E1 The Even Dozen Jug Band  1964 Elektra


E1 Even Dozen Jug Band

Steve Katz : Vocal, Washboard (2,3)
Maria D'Amato : 2nd Voice
Sefan Grossman : Guitar
Pete Siegel : Banjo (2)
David Grissman : Mandolin (2,3)
Frank Weisz : Fiddle (2)
John Benson : Harp (3)
Josh Rifkin : Kazoo (1,3)
Danny Lauffer : Jug

Paul L. Rothchild, Jac Halzman : Producer

1. Come On In
2. Overseas Stomp [W. Shade, J. Jones]
3. France Blues

注)ジャケット写真左端でナショナル製のメタルボディのギターを持っているのがマリア。

写真のWho's Who

写真上の3人 奥: Bob Gurland (Mouth Trumpet、マリアのセッションには非参加), 右から: Josh Rifkin、John Sebastian 

写真下(右から): David Grissman, Marlene (メンバーではなく、その場に居合わせた女性で、当日11人しか撮影セッションに集まらず、12人にするため容姿の良い彼女に加わってもらったとのこと Steve Katz談), Pete Siegel, Danny Lauffer, Steve Katz (後ろ)、Frank Goodkin (Banjo, Guitar、 マリアのセッションには非参加), Stefan Grossman, Frank Weisz, Maria D'Amato
  

マリア・マルダー(旧姓ダマート)は1943年生まれなので、このレコード・デビューは彼女が21歳の時のものだ。ニューヨークに生まれグリニッジ・ヴィレッジに育った彼女は、ラジオから流れてくるカントリー音楽を聴いて育ち、学校でドゥワップ・グループを結成したりしながら、黒人ブルース、ゴスペル音楽に傾倒してゆく。子守をする条件で某夫妻の家に間借りをした際に、彼等がアメリカン・ミュージックに関する膨大なレコード・コレクションを持っており、それらを自由に聴かせてもらったことが彼女の音楽経験に大きな影響を与えたという。ボブ・ディランの台頭に象徴される、社会運動でもあったフォーク・リバイバルを実体験しながらゲイリー・デイビスやミッシシッピー・ジョン・ハート、ドク・ワトソン等の生演奏に親しみ、ワシントン・スクウェアーでリッチー・ヘブンスやホセ・フェリシアーノ達と演奏していたという。そしてノース・キャロライナ州にあるドック・ワトソンの実家に滞在して彼の義理の父親からフィドルを習い、毎晩開かれるホームコンサートでアパラチアン地方のオールド・タイミー音楽の洗礼を受けた。彼女のジャンルにこだわらないルーツ音楽に対する深い愛情と造詣の基礎は、この頃に培われたものだ。

当時音楽を志す若者の間では、1920〜1930年代に流行ったジャグ・バンドのリバイバルが最もホットとされ、メンフィス・ジャグ・バンドやキャノンズ・ジャグ・ストンパーズといった当時の黒人ミュージシャンが録音したSP盤を聞きあさっては演奏していた。ジャグバンドは陶器の水瓶(Jug)に口を付けて、「ボー、ボー」というベース音出すことからついた名前で、他にタライとモップの柄に1本の弦を張ったウォッシュタブ・ベースや、洗濯板を使用したパーカッション(ウォッシュボード)、カズーといったお金に余裕のない人々が工夫した楽器が特徴。ギター、バンジョ−、マンドリン、フィドルといったストリング・バンドがその主体となり、音楽的にはブルース、ジャズ、ラグタイムが渾然一体となったものだった。

当時グリニッジ・ビレッジのニューヨーク大学などで勉強しながらバンド活動を続けていた若者の複数のバンドが合体して、ライブハウスで評判をとったため、当時ニューヨークで活躍していた女性ブルース・シンガーで、マイナーレコード会社のオーナーだったヴィクトリア・スパイヴィー(ボブ・ディランのアルバム「New Morning」(1970年)の裏表紙に写っていた人)のもとでレコードを製作する話になった。それに目を付けたエレクトラがその権利を買い取り、大手からの発売が決まったのだが、売れ線にするために「セックス・アピール」が必要として彼女に白羽の矢が立ったという。ジャケットを見ると、ナショナル・スティール・ギターを持って壁に腰掛けている若いマリアの横に、後に各ジャンルで有名になる人たちがたくさん写っていて、どきどきわくわくする。ステファン・グロスマンは、ブルースやラグタイムのフィンガースタイル・ギターを志す人ならば誰でも知っている人で、ソロ(ギターのタブ譜つきのものが有難かった)やジョン・レンボーンとのデュオといった演奏活動の他に、教則本、テープ、ビデオなどの教育媒体で一時代を築いた人だ。写真ではギブソンのSJ-200を持っているが、当時の師匠ゲイリー・デイビスの影響だろう。彼の達者なブルース・ギターは本作14曲の全編で聴くことができる。デビッド・グリスマンは本作の後はブルーグラスのバンドに参加していたが、西海岸に移動して同じ音楽ルーツを持つグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアと意気投合、彼と音楽活動を共にしながら、ピーター・ローワン、クラレンス・ホワイト、リチャード・グリーンとMuleskinnerを結成、1976年からは自分のバンドを持ち、マンドリンの才人として、ジャンゴ・ラインハルトのスウィング音楽にいろんなフレイバーを合わせて現代風に昇華させた独特の音楽を作り上げた。1990年代は、往年のヴィンテージ楽器を使用したCD「Tone Poems」のシリーズでも話題を呼んだ。彼はこのバンド以前からマリアと一緒に音楽活動をしたことがあったという。

上記3曲でボーカルおよびウォッシュボードを担当するスティーブ・カッツは、その後アル・クーパーのブルース・プロジェクトに加入、解散後は彼とブラッド・スウェット・アンド・ティアーズを結成し、アル・クーパー脱退後の2作目「Blood, Sweat & Tears」1968 の大ヒットで成功を収め、1972年まで在籍する。初期のサウンドの要であり、同作に収録された彼の作曲・ボーカルによるバラード「Sometimes In Winter」は素晴らしかった。その後はルー・リードのプロデューサーを務めたり、マーキュリー・レコードのマネジメントを歴任、アイルランド音楽に傾倒して、その音楽を米国に紹介するGreen Linnet Record(ペンタングルが同レーベルから作品を発売している)を設立するなど、音楽ビジネスに携わっている。カズーを吹くジョシュ・リフキンは本職はピアニストで、本作の他の曲では素晴らしいラグタイム・ピアノを披露している。彼は後にスコット・ジョップリンのラグタイム・ピアノ作品リバイバルの草分けとなった他、クラシックの分野で活躍している。3.でハーモニカを吹いているジョン・ベンソンは、後にジョン・セバスチャンと名乗ることになる。ハーモニカ奏者を父に持ち、若い頃からセッションなどで活躍していた人だ。彼の成功は早く、この直後にバンド「Lovin' Spoonful」で多くのヒット曲を出した。バンド解散後は、クロスビー・スティルス・アンド・ナッシュから誘われたが断り、ソロ活動やセッションプレイヤーとしてマイペースで活動している。プロデューサーのポール・ロスチャイルドは、その後ジュディ・コリンズやポール・バターフィールドとの仕事で成功した人。

我らがマリアさんは、セカンド・ボーカルのせいか、あまり硬さは感じられず、リラックスして歌っているようだ。インタビューによると、彼女はベッシー・スミス等のブルースをソロで歌いたがったが、プロデューサーが彼女の実力を認めず実現しなかったという(彼女自身は、その判断は妥当なものだったと告白している)。1.「Come On In」ではほぼ全編にわたり彼女の元気な声が聴ける。少人数の編成でグロスマンのギターが頑張り、途中カズーがソロをとる。2.「Overseas Stomp」のマリアはヴァースのブレイクでちらっと可愛い声を入れるだけなのだが、その少しロリータ的な趣がとても効果的。3.「France Blues」はさらっとした早口の歌いぶりが小気味良く、ソロで聴かれるジョンのハーモニカはさすがに上手い。ここでの曲の大半は昔のジャグバンドのレパートリーをそのまま再現した正統的なもので、その後のジム・クエスキンのような実験的要素はあまりない。でもこの手を曲を知性ある白人が真面目に取り上げたことは、決してまやかしではなく、むしろクロスカルチャー的な面白みが感じられる。この大編成のバンドに対し十分なギャラを払えるフォークラブがあるはずはなく、レコード発売後は、カーネギー・ホールなどいくつかのコンサートとテレビ出演を経てバンドは解散し、それぞれ自分の道を歩く事になる。マリアはボストン・ケンブリッジに行って、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドに加入するわけだ。

その後50年以上にわたるマリアのキャリアの出発点として、これ以上相応しいものはないだろう。ちなみに2005年の新作「Sweet Lovin' Ol' Soul」 M25 のライナーノーツで、マリアは本作でベッシー・スミスやメンフィス・ミニーのブルースを歌おうとしたが、プロデューサーに拒絶されたという挫折体験が語られている。なお1978年にEverest Records から発売された「Jug Band Music & Rags Of The South (Featuring Maria Muldaur And Josh Rifkin)」は、本作の音源を使用している。しかし、その際マリアが歌っている 「Overseas Stomp」を含む4曲がオミットされた。

[2021年5月追記]
ジャケット写真の Who's Whoがわかったので追記しました。


E2 Newport Folk Festival 1964 Evening Concert Vol.1   1965 Vangard

E2 Newport Folk Festival 1964

Jim Kweskin : Vocal, Guitar
Geoffrey Muldaur : Vocal, Guitar, Washboard
Maria D'Amato : Vocal, Kazoo
Bill Keith : Banjo
Fritz Richmond : Vocal, Jug, Washtub Bass
Mel Lyman : Harmonica

1. I'm A Woman [Jerry Leiber, Mike Stoller]  M3 E3 Exxx
2. Sadie Green (VampOf New Orleans) [Gilbert Wells, Johnny Dunn] 
 E3
3. My Gal [L. Wood]  E3

Recorded At Newport Folk Festival, Newport, Rhode Island, 1964 July 23〜26

注: 写真は英 Fontana盤 TFL6050 (Mono)


ニューポートはロード・アイランド州の島部にある小さな町で、富裕層の避暑地として有名な所だ。以前よりジャズ・フィスティバルが開催されていたが、1959年からフォーク・フェスティバルも始まった。初年はジョーン・バエズが、1963年はボブ・ディランがスターとなり大きな話題を集めたが、トラディショナル、ブルースなどの地味な音楽も幅広く取り上げている。コンサートの模様を収録した実況録音盤がヴァンガード・レコードから毎年発表され、1964年のフェスティバルからは、ブルース、トラディショナルが各2枚、フォーク(コンテンポラリー)が3枚で計7枚のレコードが製作された。本作はフォーク部門 1枚目のアルバムにあたり、ピート・シーガー、バフィー・セント・メリー、フィル・オックス、当時新人だったホセ・フェリシアーノ等と一緒に、ジム・クウェスキン・ジャグバンドがフィーチャーされている。

1.「I'm A Woman」は、マリアの初々しいリードボーカルが楽しめる。彼女は、エリック・フォン・シュミット、ジム・ルーニー著「Baby Let Me Follow You Down」(University of Massachusetts Press, Amherst. 1979)のなかで、この演奏につき次のように語っている。「You can imagine how nervous I was. There must have been seventeen thousand people out there. I had only been with the Jug Band for a couple of months. We'd been playing little coffee houses, and here we were playing the Newport Festival at the height of its thing.」 緊張のためか、彼女の声は震え気味。最初はバックバンドの演奏が少し遅めで、マリアは1ヴァース歌い終わった後で、「もっと早く」と指示を出しテンポを上げさせている。演奏面では、メル・ライマンのハーモニカとジェフのウォッシュボードが聴きものだ。2.「Sadie Green (Vamp Of New Orleans)」は、ハーモニカとバンジョ−のデュエットから始まり、次に2台のカズー(うち1台は恐らくマリア)が加わり、バンドがフィルインする。バンジョ−のコード奏法のソロの後にジム・クウェスキンが歌い出す。ドライブ感あふれる好演だ。エンディングのバックコーラスでマリアの声を聴くことができる。最後の曲として演奏される 3.「My Gal」は、E3の「Somebody Stole My Gal」のことで、ジェフがリードボーカルをとる。曲が進むにつれ、だんだん盛り上がり、彼のボーカルはシャウト気味になる。エンディングではマリアを含めたバックコーラスが加わり、オーディエンスの大歓声のなかで曲は終わる。ちなみに本音源の全般にわたり素晴らしいハーモニカを吹いているメル・ライマンは、このコンサートを最後にバンドから離れ、自身を教祖とする新興宗教活動に専念する。

本作は、初期のマリアのライブを捉えた歴史的な音源であるとともに、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのライブにおける演奏力の高さが如実にわかるアイテムだ。また本作は同じ表紙デザインによる3枚のレコードのうちVol.1に相当するが、何故かマーケットに出ることが少ないので、入手したい人は根気良く探す必要がある。ニューポート・フォーク・フェスティバルのレコードは、同じようなタイトルの作品がたくさん発売されているので、混同を避けるため、購入の際は以下のレコード番号で確認するとよい。


米 Vanguard盤 :     VRS-9184(Mono) または VSD-79184(Stereo)
英 Fontana盤 :      TFL6050 (Mono)
日 King/Vanguard盤 : SH-225


[2009年12月作成]

[2024年2月追記]
「映像・音源」コーナーにおける「Festival 1967」は、本レコードにおける音源と同じ日に撮影されたものであることがわかりました。


E3 Jug Band Music  [Jim Kweskin Jug Band]   1965 Vangard



Jim Kweskin : Vocal (1,5,7,9,11,14), Guitar
Geoffrey Muldaur : Vocal (2,6,12), Guitar, Washboard, Kazoo
Maria D'Amato : Vocal (3), Fiddle (11), Kazoo, Percussion
Bill Keith : Banjo
Bruno Wolfe : Vocal (4,8,13)
Fritz Richmond : Jug, Washtub Bass
Rex Rakish : Percussion
Mel Lyman : Harmonica, Banjo

[Side A]
1. Blues My Naughty Sweetie Gived To Me [Swanstone, Carvon, Morgan]
2. Jug Band Music [Memphis Jug Band add. verses Geoff Muldaur] E129
3. I'm A Woman [Jerry Leiber, Mike Stoller]  M3 E2 Exxx
4. Morning Blues [Dave Macon add. verses Dave Simon]
5. Vamp Of New Orleans (Sadie Green) [Gilbert Wells, Johnny Dunn]  E2
6. Don't You Leave Me Here [Ferdinand Morton]
7. Somebody Stole My Gal [L. Wood]  E2

[Side B]
8. K. C. Moan [Memphis Jug Band]
9. Good Time Charlie [John Koerner]
10. Jug Band Waltz [Memphis Jug Band]
11. Whoa Mule Get Up In The Alley [Gus Cannon]
12. Memphis [Chuck Berry]
13. Ukelele Lady [Gus Kahn, E. A. Whiting]
14. Rag Mama [Blind Boy Fuller]


注: 赤字がマリア参加トラック。他のトラックにもカズーやパーカッションで参加しているものと思われる。
   
   ジャケット写真の右端がジェフ。その隣でフィドルを持っているのがマリア。


ボストンに移動したマリアが加入したのがジム・クエスキン・ジャグ・バンドだ。彼らのニューヨーク公演の時に、知り合ったらしい。最初からジェフと恋仲だったようだ。でもまだ加入間もなかったようで、本作での彼女の参加度合いはそれほど多くはない。メンフィス・ジャグ・バンドなどのオリジナル音源を取り上げる一方で、モダンな曲をアレンジしている所がこのバンドの先進的なところで、スウィングしたヴォーカルが売り物のジム・クエスキンに対し、ブルージーなスタイルのジェフ・マルダーの個性が光っている。特にチャック・ベリーのロックンロール曲である12.をカバーするセンスは抜群だ。

マリアがリードボーカルをとる3.「I'm A Woman」はペギー・リー1963年のヒット曲(全米54位)だ。マリアはジュークボックスでこの曲を聴いて惚れ込んだらしい。ペギーのオリジナルはジャズのビッグ・バンドをバックにしたブルージーなものだったが、マリアはテンポをあげてファンキーな乗りで歌う。家事・セックスなんでもござれのスーパー主婦の歌が、彼女の手にかかって女性の尊厳を誇らかに宣言する歌になったのが面白い。彼女の声は緊張気味で、か細い感じなのだが、いいムードを出しており、初期の代表的なレパートリーとなった。メル・ライマンのライナー・ノーツによると、彼女はこのバンドのスター・ボーカリストとなり、その他ギター、カズー、サンドペーパーを擦ってリズムを出していたという。5.「Vamp Of New Orleans」はジャズの「Sweet Georgia Brown」に似た感じの曲で、ラストのコーラスでマリアの声が聞こえる。一方 11.「Whoa Mule Get Up In The Alley」では、ドック・ワトソンの義理のお父さんから習ったという彼女のフィドルのプレイを聴くことができる。13.はビッグバンドのポール・ホワイトマンが1920年代に出した曲で、他にアーロ・ガスリー、最近ではベッド・ミドラーがカバーしている。

ジム・クエスキン・バンドとしては、まだまだ音楽的に大人しい時期ではあるが、それなりに楽しめる一品。

2005年末、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのメンバーで、本作に参加しているフリッツ・リッチモンドが他界しました。ご冥福をお祈りします。


E4 Festival  The Newport Folk Festival/1965  [Various Artists]   1967 Vangard

E4 Festival The Newport Folk Festival 1965


Maria D'Amato : Guitar (2), Vocal (2), Back Vocal (1)
Eric Von Schmidt : Guitar (1), Vocal (1)
Geoffrey Muldaur : Guitar, Back Vocal (2)
Fritz Richmond : Washtub Bass (1)
Mel Lyman : Harmonica (1)

1. My Love Comes Rolling Down [Eric Von Schmidt] E14
2. Tricks Ain't Walkin' No More [Lucile Bogan] M25

Recorded At Newport Folk Festival, Newport, Rhode Island, 1965 July 24〜25

注: 写真は米 Vanguard盤 VSD-9225


1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルは、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドを従えて出演したボブ・ディランがオーディエンスから総スカンを食い、フォーク界と決裂してロック音楽を志向する転機になったと言われている。何十年も経った後に、この時の音源を聴くことができたが、実際にはオーディエンスのブーイングはほとんど聞こえない。しかし演奏者と観客との間に溝があることは明白で、そのためかディランとバンドの演奏に心が籠っていない。音質の問題のせいかもしれなが、聴いていても心に迫らないのだ。その意味で、当時のディランとホウクス(後のザ・バンド)によるライブ音源の物凄さと比べものにならない内容だ。以上のとおり、本件がメディアを通じて劇的に誇張され、伝説化したものであることがわかったが、このフェスティバルが時代の変化の曲がり角に差し掛かり、問題を抱えていたことは確かで、ロック・フォークとか商業・非商業のカテゴリーに固執すること自体が時代遅れになりつつある流れのなかで、本フェスティバルは意義を失い、1971年より中止となってしまう。そして流行に捕らわれることなく、良い音楽が認められる世の中になった1985年に復活することになる。1965年のフェスティバルの模様を収めたアルバムは、上記の状況のため、ジャケット裏面に「Further volumes are in preparation」と記載されたにもかかわらず、結局これ1枚しか発売されなかった。しかも収録曲は、オーセンティックなフォーク音楽でなく、ジム・クウェスキンとデビッド・グード(David Gude)の選曲による「cross-section(異種部門)」という内容だった。

本作にはジム・クウェスキン・ジャグバンドの音源は収められなかったが、2曲でマリアの声を聴くことができる。1.「My Love Comes Rolling Down」は、ボストンのフォーク界で中心的な存在だったエリック・フォン・シュミットの演奏で、当時のプログラムによると、7月25日(日曜日)のイブニング・コンサートでの演奏。ジム・クウェスキンとビル・キースを除くジャグバンドの連中がバックをつとめている。このブルース曲は、後にエリックのソロアルバム「2nd Right, 3rd Row」1972 E14にスタジオ録音版が収録され、マリアはそこでもバックボーカルで参加している。2.「Tricks Ain't Walkin' No More」はマリアのアイドル、メンフィス・ミニーの作品で、彼女が1932年に相棒のカンサス・ジョーと行った録音が残っている。アルバムのクレジットには作者として「Clarence & Spencer Williams」(ジャズ畑の作曲家)と表示されているが、それは間違い。正しくはブルース・シンガーのルシール・ボーガン(1897-1948)の作で、大恐慌時代における娼婦の苦しい生活を歌ったもの。ここではダンナのジェフ・マルダーがギター伴奏で参加している。フェスティバルのプログラムには、2人の名前での出演はないので、恐らく7月24日(土曜日)のイブニング・コンサートにおけるジム・クウェスキン・ジャグバンドの演奏の一部と思われる。マリアは40年後のアルバム「Sweet Lovin' Ol' Soul」2005 M25で、この曲を初めて正式録音しており、彼女は解説で以下のとおり述べている。

「私は40年前、偉大なブルースの女王、ヴィクトリア・スパイヴィーからこの曲を習いました。彼女は親切に面倒を見てくれて、私向きと思われる作品を教えてくれたのです。私はイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドとこの曲を録音しようと準備しましたが、それは実現しませんでした。ともかくこの曲は、私が聴いた最初のメンフィス・ミニーの曲で、42年後になってやっと借りを返せたことをうれしく思います。」

マリアは、イーヴン・ダズン・ジャグバンドの録音に誘われたが、ソロで歌う事がプロデューサーに拒否されたため、他の男性シンガーとの共演になった苦々しい経験があり、それは過去のインタビューで何度も語られている。一方で彼女は、当時の自分の声と実力を考えると、プロデューサーの判断に誤りはなかったとも語っている。そして本アルバムにおける 2.「Tricks Ain't Walkin' No More」は、その頃の彼女のブルース歌唱がありのままに捉えられているのだ。か細い声、苦労知らずの若さが丸出しで、ヒヨコのような歌いっぷりなんだけど、ブルースに対する尊敬と愛情の気持ちはしっかり出ていると思う。このようなパフォーマンスをアルバムに選んだジム・クウェスキンは偉い!それでも40年後の「Sweet Lovin' Ol' Soul」と比較すると、これらが同じ女性による歌唱とは信じ難いほど雲泥の差があり、その間彼女が歩んだ長い道のりと人生の重さが感じられるのだ、そういう意味でこのアルバムは、当時21才のパフォーマンスを閉じ込めたマリアのタイムカプセルといえよう。

その他の収録アーティストは、ポール・バターフィールド・ブルースバンド(ここでは、もちろんディラン抜きで、演奏内容に問題があるとも思えないし、オーディエンスもしっかり拍手を送っている)、ブルースの巨人サン・ハウス、チェンバース・ブラザース(マリアのファンには「Gospel Nights」1980 M7でお馴染み)等。それらのなかでは、ジャグバンドのバンジョー奏者ビル・キースがジム・ルーニーと一緒に演奏した「Banjo Medley」が面白い出来だ。またボブ・ディランの演奏が終わった後、オーディエンスの不満をなだめるために、ステージに上がって演奏したというメル・ライマンのハーモニカ・ソロ 「Rock Of Ages」の一部も収録されている。伝説的なパフォーマンスと言われるが、先入観なして聴くとそんな感じはしないけど.............

この作品はなかなか市場に出ないので、根気良く探す必要がある。それに加えて「Festival」というタイトルは、インターネット検索で絞り込むのに不向きで、見つけるのが難しい点もある。アイテムの特定にあたっては、レーベル名「Vanguard」とレコード番号「VRS-9225」(mono)、「VSD-79225」(stereo)でチェックすると良いだろう。ちなみに本作は、1991年に日本でのみ、キング・レコードからCD化された。

[2010年2月作成]

[2014年1月追記]
2013年、本アルバムがレコードで再発されたようだ。

[2023年2月追記]
「映像・音源」コーナーで同フェスティバルにおけるジム・クウェスキン・ジャグ・バンドの演奏映像の記事を掲載しました。



E5 See Reverse Side For Title [Jim Kweskin Jug Band]  1966  Vangard


E5 See Reverse Side For Title

Jim Kweskin : Lead Vocal (1,3,9,12,13), Guitar
Geoffrey Muldaur : Lead Vocal (2,4,6,8,10,11,13), Guitar, Clarinet
Maria D'Amato : Lead Vocal (2,5,10), Vocal (3,4,13), Fiddle (3,4,8,10,11,13)
Bill Keith : Banjo
Fritz Richmond : Jug, Washtub Bass
Mel Lyman : Harmonica



[Side A]
1. Blues In The Bottle [Peter Stampfel, Steve Weber]
2. Chevrolet [Ed & Lonnie Young]
3. Christpher Columbus [Leon Berry, Andy Razaf] 
4. Never Swat A Fly [De Sylva, Brown]  
M12
5. Richland Woman [Mississippi John Hurt]
 M2 M20 E130
6. Downtown Blues [Frank Stokes, Dan Sane]
7. Turn The Record Over [Kweskin, Muldaur, Richmond, Keith]

[Side B]
8. Fishing Blues [H. Thomas, J. M. Williams]
9. Storybook Ball [Montgomery, Perry]  M12
10. That's When I'll Come Back To You [Frank Briggs]
11. Viola Lee [Noah Lewis]

12. Papa's On The Housetop [Leroy Carr]
13. Onyx Hop [Frank Newton]

注: ジャケット写真の右から二人目がマリア。右端はジム・クエスキン。ジェフは左から二人目。


「タイトルは裏面を見てください」(裏面には題名の表示はなく、これ自体がタイトル)という人を食った題名のアルバムは、のびのびとしたユーモアと幅広い音楽性によりジャグバンドの枠内に留まらない大変に楽しい作品となった。前作ではちょっとしか参加していなかったマリアは、フィドル、ボーカルで大活躍。ジム・クエスキン、ジェフ・マルダーとともにフロントラインを張っている。

2.「Chevrolet」はジェフとマリアが掛け合いで歌うブルース。「シボレーを買ってあげるから、いい事させてよ」と迫るジェフに対し、「だめ、ダメ。シボレーなんか欲しくない。何にもさせないわ」と切り返すマリア。その次はダイヤモンド、そして家というふうにこのやり取りが続き、最後にマリアが受け入れて終わる。本作の後に結婚する二人の楽屋裏話のようだ。(恐らく)ジェフが演奏するスライドギターと、パーカッション、ベース、手拍子によるシンプルなバックが渋い。タージ・マハールもカバーしている。3.「Christpher Columbus」はジャズピアノの巨匠にして偉大なボーカリストだったファッツ・ウォーラー1936年の名作のカバー。強力な左手のリズムと、130キロの巨体を揺すぶって歌う底抜けの明るさが、コロンブスのアメリカ発見を茶化したコミックソングにぴったりだった。導入部にフィーチャーされるマリアのフィドルは、少しギーギーした音で、音程も不安定なところがあるが、フィーリングは良く、それぞれの楽器の名手揃いのメンバーの中にいても引けをとっていない。ジムのボーカルも立派にスウィングして、カズーの間奏ソロでは「アイブ・ガッタ・リズム」のメロディーが飛び出すなど、遊び心いっぱいだ。後半からマリアのハーモニー・ボーカルとスキャットを楽しむことができる。4.「Never Swat A Fly」はマリアのファンにはおなじみの曲。彼女が子供向けに作った作品「On The Sunny Side」1990 M12のルーツがここにあることがよく分かる。曲自体はウィリアム・マッキンリー率いるジャズバンド、マッキンリーズ・コットン・ピッカーズが1930年に録音したスウィング・ジャズの曲だ。「ハエをたたいちゃダメ。彼にはガールフレンドがいて、彼女が悲しむかもしれないから」という他愛のない歌詞ながらも、一面の真実を説く歌だ。

5.「Richland Woman」は伝説のブルースマン、ミシシッピー・ジョン・ハートの曲。彼は1892年ミシシッピー州に生まれ、農場で働きながら地元のダンスパーティーでギター片手に歌っていたという。当時のブルースブームのなか、1928年にメンフィスとニューヨークに呼ばれて、1曲20ドルの報酬で、13曲を録音。レコードはあまり売れず、その後は故郷に帰り、もとの無名生活に戻ってゆく。1952年にフォークウェイズ・レコードから発売されたオムニバス・レコードに彼の録音2曲が収録され大変な話題となるが、消息不明の彼は死んだものと誰もが思っていた。ところが、その巧みなギターワークとボーカルに魅了されたトム・ホスキンスという若者が、故郷の事を歌った当時の録音曲「Avalon Blues」から地名を割り出し、直接出向いて本人を発見するというドラマのような事が起きたのだ。その後彼は東海岸に呼ばれて、1963年のニューポート・フォーク・フェスティバルに出演して大喝采を浴び、その後は多くのフェスティバルやライブハウスに出演した。素晴らしいギターワークとボーカル、素朴な人柄により、誰からも愛され尊敬され、幸せのうちに1966年亡くなったという。アコースティック・ギター1本(またはフィドルと二人で)でダンスパーティーをやっていたという彼のギターは、低音弦をはじく親指の強靭なリズム感が武器だ。ステファン・グロスマンの教則ビデオで、昔ピート・シーガーのテレビ番組に出演したシーンを見ることができたが、素晴らしいものだった。ということで、私が大好きなブルースマンだ。マリアはニューヨークで彼を直に観る機会が何度もあったようで、再発見後の1963年に録音されたこの曲をカバーしている。男を誘惑する熟年女のちょっとエッチな曲なんだけど、マリアが「最も多くリクエストを受ける曲」と言っているとおり、とても楽しい歌だ。彼女独特のか細い声が不思議なムードを醸し出していて、ナショナル製のスティール・ギターによる間奏(恐らくジェフの演奏)も素晴らしい。なおこの曲は35年後のマリアのアルバム M20のタイトル曲となった。

7.「Turn The Record Over」はメンバーによる「レコード盤を裏返してね」というアカペラ・コーラスを収録するスタジオ・トークがそのまま収録されている、大変面白いトラックだが、マリアの声は聞こえないようだ。8.「Fishing Blues」はテキサス州のブルースマン、ヘンリー・トーマス(1874-?)が1927-1929年に録音した23曲のなかのひとつ。ジョン・セバスチャン、タージ・マハールなどがカバーした他、日本では高田渡が「魚つりブルース」として日本語の歌詞で歌っていた。ここでバンジョー、ハーモニカとフィドルが同時に演奏しているので、賑やかだ。9.「Storybook Ball」はマリアのボーカルやフィドルは入っていないが、34年後の「On The Sunny Side」1990 M12に彼女のバージョンが収録された。10.「That's When I'll Come Back To You」はジャズの巨人ルイ・アームストロングが自分のバンドを持ち始めた頃、1927年にホット・ファイブ(またはホットセブン)という小編成で録音した曲で、ジェフとマリアによる語り調のボーカルの掛け合いと、ジェフによるクラリネットの演奏が面白い曲。一瞬だけアップテンポになったり、遊びもたくさんだ。11.「Viola Lee」は正統的なジャグバンド「キャノンズ・ジャグ・ストンパーズ」1928年の作品で、グレイトフル・デッドやライ・クーダーもカバー。ここではマリアのフィドルソロが楽しめる。13.「Onyx Hop」はジャズ・トランペッターのフランキ・ニュートンによる、1930年代の後半にニューヨークにあった名物クラブ、オニックスにちなんだ曲。彼はその後ビリー・ホリデイの名曲「奇妙な果実」の伴奏で歴史に名を残すことになる。アップテンポの曲で、前半のインスト部分はマリアのフィドルがリードをとり、後半では彼女のスキャット・ボーカルが堪能できる。

一般にジム・クウェスキン・ジャグ・バンドではきっちり作られた次作が名作と言われるが、私的には余裕たっぷりで遊び心を持った本作のほうに愛着がわく。


E6 Garden Of Joy [Jim Kweskin Jug Band]  1967  Reprise


E6 Garden Of Joy



Jim Kweskin : Lead Vocal (1,7,11), Vocal, Guitar
Geoffrey Muldaur : Lead Vocal (2,5,11), Vocal (4), Washboard (11), Mandolin (2,10,11), Clarinet (4,9)
Maria Muldaur : Lead Vocal (3,8,10), Vocal (4,7,12), Tambourine (2), Kazoo (4.11,12)
Fritz Richmond : Vocal (4), Monologue (6), Jug, Washtub Bass
Richard Greene : Violin, Viola
Bill Keith: Banjo

Gary Chester : Drums
Paul Mason Howard : Critical Commntary (Between 9. and 10.)

[Side A]
1. If You're A Viper [R. Howard, H. Malcolm, H. Moren]
2. Minglewood [Noah Lewis]
3. Garden Of Joy [Clifford Hayes]  M30
4. The Circus Song [F. Tompson, J. E. Guernsey]
 M12
5. My Old Man (J. Mercer, B. Hanighen)
6. Kaloobafak (I'm Cofessin' (That I Love You)) [Richamond, Daugherty, Reynolds, Neiburg]

[Side B]
7. The Sheik Of Araby [Smith, Snyder, Wheeler] E130 E157
8. When I Was A Cowboy (Western Plains) [H. Ledbetter]

9. Mood Indigo [Ellington, Mills Bigard]
10. I Ain't Gonna Marry [Sarah Martin]  M30
11. Ella Speed [Collet. & Adapt by H. Kedbetter, A. Lomax, J. Romax]
 E8
12. Gee Baby, An't I Good To You [D. Redman, A. Razaf]
 M9 M19 M32 E76

John Court : Producer


活動拠点を西海岸に移し、レコード会社も移籍して製作されたアルバム。本作では、バンドの演奏力が格段に強化され、従来に増して現代的なリズム感覚とサウンドメイキングとなった。特に新加入のリチャード・グリーンの演奏するバイオリンは、当時の水準としては驚異的だった。そしてジム・クウェスキンのアコースティック・ギター、ビル・キースのバンジョーが繰り出す、コード・ストロークやフィンガー・ピッキングによるソリッドでグルーヴィーなリズムは、ジャグバンドの枠を超えて、スィングジャズ、ジャンゴ・ラインハルト、果てはロックの世界にまで踏み込んでいる。そして強力なメロディー楽器の不在という前作までの問題を解決すべく、リチャード・グリーンのフィドルが縦横無尽に暴れまくっている。一方ジェフ・マルダーは、ブルース・マンドリンやウォッシュボードに加えて、クラリネットを演奏してモダンな響きを付け加えている。フリッツ・リッチモンドは、ジャグやウォッシュタブ・ベースで背景となる重低音を担当、そして我等がマリアはフィドルを弾く場面はなくなったが、その分ボーカルで大活躍。曲によってはタンバリンやカズーを披露している。ジェフとの結婚のため、本作から姓がマルダーとなった。

1.「If You're A Viper」は、当時ファッツ・ウォーラーの競争相手として活躍したボブ・ハワード(1906-1986 ボブはロバートの愛称)が1938年に録音した曲で、マリファナへの耽溺を歌ったもの。ファッツ・ウォーラーやジャズ・バイオリン奏者のスタッフ・スミスも録音している。リズムの乗りはジャンゴのホットクラブ・ド・フランスそのもの。ビル・キースが時折見せるコード奏法の妙技に注目 !  間奏でソロを取るリチャードのバイオリンは、ステファン・グラッペリを彷彿させるプレイだ。鉄壁の伴奏陣に支えられて、ジム・クウェスキンが気持ち良さそうに歌う。2.「Minglewood」は、メンフィスで活躍したガス・カノン率いるジャグバンドのCannon's Jug Stompers が1928年に録音したブルージーな曲で、ハーモニカ奏者のノア・ルイスの作曲。ジェフの弾く達者なブルース・マンドリン、リチャードのオブリガードが聞きもの。マリアお得意のタンバリンが聞こえる。ジェフ・マルダーのボーカルも、後半のコブシを効かせる部分など大変黒っぽい。間奏におけるリチャードのソロでは、ヴィオラ(恐らく)のオーバーダビングが入る。3.「Garden Of Joy」のリードボーカルはマリア。それにジェフのクラリネット、リチャードのバイオリンが絡む。間奏ではマリアのカズーも加わり、3者入り乱れてのニューオリンズ・ジャズ的なパフォーマンスだ。ギター、バンジョー、そしてフリッツ・リッチモンドのジャグによる軽快なリズムも捨て難い。この曲はケンタッキー州ルイズヴィルを本拠地とするThe Dixieland Jug Blowersが1927年に録音した曲で、同グループのリードボーカリスト、クリフォード・ヘイズが作ったもの。フィービー・スノーが1977年のソロアルバム「Never Letting Go」でモダンなブルースにアレンジしている。4.「Circus Song」は、後にマリアが「On The Sunny Side」 1990年 M12でカバーするユーモアソングで、サーカスの効果音から始まる。声質から、リードボーカルはフリッツと推定した。登場する動物の鳴き声を真似る様がユーモラス。ジム・クエスキンのフィンガー・ピッキングの伴奏が達者だ。後半ではマリアがコーラスに加わり賑やかになる。エンディングに流れるジェフのクラリネットのオーバーダビングがオーケストラのようなサウンドだ。5. 「My Old Man」は、1933年Spirits Of Rhytmというストリングバンドの録音がオリジナル。この種のバンドは、ティプルと呼ばれるマンドリンのような共鳴弦を張り、ウクレレのような小型のギターを演奏しているのが特徴で、スィンギーな作品を得意とした。6.「Kaloobafak」はフリッツの語りによる曲で、バックにおスタンダードの「I'm Cofessin' (That I Love You)」が流れる。ここでも前作と同じく、最後に「Turn the record over !」と言っている。

「The Sheik Of Araby」は当時人気絶頂だったヴァレンチノ主演の映画「The Sheik」にあやかって作曲された、魅力的なメロディーとコード進行を持つ曲で、数多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げた。個人的にはジャンゴ・ラインハルトによる1937年の録音に愛着がある。ここではバイオリンとバンジョーのグルービーなプレイが最高! ボーカルは、ジムとマリアが異なる歌詞を同時に歌っている。8.「When I Was A Cowboy (Western Plains)」の作者 H. Ledbetterは、レッドベリー(Leadberry)の本名。彼は、自作曲の他に伝承曲を歌う音楽家だったが、何度も傷害事件を起こし服役する。各地に伝わる伝承曲の採集を行っていたJ. ロマックス、A. ロマックスとの出会いが彼の人生を変えた。彼の演奏はその後レコード化され、「Good Night Irene」、「Midnight Special」などの曲は多くのフォーク、ブルース、ロック・ミュージシャンに取り上げられ、イギリスにおいてはロニー・ドネガン等によってスキッフル音楽として大流行し、ブリティッシュ・ロックの基礎となるなど、その後の音楽に大きな影響を与えた。この曲.も、イアンとシルビア、ハーパース・ビザール、フライング・バリット・ブラザース、ダン・ヒックス、ハッピー・トラウム他多くの人がカバーしている。ここではマリアが飄々と歌う。そのボーカルは、何だか不安定な感じがするのだが、それがいいんだよね〜! A. ギターが奏でるベースとジャグに加えて、アフリカン・ピアノのような音が入るが何の楽器だろう?ボーカル・ハーモニーはフリッツ(と思う)、間奏のソロはジェフのマンドリンだ。9.「Mood Indigo」は、リチャードのバイオリンとジェフのクラリネットによるインストルメンタル。クラリネットの奏でるハーモニーが現代音楽的で面白い。
10.「I Ain't Gonna Marry」でマリアのボーカルに寄り添うハーモニーは誰が歌っているのかな(おそらくマリア本人によるオーバダビングかな)?当時のテレビ映像で、この曲の演奏シーンが残っており、彼女の若々しい表情が印象的だった。11.「Ella Speed」はレッドベリーが採集したという曲で、本作では最もジャグバンド的な急速調の曲。イントロでジムが披露するスリーフィンガー・スタイルのギターが見事。ジェフのウォッシュボードのチャカチャカした音、ジャグ、バンジョーといった賑やかな演奏に加えて、マリアが全編でカズーを吹き、間奏ではソロを取っているのが聴きもの。ピチカート奏法によるリチャードの変てこなソロ、ビルのスリーフィンガーによるバンジョーソロもある盛りだくさんの曲で、楽器の名手達による一体感に満ちた演奏が素晴らしい。12.「Gee Baby, An't I Good To You」は、ジャズ界におけるアレンジャーの草分け、ドン・レッドマンが McKinney's Cotton Pickers 在籍時の1929年に録音したブルージーな名曲で、ありとあらゆるジャズ音楽家が録音している。本作の録音後も、ジェフとマリアは何回も録音しているお気に入り曲。リードボーカルはジェフで、マリアはカズーの他に後半少しだけ歌う。ビオラのオーバダビングによるアレンジの妙が楽しめる曲だ。

順調そのものに見えたバンドは、その後ジム・クエスキンが、以前のメンバーだったメル・ライマンが始めた新興宗教に感化されたため、本作発表の後に解散してしまう。ビル・キースはジム・ルーニーと一緒に活動、リチャード・グリーンは、セッションをこなしながら、ロックグループ、シートレインを結成。フリッツ・リッチモンドは、エンジニアとしてジョン・セバスチャン、ジュディ・コリンズ、ライ・クーダー、ポール・バターフィールド、ジャクソン・ブラウン、ボニー・レイットなど多くの作品に関わる。そしてジェフとマリアは、デュオとしてウッドストックを拠点として活動することになる。

[2008年1月作成]


E7 Mighty Tight Woman  [Sippie Wallace] 1987  Mountain Railroad

E7 Mighty Tight Woman


E7 Mighty Tight Woman (CD Versions)


Sippie Wallace : Vocal
Maria Muldaur : Harmony Vocal
Jim Kweskin : A. Guitar
Geoffrey Muldaur : Clarinet, Kazoo
Fritz Richmond : Washtub Bass
Richard Greene : Violin
Bill Keith: Banjo


1. Separation Blues [Sippie Wallace]  M27 E128

録音 : 1967年 ニューヨーク

注: 写真上 1987年 Mountain Railroad より発売されたレコード
   写真下 1994年 Drive Archiveより発売されたCD
    

シッピー・ウォレス(1989-1996)は、ベッシー・スミス、メンフィス・ミニー、ヴィクトリア・スパイヴィーと並ぶ戦前女性ブルースの巨人のひとりだ。テキサスに生まれた彼女は、1920年代にシカゴで多くのレコードを録音、ルイ・アームストロング等の著名ジャズ・ミュージシャンとも共演した。大不況でレコードが売れなくなった後は引退してデトロイトに住み、その後40年間の音楽活動は、時折教会で演奏する位だったが、1965年に再発見され、それ以来1996年に亡くなるまで音楽活動を続けた。晩年は彼女のことを師と仰ぐボニー・レイットがコンサートやレコード製作などでサポートしたが、60年代の彼女は、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドと親交があり、彼等のバックでニューヨークのタウン・ホールでコンサートを行ったり、アルバムのための録音もした。しかし当時のレコード会社(Vanguard)は、売れないとして発売を拒否。20年後の1987年にお蔵入りしたテープをもとに製作されたのが本作だ。全12曲のうち、4曲のみマディー・ウォーターズのピアニストだったオーティス・スパン、残りはジム・クウェスキン・ジャグ・バンドが伴奏を担当している。

録音の時点ではリチャード・グリーンがバイオリンを担当しており、演奏面でマリアが出る番はなかったようだが、1曲だけボーカル・ハーモニーをつけている。
1.「Separation Blues」はシッピーのオリジナルで、1920代の録音はないようだ。ジェフ・マルダーによるクラリネットのアレンジがモダンで、マリアのハーモニーもとても良い感じだ。本曲はずっと後の「Naughty Bawdy & Blue」2007 M27で、マリアとボニー・レイットのデュエットで再演された。他の曲では、個人的にはジャンゴ・ラインハルトを連想させるスウィンギーな「You Got To Know How」が最高。この手の曲が好きになる私的傾向は50年間変わりませんね。ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドの伴奏は控え目ではあるが、そのリズム感は現代的で古臭さは全くない。ラグタイム、ジャグバンド風な陽気な曲など、変化に富むサウンドは聴き手を飽きさせない。ビル・キースのバンジョーとジム・クウェスキンのギターによるリズム、リチャード・グリーンのバイオリン、ジェフ・マルダーのクラリネットやマンドリンによる味付けの素晴らしさは勿論であるが、主役のシッピー・ウォレスの歌声はとても魅力的で、強烈な存在感を感じる。どうしてこんなにイカシタ演奏が録音当時発売されなかったのか不思議なくらいだ。

[2009年11月作成]


E8 What Ever Happened To Those Good Old Days At Club47 [Jim Kweskin] 1967  Vanguard

E8 What Ever Happened  To Those Good Old Days At Club47

Jim Kweskin : Vocal, Autoharp
Fritz Richmond : Washtub Bass
Maria Muldaur : Fiddle



1. Ella Speed [Collet. & Adapt by H. Kedbetter, A. Lomax, J. Romax]  E6


ボストンのハーバード・スクエアーにあるクラブ47は、席数125の小さなスペースであるが、1960年代のフォーク音楽全盛期において重要な役割を果たし、現在もクラブ・パシム (Club Passim)という名前で営業している。1958年の開業当初はジャズを演奏していたが、60年代になり次第にフォーク音楽が主流となってゆく。無名時代のジョーン・バエズが、自費でこの場を借り切ってコンサートを行い有名になったエピソードを始め、彼女の招きで若きボブ・ディランがゲスト出演したり、エリック・フォン・シュミット、ジム・ルーニー、ジム・クウェスキン、ジェフ・アンド・マリア・マルダー、トム・ラッシュなど、ボストンを地元とする当時のフォーク・ミュージシャンの本拠地となった場所である。

ジャグ・バンドを解散してソロになったジム・クウェスキンが、この場所で開いたコンサートの模様が本作に収められている。音楽的にはグループのものとほぼ同じであるが、本作では盟友のフリッツ・リッチモンドのジャグ、ウォッシュタブ・ベースのみをバックにギターを弾き歌っている。ここでは彼が持つカリスマ性が見事に発揮されており、少人数による演奏の単調さはあまり感じられない。コンサートの終盤で、マリアがゲストとして登場。ジムが「Maria, are you OK ?」と声をかけ、試し弾きの後に 「Garden Of Joy」E6に入っていたアップテンポの軽快な曲 1.「Ella Speed」を始める。ジムはここではギターの代わりにオートハープを弾いている。その少し調子はずれのサウンドが面白い。マリアは曲の間中ずっとフィドルを弾き続け、間奏部分ではオールドタイミーな感じのソロをとっている。私は、そのヘタウマで味わい深い演奏が気に入っている。

マリアの参加は、わずか1曲のみであるが、よい曲・よい演奏だと思う。

[2009年6月作成]


E9 Open Up Your Soul / Sitting Alone In The Moonlight [Geoff & Maria] 1969 Reprise






Geoff Muldaur : Vocal
Maria Muldaur : Vocal
Unknown : Guitar
Unknown : Keyboards
Unknown : Bass
Unknown : Drums
Unknown : Brass Section
Unknown : Woodwinds Section

Jerry Ragovoy : Arranger, Producer

1. Open Up Your Soul [Ragovoy, Borns]
2. Sitting Alone In The Moonlight [Bill Monroe]  E24



私は、数十年にわたるマリアの大ファンを自称しているが、ジェフ・アンド・マリアでLP未収録のシングル盤の存在を知ったのは、恥ずかしながら、ここ2〜3年だった(注: 本記事は2010年に執筆したものです)。インターネットを見ていて、ふと見慣れないタイトルが飛び込んできて、そのシングルのB面が、後の1973年録音の「Muleskinner Live」E24 1992で歌っていた「Sitting Alone In The Moonlight」であることを知り、画面に釘付けになりました。探して購入するまで、しばらく時間がかかったけど、手元に届いて、レコードに針を落とし、音が耳に飛び込んできた時はうれしかったですね。

リプリーズ・レコードのシングル盤ディスコグラフィーによると、同社は1969年に86枚のシングル盤を製作している。フランク・シナトラの「My Way」のような名曲、ニール・ヤングの「Down By The River」、「Oh Lonesome Me」などがあるが、大半の作品は、マイナーなアーティストか、有名アーティストによるマイナー作品で、どう見てもヒット狙いと思えないものも多い。音楽的にも様々なジャンルがあり、手当たり次第に製作したとしか言いようがない。そんな中でのジェフ・アンド・マリアのシングル盤のナンバーは「0807」で、その前の番号はザ・キンクス、後はフランソワーズ・アルディーの作品だった。

1969年は二人にとって、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドの解散後、アルバム「Pottery Pie」1970 E12が発表されるまでの、レコード製作上の空白期間にあたる。シングル盤のラベルに表記されたジェリー・ラゴヴォイは、フィラデルフィア出身の白人で、東海岸のR&B音楽シーンで活躍した作曲家、アレンジャー、プロデューサーだった。彼は、ハワード・テイトなどのR&Bアーティストの作品製作に携わる一方、作曲家として多くの作品を発表、ザ・ローリング・ストーンズの「Time Is On My Side」が有名。またジャニス・ジョップリンが彼の作品を好んで歌い、1968年の「Cheap Thrills」には「Piece Of My Heart」、特に遺作となった「Pearl」1971には、「Cry Baby」、「Get It While You Can」、「Try」等、多くの作品が収められている。その後の彼は、ボニー・レイットやポインター・シスターズのプロデュースに携わったそうだ。

そのラゴヴォイのオリジナル作品 1.「Open Up Your Soul」は、ブラス・セクションをフィーチャーした正統的なR&Bアレンジで、 ここでの二人はマーヴィン・ゲイ、タミー・ティレルもびっくりという、ソウルフルなデュエット・ボーカルを聴かせてくれる。後に製作されるアルバムの曲では、どちらかが主導権を取って歌うケースがほとんどであったが、ここでは二人は完全に対等で、代わる代わるリードを担当する。シャウトできるジェフはともかくとして、マリアはかなり気張って背伸びをして歌っており、その様は大変愛らしく、彼女の声そのものが持つ魅力が十分に発揮されている。2.「Sitting Alone In The Moonlight」は、ビル・モンローが1954年1月に録音した曲。オリジナルの演奏は当時のLPレコードには未収録で、「The Music Of Bill Monroe From 1936 To 1994」という4枚組のCDボックスセットで聴くことができる。ここではR&B調の面白いアレンジが施され、そのヒネリが効いた感じは、1曲目のストレートなR&B曲に比較して、後のジェフ・アンド・マリア作品に近いものがある。

根気良く探せば見つけることができると思う。ただし出回っているレコードは、ほとんどが白いラベルの「Promotional Copy」なので、実際のところあまり売れなかったようだ。後に二人が製作した2枚のアルバムと全く異なる音楽なのが面白い。

[2010年9月作成]

[2016年追記]
2016年に再発されたジェフ・アンド・マリアのアルバム「Pottery Pie」1970 E12のボーナス・トラックに、本2曲が収録されました。



E10 The 1969 Warner - Reprise Record Show [Various Artists] 1969 Warner






Geoff Muldaur : Lead Vocal
Maria Muldaur : Side Vocal
Unknown : Guitar
Unknown : Keyboards
Unknown : Bass
Unknown : Drums
Unknown : Brass Section


Jerry Ragovoy : Arranger, Producer

1. All Bowed Down [Jeff Gutcheon]


写真上: ジャケット写真
   下: ライナーノーツに掲載された写真(タイトルに注目)

このレコードは番号「PRO 336」が示すように、ワーナーがプロモーション用に作った2枚組レコードのシリーズ「Warner - Reprise Loss Readers」の第2作目(最初は「Warner - Reprise Song Book」)。一般販売アルバムの中袋に印刷されたカタログとオーダーフォームによる通信販売で、2ドルという廉価だった。インターネットによる試聴がなかった当時、音楽ファンにとって新たなアーティストを探す方法は、ラジオを聴くか、このような宣伝用のレコードを買うことが一般的で、他のレコード会社からも同様のLPが販売されていた。レコードの第1面は、カントリー・アンド・ウェスタン、第2面がソフト・芸術的音楽、第3面はポップ、第4面はヒッピーとロックンロールというように、サイド毎に異なるテーマで全31曲が収録されている。ニール・ヤング、グレイトフル・デッド、ジョニ・ミッチェル、ペンタングル、ピーター・ポール・アンド・マリー、マザーズ、ジェスロ・タル、ジミ・ヘンドリックスなどの著名アーティストの他に、ランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークス、ジム・クエスキンバンド解散後のリチャード・グリーンとビル・キースがジム・ルーニー、エリック・ワイスバーグと結成したブルー・ベルベット・バンドといった通好み、また今となっては忘れ去られたアーティストの曲も多くあり、ヒット曲や代表曲を避けた渋めの選曲となっている。見開きのレコード・ジャケットの内部には、アーティストと曲を紹介した4ページのブックレットが貼り付けられており、ウィットとユーモアに富んだ文章はそれなりに味わいがあるものだ。当初私が購入したLPは、オリーブ色のワーナー初期のレーベルで、レコードの質も良かったが、残念ながらブックレットが破り取られていた。したがって同じものをもう1枚購入する羽目になってしまい、今度はサンプル写真でライナー付きであることを確かめてから注文した。本作購入の際は、ライナーが付いていることを予め確認することをお勧めします。

ジェフ・アンド・マリア・マルダーのトラック 1.「All Bowed Down」は、本LPの第1面3曲目に収録されている。作者のジェフ・ガッチオンは、ボストンの頃から二人と交友があり、当時ライブやレコーディング(「Waitress At A Donut Shop」M3等)でバックを担当していたキーボード奏者で、彼らの2枚目のアルバム「Sweet Potaoes」E16 のタイトル曲は彼の作品だ。この曲はジェフ・ガッチオンがセッションマンとして参加したブルースロックのグループ、グレイト・ジョーンズ1970年の「All Bowed Down」に収録され、後にジェフ・ガッチオンが中心となってエイモス・ギャレット、ベン・キース等の友人を招いて製作した、ウッドストック・ファンの間で名盤の誉れ高いアルバム「Hungry Chuck」1972 にも収められた。以下本曲が本LP以外は未発表となった経緯について述べる。

ウッドストック関連のホームページで世界的に有名なHideki Watanabe氏のサイトによると、本LPのライナーに、「(この曲は)ジェリー・ラゴヴォイがプロデュースしたマルダー夫妻の Songs From The Hit Factory (Reprise Album 6350) からのもの」と書かれているという。ところが私が購入したLPには、「(この曲は)ジェリー・ラゴヴォイがプロデュースしたが、彼らの最初のアルバム  Pottery Pie (6350)には収録されなかった」とあった。私が2回目に入手したLPのレーベルが初期のオリーブ色ではなく、後に使われたクリーム色であることから、この解説は1971年頃に書き改められものと思われる。それでもライナーに掲載された写真はそのままで、「Music From....... 」のタイトルが残っているのだ。すなわち、ジェリー・ラゴヴォイのプロデュースによる「Songs (またはMusic) From The Hit Factory」の企画が本LP発売後に中止となり、後に同じレコード番号でジョー・ボイドのプロデュースによる「Pottery Pie」E12が製作されたことが推測される。つまり 1.「All Bowed Down」は、E9でシングルとして発売された2曲とともに、没になった録音の一部ということだ。ちなみに「Hit Factory」は、当時ジェリー・ラゴヴォイがマンハッタンに設立したスタジオの名前で、1975年の売却後はブルース・スプリングスティーン、マイケル・ジャクソン、ジョン・レノン、ポール・サイモン等多くのアーティストが利用した著名なスタジオとなった(2005年閉鎖)。ジェフ・ガッチオンのホームページによると、「In a tryout relationship with R&B producer Jerry Ragovoy they recorded one of Gutcheon’s songs
, All Bowed Down which was eventually released on a Warner/ Reprise sampler album. Although Geoff and Maria did not hit it off with Jerry Ragovoy」とあり、上記を裏付けている。

同じ曲でも、音作りが異なるとこうも違うものかと思わせる出来で、上記のグレイト・ジョーンズはオーセンティックなフォーク・ロックのサウンド、ハングリー・チャックはもっと緩めのカントリー・ロックで、後半はニューオリンズ風のブラスが入る。そして本LPのジェフ・アンド・マリアのバージョンは、ブラスをフィーチャーしたR&B調のソリッドなアレンジで、ジェフがメインで歌い、マリアはコーラス部分で声を入れている。本LPに収録された他の曲は、各アーティストの既発売の作品から抽出したものだったが、ジェフ・アンド・マリアについては、上記の事情により、ここでしか聴けない貴重盤となった。値段が安いこともあり、当時かなり売れたはずで、中古市場でそこそこ出回っている。 

[2016年追記]
2016年に再発されたジェフ・アンド・マリアのアルバムPottery Pie」1970 E12のボーナス・トラックに、本曲が収録されました。

[2011年1月作成]


E11 Birth [Mel Lyman Family]  2002   Transparency



Maria Muldaur : Lead Vocal
Mel Lyman : Harmonica
Geoff Muldaur : Vocal, Electric Guitar
Jim Kweskin : Guitar
Richie Guerien : Guitar
Terry Blancard : Piano
Billy Wolf : Bass

1. People Get Ready [Curtis Mayfield]  M7

録音: 1969年7月20日 Petrucci and Atwell Studio, Boston


「ムーンウォーク」というと何を思い出すだろう?大多数の人は、マイケル・ジャクソンによるダンスの概念を変えたステップの事を言うだろうが、私は1969年7月21日の昼間 (日本時間)にテレビの実況中継で、人類初めて月面に降り立ったアポロ11号のアームストロング船長の一歩を思い出す。その際彼は、「That's one small step for man, one giant leap for mankind」と言ったが、緊張の余り「man」の前に「a」を付けるのを忘れたという。当時世界の多くの人々がこの映像を観ながら、厳粛な気持ちで人類史上の重要な出来事に立ち会い、魂の高揚感を味わったと思う。私も子供ながら、その時の気持ちをはっきり覚えており、記念として購入した米国「Life」誌の特集号は今も家にある。実はマリアが、その時にレコーディングした音源が本作という。彼女は、エリック・フォン・シュミット、ジム・ルーニー著「Baby Let Me Follow You Down」(University of Massachusetts Press, Amherst. 1979)のなかで、「It was the day of the first moon landing. I'll never forget that. We were all at the Petrucci and Atwell studio doing this cosmic session. Meanwhile, the moonwalk was happening on the television in the other room. We kept going in and out. There was this whole trip about how portentiously cosmic this all was. That night, we did "People Get Ready," and it was really beautiful, and Mel had tears in his eyes.」と述べており、本作「Birth」の音楽が持つ不思議な雰囲気の秘密を明かしている。

この作品は2002年に突然発売されたが、曲名とミュージシャンのクレジットのみで、録音の由来およびレコード会社の住所も不明というミステリアスなCDだった。6曲という収録曲数と各曲の長い演奏時間のため、何だかのジャムセッションではないか、その独特な雰囲気は、メル・ライマンというカリスマが発する精神性からくるものではないかと思われていたが、上述のマリアのコメントにより、合理的な事実が明らかとなり、一部の資料に記載されていた1970年1月録音が誤りであることもわかった。当時メル・ライマンは音楽活動を止め、彼を中心とするコミューンを作った頃。マリアによると、彼は最初は真実を探し求めて、それなりの答えを見つけたが、取り巻き連中が彼を駄目にしてしまったという。結局ジェフとマリアは、このセッションのしばらく後にメルと決別する。その後彼は、自ら神であると公言するようになって世間のひんしゅくを買う。またチャールズ・マンソン・ファミリーによるシャロン・テート殺害事件の影響で、この手のカルト集団が危険視されたため、ライマン・ファミリーの活動も人目を避けてのものとなった。それでも彼らは強引な布教や傷害事件は起こさなかった、と当時熱心な信者だったジム・クウェスキンは後年語っている。メル・ライマンは1978年40歳で亡くなったが、コミューンはその後も存続しているという。

マリアは上述の通り6曲のうち、1.「People Get Ready」に参加し、リードボーカルをとっている。この曲はカーティス・メイフィールドが作曲し、
彼が所属したザ・インプレッションズにより1964年にヒットした曲だ。ゴスペルの香り高い曲で、自由への運動参加を高らかに呼びかけるメッセージソングとして、聴く者の魂を揺さぶる不滅の名曲となった。ロッド・ステュアート、ボブ・ディランなどがカバーしている。ここではテンポを落とし、マリアはハミングを交えてじっくり歌う。途中からジェフのボーカルが寄り添う。メル・ライマンのハーモニカはほとんど聞こえない。8分を超える長い演奏だが、瞑想感あふれる独特な雰囲気が味わい深い。ちなみにジャケットの写真は、メル・ライマンが在籍した初期のジム・クウェスキン・ジャグ・バンドが、フィラデルフィアのコーヒハウスで行ったコンサートを撮影したもの。

[2009年12月作成]



E12 Pottery Pie  [Geoff And Maria] 1970 Reprise


E12 Pottery Pie


E12 Pottery Pie (CD Reissue)

Geoff Muldaur : Vocal (1,3,5,8,10), Back Vocal (7), Guitar, Piano
Maria Muldaur : Vocal (2,4,6,7,9), Back Vocal(3)
Amos Garrett : Guitar
Rick Marcus : Drums
Billy Mundi : Drums
Bill Keith : Pedal Steel
Billy Wolf : Bass
Betsy Siggins : Back Vocal

Hal Grossman and Friends : Horns
Peter Ecklund : Whistle, Trumpet (8)

[Side A]
1. Catch It [Eric Von Schmidt]
2. I'll Be Your Baby Tonight  [Bob Dylan]  M26 M28 E69
3. New Orleans Hopscop Blues  [George Thomas] M27
4. Trials, Troubles, Tribulations  [Traditional]  M7
5. Prairie Lullabye  [Billy Hill]  M12
6. Guide Me, O Great Jehovah  [Traditional]  M7


[Side B]
7. Me And My Chauffeur Blues  [Memphis Minnie]  M20
8. Brazil  [Barroso, Russell]
9. Gerogia On My Mind  [Carmichael, Garrell]
10. Death Letter Blues [Son House]

Joe Boyd : Producer
John Wood : Engineer


写真上 : オリジナル盤ジャケット
写真下 : 再発CD盤ジャケット


音楽界で「レイドバック」という言葉が流行ったのは、1970年代の前半で、その言葉をタイトルとしたグレッグ・オールマン1973年のアルバムやライ・クーダーの一連の作品などが真先に思い出される。「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」という意味で、少しはずしたリズムの乗りのことだ。だからといって、もたついた感じでは全然駄目なわけで、絶妙なタイム感覚なのだ。そういう面で、初期のザ・バンドやニール・ヤングの乗りにも共通点があると思う。80年代以降のシンセサイザーによるデジタルな音作り、ディスコ・クラブ音楽のソリッドなリズムに生理的な疲れを感じてしまう私にとって、この手のサウンドは本当に心地良いものだ。そういった音作りがされた当時の作品群の中でも、本作(および次作)のリズムのヘロヘロ感はピカイチで、あの時でないと絶対出せない時代の空気みたいなものを感じる。

ジム・クエスキン・ジャグ・バンド解散の後、マルダー夫妻が製作した最初のアルバムが本作だ。インターネットで1987年度作品というデータを目にするが、それはCD再発盤の発売年であり、オリジナルのレコードには著作権登録年の表示がないが、1970年発表と思われる(資料によっては1971年となっているものもある)。プロデューサーのジョー・ボイドについては、マリアのソロデビュー作 M1を参照ください。エンジニアのジョン・ウッドはイギリスを本拠地として仕事をした人で、インクレディブル・ストリング・バンド、フェアポート・コンベンション、バート・ヤンシュ、ジョン・レンボーン、サンディ・デニー、リチャード・トンプソン、ニック・ドレイク、ベス・オートンなどブリティッシュ・フォーク系の錚々たるアーティストの作品に名を連ねる。1.「Catch It」の作者エリック・フォン・シュミット(1930-2007)はボストンで活躍したフォークシンガーで、トム・ラッシュ、ジョニー・キャッシュ等が取り上げ、ジェイムス・テイラーもコンサートで歌っていた 「Joshua Gone To Barbados」が代表作。むしろ画家として有名な人で、フォークタッチの素朴な画風が味わい深く、アルバム表紙のペインティングでは、ジェフ・アンド・マリアの次作「Sweet Potatoes」1972や、ジョン・レンボーンの「Live In America」1982、「Ship Of Fools」1988、アコースティック・ブルースのポール・ジェレマイアの作品などを担当している。ゆったりとしたピアノ、エレキギター、ペダル・スティール、ベース、ドラムスをバックにジェフが歌う。控えめなブラスセクションが付された、ゆるゆるのR&Bといった風。リズム・ギターおよび間奏のソロでエイモス・ギャレットのテレキャスが聴きもの。この人のバックは同じ演奏の繰り返しがなく、アイデアと変化に富んでいて本当に面白い。

2.「I'll Be Your Baby Tonight」はボブ・ディランの「John Wesley Harding」1967 に収録されていたカントリー・フレイバー溢れるラブソングで、彼女のお気に入りらしく、36年後のアルバム「Heart Of Mine (Maria Muldaur Sings Love Songs of Bob Dylan)」2006 M26で再度取り上げている。彼女のボーカル・スタイルにぴったりの曲で、ビル・キースのペダルスティールとエイモスのギターがハワイアンのようなスウィートなバックを付けている。ここでもエイモスによる、歯磨き粉をチューブから搾り出すような感じのギターソロが楽しめる。ここでよく分かるのは、ジェフとマリアの音楽スタイルの違いで、あえて歩み寄ろうとせず、各人が自分のやりたい事をしっかり通しているようだ。そういう意味では夫婦の共同作品といいながら、サイモンとガーファンクルのようなグループとしての一体感がなく、共演盤のような体裁となっているのが面白い。3.「New Orleans Hopscop Blues」は、クラレンス・ウィリアムス(1983-1965)が1923年にサラ・マーチン(1895-1955) のボーカルで録音したのが最初で、ベッシー・スミスも1930年に吹き込んでいる。ボーカルはジェフで、マリアは後半のバックボーカルで参加。ホーンを従えてゴキゲンなR&Bに仕上げていて、 この曲でも間奏でエイモスがニョロニョロとソロをとる。ちなみにマリアは2007年の作品「Naughty Bawdy & Blue」 M27でこの曲を歌っている。4.「Trials, Troubles, Tribulations」については、「Gospel Nights」1980 M7を参照してください。ここではアコースティック・ギターをバックにベッツィー・シギンスという女性と一緒に歌っている。彼女は、ボストンのケンブリッジにあるフォーククラブ「Club 47」を運営していた人で、マリアの友人。ソロをとるスライド・ギターはジェフの演奏と思われる。クレジットにはないが、誰か(恐らくマリア?)がオートハープを弾いている。 5.「Prairie Lullabye」は、マリアが「On The Sunny Side」1990 M12でカバーしていたジミー・ロジャースの曲。ジェフのアレンジによるモダンな響きのクラリネット、フルートが入っている。バックで聴こえるバイオリンはクレジットの表示がないが、誰が弾いているのだろう? ここでもペダルスティールとエレキギターのプレイは味わい深いものがある。6.「Guide Me, O Great Jehovah」はM7と同じくマリアの無伴奏ソロ歌唱で、本作のボーカルのほうが線が細い。

7.「Me And My Chauffeur Blues」は、2001年の「Richland Woman Blues」M20にも収録された女性歌手メンフィス・ミニーのブルースで、マリアはセクシャルな暗喩に満ちた歌詞を伸び伸びと歌っている。ここでのエイモスのリズム・カッティングと間奏ソロは最高! 8.「Brazil」はアンリ・バローゾ(1903-1964) 1939年の作品で、この曲をもってサンバの誕生と言われる名曲。数多くのアーティストが録音しているが、ここではアメリカのミュージシャンによる演奏がブラジル人の乗りとは全く異なっていて、ペカペカしたセルロイドの人形のような肌触りがあり、その偽物っぽい感じを確信犯的に演じている事が素晴らしいと思う。エイモスのリズム・ギター、ビル・キースのペダルスティールが印象的。前半で口笛、後半でトランペットでメロディーを奏でるのはピーター・エックランドで、彼はジャズ・ギタリスト、マーティー・グロズのバックバンド、ザ・オーファン・ニュースボーイズのメンバー。その他にジェフ・マルダーのアルバム、グレッグ・オールマン、ポール・バターフィールド、ボニー・レイット、デビッド・ブロムバーグ、レオン・レッドボーン等の作品にも参加している。この曲は後に、未来の情報統制の暗黒社会を描いたSF映画「Brazil (未来世紀ブラジル)」1985のサウンドトラックに採用された。監督はモンティパイソンのスタッフだったテリー・ギリアム、主演はジョナサン・プライス、ロバート・デ・ニーロで、一部の人々に高く評価されたカルト作品となった。また1996〜1997年にサントリー・ウイスキーのCM「10年リザーブ」(佐藤浩市出演)で使用され、日本でも話題になった。

9.「Georgia On My Mind」は、ご存知レイ・チャールズの必殺ボーカルで有名なホギー・カーマイケルの大名曲。ここではエイモスのギターソロがハイライトで、その最高に冴えたプレイは、ザ・バンドのロビー・ロバートソンが絶賛したという。当時のマリアがこの手の曲を歌うと、声の細さが目立ってしまうのだが、歌に対する思い入れは誰にも引けをとらず、むしろ可憐さを逆手にとっているとも言えよう。10.「Death Letter Blues」はデルタブルースの巨人、サン・ハウス(1902-1988)の曲。彼はチャーリー・パットン、ウィリー・ブラウンといった伝説のブルースマンと一緒に生き、ロバート・ジョンソンにも影響を与えたと言われる。1930年と1940年代初めに録音を残した後に姿を消したが、1960年代のフォーク・リバイバルで再発見され、多くの若いミュージシャンのアイドルになった。オリジナルはメタルボディーのナショナル・ギターによる弾き語りだったが、ここではペダル・スティールとエレキ・ギターをバックとしたアレンジで、エイモスのギターソロが楽しめる。

全編にわたりエイモス・ギャレットの素晴らしいプレイが楽しめる作品。人によっては、ちょっと緩過ぎに聴こえるかも知れないけどね。本作の表紙デザインは、CD化の際に色調が大幅に修正されたため、毒々しい感じになってしまったのが残念。

[2016年追記]
2016年に再発された本作のボーナス・トラックに、 E9の「Open Up Your Soul」、「Sitting Alone In The Moonlight」、E10の「All Bowed Down」が収録されました。

[2008年1月作成]


E13 Don't It Drag On [Chris Smither] 1972 Poppy

E13 Don't It Drag On

E13 Don't It Drag On (CD Versions)


Chris Smither : Vocal, Guitar
John Bailey : Guitar
Eric Kaz : Piano
Unknown : Harmonica
Rod Hicks : Bass
Roy Markowitz : Drums
Maria Muldaur, Bonny Raitt, Kathy Rose : Back Vocal

Michael Cuscuna : Producer

1. Down In The Flood [Bob Dylan]

Recorded Nov 30-Dec 4 1971 Bearsville Sound Studio, Woodstock NY

Milton Glaser : Art Direction and Design
Duane michaels : Photographs


注 写真上 : オリジナル・レコード盤の表紙 
   写真下 : CD再発盤 (2002年) の表紙


アーティスト本人のヌード写真による表紙デザインは、それだけ見ると過激な感じがするが、写真の下には「Figure 1. Man As Animal」という小さな表示がある。さらにアルバム・ジャケットの中と裏には、「Figure 2. Man As Spirit」、「Figure 3. Man As Energy」、「Figure 2. Man As God」という同じ背景で撮影された写真があり、4枚の組作品であることがわかる。このユーモラスで機知に富んだデザインは、著名な商業写真家デュアン・マイケルズと、人気イラストレーターのミルトン・グレイサーの共同作業によるもので、アルバム装丁の傑作といえるだろう。本アルバムは2002年にトマト・レコードよりCD化されたが、その際に同レーベルの赤いロゴが右下に大きく表示されたので、オリジナルの白黒写真の味わいが大きく損なわれてしまい残念。

クリス・スミザーは、1944年の生まれでニューオリンズ育ち。学生の頃にライトニン・ホプキンスとミシシッピー・ジョン・ハートを聴き、音楽を志す。1965年エリック・フォン・シュミットに会い、彼の勧めでボストンに移動、現地のフォークシーンで頭角を現す。本作は2枚目のソロアルバムで、エリックの作品と同じポピー・レーベルから発売された。プロデューサーのマイケル・クスクナは、ジャズのプロデューサー、ライターとして有名な人で、後にナット・キング・コール、ビリー・ホリデイ、マイルス・デイビス等のコンプリートもの、ブルーノートのアーカイブ・シリーズ、マニアックなボックスもので定評があるモザイク・レコードの諸作品などを手がけている。1.「Down In The Flood」は、ボブ・ディランがモーターサイクル事故の後に引きこもったウッドストックで、ザ・バンドの連中と1967年に録音した「Basement Tapes」からの曲。このセッションは、本作が作られた1970年代初めは未発表で、当時は海賊盤でのみ聴くことができた(公式発売は1975年)。その代わりに、1971年に発売されたベスト盤「Bob Dylan's Greatest Hits Vol.2」には、ハッピー・トラウムと二人で録音した別バージョンが収録された。ここではベース、ドラムス、エレキギター、ピアノが入った本格的なロック調のアレンジでの演奏。間奏のソロで聴かれるハーモニカは、クレジットがないので、誰が吹いているか不明。 マリア、ボニー・レイット(彼女は、ボストンのフォークシーンにおいてクリスと同時期にデビューし、セカンド・アルバム「Give It Up」 1972に吹き込んだ彼の曲「Love Me Like A Man」は彼女のライブの定番曲になった)と、キャシー・ローズという女性(詳細不明)の3人がバックボーカルとして、派手なアレンジに華を添えている。他の曲は、弾き語り、あるいは簡単な伴奏が付いたオリジナル曲が主になるが、ローリング・ストーンズの「No Expectations」のカバーや、グレイトフル・デッドも録音した「Friend Of The Devil」、オールマン・ブラザースがフィルモア・ライブで演奏したブラインド・ウィリー・マクテルの「Statesboro Blues」といった有名曲のカバーもある。また本人のアコースティック・ギターの上手さも聴きもので、彼は後年ハッピー・トラウム主宰のHomespun Tapesでギター教則ビデオを製作している。

クリス・スミザーはその後、録音したアルバムがレコード会社のゴタゴタでお蔵入りをしてしまい、アルコール依存症などによるスランプを経験するが、70年代末にコンサートなどの音楽活動を再開、1984年に3作目のアルバムを発表した。その後は現在に至るまで、コンサートおよびアルバム製作でコンスタントに活躍を続け、一方ソングライターとしての名声もしっかり確立している。

本作は、全体的には地味な感じもするが、ブルースを基調としながらもクリエイティブな雰囲気にあふれていて、聴き応えがある。隠れた愛聴盤になるタイプの作品。なお本作の発売年を1971年とする資料があるが、録音が同年の11〜12月であることを考えると、1972年が正しいと思われる。

[2010年2月作成]


E14 2nd Right 3rd Row  [Eric Von Schmidt] 1972 Poppy

E13 2nd Right 3rd Row

Eric Von Schmidt : Vocal, Guitar
Maria Muldaur : Back Vocal (1,2,3), Turtle Shell (1), Bass Drum (4)

Geoff Muldaur : Back Vocal (2,3), Guitar (1), Knife Guitar (2)
Amos Garrett : Back Vocal (2,3), Bottleneck Guitar (1), Bass (2), Trombone (4)
Jim Rooney : Back Vocal (3)
Ben Keith : Dobro (3)
Campo Malaqua : Accordion (3)
Paul Butterfield : Harmonica (2)
Jim Colegove : Bass (3)
Billy Mundi : Snare Drum (2,4), Cymbal (2,4)
Stu Brotman : Tuba (4)
Peter Ecklund : Trumpet (4)
Harry Reed : Clarinet (4)
Munc Blackburn : Tenor Sax (4)
Greg Thomas : Snare Drum (4)

Michael Cuscuna, James K. Rooney : Producer
Milton Glaser : Design & Illustration

1. Turtle Beach [Eric Von Schmidt]
2. My Love Come Rolling Down [Eric Von Schmidt] E4
3. Believer [Eric Von Schmidt]
3. Fat, Fat, The Water Rat [Eric Von Schmidt]

注: 写真は、2003年にTomato Record から発売されたCD再発盤


エリック・フォン・シュミット (1931-2007)は、1960年代ボストン・ケンブリッジのフォーク・リバイバルの中心人物だった。彼は、ウッディー・ガスリーやレッドベリー、黒人ブルース・シンガーの影響をベースに独自の世界を確立した。無名時代のボブ・ディランは彼から強い影響を受け、1962年のデビューアルバムに「Baby Let Me Follow You Down」を吹き込んだ。また1963年のアルバム「Dick Farina & Eric Von Schmidt」の録音にブラインド・ボーイ・グラントの変名で参加。さらに1965年発表のアルバム「Bring It All Back Home」の表紙写真には、1963年のエリックのアルバム「The Folk Blues Of Eric Von Schmidt」がはっきり写っており、それを観たディラン・フリーク達は、こぞってレコードを買いに走ったという。また本作が発売された時、レコードジャケットのビニール包装にはボブ・ディランが寄せたコメントを記載したシールが貼られた(それは2003年にTomato Records から発売されたCD再発盤にも掲載されている)。ディランは伝統的なフォーク、ブルースにジャーナリズム、小説的な視点を加えて自己のスタイルを確立したが、エリックの場合は、対象を抽象化させる絵画的なアプローチでオリジナリティーを発揮、それは彼の画家としての才能によるものが大きいと思う。

本作は彼の6枚目のアルバム(共演盤を含む)で、マイナーレーベルのポピー・レコードから発売された。当時人気があったミルトン・グレイサー(「I Love NY」のロゴで有名な人)が担当したジャケット・デザインは、表紙にエリックが昔入隊した際の集合写真が使われ、奇妙なアルバム・タイトルは写真の中の彼の位置を示している。インナースリーブにも学生時代のフットボール・チーム、日本の春日大社の前で撮った写真が掲載され、彼が過ごした人生の一片が示されている。音楽的には、以前の作品にも参加していたジェフ・マルダーがアレンジを担当し、彼の人脈と思われるミュージシャンがバックを担当している。1.「Turtle Beach」は海ガメが来なくなったビーチを歌った曲で、エリックとジェフのギターにエイモスのスライドギターが絡む。マリアの愛らしいバックボーカルが大変効果的だ。彼女は亀の甲羅を叩いているようで、ポコポコというパーカッションのような音も聴こえる。

2.「My Love Come Rolling Down」はポール・バターフィールドのハーモニカがフィーチャーされ、そのサウンドはベターデイズのアンプラグド・バージョンのサウンド(E25参照)に極めて近い。マリアは次の曲と同じく、ジェフ、エイモスの3人でコーラスを担当している。この曲については、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルの音源 E4 がある。3. 「Believer」 のアコーディオン奏者は、カンポ・マラカという名前でクレジットされているが、実はザ・バンドのキーボード奏者ガース・ハドソンの変名で、大変印象的なプレイを聴かせてくれる。3.「Fat, Fat, The Water Rat」は、ニューオリンズの葬送曲をイメージしたとのことで、ブラスバンド付きの演奏。歌詞の内容はナンセンスなもので、エンディングでテンポを上げてニューオリンズ調の演奏になるのが鮮やか。クラリネットのハリー・リードはジェフ・マルダーの変名。ここではマリアは大太鼓を叩いている。

伝統的なフォークとブルースに根差しながら、前衛と呼んでもよい要素もあり、そういう意味でアシッド・フォークのはしりでもあると言えよう。エリックは、1980年代以降は画家としての活動が主となったが、音楽との関わりはその後も続いていたようで、1995年に自己名義のアルバムを発表した他に、ジェフ・アンド・マリアの E16、ジョーン・バエズ、ジョン・レンボーン、ポール・ジェレマイア等、親しいミュージシャンのためにアルバム・ジャケットを描いている。


[2010年1月作成]


E15 Living On The Trail  [Eric Von Schmidt] 1972 Tomato

E15 Living On The Trail

Eric Von Schmidt : Vocal, Guitar
Maria Muldaur : Back Vocal (1,2), Bass Drum (1)

Geoff Muldaur : Back Vocal (1), Guitar (1)
Amos Garrett : Back Vocal (1), Mandolin (1)
Garth Hudson : Pump Organ (2)
Rick Danko : Back Vocal (1)
Bobby Charles : Back Vocal (1)

James K. Rooney : Producer
Milton Glaser : Artwork & Design

1. Lost In The Woods [Eric Von Schmidt]
2. Stewball [Traditional]


1971年秋録音、2002年発売


前作「2nd Right 3rd Row」の続作として1972年秋に録音されたが、ポピー・レコードの破綻によりお蔵入りとなっていた音源が、2002年同じ人が設立したトマト・レコードにより、30年ぶりに発表された。本作のライナーノーツを執筆したジョン・クルース(ミュージシャン、ライター)によると、この音源の存在は長い間忘れられていたが、彼がジム・ルーニーの家で名前のないオープンリール・テープから見つけ出したという。表紙のデザインも前作と同じミルトン・グレイサーが担当している。

曲、サウンド、バックミュージシャン共に、前作「2nd Right 3rd Row」とほとんど同じで、続編といった感じ。1.「Lost In The Woods」は、前作の「Turtle Beach」に似た雰囲気の曲で、エイモス・ギャレットがマンドリン、ジェフ・マルダーがスライドギターを弾いている。バックコーラスはエイモス、ジェフ、マリア、ボビー・チャールズ、そしてザ・バンドのリック・ダンコという豪華版。ただしマリアの声は他の男性陣に隠れ、あまり目立たない。時々聴こえる「バスン、バスン」という音は、マリアが叩くバスドラムのようだ。2. 「Stewball」は、アイルランドに伝わるトラッドをレッドベリーが録音したバージョンをベースとしている。Stewball とは良い血統がない馬の蔑称で、この馬がレースで優勝する様を歌っている。ザ・バンドのガース・ハドソンが演奏する足踏みオルガンの演奏は味があって良い感じだ。ここではマリアは一人でバックボーカルを担当し、あの甘ったるい声がはっきり聴こえるのがうれしい。

[2010年1月作成]


E16 Sweet Potatoes  [Geoff And Maria] 1972 Reprise


E16 Sweet Potatoes

Geoff Muldaur : Vocal (1,2,4,5,6,8,10), Guitar, Piano, Organ (1), Percussion (2,5), Trombone(4), Clarinet (5,9), Bass Clarinet (9), Alto Sax (6)
Maria Muldaur : Vocal (1,7,9), Back Vocal (10), Tambourine (4)
Amos Garrett : Guitar, Trombone (4)
Jeff Gutcheon : Piano (7)
Billy Mundi : Drums, Percussion (2,5)
Bill Keith : Pedal Steel
Billy Wolf : Bass (10)
John Kahn : Bass (1,2,3,5,8,9)
Junior Turlock : Bass (6)
Paul Butterfield : Mouth Harp (2)

Stu Brotman : Bass Trombone (4), Bowed Bass (9)
Mune Blackburn : Flute (5,9), Alto Sax (6)
Brother Gene Dinwiddie : Tenor Sax (6)
Trevor Lawrence : Baritone Sax (6)
Peter Ecklund : Trumpet (5,6)
Bobby Notkoff : Violin (3,5,9)

[Side A]
1. Blue Railroad Train [Alton Delmore]
2. Havana Moon [Chuck Berry]
3. Lazybones [Hoagy Carmichael, Johnny Mercier]
4. Cordelia [Geoff Muldaur]
5. Dardanella [Fred Fisher, Felix Bernard, Johnny S. Black]

[Side B]
6. I'm Rich [Geoff Muldaur]
7. Sweet Potatoes [Jeff Gutcheon]
8. Kneein' Me [Geoff Muldaur]
9. Lover Man (Oh Where Can You Be) [Jimmy Davis, Jimmy Sherman, Roger (Ram) Ramirez] M2 M6 M9 E74 E75 E100 E148
10. Hard Time Killin' Floor [Nehemiah James]


Joe Boyd : Producer (10)


ジェフアンド・マリアの2枚目のアルバムは、当時夫婦が住んでいたウッドストックの音楽シーンでの活動成果を反映した内容となった。自由な環境の中、ボブ・ディラン、ザ・バンド、ポール・バターフィールド、ハッピイ・アンド・アーティー・トラウム等との交流、夜を徹したジャムセッションなどから生まれた音楽の雰囲気に溢れており、それは肩肘の張らないリラックスしたものだ。前作でも述べたが、現代のタイム感覚と異なっているようで、慣れない人が聴くと、そのデレデレ気味のサウンドにイライラするかもしれない。本作が録音されたBearsville Studios は、ディランやザ・バンドのマネージャーだったアルバート・グロスマンが1969年に設立し、多くのミュージシャンが利用したところ。地元のスタジオで、バックもウッドストックの仲間で固め、好き勝手に製作したという感じだ。プロデューサーは10を除き「Nobody」と表示されているのが面白い。ジェフ・マルダーを中心とした皆による共同製作だからじゃないかな?

1.「Blue Rairoad Train」は、デルモア・ブラザース1933年の曲で、同年亡くなったジミー・ロジャースへのトリビュートと言われる。デルモア・ブラザースは、アルトン(1908-1964)、弟のラボン(1916-1952)の兄弟デュオで、1920年代当初のゴスペルやアパラチアン・フォークのカントリー・スタイルからスタート、ブルース音楽を融合させ、さらに1940年代からはバックバンドを付けてブギースタイルのヒット曲を連発、後のロックンロールの礎を作ったといわれる。ギタリストとしても有能で、そのスタイルを比較的忠実にコピーしたドック・ワトソンが、アルバム「Southbound」1967 でこの曲をカバーしている。ここではエイモスのフィンガーピッキングのエレキギター、特にビル・キースのペダルスティールが全体的にフィーチャーされ、ジェフと、マリアの二人がゆったりと歌っている。ドラムスのビル・マンディは、フランク・ザッパ率いるマザース・オブ・インヴェンションのメンバーだった他に、リンダ・ロンシュタット、ボブ・ディラン、トッド・ラングレン等のアルバムに参加している。ベースのジョン・カーンについては、M3を参照してください。 2.「Havana Moon」は、チャック・ベリー 1957年のアルバム「After School Session」に収録されていた曲で、アメリカ人の女の子に待ちぼうけを食わされるハバナ(キューバ)の男の話。ラテン風ロックンロールといった感じで、ザ・バンドのレヴォン・ヘルムやサンタナがカバーしている。ジェフのアレンジは、すこし緩過ぎるかな?けだるい感じのボーカルのバックで聴こえる、ポール・バターフィールドのハーモニカがいい感じだ。

3.「Lazybones」は、「Stardust」や「Rockin' Chair」の作者として有名で、後者では「Sweet Harmony」1976 M4で共演することになるホギー・カーマイケル(1899-1981)の曲で、ジョニー・メルシエが南部フィーリングに溢れた歌詞を書いている。1933年当時はミルドレッド・ベイリーの歌でヒットし、その後はルイ・アームストロング、ビング・クロスビー、ミルス・ブラザースなど多くの歌手が歌っている。イントロでは、「どう元気?」から始まるエイモスとジェフによる私的トークがフィーチャーされ、エイモスがあの低音で歌い出す。スティールとバイオリンが暑くけだるい雰囲気を醸し出し、エイモスは間奏のギターソロを決める。そしてエンディングはビールを飲みながらのトークを入れてフェイドアウト。4.「Cordelia」はジェフの作曲によるR&Bで、エイモス、ジェフ、スチュアート・ブロットマン(デビッド・リンドレイが在籍したカレイドスコープのベーシスト)の3人でトロンボーンを吹いており、現代音楽を取り入れたアレンジが面白い。エイモスのテレキャス・サウンド、バリバリのソロが聴ける。マリアはタンバリンで参加。5.「Dardanella」は、1919年に出版された古い曲で、ビックス・バイダーベック、ルイ・アームストロングのバージョンが有名。前半はジェフの凝ったアレンジによるアンサンブルで、ニューオリンズ・ジャズ風のブラス演奏がクリエイティブ。後半から彼のボーカル、エンディングの語りが入る。

6.「I'm Rich」は、後のボール・バターフィールドのベターデイズを思わせるサウンド作りで、ペダル・スティールとブラスが頑張る。テナーサックスのジーン・ディーンウィディは、ポール・バターフィールドのグループで大きな存在感を発揮した人で、B.B.キングの作品にも多く参加している。トレバー・ローレンス(バリトン・サックス)は、ポール・バターフィールド、B.B.キングのほかに、ジョー・コッカー、ポインター・シスターズなどに参加したブルース系のセッションマンだ。7.「Sweet Potatoes」は、作者のジェフ・ガッチオンのピアノ伴奏のみをバックに、マリアはベッシー・スミスのように歌う。当時の彼女はか細い声で、ベッシーの貫禄の足元にも及ばないが、それなりに魅力のあるパフォーマンスだ。8.「Kneein' Me」は、ブラックなユーモアのあるカントリー音楽風ブルースで、全編に渡りペダルスティールが大活躍する。マリアの愛唱歌 9.「Lover Man」では、ジェフのアレンジによるバイオリン、ウッドウィンズのバックが最高で、エイモス独特のギターが最初から最後まで鳴り響く逸品。間奏のソロにおける弦のビブラート、チョーキングのコントロールは超人的だ。バイオリンのボビー・ナトコフは、エレクトリック・フラッグのメンバーだった人で、ニール・ヤングのバックを勤めたクレイジー・ホースでのプレイが最も有名。 10.「Hard Time Killin' Floor」の作者 Nehemiah James は、デルタブルースの巨人スキップ・ジェイムス(1902-1969)の本名で、彼は1931年にこの曲をパラマウント・レコードに吹き込んでいる。60年代に再発見された後にヴァンガードで録音した「Today !」1964でも独特のファルセットヴォイスと達者なギターによるプレイを聴くことができる。本作では、この曲のみプロデューサーがジョー・ボイドで、録音場所もボストンのスタジオで他と異なる。さらにベース奏者も前作参加のビル・ウルフということで、この曲は前作「Pottery Pie」E12のアウトテイクと推測される。ここではマリアのバックボーカルを聴くことができる。

最初は「何だこれ?」と思ったが、心をヘロヘロにして聴くと悪くないのだ。エイモスのギターとビルのペダルスティールがたっぷり聴けるだけでも有難や、有難や..... けれども、前作にあったジェフとマリアの音楽的・精神的一体感は感じられず、二人の音楽性の相違が大きくなっていることを如実に示している。エリック・フォン・シュミットの板絵が素晴らしい出来。木の年輪を生かした構図となっていて、特にマリアのブラウスの下の乳首の部分にそれらしい節を配置するあたり秀逸。でもよく見ると、二人の間には黒い大きな割れ目があり、それが彼等のその後を暗示しているように思えるのは深読みだろうか


[2008年1月作成]


E17 Mud Acres  [Music Among Friends] 1972 Rounder

E17 Mud Acres

Maria Muldaur : Guitar (5), Fiddle (6,8), Vocal (1,5), Back Vocal (2,3,4,7)
Happy Traum : Guitar (3,7), Banjo (1,6), Malodica (4), Washboard (8), Bass (5), Vocal (3)
Artie Traum : Guitar (1,5,6,7), Bass (2), Vocal (6)
Eric Kaz : Guitar (1,4), Piano (3,8), Mouth Harp (2,5,6,7), Vocal (1)
Jim Rooney : Vocal (2), Back Vocal (7)
Bill Keith : Banjo (2,8), Guitar (4), Bass (3,6,7)
John Herald : Guitar (4,8), Vocal (4,8), Back Vocal (6)
Tony Brown : Bass (4,8)
Lee Berg : Vocal (1,6), Back Vocal (,5,7)


1. Cowpoke [Stan Jones] (Gene Autry)
2. Darlin' Corey Is Gone (Flatt & Scruggs)
3. Titanic [Huddie Ledbetter] (Leadbelly)
4. Give Me Back My Fifteen Cents (Brinkley Brothers & Dixie Clodhoppers)
5. Oh, The Rain (Blind Willie Johnson)
6. Hobo Blues [Traditional] (Link Davis)
7. Lonesome Pines (Wayne Raney) 
8. Prison Wall Blues (Gus Cannon)

録音: 1972年1月15日 New York北部 Fort Edward


ウッドストックは、ニューヨークからハドソン川沿いに北の方向へ車で約1時間の所にある村。そこは古くから若い芸術家達が移り住み、コミュニティーを形成していたが、ボブ・ディランのマネージャーだったアルバート・グロスマンがそこにベアズヴィル・スタジオを設け、多くのロック・アーティストがそこでアルバムを製作したこと、さらにボブ・ディランが1966年のバイク事故の後、この地にしばらく隠遁してザ・バンドと一緒に「Basement Tapes」を録音したことで特に有名になった。ニューヨーク生まれのハッピー・トラウム(1939- )は、弟のアーティー・トラウム(1943-2008) と共に1967年から住んでいて、そこで音楽活動を続けながら、ギターや他のフォーク楽器の通信教育を業とする会社 Homespun Tapesを興し、現在も活動を続けている。1972年1月15日、トラウム兄弟は親しいフォーク・ミュージシャンを誘い、4台の車に楽器を積み込んで、ウッドストックを出発。途中で十分な食料を調達し、ハドソン川を北上してフォート・エドワードにある納屋を改造したスタジオに到着する。そして彼らはそこで音楽漬けの週末を過ごし、その成果が本作となった。レコード会社による商業主義的な制約から解放された彼らは、日常生活やパーティーと同じムードで好きな音楽を演奏し、録音したのだ。その雰囲気が何ともユニークで素晴らしい。内輪の音楽会でありながら、彼らの古い音楽に対する尊敬と愛着の念が素直に表現されており、とても自然で魅力に溢れた作品となった。マリアは全15曲のうち、半分の8曲に参加している。

1.「Cowpoke」は歌うカウボーイ、ジーン・オートリー (1907-1998) が彼のテレビ番組「Gene Autry Show」で歌っていた曲。彼はカントリー・シンガーとして300曲以上の作品を残した他、93本の映画に出演、ラジオやテレビにも出演したマルチタレントだった。また彼はマーチン・ギターの最高級モデル D45を最初に注文した男として歴史に名を残している。彼の明るいキャラクターそのままの曲で、エリック・カズがのんびり歌い、マリアとリー・バーグが古風な感じ(解説ではアンドリュー・シスターズ風と言っている)のコーラスを付けている。エリックとアーティーのギターとハッピーのバンジョーのアンサンブルが良く、楽器演奏の巧さが際立っている。エリック・カズ (1947- )は、以前トラウム兄弟とバンドを組んでいたこともある仲で、1970年代始めに2枚のソロアルバムを発表したほか、ボニー・レイットの「Give It Up」(1972)に参加、名曲「Love Has No Pride」を提供した。その後はソロアーティストとしては成功しなかったが、作曲家としてリンダ・ロンシュタット、マイケル・ボルトン、アン・マレー、ケニー・ロジャーズ、キム・カ−ンズ、メリサ・マンチェスター他多くのアーティストが彼の作品を取り上げている。2.「Darlin' Corey Is Gone」は、解説によるとブルーグラス、カントリー音楽の大御所であるレスター・フラットとアール・スクラッグスの歌とあるが、彼らのレコードは「Darlin' Corey」というタイトルで、歌詞もかなり異なる。もともと作者がはっきりしないトラディショナル曲のようで、ビル・キースとジム・ルーニーの2人が脚色したのだろう。イントロでのビル・キースのバンジョーが何とも人間臭いプレイで惚れぼれする。キース・スタイルという独自のブルーグラス・バンジョー奏法を確立した人でありながら、こんなフォーキーな演奏もするのだ。ジム・ルーニーのボーカルにマリアが素朴なカントリー音楽調のハーモニーを付ける。これが何とも言えずイイ感じ。 彼はその後プロデューサーとして成功し、ガース・ブルックス、ジョン・プライン、パット・アルジャー、ナンシー・グリフィス、ジェリー・ジェフ・ウォーカーなど主にカントリー音楽風フォーク・ミュージシャンの作品を手がけた。3.「Titanic」の作者ハディー・レッドベターはレッドベリー(1888-1949)の本名(彼についてはE6を参照ください)。1912年のタイタニック号の遭難について作られた多くの歌のひとつで、レッドベリーが若いころに習った曲というが、本人の演奏は1948年の最後のセッションで録音されている。ハッピーがリードボーカル、それにマリアがハーモニーを付け、コーラスは居合わせた全員が歌い、魅力的な演奏だ。

4.「Give Me Back My Fifteen Cents」は、Brinkley Brothers & Dixie Clodhoppers (「Clodhopper」とは「田舎者」の意味)というグループが1920年代にヒットさせたコミカルなナンバー。リードボーカルを担当するジョン・ヘラルド(1939-2005 )はマリアと同じグリニッジ・ヴィレッジの生まれで、1950年代にエリック・ワイスバーグとバンドを組み、1960年代はグリーン・ブリアー・ボーイズというバンドでの活動の他にセッションマンとして活躍、イアンとシルヴィア、ジョーン・バエズ、ドック・ワトソン、ボニー・レイットの作品に参加した。1973年に発表したソロアルバム「John Herald」 E26にはマリアがゲストで参加している。マリアがリードを取る 5.「Oh, The Rain」は、テキサス・ブルースの巨人ブラインド・ウィリー・ジョンソン(1902-1942)のスピリチュアルで、原題は「The Rain Don't Fall On Me」。シンプルでストレートな歌詞を、マリアは心をこめて心に染み入るように歌う。ハーモニーを付けるリー・バーグは西海岸で活躍していたフォークシンガーという。彼女の声はマリアの地声によく似ている。6.「Hobo Blues」はウエスタン・スウィングで活躍したリンク・デイヴィス(1914-1972)の曲。「Hobo」はあてもなく放浪するホームレスのことで、ボブ・ディランの歌にも出てくる言葉。ここではマリアのへたうまのフィドル・プレイを全編にわたり楽しむことができる。フィドルとエリックのマウスハープの合奏による間奏が楽しい。カントリー・シンガーでハーモニカの名手でもあったウェイン・ラネイ(1921-1993)の 7. 「Lonesome Pines」は、ビル・モンローも歌っていた曲で、エリックのハーモニカが聴きもの。ここでの女性のハーモニー・ボーカルはマリアではなく、リーと思われる。 8.「Prison Wall Blues」は、メンフィスで活躍したガス・キャノン(1883-1979)が1930年に録音したファンキーなジャグバンド・スタイルの曲で、エリック・カズのピアノ、ハッピーのウォッシュボード、そしてマリアのフィドルが活躍する。間奏におけるマリアのソロプレイはとてもいい味を出している。

ちなみにマリアが参加していない曲では、ビル・キースがバンジョーを演奏するインストルメンタル曲が素晴らしい。当時の彼らのありのままの姿を捉えた、飾り気のない名盤。

[2008年11月作成]


E18 Steelyard Blues   1972  Sierra Records

E18 Steelyard Blues




Nick Gravenites : Guitar, Vocal
Paul Butterfield : Hamonica, Vocal
Mike Bloomfield : Guitar, Vocal
Maria Muldaur : Vocal, Guitar, Claps
Merle Saunders : Organ, Piano
John Kahn: Bass
Christopher Parker : Drums
Annie Sampson : Back Vocal, Vocal (13)

Nick Gravenites : Producer

[Side A]
1. Swing With It [Gravenites, Bloomfield]
2. Brand New Family [Gravenites, Bloomfield]
3. Woman's Love [Gravenites, Bloomfield]
4. Make The Headlines [Gravenites, Bloomfield]
5. Gerorgia Blues [Muldaur, Bloomfield, Gravenites]
6. My Bag (The Oysters) [Gravenites, Bloomfield]
7. Common Ground [Gravenites, Bloomfield]

[Side B]
8. Being Different [Gravenites, Bloomfield]
9. I've Been Searching [Gravenites, Bloomfield]
10. Do I Care [Saunders, Muldaur]
11. Lonesome Star Blues [Muldaur]
12. Here I Come (There She Goes) [Gravenites, Bloomfield]
13. If You Cared [Gravenites, Bloomfield]
14. Theme From Steelyard Blues (Drive Again) [Gravenites, Bloomfield]

Recorded at Golden State Recorders, San Francisco


[映画版]
15. Theme From Steelyard Blues (Instrumental Version)  冒頭
16. Being Different  ジェシーの出所、クレジット
17. Gerorgia Blues (部分)出所したジェシー、アイリスと彼女の家で再会
18. Instrumental  ジェシーが街を歩くシーン
19. My Bag  (部分) カフェでのイーグル (バックグラウンド・ミュージック)
20. Brand New Family (部分) 車のカーラジオから流れる音楽
21. Woman's Love (別Version 部分) プールバーでのアイリスとイーグル
22. Instrumental  イーグルの看護士
23. Brand New Family (別Version) 飛行機修理
24. Instrumental  資金調達のためのスリ行為と飛行機修理
25. Theme From Steelyard Blues 中古自動車破壊ショー
26. Lonesome Star Blues (別Version) フランク(ジェシーの兄)、アイリスの家を訪問 
27. Make The Headlines (別Version) 部品を盗むための仲間集め
28. My Bag  ゲームセンターでのジェシーとイーグル
29. Common Ground (別Version) ジェシー、夜の街を歩きアイリスを探す
30. Woman's Love ジェシー、アイリスを追いかけ仲直りする
31. Theme From Steelyard Blues (別Version 部分) ジェシー、アイリスと仲間が馬に乗って逃げる

写真上: サウンドトラック・レコードのジャケット
   下: DVDのジャケット

注: 赤字はマリアが参加したトラック


1972年の映画「Steelyard Blues」(日本未公開)のサウンドトラック盤。監督のアラン・マイヤーソンは、シルヴィア・クリステル主演の「Private Lessons」1981や、「Police Academy 5」1988の他に、多くのテレビ番組を手掛けている。製作者で主演のドナルド・サザーランドは、軍医を演じた「M★A★S★H」1970 で有名な性格俳優。共演のジェーン・フォンダはヘンリー・フォンダの娘で、エロチックSFの名作「Barbarella」1967、リリアン・ヘルマンの半生を描いた「Julia」1977、父と共演した「On Golden Pond (黄昏)」1981が代表作。2人は「Klute」1971に次ぐ共演。古い車を潰すことが好きで、中古車をぶつけ合う自動車破壊ショーをライフワークとする男が、権力で自分を社会秩序の中に閉じ込めようとする検事の兄と対立し、理想の世界に旅立つための中古飛行機の修理部品調達で騒ぎを起こすという奇妙な筋書きで、シュールなストーリーと演技のなかに、権力への反抗、束縛を嫌い自由を愛するアウトローへの強い憧れが描かれている。二人がベトナム戦争に反対し、反体制的な社会活動を展開していた当時の風潮および、無政府主義的なヒッピー・ムーブメントの潮流にある作品。アウトローを取り扱った作品でありながら、暴力シーンは検事の兄が怒って主人公を叩きのめすシーンぐらいで、飛行機の修理代調達のためにスリをはたらくシーンや、軍の飛行機格納庫を襲う場面も、パントマイムのようなコミカルな感じで処理されている。そのサウンドトラックとして製作された本作は、通常の映画音楽のような原作のイメージやストーリーに束縛された感じがなく、プロデュースを任されたニック・グレイブナイツが親しいミュージシャンを集めて自由な雰囲気で作ったようで、60年代の匂いが残る手作り風の雰囲気が何とも言えず良い感じなのだ。特にニックに縁のあるマイク・ブルームフィールド、ポール・バターフィールドという、当時を代表するホワイト・ブルースマンとの共演が楽しめる音楽作品としての魅力もある。マリアのインタビューによると、低予算の映画で、オリジナルの音楽を使用すると経費がかかるので、映画で使用するジャズ、ブルース、カントリー、ドゥワップ等「それ風」の曲を自前で作って演奏することになり、何でも歌える彼女が招かれたとのこと。気心が知れた人達と作るのは楽しかったと語っている。

ポール・バターフィールド(1942-1987)はシカゴ生まれで、ブルースに取り組み独自のスタイルを確立した最初の白人の一人だった。ポール・バターフィールドは、1960年代に結成された自己のブルース・バンドからエルヴィン・ビショップ、マイク・ブルームフィールドという優れたギタリストを輩出し、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルではボブ・ディランのバックを担当してフォーク・ファンからブーイングを浴びるなど、伝統的なスタイルのフォークやブルースを、若者好みのロックのスタイルに発展させる役割を果たしたといえる。その後ウッドストックを拠点としてベターデイズを結成し、1973年のE25 などのアルバムを発表。マリアの作品には1974年のM3に参加しているが、以降は表舞台から離れ、酒と麻薬に溺れて1987年に中毒のため死亡する。ニック・グレイブナイツ(1938- ) は、学生の頃シカゴでポール・バタフィールドと知り合い、当時活躍中のハウリン・ウルフやマディー・ウォーターズなどのブルースの巨匠の影響を受けて、彼らも演奏活動を始める。ポール・バターフィールド・ブルース・バンドの後は、同グループを脱退したマイク・ブルームフィールド、バディ・マイルス、バリー・ゴールドバーグ等とエレクトリック・フラッグを結成。ブラスをフィーチャーしたサウンドは後のシカゴやブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの先駆者になった。また自身名義のソロアルバムは少ないが、作曲家およびジャニス・ジョップリンとビッグ・ブラザー・アンド・ホールディング・カンパニーやクイックシルバー・メッセンジャー・サービスなどのアルバム製作で、白人ブルース界の重要人物として活躍した。

マイク・ブルームフィールド(1943-1981)は、1960年代後半のアメリカにおけるギタリストの頂点として活躍した人で、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドやエレクトリック・フラッグ、独立後にアル・クーパーと組んだ「Super Session」1968、「Live Adventure Of Mike Bloomfield And Al Kooper」1969が全盛期。後のソロ活動は精彩を欠き、飲酒と麻薬に溺れて一線から退き、一時はポルノ映画のサウンドトラックを製作していたという。晩年はアコースティック・ギターによるフォーク・ブルースの弾き語りで新境地を見出したが、薬の悪習から逃れることができず、1981年に麻薬中毒のため37才の若さで亡くなった。当時ポール・バターフィールドは自己のバンドを解散して、ウッドストックを活動拠点として親しいミュージシャンと一緒に音楽活動を始めようとしていた時期で、ドラムスのクリストファー・パーカーは、その後ベターデイズと命名されるグループのメンバーとなり、ベースのジョン・カーン(1947-1996)とキーボードのマール・サンダース(1934-2008) はその初期メンバーという。彼らはその後、グレートフル・デッドのジェリー・ガルシアのバンドで活躍。マールはソロアーティストとしてアルバムを発表している。本作は、ニック・グレイブナイツとマイク・ブルームフィールドのエレクトリック・フラッグに、ポール・バターフィールドのベターデイズの初期メンバーが合流して、ヒッピー文化のメッカであるサンフランシスコで製作された、白人ブルースマンのスーパーセッション・アルバムであり、そこに彼らと親しかったマリア・マルダーがボーカリストとして参加することで特異な作品となった。

マリアのボーカルは全14曲中 6曲で聴くことができる。映画音楽という用途のためか、ブルースを核としながらも、いろんな音楽を取り上げていて、3.「Woman's Love」はカントリー音楽風の曲だ。マイクのギターがスティールギターのような音を出している。ハーモニーを付けている女性はアーニー・サンプソンとマリア自身のオーバーダブのどっちかな?バックボーカルとブリッジの後のセカンド・ヴァースを歌う男は、ニックと思われるが、ポール、マイクを含む3人は皆似た感じの声なので、正確には誰か分からない。5.「Georgia Blues」は、マールのピアノが活躍するブギウギ・ジャズ風ブルース。スウィング調のリズムギターとリードギターはアコースティックで、マリアの愛らしく軽やかなボーカルは曲の雰囲気に合っている。本作で面白いのは、普段曲を書かないマリアの名前がクレジットされていることで、おそらくスタジオでワイワイやりながら、その場で作ったからじゃないかな?6.「My Bag」は本作での異色曲で、「Blue Moon」に似た感じのドゥーワップ・ソングだ!副題の「The Oysters」は、1950年代に多く存在したコーラス・グループのパロディーだろう。男性リードボーカルのバックで、ウーアーとハモる女性コーラスが傑作。コーラスの切れ目に合いの手を入れる女性は明らかにマリアの声だ。遊び心に満ちていて、曲が終わった後に笑い声とマリアの「Beautiful !」という声も入っている。7.「Common Ground」は、ポールのハーモニカ、マイクのワウワウを使用したエレキがフィーチャーされるブルースナンバー。レコードのクレジットでは、男女のデュエット・ボーカルの女性はアーニーとあるが、実際聴くと声質からマリアが歌っているのは明らか。13.「If You Cared」でアーニーがリードを取る曲があり、そこでの彼女の声は黒人シンガー的な太い声で、マリアとは全く異なるので間違いないと思う。一般的にこの手のクレジットの表記ミスは多いのだ。いい出来なんだけど、本作全般に言えることで、サウンドトラックということもあり2分20秒という短い演奏時間で終わってしまう。もっとじっくりやってくれるといいのになあ〜。

マールとマリアの共作とクレジットされた10.「Do I Care」は「Georgia On My Mind」に似たスタンダードジャズ風の曲。映画に使用する音楽の製作の際は、著作権の関係で既存の曲を使わず、「・・・風」という曲を作ることがあるようだ。マールのピアノ、マイクのジャズギター風のオブリガードをバックにマリアが気持ち良さそうに歌う。彼女のソロアルバムに収められたこの手の曲に勝るとも劣らない出来だと思う。11.「Lonesome Star Blues」はマリアの作曲となっているが、元はブルースのスタンダード曲「Rollin' And Tumblin'」。アコースティックのスライドギター、ハーモニカがギンギンで、本作では珍しく4分17秒の長きにわたり演奏され、間奏もたっぷり聴ける。ブルースを歌うマリアはか細い声でありながらも、時にコブシを効かせて歌い、それなりに魅力的。間奏で入るマリアの掛声がライブっぽい感じでとてもいいよ!最後の「Bye Bye Baby」と歌う部分は、久保田麻琴と夕焼け楽団の「バイバイベイビー」1975 のインスピレーションになったんじゃないかな?

気楽なプロデュースではあるが懐が深いミュージシャンが集まっただけあって、いい感じのアルバムだ。知名度は高くないけど、マリアの露出度も高くお勧め盤。ちなみに本作は過去日本でCD化されたことがあり、海外の中古市場で高値を呼んでいるようだ。こんな作品までCDにしてしまうなんて、日本のオタク度は本当に高いよね!

[追記]
DVDを購入し、映画を観ることができました(当該DVDは米国製でリージョン1設定のため、日本で観るにはリージョンフリーのプレイヤーが必要です)。

ジェーン・フォンダの自伝「My Life So Far」2005には、本作について「スティールヤード・ブルースというコメディー映画を撮っている8ヶ月近くの間」としか言及されておらず、彼女にとっては思い出したくない出演作なのだろう。当時彼女はFIA (Free The Army)という兵士に見せる反戦をテーマにしたショーを国内外の基地近くの場所で行う企画に携わっており、それには本作で共演した俳優達も参加していたという。当時の彼女にとって映画製作は二の次だったのだろう。本作は、ストーリーが滅茶苦茶で、脈絡のないギャグが随所に挿入されため、完成度という尺度では欠点が多いが、上記のとおり権力や束縛を嫌い自由を求める雰囲気に満ちていて、特に最後の脱出のシーンは開放感を感じさせるものがある。ドナルド・サザーランド(主人公のジェシー)、ジェーン・フォンダ(娼婦のアイリス)の主演俳優の存在感に加えて、イーグル役のピーター・ボイル(1935-2006)が、マルクス・ブラザースを思わせるアナーキーなギャグを連発し、重要な役割を担っている。特に28.「My Bag」がバックで流れるゲームセンターのシーンで、カツラを付けてマーロン・ブランドの物真似をするシーンは傑作。彼は脇役として「タクシー・ドライバー」1976、「あなたが寝ている間に」1995になどに出演しているが、最も印象に残るのはメル・ブルックス監督の「ヤング・フランケンシュタイン」1975のフランケン役だろう。

ストーリーより雰囲気で魅了させるこの手の映画の場合、音楽は大変重要な役割を演じることになり、本作でもブルージーな音楽が、各場面の雰囲気を決定付けている。また実際映画で使われている曲が、レコードに収められたものとバージョンが異なるケースが多いことが面白い。その一方でレコードには収録されたが、映画で使われなかった曲もある。以下マリアが関係する曲で、別バージョンのものにつき説明する。20. 「Brand New Family」は、レコードでは男性だけで歌われていたが、ここではマリアもコーラスに加わっている。 21.「Woman's Love」はアイリスとイーグルのプールバーにおける会話のバックに流れる音楽で、ここではレコード版と異なるスローなアレンジが施されている。 26.「Lonesome Star Blues」は、ジェシーと敵対する検事の兄フランクが彼女の家(娼婦の仕事場)を尋ねるシーンで、アイリスがSPレコードをプレイヤーにかけることにより流れ、途中でカットされずに曲が終わるまで続く。これはエンディングがレコード版と異なる別バージョンだ。29.「Common Ground」は、レコードではマリアが歌うヴァースがインストルメンタルになっている点が違い、彼女の声は最後のコーラスのみ入っている。最後に流れる 31.「Theme From Steelyard Blues」も、映画ではコーラス部分でマリアの声がはっきり聴こえるものだ。

ということで、映画で流れる音楽は、レコードと異なるバージョンが多く、しかも21, 31などレコードではマリアの声が入っていない曲でも、しっかり歌っているので、とても面白いものだ。映画としては好き嫌いがはっきり別れる内容であるが、一部の人達に大うけするカルト作品であることは間違いない。

[2008年12月作成]

[2022年10月追記]
マリアのインタビューを聴くことができましたので、一部加筆しました。


E19  Peter  [Peter Yarrow] 1972  Warner Brothers

E19 Peter

Peter Yarrow : Vocal, Acoustic Guitar
Maria Muldaur : Harmony Vocal
Stuart Scharff : Guitar
Tzigane Balalaikas : Balalaika
Bob Boucher or Russ Savakus : Bass
Billy Mundi or Clark Pierson : Drums

Phil Ramone, Milton Okun : Producer

1. Tall Pine Trees [Peter Yarrow]

Recorded at Bearsville Sound Studios, New York


ピーター・ポール・アンド・マリー(PPM)は、1970年に活動を停止した。3人は、1971〜1972年に古巣のワーナー・ブラザースから各自ソロアルバムを発売した。それらは「Peter」、「Paul And」、「Mary」というタイトルで、ジャケットデザインを人気イラストレーターのミルトン・グレイサーが担当。ピーターは茶、ポールは青、マリーが黄という地色に各人のファーストネームのロゴを配した統一デザインによるものだった。マリアは、ウッドストックのベアズヴィル・スタジオで録音されたピーター・ヤーロウ(1938- )のアルバムにゲスト参加している。録音場所については、スタジオ・オーナーであるアルバート・グロスマンがPPMのマネージャーだった関係だろう。ポール・バターフィールド、ジョン・サイモン、リビー・タイタスといったウッドストック在住のミュージシャンが参加しており、「Take Off Your Mask」で聴こえるオルガンの音は、クレジットにはないが、明らかにザ・バンドのガース・ハドソンのものだ。またジャケットに記された謝辞にはレヴォン・ヘルム、リック・ダンコ、ジム・ルーニーといった人々が名を連ねている。

PPMの「みんなで歌おう」的な雰囲気をコーラス隊との合唱で残しながら、シンガー・アンド・ソング・ライター風の音作りを志向。発売当時はPPMの影に隠れてしまい、余り売れなかったというが、曲や伴奏の良さもあって、今聴くと良い出来のアルバムだと思う。1.「Tall Pine Trees」は、バラライカをフィーチャーしたロシア民謡風の曲で、メリー・ホプキンの「Those Were The Days (悲しき天使)」1968 全米2位に似ている。ウクライナ系ユダヤ人という彼の血筋が感じられる曲だ。恋人との別れの痛みを歌い、コーラス部分でマリアの声が優しく寄り添い、ビター・スウィートな雰囲気を生み出している。PPMの「Puff (The Magic Dragon)」でお馴染みの、ピーターの誠実で優しさ溢れる歌声が心に響く。

ピーターは、他の二人と同様70年代はソロ活動を続け、1976年にはメリー・マクレガーの「Torn Between Two Lovers」(全米1位)の作者として脚光を浴びたが、PPMの頃のような成功を収めることはできなかった。そのため80年代以降はPPMを再結成し、アルバム製作やコンサート活動を地道に行うほか、政治、教育関係の社会活動にも積極的に携わり、その功績でも多くの人々の尊敬を集めている。ただしPPMの活動については、2009年9月にマリー・トラヴァースが白血病で亡くなったため、残念ながら終止符を打つことになってしまった。

ウッドストック系のアルバムとして、もっと評価されてもいいんじゃないかな?

[2010年1月作成]


E20  For The First Time  [Razmataz] 1972  United Artists

E20 For The First Time

Richard Morton : Lead Vocal, Acoustic Guitar, Electric Guitar, Piano
Munc Blackburn : Sax, Flute, Back Vocal, Horn Arragement
Peter Young : Bass


Bully Mundi : Drums
Donald Moore: Bass
Maria Muldaur : Back Vocal

Reid Whitelaw : Producer

1. Long Long Time [R. Morton]
2. Car To The Moon [R. Morton]


「razmataz」とは、「razzle」と「dazzle」の単語を組み合わせたもので、「けばけばしい動作で相手を幻惑させること」、「曖昧な言い逃れの言葉」という意味。「razzmatazz」とも綴る。本作はこのグループ唯一の作品で、後年イタリアの歌手パオロ・コンテが発表した同名のアルバムタイトルや、イギリスのエレクトロ・ミュージックで活躍する同名のアーティストとは無関係だ。本作は、上記の他にジェフ・ガッチョン(ピアノ)、エイモス・ギャレット(トロンボーン)、ピーター・エックランド(トランペット)等ウッドストック在住のミュージシャンが参加しており、マリアは2曲で歌っている。サウンド的には、フォーク音楽をベースにジャズ風のホーンやソウル・ロック調のリズムを加味したもので、後のクロスオーバー音楽を思わせる要素もあり、当時はそれなりに斬新な試みだったと思われる。ただ一部のプレイヤーの演奏技術が目指す音楽に比較して不足しているため、現在の基準で聴くと物足りない感がある。でも1970年前半という、当時しか出し得ない時代の心地よい匂いに満ちているのは、ウッドストック系のミュージシャン達が出すオーラなのだろうか?ちなみにジャケット上のクレジットは、最初の3人がメインで、後のミュージシャンは「Sidemen」と表示されている。

1.「Long Long Time」は、リチャード・モートン作で、本作の中では最もフォークっぽい作品。リチャード・モートンは、現在 Richard Carson Mortonという名前で、ナッシュビルでケルト音楽を演奏し、アルバムも出しているという。彼によると、当時デモテープを作成したが、セカンドアルバムは実現しなかったとのこと。このグループ名でアルバムを製作する計画もあるそうだ。彼の声はリック・ダンコにちょっと似ている。この曲でマンク・ブラックバーンは、フルートで伴奏を付けている。彼はエリック・フォン・シュミットの「2nd Right 3rd Row」E14やジェフ・アンド・マリアの「Sweet Potatos」E16に参加しており、前者のCD再発盤の解説に引用されたジェフ・マルダーの言葉によると、「Munc Blacburn was an English carpenter living in Woodstock who happened to play a bit on the tenor sax」とあり、音楽は本職でなかったようだ。マリアのバックボーカルはコーラス部分で聞くことができるが、リチャードのリードボーカルの影に隠れた控えめな感じになっている。それでも彼女らしいチャーミングなヴォイスを楽しむことができる。2.「Car To The Moon」は、アコースティック・ギターを使っているが、ドラムスとベースのビートが効いていて、よりロック的な音作りとなっている。マンク・ブラックバーンは、フルートとテナー・サックスの両方で曲全体にオブリガードを付けている。マリアは他のメンバーとの合唱で、「ライライライ」というバックボーカルを担当している。上記2曲のベース奏者については、曲毎のクレジットがないので、どちらが弾いているか不明。

この手のプログレッシブ・フォークの作品のなかでは、ドラムスとベースによるリズムセクションがかなり前面に出ているのが面白く、特にドラムスのビリー・ムンディの頑張りが目立ち、技術的にも本作のなかでもピカイチの存在だ。彼は初期のマザーズ・オブ・インヴェンションのドラム奏者として有名で、ウッドストックに住み始めてからは、当地における多くのセッションに参加。マリアとは、ジェフ・アンド・マリアの作品や、コンサートのバックバンドなどでお馴染みの人。本作はセールス的には売れなかったようで、中古市場でもあまり出回っておらず、CD化もされていないと思う。上述の通り、弱い部分が多い作品だけど、独自の味わいもあるので、埋もれたままではもったいない気もするね。


[2010年2月作成]


E21  Somebody Else's Troubles [Steve Goodman] 1972  Buddah

E21 Somebody Else's Troubles


Steve Goodman : Vocal, Acoustic Guitar
Maria Muldaur : Harmony Vocal
Bill Keith : Pedal Steel Guitar
Larry Packer : Fiddle
Steve Burgh : Bass, Electric Guitar
Steve Mosley : Drums

Arif Mardin : Producer

1. Don't Do Me Any Favors Anymore [Steve Goodman]


1970年代はラジオの深夜放送が全盛の時代で、睡眠時間を削ってよく聴きました。私のお気に入りは、「馬場こずえの深夜営業」という番組で、そこでは私が好きな外国曲がよくかかり、大瀧詠一や細野晴臣などのゲストが登場していました。その番組の最後に流れたテーマ曲「It's A Sin To Tell A Lie (嘘は罪)」(ビリー・ホリデイやファッツ・ウォーラーで有名な曲)は、スウィンギーで切れ味鋭いギターによる弾き語りプレイが圧倒的でした。その時は誰の演奏か知らなかったのですが、ずっと後になってからスティーブ・グッドマンによるもので、アルバム「Jessie's Jig & Other Favorites」1975に収録された曲と判明し、私の音楽人生における謎の曲のひとつが解消したのです。

スティーブ・グッドマンは1948年生まれで、1984年に白血病のため36才の若さで亡くなったが、生涯を通じてシカゴという町を愛し、その地を活動拠点としたシンガー・アンド・ソングライターだった。無名時代にクリス・クリストファーソンに認められ、レコード会社との契約を果たし、一方アーロ・ガスリーに売り込んで、「ビールを奢ってくれるならば」という条件で「City Of New Orleans」を歌い、それを気に入ったアーロが録音し、全米18位(1972年)のビッグヒットになったというエピソードもある。汽車の事を歌ったこの曲は、ジョニー・キャッシュ、ジョン・デンバー、ハンク・スノウ、ジュディ・コリンズ他の多くのアーティストにカバーされ、特にウィリー・ネルソンはこの曲で1985年のグラミー賞(Best Coutry Song)を受賞している。本作「Somebody Else's Troubles」は、彼にとって3枚目のソロアルバム。革細工をデザインした表紙に嵌め込まれた写真には、グッドマン夫妻と生まれたばかりの娘さんを中心に、音楽仲間が写っている。アルバム裏面のクレジットによると、左から2人目が親友のジョン・プライン(シンガー・アンド・ソングライター)で、3人目はマーヴィン・ガーデンズ(Marvin Gardens)とある。これはジミー・バフェットの変名で、彼はその後もこの名前を使い続けている。本作は発売当時、ボブ・ディランがロバート・ミルクウッド・トーマスという名前で、ピアノとハーモニー・ボーカルでタイトル曲にゲスト参加したため、大いに話題となった。またバックを務めるスティーブ・バーグやスティーブ・モスレイは、当時人気が高かったデビッド・ブロンバーグのバックをしていた人達。ということで、渋好みの熱心なファンの間で話題となった作品だ。

マリアは、1.「Don't Do Me Any Favors Anymore」で、ハーモニー・ボーカルを付けている。カントリー調の曲で、ビル・キースがペダルスティールを弾いている他、ジェリー・ジェフ・ウォーカーやマリアの1、2枚目のアルバムに参加していたラリー・パッカーのフィドルが入っている。マリアは、カントリー、オールドタイミーを意識した、素朴な感じの地声で力強く歌っており、とてもいい感じ。その他の曲では、上述のタイトル曲や、アコースティック・ギターを中心とした伴奏が大変美しい「The Dutchman」、デビッド・ブロンバーグやマリアのアルバムでお馴染みのジェフ・ガッチオンがピアノで参加した「The Loving Of The Game」など、聴きどころ沢山のアルバムだ。

[2010年3月作成]