C62  Banana Wind (1996) [Jimmy Buffett] MCA

C62 Banana Wind

Jimmy Buffett: Vocal, Acoustic Guitar
James Taylor, Ben Taylor: Back Vocal
Mac McAnally, Peter Mayer: Acoustic Guitar
Jim Mayer: Upright Bass
Bobby O'Donovan: Violin, Penny Whitsle

Russ Kunkel: Producer

1. False Echoes (Havana 1921)


JTが参加したジミー・バフェットの3枚のアルバムの中では一番いい出来だと思う。彼の祖父が船乗りだったそうで、そのあこがれを自身のルーツとし、各曲がストーリーを持ちながら、それらの内面は極めて自伝的だ。何よりも彼の歌が本心を語っているのが感じられ、酒に酔った勢いで作った今までの作品と異なる、なにか突き詰めた雰囲気が漂っている。

バナナ・ウィンドとはアフリカからカリブ海に吹きぬける強い風のことで、バナナを木から落とすほどという。サルサやレゲエなどカリブのリズムを取り入れたサウンドが心地よい。その中にあって、JTが参加した1.「False Echoes」は、アコギ2台とウッドベースのみで歌われる極めてシンプルな曲なんだけど、とても美しい曲だと思う。1921年のキューバは国政の腐敗が進み、アメリカの支配が強まってゆく時期にあたる。歌詞自体はフィクションなんだけど、彼の歌の入れ込み様がすごく、スローなテンポの歌はとても説得力がある。コーラスの部分で、JTがハーモニーを付ける。ベンは曲中に入る「アー」というコーラスを担当しているようだ。

CDではこのあとに Hidden Trackがあるので、同じトラック番号に二つの曲が入っている。

[2023年9月追記]
ジミー・バフェット氏は、2023年9月にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。


C63  The Way It Is (1996) [Valerie Carter] Canyon


C63 The Way It Is

Valerie Carter: Vocal
Mark Goldberg: Guitar, Keyboards
Scoyy Plunkett: Keyboards
Kevin McCornicks: Bass
Mauricio Lewak: Drums
Debra Dobkin: Percussion

Eddy Offord: Producer

1. I Say Amen [Kathy Kurah, Tom Snow, Valerie Carter]


JTのバンドで、長期間バック・ヴォーカルを務めたヴァレリー・カーターのソロアルバム。彼女自身シンガーとして数枚のソロアルバムを発表しており、1978年のアルバム「War Child」がAORの名盤にあげられるなど、日本での人気が高い。バック・ボーカリストとしてはJTの他に、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタット、ドン・ヘンリー、ロッド・ステュアート、リトル・フィートなどのセッションに参加している。JTの録音セッションへの参加は「Gorilla」1975 A7の「Angry Blues」(リトル・フィートのローエル・ジョージと一緒に参加)と翌年の「In The Pocket」A8 が最初。その後様々な問題で音楽活動を一時中断した後、1990年からJTバンドのバックボーカリストとして復帰した。

本作はそんな彼女の18年ぶりのソロアルバムだ。1.「I Say Amen」はスピリテュアルな内容の歌。生き生きとしたボーカルが心地よく、後半からの「エイメーン」というバックコーラスの中にJTの声を聞き分けることができる。日本語の解説ではもう1曲「Birds」にJTが参加しているというが、これは間違い。

小粒ながらも、大切に作ったのがわかる作品。現在彼女はJTのバンドから離れ、ナッシュビルを活動拠点として音楽活動を行っているようだ。


[2017年10月追記]

2000年代の彼女は苦労が多かったようで、2009年には薬物所持で逮捕されてしまう。その後依存を克服するための治療プログラムを受け、2011年の卒業式にはJTが参加して祝福したという話がありました。

彼女は、2017年3月4日亡くなりました(享年64歳)。ご冥福をお祈りいたします。



C64 Eat The Phikis (1996) [Elio e le Storie Tese]  Aspirine (伊盤)


C64 Eat The Phikis

Elio: Vocal
Cesareo: Guitar
Faso: Bass
Rocco Tanica: Keyboards
Millefinestre: Drums
Feiez: Largo Factotum (イタリア語で意味不明)

1. First Me, Second Me

 

数あるJTのゲスト参加のなかでも最も変わった作品。エリオ・エ・レ・ストーリエ・テーゼはイタリアのグループで、80年代初めにフランク・ザッパの音楽を模倣することから始まり、アングラなパロディーと下品なジョークを売り物にしたという。その後実力と実績をつけ、1989年にアルバムデビュー、サンレモ音楽祭にも入賞し、多くのアルバムを発表し、2017年に解散した。インターネットで検索してもほとんどがイタリア語なので、何が書いてあるかさっぱり分からず、イタリアン・ロックを特集した日本語のサイトから取材した。

エリオことステファーノ・ベッリサーリのボーカル、および他のミュージシャンの演奏力はかなりのもので、単なるパロディー・バンドでないことはCD を聴くとすぐに分かる。ディスコ、サルサ、プログレッシヴ、ヘビーメタル、ラップ、ヒップポップそしてカンツォーネを自由自在に行き来してスケールの大きい世界を作り上げている。アース・ウィンド・アンド・ファイアーそっくりのパロディーの曲もあり思わずニタリとしてしまう。

1.「First Me, Second Me」は本作のなかで唯一の英語の歌詞で、「イタリア人がすなる英語」を逆手にとった滅茶苦茶な文法は抱腹絶倒。「この次はモアベターよ!」という小森のおばちゃまもビックリなのだ。エリオが歌う最初のパート「First Me」では英語の歌に対する憧れが歌われる。次にテンポがスローになってゴスペルのようなエモーショナルなピアノの伴奏で、「Second Me (The Peak Of The Mountain)」が始まりJTのボーカルが流れる。業界のなかでも最もきれいな英語で歌うJTがグラマー無視の歌詞を真面目に歌うのが最高に面白く、きれいなメロディーとドラマチックでゴージャスなアレンジで大いに盛り上がる。最後の落ち「What do you think of the my car? Is much beautiful, second me」の意味が分かるまで少しかかったけどね。

イタリア本国のみで発売されているため、なかなか入手しにくい作品であるが、インターネットで探せば入手可能。私はアマゾンUKで購入しました。歯にブリッジをしている鮫の写真のジャケット・デザインが面白い。


C65  Bicycle (1996) [Livingston Taylor]   Pony Canyon 

C65 Bicycle

Livingston Taylor: Acoustic Guitar, Vocal
James Taylor, Leslie Ritter: Back Vocal

Scott Petito: Bass, Mandolin, Percussion
Neil Wilkenson: Drums
Vinnie Martucci:Piano
Mike DeMicco: Electric Guitar
Aaron Hurwitz: Organ, Accordion
Cindy Cashdollar: Dobro

Scott Petito: Producer

1. Boatman [Livingston Taylor, Maggie Taylor]  A16



リヴ・テイラー10枚目のソロアルバム。全般的に穏やかな曲が多く、忙しいコンサートツアーをこなしながら、飛行機を買って空を飛んだり、旅行したり、しっかり自分の人生を楽しんでいる男の生き様が伝わってくる。

1.「Boatman」は奥さんとの共作。アラスカ東南部アルセック川をいかだで下った感動を歌ったもので、手つかずの自然に触発されたスケールの大きな作品だ。マンドリンとドブロのアコースティックな響きが心地良い。コーラス部分で聞こえるJTのバックボーカルは滔々と流れる川のようだ。プロデューサーのスコット・ペティトは、ダニー・クーチやチャールズ・ラーキー(キャロル・キング初期作品のベーシストで2番目の夫だった人)などが在籍したファッグスというグループにいた人で、現在はベーシスト、プロデューサーとしてスタジオで活躍するほか、JTと一緒にバックボーカルとして参加しているレスリー・リッターとアルバムを発表している。JTはその後自分のアルバム「Hourglass」 1997 A16で、ほぼ同じアレンジでカバーしている。

その他ジャズっぽい曲や、ギターの弾き語りでじっくり歌われるもの、もしギターのオリンピックがあったらこれで参加するぞという、しなやかなインスト曲「Olympic Guitar」、リトルフィートの名曲「Dixie Chicken」のカバーなど聴き所は多い。矢吹申彦によるジャケットのイラストが作品の雰囲気を何よりも物語っている。日本語版の解説は小倉エージ。


C66  Across America (1996) [Art Garfunkel]   Hybrid 

C66 Across America

Art Garfunkel: Vocal
James Taylor,: Acoustic Guitar, Vocal

Art Garfunfel, Stuart Breed: Producer

1. Crying In The Rain [Carole King, Howard Greenfield]  C57 E17


アート・ガーファンクルが1996年 4月12,13日ニューヨークのエリス島で行ったライブを収録したアルバム。エリス島はマンハッタンの沖にある小さな島で、昔ヨーロッパからの移民がすべてここに収容され、審査を受けたという由緒あるところだ。アメリカ人にとって自分のルーツが記された聖地のような場所で、CD解説書にもアートの先祖であるガーファンクル家の名前を記したモニュメント壁の写真が掲載されている。

コンサートは、エリック・ワイスバーグ(ギターなど)、ウォーレン・バーンハルト(キーボード)、マイケル・ブレッカー(サックス)などの著名ミュージシャンに加えて、奥さんと小さな息子さんがゲスト出演している。S&G時代の曲も含めたベスト盤ライブといった内容だ。1.「Crying In The Rain」は1994年の「Up 'Till Now」 C57ですでにカバーしていた曲だが、ここではJTのギターのみで歌っているため、シンプルでストレートな出来で、エヴァリー・ブラザースのオリジナルにより近い感じだ。

なおこのコンサートの映像がテレビ放送され、ビデオまたはDVDも発売されている。私は2007年にこの曲の映像を観ることができたが、二人の演奏は夜のコンサートではなく、エリス島の公園の芝生に椅子とマイクをセットし、日差しのなかで演奏したものだった。歌う二人の間に借景として見える、亡き貿易センタービルの姿が痛々しく、今となっては観るたびに複雑な思いにとらわれてしまう。



C67  Dans Ma Chair (1997) [Patricia Kaas]   Columbia (仏)


C67 Dans Ma Chair

Patricia Kaas, James Taylor: Vocal
Rob Mournsey: Keyboards
John Leventhal: Guitar Solo
Ira Siegel, David Brown: Guitar
Bashiri Johnson: Percussion
David Finck: Bass
Chris Parker: Drums

Phil Ramone: Producer
Flank Filipetti: Engineer

1. Don't Let Me Be Lonely Tonight  A4 A15 B16 C74 E1 E5 E8 E25


「フランスのマドンナ」と呼ばれるパトリシア・カーズは、若い頃から歌い始め、1988年アルバムが大ヒットしてスターの仲間入りをしたという。フランスとフランス語圏のカナダで、現在も大いなる人気を誇る。本作はフィル・ラモーンのプロデュースでニューヨークで製作されたというが、ボーナストラックの1.を除き、すべてフランス語で歌われる。

CDに収められている曲はダンサブルなものもあるが、シャンソンの香りが残る静かな曲も多い。一番の魅力は少し低めでコクのある彼女の歌声だ。最後の曲1.「Don't Let Me Be Lonely Tonight」は1972年の「One Man Dog」 A4以来のスタジオ録音で、この曲が大好きな私にとってはヨダレたらたらだ。ちょっと洗練され過ぎかなという感じもするが、大変魅力的なヴォイスを持つ男女二人のデュエットはとても豪華だ。まずパトリシアが歌い、セカンド・ヴァースでキーが変わりJTが歌い、その後は二人の掛け合いで進んでゆく。JTの参加はエンジニアがフランク・フィリペッティ(「That's Why I'm Here」A12, 「Hourglass」A16のプロデューサー)の縁からか?ショーン・コルヴィンのプロデュースを担当するジョン・レヴァンサルのギターソロがとてもいい感じを出している。

フランスのみの発売なので、日本店頭ではなかなかお目にかかれないが、米国や英国のアマゾンなどで購入可能。これ1曲のみの目当てとなるが、この曲が好きな人にはお勧め盤だ。


C68  Liberty ! (1997) [Mark O'Connor]   Sony Classical


C68 Liberty !

Mark O'Connor: Violin
James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar
Russ Barenberg: Guitar
John Jarvis: Keyboards
John Mock: Penny Whistle, Low Whistle
Glenn Wolf: Bass
Eddie Bayers: Percussion

Mark O'Connor: Producer

1. Johnny Has Gone For A Soldier [Traditional]


アメリカ独立をテーマとした、6回シリーズのドキュメンタリー番組(PBSチャンネルで放送)のサウンドトラック。マーク・オコナー(MO)はアトランタ五輪の閉会式の音楽「Olympic Reel」などで評判を取っていたところへ、本作の依頼があり、アメリカ音楽のルーツを掘り下げたという。ここではクラシック、トラッド、アパラチアン・フィドル・テューンなど幅広い音楽が収められ、クラシック界のスター、ヨーヨー・マ(チェロ)やジャズ界の名手ウィントン・マルサリス(トランペット)などの豪華ゲストが参加している。

JTが歌う 1.「Johnny Has Gone For A Soldier」は、イギリスとの戦いに行った恋人のために、心を引き裂かれた女性を歌ったアイルランドのトラッドが原曲で、JTとMOの共同アレンジ。哀愁あるメロディーと憂いのある歌詞が切なく、控えめで端正なバックもいい感じで、JTのボーカルのメランコリーな響きが印象に残る曲。ピーター・ポール・アンド・マリーが1963年に発表したアルバム「Moving」に収録されていた「Gone The Rainbow」は、本曲と同じルーツの作品だ。その歌詞の一節は、「Shule, shule, shule-a-roo, Shule-a-rak-shak, shule-a-ba-ba-coo. When I saw my sally babby beal, Come bibble in the boo shy lorey.  Here I sit on buttermilk hill; Who could blame me, cry my fill; Every tear would turn a mill, Johnnys gone for a soldier.」というもので、「シューリ、シューリ、シューワールー、シューワー・ラック・シャック、シュラ・ババ・クー」という節回しが印象に残る歌だった。


ヨーヨー・マ、エドガー・メイヤーと共演した「Appalachia Waltz」1995に続き、ソニーのクラシック部門から発売された。他の曲では、ラス・バレンバーグのフラット・ピック・スタイルのギターが冴える「Soldier's Joy」や「Devil's Dream」などのフィドル・テューンが楽しい。

[2008年1月20日追記]
このCDには「CD Extra」というマルチメディア・ファイルが付いている。しかし私のPCで開くことができず、ずっと諦めていたのですが、今般久しぶりに試してみたら、何と!うまく開けたのです。10年ぶりに観ることができた感動!

内容は、1.「Johnny Has Gone For A Soldier」の (1)プロモ・ビデオ、(2)スタジオ・セッション風景、(3)録音時の写真。(1)プロモ・ビデオは、ニューイングランド風の古い馬屋(倉庫?)のなかで、楽器を持った二人が向かい合って演奏する風景で、まわりを取り囲む豊かな緑の美しさが目に残る。なおこの映像は、インターネット(ヤフー・ミュージック・ビデオ)で観ることもできる。(2)はスタジオでのリハーサル、録音風景で、二人がアンサンブルについて議論しながら曲を組み立てる様を観ることができる。(3)については、1.のみでなく、ウィントン・マルサリスやヨーヨー・マなど他のゲスト・ミュージシャンの写真もある。

メニューのデザインなどのアートワークがとても綺
麗だ。


C69  Tomboy Bride (1998) [Sally Taylor]   Blue Elbow 

C69 Tomboy Bride

Sally Taylor: Vocal
James Taylor: Acoustic Guitar

1. Unsung Dance




JTとカーリー・サイモンとの間に生まれた娘、サラ・マリア・テイラーは1974年生まれ。同年のカーリ・サイモンのアルバム「Hot Cakes」C14のジャケット写真のお腹の中にいたのが彼女だ。JTの「Gorilla」1975 A7 で歌われた「Sarah Maria」、「JT」1977 A9の「Smiling Face」は彼女の事を歌ったもの。「In Harmony」の「Jelly Man Kelly」1980 B13 では、彼女の名前が作詞者としてクレジットされている。ウェブサイトの写真などから見て元気いっぱいのお転婆娘だったようだ。1982年の両親離婚の際はいろいろ苦労したものと思われるが、すくすくと成長し健康的な感じの女性になった。1990年代には父親のコンサートツアーに同行して、バックコーラスを担当しながら各地を回ったらしい。1997年のヨーロッパ・ツアーの最中に、イタリアのテレビに出演した際のビデオが出回っており、そこでは「You Can Close Your Eyes」をデュエットで歌っているのが微笑ましい。写真で見るとおり、じっと見つめる目は父親そのものだが、笑うと母親譲りの大きな口になる。これだけ両親に等分に似ている子供も珍しいだろう。

本作はコロラド州の山の中で録音したもので、よく耳を澄ますとコオロギの鳴き声が聞こえるはずという。親しい仲間のミュージシャンとの録音で、多少素人臭い感じもするが、彼女の初々しい魅力が何者にも勝っている。 最後に歌われる1.「Unsung Dance」は、ヒドゥン・トラックとしてジャケットの曲目には入っていないが、中の歌詞カードにはちゃんと掲載されている。子供時代の彼女の声の録音から始まり、「ハイ! 私はサリー・テイラーよ。ひざまずいて謝りなさい。ほら、言っているでしょ! 黙ってやりなさい」という何とも腕白な内容だ。そして彼女の掛け声の後にJTがギターを弾き出す。本作の中でも特に印象的な曲で、彼女のボーカルは決して上手くはないけど、とても魅力的。JTのギターもいつものアルペジオ主体の伴奏とちょっと異なる感じで大変面白い。

自主制作盤なので、アマゾンなどの大手オンラインショップには置いていないようだが、彼女のウェブサイト(www.sallytaylor.com)から購入できた。その後2枚のCDを製作、2000年代は母親のカーリー・サイモンと共演していたが、現在は慈善家としての活動が中心のようだ。


C70  Brand New Day (1999) [Sting]   A&M


C70 Brand New Day

Sting: Vocal, Bass
James Taylor
Kipper or Jason Robello: Keyboards
Dominic Miller: Guitar
Manu Katche or Vinnie Colaiuta: Drums
B.J. Cole: Pedal Steel Guitar

1. Fill Her Up


スティングについては、説明不要。彼はJTよりも3歳若い1951年生まれなのだが、JTのメジャー・デビューが1968年(20歳)だったのに対し、彼のバンドであるポリスのデビューは10年後の1978年(27歳)だった。彼は、インタビューで無名時代のアイドルがJTだったと語っている。

JTと共演した1.「Fill Her Up」は、とても面白い構成の曲だ。まずニューウェイブ・カントリーといったサウンドでスタート、売れっ子セッションマンのB.J. Coleのペダル・スティールが鋭い。ストーリーのある歌詞で、スティングはガソリン・スタンドの店員。そこに隣に美女をはべらした成金男(JT)が豪華な車で乗り付け、「満タン!これから彼女とヴェガスで結婚するのさ」と言う。スティングは「いつかは俺も」と思うが、金なし希望なしだ。そこでボスが寝ているのをいいことに事務所の金に手を付けてしまう。スローテンポになり、良心の声が聞こえて、ゴスペル調のコーラスが湧き起こり、精神が高揚して改悛の心と、愛を称える壮大なサウンドとなる。コーラスが終わると、アップテンポのジャズ調のインストメンタルとなり、ギター、ベース、ドラムスが急速のリズムを刻み、ピアノがソロを取り、フェイドアウトする。以上とても変わった展開の曲で、風変わりであるが何とも言えぬ魅力がある。成金役のJTが、何時にない軽薄な声を出しているのが面白い。

その他、ジャズ調あり、中近東の歌姫と共演したワールド・ミュージック調の曲もあり、スティングらしいサウンドで聴き応え十分だ。スティングとJTは、ステー
ジで時々共演しており、本曲のライブ版、「Knock On Wood」や「You Can Close Your Eyes」のデュエット音源がある。


C71  Sailing To Philadelphia (2000) [Mark Knopfler]   Mercury


C71 Sailing To Philadelphia


Mark Knopfler: Vocal, Guitar
James Taylor: Vocal
Richard Bennett: Guitar
Jim Cox, Guy Fletcher: Keyboards
Glenn Worf: Bass
Chad Cromwell: Drums

1. Sailing To Philadelphia


マーク・ノップラー(MN)は1949年スコットランド生まれ。1978年ダイアー・ストレイツを率いて、同名のアルバムでレコードデビューを果たす。そこからは「Sultans Of Swing」が全米4位、全英8位とヒットした。ボブ・ディランのようなボーカルとサウンド、フィンガー・ピッキングによる達者なエレキギターが印象的だった。その後の代表作はナショナルのスティール・ボディーのギターが写ったジャケット写真が目印の「Brothers In Arms」1985年で、「Money For Nothing」が全米1位、全英4位と大ヒットした。

1995年にグループを解消してソロに専念した後、4枚目のアルバムが本作だ。タイトル曲 1.「Sailing To Philadelphia」は、18世紀のイギリス人測量技師ジェレマイア・ディクソンと、チャールズ・メイソンのことを歌っている。まずディクソン役のMNがしわがれ声で1ヴァース歌う。次にメイソン役のJTが歌い、コーラスでは合唱になる。現実的なディクソンに対し、理想主義のメイソンの考えが対照的で、二人が踏破したメリーランド州とペンシルヴァニア州の州境となるメイソン・ディクソン・ライン(南部と北部の境界で、南北戦争後も現在に至るまで、この境を越えると人種差別の風潮が強くなると言われる。アメリカ人にとっては重い意味を持つ名前だ)の事を歌うにいたり、アメリカの光と影を歌っていることが分かる。淡々とした演奏だが、渋い感じのいい曲だ。

全体的に難解な歌が多く、MNのギターも抑え目で、派手さに欠ける気がするが、芸術的なレベルは高いと思う。