E43 A Foot In The Door  1978  Rogers & Burgin  Waterhouse

E42 A Foot In The Door

Roy G Rogers : Vocal, Guitar, Slide Guitar
Maria Muldaur : Vocal
David Burgin : Harmonica
Phil Aaberg : Piano
Maurice Cridlin : Bass
Scott Mathews : Drums

Roy G Rogers, David Burgin : Producer

1. Lost Love [Roy G Rogers, David Burgin]

Recorded in September 〜 November 1977 at Berkeley, California


ロイ・ロジャース(1950- )は、アメリカのブルース音楽界の中で屈指のスライドギター奏者だ。彼はカリフォルニア生まれで、両親は同名のカントリー・シンガーにちなんで命名したという。若い頃からブルースにどっぷり浸かり、ジョン・リー・フッカー、ランブリン・ジャック・エリオットのバックを務め、1980年代以降は自己名義のソロアルバムやハーモニカ奏者ノートン・バッファローとの共演盤を製作。その他リンダ・ロンシュタット、サミー・ヘイガー、ボニー・レイット、我等がマリアの「On The Sunny Side」1990 M12等の作品に参加している。本作は彼のレコード・デビュー盤だ。ここでの彼のプレイは、アコースティック、エレキ、スライド、フィンガーピッキングなんでもござれといった感じで、本当に上手く歌心もある演奏を聴かせてくれる。共同名義の相手であるデビッド・バーギンはハーモニカ奏者で、マリアの「Southern Wind」1978 M5の他に、ジェフ・マルダー、エイモス・ギャレットの作品に参加している。近年の彼は後進の指導に力を注いでいるようだ。二人の共演盤はこれ1枚だが、映画「One Flew Over The Cuckoo's Nest」(邦題 「カッコーの巣の上で」)の音楽の一部も担当したという。

マリアは 1.「Lost Love」で、ロイとデュエットで歌っている。ロイの若々しく誠実な感じの歌声とマリアの可憐な声のコンビネーションは大変好感が持てるものだ。曲自体もポップで明るい感じで、シングルヒットを狙える出来。バック・ミュージシャンも上手い人が揃っている。間奏でピアノソロを弾くフィル・アーバーグは、エルヴィン・ビショップ、ドゥービー・ブラザース、マリアの「Southern Wind」といった作品に参加し、後にニューエイジ・ミュージックで一世を風靡したレーベル、ウィンダムヒルでシンセサイザーを駆使したソロアルバムを発表する幅広い音楽性を持った人だ。ドラムスのスコット・マシューズは、ジェフ・アンド・エイモス、エルヴィン・ビショップ、トッド・ラングレン、サミー・ヘイガーのセッションに参加したほか、プロデューサー、作曲家としても活躍している。彼は一時期、マリアの娘ジェニーの夫君だったこともある。モーリス・クリドリン(ベース)もエルヴィン・ビショップやジョン・リー・フッカーと演奏していた人。アルバム全体について言えることであるが、ブルースをベースとした音楽に取り組みながらも、彼等が叩き出すビート感は現代的なセンスに溢れていて、30年以上経った現在聞いても全く古臭さを感じない。

その他の曲の出来も良く、3曲ではエイモス・ギャレットのゴキゲンなソロを楽しむこともできる。知名度が低い作品であるが、埋もれるのは勿体ないと思う。なおマリアは、本作の約20年後、ロイ・ロジャースのアルバム「Rythm And Groove」 1996 E90にゲスト参加している。

[2009年10月作成]



 
E44 Garcia Live Volume Four Jerry Garcia Band  ATO  
 

Jerry Garcia : Guitar, Vocal
Keith Godchaux : Piano, Back Vocal
John Kahn : Bass
Buzz Buchanan : Drums
Dona Jean Godchaux : Back Vocal, Vocal (12)
Maria Muldaur : Back Vocal, Vocal (12), Tambourine (10)

1. How Sweet It Is (To Be Loved By You) [Holland, Dozier, Holland]
2. Catfish John [Bob McDill, Alan Reynolds]
3. Simple Twist Of Fate [Bob Dylan]
4. I Second The Emotion [Al Cleveland, Smokey Robinson] E41 E42
5. The Night They Drove Old Dixie Down [Robbie Robertson]
6. The Harder They Come [Jimmy Cliff] E41
7. Mission In The Rain [Robert Hunter, Jerry Garcia] E41 E42
8. Cats Under The Stars [Robert Hunter, Jerry Garcia] E41
9. Gomorrah [Robert Hunter, Jerry Garcia]  E40 E41 E42 E150
10. Mystery Train [Herman Parker, Sam Phillips] E41
11. Love In The Afternoon [Robert Hunter, Jerry Garcia]  E40 E41
12. I'll Be With Thee [Traditional]  E40 E41 E42 E150
13. Midnight Moonlight [Peter Rowan] E41

Recorded Mar 22, 1978 at Veteran's Hall, Sebastopol, California

注 2014年発売、CD2枚組
   3 はマリア非参加

「Pure Jerry Warner Theatre March 18,1978」 2005 E41、「Pure Jerry San Francisco Bay Area 1978」 2009 E42に続く、マリアが参加したジェリー・ガルシア・バンドのライブ第3弾。3月22日カリフォルニア州セバストポールにあるベテランズ・ホールでのライブは以前より音源が出回っていたが、音質に難があった。今回正式発売されたCDは、サウンドボード録音により各段に良い音になっている。

以下E41、E42に入っていない曲につき、説明しよう。1.「How Sweet It Is (To Be Loved By You)」 は、マーヴィン・ゲイ1964年の大ヒット(全米6位)のカバーで、ジェイムス・テイラーがアルバム「Gorilla」1975で取り上げ、その後彼のステージにおける常連曲となったが、ここでは異なるリズムの乗りでの演奏。コーラス部分で、ドナとマリアのバックボーカルが楽しめる。2.「Catfish John」は、E42に入っていたが、その時のライブがマリア非参加だったので、本アルバムがマリア参加の初正式発表となる。女性コーラスが加わったコーラス部分から始まる曲で、 作者のカントリー歌手ボブ・マックディール本人による1972年の録音がオリジナル。ボブ・ディランの 3.「Simple Twist Of Fate」は、ジェリーのみの歌唱でマリアは非参加。5.「The Night They Drove Old Dixie Down」はザ・バンドのセルフ・タイトルド・アルバム 1969に収められたロビー・ロバートソン作の名曲で、多くのアーティストがカバーしている。あとの曲については、E41、E42の解説をご参照ください。1曲毎に十分時間をかけ、ギターやピアノのソロをたっぶり織り込んだシンプルなアレンジと、和気あいあいとした自由な雰囲気での演奏は何とも心地良いものだ。

ガルシアおよびスタッフがオーディエンスによる会場録音を禁止しなかったため、同バンドについては数多くの録音が存在し、ファンの間でトレードされたため、上述の正式発表盤以外に大変多くの音源が出回ることになった。マリアがメンバーに加わったジェリー・ガルシア・バンドの活動期間、1977年11月20日から1978年11月3日までの約1年間で、私が知る限り、約40のコンサート音源(正式発売分を含む)が存在している。

[2023年11月作成]


E45 3-Way Mirror  1979  Livingston Taylor  Epic

E43 3-Way Mirror

Livingston Taylor : Vocal, Acoustic Guitar
Maria Muldaur : Vocal
Fred Tackett : Acoustic Guitar
Dan Dugmore : Steel Guitar
Jai Winding : Piano
David Hungate : Bass
Mike Baird : Drums

Nick DeCaro : Producer

1. No Thank You Skycap [Livingston Taylor]


注: 写真はCD再発盤のジャケット表紙(下部に「A Classic Album Reissue」の表示あり)


テイラー・ファミリーの三男リヴィングストン・テイラー (1950- )4枚目のアルバム。次男ジェイムスに比べて華やかさはないが、地道なコンサート活動、ソロアルバム製作で固定ファンを獲得、現在も元気に活動している。プロデューサーが、主にアレンジで多くの作品に関わりスウィートネスの魔術師と呼ばれ、マリアのファーストアルバムにも参加していたニック・デカロということもあり、従来のフォーク路線と洗練されたAORムードがうまくミックスされ、垢抜けた味わいがある。そのなかでマリアが参加した 1.「No Thank You Skycap」は、思い切りカントリー風の音つくりで、アルバムに変化をもたらす役割を担っている。最初はリブが、そしてマリアがソロで歌い、二人の合唱部分でマリアはハーモニーを担当している。恋人との別れの歌で、マリアの歌声には相手を思いやる情感がこもっている。バックを担当するのは西海岸を活動拠点とする一流のセッション・ミュージシャンで、各人とも無数のセッションに参加している人達だ。フレッド・タケットは、ボブ・ディランのゴスペル時代のセッション(「Saved」1980、「Shot Of Love」1981)が一番有名。ダン・ダグモアは、リンダ・ロンシュタットとジェイムス・テイラーのアルバムとツアーに数多く参加し、現在はナッシュビルで活躍中。ジェイ・ワインディングはマドンナのバンドリーダーがメイン。デビッド・ハンゲイトはTotoの結成メンバーになった人だ。

その他の曲では明るい感じで、シングルカットされ全米30位のヒットとなった「I Will Be In Love With You」、ジェイムス・テイラーがアルバム「That's Why I'm Here」1985でカバーした「Going Round One More Time」。AOR名曲集の筆頭候補にあげることができる「Train Off The Track」などの佳曲もあるぞ。

[2009年10月作成]


E46 Ramblin'   1979  Richard Greene  Rounder

E44 Ramblin'

Richard Greene : Violin
Maria Muldaur : Vocal
Peter Rowan : Guitar, Vocal (3,4)
Al Hendrickson : Guitar (1,2)
Andy Statman : Mandolin
Larry McNeely : Banjo (4)
Buel Neidlinger : Bass

Wade Marucus : String Arragement
Richard Green, Buel Neidlinger : Producer

1. New Orleans [Hoagy Carmichael]
2. You Are My Sunshine [Jimmie Davis, Charles Mitchell]
3. In The Pine [Slim Bryant, Jimmie Davis, Clayton McMichen]
4. The Walls Of Time [Bill Monroe, Peter Rowan]


リチャード・グリーン(1942- )は、子供の頃にクラシック音楽の教育を受けたが、高校生の時からニュー・ロスト・シティー・ランブラーズなどのフォーク、オールドタイム・ミュージックに傾倒。その後ブルーグラス音楽の世界で腕を磨き、1966年ビル・モンローのグループに加入して一躍有名になる。その後はジム・クウェスキン・ジャグ・バンドや、ロックグループのシートレイン、そしてデビッド・グリスマン、クラレンス・ホワイト等とのセッショングループ、ミュールスキナーに参加し、ブルーグラス新世代として新しい時代を築いた中心人物の一人。クラシック、ジャズを含む幅広い音楽性と、先進的な超絶テクニックが大変魅力的だった。現在はワークショップなどで後進の指導にあたるとともに、マイペースで作品を発表し続けている。本作は3作目のソロアルバムで、クラシック、スウィングジャズ、オールドタイミー、ブルーグラス等いろんな音楽が取り上げられている。リチャードは歌わないので、マリアとピーター・ローワンがシンガーとしてゲスト参加している。

1.「New Orleans」は、マリアがよく歌うJ.J.ケ−ルの曲とは同名異曲。「Stardust」や「Georgia On My Mind」を作曲したホギー・カーマイケルが1932年に発表した曲で、当初ベニー・モートンズ・カンサスシティ・オーケストラが録音したが、エラ・ローガンによるスローなバージョンで成功した。ブルースとラグタイムの香り高いメロディーとコード進行が素晴らしい。リズムギターはアル・ヘンドリックソンで、ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、ナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルド、アニタ・オディー等の録音に参加、後年は映画やテレビ音楽のセッションマンとして鳴らし、モンキーズやレイ・チャールズの作品にも参加した達人。リチャードはステファン・グラッペリのような音色を出すとともに、多重録音によるストリングスも担当している。マリアの歌声は艶っぽくて、この曲にピッタリはまっている。2.「You Are My Sunshine」は、後にルイジアナ州の州知事となったカントリー歌手、ジミー・デイビスの作曲とされるが、実際は彼が他人から著作権を買い取ったものらしい。彼自身は1940年に初録音したが、その後ビング・クロスビーやジーン・オートリーでも大ヒットした。リチャードはカントリー音楽のフィドルらしい弾き方でマリアの歌の伴奏をする。マンドリンを弾いているアンディ・スタットマンは、カントリー・クッキング、ブレックファスト・スペシャルなどで、ケニー・コサック、ラス・バレンバーグ、トニー・トリシュカ等と共演したブルーグラス界の進歩派ミュージシャンで、デビッド・グリスマンとの共演盤も有名。3.「In The Pine」は、ピーター・ローワンとマリアのデュエットが楽しめる。南アパラチア地方に伝わる古い曲が原曲で、レッドベリー、ビル・モンロー、ドック・ワトソン等が「Where Did You Sleep Last Night」、「Black Gal」というタイトルで録音している。4.「The Walls Of Time」はビル・モンローとピーター・ローワンの共作で、彼等以外にエミルー・ハリス、リッキー・スキャッグスの録音もある。マリアのストレートな声によるハーモニー・ボーカルが良いですね。本作でベースと共同プロデュースを担当しているブエル・ネイドリンガー (1936-2018)は、クラシックから前衛ジャズのセシル・テイラー、ヴァン・ダイク・パークス、前述のシートレイン、デビッド・グリスマン、ポール・ウィリアムス、ニール・ダイヤモンド、果てはレオ・コッケ、アース・ウィンド・アンド・ファイヤーという驚異的に幅広い分野のセッションに参加した人。バンジョーのラリー・マクニーリーは、グレン・キャンベル、ロイ・エイカフ等に参加したセッションミュージシャン。

リチャードのクリエイティブな演奏、そして全10曲中 4曲でマリアの歌声を聞くことができる美味しい作品。

[2009年10月作成]


E47 One For The Road  1979 Willie Nelson & Leon Russell  Columbia

E45 One For The Road

E45 One For The Road DVD

Maria : Vocal (1,2), Back Vocal (3)
Leon Russell : Vocal, Piano
Willie Nelson : Vocal, Guitar
Micky Raphael : Harmonica
Bonnie Raitt : Slide Guitar (1), Back Vocal (2,3)
Jody Payne : Guitar
John Gallie : Organ
Chris Ethridge : Bass
Paul English or Rex Ludwick : Drums

1. Trouble In My Mind [Richard M. Jones]
2. Will The Circle Be Unbroken [A. P. Carter]  E74 E105
3. Roll In My Sweet Baby's Arms [Traditional]


注) 写真上: レコード・CD盤のジャケット表紙 (1.のみ収録)
   写真下: 日本で販売された廉価版DVDのジャケット表紙 (1.2.3. 収録)


「One For The Road」は、レオン・ラッセル (1942-2016) とウィリー・ネルソン (1933- )が1979年にリリースしたスーパー・セッションアルバムだ。当時は2枚組LPとして発売されたが、CD再発では1枚になった。「Heartbreak Hotel」、「You Are My Sunshine」、「Danny Boy」、「Summertime」などのスタンダードをカントリー、ブルースフィーリング溢れるアレンジで演奏、特にカントリー音楽界で評判となった。レオン・ラッセルは1960年代よりセッションマン、アレンジャーとして活躍、ジョー・コッカーとのセッションで有名となり、パフォーマーとして一世を風靡した人だ。ジョージ・ハリソンの「The Concert For Bangradesh」1971 をピークにロック界での人気は下降気味となり、その後は主にカントリー音楽界で活躍。作曲家としてはカーペンターズの「This Masquarade」、「A Song For You」、「Superstar」で歴史に名を残した人だ。ウィリー・ネルソンも 60年代は作曲家として、パッツィー・クラインの「Crazy」などで名声を博し、70年代から活発なコンサート活動を続けて不動の地位を獲得、アメリカン・ミュージックのジャイアントの一人になった。レオン・ラッセルとウィリー・ネルソンの交流はその後も続き、レオンはウィリーが毎年主催するコンサート・イベント「The 4th Of July Picnic」の常連となっている。アルバムの前半は二人の共演が楽しめるが、後半になるとレオンの伴奏によりウィリーが歌うスタンダード集といった趣になる。ここにはスタジオを訪問したマリアとボニー・レイットがゲスト参加した1.「Trouble In My Mind」が収録されたが、後述の映像版と同じ演奏なので、詳細は後で説明する。

映像版は、このアルバムの製作にあたりテレビ・スペシャルとして撮影されたスタジオライブで、全19曲収録されたが、アルバム収録曲(20曲)とは「Trouble In My Mind」を含む3曲しか重複していない。ここではマリアの映像を3曲観ることができる。1.「Trouble In My Mind」は、ジャズ・ミュージシャンのリチャード M. ジョーンズの曲で、彼のピアノ、ルイ・アームストロングのコルネット、ブルース歌手バーサ・チッピー・ヒル(Bertha 'Chippie' Hill) の歌による1926年の録音が最初。ライトニン・ホプキンス、ビッグ・ビル・ブルーンジー、B. B. キング他、ほとんどのすべてのブルース・ミュージシャンのみならず、カントリー、ロック、ポピュラーなど、あらゆるジャンルの人々にカバーされた名曲だ。まずマリアが1ヴァース歌う。当時のマリアは声が太くなってきた頃で、その歌いっぷりは快調そのもの。レオンがその後を継ぎ、ボニーのスライド・ギターソロの後で、ウィリーが歌う。最後に3人が一緒に歌う部分はワイルドでガッツがある。カーター・ファミリーの曲で、ニッティー・グリッティ・ダート・バンドで有名となった 2.「Will The Circle Be Unbroken」では、マリアとボニーは主にバックボーカルを担当。ここでもマリアは少しだけソロで歌うが、ボニーは表に出てこない。おそらくレコード会社との契約による制限のためじゃないかな? 3.「Roll In My Sweet Baby's Arms」は、ビル・モンロー、フラット・アンド・スクラッグス、ドック・ワトソン、グレン・キャンベル、ジャック・エリオットなどブルーグラス、カントリー、フォーク系の人達が歌っているトラディショナルで、マリアとボニーはバック・ボーカルを担当している。バック・ミュージシャンは、ウィリー・ネルソンの伴奏を長年担当している人達で、特にハーモニカソロを披露するミッキー・ラファエルは、ジェリー・ジェフ・ウォーカー、オールマン・ブラザース・バンド、U2など無数のセッションに参加している。ベースのクリス・エスリッジ (1947-2012) はフライング・バリット・ブラザーズのメンバーで、マリアのソロデビュー盤 M1にも参加していた。

本映像が廉価版のDVDで出回っているという話は聴いていたが、近くのスーパーで売っていたのには驚いた(2008年の話です)。 「Willie Nelson & Leon Russell」というタイトルで、マリアの名前はどこにも出てこないけど、彼女の映像がこんなに身近なところにあったなんて..........。楽しそうに歌うマリアの姿を拝むことができる。

[2009年10月] 「映像・音源」から、「オムニバス・ゲスト参加」のコーナーへ移し、内容も一部変更しました。



E48 Bread & Roses 1979  Vrious Artists   Fantasy

E46 Bread & Rose

Maria Muldaur : Vocal
Banana : A. Guitar
Freebo : Bass
David Lindrey : Slide Guitar
Richard Greene : Violin
Jim Rothermel : Clarinet

1. Walkin' One And Only [Dan Hicks] M1 M2

Recorded at Greek Theater, University of California, Barkeley at October 1977


ジョーン・バエズの妹ミミ・ファリーナ(1945-2001)は、メキシコ系アメリカ人で著名な物理学者である父親の仕事の関係で各地を転々とし、ボストンのフォークシーンで姉とともに有名になる。1963年小説家、音楽家のディック・ファリーナと出会い、18歳で結婚。夫婦でヴァンガードから2枚のアルバムを出すが、1966年に夫が交通事故で亡くなってしまう。その後は主にソロで活動し、コンサートで姉と共演もしていたが、1967年平和運動への参加が原因で投獄されてしまう。その時の経験と、後に行った監獄でのコンサートのオーディエンスの反応が動機となり、1974年に病院や監獄等、閉鎖的な環境のために生の音楽を楽しむことができない人々のために、プロおよびアマチュア・ミュージシャンがボランティアでコンサートを開催するための非営利組織 「Bread & Roses」をサンフランシスコに設立した。音楽界の商業主義的傾向に不満を感じていた彼女は、その後はこの組織の運営がライフワークになってゆく。本アルバムは、Bread & Rosesの資金集めのために 1977年10月の3日間にわたり行われた第1回コンサートのライブ盤(LP2枚組、CD再発売では1枚にまとめられた)である。本作がコンサート2年後の1979年に発売された事情は知らないが、当時は、異なるレコード会社のアーティストによって、チャリティー目的のアルバムが製作されるケースはあまりなかった。

マリアのトラックは、最初のソロアルバムに収められていたスウィンギーな 1.「Walkin' One And Only」で、ユニークなバックミュージシャンがこの音源を特異なものにした。アルバムには、曲毎の演奏者のクレジットがないが、コンサート・ハウスバンドへの「Special Thanks」として各プレイヤーの記述があること、そして本曲での演奏スタイルからリチャード・グリーンのバイオリン、ジム・ロサメルのクラリネット、フリーボのベースは明らかなため、上記メンバーと断定した。フリーボ、リチャード・グリーン、デビッド・リンドレーはマリアの以前からの音楽仲間、ジム・ロサメルは後年彼女のアルバムの録音メンバーの常連となる。「バナナ」の本名はローウェル・レビンガー(Lowell Levinger)といい、本アルバムにも参加しているジェシー・コリン・ヤングと一緒にヤングブラッズを結成した人で、ギター、バンジョー、ベース、ピアノ何でもこなすマルチプレイヤーだ。彼はヤングブラッズ解散後、ミミ・ファリーナと出会い、その後ずっと彼女と一緒に音楽活動を行うことになる。彼のスウィンギーなアコギのカッティングとフリーボのランニングベースをバックに、リチャードとジムが奔放なプレイを展開する。本コンサートは病院や監獄での軽装備のコンサートをイメージして、生楽器による演奏をポリシーとしたというが、本アルバムにおけるこの曲の演奏は、いつもと異なるアコースティックな響きが新鮮だ。

その他の収録曲では、ウッドストックの仲間ジョン・ヘラルドの「Ramblin' Jack Elliott」、本人ランブリン・ジャック・エリオットの「San Francisco Bay Blues」、ダン・ヒックスの「I Got Mine」、ジャクソン・ブラウンの「For Everyman」などが印象に残る。最後の曲はコンサートのフィナーレとして、全員で賛美歌の「Just A Closer Walk With Thee」を歌っており、マリアもコーラスに加わっているものと推測される。

[2010年3月作成]


E49 Bread & Roses 1980  Vrious Artists   Fantasy


Maria Muldaur : Vocal
The Chambers Brothers : Back Vocal
Unknown : Piano
John Girton : A. Guitar
Unknown : Bass
Unknown : Drums

1. Just Like An Eagle [Rev. W. H. Brewster]  M4 M7 M33

Recorded at Greek Theater, University of California, Barkeley at October 5-7, 1979


1979年10月5日〜7日に行われたBread & Roses の資金集めコンサートの第3回目の模様を収めた実況録音(LP 2枚組み CD化はされていないと思う)。マリアの演奏は 1.「Just Like An Eagle」が収録された。本アルバムも前作同様、曲毎のクレジットがないが、バックコーラスの歌声はチェンバース・ブラザースで間違いないだろう(彼らは自己名義でコンサートに参加しており、その模様もアルバムに収められている)。ギターがエレキでなくアコースティックであることがサウンド面の違いで、マリアのアドリブボーカルの醍醐味が存分に堪能できる意味で、「Gospel Nights」の別バージョンとして比較して聴く楽しみがある。

その他の曲としては、ここではジョーン・バエズ、デビッド・クロスビーとグラハム・ナッシュ、リー・カンケル(ママ・キャス・エリオットの妹で当時ドラム奏者のラス・カンケルの奥さんだった人)、ハーモニカ奏者のノートン・バッファロー他の演奏が収められているが、とりわけ興味深いのは、フリーボ(チューバ)、バナナ(バンジョー)、ジム・ロサメル(クラリネット)、ノートン・バッファロー(トロンボーン)、デイブ・グローヴァー(トランペット)、ビル・スレイス(サックス)(最後の二人はエルビン・ビショップのバンドでホーンを担当していた人達)による「Freebo And The Bread & Roses Dixieland Band」が演奏するルイ・アームストロングで有名な「Basin Street Blues」だ。またこのコンサートの日付が東海岸のニューヨークで行われた「No Nukes」のイベント(9月19〜23日)の直後にあたり、前述のデビット・クロスビーとグラハム・ナッシュが写真家のジョエル・バーンスタインと一緒に歌う「Power」(ジョン・ホール作曲で、「No Nukes」ではジェイムス・テイラー、ドゥービー・ブラザースと一緒に歌っていた)や、ピート・シーガーが歌う「Acres Of Claims」は、当時のアメリカにおける原子力反対運動のホットな雰囲気を感じることができる。

Bread & Rosesの実況盤の発売はこれが最後となった。しかし組織の活動は、主催者のミミ・ファリーナが2001年肺ガンのために亡くなった後も現在も続いている。

[2010年3月作成]

[2022年10月追記]
同日演奏ののマリアの音源を聴くことができたので、「映像・音源」の部に掲載しました。またマリアのアナウンスによりギタリストがジョン・ガートンであることが分かりましたので、バックの記載につき修正しました。


E50 Medicine Trail  1980 Peter Rowan  Flying Fish

E48 Medicine Trail

Peter Rowan : Vocal, A. Guitar
Maria Muldaur : Harmony Vocal
Mike Auldridge : Dobro
Andrew Statman : Mandolin
Tom Grey : Bass

1. Blues Come Bother Me [Peter Rowan]



ピーター・ローワン(1942- )は、ブルーグラス音楽界トップの座に長く君臨している人だ。若い頃は兄弟でバンドを組み、ブルーグラス、テックスメックス、ロック音楽等を演奏。1964年ビル・モンローのブルーグラス・ボーイズにギタリスト兼シンガーとして加入、一躍有名となった。その後はデビッド・グリスマンとアースオペラ、リチャード・グリーンとシートレイン、ジェリー・ガルシアとオールド・イン・ザ・ウェイという、ロック色の強い音楽活動に参加。スーパーセッション・グループ、ミュールスキナー(E24参照、マリアも1曲ゲスト参加)のメンバーでもある。兄弟バンド、ローワンズでの活動後、ソロ活動に乗り出して製作した2枚目のアルバムが本作である。ここではブルーグラス以外にロック、テックスメックス、フォーク、ブルースといった幅広い音楽が取り上げられており、そのカラフルさはライ・クーダーに共通するものがある。そういえばライのアルバムに参加していたテックスメックスのアコーディオン奏者、フラコ・ヒメネスも参加している。

1.「Blues Come Bother Me」は、本作のなかでも異色のスローテンポによるブルージーな曲で、フィンガースタイルのギターにマイク・オールドリッジ(1938-2012)のドブロが絡む。彼は先進的ブルーグラス・グループ、セルダムシーンのメンバーとして活動しながら、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリスなど多くのセッションに参加。タコマ・レーベルから出したソロアルバムには、ロバータ・フラックが歌った名曲「やさしく歌って」をドブロで弾く必殺プレイを聴くことができた。この人が奏でるドブロギターの音は、バーが弦に当たる際に発する「バシッ」という音が入るなど、決して繊細とは言えないが、深みというかコクがあり、他のプレイヤーと全く異なる音を出す凄い人なのだ。ここでは彼のドブロが終始鳴っていて、終わった後に心地よい余韻が残り、何度も聴き直したくなる。マリアもピーターのリードボーカルに寄り添うようにハーモニーを付けている。マリアとピーターの共演は、本作以外に前述の「Muleskinner Live」 1973 E24やリチャード・グリーンのソロアルバム「Ramblin'」 1979 E46があり、その相性は抜群だ。

ピ−ター・ローワンは、本作以降も順調なソロ活動を続け、1990年代も良質の作品を発表。2000年代はトニー・ライスと組んで第1線で活動した。


[2009年11月作成]


E51 Bright Morning Stars  1980 Happy Traum  Greenhays

E49 Bright Morning Stars


Happy Traum : Vocal, Electric Guitar
Maria Muldaur : Vocal
Richard Manuel : Electric Piano, Clavinet
Amy Fradon, Arti Funaro, Marilyn Mason, Andy Robinson : Chorus

1. Bright Morning Stars [Traditional, New Words And Arrangement, Happy traum] M7

Happy Traum, Andy Robinson : Producer


ハッピイ・トラウム(1938- )は、Homespun Tapesの主催者として、フォーク、ブルースのフィンガースタイル・ギターの映像付き教則本を自ら著した他、ギターを含む様々な楽器の名手による映像付き教則本を数多く製作した人だ。なので現在はフォーク、ブルース音楽のインストラクションの権威のように思われているが、フォーク・ミュージシャンとしても、しっかりしたキャリアを誇っている。

彼はニューヨーク・ブロンクスの生まれで、1960年代のニューヨークにおけるフォークブームにおいて、中心的な役割を果たした。フォークウェイズ・レコードのオムニバス盤(ボブ・ディランがブラインドボーイ・グラントの変名で参加した)や、シングアウト誌の編集長を務め、1965年に最初の教則本「Fingerpicking Style For Guitar」を書いている。1967年からウッドストックに住み、アルバート・グロスマンの口利きでキャピトル・レコードと契約。弟のアーティーのデュオで、「Happy And Artie Traum」、「Double Back」の2枚のアルバムを発表した。さらに1971年に録音されたボブ・ディランとのセッションは、「Bob Dylan's Greatest Hits Vol.2」に収録されている。その後の作品は、1972年にウッドストックの仲間と録音した「Mud Acres」E17、1974年のアーティーとのアルバム「Hard Times In The Country」がある。ソロ活動としては、ステファン・グロスマンのキッキング・ミュールから出した「Relax Your Mind」1975、「American Stranger」があり、本作は彼にとって3枚目のソロアルバムで、後にフライング・フィッシュの傘下に入るマイナー・レーベル、グリーンヘイズから発売され、2000年に彼の自主レーベルと思われるラークズ・ネストからCD化され、日本では京都の通販レコードショップ「プー横丁」から発売された。

アルバム・タイトル曲 1.「Bright Morning Stars」は、古くから伝わるスピリチュアル・ソング(霊歌)で、ハッピイの解説にあるスタンリー・ブラザースやペニーウィスラーズ等のトラッドを演奏するミュージシャンや、最近ではエミルー・ハリスやジュディ・コリンズが歌っている。ここではハッピイのフィンガーピッキングによるエレキギターと、ザ・バンドのリチャード・マニュエルのシンプルな伴奏をバックに、最初ハッピイが一人で歌った後にマリアが加わり、そしてコーラス隊の合唱になってゆく。実はマリアは、本作と同時期に発表されたマリアのアルバム「Gospel Nights」M7で、バーンズ・シスターズと一緒にこの曲をアカペラで歌っている。コーラス隊の一人、エイミー・フラドンは、ソロアルバムの他に、レスリー・リッターと一緒に2枚のアルバムを出している。またこのふたりは、ハッピイとアーティーのラジオ番組の音源を元に制作されたCD「Bring It On Home」 E82にも名を連ねている。

その他の曲では、パット・アルジャー、ジョン・セバスチャン、ジョン・ヘラルド、ロリー・サリイ等、当時ウッドストックに住んでいた仲間やドック・ワトソンの息子マール・ワトソンも参加しており、こじんまりとした感じであるが、ハッピイの人柄とミュージシャンとの連帯感が伝わってくる好盤だと思う。本作以降の彼は、Homespun Tapesの仕事が忙しくなったようで、前述の「Mud Acres」の続編シリーズである、ウッドストック・マウンテン・レビューのアルバム製作や、セッション参加作品はあるが、自己名義のアルバムの発表は少なくなる。

[2010年3月作成]


E52 Green Ice  1981 Bill Wyman Polydor

E50 Green Ice


Maria Muldaur : Vocal (1,2), Back Vocal
Bill Wyman: Guitar, Synthesizer, Percussion
Terry Taylor : Guitar, Synthesizer, Percussion
Dave Lawson : Synthesizer (1,3)
Dave Richmond : Bass
Dave Mattacks : Drums, Percussion
Ray Cooper : Percussion
Doreen Chanter, Stuart Epps : Back Vocal

Ken Thorne : Conductor, Orchestra Arragement
Bill Wyman : Producer


1. Floating (Cloudhopper Theme) [Bill Wyman]
2. Tenderness [Bill Wyman]
3. Cloudhoppers [Bill Wyman]


「Green Ice」は、ライアン・オニール、アン・アーチャー、オマー・シャリフ主演で、コロンビアを舞台としたエメラルドをめぐる争いを描いたイギリス映画。日本では劇場未公開だが、「エメラルド大作戦」という邦題で時々テレビ放送されている。取締官(警察?)が、密猟者を捕まえるふりをして皆殺しにし、押収した原石をネコババする冒頭のシーンは衝撃的。妹を殺された姉(アン・アーチャー)が復讐のために男(ライアン・オニール)の力を借りて、エメラルドの元締め(オマー・シャリフ)に立ち向かう話であるが、この映画を観る限り、脚本や設定に甘い部分があり、映画の出来としてはイマイチと思う。「ある愛の詩」1970、「ペイパームーン」1973 等で人気絶大だったライアン・オニールは、この頃になると映画俳優としては落ち目になっていて、2000年代の彼は、家族内の障害事件や薬物所持で逮捕される等のスキャンダルで散々だった。2009年にファラ・フォーセットが亡くなったとき、長年の伴侶として彼女の死を看取ったエピソードが最近のニュース。

本映画の話題のひとつは、ローリング・ストーンズのベース奏者ビル・ワイマン (1936- )が音楽を担当したことだった。彼はミック・ジャガー、キース・リチャーズ中心のバンド活動に満足できず、1970年代ソロ活動を開始。1974年に初めてのソロアルバム「Monkey Grip」を発表し、他アーティストのプロデュースを行っていたが、映画音楽の仕事は、「イマジネイションをかきたてる仕事がやりたい」ために引き受けたそうだ。彼はその後もソロを続け、1992年にストーンズを脱退。リズム・キングスというバンドを結成し、現在も元気に活動を続けている。ビルが以前にプロデュースを担当したバンドのメンバーで、後にリスム・キングスの音楽パートナーになったテリー・テイラーが、本作でも全面的に協力している。その他、フェアポート・コンベンション、スティールアイ・スパンなどのブリティッシュ・フォーク界で有名なドラマー、デイブ・マタックス、グリーンスレイドというプログレッシブ・ロックのグループメンバーで、イエスやケイト・ブッシュのセッションにも参加しているデイブ・ロウソン、エルトン・ジョンの作品に参加したデイブ・リッチモンドやレイ・クーパーといったイギリスの腕利きのミュージシャンを起用している。

1.「Floating」は、主人公を含む3人の男が、一人乗りの気球でエメラルドが保管されているビルに潜入する場面で流れる曲で、重苦しい雰囲気の映画のなかで、息抜き的なシーンとなっている。ブルース好きのビル・ワイマンの作品としては意外にも、オーケストラがフィーチャーされた軽い雰囲気の曲だ。私は、マリアが本作に加わったいきさつについて知らないが、彼女はゲスト参加曲においてもブルースやルーツ音楽にこだわりを見せる人で、そういう意味で純粋にポップな感じの本作は、彼女のセッションワークの中でも異色の存在となった。彼女の歌声は、気球の浮揚感を表現したかのように軽やかで、セッション・ボーカリストのドレーン・チャンターや、エンジニアのステュアート・エプスがバックコーラスに加わっている。3.「Cloudhoppers」は同曲のインスト版で、1.にはない間奏が入るなど、演奏時間が前者の4:15に対し 6:10と長く、オーケストラのアレンジも異なっている。映画においてこの曲が流れる気球のシーンで使われていたトラックは1.ではなく、3.にマリアのボーカルを入れたもので、彼女の歌いまわしも、1.とは明らかに異なるものだ。2.「Tenderness」は、スウィートなメロディーを持ったラブソングで、1981年5月イギリスでシングル盤が発売されたが、チャートインはしなかったようだ。映画においては、この曲はクロージング・タイトルで流れる。バックの演奏は同じものと思われるが、マリアの歌はセカンド・ヴァースから始まり、かつ彼女の歌い回しはレコードのものと異なっており、明らかに別テイクだ。

その他の曲は全てインストルメンタルで、流行が始まったばかりのシンセサイザーを使った曲が多いが、現在の技術と比べると機械の質は段違いに悪く、当時の音に古臭さを感じてしまうのは否めない。上記の曲につき、異色の顔合わせとサウンドが楽しめるレア盤であるが、ビル・ワイマン、マリア・マルダーというネーム・バリューを重んじる人でなければ、今となっては聴く人はいないだろう。ちなみに本作は、2002年にCD化されたことがあるらしい。

[2010年4月作成]

[2012年2月追記]
「Tenderness」の映画版について書き足しました。

[2013年10月追記]
マリアは、Bill Wyman's Rhythm Kings の2013年秋の英国ツアーにゲストで参加しています(「映像・音源」参照)。


 
E53 More Than Music Vol.3  1981 Word Music 
 

Maria Muldaur : Vocal
Russ Tuff : Vocal (3)
Leon Patillo : Vocal (3)
Dave Boyer : Back Vocal (3), Tenor Sax (3)
Unknown : Back Band (3)

1. Keep My Eyes On You [T-Bone Burnett] M8
2. I Was Made To Love You [Stevie Wonder, Syreeta Wright] M8
3. What I Can Do For You [Michael Omartian, Stormie Omartian]

収録: 1981年

製作会社のWord Musicは、1951年テネシー州ナッシュビルで設立されたクリスチャン・ミュージック専門レーベル、Word Recordsの系列。本ビデオはもともとテレビ番組として製作されたもので、放送の翌年にビデオ化され、キリスト教に関する書籍やグッズの専門店で販売されたものらしい。本作は4巻からなるシリーズの Vol.3にあたる。ちなみにVol.1は、女性クリスチャン・シンガーの筆頭的存在であるエミー・グラント(ヴァンス・ギルの奥様)がゲスト出演している。スタジオにステージと観客席を設営した音楽バラエティショーの構成で、ラス・タフとデイブ・ボイヤーが共同で司会を務めている。ラス・タフ(1953- )は、ポップ・ロック、カントリー、ブルース、ゴスペルなどあらゆるジャンルをカバーする歌手で、1973年ゴスペル音楽界の有力コーラスグループ、インペリアルズに加入。1978年にソロになった後もクリスチャン・ミュージック界における中心的な存在となっている。デイブ・ボイヤーは、ビッグバンドによるゴスペル音楽ショーを特色とし、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、サミー・デイビス・ジュニア、ジェリー・ルイス等との共演実績がある人。

オープニングでラス・タフが1曲歌った後に、本日のゲストとしてマリアが登場する。デビュー当時に比べると、幾分ふっくらとしているが、ブルーのドレスを纏った姿は本当に美しく、かっこいい。マリアは、1982年発売のアルバム 「There Is Love」M8 から 1.「Keep My Eyes On You」を歌うが、 スタジオのビックバンドはマリアのソロでは演奏せず、予め録音された伴奏(アルバム収録のトラックと同じ、またはほぼ同じ演奏)を使用している。そのため、フェイドアウトになるエンディングをオーディエンスの拍手をかぶせて繕っている。しかし、ステージで歌うマリアの歌唱は口パクではなく、歌い回しなど適度なアドリブが入るので、彼女の仕草・表情と合わせて聴き応え十分だ。次にレオン・パティロが登場し、ジョージ・ハリソンの「My Sweet Load」のカバーを歌う。彼はサンタナのアルバム「Balboretta」1974と「Festival」1976に、ボーカリスト、キーボード奏者として参加後、Word Recordからソロデビューした人で、現在は牧師の仕事が中心になっているそうだ。ザ・インペリアルズの「Sail On」という曲のビデオの後にマリアが再登場し、観客席に張り出したステージで 2.「I Was Made To Love You」を歌うが、これもカラオケをバックにしての歌唱。前述の「There Is Love」1982 M8を製作したMyrhhというレコード会社はWord Recordの系列なので、その関係で彼女がゲスト出演したものと思われるが、ここでは本アルバムの事が言及されておらず、当時はバックの録音などの製作が行われていたものの、宣伝活動を始める以前の状態であったと推測される。

曲が終わった後、マリアがラス・タフと一緒に公園を歩くシーンとなり、彼女がクリスチャン・ミュージックに身を投じた動機を語る。彼女は、音楽ビジネスに幻滅を感じていたのに加えて、14歳の一人娘ジュニーが交通事故で重傷を負った事件がきっかけと話している。頭蓋骨骨折の緊急手術の間、マリアは娘の容態がわからないまま 12時間も待つことになり、必死になって神に祈ったという。結局ジェニーは無事退院したという(彼女は現在も歌手として元気に活動しているし、映像で観る限り母親譲りの美貌も問題ないので、それは奇跡かもしれないですね)。もともとゴスペル音楽が大好きだったマリアは、友人のボブ・ディランが発表したクリスチャン・ニュージック色が強い「Slow Train Running」1979、「Saved」1980 の影響を受けたとも語っている。次にレオン・パティロが再登場して1曲歌い、アイザック・エア・フライトという二人組のコメディアンによる寸劇の後、番組はフィナーレとなり、皆で3.「What I Can Do For You」を歌う。ここでの伴奏はカラオケではなく、ステージ上のビッグバンドが演奏している。この曲は、セッション・ミュージシャンとして有名で、クリストファー・クロスの他にクリスチャン・ミュージックの分野で多くの作品のプロデュースを担当したキーボード奏者マイケル・オマーティアンが、奥さんで女優、歌手、作家のストーミーと共作した作品で、ラス・タフ在籍中のザ・インペリアルズが1980年にシングルで発表したもの。ファースト・ヴァースをラス・タフ、セカンド・ヴァースをレオン・パティロ、ブリッジをマリアが歌い、最後はラスの歌に皆がコーラスをつけ、デイブ・ボイヤーがアルト・サックスでオブリガードを付けている。マリアがこの曲を歌っているのはこの映像のみだ。演奏がブレイクした後に、司会者が最後の言葉を述べ、演奏が再開して、皆ステージから降りてオーディエンスにあいさつ・握手をして回るシーンに番組製作スタッフのクレジットが表示され、番組が終了する。

クリスチャン音楽に傾倒した時期のマリアを捉えた貴重な映像だ。

[2013年4月作成]


 
E54  Atlantis 2000 A.D. 1981 The People   ULC

 


 
Maria Muldaur: Vocal
Fane Opperman: Synthesizer, Keyboards
Rex Stemm, Brother L'Hommedieu, Fane Opperman, Josh Doolan, Tom Carroza: Guitar
Willy Durbin: Bass
Jimmie Fox, Fane Opperman, Olaf, Tom Carroza: Drums
Stu Reynolds: Flute, Sax
Tim Jackson, Ray Keller: Sax

Brother Keith L'Hommedieu, Fane Opperman: Producer

1. Good To Be Alive [Fane Opperman, Keith L'Hommedieu]


注: ギター、ドラムスについては、曲ごとの演奏者の表示がないため、セッションに参加した全員を記載しています。

写真下: The Monastery Repot Vol. III 


1980年代前半のマリアは、大手レコード会社との契約を失い、多難な時代だったようだ。そんな状況で、娘ジェニの交通事故と手術の成功を経験し、神のご加護を強く感じた彼女は、クリスチャン・ミュージックの世界に身を投じる。その間彼女が参加したレコードは、一部のリスナーに特化したものだったため知名度が低く、それらの存在を知ったのはインターネットによる検索ができるようになってからであった。本作の存在を知り、e-Bayで購入したが、ジャケットのクレジット表示を見ても、その実体・背景がさっぱり分からず、アルバムおよび「ULC Inc.」という制作者の名前をインターネットで検索しても、全く資料が見つからない。その後 e-Bayで、ジャケットと同じデザインの「The Monastery Report 」 (直訳すると「修道院報告」。ここでは「会報」の意味) というタイトルの冊子の販売を見つけ、その購入によって、本アルバムが宗教団体によって自主製作され、通信販売で配られたものであることが判明した。従って一般のレコード会社・レコード店の流通ルートには乗っていない作品。マリアは、当時同団体と何らかの関係があったため、本作に参加したものと推測される。

「ULC」は、米カリフォルニア州を本拠地とする宗教団体 「The Universal Life Church」の略称で、1962年Kirby J. Hensleyという人によって設立された。独自の「聖書」を持たず、特定の宗教に限定されず、「正しい事をやりなさい」という教義・信条で、キリスト教、ユダヤ教など元の宗教に属したまま入信できること、少額の費用と一定の手続きで誰でも牧師になれる(その結果結婚式を取り仕切ることもできる)というオープンさで、束縛を嫌い自由を求めるアメリカ知識人が多く帰依した。その後は米国IRS(内国歳入庁)と宗教団体としての課税問題でもめたり、1999年の創設者の死後に分裂する等のトラブルを経験したが、本体は現在も活動を続けており、全世界で2000万人以上の信者がいるそうで、最近(2018年)では、エアロスミスのスティーブン・タイラーが資格を取得して息子を結婚させたという記事があった。

当時のULCは音楽を通じた布教活動に注力していて、ジャマイカでの活動の一環として、現地人の生活向上を目的として、当地のレゲエ音楽のレコード製作・販売を行ったりしていた。そのプロデューサーだったBrother Keith L'Hommedieu (発音がわからないので英語のままにします)が、組織のために製作した2枚目のレコードが本作で、上記冊子の通信販売欄によると、1枚5ドルの寄付(Donation)で配布された。

本作のタイトルおよびコンセプトである「アトランティス」は、古代ギリシャの哲学者プラトンの著作にある伝説の島・帝国で、高度な文明を持ちアテナイと争ったが、天罰により海中に沈み滅亡したという。彼の著述が伝聞に基づくものであったため、後に多くの学者・宗教者等がその真偽と所在地の謎をめぐり議論することになった。さらに1870年ジュール・ベルヌがSF小説「海底二万里」で取り上げたことにより、その知名度は世界的なものになった。そしてその議論には尾ひれが着いて、理想世界の源として人類進化・宇宙創生論に結び付けたり、ナチスのように民族優位性の象徴として利用されたり等、様々な解釈が生まれた。

本作でも理想郷としてのアトランティスが取り上げられているが、宗教的な抹香臭さはなく、ディスコの香りを加えたウエストコースト・ロックの明るいサウンド(80年代初めのシンセサイザーの安っぽい音が懐かしく、微笑ましくもある)に乗せて、現代社会への問題提起と人間・社会改善への希望が語られている。ザ・ピープルという名前のバンドは、信者である地元カリフォルニア州のミュージシャンから組成されているようであるが、知名度が高い人はいない。マリア以外のゲストとしては、スモール・フェイセス、ハンブル・パイのスティーブ・マリオット (1947-1991) が、1曲 「Here And Now」でソウルフルなボーカルを聞かせてくれる。マリアが参加したトラック 「Good To Be Alive」は、「生きているっていいね」、「光が見えるっていいね」というストレートなメッセージを繰り返し歌うシンプルなロック。マリアの歌唱と間奏のフルートソロがいい味を出している。

なお表紙の印象的なイラストは、海底未来都市としてのアトランティスを描いたもので、海洋ものを得意とするジョン・エンライト (John Enlight) の作品。

マリアの参加セッションの中で最もレア度が高いものであるが、当時多くの信者がいたため、そこそこの枚数が出回ったはずで、探せば見つけることができる。

[2022年6月作成]


E55 Country Praise (God Loves Country Music No.2) 1982 Various Artists Marantha! Music
 

Maria Muldaur: Vocal
Randy Mitchell or Bernie Leaden or David Mansfield: Guitar
Don Gerber: A. Guitar
Al Perkins: Steel Guitar, Produce
Danny Timms: Keyboards
Jerry Scheff: Bass
Ron Tutt: Drums
Becky Burns, Ron Tutt: Back Vocal

1. Thank God [Fred Rose]

 

マラナタ・ミュージックの「マラナタ」は、聖書にあるアラム語で「主よ来たり給え」という意味。1971年カリフォルニア州に設立された、若者をターゲットとしたクリスチャン・ミュージックのレーベルで、教会で彼らが歌えるような歌を提供することを目的とし、本稿執筆時の2020年も活動を続けている。本作はカントリー音楽における讃美歌を集めたもので、クリスチャン・ミュージックのアーティストが参加している。マリア以外に私が知っている人は、ボニー・ブラムレット(エリック・クラプトンの参加で話題を集めたデラニー・アンド・ボニーという夫婦デュオで1970年代前半に活躍した人)くらいだ。

マリアがクリスチャン・ミュージックに傾倒した時期に作られたアルバムで、私は2019年までその存在を知らなかったので、隠れていた遺跡を発掘したような気分になりました。ジャケット裏に表示されたクレジットから、マリアのアルバム「Gospel Nights」1980 M7のバック・ミュージシャンが多く参加していることがわかる。ほぼ同じサウンド作りになっており、「Gospel Nights」のアンリリースド・トラックのようにも聞こえる。プロデューサーのアル・パーキンスは、フライング・バリット・ブラザース、ステファン・スティルスのマナサス、サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンド等を経て、ドリー・パートンやエミルー・ハリス等のバックを担当したセッション・ミュージシャン。

1.「Thank God」は、カントリー音楽の歴史において最も重要な人物のひとりとされるハンク・ウィリアムス(1923-1953)が1948年〜1949年に録音し、死後の1955年に発表された曲。作者のフレッド・ローズは、ハンクのレコードをプロデュースし、曲を出版した人。彼はアコギ1本で弾き語っていたが、マリアはバンドをバックにに神への感謝を心を込めて歌っている。「Gospel Nights」でお馴染みのベッキー・バーンズとロン・タットがバックボーカルで加わるコーラス部分が聴きどころ。

40年近くも経ってから、このような愛らしい曲が突然ふっと現れるなんて、人生って楽しいもんだね!

[2020年4月作成]


E56  Miracle Man 1982 The Mighty Clouds Of Joy Myrrh

 

Joe Ligon: Vocal
Mari Muldaur: Vocal
Bonnie Bramlett: Vocal
Paul Beasley: Back Vocal
Richard Wallace: Back Vocal
Unknown: Back Vocal
Unknown: Back Vocal

Dave Boruff: Sax
Charles Fearing: Guitar
Laythan C. Armor: Piano, Arrangement
Andrew Goude: Bass
Kenny Elliot: Drums
Michael Fisher: Percussion

1. The Home Of The Lord [Robert Mason, David Diggs, Johnathan Michaels]

 

マリアが「There Is A Love」 1982 M8と同じレコード会社製作のアルバムにゲスト参加。

ザ・マイティ・クラウズ・オブ・ジョイは、ジョー・リゴン(と読むのかな? 2016年没)が中心となって結成されたゴスペル・コーラス・カルテットで、1960年にレコード・デビュー。その後、この手のグループとしては初めて、ベース、ドラムス、キーボードを加えて音楽の幅を広げ、ディスコでも流せるようなファンキー・サウンドを取り入れて若い層のファンを集めた。頻繁なメンバー交替を経て現在も活動中。

5人のメンバーのうちリードをとるのは、ジョー・リゴン、ポール・ビアズレー、リチャード・ウォレスの三人で、あと二人はジャケット写真に写っているものの、中袋のパーソネルにも記載がなく誰か不明(かわいそう!)。マリアが参加した 1.「The Home Of The Lord」は、寂しい時、辛い時に信じて求めれば、神の家にいることができるという前向きな歌詞と、ダンサブルなサウンドの曲。始めにジョーが歌い、途中でマリアとボニー・ブラムレットが各一節づつ歌う。ボニー・ブラムレット(1944- )はイリノイ州生まれで、ティナ・ターナーを観て歌手を志し、ロスアンゼルスに移住後にデラニー・ブラムレットと出会い結婚。デラニー&ボニーの夫婦デュオで活動、エリック・クラプトン、デュアン・オールマン、デイブ・メイソン等を交流を深めて、彼らが参加したアルバムを製作して人気を博したが、1972年に解散・離婚。その後はソロ活動を続け、980年代はゴスペル音楽に傾倒した。ここではマリアに優るとも劣らないソウルフルなヴォイスを聴かせてくれる。

マリアが宗教色の強い曲を歌っていた時代は、知名度が低いものが多く、私がこの曲の存在を知ったのも、2020年代になってからであった。彼女の歌唱は時間的には僅かであるが、印象に残る曲。

[2022年4月作成]


E57 Target  1983 Tom Scott Atlantic

E52Target

Maria Muldaur : Vocal
Tom Scott : Lyricon
Paul Jackson : E. Guitar
Victor Feldman : Keyboards, Synthesizer
Ian Underwood : Synthesizer
Michael Boddicker : Synthesizer
Neil Stubenhaus : Bass
Harvey Mason : Drums, Simmons Electric Drum, Percussion
Michael Fisher : Percussion
Judi Brown, Clydene jackson, Jo Ann Harris, Carmen Grillo, Andrea Robinson, Geoffrey Leib, Lynne Scott, Jim Gilstrap, Leza Miller, Rugenia Peoples : Back Vocal

Tom Scott : Producer

1. He's Too Young [Tom Scott, Geoffrey Leib]

注: 曲毎のクレジットがないため、聞える楽器の音を参考に、ジャケットに表示された全てのミュージシャンを列挙しました。


トム・スコット(1948- )は、管楽器は何でもOKという器用さに加えて、アレンジや作曲の才能もあり、1967年以降多くのソロアルバムを発表、現在も元気に活動している。また西海岸におけるスタジオ・ミュージシャンとしてトップの座を占め、ジョニ・ミッチェル、キャロル・キング(特にヒット曲「Jazzman」でのサックスソロは有名)、ジョージ・ハリソン、カーペンターズ、ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダン等のセッションに参加している。70年代はフュージョン音楽の流行に乗って、コマーシャルな音楽を前面に押し出し、大変人気があった。本作は、1980年代音楽界のパンクとシンセポップの風潮を取り入れたサウンド作りになっていて、今聴くと古臭い感じもするが、彼のサウンドメイキングの才能はしっかり出ていて、それなりにクリエイティブな内容になっていると思う。

本作の収録曲のなかには、オーセンティックなフュージョン曲もあるが、大半の曲はシンセサイザーによる音色とリズムが曲の雰囲気を支配している。といっても当時の打ち込み音楽のような無機質な感じがしないのは、名手ハーヴェイ・メイソンおよび、シンセサイザー奏者の成す技だろう。8曲中3曲がゲスト・ボーカリストによる歌入りの曲で、マリアは1.「He's Too Young」で歌っている。この曲では、打ち込みと思われるシンセサイザーがピコピコとリズムを刻んでいて、テクノポップ風のサウンドにアレンジされている。当時は流行の最先端、今はダササの最極端といった感じではあるが、曲およびマリアのボーカルに強力なR&Bフィーリングがあり、それが救いになっている。そういう意味で、彼女のボーカル自体は決して悪くなく、それなりに楽しめる出来だと思う。トム・スコットは、管楽器のシンセサイザーであるリリコーンを吹いている。その他ラップのような曲もあり、全体的にはトム・スコットの器用さが災いしたかのような感があるが、前述のとおり創造性も感じられるので、そういう意味でユニークな作品ということもできよう。

マリアがR&Bスタイルで、シンセポップを歌うユニークな作品。

[2010年4月作成]



 
 
 
E58 Last Train To Memphis 2004 Bobby Charles Rice 'N' Gravy

E53 Last Train To Memphis

Bobby Charles : Vocal
Maria Muldaur : Vocal (1), Harmony Vocal (2)
Jody Payne : Electric Guitar (1)
Willie Nelson : Acoustic Nylon Strings Guitar
Cranton Clements : Acoustic Guitar (1)
Neil Young : Acoustic Guitar (2)
Reese Wynans : Keyboards (1)
Clarence "Frogman" Henry : Piano (2)
Rufus Thibodeaux : Fiddle
Mickey Raphael : Harmonica
Billy English : Drums
David Hyde : Bass
Ronauld "Rome" Langlinais : Spoons (2)

Bobby Charles, Jim Bateman, Ben Keith : Producer

1. Homesick Blues [Bobby Charles]
2. Full Moon On The Bayou [Bobby Charles]

録音 : 1984年4月15日 Pendernales Recording Studio, Austin TX


ボビー・チャールズ(1938-2010) はルイジアナ州に生まれ、地元のケイジャン音楽やカントリー音楽を聴いて育ち、ファッツ・ドミノを耳にしてロックンロールのとりこになったという。彼が作った歌が地元のチェス・レコードに認められ、1955年にシングル・レコードでデビューを果たした。しかし歌手としては売れず、1956年 ビル・ヘイリーが歌った「See You Later, Alligator」の大ヒットにより有名となった。その後もファッツ・ドミノ「Walking To New Orleans」1960 (全米6位)、クラレンス・フロッグマン・ヘンリーの「(I Don't Know Why) But I Do」1961(全米4位、1994年映画「フォレストガンプ」の挿入曲にもなった)というヒットを飛ばし、作曲家としての地位を確立した。ケイジャン、ブルース、ロックンロールをルイジアナ州南部の湿地帯の香りで包み込んだ彼の音楽スタイルは終生変わらず、多くのミュージシャンの尊敬を集めたが、彼自身は名声に淡白、コンサートやレコード製作等の活動も控えめで、専ら曲の印税で質素な生活をしていたという。それでも気が向くとスタジオに入り、スライドギターの名手ソニー・ランドレス等、彼を慕うミュージシャンをバックに自作曲を録音した。本作は、彼が1975年から2001年までの間に録音した、それらの未発表曲(一部は過去に他のアーティストに提供した曲のセルフカバー)を収めたCDに、ボーナスとして既発表曲(1987年の作品「Clean Water」から6曲、1995年の「Wish You Were Here」から8曲、1998年の「Secret Of The Heart」から5曲)を集めたCDを添付して、2004年 自己のレーベルから2枚組として発売された。ボビー・チャールズといえば、1972年ウッドストックで、ザ・バンド、ハングリー・チャック(エイモス・ギャレットがメンバーだった)、ジョン・サイモン、Dr. ジョン等と製作したセルフタイトルのアルバムが畢生の名盤といわれているが、本作を購入することで、それ以降の1980〜1990年代の彼の姿をカバーすることができる。

マリアが参加したトラックは、1984年にウィリー・ネルソンのスタジオで録音されたものだ。ペンダーネイル・レコーディング・スタジオは、1970年代にウィリーがゴルフ場を買い取ってスタジオに改造したもので、ゴルフコースやプール等豪華な施設がつき、多くのミュージシャンが利用している。1.「Homesick Blues」は「Georgia On My Mind」を思わせる芳醇な香りがする曲で、マリアはクレジットでは「Background Vocal」と表示されているが、実際は単独で歌う部分もあり、デュエットというほうが正しい。二人が発するブルージーなオーラが最高。2.「Full Moon On The Bayou」は南部色が強いカントリーソングといった趣で、マリアはハーモニー・ボーカルを担当。ニール・ヤングのアコギの音が控えめながら聞える(マリアとニールの共演曲はこれだけ)。また前述のクラレンス・フロッグマン・へンリーがゲストでピアノを弾いている。そして2曲を通して、ウィリー・ネルソンのトレードマークであるガットギターのゴツゴツした音が入っている。リズム感やテクニックの面からは、決して上手いと言えないけど、独特の味があるプレイだ。

バックミュージシャンのうち、ジョディー・ペイン、ビリー・イングリッシュ、ミッキー・ラファエルは、ウィリーのバンドからの参加。デビッド・ハイドはボビーと関係が深い人で、ラッシー・ウィナンズはスティーブ・レイヴォーンのバンドにいた人。ミッキー・ラファエルによると、ニール・ヤングはボビーが連れてきたという。ケイジャン音楽のフィドル奏者、ルーファス・ティボドーは当時ニール・ヤングのバンドで演奏していた人だ。実のところ、このセッションで録音された5曲が、以前1995年に発売された「Wish You Were here」に収録(その全曲をボーナスCDで聴くことができる)されていて、うち数曲ではニール独特のアコギプレイや、ウィリーのハーモニー・ボーカルを聴くことができる。それにしてもマリアが参加した2曲が何故そのアルバムに収録されず、その後10年近くも未発表になっていたのか、不思議だ。

本作におけるその他の曲では、上記「See You Later, Alligator」、「Walking To New Orleans」、「(I Don't Know Why) But I Do」の3曲、そして「Last Train To Memphis」(ザ・バンド)、「The Jealous Kind」(ジョー・コッカー)、「I Wonder」(クラレンス・ゲイトマウス・ブラウン)、「Why Are People Like That ?」(マディー・ウォータース)「I Spent All My Money Loving You」と「What Are We Doing」(ジェリー・ジェフ・ウォーカー)といったセルフカバー曲がたくさんある。また以上の他に、本ディスコグラフィーにおけるボビーとマリアの接点はいろいろあるので、最後に述べておこう。ボビーは、ウッドストック在住時にポール・バターフィールドのバンド、ベターデイズのアルバム製作に参加。特に2枚目の「It All Comes Back」1974 E29では、名曲「Small Town Talk」を含む4曲の作曲のクレジットに名を連ね、「Take Your Pleasure Where You Find It」では、ポールと一緒にリードボーカルも担当している。またジェフ・マルダーはソロアルバム「Geoff Muldaur Is Having A Wonderful Time」1973 E34で、「Tennessee Blues」(マリアが娘のジェニーとコーラスで参加)を、マリアは「Louisiana Love Call」1992 M13で「Dem Dat Know」を取り上げている。またエイモス・ギャレットは、「Best Of Emos Garrett」1995 E85のために、マリアとのデュエットで「Small Town Talk」を吹き込んでいる。

2曲とも素晴らしい出来だし、パンクとテクノ、ダンスに明け暮れた1980年代の音楽シーンにおけるマリアの参加作品は少ないので、貴重な音源だ。


[2010年5月作成]


E59 Faraway Places 1985 The Usual Suspects  Suspex 5


Maria Muldaur : Vocal
Archie Williams Jr. : Electric Guitar
Michael Eje : Bass
Nick Milo : Keyboards
Brent Rampone : Drums
Michael Spiro : Congas

Tom Stern : Producer
David Shapiro : Creative Advisor

1. Rio De Janeiro Blue [Richard Torrance, Johnny Haeny]  M10 M11 M14

Recorded from March 1984 to March 1985


バンジョー奏者のトム・スターンは、1980年代に「Usual Suspects」 (いつもの連中、なじみの顔、常連という意味)というシリーズのアルバムを製作したことで、歴史に名を残した。当シリーズは、1981年の「The Usual Suspects」を初めに毎年1枚のペースで製作され、9作目の「Goodbye」1989が最後となった。レコード番号は Spx 1〜Spx 9というシンプルなもの。カリフォルニア州マリン・カウンティにあるサウサリート(サンフランシスコ対岸の町で金門橋が両者を繋いでいる)を本拠地としたサスペックス・レコードは、パンク、テクノ、ディスコに染まった1980年代の音楽界の流行のなか、地元ベイエリアのミュージシャン達を集めて、仲間内で好きな音楽を演奏するセッション録音を行った。そこではブルーグラス、ブルース、ジャズが自然に融合され、特定のジャンルにこだわらない西海岸らしい自由な雰囲気に溢れていた。最初の頃は、ピーター・ローワン、トニー・ライス、ドン・レノ等のブルーグラス、マイケル・ブルームフィールド、タージ・マハル等のブルースのミュージシャン達によるセッションが主であったが、第5作目にあたる本作「Faraway Place」からは、ブルーグラス色は薄くなり、代わりにジャズの雰囲気が色濃く出ている。そして本作は、シリーズ中マリア初登場の作品となった。

1.「Rio De Janeiro Blue」は、本作以外に「Live In London」1985 M10、「Transblucency」1986 M11、「Jazzablle」1993 M14と何度も録音された曲。1977年に「Smoke From A Distant Fire」(全米9位)というヒットを飛ばしたグループ、サンフォード・アンド・タウンゼンドに参加し、自身数枚のソロアルバムを発表したリチャード・トランスの曲で、本人のバージョンは「Bareback」1977年に収録されている。AORムード溢れるジャズ・ソングで、ランディー・クロフォードもカバーしている。バックのメンバーは、「Live In London」1985 M10とほぼ同じで、彼等は当時のツアーバンドであったことがわかる。M10での演奏は少し物足りない印象を持ったが、ここではスタジオ録音ということで、じっくり作られたためか、はるかに良い出来であると思う。特にギタリストのアーチー・ウイリアムスは、後半ダブルテンポになってから、疾走感に溢れる素晴らしいソロを展開しており、聴き応え十分。ただ、背景に聴こえるストリングス・シンセサイザーの音が、いかにも1980年代風で、少し安っぽいかな?

「Usual Suspects」シリーズは資料が少ないので、マリア以外のトラックについても簡単に解説しておこう。

Side One (Getting There)
1. Prelude Faraway Places (Nick Milo) Instrumental
2. Leaving Town (Ana Rizzo)
3. Interlude I City Exit (Nick Milo) Instrumental
4. Bayou Calling Me (Al Rapone)
5. Looking At The World Through A Windshield (Norton Buffalo)
6. Big River (Tony Rice)
7. Interlude II Sunday Drive (Nick Milo) Instrumental
8. Sweet Home Chicago (Bianca Thornton)
9. I'm Cominb Back(wards) To Alamam' (David Nelson)

Side Two (Being There)
10. You Belong To Me (Ana Rizzo)
11. Rio De Janeiro Blue (Maria Muldaur)
12. Living In Fool's Paradice (Bianca Thornton)
13. Interlude III South Beach (Nick Milo, Tom Stern)
14. 42nd Street (Tom Stern, David Shapiro) Instrumental
15. 1934: At The Vanities (Tom Stern , David Shapiro) Instrumental

カリフォルニアという都会からみた「遠くの場所」というコンセプトで製作されたアルバムで、そのイメージに沿った曲が選ばれている。各曲を繋ぐ糸の役割を果たすプレリュード、インタールードは、マリアの「Live In London」1985 M10でキーボードを弾いていたニック・マイロが担当。彼は本作を含む「Usual Suspects」シリーズ4作に参加した他、1990年代にはタワー・オブ・パワーのメンバーとなり、ジョー・コッカーやアーノルド・マックラー(ジェイムス・テイラーのバック・ボーカリスト)のアルバムにも参加した人だ。2, 10のジャズ曲で歌うアナ・リッゾは、マイケル・ブルームフィールドやカントリー・ジョーのアルバムでバック・ボーカルとして参加した記録がある。10.「You Belong To Me」は、遠くアフリカにいる恋人を想う、本作のコンセプトにぴったりの曲で、1952年にジョー・スタッフォードの歌で大ヒットした。アル・ラポーン(1936- )はカリフォルニアでザディコ(アコーディオンによる陽気な雰囲気のニューオリンズ音楽)を演奏していて、このジャンルで有名なクィーン・アイダの弟でもある。ノートン・バッファロー(1951-2009)は、ブルースハープを得意とし、長年スティーブ・ミラー・バンドのメンバーだったが、1977年よりソロアルバムを発表、1990年代はギタリストのロイ・ロジャースとのデュエットでも人気を得た。ロック(
ドゥービー・ブラザーズ、ボニー・レイット、エルヴィン・ビショップ)、カントリー・アンド・ブルーグラス(ジョニー・キャッシュ、デビッド・グリスマン)、ポピュラー(ベッド・ミドラー)、ニューエイジ(ナラダ・レーベルのスペンサ・ブリューワー)などの多くの作品に参加するなど、幅広い音楽性を誇る人で、ここでもスタンダード調の曲やカントリーっぽい曲を見事に歌いこなしている。彼はマリアの作品には、2002年の子供向けアルバム 「Animal Crackers In My Soup」M21に、デュエットの相棒として参加している。ビアンカ・ソーントン(別名レディ・ビアンカ)は、ヴァン・モリソンのバック・ボーリストとしての活動が長く、マリアの「Fanning The Flames」1996 M16にも参加、自身でもアルバムを数枚出している。この人も芸域が広そうで、R&B、ジャズ、カントリーの垣根を超えた柔軟な歌唱を聴かせてくれる。トニー・ライス(1951-2020) はブルーグラス界のトップ・ギタリストとして説明不要。ここでもボーカルの他にギンギンのギタープレイを披露している。ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジのデビッド・ネルソンが出る 9.はちょっと冗談のような小品。トム・スターンのバンジョーとデビッド・シャピロのギターによる14は、ブロードウェイ・スタンダードをインストルメンタルにアレンジした意欲作。デビッド・グリスマンやベラ・フレックなどの進歩派ブルーグラスの系統にある作品だ。最後の曲はオーケストラによる演奏で、昔のハリウッド映画「Murder At The Vanities」の映画音楽に基づくものという。なお、本作から8, 12がオムニバス盤「Blue Gold」1996 E86に、6 が「Bluegrass Suspects」1990 E62に再収録された。トム・スターンについては、最近の活動を記した資料は見つからなかったが、デビッド・シャピロについては、ノートン・バッファローのアルバムへの参加の他、現在もギター、マンドリン、ベース等の楽器演奏の教師、アレンジャー、作曲家として活動しているそうだ。

地元で限られた数のみ販売されたようで、中古市場に出回る事は少ない。参加ミュージシャンは地味で知名度は低いが、達者な演奏・歌唱と多様な音楽をブレンドさせたコンセプト・アルバムとして1流の出来だと思う。

[2011年5月作成]

[2022年7月]
10.「You Belong To Me」につき追記しました。



E60 Meet The Rockabyes 2016   Various Artists   Kidzer Edutainment





Maria Muldaur as Crystal Canary
Marty Balin as Floyd Fox
John "Marmaduke" Dawson as Bartholomew Little Deer
Dan Hicks as Professor Bearly
Nick Gravenites as Mort The Moose

その他の参加ミュージシャン
Huey Lewis
Pete Sears
David Jenkins
Cranstan Clements

1. Rockin' Robin (feat. Maria Muldaur) [Leon Rene]
2. Singing On The Side (feat. Marty Balin) [Unknown]
3. Mort The Moose (feat. Nick Gravenites) [Unknown]
4. Paying My Dues (feat. Maria Muldaur) [Unknown]
5. I Wish It Was Me  (feat. Marty Balin) [Unknown]
6. I Like You Anyway (feat. Maria Muldaur) [Unknown]
7. Afraid Of The Dark (feat. Maria Muldaur, Marty Balin & John "Marmaduke" Dawson)
8. Wake-Up (feat. Marty Balin) [Unknown]
9. The Bear Song (feat. Dan Hicks) [Unknown]
10. Hopes And Dream (feat. Maria Muldaur) [Unknown]
11. This Band Is Gonna Make It Big (feat. John "Marmaduke" Dawson) [Unknown]
12. Rock 'N Roll Dreams (feat. Maria Muldaur) [Unknown]

Recorded Probably On Early 1980s

写真上: アルトン・ケリー作のジャケット
写真下: The Rockabyesの動物キャラクター

 
2016年にアマゾン、アップル、スポティファイなどの配信サービスで発表され、2018年YouTubeにも掲載されたが、宣伝記事やCD販売の形跡がなく、印象的なデザインの表紙と曲名・歌手だけが表示されるという魔訶不思議な作品だ。著作権表示に c2016 Kidzter Edutainment とあり、そこから調べてゆくと Bob Heyman という人が設立したKidzterという子供向け書籍・音楽の会社が制作・販売元であることがわかった。「Edutainment」という言葉は、「Education」と「Entertainment」を融合させた造語。制作当時、弁護士だった彼は、マリア、マーティン・バリン、ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジ等が顧客だったそうで、その関係で彼らが参加することになったようだ。

バックを務めるミュージシャンや作曲者のクレジットがなく、インターネットで探しても見つからなかった。そして曲を聴く限り、発表時の2010年代のサウンドではなく、またKidzterのサイトにある一部の曲のミュージックビデオのアニメーション作画技術も明らかに古いものだ。インターネットでの調査を続けるうちに、ジャケット原画のオークションのサイトを見つけた。この表紙デザインはAlton Kelly (1940-2008)という人の作品で、1970年代〜1980年代にサイケでポップな感覚のイラストを書いた人だった。とくにグレイトフル・デッドのコンサート・ポスターやレコード・ジャケットのデザインが有名で、1970年の「Greatful Dead」(2枚組ライブ・アルバム)の頭にバラを飾った骸骨のイラストは傑作。原画は2010年にオークションにかけられており、添付されたサンプル写真には、画上の作者サインの横に「86」という制作年が記入されている。そして紹介記事には、「1980年代前半の伝説的ロックスターの歌による動物キャラのバンドのために制作されたもの」と記されている。そうすると、多用されているシンセサイザーの音質や、年代とともに変るマリアの声質と一致し、本作の録音が1980年代前半であることが特定できた。ただ参加ミュージシャン達は、当時も今も、この録音の存在について誰も言及しておらず、これらの曲が当時未発表となり、そして2016年に突然発表された経緯は、未だに謎のままだ。とはいえ、マリアの1980年代の若々しい声がたっぷり聴ける録音が発掘されたことは喜ばしい。

1. 「Rockin' Robin」は、本作のなかで唯一の昔のヒット曲のカバー。1958年のボビー・デイ(全米2位)がオリジナルであるが、1972年の若きマイケル・ジャクソンのカバー(全米2位)のほうが有名。擬人化したRobin (コマドリ)を歌った曲で、軽快な伴奏に乗って「クリスタル・カナリア」に扮するマリアが気持ちよさそうに歌う。2曲以降はスポティファイのクレジットには「Rockabyes」とあり、参加メンバーによる共作とも考えるが、ここでは不明とした。2. 「Singing On The Side」は元ジェファーソン・エアプレインのマーティ・バリンのボーカル。本曲を含む収録曲のほとんどに女性コーラスが入っており、その中の一人は明らかにマリアだ。リードギターが達者なソロを聴かせてくれる。3.「Mort The Moose」は女性コーラスとの掛け合いで、ヘラジカに扮したニック・グラベティス(マリアとはE18以来の共演)が低音で語りのボーカルを聴かせる。4.「Paying My Dues」はスターになることを夢見る娘が下積みに耐える様を歌った曲で、マリアのボーカルがしおらしい。マーティ・バリンがリードをとる 5.「I Wish It Was Me」はドゥワップ調の女性コーラスが楽しい。 6. 「I Like You Anyway」 は、いかにも1980年代というシンセイザーの音が懐かしい演奏で、年少娘を演じるマリアの声がかわいい。曲中で「See you later Crystal」というセリフが入る。7.「Afraid Of The Dark」は、マリアのボーカルを中心に、ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジのジョン・ドウソンが語りを入れたり、マーティン・バリンがユニゾンで一緒に歌ったりする構成。8.「Wake-Up」はロック調の曲で、バックコーラスの女声は完全にマリアのもの。 9.「The Bear Song」はダン・ヒックスが登場。いつもの飄々としたボーカルを聴かせてくれ、女声コーラスも楽しい。10.「Hopes And Dream」は、名声を得ることを夢見る娘心を描いた曲で、マリアの誠実な歌唱が心に迫る。11.「This Band Is Gonna Make It Big」はジョン・ドウソンの歌い方がユーモラス。 12.「Rock 'N Roll Dreams」は、1.とともに本作の中では最も聴き応えのある曲で、マリアがロック調の歌いぶりで聴き手に迫ってくる。

最後に他の参加ミュージシャンについて説明する。資料から曲に(feaut.〜 )と書かれている歌手達以外に、ヒューイ・ルイス、ピート・シアーズ(ジャファーソン・スターシップのベース、キーボード奏者、マリアは彼のアルバム E110にゲスト参加している)、デビッド・ジェンキンス(パブロ・クルーズのギタリスト)等が参加したことがわかった。またマリア作品の常連の一人ギタリストのコンスタン・クレメンツについては、彼のホームページの参加作品の言及の中にあったもの。

いろいろ不明な事が多い作品ではあるが、ほぼ全曲でマリアのリードボーカル、バックコーラスが聴けるし、仲の良いミュージシャン達が作った内輪的な楽しさ、優しさにあふれており、大変すぐれた発掘作品だと思う。


E61 More Love Songs 1986 Loudon Wainwright III Demon
 


Loudon Wainright III : Vocal, Acoustic Guitar
Richard Thompson : Electric Guitar (2)
Peter Filleul : Keyboards
Danny Thompson : String Bass (1)
Ruari McFarlane : Bass (2)
Dave Mattacks : Drums
Chaim Tannenbaum : Sax (1), Back Vocal
Maria Muldaur, Becky Burns, Linda Taylor, Christine Collister : Back Vocal

Richard Thompson : Producer

1. Hard Day On The Planet [Loudon Wainright III]
2. No [Loudon Wainright III]

Recorded in July 1986 at The Elephant Studios, London


ロウドン・ウェインライト3世は、若い人達にはルーファス、マーサ・ウェインライトのお父さんとして有名かもしれない。彼は1946年ノースキャロライナ州生まれで、ニューヨーク郊外のウエストチェスターで育つ。同名の父親がライフ誌の編集長として有名な人だったため、若い頃の彼は苦労したそうだ。ボブ・ディランを聴いてフォーク音楽を目指し、ユーモアに富んだ私小節的作品で自己のスタイルを確立。1970年にレコードデビューを果たし、1973年には「Dead Skunk」が全米16位のヒット曲となる。1970年代にケイト・マッキャリグルと結婚し上述の二人の子供が生まれたが、1977年に離婚。その後マネージャー、レコード会社とも決別して渡英する。1980年代は主にイギリスで活躍した彼が、フェアポート・コンベンションの創設メンバー、シンガー・アンド・ソングライター、ギタリストの大物として、ブリティッシュ・フォーク界に君臨するチャード・トンプソンのプロデュースで製作したアルバムが本作だ。

1.「Hard Day On The Planet」は、ペンタングルのベーシストだったダニー・トンプソン、アヴェレージ・ホワイト・バンドのピーター・フィレウル、フェアポート・コンベンションのデイブ・マタックスによるジャズ・ブルース調の演奏。サックスを吹くカイネ・タンネンバウムは、主にマッキャリグル姉妹(お姉さんがロウデンの元奥さん)の伴奏を務めていたルーツ音楽系のマルチ奏者。現代社会のストレスを描いた歌で、ロウドンの切れ味鋭いハイトーンのボーカルが冴える。コーラス部分で入ってくるバックボーカルから、マリアの声を聴き分けることができる。ベッキー・バーンズは、当時マリアのバンドでバック・ボーカルを担当、マリアのアルバム「Open Your Eyes」 1979 M6、「Gospel Nights」1980 M7に参加していた人で、「Southland Of The Heart」1998 M17、「Love Wants To Dance」 2004 M24で曲を提供したブレンダ・バーンズの姉(妹?)。リンダ・テイラーはバック・ボーカリストとして、クリス・レア、セリーヌ・ディオン、カイリー・ミノーグ等の作品に参加している。クリスティン・コリスターは、当時リチャード・トンプソンのバンドでバックボーカルを担当していて、その関係で本セッションに加わったようだが、彼女はその後ソロアーティストとして大成功を収めることになる。本アルバムは曲毎のパーソナルの表示がないが、本曲については、後の1999年に発売されたオムニバス・アルバム「Fish Water Blues」に収録された際、ブックレットに参加ミュージシャンが掲載されたため、正確な顔ぶれが明らかになった。

2.「No」の伴奏はソウル・ミュージック調で、ボブ・ディランの同時代のアルバム「Infidel」1983、「Empire Burlesque」1985のサウンドと共通点がある。前述のとおり、この曲については参加ミュージシャンについての正確な資料がないが、バックコーラスは 1.とほぼ変わらない感じなので、同じメンバーと思われる。演奏面では、エレキ・ギターとピアノの力量が感じられる。

バックコーラス隊の一人として、マリアの声を聴くことができる作品。

[2011年1月作成]


E62 Reunion 1986 The Usual Suspects  Suspex 6





Maria Muldaur : Vocal (2,3), Harmony Vocal (1)
Norton Buffalo : Vocal (1,2)
Bianca Thornton : Harmony Vocal (1)
Tom Stern : Guitar (1)
David Shapiro : Guitar (1)
David Nelson : Rhythm Guitar (1)
Alan Senauke : Guitar (2)
Archie Williams Jr. : Guitar (3)
Joe Goldmark : Pedal Steel (1)
Pete Sears : Piano (1)
Larry Dunlap : Piano (3)
Joel Eriksen : Vibes (3)
Rowland Salley : Bass (1)
Seward McCain : Bass (3)
Billy Lee Lewis : Drums (1)
Jim Zimmerman : Drums (3)
Paul Shelasky : Fiddle (1)
Noel Jewkes : Tenor Sax (3)
Rich Theurer : Trumpet(3)

Tom Stern : Producer
David Shapiro : Creative Advisor

1. Pick Me Up On Your Way Down [H. Howard]
2. Your Long Journey [Doc Watson, Rosa Lee Watson]
3. We'll Be Together Again [Ficher, Laine]

Recorded from November 1985 to April 1986

注:写真下は、CD「Bluegrass Suspects」1990 


トム・スターンのプロデュースによる「Usual Suspects」シリーズの第6作。マリアにとってはE59に続く2回目の参加。

1.「Pick Me Up On Your Way Down」は、カントリー音楽の作曲家ハーラン・ペリー・ハワード(Harlan Perry Howard 1927〜2002、レイ・チャールズやジョニー・キャッシュのヒット曲「Busted」が代表作)の作品で、1958年にチャーリー・ウォーカーの歌でカントリー・チャート2位を記録している。ノートン・バッファローは、ここで素晴らしいカントリースタイルのボーカルを披露し、コーラスパートでは、マリアとビアンカ・ソーントン(レディ・ビアンカ)が強力なハーモニー・ボーカルで加わる。音楽のジャンルにこだわらず、何でも変幻自在にこなす人達の本領発揮の場だ。ここには、純粋なカントリーシンガーによるパフォーマンスとは異なる自由な雰囲気が確かにある。ペダル・スティール・ギターを弾くジョー・ゴールドマークは、ビートルズやグレイトフルデッドなどのロック音楽をいち早く取り上げた、カントリー音楽界におけるパイオニア・プレイヤーの一人。 ピート・シアーズはスターシップのメンバーだった人で、彼のアルバム「Long Haul」2001 E110にはマリアがゲスト参加している。デビッド・ネルソンはニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジのギタリスト。またプロデューサーとクリエイティブ・アドバイザーの二人がギターで加わっている。2.「Your Long Journey」は、ドック・ワトソンが1963年にフォークウェイズから発表したアルバム「Doc Watson Family」に収められていた曲で、奥様のロサ・リー・ワトソンとの共作。レコードでも二人で仲良く歌っている。マリアとノートンは、シンプルなアコースティック・ギターの伴奏をバックに、愛する人との別れの哀しみを情愛をこめて歌っている。ギターがブレイクして、「Oh my darling, My darling」と歌うコーラス部分は、例えようもなくスウィートで、美しく切ない。じ〜んと心に染み入る名曲・名演だ。本曲は1980年代にエミールー・ハリスが歌い、最近ではレッド・ツエッペリンのロバート・プラントとブルーグラス界の歌姫アリソン・クラウスの共演盤「Raising Sand」2007 でのカバーがある。3.「We'll Be Together Again」は、1945年フランキー・レインが伴奏ピアニストのカール・フィッシャーと作った曲で、多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げたが、1956年8月18日ビリー・ホリデイがヴァーヴ・レコードに残した録音が最高。ベン・ウェブスター(テナー・サックス)、ハリー・スウィーツ・エディソン(トランペット)、ジミー・ノウルズ(ピアノ)、バーニー・ケッセル(ギター)という最高のプレイヤーをバックに歌う、晩年のビリーの酒と麻薬に蝕まれた声には底知れぬ情感があり、鬼気迫るものがある。マリアは「Lover Man」と同じく彼女なりの解釈・声で挑戦、歌に籠められた可憐さが独自のムードを生み出している。原曲そしてビリーに対する敬愛の念が一杯詰まった素敵な贈り物だ。バックでピアノの弾くジム・ダンロップは、本作の後にジャズ・バイオリンのジェレミー・コーヘンのアルバム 「A Taste Of Violin Jazz」1997 E96でマリアと共演実績がある。サックスのノエル・ジュークスはマイケル・ブルームフィールドのレコーディングに参加した記録がある人だ。

マリア以外のトラックについても簡単に解説する。

Side One
1. Prelude Reunion (Nick Milo) Instrumental
2. Going Home (Bobby Reed)
3. Let's Make Plans To Meet Again (Bianca Thornton)
4. Interlude I R.S.V.P (Nick Milo) Instrumental
5. Pick Me Up On Your Way Down (Norton Buffalo, Maria Muldaur, Bianca Thornton)
6. In Walked Bud (Tom Stern, David Shapiro) Instrumental
7. Interlude II And Then Again (Nick Milo) Instrumental
8. Your Long Journey (Norton Buffalo, Maria Muldaur)

Side Two
9. Person To Person (Norton Buffalo)
10. It's Just A Matter Of Time (Bianca Thornton)
11. Interlude III No Other Love (Nick Milo) Instrumental
12. Wonder Bar (Ana Rizzo)
13. One More Time (Ana Rizzo, Norton Buffalo)
14. We'll Be Together Again (Maria Muldaur)
15. Epilogue (Nick Milo) Instrumental


西海岸の明るい日差しに溢れた感じのアルバムで、ニック・マイロのキーボード、シンセサイザーによるインストルメンタルが随所に挿入され、アルバムのコンセプト・雰囲気作りに貢献している。2.「Going Home」を歌うボビー・リードの歌声は、黒人のR&Bシンガーに思えるが、同姓同名の歌い手が何人もいるので、誰か特定できなかった。3.「Let's Make Plans To Meet Again」はサンタナに代表されるラテン・パーカッションをフィーチャーしたゴキゲンな曲。ビアンカの軽やかなボーカルも最高で、AORの名曲集に是非加えたい逸品。この曲は一般向け(ラジオ放送局向け?)にシングルカットされた。6.「In Walked Bud」は、バンジョー、ギター、ベースのみでセロニアス・モンクのジャズ曲に挑戦している。9.「Person To Person」は、ノートン・バッファローの歌とハーモニカによる洗練されたムードのブルース。10.「It's Just A Matter Of Time」は、R&Bスタイルのバラードであるが、スティールギターも入るカントリー風の味付けがおいしい曲。声の高低を巧みに使い分けるビアンカの歌はいいですね〜。 12.「Wonder Bar」、13.「One More Time」は常連アナ・リッゾによるスウィング・ジャズ風の曲で、後者はノートン・バッファローとのデュエット。

この手のオムニバス・アルバムとしては、マリアの参加は3曲と多く、それら全てが素晴らしい出来。レア度が高い「Usual Suspects」シリースの中では比較的市場に出回っており、アルバム全体としても自信をもってお勧めできる作品だ。


[Bluegrass Suspectsについて]
プロデューサーのトム・スターンが1990年カレイドスコープ・レーベルから発表したCDで、大半の曲は以前に発売された「Usual Suspects」シリーズで発表された曲の再収録である。本人によるライナーノーツによると、これらの録音は西海岸で活躍するブルーグラス・ミュージシャンによるスーパーセッションとして企画されたという。トニー・ライス、ピーター・ローワン、ドン・レノ、フランク・ウェイクフィールド、キャシー・コリック等の有力ミュージシャンによる軽快なブルーグラス音楽のなかで、マリア・マルダーとノートン・バッファローによるスローなデュエット曲「Your Long Journey」は、一種の口直し的な存在で、とても魅力的だ。本アルバムの聴きどころは、やはりトニー・ライスで、近年一緒に活動しているピーター・ローワンとの初顔合わせ2曲を含む4曲で、目が眩むような素晴らしいギタープレイを聴かせてくれる。

[2011年5月作成]


E63 From The West 1987 T Lavitz Passport

E57 From The West

Maria Muldaur : Vocal
Peter Harris : Electric Guitar
T Lavitz : Keyboards
Dave La Rue : Bass
Rod Morgenstein : Drums
Brad Dutz : Percussion
Patrick Buchanan : Back Vocal, Back Vocal Arragement
Gwendolyn Gray : Back Vocal

T Lavitz : Producer

1. Out Of Blue [T Laviz, Gwendolyn Gray]



T ラヴィツ(1956-2010)は、ジャズ・ロック、フュージョン系のキーボード奏者。彼はニュージャージー育ちで、マイアミ大学で音楽の勉強中にスティーブ・モース率いる超絶技巧バンド、ディキシー・ドレッグに加入しレコードデビューを果たす。バンドは1982年、マーク・オコナー(バイオリン)が加入して製作されたアルバム「Industry Standard」を最後に解散。その後彼はリトルフィートのポール・バレルやスティーブ・モースのセッションに参加しながら、自己名義のソロアルバムを製作し、その3枚目が本作である。ベース、ドラムスはディキシー・ドレッグ、スティーブ・モース・バンドの仲間が参加しているが、ここでは派手な技巧を抑えて、比較的シンプルでストレートなプレイを心がけているように思える。80年代後期というシンセサイザー全盛の時期なのに、生ピアノによる演奏を中心に据えて、電子楽器の使用を控えめにしたため、この時期のフュージョン音楽としては古臭さ、空虚さを感じさせない出来になっている。

マリアが参加することになった経緯については不明であるが、彼女はゲストボーカリストの紅一点として、1.「Out Of Blue」で歌っている。T ラヴィツとバック・ボーカルで参加しているグウェンドン・グレイの共作によるもので、アップテンポに転じるコーラス部分では、チョッパー・ベースが跳ね回るなか、マリアのボーカルには疾走感があり、エモーショナルな歌詞とメロディーが心地よい曲。彼女がこの手の曲を歌うケースはまれであり、この時期の参加音源の少なさもあってユニークで面白い存在となった。

その他の曲では、以前のバンドメイトであるマーク・オコナーが、パット・メセニー・グループのダン・ゴットリーブ(ドラムス)や、スパイロジャイラのデビッド・サミュエルズ(ヴァイヴ)と一緒に参加した「Tears」がケルト音楽の香りを漂わす異色のサウンドで、特に印象深い。T ラヴィツは、その後もディキシー・ドレッグスの再結成や、グレイトフル・デッドの曲をジャズ解釈で演奏するグループ、ジャズ・イズ・デッドのメンバーとして活躍。短期間であるがスターシップにも加入したり、ベーシストのロブ・ワッサーマンとのコラボレイション作品などを残している。

現在忘れられた感があるアルバムであるが、マリアがフュージョン風AOR曲を颯爽と歌っており、見逃せない作品。

[2010年8月作成]


E64 Dreams 1987 The Usual Suspects  Suspex 7











Maria Muldaur : Vocal
Annie Stocking : Back Vocal
Pete Sears : Accordion
David Grisman : Mandolin
Amos Garrett : Lead Guitar
David Nelson : Rhythm Guitar
Rowland Salley : Bass
David Frazier : Percussion

Tom Stern : Producer

1. Back In My Dreams [Martha Minter Bailey]


注) 写真中 : ジャケット中央のデザインにコントラストを付けて、分りやすくしたもの 

   写真下 :  「Back In My Dream」のために描かれた絵(William Shields作)

マリアが参加した「Usual Suspects」シリーズ3作目は、夢をテーマにしたアルバムだ。白地にアールデコ風のデザイン(ガラス細工をモチーフしたもの)を配したジャケットは、エンボス加工され灰色の部分が浮き上がっている。サックス・プレイヤーは、チャーリー・パーカーの有名な写真をモデルにしたものだ。またLPサイズのカラー・ブックレットが添付され、ベイエリアの画家、イラストレイター、工芸家が収録曲のイメージに基づき製作した作品が掲載されるという、大変豪華で凝った装丁だ。

マリアが歌う 1.「Back In My Dreams」は、彼女のレパートリーのなかでは異色の曲で、そのマイナーでメランコリックな響きはポルトガルの伝統歌謡「ファド」を思わせるものだ。作者の Martha Minter Baileyという人については、資料がなく不明であるが、ミートローフが1995年に発表したアルバム「Welcome To The Neighborhood」に収録された「45 Seconds Of Ecstasy」という曲の作者としてクレジットがあった。マリアのセッションの常連が勢揃いしているが、この面子による組み合わせは珍しい。アコーディオンとマンドリンがヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している。エイモス・ギャレットは、派手ではないが彼独特の音色で、間奏ではお馴染みのヘロヘロしたソロを入れている。本作に彼が参加している事を知らないエイモス・マニアは多いと思われ、彼等にとっても良いコレクターズ・アイテムになるだろう。デビッド・グリスマンのソロも聴けるよ!コーラス・パートで一緒に歌うアーニー・ストッキングは、ベイエリアで活躍するセッション・ボ−カリストで、ヴァン・モリソン、サンタナ、ウィットニー・ヒューストン、カーチス・メイフィールド、アレサ・フランクリン、ニール・ヤング等多くのアルバムに参加している。アルバムに添付された通信販売のためのチラシには、本曲について「Maria Muldaur fronts an all- star "dream band" (including David Grisman, Amos Garrett, Pete Sears) for "Back In My Dreams," a song written especially for Maria but never before recorded.」と紹介されている。ちなみに、イタリアのテレビ局で放送されたスタジオライブで、この曲を演奏している映像がある(「その他映像・音源」の部参照)。なお本曲をイメージした絵を描いたウィリアム・シールズは、サンフランシスコを活動拠点とする画家で、Artists Innという同地の宿屋の経営者でもある。そこでは各部屋に彼の作品が飾られているそうだ。


恒例ですが、マリア以外のトラックについても簡単に解説します。

Side One
1. Tossin' And Turnin' (Scott Mathews, Jenny Mathews)
2. Worried Dream (Bobby Reed)
3. I Wake Up Crying (Scott Mathews, Jenny Mathews)
4. Interlude I :  Casting Off (Nick Milo) Instrumental
5. I Can't Stop Dreaming (Lady Bianca)
6. Back In My Dreams (Maria Muldaur)
7. C'est La Vie (Al Rapone)

Side Two
8. In The Middle Of The Night (Lady Bianca)
9. Interlude II :  Yet In My Dreams (Arnnie Stocking, Nick Milo)
10. Long About Midnight (Norton Buffalo)
11. Deco Medley
   I'm A Dreamer, Aren't We All ? (Norton Buffalo)
   Evening (Ana Rizzo)
12. Interlude III :  P.M. (Nick Milo, Tom Stern)
13. Misterioso (Tom Stern, David Shapiro, John Rae) Instrumental
14. Weaver Of Dreams (Bobbe Norris)
15. Yet In My Dreams (Reprise) (Arnnie Stocking, Nick Milo)


1.「Tossin' And Turnin'」、 3.「I Wake Up Crying」は、ドラム奏者、プロデューサーのスコット・マシューズのトラックで、オールディーズをニューウェイブ風に調理した感じのサウンド。前者はボビー・ルイスによる1961年の全米1位(7週間)の大ヒット曲。コーラスで共演する女性はマリアの一人娘ジェニーだ。当時は彼の奥さんだったようで(今はそう名乗っていないので別れたのではないかと思う)、マルダーという名前を消してクレジットされている。ボビー・リード、レディ・ビアンカ(ビアンカ・ソーントン)、ノートン・バッファロー、アナ・リッゾ、アル・ラポーン、ニックマイロは、以前からの常連(Usual Suspects) だ。本作では、2.「Worried Dream」、8.「In The Middle Of The Night」のような濃い目のR&Bや、5.「I Can't Stop Dreaming」のソウルフルなカントリー、7.「C'est La Vie」のザディコ(ニューオリンズ音楽)に混じって配置されたジャズ曲が聴きもので、ビックバンドのグルーブ感いっぱいの 10.「Long About Midnight」では、ノートン・バッファローが軽快なボーカルを聴かせてくれる。11.「Deco Medley」は、デビッド・シャピロによるオーケストラ・アレンジが見事で、1曲目の「I'm A Dreamer, Aren't We All ?」はノートンがボーカルを担当。彼の本職はブルースなんだけど、この手のスタンダード曲を歌ってもサマになるんだよね〜。「Evening」は、ビリー・ホリデイを思わせるブルージーな曲で、マリアが歌ってもよさそうな感じ。セロニアス・モンクの 13.「Misterioso」は、プロデューサーのトム・スターンが弾く、変てこなバンジョー・ソロが面白い。14.「Weaver Of Dreams」は、本作のジャズ曲でピアノを弾くラリー・ダンロップ(マリアが参加したバイオリン奏者、ジェレミー・コーヘンのアルバム「A Taste Of Violin Jazz」 1997 E965に参加している人)の奥さんであるボビー・ノリスの低音ボーカルの魅力が発揮された逸品。9.「Interlude II : Yet In My Dreams」、15.「Yet In My Dreams」では、アーニーストッキングが歌うメロディーが短いながらも印象的。

マリアの珍しいトラックが楽しめるし、アルバムとしても暑い夏の夜に酒でも飲みながらリラックスして聴くと、気持ちの良い時が過ごせるよ!

[2011年8月作成]



E65 Back To The Front 1988 Bob Neuwirth Kotch

E59 Back To The Front

Bob Neuwirth : Vocal, Guitar
Maria Muldaur : Side Vocal, Back Vocal
David Mansfield : Guitar
Steven Soles : Guitar
Mickey Rapheal : Echo Harp

Steven Soles : Producer

1. Honky Tonk [Bob Neuwirth]
2. Great Escape (Good Intentions) [Bob Neuwirth]

Recorded Live in Steven's Living Room During The Holidays 1987-1988


マリアがボブ・ニューワースのアルバムにゲスト参加していたという事実は、ファンの間でもあまり知られていないと思う。というのは、1988年に発表されたオリジナル盤には彼女の名前はなく、10年後の1998年に発売された再発盤のボーナストラックで、初めて彼女の歌声を聴くことができたからだ。したがってマリアが目当ての場合は、オリジナル盤を買わないよう気をつけなくてはならないのです。

ボブ・ニューワース(1939- )は、画家、シンガー・アンド・ソングライター、プロデューサーというように、多くの顔を持つアーティストであるが、1960年代のボストン・フォークシーンからというボブ・ディランとの交流が最も有名だろう。彼は、ディランの友人として記録映画「Don't Look Back」1967年に出演、さらに 1976〜1977年のローリング・サンダー・レビューでは、強力なハウスバンドを組成し、コンサートでは彼と一緒に「When I Paint My Masterpiece」を歌っていた。またクリス・クリストファーソン、ジャニス・ジョップリン、ジョン・ケイル、パティ・スミス等と親交をもち、彼らの売り出しに一役買ったりするなど、フィクサー的な存在感がある人だ。その割りに自身の名を冠したアルバムは少なく、本作は1974年の「Bob Neuwirth」以来、久しぶりに製作した2枚目のアルバムだった(その後90年代は数枚のアルバムを発表している)。バックには、プロデュースも担当するスティーブン・ソウルズやマルチ・インストメンタリストのデビッド・マンスフィールドなど、前述のローリング・サンダー・レビューで一緒だったミュージシャンが参加、T ボーン・バーネットの名前もある。その他イーグルスのバーニー・レイドン、リンダ・ロンシュタットのバックで有名なケニー・エドワーズ、ウィリー・ネルソンやエミルー・ハリスのバックでハーモニカを吹くミッキー・ラファエルの名前もある。プロデューサーのリビングルームでライブ録音されたため、ドラムスやキーボードがなく、ギター、マンドリンやバイオリンなどの弦楽器とハーモニカによる伴奏で、サウンド的には少しメキシカンなフォークといった感じ。

ボーナス・トラックは上記の2曲で、バックを務めるミュージシャンのクレジットは、2曲目の歌詞の後に表示されている。そのため、このクレジット表示は2曲両方についてのものと思われる。1.「Honky Tonk」は、3台のギターの絡みが絶妙。左右から聴こえるアコースティック・ギターがしっかりロックしていて、2台の掛け合いの間合いが見事。ドラムもベースもないのに、凄い演奏だ。バックボーカルは、明らかにマリアでない声も聴こえるが、複数の女性のうちの一人がマリアと思われる。演奏中に人の話し声が聴こえるなど、リハーサル・テイクと思われる。2.「Great Escape」で途中から加わるサイドボーカルは、確実にマリアの声だ。ここでもスティーブン・ソウルズとデビット・マンスフィールドによる2台のギター伴奏が素晴らしい。

彼の作品はカリスマ性がない分、全体的に地味な印象を受けるが、CD解説書に掲載されたT ボーン・バーネットの賛辞にあるとおり、いい曲を書く人だ。マリアが入った曲は、上述の通りオリジナル・アルバムのアウトテイク、リハーサルテイクであるが、良い出来だと思う。

[2010年9月作成]


E66 An Uptown Christmas 1991 Various Artists Uptown

E60 An Uptown Christmas


Maria Muldaur : Vocal
Frank Wess : Tenor Sax
Don Sickler : Trumpet
Kenny Barron : Piano
Ray Drummond : Bass
Ben Riley : Drums

1. Santa Baby [Joan Javits, Philip Springer]  M32 Exxx Exxx

Mabel Fraser, Robert Sunenblick : Producer
Don Sickler : Arrangement
Rudy Van Gelder : Recording Engineer

Recorded Febuary 11, 1985


アップタウンは独立系のジャズ・レーベルで、中堅ベテランアーティストの新作の他に、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、ソニー・クラーク、チェットベイカーなどの未発表音源の発掘を得意としている。本作は、レーベル所属アーティストによるクリスマス音楽特集で、そのリラックスした雰囲気は、ホリデイシーズンのバックグラウンド・ミュージックとして最適。しかし巷に溢れるこの手の企画盤のようなイージーな感じはなく、きちんとしたアレンジ、演奏によりアーティスティックな面での高いレベルを保っており、音楽ファンのための良質な作品と言えよう。

上記のアーティストの他に、トミー・フラナガン、ウォルター・デイビス・ジュニア、バリー・ハリス、カール・フォンタナ等のアーティストの作品が並ぶが、その録音時期は1984年から1988年とばらばらで、本作のために集中的に録音されたものではないことは明らか。各アーティストのアルバム製作時、将来クリスマス・アルバムを出すために、少しずつ録り貯めたものと思われる。本作は、誰もが知っているようなクリスマスの名曲を取り上げており、歌が入っているトラックは2曲のみ。マリアの歌は13曲中6番目に配され、口直し的な役割を担っている。

1.「Santa Baby」は、曲の録音日、バックを担当するミュージシャンの顔ぶれから、マリアが1986年同レーベルから発表したアルバム「Transblucency」M11と同じセッションで録音されたものであることがわかる。この曲は1953年、女優、歌手、ナイトクラブ・シンガーであるアーサー・キット(1927-2008)の代表曲。彼女は白人と黒人の混血として生まれ、親に捨てられて苦労して育ったが、ヨーロッパのショービジネスで頭角を現し、オーソン・ウェルズに認められアメリカに戻りスターになった。しかし1960年代後半にジョンソン政権に批判的な発言をしたために、政府から要注意人物扱いされて、芸能界からほされ、已む無く活動拠点をヨーロッパに移す。そして1970年代の後半、カーター大統領の民主党政権の時代に名誉回復。その後はアメリカ国内で数々の賞を受賞し、人々から尊敬されて余生を送ったという。ここではトランペット、サックスのホーンセクションを加えたクインテットの編成による演奏で、腕利きのミュージシャンに囲まれてマリアは気持ち良さそうに歌っている。この頃は声に若々しさが残っており、女の子のキュートにプレゼントをおねだりする歌詞を、彼女得意の可憐声で表現している。マリアは1990年代にこの曲を2回再録音しており、それらはクリスマスのコンスピレーション・アルバムやインターネット(「年代不詳」のコーナー参照)で出回っている。本作における初期の名残を残した声と、90年代の皺枯れた声を比較して聴くと面白いよ。

この曲はホリデイ・シーズンのスタンダードとして、多くの女性シンガーがカバー。最近ではマドンナ、カイリー・ミノーグ、テイラー・スウィフト、リーアン・ライムズ等の録音がある。


[2010年10月作成]


 
E67 Music About Music 1988 The Usual Suspects  Suspex 8
 

Maria Muldaur : Vocal
Archie Williams Jr. : Guitar
Dr. John : Piano
John R. Burr : Keyboards
Roland Salley : Bass
Jimmy Sanchez : Drums
Annie Sampson, Jacklyn LaBranch, Vince Ebo : Back Vocal

Tom Stern : Producer

1. Brickyard Blues [Allen Toussaint] M3


トム・スターンのプロデュースによる「Usual Suspects」シリーズは、1981年から毎年1枚のペースで製作され、1989年の「Goodbye」が最後となった。マリアは1985年の「Faraway Places」E59から常連に加わり最後まで参加したというが、1988年のSpx 8のみアルバムの存在を確認することができなかった。そして2012年その謎が解け、しかもアルバムを入手することができた。結論を言うと、マリアが参加しているトラックは、後の1996年に発売されたCD「Blue Gold」E86に収録されていたものと同じ録音だったため、彼女に関して新しい事はなかったが、本作がオリジナルであり、しかもプロデュースの妙味によりアルバム全体で聴くのが楽しみなこのシリーズのラインアップが増えたことは、私にとって大変嬉しいことだ。

ニューオリンズを本拠地とするアラン・トゥーサンの 1.「Brickyard Blues」は、「Waitress In A Donut Shop」1974 M3の再演。オリジナルと同じドクター・ジョンがピアノを弾いているため、雰囲気的には似ているが、ここではブラスセクションがない分、こじんまりとした感じだ。本作のバージョンは、音質にこだわる会社による製作ということもあり、録音の良さが際立っている。ピアノのジョン R. バー、ギターのアーチー・ウィリアムス・ジュニア、ベースのロウランド・サリー、ドラムスのジミー・サンチェスは、当時マリアのライブバンドでバックを担当していた人達だ。バックボーカルのアニー・サンプソンは、1972年の「Steelyard Blues」E18で共演したことがある。ジャクリン・ラブランチは、1982年から1995年までジェリー・ガルシア・バンドのメンバーだった人。「Usual Suspects」の他の作品と異なり、ここでは以前の曲の再録音だったため、マリアファンにとって珍しさ、インパクトに欠ける感じがするが、セルフカバーが大好きな私にとっては美味しい一品。


マリア以外のトラックについても簡単に解説します。


Side One
1. Go Cat Go (Scott Mathews)
2. Let's Go, Let's Go, Le's Go (Bobby Reed)
3. Brickyard Blues (Maria Muldaur)
4. Interlude I :  Seven Sailing (Nick Milo) Instrumental
5. Dance Time In Texas (Norton Buffalo)
6. Music Makes Me (Norton Buffalo, David Shapiro, Tom Stern) Instrumental
7. S.O.S. (Lurry Dunlap, David Shapiro, Tom Stern) Instrumental

Side Two
8. Everywhere Song (Arnnie Stocking, Nick Milo)
9. They Played Our Song Again Today (Lady Bianca)
10. Interlude III :  Notes For Today (Nick Milo) Instrumental
11. Futuristic Swing (Norton Buffalo)
12. Sounds (Dan Hicks)
13. Prelude To A Kiss (Bobbe Norris)
14. Sail Away (Holly Near)

スコット・マシューズの1.「Go Cat Go」は、ニューウェーブのリズムで味付けをしたロックンロールといった感じの曲で、彼が叩くドラムス、後にウィンダムヒル・レーベルでソロピアノで売り出すフィル・アーバーグのピアノのグルーヴ感がソリッドで、いかにも80年代風。当時奥様だったジェニー・マルダーがバックで歌っていたり、エイモス・ギャレットのロックなギターソロが入ったり、楽しみ満載の曲だ。ミスター廃盤ギタリスト、エイモスのコレクターズ・アイテムが増えたぞ!エイモスが1980年に出したアルバムに本曲と同じタイトルのものがあり(しかし本曲は収録されていない)、そこでの録音メンバーにスコット、フィルの2人がいることから、当時のバンドの再会セッションを意識して作られた曲かもしれない。サックスのスティーブ・ダグラス(1938-1993)は、フィル・スペクター、ビーチボーイズ、アレサ・フランクリン、エルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン等のレコーディングでならしたセッション・プレイヤー。2.「Let's Go, Let's Go, Le's Go」は、「The Twist」の作者で有名なハンク・バラード(1927-2003) 1960年のゴキゲンなR&Bナンバー。 「Interlude」は、前作と同じくニック・マイロを中心としたインストルメンタルの小品。5.「Dance Time In Texas」は、カントリーシンガーのジョージ・ストレイトのアルバム「Something Special」1985に入っていた曲で、作者のピーター・ローワン自身による録音はないようだ。6. 「Music Makes Me」は、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアの出世作となった映画「Flying Down To Rio」1933で、ジンジャーが歌った曲。作者のヴィンセント・ユーマンズ(1898-1946) は、「Tea For Two」が代表作。本作でのノートン・バッファローは、歌(5, 11)、ハーモニカ(6,14)で大活躍。7.「S.O.S.」は、ジャズギターの大御所ウェス・モンゴメリー1962年の傑作ライブアルバム「Full House」に収められていた曲で、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ジョン・グリフィン(サックス)、ポール・チャンバース(ベース)等による原曲が凄すぎて、ジム・ダンロップ(マリアとはジャズ・バイオリニスト、ジェレミー・コーヘンのアルバム「A Taste Of Violin Jazz」1997 E96での共演あり)のピアノ、トム・スターンのバンジョー、デビッド・シャピロのギターが頑張っているが、格落ちの印象から逃れることはできない。 と言いながらも背伸びしている演奏をニヤニヤしながら聴き入ってしまうのは、シリーズ全体を愛する私の贔屓目かな?

8.「Everywhere Song」はインタールードであるが、ここではセッション・シンガーのアーニー・ストッキングが歌い、珍しくニック・マイロがコーラスを付けている。9.「They Played Our Song Again Today」は、レディ・ビアンカことビアンカ・ソーントンが、夫のスタンリー・リピットと共作した曲で、彼女がピアノも弾いている。11.「Futuristic Swing」は、伝説のトランペット奏者ビッグス・バイダーベック(1904-1931)が参加したフランキー・トランバウアー(Frankie Trambauer)・アンド・ヒズ・オーケストラによる1929年の録音「Futuristic Rhythm」がオリジナルで、デビッド・シャピロによるビッグバンドアレンジが素晴らしく、ノートン・バッファローの歌もよくスウィングしている。12. 「Sounds」を歌うダン・ヒックスは、本シリーズ初登場であるが、1978年の「It Happened One Bite」以来、1994年の「Shouting Straight」までアルバムを出さなかったはずで、そのブランクを埋める音源。彼のオフィシャルサイトのABC順曲目リストにも載っていない珍しい曲で、そのラテン・ジャズっぽいサウンドは、彼のファン必聴!デューク・エリントンの13.「Prelude To A Kiss」をしっとりと歌うボビー・ノリスは、ピアニストのジム・ダンロップの奥様。14.「Sail Away」は、イギリス芸能界の大御所ノエル・カワード(1899-1973)が1963年に発表した、地中海クルーズの船上における恋を取り扱ったミュージカルの主題曲。ここでは社会運動家として活動を続け、マリアの「Yes We Can !」2008 M29にもゲスト参加したホリー・ニアー(1949- )が歌っている。ずっと昔ライブハウスで、南佳孝が弾き語りでこの曲を歌っていたことを思い出した。

いままでの「Usual Suspects」シリーズに比べて、ロック、カントリー、ジャズいずれも、より現代的なグルーブ感で演奏されており、そういう意味で、昔の良き音楽と現代感覚の融合を目指したプロデューサーの意図を感ずることができる。ニューウェーブ一色で、以前のアーティストが新作を出しにくかった1980年代においては、新鮮な試みだったはずで、それは1990年代から2000年代に続く、現代における伝統音楽の再生に結実してゆく。

[2012年10月作成]


 
E68 Someday 1988  Philip Michael Thomas  Spsceship (Atlantic)  


 

Philip Michael Thomas : Vocal
Annie Stocking, Genia Glass, Gina Glass, Lenny Williams, Maria Muldaur, Pamela Rose, Vince Ebo, Yolana Glass: Back Vocals
Alan Glass : Guitar, Drum Programming, Producer
Preston Glass : Keyboards, Drum Programming, Producer
Larry Graham : Bass (6)
Miran Dove : Bass (8)
Kenny G : Soprano Sax (3)

3. Love Brought Us Here Tonight [Stephen Geyer, William Smokey Robinson, Allan Rich]
6. What's Your Fantasy [Alan Glass, Preston Glass, Philip Michael Thomas]
8. Cosmic Free [Philip Michael Thomas]

 

フィリップ・マイケル・トーマス (1949- )は、「Miami Vice (特捜刑事マイアミ・バイス)」というテレビドラマ・シリーズで有名になった俳優だ。マイアミを舞台に潜入捜査官の活躍を描いたドラマで、主演はドン・ジョンソンと彼。闇社会取り締まりのリアリティーと都会のライフスタイルやファッションにこだわり、多くのミュージシャンや映画・テレビスターをゲストに招いた。また音楽にも力を入れて、ジャズ奏者ヤン・ハマーによるインストルメンタル「Miami Vice Theme」1985が全米1位になった他に、MTVチャンネル等によるミュージック・ビデオの流行を取り込んで、アーティストとのタイアップによる挿入歌をフィーチャーし、グレン・フレイの「You Belong To City」1985 全米2位、ドン・ジョンソンの「Heartbeat」1986 全米5位などのヒット曲を出した。番組は1984年から1989年まで続き、日本でも1986年から放映されたが、日本人の感性には合わなかったようで、視聴率低迷により1988年に打ち切りとなった。

番組のヒットで人気者になった彼は音楽活動にも乗り出し、Spaceshipというレーベルを立ち上げて、1985年に「Living The Book Of My Life」というアルバムをアトランティック配給により発表した。本作は1988年に発表した2枚目のアルバムだ。自作曲が多かった1枚目に対し、本作ではプレストン・グラス、アシュフォード & シンプソン、アール・トーン等の一流の作曲家、アレンジャー、プロデューサーを迎えて万全の体制で臨んでいる。マリアはグラス兄弟が手掛けた3曲にコーラスで参加した。

プレストン・グラスは、ホイットニー・ヒューストン、ジョージ・ベンソン、デニース・ウィリアムス、アース・ウィンド・アンド・ファイア、ケニーG等、数多くのセッションにコンポーザー、プレイヤー、アレンジャー、プロデューサーとして関わってきた人で、ギターを弾くアラン・グラスは彼の弟。バック・コーラスはマリアの他、プレストンの奥さんジェニア、娘のジーナ、間柄不明 (資料がないため) のヨラナといった親族と、セッション・シンガーのアーニー・ストッキング、アース・ウィンド・アンド・ファイア等で歌っていたレニー・ウィリアムス、シンガー・アンド・ソングライターのパメラ・ローズとヴィンス・エボで、プロデューサーの人脈で集まった人たちと思われる。各人の声が綺麗に混じり合っていて、マリアの声を聞き分けることができないが、コーラスそのものが彼女の声色のように聞こえるので、それはそれでいい感じ。当時流行った打ち込みのリズムによるダンサブルなソウルといった音作りで、フィリップのボーカルも本職が俳優という域を超えた上手さがある。ケニーGがソプラノ・サックスを吹いている 3.「Love Brought Us Here Tonight」は、作者スモーキー・ロビンソンのアルバム「One Heartbeat」1987に収められたシリータ(Syreeta)とのデュエット版がオリジナル。

その他の曲について

Side A
1. Don't Make Promises [Earl Toon]
2. Somebody [Amir Bayyan, Earl Toon]
3. Love Brought Us Here Tonight [Stephen Geyer, William Smokey Robinson, Allan Rich]
4. Baby Grew Up [Nichalas Ashford, Valerie Simpson]

Side B
5. Love Strikes Again [Nichalas Ashford, Valerie Simpson]
6. What's Your Fantasy [Alan Glass, Preston Glass, Philip Michael Thomas]
7. Falling [Earl Toon]
8. Cosmic Free [Philip Michael Thomas]
9. Ever And Forever [Ricard Gabriel, Jose Ramirez, Rudy Sanchez]

いずれの曲も、各プロデューサーの持ち味が生かされた出来で、聴き心地は良いものの、心に長く残るようなインパクトに欠けているような気がする。ただし、アルゼンチンの歌手ルシア・ガラン(Lucia Galan) とのデュエット 9.「Ever And Forever」は他の曲と異なり、ラテンの哀愁溢れる雰囲気が印象的。ちなみに同じバッキングトラックによるスペイン語バージョン(タイトル「Por Siempre Y Para Siempre」)が彼女のグループ、ピンピネラ (Pimpinela)のアルバム「Estaciones」1988に収められていて、こちらも本当に凄い出来。

人気テレビドラマの主演を務めたが、やはり相棒のドン・ジョンソンがメインで、彼自身は性格俳優的な趣があり、アルバムでメインをはるには個性・カリスマ性不足だったようだ。そのためか、本アルバムは前作に続き売れず、成功のために必要なシングル・カットもされずに終わってしまった。彼はその後アルバムの制作・発表をせず、俳優、声優など比較的地味な仕事をするようになったという。


マリアがコーラス隊の一員で、かつインパクトに欠けるが、曲としてはまあ面白く聴ける。

[2023年11月作成]


E69 American Children 1989 Various Artists Alacazam!

E62 American Children

Maria Muldaur : Vocal (2,3), Back Vocal (1,4)
John Sebastian : "Daydream" Guitar, Whistle (2)
Richie Havens : Vocal (1,4), Guitar (1,4)
Rolly Sally : Bass (3)
Marc Black : Bass (1,4), Piano (1,4), Guitar (3)
Warren Bernhardt : Papercup Bass, Gruntbag of Tricks (1,4)

Jamie Black : Intro Vocals (4)
Rory Block, Happytraum, Peter Schikele, Marc Black : Back Vocal (1,4)
OWS Gospel Choir : Back Vocal (1,4)

Marc Black, Ed Bialek : Producer

1. American Children [Marc Black, Ed Bialek] E69
2. Daydream [John Sebastian]
3. I'll Be Your Baby Tonight [Bob Dylan] M26 M28 E12
4. Kumbaya/American Children - Reprise E69


マーク・ブラックはフォーク音楽を中心に幅広い音楽活動を展開している。その交流範囲は、本作に参加しているウッドストック関係のミュージシャンから、クラシックのピータ・シッケル、ジャズのジャック・ディジョネット、ポール・ウィンター等におよぶ。またソングライターとしても活躍し、これまでに自身のソロアルバムを数枚発表した他に、ニューヨーク・メッツの球場で流す歌などを作曲しているという。本作はそんな彼が、親しい人々を集めて作った子供向けの企画盤で、1990年の「American Liabraly Association Award」を受賞した。ちなみに本作を発売したレーベル、アルカザム!は、同年にロリー・ブロックの「Color Me Wild」、デイブ・ヴァン・ロンクの「Peter & The Wolf」を発売している。

1.「American Children」は、リッチー・ヘブンス(1941-2013)の名義によるトラック。彼はグリニッジ・ビレッジのフォークリバイバルで活躍し、1969年のウッドストック・ミュージック・フェスティバルへの出演で有名になった。変則チューニングのアコースティック・ギターによるエネルギッシュなプレイとソウルフルなボーカルが売り物で、1971年の「Here Comes The Sun」(ザ・ビートルズのカバー )の全米16位のヒットがある。ここで彼が歌う歌詞は「異なる宗教、好み、地域からなるが皆アメリカの子供達で平和を愛する」という内容で、プロデューサー達が本作に、そしてアメリカに込めた思いがしっかり伝わってくる。途中からシンガー達とゴスペル合唱団のバックコーラスが加わり、後半にシンガー達が声を入れる場面では、マリアの声をはっきり聞き分けることができる。

2.「Daydream」は、ご存知ジョン・セバスチャンがラヴィン・スプーンフル時代に作った名曲(1966年 全米2位)で、ここではマリアは、ジョンが弾くエレキギターのフィンガーピッキングによる伴奏のみで歌っている。曲の雰囲気がマリアのスウィートなボーカルにぴったりで、両者の共演という話題性に留まらない素晴らしい出来だ。ジョンが飄々と吹く口笛が間奏とエンディングに入る。3.「I'll Be Your Baby Tonight」は、ボブ・ディランのアルバム
「John Wesley Harding」1967 に収録されていたカントリー・フレイバー溢れるラブソングで、彼女のお気に入り。ここでは、歌詞を変更して「I'll be your baby tonight」という重要な部分を「You'll be my baby tonight」とし、歌の趣旨を子供のためのララバイに変えているのがミソ。マリアはボブ・ディランのデビュー当時からの支持者であり、お友達なので、作者本人の許可を得ることができたのだろう。なるほと前述の人称を変えるだけで、その他の部分も子供に対する愛情表現に自然な感じで置き換わっていて、これはアイデアの勝利だ。4.「Kumbaya/American Children」は、女の子によるスピリテュアル・ソングの独唱から、最初の曲が再び登場して本作を締めくくる。

その他のトラックは、リック・ダンコ、ハッピイ・トラウム、デイブ・ヴァン・ロンク、ロリー・ブロック、タジ・マハール等で、アコースティックギターの弾き語りや小編成のシンプルな伴奏付きの演奏が多いが、
単調な感じはなく、ギターの名手達による妙技を味わうことができる。

[2022年8月追記]
収録曲について。曲に続く@ [ ]は作者、Aオリジナルまたは決定版の歌手・バンド名、発表年 B( )は本作で歌った人、C特記事項の順番で表示

1. American Children [Marc Black, Ed Bialek] (Richie Havens)
2. Papaya People [Rory Block] (Rory Block) ロリー・ブロック (1949- )はブルース・シンガー、ギタリスト。マリアは彼女の曲をカバーした他に、共演盤「Sisters And Brothers」2004 M23を製作している。同年に本作と同じレーベルから発表されたアルバム「Color Me Wild」にも収録された。ペニー・ホイッスルを吹いているのは、マルチ・ホーンプレイヤーのハワード・ジョンソン (1941-2021)。マンゴ・ピープルとバナナ・ピープルのやり取りを早口で歌っている。
3. I'm Proud To Be A Moose [Willie Nininger] (Dave Van Ronk) デイブ・ヴァン・ロンク(1936-2002) は、グリニッジ・ヴィレッジのフォークシーンで活躍した当時、ボブ・ディランと親交があった人。味のある弾き語りだ。
4. Jambonee [Puppy Gould] (Happy Traum) ハッピー・トラウム (1939- )については、E17、E50を参照ください。優しい感じの歌唱・演奏で、マーク・ブラックがベースを弾いている。コーラス部分でのロリー・ブロックのバックボーカルがいい感じ。
5. Daydream [John Sebastian] Lovin' Spoonful 1966 (Maria Muldaur)
6. Tyrannosaurus Rex [Peter Schickele] (Peter Schickele) ピーター・シッケル (1935- )は作曲家、パロディストで、クラシック音楽のコメディ・アルバム、ラジオ等で大変人気があった人。ここでは彼はボーカル、ピアノと効果音、ハワード・ジョンソンがチューバ、マークはボーカルと恐竜の鳴き声を担当し、楽しく、面白く仕上げている。
7. Deva Devalita [Taj Mahal] (Taj Mahal) タジ・マハール(1942- )が、ナーサリーライムの言葉遊びのような感じで飄々と歌っている。
8. Blue Tail Fly [Traditional] (Rick Danko) ジミーという黒人奴隷が主人の馬の面倒を見ていたが、その馬がアブ(Blue Tail Fly)に刺されたために主人を振り落として死なせてしまう。ジミーは罪に問われたが検視陪審の結果、アブが原因と判明し無罪となる、という歌で、ザ・バンドのリック・ダンコ (1942-1999)が歌い、ハッピ・トラウムがバンジョー、バックボーカルにマーク、ロリーに加えてウッドストックで活躍した女性デュオ、レスリー・リッターとエイミー・フレイドンが参加している。
9. Lucky Ol' King [Rory Block] (Rory Block) ロリーが、ジミー・ロジャース顔負けのカントリー・ヨーデルを聴かせてくれる。
10. You Got To Relax [Fred Koller, Marc Black, Galen Blum] Leadberry 1954 (Fred Koller) レッドベリーの「Relax Your Mind」を改編したもので、シンガー・アンド・ソングライターのフレッド・コラー (1950- )が歌い、ハッピーが12弦ギターで参加している。クラリネットのエド・サマーリン (1928-2006) は前衛ジャズの世界で活躍したサックス奏者。
11. I'll Be Your Baby Tonight [Bob Dylan] Bob Dylan 1967 (Maria Muldaur)
12. Kumbaya / American Children - Reprise [Marc Black, Ed Bialek] (Jamie Black) 歌っている女の子はマークの娘さんかな?

ということで、ウッドストック系のミュージシャンが多く参加参加したオムニバス・アルバムで、著名アーティストによる良質な子供向け音楽アルバムの草分け的な存在の作品のようだ。今のデジタル技術とは異なる手書き感一杯のジャケット・デザインも懐かしい。

[2010年7月作成]


E70 Peace On Earth 1989 Country Joe McDonald One Way


Country Joe McDonald : Vocal
Maria Muldaur : Vocal
John Blakeley, Phil Marsh : Electric Guitar
Larry Dunlap : Electric Piano
Will Scarlett : Harmonica
Gene Stuart : Tenor Sax
David Hayes : Bass
Peter Milio : Drums

1. Pledging My Love [Washington, Robey]

 
カントリー・ジョー・マクドナルド (1941- )というと、ウッドストックの大観衆と掛け合いで4文字言葉のシュプレヒコールを行ったあと、ギター1本でベトナム反戦歌を歌うという過激なイメージが強く残っている。当時フィッシュというグループを率いて、ウエストコーストのサイケデリック・ロックの雄とされた彼は、その後も息の長い活動を続け、30枚以上のアルバムを発表しているが、現在も活動家として反戦・反体制という当時のポリシーを保ち続けていることは立派。人生は幻滅と挫折の連続のはずなんだけど、めげず、くじけずに頑張れるなんて、余程意思の強い人なんだなと思う。

本作は、そんな彼が1989年に発表したアルバム。彼の場合、メッセージ性が強すぎる感があるため日本ではイマイチ売れないと思われ、かく言う私もほとんど聴いたことがなかった。しかしマリアがゲスト参加したという理由だけで購入した本作を聴く限り、音楽的にも十分楽しめる内容だ。メロディアスかつリズミカルな曲が多く、シンセサイザーの使用は控えめではあるが、テクノ、ディスコとパンクに染まった1980年代に相応しい音楽となっている。それでも愛と平和を説く彼の姿勢は変わらず、反戦を訴える歌もしっかり入っている。マリアが参加した1.「Pledging My Love」は純粋に愛を歌っており、アルバムの中で口直し的な役割を演じている。ドゥワップ・コーラスを入れてもよさそうな、オールディーズを思わせる甘いラブソングで、クレジットはは本人の作曲とあったが誤り。正しくはテネシー州メンフィス生まれのR&Bシンガー、ジョニー・エイス(Johnny Ace 1929-1954)が自分で撃った銃の事故により亡くなった後に発売されたヒット曲(全米17位)のカバーだった。カントリー・ジョーとマリアが交互に歌い、コーラスパートでは合唱となる。バックを務めるミュージシャンは、彼の伴奏を長く務めている人達が主であるが、間奏でハーモニカを吹くウィル・スカーレット(1948- )は、ブラウニー・マッギー、ホット・ツナ、デビッド・ブロンバーグ、ジェリー・ガルシア等と共演した人。

その他の曲では、グレイトフル・デッドのボブ・ウェアー、ミッキー・ハートが参加しているトラック、また名手ジェイ・グレイドンが見事なギターソロを弾く曲もある。


[追記]曲の由来につき、事実が分かりましたので書き直しました。

[2011年4月作成]



E71 Baboons, Butterflies & Me 1989 (Video)  The Nature Company 
 

Maria Muldaur : Vocal
Archie Williams Jr. : Acoustic Guitar


1. Birds And Bugs And Banana Slugs [Ruth Young]
2. Around The Baobab Tree (Morning) [Ruth Young]
3. Four Bath A Day [Ruth Young]
4. Baboon Babies In The Baobab Tree [Ruth Young]
5. When A Zebra Meets A Zebra [Ruth Young]
6. Lion Cubs [Ruth Young]
7. Swallow Tails [Ruth Young]
8. Around The Baobab Tree (Evening) [Ruth Young]
9. Birds And Bugs And Banana Slugs (Repeat) [Ruth Young]

Ruth Van Collie : Exercise Instructor
Janice Van Collie : Executive Producer
Laurie Bauman : Producer, Writer
Wendy Blair Slick : Director


40年間ずっとマリアのファンであり続けた私でも、発売後長年にわたり知らなかった公式映像・音源がある。それを(自分なりに)発見した時は、考古学上貴重な遺跡を発見したかのような興奮を覚えてしまうものだ。恥ずかしいことに、1989年の発売から2012年まで、このビデオの存在を知らなかったのです。ザ・ネイチャー・カンパニーは、1972年カリフォルニア州バークリーで設立された自然科学に関するグッズを売るチェーン店を経営する会社で、@化石、鉱物、宝石、貝殻等の標本、A動植物の図鑑、書籍、ポスター、ぬいぐるみ、オモチャ、装飾品、B望遠鏡、双眼鏡、温度計などの科学機器、C自然音やヒーリングの音楽CD、D動植物や恐竜等をプリントしたTシャツなどの服など、多くの品物を取り扱っている。以前日本にも進出して各地に店があったそうだが、現在は撤退したようだ。その会社が、2才から6才までの子供向けエクササイズの教材として製作した映像が本作で、アフリカの動物や蝶の映像と、そのイメージに基づく歌と体操(踊り)を観た子供達が真似っこ遊びする意図で作られている。

マリアと子供達が草原を歩くシーンから始まり、彼女は大きな木の下に腰掛けて、12〜13人の子供達を前に話しかける。当時彼女は45〜46才で、中年のお母さんといった感じ。日本の子供番組では、お兄さん・お姉さんがやたらニタニタ楽しそうにするが、ここでのマリアは、わざとらしい仕草をせず、自然な振る舞いで通している。子供に向かって、故意に幼い言葉を使ったりして媚びるような態度を示す日本人と比較して、子供に対しても大人と同様に接しようとする西洋の考えが反映されていると思う。それでも彼女の言葉や顔の表情の豊かさ、天性の声の良さといった表現力の魅力が十分に出ていて、大人が観ても十分に楽しめるものだ。1970年代とか、若い時に撮影していれば、もっと良かったかもね!マリアが、アフリカにいるヒヒ(Baboon)、象、ライオン、キリン、シマウマ、そして蝶の話をしながら歌い、それに合わせて子供達も歌い、動物の物真似をする。歌の合間にルース・ヴァン・クーリーというダンス、エクササイズのインストラクターと子供達による各動物の仕草を真似たパフォーマンスが入る。画面で見る限り、彼女は60〜70代に見え、インターネットで調べたが、女性向けの体操教室を開いていた記録があったくらいで、それほど有名な人ではないようだ。

歌の伴奏は、彼女のバンドで長年ギタリストを務めたアーチー・ウィリアムス・ジュニアによるアコースティック・ギター1本による演奏。テイラーの12弦ギターを使用しているが、共鳴弦をつけていないようで、通常の6弦ギターの音に聞こえる。マリアの語りは、現地でのフィールド録音と思われるが、歌の部分はスタジオできっちり収録したようで、音質はとても良い。クレジットによると作者はルース・ヤングとあるが、彼女については不明 (月並みな名前なので、インターネットの検索では同一人物であるかの特定が難しいため)。最後の繰り返しを除いた8曲は、みな動物や蝶(「Swallow Tail」)の事を歌った小品。マリアはさらっとであるが丁寧に歌っている。いつもはこってり系のブルースが持ち味の彼女が、このような軽やかな感じで歌うのもいいもんだし、彼女の歌に対する柔軟さ、しなやかさがよく出ていると思う。アーチーの伴奏はピック奏法によるもので、あまり凝らずにシンプルな演奏に終始している。ちなみに彼は、マリアのバンドに1991年まで在籍し、現在は西海岸でギターの先生をしているそうだ。パッケージは、見開き式になっており、動物達のイラストと一緒に、子供達が一緒に歌うための歌詞が掲載されている。

収録時間にして約35分の教材ビデオで、マリアは、子供達に語りかけながら、アコギ1本の伴奏のみでさらっと歌う。この手の仕事においても、音楽に対する誠実な態度はいつも通りで、大変好感がもて、繰り返し鑑賞するに値するものだ。しかもアーチー・ウィリアムス・ジュニアの伴奏で8曲も歌っているわけだし、文句ないですね。


[2012年3月作成]


 
E72 Goodbye 1990 The Usual Suspects  Suspex 9
 

Maria Muldaur : Vocal, Tambourine
J.J. Cale : Guitar
Dr. John : Piano , Rub-Board
Rowland Salley : Bass
Jimmy Sanchez : Drums
Steve Eisen, Brian Ripp : Sax
Jim Rothermel : Clarinet
Bob Schulz : Cornet
Dave Katz : Trumpet
Loren Binford, Kevin Porter : Trombone
John Blane : Tuba

Tom Stern : Producer
Scott Mathews : Co-Producer (1,2,5,9,10)
Maria Muldaur, Dr. John : Arranger

1. New Orleans [J. J. Cale] E82

 

1981年から続いていたトム・スターンのプロデュースによる「Usual Suspects」シリーズ最後の作品。タイトルのみでなく、ジャケット裏面のイラストも、これまでに発売されたアルバムの表紙イラストをコラージュしたものであったり、収録曲に「最後」、「旅立ち」や「別れ」をテーマとするものがあり、最終作品を意識したプロデュースとなっている。いままでの作品に比べて、スコット・マシューズの関与度が大きくなり、その分ノスタルジックなジャズの雰囲気は影を潜め、ロック色がより濃くなっている。リズム感もソリッドな80〜90年代なもので、かつての「Usual Suspects」のゆったりとしたグルーヴ感とは異質なものになった。それでも聴き込むと、昔のスタンダード曲に対する敬意もしっかりあるし、音楽スタイルの過激な変遷のなか、昔から活動する実力派アーティストが仲間内で協力し合って、自己の持ち味を保ちながら柔軟な姿勢で新しい風潮に挑戦し、生き残りを図ろうとする創造的な意気込みが感じられるのだ。

J.J. ケールの 1.「New Orleans」は、ホギー・カーマイケルの1932年のものとは同名異曲。本人のバージョンは、彼のソロアルバム「Travel Log」1990で発表されている。バック・ミュージシャンは、スーパー・セッションと言ってもよい顔ぶれで、作者のJ.J.ケールによる渋いエレキギター・プレイ、ドクター・ジョンのファンキーなピアノ・プレイが素晴らしく、ニューオリンズ・ジャズをイメージさせるブラスセクションの演奏も決まっている。曲の良さとマリアのボーカルともに最高の出来。このような曲がソロアルバムに収められずに、知名度が低いままでいるなんて本当に勿体ない!もし将来彼女のボックスセットが製作されるならば、こういった曲が目玉になるんだろうな〜。なお、同じ録音は、1996年にCDで発売されたコンスピレーション・アルバム「Blue Gold」1996 E86で聴くことができる。本作は、なかなか市場に出回らず、入手がかなり難しいので、本曲を聴きたい人はCD購入をお勧めします。


マリア以外のトラックについても簡単に解説します。

Side One
1. Ride Away (Geoff Muldaur, Scott Mathews, Andy Miltom, David Nelson)
2. Over The Road (Scott Mathews)
3. Travelin' Time (Lady Bianca)
4. Final Curtain (Annie Stocking, Nick Milo)
5. Don't Worry (Andy Milton)
6. Interlude : Countdown (Nick Milo) Instrumental
7. La Vierge (All Rapone)
8. Interlude II: The Gateway (Nick Milo) Instrumental
9. She'll Be Gone (Jenny Mathews, Scott Mathews)

Side Two
10. The Wayward Wind (Jenny Mathews, Scott Mathews)
11. Big Silver Bird (Fly Me Away) (Lady Bianca)
12. Hell, I'd Go (Dan Hicks)
13. Interlude III : The Road Hit Back (Nick Milo) Instrumental
14. New Orleans (Maria Muldaur)
15. Interlude IV : Bird Of Passage (Nick Milo, Tom Stern) Instrumental
16. Swan Song (David Sapiro, Tom Stern)Instrumental

17. Ride Away (Peprise)
(Geoff Muldaur, Scott Mathews, Andy Miltom, David Nelson)


1.「
Ride Away」は、ジョン・フォード監督の西部劇「捜索者」1957のテーマソングとして作曲され、西部歌謡のコーラスグループ「The Son Of Pioneers」が歌ったが、映画の中では使われなかった。インディアンに誘拐された娘を救出するために旅を続ける主人公(ジョン・ウェイン)の心を描いた曲で、本アルバムのシリーズ最終作品としての旅立ちの心境が込められていると思われる。昔の歌への造詣が深いジェフ・マルダーを筆頭とする男っぽいコーラスで、ニューライダーズ・オブ・パープル・セイジのデビッド・ネルソンがアコースティック・ギターを弾いている。2.「Over The Road」は、スコット・マシューズが全ての楽器を演奏して歌うトラックで、後にプロデューサーとして成功する彼の才能が感じられる。ただしボーカルはイマイチかな?3.「Travelin' Time」、11.「Big Silver Bird (Fly Me Away)」は、常連(Usual Suspects)の一人、レディ・ビアンカ(ビアンカ・ソーントン)の作曲・歌で、いつもながら出来の良い現代風R&Bサウンドを聴かせてくれる。バックには、デビッド・マシューズ、ニック・マイロ(キーボード)、トニー・サンダース(ベース、マール・サンダースの息子)、スコット・マシューズ(ドラムス)等、強力なメンバーがそろっている。4.「Final Curtain」は、ニック・マイロの作品であるが、セッション・ボーカリストのアーニー・ストッキングが、心のこもった素晴らしい歌唱を聴かせてくれる。5.「Don't Worry」は、カントリー音楽界のスーパースター、マーティー・ロビンス1961年の曲で、ビルボードのカントリー・チャート10週間1位、全米トップ100でも3位を記録した大ヒット曲。ボーカルのアンディ・ミルトンはセッション・ボーカリストらしく、Crowded Houseのアルバム録音などに名前が残っている。本作では、他に1.と17.のコーラスに参加している。6.「Interlude」、8.「Interlude II: The Gateway」は、シリーズお馴染みのニック・マイロのシンセサイザー、ピアノによる短いインストルメンタル。 7.「La Vierge」は、アル・ラポーンによるザディコ(ニューオリンズ音楽)で、デビッド・ネルソンがギターとハーモニー・ボ−カルで参加している。9.「She'll Be Gone」は、スコットとジェニー・マシューズ夫妻によるデュエット(ジェニーはマリアの一人娘)。カナダの夫婦デュオ、イアン・アンド・シルヴィアが1968年に発表したアルバム「Nashville」に収録されていた曲で、作者のS. Flickerは、シルヴィアの旧姓。フォークからカントリー・ロックへの転身を図る過渡期の作品で、その後1970年にエイモス・ギャレットやバディ・ケイジ等をバックとした「Great Speckeld Bird」というカントリー・ロックの名盤を生み出すことになる。

10.「The Wayward Wind」は、ゴジ・グラント(Gogi Grant 1924〜 )唯一のヒット曲(1956年 全米1位)で、パッツィー・クラインによるカバーもある。ここではジェニーがリードボーカルを担当する。マリアの血を引く歌声が何とも気持ち良い。ダン・ヒックスが歌う 12.「Hell, I'd Go」は、マリアが後に「Swingin' In The Rain」1998 M18で「Heck, I'd Go」という名で歌った曲のオリジナルだ!当時のバックバンドは、アコースティック・ギター、バイオリン、ベースという編成で、しかもギターが後にThe Hot Club Of San Francisco(E79, E100参照)を結成するポール・メーリングということで、もろジャンゴ・ラインハルト・サウンドであるのが面白い。「The Martianettes」というクレジットによる火星人を思わせる変わり声によるバックコーラスが傑作。ちなみに当時デビッド・サンボーンのテレビ番組「Night Music」で、同じメンバーでこの曲を歌った映像が残っている。この曲が本作のハイライトのひとつである事は間違いない。13. 「Interlude III : The Road Hit Back」は、レイ・チャールズの「Hit The Road Jack」を思わせるインストメンタル曲。5.「Interlude IV : Bird Of Passage」では、ニックマイロのキーボードにトム・スターンのバンジョーが絡む。16.「Swan Song」は、チャイコフスキーの「白鳥の湖」を、ギターとバンジョーにアレンジしたもの。常連のデビッド・シャピロがギターを弾いている。 最後の1.「Ride Away (Reprise)」では、ジェフ・マルダーのアレンジによるストリングが付いている。

直接の共演ではないが、ジェフ、マリア、ジェニーという一家がそろった作品で、彼らに縁がある人達も多く参加しており、その連帯感が気持ちの良い雰囲気を生み出していると思う。


E73 Family Folk Festival 1990 Various Artists Music For Little People

E65 Family Folk Festival

E65 Family Folk Festival CD

Maria Muldaur : Vocal
Roy Rogers : Slide & 12-String Guitar
Rowland Salley : Bass

Maria Muldaur, Jim Deehawk : Producer

(1. Circus Song [Thompson, Guerney] )
2. Garden Song [David Mallett]

注) 1.は、マリア・マルダーのアルバム「On The Sunny Side」1990 M12に収録されたものと同一録音のため、括弧書きで表示しました。

写真上: オリジナル盤ジャケット表紙
写真下: 1993年発売のCD盤ジャケット表紙


Music For Little Peopleは、1985年本作のExecutive Producerであるレイブ・オストロウが創立した子供向け音楽専門レーベルで、一流アーティストによる質の高いオリジナル作品を数多く制作し、高い評価を得ている。その他子供向けの楽器、玩具、書籍などの通信販売事業も行っている会社だ。マリアは同レーベル製作の企画盤数枚に参加しているが、本作は同じ1990年に発売された彼女名義のアルバム「On The Sunny Side」1990 M12と並び、最初の作品となる。

マリアが参加した2曲のうち、1.「Circus Song」は、上述の「On The Sunny Side」1990 M12に収められたトラックと同一録音(この曲の詳細については、M12をご参照ください)。2.「Garden Song」は、フォーク・シンガーのデビッド・マレットの作曲によるもので、彼自身による初録音は1978年。その後ジョン・デンバー、アーロ・ガスリー、ピーター・ポール・アンド・マリー、ピート・シーガー等多くのフォーク・ミュージシャンがカバーするスタンダードとなった。庭仕事の喜びを歌ったものであるが、愛情をもって育てる事の素晴らしさを暗喩する歌と解釈することもできると思う。マリアは情感たっぷりに歌っている。ロイ・ロジャースは、ジョン・リー・フッカー、ボニー・レイット、リンダ・ロンシュタットのセッションに参加。自身もアルバムを発表し、主にブルースのスライドギター・プレイで高い評価を得ている。マリアは、彼の作品には、ロジャース・アンドバーギンの「A Foot In The Door」1978 E43と、ソロアルバム「Rythm And Groove」 1996 E90 の2枚にゲスト出演している。ここでは彼は、12弦ギターと6弦ギターのフィンガー・ピッキングによるオーバーダビングで、独特のサウンドを作り出している。ベースのローランド・サリイは、クリス・アイザックスのバンドメンバーとして多くのアルバムに参加した他に、2003年「Killing The Blues」というソロアルバムを発表している。マリアのアルバムでは、前述の「On The Sunny Side」1990 M12、「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25 などでベースを弾き、絵の才能を発揮して、「Richland Woman Blues」2001 M20、「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25、「Naughty Bawdy & Blue」2007 M27の解説書内のブルースマン(ブルースウーマン)のポートレイトや、「Yes We Can」 2008 M29の表紙を描いている。

その他の曲では、ピート・シーガーが歌うトラディショナル「I've Been Workin' On The Railroad」(日本では「線路は続くよどこまでも」)、「I Had A Rooster」(動物の声色が楽しい)、ドック・ワトソンの「Grandfather's Clock」(この曲は、1991年発売の彼のアルバム「My Dear Old Southern Home」のために録音されたもの)、タジ・マハールがスカのリズムで歌う「Humpty Dumpty」などが面白い。

[2010年6月作成]