンフランシスコをベースに活躍し、自己のジャスバンドの他に、ボズ・スキャッグス、ポインター・シスターズ、ジェリー・ガルシア、スティーブ・グッドマン、ダン・ヒックスなど多くのセッションに参加している。彼の演奏は、本作以降マリアの作品の多くで聴くことができる。ピアノのジョン・バーは、アリソン・ブラウン、ロベン・フォード、オレゴンのポール・マッキャンドレスなどの作品に参加し、自身1枚のソロアルバムを発表、後にマリアの常連ピアニストの一人となる。女の子のコーラスを従えて歌うマリアのボーカルも好調そのもので、この歌が本作のために作曲されたかのように聴こえるほどだ。ビング・クロスビーによるオリジナル録音と聴き比べると、この曲が如何に粋で現代的であるかが、よーく分かるよ!
2.「The Story Book Ball」は、「今から話をするよ〜」というマリアと子供達の会話からスタートする。スローテンポのイントロからアップテンポへの曲調の変化がスリリングで、マリアのボーカルの生き生きとしていること!!
早口言葉のような歌詞を強烈なドライブ感で歌い切り、ボーカリストとしての著しい進歩を見せてくれる。なおこの曲は、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドの「See
Reverse Side For Title」1966 E5でジムが歌っていた曲。
3.「Cooking Breakfast For The One I Love」はM9の再演で、マリアともう一人の女性ボーカルとの掛け合いで歌われる。クレジットにはないが、声質から娘のジェニー・マルダーに間違いないだろう。間奏のソロはピアノとクラリネットで、台所作業のノイズが効果音で入る。コードを散りばめるピアノ、和音をうねらせるスライド、そしてリズムセクションの一体感が大変魅力的。4.「On
The Sunny Side Of The Street」は明るく健康的なスウィングエラ 1930年の名曲で、フランキー・レインのヒットが有名。作者のドロシー・フィールズは、「The
Way You Look Tonight」、「I Can't Give Anything But Love」などの名曲を書いている。日本では2021〜2022年NHK朝の連続ドラマ「カムカム・エブリバディ」で、物語を象徴する歌としてフィーチャーされた。ここで共演する男性ボーカルのフレッド・ペナーは、子供向け番組で成功した人で、ニッケルオデオン(子供向け番組専用ケーブルチャンネル)の「Fred
Penner Place」は長寿番組として有名。自身多くのソロアルバムを発表している。歌のお兄さんのような明るく誠実な歌声で、マリアを相手に気持ち良さそうに歌っている。5.「Never
Swat A Fly」もジム・クエスキン・ジャグ・バンドのレパートリーからで、イントロの蚊の羽音と叩く手の効果音や基本的なアレンジも同じ。E3では前半をジェフ・マルダー、アップテンポになってからの後半をマリアが歌い、マリアが演奏するフィドルがフィーチャーされていた。虫にもロマンスがあり殺してはいけないという「生類憐みの令」的な歌詞がユーモラスで、後半はチップモンク処理を施したコーラスと一緒に歌う。6.「Melancholy
Baby」はグリスマンのマンドリンのトレモロが切ないスウィートなアレンジで、マリアもシュガーヴォイスで歌う。ピアノ、スライドギターのドリーミーでロマンチックな調べも素晴らしい。
マリアの歌はセカンド・ヴァースまでで、サードヴァースは子供のアンバー・マッキニスが歌うことで、本作においては恋人ではなくて母娘の歌であることが分かる。サックス・ソロ、ハミング・ヴォーカルの後、エンディングは二人の合唱となる。7.「Put
On A Happy Face」は、1960年のブロードウェイ・ミュージカル「Bye Bye Birdie」でディック・ヴァン・ダイク(日本ではジュリー・アンドリュースと共演した映画「メリーポピンズ」で有名な人)が歌った曲。エルヴィス・プレスリーの入隊騒ぎのパロディーといった筋書きのミュージカルは1963年にジョージ・シドニー監督により映画化。そこではジャネット・リー、アン・マーグレットといった若手女優が注目された。作者のチャールス・ストラウスは、その後も「アニー」などのヒット作を出した人。この曲は全米ヒットチャートには登場しなかったが、当時話題となったトニーベネットを初めとして、ジョニー・マティス、ブロッサム・ディアリーなどのジャズ・ポピュラー系のシンガーや、シュープリームス、スティーヴィー・ワンダーといったソウル音楽のアーティストにも取り上げられスタンダードとなった。マリアのリードと子供達のコーラス隊との掛け合いが楽しく、間奏における子供達への励ましの言葉など、マリアと子供達の心の絆が心に響く。親しい人達による家族的なプロダクションだからこそ可能な音楽の魔術がある。
8.「The Circus Song」はジム・クエスキン・バンドが「Garden Of Joy」 1967 E6に吹き込んでいたユーモアたっぷりの曲で、そこではジェフ・マルダーがリードボーカルを、マリアは後半のコーラスを担当していた。この曲のみ他とは別のセッションの録音で、同じレーベルの製作によるオムニバス盤「Family
Folk Festival」1990 E73に収録された2曲のうちのひとつだった。サウンドコンセプトは異なるが、曲の出来が良かったため、あえて本作にも収めたのだろう。12弦ギター、スライドギターを担当するロイ・ロジャース(1950- )は、ジョン・リー・フッカー、ボニー・レイット、リンダ・ロンシュタットのセッションに参加、自身もアルバムを発表し、主にブルースのインストルメンタルで高い評価を得ている。ここでは12弦ギターのフィンガー・ピッッキングにスライドギターをオーバーダビングさせて独特のサウンドを作り出した。ベースのローランド・サリイが歌詞に出てくる動物の鳴き声を真似ている。9.「Side
By Side」は4.と同じ雰囲気の曲で、フレッド・ペナー、子供達のコーラスと一緒に楽しそうに歌う。1927年のポール・ホワイトマン・オーケストラによる録音の他、1953年のケイ・スター録音によるヒットが有名。
10.「Mocking Bird Hill」は、1951年パティ・ペイジとレス・ポール・アンド・メリーフォードでダブルヒットした牧歌的雰囲気溢れる佳作。パティ・ペイジ(1927-2013)は当時人気絶頂で、「(How
Much) The Doggie In The Window」、「Tennessee Waltz」といったおっとりした曲が代表作。本作ではマリアは、小鳥の効果音、子供達のコーラスと一緒にドリーミーに歌う。11.「Coat
Of Many Colors」はカントリー音楽界の歌姫、ドリー・パートンが1971年の同名のアルバムに収録した曲で、最も好きな自作曲とのこと。貧しかった子供時代、母親が作ったツギハギだらけのコートの思い出を歌ったもので、マリアは本作の解説で、自身の思い出とオーバラップすると書いている。ここでは娘のジェニーがリードボーカルを担当(彼女の声はドリーに似ている)し、マリアはハーモニーを付ける。この曲のみカントリー曲風のアレンジであるが、マンドリンやギターの巧みな演奏により違和感はなく、美味なデザートのような爽やかさがある。12.「Prairie
Lullaby」は、「Pottery Pie」1970 E12でジェフ・マルダーが歌っていた曲。カントリー音楽の父といわれるジミー・ロジャースが1932年に吹き込み、その後もマイケル・ネスミス、ドク・ワトソンなどのカバーがある。伸び伸びとしたメロディーが魅力的で、エンディングではジミー・ロジャースお得意のヨーデル唄法がでてくる。スローな曲が続き、うっとりしたところで、最後の曲んはますますドリーミーに、スウィートにということで、13.「Dream
A Little Dream」は極めつけの1曲。1931年に発表されルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、ドリス・デイ、エラ・フィッツジェラルドなど多くのジャズシンガーに歌われたが、テンポを落としてじっくり歌ったママ・キャス(1941-1974)
の録音が最高。ママス・アンド・パパス解散直後の1968年シングルカットされ、全米12位のヒットを記録した。マリアのバージョンは、ママ・キャスのメランコリーな雰囲気を引き継ぎながら、歌詞を恋の歌から子供向けのララバイに変更、マンドリンのトレモロ、ピアノのアルペジオ、クラリネットのソロ、間奏のハミングのバックに流れるスライドギターの調べなど、チカチカと輝く満天の星を眺めているような気分になる。マリアの唄には底知れない愛情が感じられる。
本作は、子供向けの作品という体裁をとりながら、マリアが子供時代に聞き親しんだスタンダード曲や、音楽キャリアの原点であるジャグバンド時代のレパートリーを取り上げ、自身の音楽スタイルが現在に至るまで不変であることを証明した会心作となった。何度聴いても飽きることのない、音楽にたいする稀有な愛情に溢れた作品だ。
[2007年6月作成]
[2022年3月追記]
HNK朝の連続ドラマ「カムカム・エブリバディ」につき追記しました。
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M13 Louisiana Love Call 1992 Black Top CD BT-1081 |
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Maria Muldaur : Vocal
Aaron Neville : Back Vocal (1,3)
Charles Neville : Soprano Sax (4), Back Vocal (1)
Dr. John : Vocal (2,10), Piano (2,7,9,10)
Zachary Richard : Acadian Accordion (3)
Amos Garrett : Guitar, Guitar Solo (3,5,11)
Cranstan Clements : Guitar, Guitar Solo (4,6,8), Back Vocal (7)
David Torkanowsky : Piano, Organ, Keyboards, Piano Solo (1)
Chris Severin : E. Bass
Herman V. Ernest III : Drums
Alfred 'Uganda' Roberts : Percussion (1)
Kenneth 'Afro' Williams : Percussion
Mark 'Kaz' Kazanoff : Tenor And Baritone Sax
Ernest Youngblood Jr. : Tenor Sax
Jamil Sharif : Trumpet
Laurence 'Rockin' Jake' Jacobs : Harmonica (11)
Philip Manuel : Back Vocal (5,7)
Lucy Burnett : Back Vocal (5,7)
1. Second Line [Jon Cleary]
2. Best Of Me [Marty Grebb]
3. Louisiana Love Call [Marty Grebb]
4. Cajun Moon [J. J. Cale] M5 M28
5. Creole Eyes [Rick Vito]
6. Blues Waves [Nick Daniels]
7. Dem Dat Know [Marty Grebb, Bobby. Charles]
8. So Mny Rivers To Cross [Jodi Siegal, Daniel Moore]
9. Don't You Feel My Leg [K. Harrison, Danny Baker] M1M2 M14 M35 E74 E104
10. Layin Rigtht Here In Heaven [L. Russell]
11. Without A Friend Like You [Ronnie Earl, Darrell Nulisch, Hubert Sumlin]
12. Southern Music [Russell Smth] M14
Hammond Scott : Producer
Nauman S. Scott : Executive Producer
録音: Ultrasonic Studios, New Orleans, Louisiana
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1980年代後半、私はニューオリンズを週末訪問した。ホテルにチェックインして、バーボンストリートを歩き回り、競馬場のほうに歩いて行くと何やら催し物をやっている。全然知らなかったのだが、New
Orleans Heritage Jazz Festival の開催中だったので喜んで入場した。広い会場のなか、いくつかのステージが設営され、小さなブースでは、ニューオリンズ・ジャズやブルースのライブが繰り広げられていた。特に強烈な印象を受けたのは、数十人の黒人グループからなるゴスペル・コーラス隊で、全員が真っ赤な服をまとい、リードボーカルとの掛け合いで盛り上がるパワーに圧倒されたものだ。場外の大ステージに行くと、ちょうどネヴィル・ブラザースが紹介され、演奏が始まった所だった。その演奏の素晴らしさは記憶に残り、当時彼らに関する予備知識はなかったけど、グループ名をはっきり覚えていた。妻と一緒だったので、時間の関係でずっと観ていることができなかったのが残念だった。以上が私の思い出だ。マリアとニューオリンズ音楽との縁は、1973年の彼女のデビューアルバム製作時にドクター・ジョンのピアノに魅せられてからという。その後、彼と一緒にツアーをする機会もあり、ニューヨークという都会に生まれ育った彼女は、ニューオリンズをはじめとするサザン・ミュージックへの傾倒を深めていったという。地元のミュージシャンによる表現とは異なる、憧れや敬愛の情が素直に表現されており、それが彼女の持つ都会的センスとうまくミックスして、ひとつの個性を作り上げている。今回本作を制作したのは、ブラックトップというニューオリンズを本拠地とするブルースとR&Bを専門とする独立系レーベル(1981年設立)だった。大手レーベルの束縛から開放され、ニューオリンズに縁のあるミュージシャン、気の合う仲間達と好きな音楽に取り組める環境のなかで、このような明確なテーマを持った作品が生まれたものと思う。プロデュースを担当した二人はレーベルのオーナーだ。
1.「Second Line」の作者ジョン・クレアリー (1962- )は、ピアニストとしてタジ・マハール、B. B.キング、ボニー・レイットの作品に参加した他に、作曲家としても活躍している。後に「Funning
The Flame」の録音に参加している。イントロでドラムスがセカンドラインリズムを刻む。1975年に大瀧詠一の「Niagara Moon」を聴いたときの上原裕のセカンドライン・ドラムスを思い出した。ドラム奏者のハーマン
V. アーネスト3世 (1951-2011) は、ドクター・ジョン、リッチー・ヘブンス、ジョン・メイオール、パティ・ラベル、ネヴィル・ブラザースなどの作品に参加、ニューオリンズ・スタイルのドラム奏法の研修DVDも出している。マリアの歌は軽快なリズムに乗って好調。デビュー当初のブルースの歌唱は、背伸びしたような無理があったが、ここに来て足がしっかり地に着いてきたようで、可憐さを売り物とする当初のイメージを振り切って、体重の増加にもめげずに、開き直った感がある。間奏でアグレッシブなニューオリンズ風のピアノソロを見せるのは、デビッド・トーカノウスキー
(1956- )だ。彼はニューオリンズで知名度の高いミュージシャンで、ネヴィル・ブラザース、ハリー・コニック・ジュニア、ダイアン・リーブスのセッションに参加、1988年にはラウンダーからソロアルバム「Steppin'
Out」を発表している。マリアの常連ピアニストの一人。2.「Best Of Me」は、男女の濃密な愛を歌ったミドルテンポの曲で、コーラス部分でドクタージョンが一緒に歌う。熟年シンガーでないと出せない味だ。間奏のピアノソロも含めて余裕たっぷりのプレイ。作者のマーティ・グレブ
(1945-2020) はシカゴ生まれで、若い頃から地元のロック音楽界で活躍、同時にジョン・リー・フッカー、ジミー・リード等のシカゴブルースにも親しんだという。ロックグループのシカゴにも加入を勧められたというが、1967年に当時人気があったバッキンガムスにキーボード奏者として加入。ギター、サックスなんでもこなす人のようで、その後は主にセッション・ミュージシャン・作曲家として、ザ・バンド、レオン・ラッセル、エリック・クラプトンなど多くのアーティストの作品に関わっている。特にボニー・レイットとは多くのコンサート・ツアーに同行、マリアの後の作品にも多く参加している。彼の作になるタイトルナンバー
3.「Louisiana Love Call」は、ルイジアナへの讃歌という内容のワルツで、ケイジャン、クリオールなどの地元馴染みの言葉が盛り込まれている。バックおよびソロを担当するエイモス・ギャレットのギターが最高で、チョーキングとビブラートを目一杯効かせたプレイを聞かせてくれる。その震えるような繊細な音使いは、聴いていて気持ちが良いが、演奏するには大変な腕力がいるんだよな〜。ここで聴かれるファルセットのハーモニーヴォイスは、ネヴィル・ブラザースのアーロン・ネヴィル
(1941- )によるものだ。彼はソロ・アーティストとしても大きな成功を収めた人で、特にリンダ・ロンシュタットとのデュエットによる「Don't
Know Much」(1989年 全米2位)が有名だ。一方、控えめだが渋いアコーディオンを演奏するザッカリー・リシャール(1950- 、フランス語風に発音する)は、ケイジャン音楽の演奏家であると共に、ルイジアナに移民したフランス人がルーツで、独自の方言、料理(ジャンバラヤ、ガンボなど)、芸術を生み出したケイジャン(アカディア人)の人権のために偏見と戦う活動家でもある。その功績は、アメリカ大陸において、ルイジアナ州やカナダなどのフランス語圏で高く評価されているという。
J. J. ケールの 4.「Cajun Moon」は、「Southern Wind」1978年 M5の再演。演奏はクールに、ボーカルはよりディープになっている。ここでのチャールズ・ネヴィル(1939-2018)によるソプラノ・サックスの音色は、普通のジャズのセッションマンでは出せない色艶というか、匂いに満ちている。ギターソロを担当するクランスタン・クレメンツは、ニューオリンズをベースとするギタリストで、スタジオセッションの他、地元のクラブで色々なミュージシャンとライブ活動を続けている。マリアのお気に入りのようで、その後も多くのアルバムに招かれている。南部風というか、粘りとコクのあるプレイが素晴らしい。でも何と言っても最高なのが、マリアのボーカルで、燃えたぎるソウルを抑えて、タメを効かせて歌っている。エンディングのハミングも良いですね。5.「Creole
Eyes」は、「Open Your Eyes」1979年 M6でスライドギターをプレイしたリック・ヴィトー作によるニューオリンズ讃歌で、ここでの「クリオール」とは、フランス人、アフリカ人、スペイン人と先住民を先祖に持つルイジアナで生まれた人々とその子孫のことを意味しており、クリオールの男に恋した思い出を歌う明るい感じの曲。カリビアン風のラテンサウンド、エイモスのギターの音色が快い。6.
「Blues Waves」はネヴィル・ブラザースやボズ・スキャッグスとプレイしたベーシストのニック・ダニエルスが作った、ブルースへの讃歌で、歌詞にベッシー・スミス、マ・レイニー、ココ・テイラー、メンフィス・ミニーの名前が出てくるアップテンポのR&Bナンバー。クランスタンのギターソロの張り切ったプレイに対するマリアの掛け声など、スタジオライブではないかと思わせる(本当はどっちか分からないけど)臨場感がある。7.「Dem
Dat Know」ではブラスとドクター・ジョンのニューオリンズ・スタイル・ピアノがフィーチャーされたR&Bで、コーラス隊とマリアとの掛け合いが聞き物。マリアは可愛い声とコブシの効いた声を巧みに使い分ける。バックボーカルのフィリップ・マニュエルは、ニューオリンズのジャズシーンで自己名義のアルバムを数枚出している人。共作者のボビー・チャールズ(1938-2010)は、ニューオリンズ出身で、作曲やセッションでの裏方で売れ、1972年にエイモス・ギャレットや、ザ・バンドの連中とウッドストックで「Bobby
Charles」という名作を作ったが、歌手としては売れなかった可哀想な人。その後は作曲家としての地位を確立している。8.「So Mny Rivers
To Cross」の作者ダニエル・ムーア(1941- )は、1970年にジョー・コッカーのグループ、マッドドッグス・アンド・イングリッシュメンに参加した他に、ボニー・レイット、キム・カーンズなど多くのセッションに参加した人で、作曲家としてはスリー・ドッグ・ナイトでヒットした「Shambara」(1973年
全米3位)が名高い。ドラムス、チョッパーベース、スライドギターがゴキゲンなR&B。最近では2003年にブルースの歌姫マルシア・ボールがカバーしている。9.「Don't
You Feel My Leg」はマリアの愛奏曲で、歌い込んだ風格があり、年増のお色気ムンムンだ。 10.「Layin Right Here
In Heaven」はレオン・ラッセルの作品で、まずドクタージョンが歌い、マリアがそれに応える。二人とも悠々としたパフォーマンスだ。11.「Without
A Friend Like You」は、ハウリン・ウルフのバンドで長年サポート的役割に徹し、彼の死後に自己名義の活動を始めたギタリスト、ヒューバート・サムリンが、バンド仲間と作った曲で、2005年発表のアルバムに収録された。ピアノのみをバックに切々と歌われる12.「Southern
Music」は、ナッシュヴィルの作曲家ラッセル・スミスの作品で、1978年に作者自身の録音がある。
本作は発売時における評価が高く、ブラックトップ・レーベルにおけるベストセラーとなった。なおこのレコード会社はその後1999年に解散し、本作も廃盤となっていたが、2003年ライノ・レコードのスタッフが独立して作ったShout
Factory からリイシューされた。
[2007年12月作成]
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M14 Jazzabelle 1993 Stony Plain |
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Maria Muldaur : Vocal
John R. Burr : Piano (2,3,7,8,11,12)
David Matthews : Piano (1,6,10)
David Torkanowsky : Piano (4,5,9)
Al Obudinsky : Bass (1,3,7,10)
Chris Severin : Bass (4,5,9)
Rolly Salley : Bass (2,6,8)
Mike Hyman : Drums (1,2,3,4,5,7,9,10)
Billy Kilson : Drums (4,5,9)
Jim Rothermel : Sax
1. Your Molecular Structure [Mose Allison]
2. Weeping Willow Blues [Paul Carter] E82
3. Everybody Cryin' Mercy [Mose Allison]
4. Rio De Janeiro Blue [Richard Torrance, Johnny Haeny] M10 M11 E59
5. You're My Thrill [Sidney Clare, Jay Gormey]
6. Long As You're Living [Julian Priester, Tommy Turrentine]
7. Elona [David Nichtern] M6
8. Do Your Duty [Wesley 'Sax' Wilson]
9. Don't You Feel My Leg [Blue Lu Baker, J. M. Williams, Danny Baker] M1
M2 M13 M35 E74 E104
10. September Rain [Billy Strayhorn, Lorraine Feather]
11. Southern Music [Russell Smith] M13
12. Where [Randy Weston, Jon Hendricks] M11
Maria Muldaur : Producer
Holger Peterson : Executive Producer
写真上: 日本盤(パイオニアLDC)オリジナル・ジャケット
写真下: 米国盤(Stony Plain)ジャケット(おそらくオリジナル)
録音: Coast Recorders, San Francisco
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本作はカナダのアルバータ州エドモントンを本拠地とする、ルーツミュージックの独立系レーベル、Stony Plainで制作されたジャズアルバムである。本作でプロデュースも担当したマリアが選んだ題材は、知的かつ洗練されたAOR的なものから、アーシーなブルース風まで幅広い選曲で、彼女が好んで歌ってきた「ジャズ」への自信が感じられる。本作の特徴は、スタイルの異なる3人のピアニストを使い分けていることだ。
1.「Your Molecular Structure」の作者であるモーズ・アリソン(1927-2016)は、ブルース、ジャズのジャンルに囚われないソングライティングで幅広い支持を集めた人で、彼の曲は多くのジャズシンガーによって歌われ、ジョン・ハモンド、ポール・バターフィールド、ザ・フー、ヴァン・モリソン、ヤードバーズ、ジョン・メイオール、ジョニー・ウィンター、ホット・ツナ、レオン・ラッセルといったブルース系のロックミュージシャンによってもカバーされた。この曲は、「分子構造」、「宇宙波」、「細胞組織」、「電磁気」、「低周波」、「熱伝導」といった科学用語が散りばめられた風変わりなラブソングで、その知的で皮肉の効いた歌詞とかっこいいメロディーが最高。ピアニストのデビッド・マシューズは、マンハッタン・ジャズ・オーケストラの指揮者でアレンジャーの人とずっと思い、本ディスコグラフィーにもそのように書いていたが、実はサンフランシスコを本拠地とする同姓同名の別人だった。ここでは全く同じ名前になっていたので間違えたが、実際のところ混同が多かったようで、後に David
K. Mathews というミドルネーム付きの名前(「K」は「Kirk」の略)で表示するようになっているようだ。彼は1959年生まれで、タワー・オブ・パワーに在籍後、エッタ・ジェイムスのバックを長く務め、2010年以降はサンタナのメンバーになっている人。本作以降もマリアのアルバム参加者の常連となり、2018年の彼のアルバム「The
Fantasy Vocal Sessions Vol.1」 E146では、マリアがゲスト参加している。ここでは現代的で洗練された曲に起用されている。サックスのジム・ロサメルについては、M12を参照ください。ドラムスのマイク・ハイマンはゲイリー・バートンのアルバムに参加した記録がある。急速調の歌をこなすマリアおよびバンドのグルーヴ感が凄い。2.「Weeping
Willow Blues」は、彼女のアイドルであるベッシー・スミス(1884-1937) が1924年に録音した曲。彼女は「ブルースの女王」と呼ばれ、ビリー・ホリデイ等ジャズ・シンガーに大きな影響を与えた人だ。マリアが本作で彼女の曲を録音したのは、若い頃からずっと歌い込んできて、声が出来上がり、十分な人生経験も積んで自信がついたからじゃないかな?デビュー当時とは比較にならない太い声で朗々と歌う様は貫禄がある。ここでピアノを担当するジョン
R. バーついては、M12を参照のこと。彼はジャズのみならずフォークやロックも好んで演奏する人で、本作ではブルース調の曲を主に担当している。3.
「Everybody Cryin' Mercy」もモーズ・アリソンの曲で、現代的な感覚で作られたブルース。マリアはこの手の曲が得意ですね。4.「Rio
De Janeiro Blue」は、ライブも含めて4回目の録音。試しにやってみたら、バックのグルーヴ感があまりに凄かったので本作に収録することにしたとのこと。ピアノのデビッド・トーカノウスキー、ベースのクリス・セブリンについては、M13を参照のこと。ドラムスのビリー・キルソン
(1962- )は、ダイアン・リーブス、ボブ・ジェームス、ラリー・カールトン、デイブ・ホランド、スパイロ・ジャイラ、マイケル・フランクスという幅広いジャンルのセッションに参加しているドラム奏者。5.「You're
My Thrill」は、ビリー・ホリデイ1949年の録音で有名な曲だが、マリアの解説によると、彼女がこの曲を最初に聴いたのは、エラ・フィツジェラルドの歌だったという。
6.「Long As You're Living」の作者は、トロンボーン奏者のジュリアン・プリースターとトランペットのトミー・タレンタイン(スタンリー・タレンタインの兄)。マリアが最初に聴いたのは、アビー・リンカーンのヴァージョンだったとのこと。7.「Elona」は、ご存知デビッド・ニクターン作のバラード。「Open
Your Eyes」 M6のオリジナルに比較して、ずっと渋くブルージーに仕上がっている。マリアの歌の表現力が、年を経るにつれて深まっている事を感じさせる曲だ。
8.「Do Your Duty」は、2.と同じくベッシー・スミス1933年の録音。ビリー・ホリデイも1949年にカバーしている。9.「Don't
You Feel My Leg」は、前作M13にも収録されていたエッチな歌で、追加セッションで録音されたものという。デビッド・トーカノウスキーのニューオリンズ・ピアノがイカス演奏だ。マリアの解説から。「この曲にインスパイアされて生まれてきたという子供たちの写真を見せられるたび、手助けになれて光栄、と話すことにしています。」 10.「September
Rain」は、デューク・エリントンの片腕ビリー・ストレイホーンの曲「Chelsea Bridge」に、後から歌詞を付けたもの。作詞者のアイリーン・フェザーは、ジャズ評論家であり、ジャズ・アット・フィルハーモニック、ヴァーヴ・レコードの創始者だったレナード・フェザーの娘で、1980年代はフル・スウィングというジャズ・コーラスグループに所属した後、現在はソロで活躍、彼女自身はこの曲を2004年に録音している。大変モダンなメロディー、コード進行を持つ、ひんやりとした触感のある曲だ。結構難しい曲だと思われるが、マリアはじっくり取り組んでいる。
11.「Southern Music」では、前作M13と異なるピアニストと組んで録音している。二つのバージョンともそれなりに素晴らしく、聞き比べる楽しさがある。12.「Where」は、ピアニストのランディ・ウェストン(1926-2018)の曲。彼はセロニアス・モンクの影響下からスタートし、その後はアフリカ、カリブ海の音楽を取り込んで独自のスタイルを確立した人。代表作に「Little
Niles」(ギタリストのジョン・レンボーンがカバーしている)がある。それに歌詞を付けたのが、ボーカリーズ(ジャズのソロに歌詞を付けて歌ってしまうというスタイル)で有名なジョン・ヘンドリックスだ。彼の作品は、ランバード・ヘンドリックス・アンド・ロスおよびマンハッタン・トランスファーで有名だ。これもM11とは異なるピアニスト(11.と同じジョン
R. バー)をバックにした演奏で、暗闇の中に、薄い光が差し込んでくるかのような、淡い希望が感じられる印象的な曲で、何とも言えない余韻が残る。
彼女の作品としては、小粒な感じがするが、小粋とも言え、落ち着いた気分でじっくり聴くには良いと思う。
[2022年8月追記]
ピアニストのデビッド・マシューズにつき、「アレンジャーとしても有名な人で、マンハッタン・ジャズ・オーケストラの指揮者を務めるほかに、デビッド・サンボーン、アール・クルーなどのジャズ、ボニー・レイット、ポール・サイモン、ビリー・ジョエルといったアーティストのセッションにも参加。自己名義のアルバムも多く発表している。日本では親日家のアーティストとして有名」と書きましたが、クレジットの名前表示がまったく同じではあるが、参加作品の傾向、音楽仲間との交友関係を考慮すると、誤りであることが明らかなので、上記の通り書き直しました。
[2008年1月作成]
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M15 Meet Me At Midnight 1994 Black Top |
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Maria Muldaur : Vocal, Tambourine (1,5)
Johnny Lee Schell : Guitar (1,2,3,4,5,6,7,8,12), Guitar Solo (8)
Jon Woodhead : Guitar (5,7,10), Guitar Solo (5,7)
Rick Vito : Guitar (2,6,10), Guitar Solo (6), Slide Guitar (2,10)
John Porter : Guitar (1,9), Dobro (12)
Marty Grebb : Piano (2,3,5,7,8,12), Organ (4,6,10), Accordion (12), Baritone
Sax (1,4,5,8,9), Tenor Sax Solo (5)
Bll Payne : Piano (1,4,9), Organ (5,7)
Tommy Eyre : Organ (2,9)
James 'Hutch' Hutchinson : Bass (1,2,4,5,7,8,9,10,12)
Larry Fulcher : Bass (3,6)
Tony Braunagel : Drums (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,12), Percussion (2,3,4,7)
John Sublett : Tenor Sax (1,4,5,8,9)
Darrel Leonard : Trumpet (1,4,5,8,9)
Charles Lovett, Donny Gerrard, Dexter Dickerson, Mike Finnegan, Shaun Murphy
: Back Vocal (5,7,12)
Diane Woods Carter, Rugenia Faith Taylor : Back Vocal (5,6,712)
Vaneta Thompson : Back Vocal (6)
Ann Peebles, Tracy Nelson, Don Bryant, Becky Russell : Back Vocal (1,3,4,9)
1. Trouble With My Lover [Allen Touasaint]
2. Meet Me At Midnight [Rick Vito, John Herron]
3. Send The Man Back Home [Rory Block]
4. Sweet Simple Love [Bucky Lindsey, Dan Penn]
5. Power In Music [Jon Cleary]
6. Ease The Pain [Norman Harris, Steve Moos, Rick Vito]
7. Trouble With Love [Terry Wilson, Maria Muldaur]
8. Recovered Soul [Ernie Cate, Earl Cate, Leroy Preston]
9. Down So Low [Tracy Nelson]
10. Serve Somebody [Teresa James, Terry Wilson]
11. Woman's Lament [Traditional]
12. Mississippi Muddy Water [Marty Grebb]
John Porter : Producer
Hammond and Nauman Scott : Executive Producer
録音: Red Zone Studios, Burbank, CA
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南部テネシー州にあるメンフィスは、ブルース発祥の地だ。W. C. ハンディ作曲による「Memphis Blues」の出版が1912年、1920〜1940年代は主にギターとハーモニカにより演奏され、スリーピー・ジョン・エスティス、ファリー・ルイス、メンフィス・ミニーなどの録音が残されている。そのスタイルは、後にジャズ的なジャグバンド(メンフィス・ジャグバンド等)に発展した他、戦後はエレクトリックギターによる演奏スタイルが主流となり、ハウリン・ウルフ、B.
B. キング、アイク・ターナーなどのミュージシャンを輩出した。後のロカビリー・ブームの原点となったサン・レコードの本拠地、そしてエルヴィス・プレスリーの故郷でもあり、アメリカ音楽の聖地となっている。本作はメンフィス・ブルースのスタイルをテーマとして製作されたもので、派手さを抑えた渋いサウンド作りで、とてもイイ感じに仕上がっている。プロデューサーのジョン・ポーターは、1970年代ロクシー・ミュージックのベーシストとして活躍、その後もブライアン・フェリーのソロアルバムに参加、1980年代はプロデューサーとしての活躍が目立ち、バディー・ガイ、タージ・マハール、ケブ・モーなどのブルース系の作品を多く手がけている。
1.「Trouble With My Lover」は、R&B歌手のベティ・ハリスが1968年ニューオリンズのアレン・トゥーサンのレーベルで録音したバージョンがオリジナルで、本作では原作に忠実なアレンジとなっている。トレモロが効いたギター、ブラスセクションをバックにマリアのボーカルがシャウトする。本作の頃から彼女の声が本格的なハスキー・ヴォイスになってゆく。ヴォイス・トレーニングの成果だろうか? ギターのジョニー・リー・シュエルは、ライル・ラボット、タージ・マハール、ジョー・コッカーのアルバムに参加し、2006年にソロアルバムを発表しているセッション・ミュージシャンだ。ベースのジェームス・ハッチソンは、ジャクソン・ブラウン、ボズ・スキャッグス、CSNなど幅広いアーティストの作品に参加している。ドラムスのトニー・ブラウナゲルはB.B.キングやタージ・マハールの作品の他、マーティー・グレブやジョン・クレアリーとのセッションが多い人。3人の共通点はボニー・レイットのバックを努めていることだ。バックボーカルでブルース界の大物がゲスト参加している。アン・ピーブルズ(1947-
)は、南部ソウル女性歌手の頂点に位置する人で夫君のドン・ブライントと音楽活動を展開、トレイシー・ネルソン(1947- )は、カントリー、R&B音楽界で活躍するシンガー・アンド・ソングライターで、フライングフィッシュ、ラウンダーからソロアルバムを発表している。タイトルソングの
2.「Meet Me At Midnight」は、ギタリストのリック・ヴィトー(M13参照)の作品で、乗りの良いリズム、「真夜中に会いましょう。私の総てをあなたにあげるわ」
というセクシーな歌詞を抑え目に歌うマリアのボーカルが最高!ちなみに本曲でゴキゲンなスライド・ギターを聞かせてくれる作者のリック・ヴィトーは、2000年のソロアルバム「Luck
Devils」で本曲を取り上げている。オルガンを弾くトミー・アイは、B.B. キング、ジョー・コッカー、ケブ・モー、ワム!などのセッションに参加している。3.「Send
The Man Back Home」は、M5でも曲をカバーしていたロリー・ブロックの作品で、彼女の1986年のアルバム「I've Got A
Rock In My Socks」に収録されていた曲。終盤のアドリブ(調)ボーカルがしなやかで素晴らしい。4.「Sweet Simple Love」のボーカルも貫禄たっぷりで、マリアの歌手としての器がこの手の曲を歌えるレベルに成長した事を鮮やかに証明している。作者のバッキー・リンゼイはその後2002年にソロアルバム「Back
Bay Blues」を発表、もう1人のダン・ペンはR&B界の大物プロデューサー、作曲家で、ジャニス・ジョップリン、アレサ・フランクリン、パーシー・スレッジが彼の曲を歌っているが、最も有名な曲がマーヴィン・ゲイがタミー・テレルとデュエットで歌った(ただし録音時タミーは脳腫瘍に侵され歌える状態でなかったため、ヴァレリー・シンプソンが覆面歌手を務めたというエピソードがある)「I'm
Your Puppet」だろう。ピアノを弾いているのは、説明不要のリトルフィートのビル・ペイン。
5.「Power In Music」はM13でお馴染みのジョン・クレアリーの曲。ジョン・シュベレットのサックスソロがフィーチャーされる。バックボーカル担当のチャールズ・ラボット、ドニー・ディッキンソンはリック・ヴィトーの仲間、ドニー・ジェラルドは、若き日のデビッド・フォスターが在籍したグループ「Skylark」のボーカリストで、その後エルトン・ジョン、ニール・ダイアモンド、ベッド・ミドラー、シェールなどのセッションに参加している。マイク・フィニガンは、M4,
M5に参加していた人。ショーン・マーフィーはリトルフィートやエリック・クラプトンの作品に顔を出している。ヴァネタ・トンプソンは2005年に「Garden
Party」というソロアルバムを発表している。6.「Ease The Pain」はリック・ヴィトーのリードギターが冴えているブルージーな曲。マリアの初期を彷彿させる伸びのある声が心地よい。7.「Trouble
With Love」は珍しく作者のクレジットにマリアの名前が入っている。共作者のテリー・ウィルソンは、エリック・バードンやケニーロギンスの作品にベーシストとして参加している。ギターのジョン・ウッドヘッドは、レオン・ラッセル、サンタナ、ケブ・モーの作品に名を連ねている。
この曲は2003年にブルース歌手のテレサ・ジェイムスがカバーしている。8.「Recovered Soul」の作者アーニー・ケイトとアール、ケイトは、レヴォン・ヘルムの作品に参加した他に、ケイト・ブラザーズとしてアルバムを発表。原作者のバージョンは、1995年の作品「Radioland」に収められている。ルロイ・プレストンは、ニッティー・グリッティー・ダート・バンド、ロザンヌ・キャッシュに曲を提供している作曲家。ちなみにリサ・ジーンという歌手が1996年にこの曲をカバーしている。渋い感じの曲で、抑え気味に歌うマリアのボーカルの「溜め」にゾクゾクする。ジョニー・リー・シュエルのギターソロも良い。9.「Down
So Low」は、トレイシー・ネルソン在籍のバンド、マザー・アースのアルバム「Living With Animals」1968年に収録されていたゴスペル・カントリー風の曲。リンダ・ロンシュタットは、アルバム「Hasten
Down The Wind」1976 でこの曲をカバーしている。10.「Serve Somebody」はリック・ヴィトーのスライドギターが印象的な曲で、ボブ・ディランが「Slow
Train Running」1979 に収録した「Gotta Serve Somebody」によく似ている。11.「Woman's Lament」は、マリアがアカペラで歌う。トラディショナルというが資料が見当たらなかったので、詳細は不明。
12.「Mississippi Muddy Water」は、マーティー・グレブ(M13参照)作曲で、名曲と呼ぶ呼ぶに相応しい雰囲気がある。 彼は本作ではキーボードとバリトン・サックスを演奏していて、本作での演奏面の要的存在。本作の参加ミュージシャンは、テキサス州のブルース・シーンで活躍する同志達で、ボニー・レイットやタージ・マハールに縁のあるミュージシャン達だ。そのうちマイク・フィニガン、ジョニ・リー・シュエル、トニー・ブラウナゲル、ラリー・フルチャー、ジョン・シュベルト、ダレル・レナードは、タージマハールのバックバンドから発展した
Phamtom Blues Bandを結成している。
最初聴いた時は、地味な印象を持ったが、長年聴きこむうちに、本作の良さがじわじわと心の中に染み込んできた気がする。シャウトせずに、寸止めでエモーションを溜め込む技の冴えに気持ちよく酔うことができる逸品。なお本作は、当初「Louisiana
Love Call」の続作としてブラックトップ・レーベルにより製作されたが、その後2005年にシャウト・ファクトリーによって再発された。
[2008年4月作成]
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M16 Fanning The Flames 1996 TELARC |
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Maria Muldaur : Vocal
Cranston Clements : Guitar
Sonny Landreth : Slide Guitar (1,11), National Steel Guitar (11)
Dave Torkanowsky : Piano, Wurlitzer Piano, Hammond organ, Synthesizer (Except
11)
James 'Hutch' Hutchinson : Bass (Except 11)
Steve Potts : Drums (Except 11)
Bill Summers : Percussion (2,3,4,6,9,10,12)
Bob Henderson : Alto Sax (3,6)
Huey Lewis : Harmonica (8)
Bonnie Raitt : Vocal (4)
Mavis Staples : Vocal (11), Back Vocal (2,4,12)
Johnny Adams : Vocal (3,5)
Jon Cleary : Back Vocal (2, 12)
Ann Peebels : Back Vocal (2,4,12)
Don Bryant : Back Vocal (2,4,9,12)
Alisa Yarbrough : Back Vocal (4,9,12)
Benita Arterberry: Back Vocal (4,9,12)
Lucy Anna Burnett : Back Vocal (4,9)
Charlene Howard : Back Vocal (12)
Charles Neville : Back Vocal (12)
Lady Bianca : Back Vocal (6)
Jennie Muldaur : Back Vocal (6)
1. Home Of The Blues [Dave Steen, Colin James]
2. Fanning The Flames [Jon Cleary]
3. Trust In My Love [Marty Grebb, Walt Richmond]
4. Somebody Was Watching Over Me [Brenda Burns]
5. Heaven On Earth [Marty Grebb]
6. Stand By Me [Lou Pardini, Phil Driscoll]
7. Talk Real Slow [Lenny McDaniel]
8. Stop Runnin' From Your Own Shadow [Joe Hughes]
9. Can't Pin Yo' Spin On Me [Jon Cleary]
10. Brotherly Love [Brenda Burns, Gregory Boaz]
11. Well, Well, Well [Bob Dylan, Danny O'Keefe]
12. Strange And Foreign Land [Jon Cleary]
John Snyder, Elaine Martone : Producer
録音: 1995年12月7〜9日、1996年1月24〜29日、1996年2月20〜22日
Dockside Studio, Maurice, Louisiana
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Telarc International Corporationは、オハイオ州クリーブランドに本拠地がある独立系レーベルで、当初はクラシック専門として設立し、後にジャズ、ブルース、カントリー音楽に手を広げた。録音の良さとCD加工の品質の良さで定評のある会社であるが、1996年に他社と合併、また2005年にConcord
Recordsに買収され大会社の傘下に入った。本作は同レーベルにおけるマリアのデビュー作だ。必勝を期したようで、ジャズ界で活躍するベテラン・プロデューサーを起用。バックバンドを南部R&B音楽界の有能ミュージシャンでがっちり固め、さらに豪華なゲストを招いて、力強く躍動感のある華やかな世界を作り上げた。
ここでは、ほぼ全曲にわたり同じミュージシャンがバックを担当している。そのため作品全体のサウンドで統一感が感じられ、そのパワーが圧倒的だ。キーボードのデビッド・トウカノスキーは、M13,
M14、ギターのクランストン・クレメンツはM13でお馴染みのニューオリンズのミュージシャン。ベースのジェイムス・ハッチソンは前作M15でお馴染み。ドラムスのスティーブ・ポッツは、アル・グリーン、アン・ピーブルズ、オーティス・ラッシュなどのR&B系を中心に、ロベン・フォードやニール・ヤングなどの録音にも参加しているセッション・ミュージシャンだ。そしてパーカッションのビル・サマーズは、ハービー・ハンコックの「Headhunters」など一連のファンク作品や、ポインター・シスターズ、クインシー・ジョーンズや、ソニー・ロリンズなどのジャズ、スティング、ケニー・ロギンスなどのロックというように、幅広いジャンルの作品に参加した人。
1. 「Home Of The Blues」で、グルーヴィーなスライド・ギターを弾いているソニー・ランドレス(1951- )は、ニューオリンズのケイジャン音楽界で活躍するギタリストで、M13でゲスト出演していたザカリー・リシャールのバックを務める他、ケニー・ロギンス、マーク・ノップラー、ジミー・バフェット、ボビー・チャールズのアルバムに参加、自身数枚のソロアルバムも出している。少し派手な感じのR&Bで、歌・演奏にガッツが感じられる。この手の曲を気張らずに自然体で歌えるようになったマリアの成熟を実感できる曲だ。作者のデイブ・スティーンの曲は、次回作M17でも取り上げられる。前作でお馴染みのジョン・クレアリー作になる
2.「Fanning The Flames」はじっくりと演奏され、コーラス部分からじわじわと盛り上げてゆく。その高揚感が何とも言えず心地よく、R&Bならではの快感を感じる、とてもスケールの大きな曲。バックバンドの一体感が素晴らしい。ここではアン・ピーブルズとドン・ブライアント夫妻、ステイプル・シンガーズのメイビス・ステイプルというR&B界の大物がバックコーラスで参加している。これまたお馴染みのマーティ・グレブ作の
3.「Trust In My Love」は、聴いていてワクワクする素晴らしいメロディーをもつ、明るく前向きな感じのR&Bだ。マリアのボーカルには余裕さえ感じられる。デュエット・ボーカルのジョニー・アダムス(1932-1998)は、ニューオリンズを本拠地とするR&B歌手。ゴスペル・フィーリング溢れる4.「Somebody
Was Watching Over Me」は、友人ボニー・レイットがハーモニー・ボーカルで参加している。彼女のブルース・ヴォイスには、独特の知性がある。作者は1980年の「Gospel
Nights」 M7にコーラス隊として参加し、「Open Your Eyes」M6 にも曲を提供していたブレンダ・バーンズ(詳細はM7参照)。クランストン・クレメンツが、かっちりギターソロを決めている。エンディングのコーラス隊のアドリブが生き生きとしている。5.「Heaven
On Earth」は、3.と同じくジョニー・アダムスとのデュエットだ。
6.「Stand By Me」はベン・E・キングのスタンダードとは同名異曲。本作の中ではポップな香りがするR&Bで、メリハリの効いたプロデュースが巧みだ。左チャンネルから聴こえるバックコーラスのジェニー・マルダーはマリアの1人娘で、1993年にソロアルバムを一枚出した他はバックシンガーとして活動、2009年久しぶりに「Dearest
Darlin'」というソロアルバムを発表した。もう1人のレディ・ビアンカは、ヴァン・モリソン、ジョン・リー・フッカー、ウィリー・ディクソン等のバックボーカルで名を上げ、1995年よりソロアルバムを数枚発表しているまた彼女は「Usual
Suspects」シリーズ E63, E66, E71の常連でもあった。作者のルウ・パディーニは、キーボード奏者としてケニー・G、ドン・グルーシンなどのアルバムに参加する一方、作曲家としてコドモアーズ、テンプテイションズ、パティー・オースチンに曲を提供している。7.「Talk
Real Slow」は、クランストンのギターが大活躍するミドルテンポのアーシーなブルースだ。8.「Stop Runnin' From Your
Own Shadow」は本作の中では最もストレートなブルースで、ゲストのヒューイ・ルイス(「Power Of Love」、「Stuck On
You」、「Heart Of Rock 'N Roll」など多くのヒット曲を放ったロック歌手)がゴキゲンなブルースハープを吹いてくれる。9.「Can't
Pin Yo' Spin On Me」は渋めのR&Bで、抑え目に歌うマリアのエモーショナル・コントロールが最高。ギターも負けじとしなやかなプレイに終始する。この曲のようなジワジワ・じっくり型の曲と、ギンギン・派手型の曲とのメリハリがしっかり効いているのも本作の魅力のひとつだ。終盤のコーラス隊、特にドン・ブライアントの男性コーラスが、マリアと掛け合いで頑張っている。ブレンダ・バーンズの10.「Brotherly
Love」は、J.J. ケールの「Cajun Moon」のような雰囲気に満ちた曲で、メイビス・ステイプル(1939- )とのデュエットが素晴らしい!11.「Well,
Well, Well」は、ボブ・ディランがダニー・オキーフと共作したもので、ディラン本人による録音はプライベートも含めて出回っていない。もともとマリアに送られた曲と言われていて、環境問題がテーマという。ここでは他の曲と異なり、ソニー・ランドレスのスライドギターを中心としたシンプルなバックだ。ちなみに共作者のダニー・オキーフは2006年の自己のアルバムに本曲を収録した。本作では3曲目となるジョン・クレアリー作の
12.「Strange And Foreign Land」は、他の曲と雰囲気が異なり、シンガー・アンド・ソングライター風の曲であるが、マリアとバックミュージシャンによるスケールの大きなプレイが印象的だ。
本作は、マイナーレーベルで作品を製作するようになってから、大手音楽雑誌に取り上げられる事が少なくなっていた彼女にとって、ブレイクスルーの1作となり、日本でもミュージック・マガジン誌などで好意的な評価をもって迎えられた。いわば現在に至る彼女の足場を築いた重要作品ということができよう。またこの作品の成功により確立された、テラーク・レーベルとの良好な信頼関係は、その後マリアの意図を反映した良質な作品の製作へつながってゆく。
そして本作は、彼女が「以前はフルートのようだった声が、サックスになった」と言うように、彼女が望んでいた「声とソウル」を手中にした作品ともいえ、ファンの私にとっても彼女がここまで凄くなるとは思っていなかった分、感慨深い作品だ。購入当時は、ジャケット内写真のマリアのふくよかな体つきに驚かされたものだが、ロバート・ジョンソンは、悪魔と取引をして魂と引き換えにあのブルースを手に入れたという。彼女は神様と取引をして、体型と引き換えにあの声を手に入れたのかな?
[2008年5月作成]
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M17 Southland Of The Heart 1998 TELARC |
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Maria Muldaur : Vocal
Cranston Clements : Guitar
Jon Woodhead : Lead Guitar (1,4,10), Slide Guitar (3,5,8)
Mike Thompson : Keyboards
James 'Hutch' Hutchinson : Bass
Lee Spath : Drums
Brad Dutz : Percussion (1,4,5,6,7,9,10)
Marty Grebb : Piano (7), Tenor Sax (3,7), Baritone Sax (7)
Joe Sublett : Tenor Sax (3,7)
Darrell Leonard : Trumpet (3,7)
Marty Grebb : Vocal (8)
Brenda Burns : Back Vocal (1,6)
Joe, Willie and 'Pops' Chambers : Back Vocal (2)
1. Ring Me Up [Brenda Patterson, Hank Sable, Ward Archer, Robert Horton,
John Sumner]
2. Get Up, Get Ready [David Steen] M23
3. Southland Of The Heart [Bruce Cockburn] E103
4. Latersville [David Steen]
5. Think About You [Greg Brown]
6. There's A Devil On The Loose [Brenda Burns]
7. Fool's Parade [Marty Grebb]
8. One Short Life [Rick Vito, Steve Moos]
9. If I Were You [Jodi Siegel, Danny Timms]
10. Someday When We're Both Alone [Greg Brown]
11. Blues Gives A Lesson [Dave Mackenzie]
Dennis Walker : Producer
Maria Muldaur : Co-Producer
録音: Mad Hatter Studios, Los Angels, California
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本作についてマリアは、「これらの曲はブルージーであるがストレートなブルースではない。それでも私の心を動かす歌であり、現代のブルースとして聴かれるべきものである」(以上要約)とコメントしている。前作の続編的な内容であるが、一般受けを意識せず、地味ではあるが自分の好きな音楽をより深めた感がある。ゲストの参加を最低限に抑え、同じミュージシャンによるバックバンドで録音に臨んでいる。地元カリフォルニアで製作したことも、本作のリラックスした雰囲気作りに寄与したものと思われる。プロデューサーのデニス・ウォーカーは、ロバート・クレイのアルバムを多く製作した他、B.B.キングの作品などにも携わったブルース畑の人だ。
1.「Ring Me Up」は、メンフィスを活動拠点とし、スタジオやレコード会社のオーナーとして活躍するワード・アーチャーが仲間と一緒に作った作品で、2000年に作者5人を含むメンバーで製作されたアルバム「Cooley's
House」に収録された。 少しさらっとした感じの曲で、マリアのボーカルも軽やか。本作のミュージシャンの半数は、過去の作品に参加したお馴染みの面々。ここでは本作初登場の人について紹介する。キーボードのマイク・トンプソンは、後にロッド・ステュアートの「The
Great American Song Book」シリースや、カーリー・サイモンのライブ「Moonlight Serenade」でキーボードとアレンジを担当した人。ドラムスのリー・スパスはロバート・クレイの作品に参加している。パーカッションのブラッド・ダッツは、ジェイムス・テイラーのバンドで活躍しているルイス・コンテを師として、ブルース、ジャズ、ロック、フォークと幅広い領域で活躍、多くのアルバム(主にインディース系)のセッションに参加するほか、自己名義のアルバムも数枚出している。マリアは本作で、前作
M16の「Home Of The Blues」の作者デイブ・スティーンの曲を2曲取り上げている。2.「Get Up, Get Ready」はモダンな響きのブルースで、4ビートのリズムとポジティブなサウンドが気持ち良い佳曲。「Gospel
Nights」M7 1980 で共演したチェンバース・ブラザースのメンバーがバックコーラスを担当している。ちなみに同時期にテリー・エバンスというブルース・シンガーもこの曲を録音している。マリアのお気に入り曲のようで、後年の共演アルバム「Sisters
& Brothers」 M23 2004 で再録音している。4.「Latersville」はニューオリンズの香りがするスローテンポの曲。マリアのじっくり抑えたブルージーなボーカルがムード満点。ジョン・ウッドヘッドのギターソロもカッコイイです。3.「Southland
Of The Heart」はカナダのシンガー・アンド・ソングライター、ブルース・コバーンの作品。彼はアコースティック・ギタリストとしても有名で、フォーク、ロック、ジャズ、ブルースと幅広い音楽性を誇る。彼自身の録音は1994年の「Dart
To The Heart」(T ボーン・バーネットがプロデューサー)に収められている。彼によると、マリアから歌詞の一部につき変更の要請があり、議論のうえ「When
everything's ambiguous Except the taste of blood」という一節を「When impossible
desires just keep Pounding through your blood」に書き直したとのこと。他人の曲を歌う場合、心から納得して歌えない部分の対処についての苦労が伺えるエピソードだ。ここではクランスタン・クレメンツがアコギを弾き、ジョン・ウッドヘッドがコクのあるスライドギターを聞かせる。ホーンセクションは、M15で参加していた人達だ。
5.「Think About You」、10.「Someday When We're Both Alone」は、シンガー・アンド・ソングライターのグレッグ・ブラウンの作品。彼自身のバージョンはアルバム「Further In」 1996 に収録されている。5.のバックはアコースティックなサウンドで、フォークブルース的な味わいとなっている。10.は本作の中ではブルースフィーリングに溢れた感じで、マリアはじっくりと歌う。 6.「There's A Devil On The Loose」は、悪魔の存在を歌う内容で、いつもは敬虔な作風のブレンダ・バーンズとしては大変ダークな曲だ。彼女は本作では、1.と本曲でバックコーラスとして録音に参加している。特にここでは、サビの部分でマリアとの二人歌唱を楽しむことができ、バックボーカルのゲストが少ない分、彼女の存在が目立っている。7.「Fool's Parade」はマーティ・グレブ作の少し重い感じのR&B曲で、彼自身サックスとピアノを演奏している。ソロはサックスとトランペット。8.「One Short Life」は以前の作品に顔を出していたギタリスト、リック・ヴィトーの作品で、2001年発表のソロアルバム「Crazy Cool」でセルフカバーしている。コーラス部分ではマーティ・グレブのファルセット・ヴォイスが加わる。9.「If I Were You」は、「I'd take me if I were you 」という歌詞が印象的なR&Bで、マリアのイメージにピッタリの曲。 作者のジョディ・シーゲルは、ロスアンジェルスをベースに活躍するブルース、R&B歌手で、2006年に「Stepping Stones」というアルバムを発表している。最後の曲になって初めて聴ける正統的なブルース 11. 「Blues Gives A Lesson」は、作者デイブ・マッケンジーのアルバム「All New Slender Man Blues」1995 が初出。
前作に比べて地味な印象がするが、気張らず、落ち着いた雰囲気は大変心地良く、じっくり聞き込むと味がある作品だ。
[2008年5月作成]
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M18 Swingin' In The Rain 1998 Music For Little People |
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Jim Rothermel : Horns, Clarinet, Soplano, Alto Tenor Sax, Flute, Piccolo,
Siren, Harmonica, Recorders, Musical Director, Arrangement
Danny Caron : Guitar, Banjar
John Rosenberg : Keyboards
Ruth Davies : Bass
Lance Dickerson : Drums, Percussion, Washboard
Kevin Porter : Dixieland Trombone (1)
Bob Schulz : Trumpet (1)
Dan Hicks : Vocal (2,13)
David Grisman : Banjo, Mandolin
Riley O'Toole-Genazzi, Sophia Morris, Jessica Miller, Erin Yan Peer : Back
Vocal
1. Choo 'N Gum [Mann Curtis, Vic Mizzy]
2. Ada Daba Honeymoon [Fields Donovan, Liles Joe Edward]
3. If I Knew You Were Comin' I'd've Baked A Cake [Hoffman, B. Merrill,
A. Trace]
4. Zip-A-Dee-Doo-Dah [Allie Wrubel, Ray Gilbert]
5. Singin' In The Rain [Arthur Freed, Nacio Brown]
6. Three Little Fishies [Saxie Dowell]
7. Peanut [Bobby Charles]
8. Mairzy Doats [Al Hoffman, Jerry Livingston, Milton Drake]
9. Animal Fair [Traditional]
10. A Bushel And A Peck [Frank Loesser]
11. Jeepers Creepers [Harry Warren, Johnny Mercer]
12. A-You're Adorable [Buddy Kaye, Sidney Lippman]
13. Heck I'd Go ! [Dan Hicks]
Maria Muldaur : Producer
Leib Ostrow : Executive Producer
録音: Wellhausen Studio, San Francisco, California
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子供向け音楽専門レーベル、Music For Little Peopleからの第二作目は、1940〜1950年代のスウィング調ノベルティソングの特集だ。単なる子供向けの安易な企画ではなく、童心を持ち続ける大人のための音楽でもある。ここでも選曲の妙が楽しめる。音楽監督として本作を取り仕切っているのは、サンフランシスコを活動拠点とするジム・ロスメル(1941-2011、詳細はM12参照)で、当時製作された同レーベルからの作品のかなりに参加している。「On The Sunny Side」1990 M12、「Jazzabelle」1993 M14に続く登場だ。その後もマリアのジャズ系作品に登場した常連のひとり。あらゆる吹奏楽器を駆使し、アレンジ、ソロやオブリガードなどのメロディー演奏のかなりの部分を担当しており、サウンド的には彼の作品と言ってもよい位の貢献度だ。昔流行したスウィング音楽のスタイルをとりながらも、どこか現代的な香りがするのは、この人のセンスが成せる技だろう。キーボードのジョン・ローゼンバーグは、スタジオ・ミュージシャンのトランペット奏者、エンジニアとは別人で、ボニー・レイット、フィル・コリンズ、ジェリー・ガルシア、デビッド・グリスマン、ダン・ヒックスなどのセッションに参加した人。ルース・デイヴィース(1954〜 )はウッドベースを弾く女性で、ジョン・リー・フッカー、チャールズ・ブラウンなどのブルース系の作品や、ボニー・レイットやヴァン・モリソンのコンサートにも参加しているようだ。ドラムスのランス・ディッカーソン(1948-2003)は、コマンダー・コディ・アンド・ヒズ・ロスト・プラネット・アーメのドラム奏者だった人で、他にデビッド・ブロンバーグの作品にも顔を出している。ギターのダニー・キャロン(1955- )は、マルシア・ボールのバックで有名になり、晩年のチャールズ・ブラウンやジョン・リー・フッカーのセッションに多く参加、その後マリアのバックの定連となった。
1.「Choo 'N Gum」は、親からもらった買い物のお金で大好きなチューインガムを買ってしまう子供の話で、1950年テレサ・ブリューワー(1931-2007)が子供っぽい声で歌い、アンドリュー・シスターズやディーン・マーチンもカバーしたコミカルな歌だ。ここではニューオリンズ・ジャズ風のブラスをフィーチャーし、賑やかな演奏になっている。トロンボーンのケヴィン・ポーターは、ジェリー・ガルシア、デビッド・グリスマンやトム・ウェイツの作品に参加、本作以降マリアの作品に顔を出すようになった。ボブ・シュルツは、ディキシーランド・ジャズのリヴァイバルのジャンルで自己のアルバムを発表している人。デビッド・グリスマンと思われるバンジョーのグルーブが素晴らしく、ディキシーランド風のブラスの間奏、ジム・ロサメルのクラリネットのオブリガードも良い。そしてマリアのボーカルのスウィング感が最高に心地良い。少しかすれ気味の声質が本作における一連の曲にとてもよく合っていると思う。そして子供達によるバックボーカルが賑やかさに花を添えている。作者のマン・カーチスは、名曲「Let
It Be Me」を書いた人。ヴィック・ミジーはテレビや映音楽で活躍した人で、代表作はホラー・コメディー番組の「Adam's Family Theme」。2.「Aba
Daba Honeymoon」は猿とチンパンジーのロマンスを描いたノベルティーソングで、コミカルな歌詞が傑作。もとは1914年に出版されたものだが、1950年にデビー・レイノルズがカールトン・カーペンターとデュエットしたバージョンが大ヒットした。
アップテンポのスウィンギーな曲で、マリアはゲストのダン・ヒックス(1941-2016) と軽快に歌い飛ばしている。終盤のダブルテンポへのチェンジ、エンディングのテンポダウンが大変洒落ている。ダン・ヒックスはフォーク、カントリー、ロック、ウェスタン・スウィングの境界を自由に闊歩した怪人で、マリアは初期のM1やM3で彼の作品をカバーしており、彼女が影響を受けたアーティストの1人なのだ。ここでもジムのクラリネットが縦横無尽に暴れまくる。3.「If
I Knew You Were Comin' I'd've Baked A Cake」は、1950年エイリーン・バートン(1929〜2006)の歌で大ヒットした曲で、「もしも貴方が来るのだったら、ケーキを焼いていたのに」という歌詞が、ベイクトポテト、トルティーヤ、スパゲッティ-、ラザニアに展開してゆく。ダニー・キャロンのスウィング・リズムギターが曲のカラーを決めている。ソロはピアノとクラリネット。マリアはさらっとした歌いっぷり。4.「Zip-A-Dee-Doo-Dah」はディズニーのアニメ映画「Song
Of South」1946で、ジェームス・バケットが歌った明るい感じの曲で、その後もディズニーのテレビ番組のテーマソングになったり、多くのアーティストにカバーされている。フルートやコーラス隊、ピアノなどによるアンサンブルが巧み。ここでマリアと一緒に歌っている男の人のクレジットがないが、誰だろう。ダン・ヒックスかな?
恋をしたジーン・ケリーが雨の中で歌う映画のシーンが目に焼きついて忘れられない 5. 「Singin' In The Rain」は、 ナーサリーライムの「It's
Raining It's Pouring」の一節から始まるアレンジだ。マリアは、ラブソングだった歌詞を、雨の中ではしゃぐ子供のシチュエーションに変えて、雨音の効果音をバックに子供達と一緒に歌う。特に
「I'm singin' and swingin' and dancin' in the rain」という、本作にシンクロする素晴らしい部分がアルバムのタイトルにもなった。レコーダーを使用したドリーミーなアレンジもいい。
6.「Three Little Fishies」はお母さんの言うこと聞かなかったために、鮫に食べられそうになった3匹の子魚の話で、スウィング時代の1939年にケイ・ケイヤーの録音があり、現在も子供向け音楽CDなどに子供コーラスの録音が収められている。ここではマリアは歌詞の部分を子供コーラスと掛け合いで歌い、間奏部分でスキャット・ボーカルを披露する。ジャズにみられるテクニカルで軽快な感じというよりも、ジャグバンドで見られるカズーをボーカルで再現した感じで、いかにも彼女らしい。7.「Peanut」は昔の曲ではなく、ニューオリンズで活躍するシンガー・アンド・ソングライター、ボビー・チャールズ(1938-2010)
の作品。子犬への愛情を歌った珠玉のような作品だ。彼女のボーカルを聞いていると、昔飼っていた犬のことを思い出して、ホロリとしてしまう。本作にあって、こういう作品をさらっと入れるなんて、本当に憎い選曲眼だ。ボビー・チャールズ自身は、1995年のアルバム「Wish
You Were Here Right Now」でこの曲を歌っている。ちなみに彼が1972年にザ・バンドのリック・ダンコのプロデュースで発表したソロアルバムは、エイモス・ギャレットなどの強者が参加しており、当時売れなかったが、隠れた名盤としての評価が高い。
8.「Mairzy Doats」はナースリーライムをベースとした歌詞で、意味のない語呂合わせであるが、その分器楽的な感じの歌唱でカッコイイ。1944年にボーカルグループ、メリーマックスによってヒットした。ここでは子供コーラスと楽しそうに歌っている。爽やかなアレンジ、特にリズムギターの響きが心地よい。間奏ソロはピアノとクラリネット。
9.「Animal Fair」 は、デビッド・グリスマンのマンドリンとバンジョーが前面に出ている。曲のバックで聞かれるマンドリンの、トレモロ、間奏のソロ、バンジョーのリズム等とれを取っても最高!ジム・ロスメルはハーモニカ、ランス・ディッカーソンはウォッシュボードを手にし、カズーによる間奏など、ジャグバンド・スタイルの演奏だ。そいうい意味で、On
The Sunny Side」1990 M12に最も近い感じ。10.「A Bushel And A Peck」はフランク・ロッサーが、1950年のブロードウェイ・ミュージカル「Gus
And Dolls」のために書いた曲で、オリジナルは当該ミュージカルに出演していたビビアン・ブレインで、ペリー・コモとベティー・ハットンのデュエット、マーガレット・ホワイティング、ドリス・デイの歌が名高い。「ブッシュレル」は36リットル、「ペック」は約9リットルで、それぞれ口語で「たくさん」という意味がある。間奏ソロはギター。11.「Jeepers
Creepers」は、4.と並んで本作の中では最も有名な曲で、1938年の映画「Going Places」でルイ・アームストロングが歌い、その後も彼の18番となった。曲のタイトルは映画に出てくる馬の名前で、いつもは荒馬なんだけど、この曲を聞くと大人しくなるという話。作者のハリー・ウォーレン(1883〜1981)は「Lullabye
Of Broadway」、「Chattanooga Choo Choo」、「The More I See You」などを、作詞のジョニー・メルシエ(1906〜1976)は、「Come
Rain Or Come Shine」、「Autumn Leaves」、「Laura」、「Moon River」、「The Day Of Wine
And Roses」、「Chalade」などの名曲を書いた人。リズムギターに乗せて展開される間奏のサックスソロは抑制が効いた好演。12.「A-You're
Adorable」はアルファベットにそって歌詞が展開する歌で、1949年のペリー・コモが筆頭だろう。ディーン・マーチンやジョー・スタフォードもカバーしている。間奏はピアノとクラリネットの掛け合い。
ダン・ヒックスの13.「Heck I'd Go !」は、調べた限りでは彼自身の録音を見つけることができなかったため、ダンが彼女に送った曲と思われる。宇宙人に拾われて宇宙旅行を夢見る女の子の歌で、をここではエフェクターにより火星人の声に加工された彼の多重録音コーラスが全面的にフィーチャーされていて、コミカルな歌詞、スウィンギーな演奏・歌唱とあわせて最高の乗りを見せる。
全体的には、こじんまりとしているが、選曲の妙、絶妙なアレンジによるバンド演奏とマリアのスウィンギーなボーカルのグルーヴに満ちた良品。ちなみにこのアルバムには歌詞カードが付いていなかったが、ジャケットに「4.を除く歌詞は....への電話リクエストにより入手可能です」とあり、当時必死の気持ちで電話をし、拙い英語でお願いして郵送してもらった思い出がある(面白いことに、届いた歌詞カードには4.
もしっかり掲載されていた)。
[2019年10月追記]
13.「Heck I'd Go !」ですが、本作品の後の2000年にダン・ヒックスが自己のアルバム「Beatin' The Heat」に収録していました。ただしタイトルが「Hell
I'd Go」になっていましたね.... 彼は2014年に喉頭・肝臓がんと診断され、2016年に亡くなりました。
[2008年5月作成]
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M19 Meet Me Where They Play The Blues 1999 Terac |
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Maria Muldaur : Vocal
Charles Brown : Vocal (3)
David Mathews : Piano (1,2,3,4,6,9,10,11,12), Organ (10)
Chris Burns : Piano (5,7), Organ (12)
Marty Grebb : Piano (8)
Cranston Clements : Guitar (5,7,8,10)
Danny Caron : Guitar (1,2,3,4,6,9,11,12)
Anthony Paule : Guitar (8), Slide Guitar (7)
Reggie McBride : Bass
Tony Braunagel : Drums
Gerry Grosz: Vibes (2,11)
Jim Rothemel : Alto Sax (4,10) , Tenor Sax (1,2,4,5,9,10), Clarinet (3,6,10)
Steve Campos : Trumpet (4,5,10), Cornet (4,6,10)
Kevin Porter : Trombone (4,5,6,9,10) Bass Trombone (4), Tuba (6,9,10)
Florence Williams, Charra Penney : Back Vocal (7)
Linda Tillery, Rhonda Benin, Elouise Burrell : Back Vocal (10,12)
Maria Muldaur : Producer
1. Soothe Me [Joe Green]
2. I Wanna Be Loved [Johnny Green, Edward Heyman, Billy Rose]
3. Gee Baby, Ain't I Good To You [Andy Razaf, Don Redman] M9 M32 E6 E76
4. It Ain't The Meat, It's The Motion [Henry Glover, Louis Mann] M3
5. We Can Let It Happen Tonight [Chris Burns, Carroll Perry, Mark Hummel]
6. Meet Me Where They Play The Blues [Steve Allen, Sammy Gallop]
7. It Feels Like Rain [John Hiatt]
8. Blues So Bad [Levon Helm, Henry Glover]
9. Misery And The Blues [Charles La Vere]
10. He Don't Have The Blues Anymore [Hoy Lindsey, Bruce Channel, Ricky
Roy Retlor]
11. All To Myself Alone [Ray Charles]
12. The Promised Land [Charles Brown, Danny Caron]
Recorded at Fantasy Studios, Studio D, California Oakland, October 1998
Additional Recording at Studio D Recording Saulsalito, California, December
1998
Addtional Vocal Recording At Bob Weir's Studio, December 1998
Charles Brown Recorded At Shield's Nursing Center, Oakland California,
December 1998
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普通ブルースというとアーシーで、苦しみや悩みをストレートに出すイメージであるが、チャールズ・ブラウン(1922-1999)の場合は、ジャズの香りが漂うライトでメロウなサウンドで、「クラブ・ブルース」または「ウエストコースト・ブルース」というジャンルの草分けになった人だ。自身優れたピアニストである彼は、ナット・キング・コールのスタイルから出発し、1940年代の後半から1950年代にかけて活躍した。そのスタイルはレイ・チャールズに代表されるソウル音楽に引き継がれてゆく。ロック台頭後は第一線から姿を消すが、後に再評価され、ボニー・レイットなどのサポートを得て復活。1980年代はコンサート、CD製作など積極的な音楽活動を展開し成功を収めた。マリアは本作の頃から自らプロデューサーとなり、やりたいと思う作品を制作するようになってゆく。本作はもともとは、チャールズ・ブラウンとの共演盤として企画されたとのこと。残念な事に、彼が体調を崩したために実現しなかったが、製作中に彼から具合が良くなったので、是非歌いたいという申し出があり、彼が滞在していた療養所に録音機材を持ち込んで、3.「Gee
Baby, Ain't I Good To You」のデュエットを吹き込んだそうだ。その後彼は、翌年の1月になくなったため、これが最後の録音となった。ということで、本作は洗練されたブルースがテーマとなっており、魅力的な曲がそろっている。参加ミュージシャンは、これまでのマリアの作品に参加した人達がほとんどを占めている(ジム・ロサメル:
M12、クランスタン・クレメンツ : M13、 デビッド・マシューズ : M14、トニー・ブラウナゲル : M15、ダニー・キャロン : M18
を参照ください)。キーボード奏者のクリス・バーンズは、以前からライブで彼女のバックを務めていたが、今回が初めての公式録音で、その後常連に仲間入りをする。ライブでは右手で通常の鍵盤奏者としての演奏を行いながら、左手でベース奏者と寸分違わぬプレイをするという特技の持ち主。ベーシストのレジー・マックブライドは、エレキ、アコースティックの両方をこなせる人で、スティーヴィー・ワンダー、レア・アース、フィービー・スノウ、ライ・クーダー、エルトン・ジョン、B.
B. キング、ケブ・モー、ハービー・ハンクック、トミー・ボーリンという、実に幅広いジャンルの音楽に参加しているセッション・ミュージシャンだ。
1.「Soothe Me」は、1940年代後半にチャールズ・ブラウンが、ジョニー・ムーア(ギター)、エディ・ウィリアム(ベース)と組んだグループ、Johnny
Moor's Three Blazersで歌った曲で、マリアはセクシーな歌詞をネットリと歌う。2.「I Wanna Be Loved」は、1933年に出版され、アンドリュー・シスターズ、ビリー・エクスタイン、ヘレン・フォレスト、ダイナ・ワシントン、トニー・ベネット等が歌っている。自分のテーマソングであるかのように歌うマリアの魂が心に迫る逸品。デビッド・マシューズのシンプルで洒落たピアノ、チャールズと一緒に演奏していたダニー・キャロンの渋いコードストローク、ジム・ロサメルの控えめなサックスのオブリガードなど、リラックスしたバックの演奏も素晴らしい。間奏ソロはピアノとサックス。3.「Gee
Baby, Ain't I Good To You」については、M9を参照のこと。ここでは上述のとおり、チャールズとマリアのデュエットという本作のハイライトが楽しめる。チャールズの声はかすれ気味で、決して調子は良くなさそうだが、フィーリングは完璧。マリアの歌には彼に対する敬意の念がこもっていて、好感が持てる。クラリネットとギターによる間奏のソロも最高。 4.「It
Ain't The Meat, It's The Motion」はM3の再演で、ブラスセクションをフィーチャーしたスウィング・ビックバンド風アレンジ。トランペット、コルネットを担当するスティーブ・カンポスは、スタン・ケントン楽団からの参加。トロンボーンのケヴィン・ポーターは、前作M18に続く参加で、後の作品にも顔を出している。
本作はスタンダード曲が多いが、5.「We Can Let It Happen」はピアニストのクリス・バーンズとハーモニカ奏者としても有名なマーク・ハンメルによる書き下ろし曲のようだ。
本曲のようにR&B色の強い曲では、ギタリストをクランスタン・クレメンツにと、バックをうまく使い分けている。ソロはピアノ。アルバムのタイトルでもある
6. 「Meet Me Where They Play The Blues」は、トロンボーン奏者、歌手として活躍したジャック・ティーガーデン(1905-1964)の代表曲。彼はルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、グレン・ミラー等多くのミュージシャンと共演したほか、自己の楽団での録音も多く残している。ブルース・フレイバー溢れるスウィング時代の名曲を、ブラスセクションを入れたオーソドックスなアレンジで取り上げている。マリアのボーカルは余裕と貫禄十分。
7.「It Feels Like Rain」は、M6で取り上げた 「(No More) Dancin' In Thr Street」の作者ジョン・ハイアットの曲で、クールかつブルージーな雰囲気が最高!1988年のアルバム「Slow
Turning」でのジョン・ハイアット本人による録音の他に、バディ・ガイやアーロン・ネヴィルがカバーしている。クレジットにあるコーラス隊の名前「The
Rain-ettes」は、レイ・チャールズのバックボーカル・グループ「Raelettes」のパロディー。感情の発露を抑え気味にして「溜め」を生み出す、マリアのボーカルがカッコイイ。8.「Blues
So Bad」は、ザ・バンドのレヴォン・ヘルムが1977年のソロアルバム「Levon Helm & The RCO All Stars」で吹き込んだ
R&B曲だ。トニー・ブラウナゲルの乾いた感じのドラムスが印象的で、本アルバムのなかでは最もロックっぽい曲。7. 8.でギターを聞かせてくれるアンソニー・ポウルは、ブルース、ロックを得意とするギタリストで、1995年と2001年にソロアルバムを出している。9.「Misery
And The Blues」も 6.と同様ジャック・ティーガーデンが歌った曲で、レイ・チャールズもカバーしている。 10.「He Don't
Have The Blues Anymore」は、この作品のために書かれた曲のようで、チャールズ・ブラウンのことを歌っているように思われる。イントロのニューオリンズ調のブラスが面白い。11.「All
To Myself Alone」は、CDジャケットには作者のクレジットがなかったが、レイ・チャールズの自作自演曲で、1980年の「Simple
Ray」が初録音のようだ。ソロはギターとピアノ。 12.「The Promised Land」は、チャールズ・ブラウンが1997年の映画「Johns」のサウンドトラックとして録音した曲で、リンダ・ティラリーを筆頭とするコーラス隊がスピリテュアルな曲の雰囲気を盛り立てている。彼女はサンタナ、ボズ・スキャッグス、ボビー・マクファーリン、タージ・マハールのバックに参加、近年は「Woman's
Music」というジャンルで重要な地位を占めるようになり、本作で一緒に歌うロンダ・ベニン、エロイーズ・バレルと「The Cultural Heritage
Choir」を結成して、アフリカ系アメリカ人の苦難を歌う活動も続けている。ちなみに彼女は、マリアの2008年の作品「Yes We Can」M29にも参加している。
1943年生まれのマリアは55歳を超え、声に一層渋み・深みが加わってきた。彼女は、若い頃こんな風に歌いたかったんだろうなと思わせるような、自信に満ちたブルースの歌声と雰囲気ある演奏が楽しめる作品。ちょっとメランコリックな気分の静かな夜、グラスを片手にじっくり聴き込みたい。
[2008年8月作成]
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M20 Richland Woman Blues 2001 Stony Plain
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Maria Muldaur : Vocal
Bonnie Raitt : Slide Guitar (3,14), Vocal (3,14)
Angela Strehli : Vocal (7)
Taj Mahal : Vocal (12), A. Guitar (12)
Tracy Nelson : Vocal (9,15)
Alvin Youngblood Hart : A. Guitar, Vocal (6,10)
John Sebastian : A. Guitar (1)
Ernie Hawkins : A. Guitar (13,16)
Roy Rodgers : A. Guitar (4), Slide Guitar (12)
Amos Garrett : 12st. Guitar (2)
David Wilkie : Mandolin (2)
David Mathews : Piano (5,7,9,11,15)
Roly Sally : Bass (1,4)
Maria Muldaur, John Jacob : Producer
1. Richland Woman Blues [Mississippi John Hurt] M2, E5 E130
2. Grasshoppers In My Pillow [Leadbelly]
3. It's A Blessing [Traditional]
4. Me And My Chauffeur Blues [Ernest Lawler] E12
5. Put It Right Here [P. Grainger]
6. I'm Goin' Back Home [Copyright Control]
7. My Man Blues [Bessie Smith]
8. In My Girlish Days [Ernest Lawler] E140
9. Far Away Blues [G. Brooks]
10. I Got To Move [Copyright Control]
11. Lonesome Desert Blues [Bessie Smith]
12. Soul Of A Man [Copyright Control]
13. I Belong To The Band [Copyright Control]
14. It's A Blessing (Reprise) [Traditional]
[Bonus Track For Japanese Issue]
15. I'm Going Back To My Used To Be [J. Cox]
16. I Am The Light Of This World [Traditional, Arranged By Gary Davis]
注: 15は、「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25に収録されたトラックと同じ録音です
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長年の努力で声を作り上げ、ブルースの歌唱に十分な自信を持ったマリアが満を持して製作した、ブルースの古典集。1964年のイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドでの初録音の際に、大好きなベッシー・スミスの曲を歌おうとしたが、プロデューサーに拒否された思い出のリベンジでもある。「当時私の声はフルートのように細かったが、今はサックスのようになった」と彼女自身が語る声質の変化に加えて、様々な地への演奏旅行、多くの人々との出会いと別れ、成功と失敗の苦難の人生により手に入れた歌声は、自己の容姿を維持するためにダイエットやエクササイズなどに努力を払う人々とは無縁の生き方がある。彼女は、ここに収録されたブルースのクラシックを完全に自分のものに消化して歌い切っており、そういう意味で、本作は巷に溢れる若いミュージシャンのブルース作品とは別格に位置するものといえよう。
1.「Richland Woman Blues」は、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド時代からの持ち歌で、1966年のE5以来、約35年振りのスタジオ録音。解説で「最もリスクエストされる曲」と言っているように、ステージでよく演っていたようで、後年発売されたライブM2にも収められている。ミシシッピー・ジョン・ハートについては、E5で紹介済みであるが、再発見後の晩年はニューヨークのフォークシーンで活躍したので、マリアはその姿を観る機会が多くあったという。彼女のキャラにピッタリの伸びやかな曲だ。ここでギターの伴奏を担当するジョン・セバスチャン(1944-
)は、イーヴン・ダズン・ジャグ・バンドの後は、ラヴィン・スプーンフルのリーダーとして1960年代は「Daydream」、「Summer In
The City」などのヒット曲を飛ばし、70年代はクロスビー・スティルス・アンド・ナッシュへのグループ加入を断って、ウッドストックを拠点にソロ活動に専念。通好みのシンガー・アンド・ソングライターとして、息の長い活動を続けている。またハーモニカ、アコースティック・ギター奏者として、多くのセッションにも参加している。ここでのフィンガーピッキング・プレイは筋金入りの力強さだ。2.「Grasshoppers
In My Pillow」は、12弦ギターでフォーク、ブルースを歌ったレッドベリー(1888-1949)の作品。殺人・傷害事件を起こして繰り返し服役するなど、波乱の生涯を過ごした彼が、レコード製作用に録音した最後の曲のひとつで、「Good
Night Irene」、「Midnight Special」とは異なる哀しみが感じられる。ここでは旧友のエイモス・ギャレットが12弦ギターを弾き、ケルト、カントリーの分野でも活躍しソロアルバムも出しているデビッド・ウィルキーがブルース・マンドリンを聴かせてくれる。3.「It's
A Blessing」は、ミシシッピー・フレッド・マクダウェル(1904-1972)の録音から習った曲とのこと。彼はテネシー州生まれで、スライドギターによるデルタブルースを得意とし、メンフィス近郊で農夫をしながらパーティーやピクニックで演奏していたという。他のブルース・ジャイアントと異なり、1930〜1940年代の若い頃の録音はなく、1959年のアラン・ロマックスによる発見とフィールド・レコーディング、1964年のレコード吹き込みより初めて有名になった。彼からスライド・ギターを習ったというボニー・レイットが、恐らくナショナル製と思われるメタリックな音色でプレイする。二人のボーカルもゴスペル・フィーリング溢れるもので、マリアは教会で請われてこの曲を歌うそうだ。
4.「Me And My Chauffeur Blues」はブルースの女王、メンフィス・ミニー(1897-1973)が1941年5月に録音した曲で、ジェフ・アンド・マリアの「Pottery
Pie」E12 1970以来の録音。メンフィス・ミニーは女性ブルースの草分けで、大不況時代から第2次世界大戦頃が最盛期。エレキギターを最初に使用したブルース・ミュージシャンのひとりで、ギターの上手さは男顔負けだったという。作者のアーネスト・ロウラーは当時の夫君。1950年代に引退した後は体調を崩し、1973年に養老院で心臓発作のため死去。マリアによると、ミニーが生前活躍したブルースの聖地、メンフィスのビール・ストリートのクラブで、飛び入りで歌わされた際に彼女の魂を感じ、それが本作を製作する動機になったという。CDジャケットには、彼女がミニーの墓所がある、ミシシッピー州ウォールズのニューホープ霊園を尋ねた際の写真が掲載されている。セクシーなダブルミーニングが面白い曲だ。ベースのロリー・サリイ、ギターのロイ・ロジャースについては、M12を参照のこと。5.「Put
It Right Here」では、デビッド・マシューズのピアノ(それらしい音にするために、あえてチープなアップライト・ピアノを使っているように思われる)をバックに、マリアは初めて正面からベッシー・スミスに挑む。「ブルースの女帝」と呼ばれたベッシー・スミス(1894-1937)は、1923〜1931年の間に多くの録音を残したが、これは1928年の作品だ。恋とお金という人類永遠のテーマを歌った曲だ。マリアは太い声で堂々と歌う。6.「I'm
Goin' Back Home」は、メンフィス・ミニーが1929年または1930年に当時の夫であるカンサス・ジョー・マッコイと吹き込んだ曲で、どうしようもない男に騙された女の悲哀を歌った歌詞が切ない。ここでのデュエット・パートナーのアルヴィン・ヤングブラッド・ハート(1963- )は、チャーリー・パットン、ブラインド・ウィリー・マクテル、タジ・マハールやゲイリー・デイビスなどの正統派の流れを汲むギタリスト、シンガー・アンド・ソングライターで、1996年より数枚のアルバムを出している。7.「My
Man Blues」は、1925年9月1日にベッシー・スミスがクララ・スミスと一緒に吹き込んだ曲で、男をめぐって2人の女が火花を散らすが、最後はシェアすることで合意するという凄い内容の歌だ。。クララ・スミス(1894-1935)は、ベッシーと同じコロンビアに所属し、フレッチャー・ヘンダーソン、ルイ・アームストロング、コールマン・ホーキンス、ドン・レッドマン等のジャズ・ミュージシャンと共演したレコードを残した。同じ姓だが血縁関係はなく、1925年のある日、酔っ払ったベッシーがクララを殴るまでは仲の良い友達だったそうだ。二人の共演は3曲残されており、他の2曲
9.「Far Away Blues」、15.「I Going Back To My Used To Be」(以下ボーナストラックの記述参照)も本作でカバーされている。ここでマリアの相手を務めるのは、アンジェラ・ストレーリ
(1945- )というテキサス州出身のブルース歌手で、初レコーディングは遅く、故スティーブ・レイヴォーン、ジェイムス・コットン、メンフィス・スリム、マルシア・ボール等とのセッションは1986年から、ソロアルバム・デビューは1987年である。ちなみに彼女はシスター・ロゼッタ・シャープのトリビュート盤「Shout,
Sister, Shout !」 2003 E117で、マリア、トレイシー・ネルソン、マルシア・ボールと一緒に歌っている。8.「In My Girlish
Days」は、男遊び、家出、放浪といった若き日の過ちを歌ったメンフィス・ミニーの自伝的な曲で、4.と同じく1941年の録音。前述の9.「Far
Away Blues」は、大恐慌の時代に南部の故郷を捨て、生きるために冷たい北部を彷徨う人々の苦難を歌った曲で、聴く毎に心を締め付けられる。ここで一緒に歌っているトレイシー・ネルソンについては、M15を参照。彼女はその後もマリアとのセッションに参加している。10.「I
Got To Move」は、メンフィス・ミニーとカンサス・ジョーが1933年または1934年に歌ったブルースで、何故か原題は「You Got
To Move」。仲違いした二人と、舞台の袖で男を待っている女の物語だ。ここでの男役はアルヴィン・ヤングブラッド・ハート (1963- )。デイブ・マシューズのピアノをバックに歌う
11.「Lonesome Desert Blues」はベッシー・スミス本人が作った曲で、歌詞の内容や比喩に深みがあり、曲作りの才能を感じさせる。
12.「Soul Of A Man」は、ブラインド・ウィリージョンソン(1902-1947)が1930年に録音した曲で、「人の魂とは何ぞや?」と問いかけるゴスペル・ブルースだ。ここでマリアと歌う現代ブルース界の巨匠タジ・マハール(1942-
)はさすがに迫力たっぷり。
13.「I Belong To The Band」は、ブルースギターの巨人レヴァランド・ゲイリー・デイビス(1896-1972)の曲。教会を持たない牧師としてハーレムの街角で説教をしながら、ゴスペルソングの弾き語りをしていた彼は、フォークリバイバルで発見され、多数のレコーディングを残した。なかでも彼のギタープレイは群を抜いて素晴らしく、多くの若者が彼からレッスンを受けた。そこからは、ステファン・グロスマン、ヨーマ・コウコウネン(ジェファーソン・エアプレイン、ホット・ツナ)、ライ・クーダーなどが有名になった。マリアも彼のプレイに親しみ、自分のフラットに招いて仲間達と彼の説教と歌を楽しんだという。当時彼女とは面識がなかったようだが、弟子の一人にアーニー・ホウキンス(1947-
)という若者がいた。その後彼は学業の道に進んだが、音楽を諦めることができず、ピッツバーグのR&Bバンドで演奏活動を続ける。アコースティックのブルースギタリストとして名を成したのは、1990年代になってからで、2000年から数枚のソロアルバムを出している。マリアによると、録音セッション二人の息が合ったようで、約35分で2曲の録音を終えたそうだ。アルバムは、3.「It's
A Blessing」のリプライズで終わる。
Dreamsville Records というレーベルから発売された日本盤には、2曲のボーナストラックが収録された。15.「I'm Going
Back To My Used To Be」は、ベッシー・スミスとクララ・スミスによる1923年10月4日の録音で、マリアとトレイシー・ネルソンとのデュエットだ。この録音は4年後に発売された「Sweet
Lovin' Ol' Soul」M25に収録された。16.「I Am The Light Of This World」は、アーニー・ホウキンスと録音したもう1曲で、ゲイリー・デイビスのトリビュート盤「Gary
Davis Style」2002 E115 および彼名義のアルバム「Rag & Bones」2005 に収録されている。
アコースティックな楽器によるシンプルな演奏ながら味わい深い。マリアとミュージシャン達のブルースに対する愛情がひしひしと感じられ心地よい。時代を生き抜いたブルースの古典が現代的な視点で生き生きと甦っているのだ。なおジャケットには、メンフィス近郊のブルースの聖地を尋ね、Old
Highway 61の道標と一緒に写るマリアのポートレイト。レッドベリーやメンフィス・ミニーの墓を訪れたマリアの写真、水彩画家としても有名なベース奏者のローランド・サリイが書いた伝説的ブルース・ミュージシャンのポートレイトも掲載されている。本作はマリアによると「Shoe
String Budget」で製作されたというが、大きな評判を呼び、グラミー賞、W.C. ハンディー・アワーズにノミネートされ、ベスト・インディー・アワーズの「Best
Traditional Blues Album Of The Year」受賞に輝くヒット作となった。
[2008年9月作成]
[追記2022年3月]
収録曲のうち、4.「Me And My Chauffeur Blues」、6.「I'm Goin' Back Home」の2曲は、2012発表のアルバム「Furst
Came Memphis Minnie」M34と同じ録音。
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