A1 James Taylor (1968)  Apple


A1 James Taylor








James Taylor: Vocal, Acoustic & Electric Guitar, Percussion (1)
Mick Wayne: Guitar (7)
Don Schinn: Harpsichord (1,5), Organ (1), Electric Piano (8)
Freddie Redd: Organ (7)
Louis Cennamo: Bass (1,2,3,5,8,9,10)
Paul McCartney: Bass (7)
Bishop O'Brien: Drums (2,3,5,7,8,9,10,11)
Peter Asher: Back Vocal (1,7,10), Percussion (1,7)
Skaila Kanga: Harp (4,11)
Richard Hewson: Strings, Brass And Orchestra Arragement (2,3,4,7,8,9,11,12)

Peter Asher: Producer

[Side A]
1. Don't Talk Now
 Link: Greensleeves [Arranged And Played By James Taylor]
2. Something's Wrong  B1
 Link: [Arranged By Richard Hewson, Played By Aeolian Strings Quartet]
3. Knocking 'Round The Zoo  B1 B1
4. Sunshine Sunshine  A1
 Link: [Arranged By Richard Hewson, Played By Skaila Kanga (Harp)]
5. Taking It In
 Link: [Arranged And Played By Don Schinn]
6. Something In The Way She Moves  A15 B3 B10 B18 B41 E5 E14 E15

[Side B]
7. Carolina In My Mind  A1A15 B3 B10 B16 B22 B25 B26 B41 B46 E1 E5 E10 E14 E15 E25
8. Brighten Your Night With My Day  B1
 Link: [Arranged And Conducted By Richard Hewson]
9. Night Owl   B1 C7
 Link: [Arranged And Played By Bishop O'Brien, James Taylor, Peter Asher (Persussion)
10. Rainy Day Man  A10 B1
11. Circle Round The Sun [Traditional]
 Link: [Arranged And Conducted By Richard Hewson]
12. The Blues Is Just A Bad Dream

1968年 7〜10月録音 Trident Studios, London
発売:1968年12月(イギリス)、1969年 2月(アメリカ)

レコードは見開きジャケット。レコード盤及びCD盤の両方に、JT自筆による歌詞付き


[2010 Reissue Bonus Track]
James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar
Danny Koortchmer : Electric Guitar (1,2)
Charles Larkey : Bass (1,2)
Bishop O'Brien : Drums (1,2)

13. Sunny Skies  A2
14. Let Me Ride  
A3
15. Sunshine Sunshine  
A1
16. Carolina In My Mind
A1 A15 B3 B10 B16 B22 B25 B26 B41 B46 E1 E5 E10 E14 E15 E25

1969年春 Crystal Sound, Los Angeles (13, 14)
1968年夏 London
発売:2010年10月

写真上は日本盤レコード、写真中はレコード盤の帯。
写真下は2010年のリイシュー盤


ザ・ビートルズのレコード会社アップルから発売されたデビュー盤。フライング・マシーンのレコード発売 B1に失敗して麻薬中毒で入院したJTは、回復後イギリスに渡る。そこで現地のフォークシーンと接触しながら、デモテープを製作しチャンスを伺っていたところ、ダニー・クーチの紹介で、当時アップルレコードのスタッフだったピーター・アッシャーと面接することになる。彼は、Peter And Gordonというグループで1960年代中盤に活躍(彼らの米国ツアーの際にダニーがバックを担当した縁があったとのこと)。一時期ポール・マッカートニーが婚約していた女優のジェーン・アッシャーの弟(兄かな?)だったこともあり、ビートルズとの縁が深く、ヒット曲「A World Without Love」(1964年全英1位)もレノン/マッカートニー作だった。JTの演奏を聴いたピーターは早速ポールに紹介、オーディションに立ち会ったポールが気に入り、JTはアップル最初の契約アーティストとなった。

JTとピーターは、早速ミュージシャンを集め、アルバムの製作にかかったが、当時はビートルズが2枚組の「White Album」を録音していた時代。凝ったアレンジやアルバムのトータル性がもてはやされていた頃で、本作についてもポップなアルバムにするために、アレンジャーにリチャード・ホーソン(アップルから大ヒットしたメリー・ホプキンの「悲しき天使」を手がけた人)を採用し、曲間にリンクを入れた構成にした。また大半の曲にはストリングスやブラス・セクションが挿入され、ハープシコードやハープを使用した所謂「凝った作り」になっている。弾き語りや少人数のバンドによるシンプルなスタイルが持ち味のJTには合うはずはなく、オーバー・プロデュースが本作最大の問題となった。リンクやバックのアレンジの多くに必然性が感じられず、曲の「間」を消してしまう邪魔な存在にさえなっている。またアレンジそのものがチープな出来で、かなり古臭いサウンドなのだ。とはいえ、いい曲がそこそこあるので聴き応えはあるぞ。

1. 「Don't Talk Now」は、アコギとハープシコード、パーカッションとバックコーラス主体によるゴスペル調のアレンジ。エンディングにはJTによる珍しいエレキギターのソロが聞こえる。続くリンクはJTのギターソロによる「Greensleeves」。少しブルージーなアレンジがいかしているが、あっと言う間に終わってしまい残念だ。当時コンサートで弾いていたバージョンは、これよりも演奏時間が長く、お馴染みのメロディーをいろいろなパターンに展開している。2.「Something's Wrong」では、JTのアコギとベース、ドラムのリズムセクションに弦楽四重奏とオーボエ、バスーンが絡む。ここでのアレンジは悪くはない。ドラムスはフライング・マシーンで一緒だったジョエル・オブライエンだ。彼はその後もダニー・クーチのジョー・ママのメンバーとして、JTやキャロル・キングのレコーディングやコンサートツアーに参加、その後もセッション・ミュージシャン、音楽教師として活躍していたが2004年に他界した。続く弦楽四重奏のリンクは何だか野暮ったい感じ。

3.「Knocking 'Round The Zoo」は最初の1コーラスはJTのギターを中心としたバンド演奏でいい出来だが、オーバーなアレンジのブラスが入ってくると、ちょっとずれた感じになる。4.「Sunshine Sunshine」は、最初は弦楽四重奏とハープの伴奏のみで歌われ、途中からJTのアコギが加わる瞬間はスリリングな魅力がある。続くリンクはハープのソロで、どうってことはない。5.「Taking It In」は本作のなかでも出来のよい曲だと思う。チェンバロの音が少し耳障りだけど、曲の良さが勝っている。 チェンバロのリンクは綺麗なメロディーで、次曲の序章として効果的。6.「Something In The Way She Moves」は本作で唯一のアコギ1本の弾き語りで、文句なしのベストの出来だ。その後も初期の代表作のひとつとして現在に至るまでステージの愛奏曲となっている。この曲を聴いたジョージ・ハリソンが、タイトルにある歌詞の1節を使って「Something」を書いたのは有名な話。

レコード盤ではB面となり、ヨーロッパ滞在中に故郷のノースキャロライナへの思いを歌った代表曲7.「Carolina In My Mind」が始まる。ここでのバージョンは通常よりもテンポが速く、JTの歌もセカセカしているように感じる。バックコーラスは女性のように聞こえるが、ピーター・アッシャーとJTによるもの。クレジットにはないが、ジョージ・ハリソンも参加していたそうだ。後半から加わるストリングスは余計な装飾品。エンディングのJTのボーカルのリフはその後のバージョンにはないパターンだ。ここでの売り物はポール・マッカートニーのベースだろう。本曲はシングルカットされたがヒットせず、1970年に「Fire And Rain」が大ヒットした後に再発売され、67位まで上昇した。リンクなしに始まる8.「Brighten Your Night With My Day」もブラスの伴奏がなければと思ってしまう。曲の持つシンプルな美しさを台無しにしているのだ。つづくブラスセクションの演奏によるリンクも最悪。一方で9.「Night Owl」でのブラスの演奏が効果的なのは、曲の持つR&B的な雰囲気だろう。ここではJTがエレキギターを演奏しているが、B1のダニー・クーチの方がずっと良いのはしようがないか。続くリンクはパーカッションによる何でもない断片。

10.「Rainy Day Man」はアレンジがシンプルで、本作のなかではよい出来。他のバージョンに比べて、エンディングが少し変わっている。11. 「Circle Round The Sun」は、ジョン・レンボーン、レオ・コッケ、グレートフル・デッドなどがカバーするトラディショナルで、ブラス・セクションとハープ、フルートなどが加わったオーケストラをバックに歌われ、少し安っぽい演奏だけど、とてもいい雰囲気だ。後半からドラムスとギターが加わり盛り上がりを見せる。続くリンクも古臭く無用の長物。12.「The Blues Is Just A Bad Dream」はA2の「Steamroller」とならび唯2曲のストレートなブルースで、達者なギター演奏が楽しめる。後半から入るストリングは、ブルージーなサウンドで、サイケデリックな効果が出た。

全体的に言えることだが、JTのボーカルは他の作品と比べると、心そこにあらずといった感じがする。録音中に再び始めたというヘロインのためだろう。本作収録曲1,2,4,5,6,7,8,10,11につき、当時録音されたライブハウスでの弾き語りのほうがずっといい出来だ。以上のとおり散々悪口をいったが、本作は記念すべきデビューアルバムであり、そのサウンドは当時のイギリスのミュージック・シーンを体現していたという意味では、その時代を感じることができ、曲の良さもあって聴くに値する作品と言える。アルバム発売当時は、彼がアメリカに帰国していたこともあって、プロモーション活動が行われず、ほとんど売れなかったという。その後はアップル・レコードの内紛が発生し、その混乱のなかで契約を解消。アメリカでアルバムを製作して勝負を賭けることとなる。

参加ミュージシャンについて述べよう。ベースのLouis Cennamoは、その後元ヤードバーズのキース・レルフ率いるフォークロック・グループ、ルネッサンスのメンバーとなり、アル・ステュアートのレコーディングにも参加した。ギタリストのミック・ウェインはデビッド・ボウイのグループで活躍。アレンジャーのリチャード・ホウソンは、上記のメリー・ホプキンの他、ビートルズのアルバム、「レット・イット・ビー」のオーケストレイションを担当した他、ポール・マッカ-トニー1973年の大ヒット「My Love」も担当した。。その後もクリフ・リチャード、カーリー・サイモン、アル・ステュワート、スーパトランプなどのアレンジで手腕を発揮し、ビートルズのジョージ・マーチン、エルトン・ジョンのポール・バックマスターと共に、クラシカルな教養を持ったアレンジャ−として認められた。上記のとおり、アレンジにつきいろいろと悪口を述べたが、時代がなす業であるとして割り引かなくてはいけないと思います。

なお1991年に発売されたCD盤の解説によると、アップルレコード所有のテープに「Fire And Rain」の初期バージョン(女性のゴスペルコーラス付き!)や「Carolina In My Mind」のデモなどがあるそうだが、それらはまだ日の目を見ていない。JTは未発表曲が入ったボックスセットや、過去のアルバムの復刻の際に別テイクやデモ・バージョンをボーナス・トラックとして発表していない数少ない大物アーティストの一人で、ボックスセットは私の残りの人生のお楽しみのひとつだ。

[2010年12月追記]
2010年秋にアップル・レコードの作品群のリマスター、紙ジャケットによるリイシューが発売され、JTのアルバムについては、4曲のデモがボーナストラックとして収録された。13.「Sunny Skies」と14.「Let Me Ride」は、1969年春にロスアンゼルスで録音されたもので、当時はアップル・レコードで2枚目のアルバムを製作しようという前提があったものと思われる。バックはジョーママの連中が担当。13.「Sunny Skies」は、JTのアコギを中心とした演奏によるA2とアレンジがかなり異なり、ギター、ベース、ドラムス前面に出た演奏、かつバックコーラス付きで、よりポップなサウンド作りになっている。14.「Let Me Ride」は、エレキギターによる裏拍のリズムと、ダニーのギターソロが印象的なアレンジ。15.「Sunshine, Sunshine」はギター1本による弾き語りで、弦楽4重奏とハープの伴奏がついた公式録音より、こちらのほうが良いと思う。16.「Carolina In My Mind」も同様で、オーバープロデュース気味のオリジナル録音よりも、シンプルでで味わい深いこちらの方が断然良い出来だ。当時の流行でレコード会社が、JTをフォークではなくポップとして売り出そうとした背景があったのは明らかなので、それはそれでしようがなかったのかな?

[2023年7月追記]
ダニー・クーチとピーター・アッシャーの縁について追記しました。


A2 Sweet Baby James (1970)  Warner


A2 Sweet Baby James





James Taylor: Vocal, Guitar
Danny Kootch: Guitar (2,4,10,11)
Carole King : Piano (1,5,7,8,9,11)
Russ Kunkel: Drums (1,3,4,5,7,8,9,11)
Randy Meisner: Bass (4,5,8,11)
Bobby West: Bowed Bass (7)
John London: Bass (9)
Red Rhodes: Steel Guitar (1,9)
Chris Darrow: Fiddle (9)
Jack Bielan: Brass Arragement

Peter Asher: Producer

[Side A]
1. Sweet Baby James  A15 B3 B5 E1 E4 E5 E7 E10 E14 E15 E17
2. Lo And Behold
3. Sunny Skies  A1 B15
4. Steamroller  A15 B10 E1 E5 E8 E10 E11 E14
5. Country Road  A15 B6 E7 E14 E15 E25
6. Oh, Susannah [Stephen Foster]

[Side B]
7. Fire And Rain  A15 B3 B5 B16 B40 B41 E1 E4 E5 E7 E8 E10 E13 E14 E15 E17 E21 E25
8. Blossom  B3 E1 E15
9. Anywhere Like Heaven
10. Oh, Baby, Don't You Loose Your Lip On Me
11. Suite For 20G  B2

1970年2月発売
全米アルバムチャート3位

注)左上写真は初期形ジャケット(右上のタイトル部分に注意)


低予算で作られたアルバムながら、70年代のシンガー・アンド・ソングライター時代を代表する作品となった。彼の音楽を愛するバック・ミュージシャンとの心の絆がはっきり感じられ、シンプルなプロデュースがJTの持ち味とピッタリ合っっている。JTが音楽を始めるきっかけとなった学生時代からの友人、ダニー・クーチがきっちりサポートし、以前に彼とザ・シティーというグループでアルバムを製作したキャロル・キングがピアノを担当しているので、孤軍奮闘だった前作とは比べ物にならない強力な布陣だ。ご存知キャロル・キングはニューヨーク生まれで、60年代初めからソングライターとして大活躍、沢山のヒット曲を輩出した人だ。当時は作曲家からシンガーへの転進を図っていた頃で、舞台恐怖症のためにソロでやってゆく自信がなかったという。ダニーの紹介でJTと知り合い、彼のバンドでピアノを弾きながらツアーやレコーディングをこなし、ステージでゲストとして歌いながら、本格的なソロ活動の準備をしていたようだ。

1.「Sweet Baby James」は、同名の甥(兄のアレックスの子供)のために書いたララバイで、ワルツのリズムで歌われる。カウボーイ・ソングのようなカントリー・フィーリングを持ちながら、都会的なセンスがしっかり同居している。現在もなおステージ曲の常連であり、永遠にあせることのない名曲。本作は曲毎のクレジットがないので、ベースについて誰が演奏しているか明らかでないが、その後発売されたベスト盤 B43 の表示で、この曲のベーシストはジョン・ロンドンであることが判明した。本作から最初にシングルカットされたが、ヒットしなかった。2.「Lo And Behold」はゴスペル調の曲で、バックコーラスはJT本人の多重録音と思われる。ギターの伴奏で淡々と歌われる。3.「Sunny Skies」はスウィング調のリズムギターに乗せて歌われる、からっとした感じの曲だが、明るいメロディーに対して孤独感が漂う歌詞が印象的。

初期のステージでは自身のブルースギターで歌われる 4.「Steamroller」は、ここではブラスセクションを加えた派手なR&Bになっている。「ロードローラーで、お前をペチャンコにしちゃうぞ」という歌詞はユーモアと機知に満ちている。その後ステージで様々な工夫を凝らして演奏されるようになったため、このオリジナル・バージョンを聴いていると、なんだか大人しく硬い感じがしてしまう。ちなみにエルヴィス・プレスリーによるこの曲のカバーがシングルヒット(1973年 全米17位) した。放浪への執着がテーマの5.「Country Road」はイントロのアコギのリフが印象的な名曲で、当時発売されたシングル盤 B6 とは別録音。アルバム・バージョンは、テンポが遅く、後半の「アー」というD調のコーラスが入っていない。ここでのベースはポコ、その後イーグルスに加入するランディー・マイズナー。ステファン・フォスターの名作 6.「Oh, Susannah」のカバーでは、JTのアコギの多重録音(あるいはダニーとの2重奏?)の導入部から始まり、アルペジオの弾き語りで歌われる。セコンド・ヴァースではジャズ調のコードとリズムに展開され、モダンなアレンジとなる。こういうトラディショナルを現代に蘇らせることが彼の音楽スタイルのベースのひとつとなってゆく。当時ジョニー・キャッシュのテレビ番組にゲスト出演した際に、彼と一緒にこの曲を歌った映像が残されている。

代表作 7.「Fire And Rain」の意味には諸説があるが、以前いた精神病院で知り合ったスザンヌという女性が自殺したことがきっかけであるようだ。彼の人生の中でかなり苦しかった時期に書かれたもので、彼女の死を知らされた時の心境、自己の挫折の体験がストレートに語られ、聴く者の心を打つ。1.に続きシングル・カットされ、全米3位のヒットとなったが、ギルバート・オサリバンの「Alone Again」と並んで「最も暗いヒット曲」の筆頭だろう。ここでもJTのギターが素晴らしく、当時のギター小僧が競って弾いたものだ。ボビー・ウエストによるダブルベースの弓弾きの重低音が効果的で、キャロル・キングのピアノ、ラス・カンケルのドラムスも力強い。8.「Blossom」はギターとピアノの絡みが美しい曲で、アルペジオを弾きながら低音を変化させてゆく彼独自のギタースタイルが如実に出ている。エンディングはお得意の「ラララ.....」で締めくくる。ニューヨークを歌ったという 9.「Anywhere Like Heaven」はカントリー調の曲で、スティール・ギターの名手レッド・ローズの演奏が大きくフィーチャーされている。10.「Oh, Baby, Don't You Loose Your Lip On Me」はダニー・クーチとの2台のギターによる即興演奏風の小品ブルース曲で、通常はソフトに歌うJTの意外な面、抑制の効いた絶妙のR&B歌唱が楽しめる。11.「Suite For 20G」は最後に作った曲で、いくつかの曲の断片をつなぎ合わせて組曲風にしたものという。その曲名は、本作を完成させると2万ドル(1Gは千のこと)をもらえる契約になっていたことに由来する。本作の中では唯一ロック調で、ブラスセクションそしてダニー・クーチのエレキギターが頑張っている。ちなみにこの曲のシングル(「Sweet Baby James」のB面 B2参照)は、モノラル・ミックスで、ダニー・クーチのギター等で、LPバージョンでは聴こえない音が入っている。

曲毎のパーソナルの表示がないので、後にベスト盤に収録された際にて明らかになった曲を除き、誰がどの曲で弾いているのか不明であるが、ジョン・ロンドンは70年代にモンキーズ、マイケル・ネスミス、ニッティー・グリッティー・ダート・バンドの作品に参加していた人で、ボブ・ウエストはモンキーズからフランク・ザッパ、エラ・フィッツジェラルドまで幅広いミュージシャンのセッションに参加したベーシストだ。フィドルのクリス・ダーロウは、ギター、マンドリンもこなすマルチ奏者で、デビッド・リンドレイとのバンド、カレイドスコープや、ニッティー・グリッティー・ダート・バンドのメンバーだったほか、ジョン・スチュアートなどの作品に参加している。カントリー音楽界が本拠地であるレッド・ローズもマイケル・ネスミスの作品に多く参加しており、本作のバック・ミュージシャンはその系統の人が多いようだ。

この作品のジャケットは、7.「Fire And Rain」や 5.「Country Road」がヒットした後に、「Contains Fire And Rain And Country Road」という副題がつけられたものに差し替えられ、後に発売されたCD盤も後者のものを使用している。神経質そうなJTの大きな瞳がとても印象的なポートレート型ジャケットの傑作のひとつだ。またLP盤にはJT自筆による歌詞カードが入っていた(日本盤は活字による普通の歌詞カードになっていた)。発売から35年、数え切れないほど聴いた永遠の愛聴盤だ。最初はワーナーパイオニアから出た日本盤レコードを買い、音質とジャケットの印刷が気に食わなかったので米国盤を買い、その後バージョン違いのジャケットで1枚買い、そしてCD盤を買ったので、同じ作品は買わない主義の私ですが、本作に関しては我が家に沢山あります。

[2022年12月追記]
本アルバムには曲毎のクレジット表示がないため、ベース奏者の場合3人いるので、誰が弾いているか分からなかったが、2019年で発売されたワーナー・ブラザース時代のアルバムを収めた6CDセット「Waner Brothers Albums」では、明らかになっているそうです(情報提供ありがとうございます)。私はワーナーのアルバムについては、既にレコードとCDの両方を持っており、未発表曲や別テイクが入っていない同セットを購入するのは、ちょっと無理なので、すみませんが上記のままとします。

[2024年1月追記]
2019年発売の「Waner Brothers Albums 1970-1976」の資料が入手できました。そこには曲毎のパーソナルの記述がありましたので、上記のとおり追記しました。


A3 Mud Slide Slim And The Blue Horizon (1971)  Warner


A3 Mud Slide Slim And The Blue Horizon

James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar (3,12以外), Piano (3,12)
Danny Kootch: Electric Guitar (1,3,6,11), Acoustic Guitar (2,9), Percussion (1,2,9,10,11)
Carole King : Piano (1,4,5,6,7,10,12), Back Vocal (6)
Kevin Kelly: Piano (11), Accordion (3)
Russ Kunkel: Drums (8,13以外), Percussion (1,2,6,9,11)
Leland Sklar: Bass (8,13以外) 
John Hartford: Banjo (4)
Richard Green: Fiddle (4)
Peter Asher: Percussion (1), Back Vocal (9,12)
Joni Mitchell: Back Vocal (1,2,10)
Kate Taylor: Back Vocal (6,11,12)
Gale Haness: Back Vocal (6)
Wayne Jackson, Andrew Love, Memphis Horn: Horns (1,11)

Peter Asher: Producer

[Side A]
1. Love Has Brought Me Around
2. You've Got A Friend  [Carole King]  A15 B16 C3 C4 E7 E8 E10 E13 E14 E15
3. Places In My Past
4. Riding On The Railroad  A15 B3 B8
5. Soldiers
6. Mud Slide Slim

[Side B]
7. Hey Mister, That's Me Up On The Jukebox
8. You Can Close Your Eyes  B3 B4 E4 E7 E8 E10 E14 E15
9. Machine Gun Kelly  [Danny Kortchmar]  C98 E15
10. Long Ago And Far Away  B16 E1
11. Let Me Ride A1 
12. Highway Song  
13. Isn't It Nice To Be Home Again

1971年4月発売
全米アルバムチャート2位

見開きジャケット、内部は歌詞と演奏者のリストが掲載


前作の大成功により多忙となったJTが、コンサートや宣伝活動のストレスの中で製作したアルバムは、初期作品の残りとバックバンドとのツアーの共同生活の中で作られた曲が交じり合って、影と光が錯綜したリラックスしたムードのものとなった。

1. 「Love Has Brought Me Around」は当時のバックバンドとの演奏で、ベースのリーランド・スクラーは本作からの参加だ。前向きな愛を歌う、彼としては楽観的な曲で、ホーンがフューチャーされ、ダニークーチのギター・ソロが張り切っている。当時の英BBCテレビ出演では後半のバンド・セットで、ロックスターのような派手なジャケットを羽織って演奏していた。2. 「You've Got A Friend」はいわずと知れたキャロル・キングの大名曲。ロスアンゼルスのトルバトゥール・クラブにおける彼女の弾き語りのライブでこの曲を聴いたJTが感激して、どんなに気に入ったかを話したところ、彼女が「じゃ貴方にあげるわ」と言ったのは有名な話。キャロル・キングの海賊版「Fit For A King」で、その演奏を聴くことができる。ここでは何故かキャロルのピアノは参加せず、JTとダニーのアコギ2本による演奏がお手本のように素晴らしく、当時の恋人ジョニ・ミッチェルのバックボーカルが微笑ましい。このシングルが見事に全米1位(71年6月)となり、アルバム「Tapestry」を発表したキャロルの大成功が保障された。3.「Places In My Past」は珍しいJTのピアノの弾き語りで、訥々とした演奏が過去の友人への不義理を侘びる誠実な歌の内容によく合っている。

4.「Riding On The Railroad」は映画「Two-Lane Blacktop」 (1971 邦題:「断絶」)の撮影中に書いたもの。映画は私的レースをやりながら金を稼ぐストリート・ドライバーを描いている。ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンや個性派俳優ウォーレン・オーツ等との撮影は、あまり楽しい経験ではなかったらしい。本曲のライブ・バージョンが収録された B7 では演奏前にこの事が長々と語られている。バンジョーを演奏しているジョン・ハートフォード(1937-2001)は、カントリー界で独自の地位を占めた才能溢れるパフォーマー。リチャード・グリーンはブルーグラスやロックで活躍したフィドル・プレイヤーで、デビッド・グリスマンやジェリー・ガルシアなどとの付き合いで、当時この楽器ではトップのプレイヤーだった。個人的にはロギンス・アンド・メッシーナのバックが印象的だった。5.「Soldiers」は戦争で傷ついた兵士達のことを歌った短い歌で、彼らしい控えめな反戦歌だ。6.「Mud Slide Slim」のタイトルは、ツアーのハード・スケジュールの中でなるべくナンセンスでカッコイイ語呂合わせの言葉作りに熱中していた際にできたものをタイトルにした作品で、ラテン調のリズムによるジャムセッションのようなリラックスした出来上がり。当時彼がマーサ・ヴィンヤード島に建設していた家(本作のジャケットの裏面にイラストが載っている)の事、そこでの憧れの生活が歌われている。キャロルやダニーのソロに加えて、珍しくJTがアコギでソロを披露するのが面白い。ピアノのキャロル・キング、妹のケイト・テイラー、ジョー・ママのボーカリストで、JTの初期のツアーにも同行し、ダニーの2番目の奥さんにもなった(その後離婚)ゲイル・ハーネスが、バックボーカルを担当している。

7.「Hey Mister, That's Me Up On The Jukebox」は当時のJTの心情を歌っていて、成功により生活が一変した戸惑いと、音楽に対する個人的な愛好とビジネスとの狭間で悩む姿が語られている。リンダ・ロンシュタットが C18でカバーしている。8. 「You Can Close Your Eyes」は本作の中では比較的初期のレパートリーで、JTの弾き語りによるララバイだ。現在に至るまでコンサートで歌い続けられているラストナンバーの定番曲。ジョニ・ミッチェル、娘のサリー・テイラー、スティング、息子のヘンリー・テイラーなど、ゲストとのデュエットでも演奏されている。9. 「Machine Gun Kelly」はダニー・クーチの曲で、彼のグループのアルバム「Jo Mama」に収録されている。ここではJTとダニーの二人のアコギとリズム・セクションによる軽快な演奏で、当時離婚問題で悩んでいたというダニーがその心境を込めたという、アウトローについてのバラードだ。10.「Long Ago And Far Away」も 8.と同様、初期の雰囲気が残った曲で、切なくほろ苦い青春の思い出が大変美しい歌詞と旋律で歌われる。ジョニのハーモニー・ボーカルがピッタリのはまり役だ。この曲は2.に続きシングルカットされ、全米31位まで上昇した。11.「Let Me Ride」はバンドによるカントリー・ロック風のサウンドだが、他の曲に比べていまひとつ印象が薄い。12. 「Highway Song」はJTの作品のテーマのひとつである放浪への憧れを歌ったもの。ここではピアノを主体とした静かで瞑想的な演奏で、ひんやりとした質感が印象的。兄のアレックステイラーがソロアルバムC7でR&B調にアレンジしてカバーしている。 13.「Isn't It Nice To Be Home Again」はコンサート・ツアーの最中に家(ホーム)への想いを書いたものと思われ、彼のギターのみで演奏される短かい曲。初期のコンサートツアーでは、アンコールの最後に演奏されていた。

JTのなかでは最も売れたアルバムで、曲の良さと、コンサートでも一緒だったバックバンドとのアットホームな雰囲気が大変いいムードを出していた。この作品で確固たる人気を確立し、シンガー・アンド・ソングライターの筆頭的存在と言われるようになった。


A4 One Man Dog (1972)   Warner





James Taylor : Vocal, Acoustic Guitar, Electric Guitar (2,4,18), Bells (11), Chain Saw (15), Hammer and 4 x 8 (15), Autoharp (5)
Danny Kootch : Electric Guitar (1,2,3,4,8,9,11,13,14,15,16,17,18), Acoustic Guitar (5,7,10,12,14), Percussion (1,9)
Craig Doerge : Piano (2,6,7,8,9,10,12,13,14,16,18), Electric Piano (2,3,4,11,15)
Russ Kunkel : Drums (2,3,4,5,8,9,10,13,14,15,16,17,18), Percussion (1,2,3,6,7,8,9,11)]
Leland Sklar : Bass (3,4,5,6,8,9,11,13,14,15,16,17,18), Guitarone (12,17)
Ms. Bobby Hall : Percussion (4,11,18)
John McLaughlin : Acoustic Guitar (11)
Red Rhodes : Steel Guitar (17)
John Hartford : Fiddle, Banjo (17)
Dash Crofts : Mandolin (17)
Peter Asher: Percussion (1)
Michael Brecker : Tenor Sax (8,13,14), Soprano Sax (13), Flute (18)
Randy Brecker : Trumpet (13,18), Piccolo Trumpet (13), Flugel Horn (13)
Barry Rogers : Trombone (13,14,18)
Art Baron : Bass Trombone (13,14,18)
George Bohanon : Trombone (4)
Mark Paletier : Cross Cut Saw (15)

Alex Taylor : Back Vocal (1,9)
Hugh Taylor : Back Vocal (1,9)
Kate Taylor : Back Vocal (1)

Carole King : Back Vocal (1,14,16)
Abigale Haness : Back Vocal (1,14,16)
Carly Simon : Back Vocal (1)
Linda Ronstadt : Harmony Vocal (10)

Recorded by: Robert Appere 2,4,5,10,12
         Peter Asher at James's House 1,3,6,8,9,11,15,16
         Phil Ramone 7,13,14,17,18

Peter Asher: Producer

[Side A]
1. One Man Parade  A5
2. Nobody But You
3. Chili Dog  E14
4. Fool For You  A5
5. Instrumental I
6. New Tune
7. Back On The Street Again [Kortchmar]
8. Don't Let Me Be Lonely Tonight  A15 B16 C67 C74 E1 E5 E8 E25

[Side B]
9. Woh, Don't You Know [Taylor, Kortchmar, Sklar] A5
10. One Morning In May [Bill Keith, Jim Rooney]
11. Instrumental II
12. Someone [John McLaughlin]
13. Hymn
14. Fanfare  A5
15. Little David  A5
16. Mascalito
17. Dance  A5
18. Jig

写真上は、日本盤 (ワーナーパイオニア)のジャケット。
写真下は、米国盤 (後に発売されたCD 下部のタイトルに注目)

1972年11月発売
全米アルバムチャート4位



本作はJTの諸作のなかでも決して評価が高くないが、私にとっては最も愛おしく、JT以外を含む数あるレコードコレクションのなかでも最大の愛聴盤といえるものだ。発売前にFM東京の放送で聴いた時、レコードを購入して初めて針を落とした時の感動は35年経った今でもはっきり覚えている。当時JTは23歳、私は15歳でふたりともませていたなあ(もっとも私は頭の中の概念だけだったけど)。後のベスト盤などに含めるような「名曲」は1,8 しかなく、全体的に小粒で地味な「小品」が大半なのだが、それらが集まった「総体」としての作品の輝きは、私にとっては素晴らしいもので、これまで何度聴いたかわからない位。そしていまだに聴く都度、新しい発見がある。カーリー・サイモンとの婚約・結婚と同時期に製作・発表されたもので、今までの作品にあった孤独と放浪への執着は影を潜め、内から湧き出る光に満ちている。実際は多忙なコンサートツアーや薬物依存のストレスが多かった時期のはずなんだけど、精神的に不安定な状態からは脱出していたようだ。プロデューサーはおなじみピーター・アッシャーで、半数の曲のバックトラックはマーサ・ヴィンヤード島にあるJTの家で録音、あとはフィル・ラモーン(ポール・サイモンのソロアルバムのプロデュースが有名)によるニューヨーク録音、ロバート・アピスによるロスアンジェルスのクローバー・レコーダーズにおける録音(ボーカルはすべてここで録音)というふうに、3ヶ所で行われた。本作では当時のバックバンドだったザ・セクションが全面的に参加。ダニー・クーチ、リー・スクラー、ラス・カンケルは前作でおなじみの人たちで、キーボードのクレイグ・ダーギーが今回初登場。彼は主にジャクソン・ブラウンやクロスビー・アンド・ナッシュのバックを担当していた人で、セクション解散後もずっと彼らと行動を共にしている。彼自身ソングライターで、1973年に発表した「Craig Doerge」というソロアルバムが、一部のファンの間でコレクターズ・アイテムとなり、日本では幻の名盤ブームに乗って1980年に再発された。奥さんはソングライターのジュディ・ヘンスケ。

1.「One Man Parade」は1971年のBBCテレビでの映像では、ブリッジなしの初期形でリー・スクラー(ベース)とラス・カンケル(コンガ)の3人で演奏していた。ギターはシンプルなラテン調のリズムを刻み、孤独な男と彼にしかなつかない犬の事を歌うJTの歌はブルージーでクールだった。本作のバージョンは、コンガとティンパレスのリズムが前面に出たゴキゲンなラテンロックになった。孤独を歌いながらもからっとしていて、内面には光が差している。それをテイラー兄弟(残念ながらリヴィングストンのみ不参加)や、キャロル・キング、アブゲイル・ハーネス、カーリー・サイモンからなる豪華なバックコーラスが暖かく見守るように包み込んでいる。本作では1,8 以外はこじんまりした曲なんだけど、2.「Nobody But You」は演奏時間が2分57秒あり、決して短い曲ばかりではないんだよな。地味と言っても歌詞とメロディーがそこそこ魅力的で、JTとダニーの2台のエレキギターの絡みは聴き応えいっぱいだ。ダニーのソロもメロディックでいい。3.「Chili Dog」は1971年のコンサートツアーで弾き語りで演奏されていた曲で、ここではバンド演奏で、本作全般に言える事なんだけどJTのアコギが非常に凝った演奏。歌詞自体は「チリドッグ」が食べたいというナンセンスで、「アン・ランダース(国民的コラミスト、2002年没)は読まない」、「コロネル・サンダース(ご存知ケンタッキー・フライドチキンの店頭に立っているおじさん)は食べない」「オレンジ・ジュリアス(独自ブレンドのフルーツジュースで成功したフードチェーン)は家に持ってこないで」という歌詞があり、巷の平凡なブランド盲従にたいするシニカルなユーモアが感じられる。

4.「Fool For You」はバックの演奏がファンキーで、シンガー・アンド・ソング・ライターと言うよりも洗練されたブルーアイド・ソウル音楽そのもの。これは本作の全体的なカラーでもある。バックでフカフカしているブラス楽器は、ライ・クーダーのレコードセッションの常連だったジョ−ジ・ボハノンのトロンボーンだ。ダニーのギターソロが楽しめる。5.「Instrumental I」はJTかなでるオートハープ(ボタンやレバーで和音を弾きわけることができる楽器。主にフォーク・ミュージシャンが使っていたが、最近はあまり見かけない)と、アコギが中心の小品。昔のスローなダンス曲のようなメロディーだ。6.「New Tune」は失われた愛を歌った曲で、美しいメロディーではあるが、ちょっとこじんまりし過ぎかな。JTのアコギがよく聞こえる。7.「Back On The Street Again」は彼独特のR&B フィーリングに溢れた曲で、同時にカントリーの匂いがするのが面白い。お馴染みの「ラララ」コーラスが楽しめる。8.「Don't Let Me Be Lonely Tonight」は私にとってJT作品中ベストワンの大傑作曲だ。もう何度聴いただろうか。このメロディー、コード進行、スウィートな歌詞、そして歌・演奏すべてが素晴らしい。ここでの洗練されたメロウなスタイルは、その後ひとつのジャンルを形成したAORの原点と言える。JTのアコギ、ダニーのエレキ・ギターにはジャズ・フィーリングに溢れ、往年のスタンダードのような芳醇な味わいがある。極めつけが当時売り出し中だったサックス奏者、マイケル・ブレッカーのテナー・ソロだ。これはポップス曲におけるサックスの間奏ソロの歴代ベスト5に入るもので、短いながらも完璧な出来だ。この曲はその後もJTのコンサートの常連曲となり、ドン・グロルニック、リトル・フィートのビル・ペイン、クリフォード・カーターなどのキーボード奏者が彼ら独自のソロを披露するのが聴きものだった。なお本曲はシングルカットされ、1972年 2月に全米14位まで上昇した。フランスの女性シンガー、パトリシア・カーズ C67、マイケル・ブレッカー C74というJT参加のカバーもあれば、エリック・クラプトンのカバー(「Reptile」 2001に収録)もある。

9.「Woh, Don't You Know」は珍しいバンドメンバーとの共作。バックのファンキーな演奏、アレックスとヒュー、そしてJTによるテイラー兄弟のバックコーラスが効果的だ。10.「One Morning In May」はバンジョー奏者のビル・キースの名前が作者としてクレジットされているが、もとはイギリスまたはアイルランドのトラッドで、アメリカのアパラチア地方に伝わったものがルーツだ。戦地におけるフィドル弾きの兵隊の恋を描いたバラッドは、アメリカのカントリー音楽風にアレンジされていて、当時大変人気があったリンダ・ロンスタットのバック、および1節ではソロボーカルを聞くことができる。ちょっと固めの彼女の声質がぴったりだ。11.「Instrumental II」はJTによるフィンガーピッキングの独奏から始まる美しいインスト曲。このパートを若い頃コピーしてよく弾いたものだ。JT愛用のギブソンJ-50究極の音が聞ける。ここでもリー・スクラーとダニーの伴奏にぞっこん惚れ込んでしまう。12.「Someone」は当時マイルス・デイビスの傑作「ビッチェーズ・ブリュー」 1969 への参加で名声を博し、マハヴィシュヌ・オーケストラを率いて人気絶頂のジャズ・ギタリスト、ジョン・マクラグリンの作品で、JTの音楽が好きだった彼が自作曲を彼に贈ったところ、JTが大変気に入りレコーディングとなったそうだ。当時宗教に帰依していたジョンらしい、スピリチュアルでストイックな内容の歌詞とメロディーだ。JT、ダニー、ジョンの3本のギターによる演奏で、各人の使用楽器(ギブソン、マーチン、マーク・ホワイトブック)が表記されている。3台の絡みは絶妙で、間奏ではジョン得意の早弾きソロが聴ける。

13.「Hymn」からは18.「Jig」までは組曲のような構成になっている。自分を束縛するものからの解放がメインテーマとなっていて、私自身も聴く都度フラストレーション解消になるのだが、単なる愛や自由などの精神的な事だけではなく、サボテンから作られる向精神薬(幻覚剤)であるメスカリンによる陶酔を表現しているものらしい。当時JTはドラッグに染まっていて、ヘロインやコカインなどのハードドラッグへの依存を止める代わりにメスカリンを常用していたという。日本ではれっきとした「麻薬」なので、ホームページなどに販売広告が載っていますが気をつけましょう。13.「Hymn」は少し固めのメロディーで語られる歌詞が魅力的だ。マイケル・ブレッカー、ランディー・ブレッカーの兄弟とバリー・ロジャースなど、当時「ドリームス」というブラスロックバンドで活躍していたメンバーが参加、分厚い管楽器のアンサンブルを聞くことができる。マイケル・ブレッカーのソプラノサックスが間奏で少しだけ聴ける。ほぼ切れ目なく続く14.「Fanfare」はブラスによるファンファーレから始まり、毎日のルーティンからの解脱を重々しく説く。終盤に入るアビゲイル・ハーネスとキャロル・キングのバックボーカルが天使の賛美歌のように響く。マイケル・ブレッカーのテナー・サックスのソロとオブリガードがフューチャーされる。間髪を置かずに始まる15「Little David」はJT家の建設で使われたチェーン・ソウ(電動式鋸)の効果音から始まる。そしてノコギリ引き、金槌の音がパーカッションとして使われる。バンドの演奏も軽快・軽妙な演奏で、前の曲が重厚だった分、より効果的だ。メドレーのように連続する16.「Mascalito」はアビゲイル・ハーネス、キャロル・キングとJT3人によるコーラス主体の短い曲(29秒)で、「メスカリート」はメスカリンのことを言っているのは明らか。オリジナルのレコード盤にはなかったのだが、再発されたCD盤の曲のクレジットでは、「伴奏者およびバックボーカリストは、この曲の内容を必ずしも支持しているわけではない」というリーガルなオピニオンが付記されているのが面白い。「メスカリートは僕の心を楽にした」という歌詞なので、後年問題になったのだろう。17.「Dance」は本作のなかでも特に印象的な曲で、前曲ですでに精神が解放されているわけなので、高揚感・陶酔感にあふれている。レッド・ローズのスティール・ギター、ジョン・ハートフォードのバンジョーとフィドルいった前作参加のミュージシャンに加えて、シールズ・アンド・クロフツ(名曲「Summer Breeze」1972年で有名な二人組デュオ)のダッシュ・クロフツがマンドリンで参加している。カントリーダンスのフレイバーに満ちた素晴らしい演奏だ。そしてそのまま短いインスト曲18.「Jig」になだれ込んでフィナーレとなる。ここでもブラスセクションががんばっていて、当時シカゴ、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズなどで流行ったジャズをミックスしたブラスロックの風潮を取り込んだスタイルが楽しめる。

本作のジャケット写真はカーリーの弟ピーター・サイモン(現在も写真家、ラジオ放送などの司会で活躍中)で、池に浮かべたボートの上に立つJTのポートレートが個性的な、緑の色調が美しい素晴らしいジャケット・デザインだった。上の写真のようにオリジナル盤は表紙にはタイトルなどの文字表示は一切なかったが、後に発売されたCD盤には下部の波紋の部分にタイトルとアーティスト名が挿入された。当時ワーナーパイオニアから発売されたオリジナル・レコードのジャケット上には、「来日記念盤」(確か1973年の日本初公演)の丸いシールが貼られてしまい、ジャケット写真の趣が台無しになってしまったので、苦労して剥がした記憶がある。中には小倉エージ氏の解説、訳詩付き歌詞カード、曲目のクレジットが記載された濃い肌色のスリーブ(タイトルには「James Taylor And The Section」とある。そして表紙写真と同じセッションで撮影された写真のポスター(ここではJTはボートに腰掛けている)が同封されていた。ジャケット裏面にはJT家におけるレコーディングセッションの模様と、屋根裏に作られた録音設備の前でポーズをとるピーター・アッシャーのポートレートが掲載され、アットホームでいい感じだった。


A5 One Man Dog (1972)  (Quadraphonic Version)   Warner








曲目・パーソナルは上記 A4と同じ。


[A4と演奏が異なるトラック]

1. One Man Parade  A4
4. Fool For You
 A4
9. Woh, Don't You Know  
A4
14. Fanfare  
A4
15. Little David  
A4
17. Dance
 A4


写真上は、米国盤 (Quadraphonic Version)
写真下は、 Quadraphonic 表示部分の拡大写真


1970年代はオーディオの時代で、スピーカー、アンプ、プレイヤーなど高級機材が市場に溢れ、サラリーマンは大枚をはたいて買っていた時代だった。現在の技術の発展により、安いものでもある程度いい音が出るのとは異なり、安かろう悪かろうの時代で、お金をかけると確実に音は良くなった。その頃メーカーが新時代のステレオとして大々的に売り出したが消費者に浸透せず、短期間で姿を消したシステムで「4チャンネル・ステレオ」があった。専用の機材を使用することにより、針先から4つのチャンネルをピックアップし、それを前後左右4つのスピーカーで聞くというものだった。そのために作られたレコードは、通常の2チャンネルのステレオでも全く問題なく聞けるというのが売り物だった。当時サイモンとガーファンクルの「明日にかける橋」やポール・サイモンのソロアルバム2枚は、一時期4チャンネルのバージョンのみで販売されたが、4チャンネル用を意識してリミックスしたため、2チャンネルのオリジナル盤とサウンドが大きく異なるものとなり、ファンの不評を買った。私自身「明日にかける橋」に不満で、わざわざ米国の2チャンネル盤を買いなおした記憶がある。結局はシステムそのものが不評で、わずか数年で姿を消してしまうことになり、これらのレコードも短命に終わっってしまった。しかし今となっては、その「大きく異なるサウンド」がマニアの間で珍重されることとなった。JTの「One Man Dog」は4チャンネル初期のレコードとして、ミキシングはおろか、録音が一部異なる曲があり、ファンの間で知る人ぞ知る貴重なコレクターズ・アイテムとなった。本作につき、4チャンネル盤が日本で発売されたか否かについては分からないが、アメリカでは「Quadraphonic」(「Quad」は「4」の意味)と表示され、ジャケット表紙にも上記写真のとおり「Quadradisc」のマークが付いていた。「One Man Dog」大ファンの私にとって、別録音・別ミックスは夢のような話で、その存在を知ったのも、入手したのも、発売されてからずっとずっと後になってからなんだけど、長年憧れた後に、とうとう入手して針を落として聞いたときには未知の洞窟を見つけたような気分で感激しました。要するにミーハーなのですな。私は4チャンネルの機材を持っていない(現在は入手不可能)なので、普通の2チャンネルの機材でしか聴けないが、その範囲で通常版との比較をしたいと思う。

1.「One Man Parade」はJTのボーカルが
別テイク。なるべく同じように歌おうとしているが、メロディーの自然なフェイク、歌いまわしが微妙に異なり、特にラストの「ラララ」のアドリブになると完全に異なってくる。エンディングでは、A4ではJTが再び登場して「ラララ」と歌いながらフェイドアウトになるが、A5では歌わず、その分JT本人によるハーモニカの演奏が目立っている。ミキシングも大きく異なり、A4ではエレキギターが左、コンガが中央、ティンパレスが左、エレキピアノが右に位置しているのに対し、A5では各中央、左、右、中央に配され、バックコーラスも左右に分かれており、各人の声をよりはっきり聞き分けることができる。A5全般的にあてはまる点として、エコーのかかり具合が深く、パーカッションの音が大きめに聞こえるのが顕著な相違点だ。2.「Nobody But You」は、A4では2台のエレキギターが左右に分かれ、ピアノは中央から。A5ではギターは両方とも中央よりから混じりあって、ピアノは右から聞こえ、多重録音と思われるダニーのギターソロのみ左右に分離される。最後のJTのボーカルのフェイドアウトでは、A5のほうが僅かに長めだ。3.「Chili Dog」はA4では右で聞こえるタンバリンの音が、A5ではどこにも聞こえないのが最大の相違点。4.「Fool For You」のボーカルは同じに聴こえるが、よ〜く聞くと歌いまわしが僅かに異なり、別テイクであることが分かる。A4では右に聞こえるタンバリンとJTのエレキギターが、A5ではセンターになり、終盤のエレキギター・ソロが左右に動く。5.「Instrumental I」はほぼ同じに聞こえるが、最後の残響音がA5のほうが少しだけ長く、A4を聴きなれた私にとっては「あれっ?」という感じ。6.「New Tune」はA4のアコギとコンガが右と左にあるのに対し、A5ではセンターから聞こえる。7.「Back On The Street Again」は配置はほぼ同じに聞こえるが、JT(左)、ダニー(右)のアコギの分離はA4のほうがはっきりしている。8.「Don't Let Me Be Lonely Tonight」では、A4では左と右に聞こえるエレキギターとピアノが、A5では中央と左だ。

9.「Woh, Don't You Know」はA4ではアコギが右、ピアノがセンターに対し、A5はセンターと右に聞こえる。でも最大の相違点は
JTのリードボーカルおよびヒュー、アレックス、JTのコーラスが別テイクであることだ。中盤の「リッスン」と歌うコーラスは、A5では各人がバラバラに声を発するのがはっきりわかるし、特にエンディング部分におけるA4にはない「You Ought To Know」の繰り返しと、曲が終わった後で、(おそらく)アレックスがいたずらっぽい声で「テキーラ!」と囁くなど、顕著な相違点があって大変面白い。10.「One Morning In May」は楽器の位置は同じだが、JTとリンダのコーラスの音作りが違って聞こえる。リンダのソロボーカルのパートはA4が左、A5が右からだ。11.「Instrumental II」ではA4が2台のアコギが左右に分離し、エレキギターとエレキピアノが中央であるのに対し、A5ではアコギは2台とも中央に、エレキギターは左に小さな音で、エレキピアノは右に大きな音で配置され、いささかバランスを欠いたサウンドになっている。12.「Someone」はA5のほうがピアノが前面に出ていることを除けば、両者ともほぼ同じ配置、サウンドだが、A5におけるジョンのアコギのソロが、左右に激しく揺れるのが異なる。もし4チャンネル・ステレオで聴くと、きっとぐるぐる回っているんだろうなと思う。13. 「Hymn」はA5でエレキギターが若干オフになっている以外はほとんど同じ。14.「Fanfare」のJTのボーカルは別テイク。歌いまわしや旋律がかなり異なっている。15.「Little David」には本作で一番の相違点がある。A4は1ヴァース歌い終わったあとにすぐに次の曲に移って行くのに対し、A5では10小節にわたりダニー・クーチのエレキギター・ソロがフューチャーされ、その後JTによるコーラスが繰り返されるという構成になっているのだ!長年A4を愛聴してきた人にとって摩訶不思議な世界だ。16.「Mascalito」はほとんど同じ。17.「Dance」のJTのボーカルはほぼ同じに聞こえるが、セカンド・ヴァースの「Otherwise would everyone be out  On a such a cold and windy night」という部分で、A4ではJTが一人で歌っているのに対し、A5では彼自身の多重録音によるコーラスが付いているところが大きく異なる。18.「Jig」は両者ほぼ同じだが、A4では17.が終わったあとすぐに、絶妙のタイミングで始まるのに対し、A5では変な間があって拍子抜けしてしまう。

以上A4とA5の相違点を列挙した。この4チャンネル用レコードは、国内ではかなり入手困難であるが、海外のインターネットサイトでは時々見かけるので、興味のある人は探してみるといいだろう。

[2007年12月16日追記] 4.「Fool For You」のボーカルが別テイクであることが確認されましたので、そのように修正しました。


A6 Walking Man (1974)   Warner


James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar (Except 9)
David Spinozza: Electric Guitar (1,4,6,7,9,10), Acoustic Guitar, Electric Piano (2), Organ (8)
Hugh McCracken: Electric Guitar (2,3,6,9,10), Acoustic Gutar (1,4,8), Harmonica (4)
Kenny Asher: Keyboards (1,2,3,6,7,8,9,10)
Don Grolnick: Keyboards (4,9,10), Vox Humana (5,8)
Ralph Schuckett: Keyboards (6,7)
Andy Mason: Bass (Except 5)
Rick Marotta: Drums (Except 5)
Ralph MacDonald: Percussion (1,3,4,6,8)
Gene Orloff: Strings (Concert Master) (1,7)
Paul & Linda McCartney: Back Vocal (2,3)
Carly Simon: Back Vocal (2,3,4,5,6)
Peter Asher: Back Vocal
George Young: Alto Sax Solo (7)

[Horn Section One] (2,6,9)
Howard Johnson: Tuba, Kenny Berger: Barione Sax, Barry Rogers: Trombone, Michael Brecker: Tenor Sax, George Young: Alto Sax, Alan Rubin: Trunpet, Randy Brecker: Trampet

[Horn Section Two] (4,7)
Alan Rubin: Trumpet, George Marge: Oboe, Peter Gordon: French Horn

David Spinozza: Producer
James Taylor, David Spinozza: Arranger

[Side A]
1. Walking Man  A15 B16 E1
2. Rock 'N' Roll Is Music Now
3. Let It All Fall Down
4. Me And My Guitar  E8
5. Daddy's Baby

[Side B]
6. Ain't No Song [David Spinozza, Joey Levine]
7. Hello Old Frined
8. Migration
9. The Promised Land [Chuck Berry]
10. Fading Away

1974年6月発売


この作品は「冬」をテーマに製作されたものと思われる。洗練されたシティー・ポップでありながら、何処かひんやりとした肌ざわりがあり、JTの諸作品の中でも異色の存在だ。故リチャード・アドベンによる白黒写真のジャケット・デザイン、蓋が開いた懐中時計を手に持ち、思いつめたハーフシャドウの表情が作品の雰囲気を雄弁に物語っている。当時は、泥沼化したベトナム戦争、ニクソン大統領のウォーターゲート疑惑、深刻な人種問題、都市の荒廃などアメリカが病んでいた時代で、その中で自分なりに何かを主張しようとして、彼の作品のなかでは珍しくメッセージ性が強いものとなっている。洗練されたサウンド作りと、真面目で陰影のある歌詞のアンバランスがこの作品の弱さであり、魅力でもある。バックミュージシャンもいままでのコンサートの仲間ではなく、ニューヨークで活躍するスタジオ・ミュージシャンが中心。どちらかと言えば、奥方のカーリー・サイモンの人脈のような気がする。ここではアットホームな雰囲気はなく、音楽自体も前作までの趣味の延長線ではなく、プロミュージシャンの意識のもとに作っているが、過渡期にあることは明らかだ。

1.「Walking Man」は医科大学の学長という厳しい人生を送った父親のイメージで作曲したものという。透明感溢れるアレンジで淡々と歌われる。吐く息が寒さで白くなるような感じで、私の好きな曲だ。2.「Rock 'N' Roll Is Music Now」はロックが音楽として認知されたことを歌っているが、その底流には若者の文化・価値観で世界を変えようというメッセージが込められていると思う。ブラスセクションが大活躍し、バックボーカルにはカーリーに加えてポールとリンダのマッカートニー夫妻が参加。エンディングでは、バックコーラスが自由にロックの合いの手を入れる場面があり、ポールのシャウトがはっきり聞こえる。3.「Let It All Fall Down」はリチャード・ニクソン大統領を取り上げ、「すべてをひっくりかえそう」と歌うストレートなメッセージ・ソング。シングルカットされたというが、その直後にニクソンが辞任したため、空振りに終わってしまった。ここでもマッカートニー夫妻のバックボーカルが楽しめる。4.「Me And My Guitar」はギターへの愛着がテーマで、「君が天国に行けないなら僕も行かないよ!」と歌う、ギター好きにとって心に迫る作品だ。その後1977年にチェット・アトキンスがこの曲をカバーして同名タイトルのアルバムに収録した。チェットのボーカルが下手だけどよかった。ヒュー・マクラッケンのアコギとハーモニカがいい味を出している。5.「Daddy's Baby」は同年生まれた娘サラ・マリー(サリー)の事を歌ったララバイで、コーラスではカーリーが優しく付き添っている。ドン・グロルニックと二人だけの演奏なので、彼のギターがタップリ聴ける。ここで聴かれるギターは、今までのギブソンJ-50のマホガニー・サウンドとは全く異なり、いかにもハカランダまたはローズウッド風の深い音色だ。彼がこの作品で、マーク・ホワイトブックに切り替えたと思われる。本作がJTのセッション初参加となるドン・グロルニックは、ヴォックス・ヒューマナという人間の声の録音を使った楽器(おそらくメトロトンと似た構造と思われ、シンセサイザーとは異なるアナログな雰囲気がするサウンド)を演奏している。本作のドラマー、リック・マロッタは、カーリー・サイモン、スティーリー・ダン、デオダード、デビッド・サンボーンなど多くのアルバムに参加した、当時スティーブ・ガッドと並ぶ売れっ子セッションマン。その後も A11「Dad Loves His Work」などに参加している。ベースのアンディ・ムーソンは、ハービー・マン、マンハッタン・トランスファーなどに参加している。

6.「Ain't No Song」は本作のプロデューサーでもあるギタリスト、デビッド・スピノザの作品。もともとはポール・マッカトニーの「Ram」への参加や、ジョン・レノン、オノ・ヨーコの作品で有名になった人だが、ソウル・ジャズっぽい洗練されたサウンド作りが得意なようだ。シンセサイザーがまだ一般的でない時代で、本作の特徴のひとつであるブラスセクションが大々的にフューチャーされている。カーリーのバックボーカルが心地よい。7.「Hello Old Frined」はメージャーセブンスのコードを多用したAORっぽいメロディーであるが、自己回帰を歌う歌詞は真剣そのもの。「悪魔の手から免れて 地獄の追っ手から逃れた」という歌詞が心に滲みる。ジョージ・ヤングのアルト・サックスのソロがフューチャーされる。8.「Migration」はメッセージソングであるが、歌詞の内容はより観念的で、ガラスのような硬質のサウンド。打って変わってチャック・ベリーのロックンロールのカバーが9.「The Promised Land」。70年代前半のコンサート・ツアーの終盤で演奏されていた曲で、有名都市の名前がマシンガンのように次々と出てくるアメリカ賛歌だ。ツイン・ギターと分厚いブラスバンドで大いに盛り上がる。微かに聞こえるドン・グロルニックのピアノがとても良く、この人の類まれなセンスを感じることができる。10.「Fading Away」はかなり陰な曲で、「私は消えて無くなるよ」と繰り返し歌われる。 

JTの作品のなかでは評価が低く、売れなかった(全米アルバムチャート13位)と言われるが、私個人としては好きな作品だ。

[2013年4月 追記]
ギタリストのヒュー・マックラケン氏は、2013年4月亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。


 
A7 Gorilla  (1975)  Waner
 
 
James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar (Except 3,6), Electric Guitar (1), Ukulele (5)
Danny Kortchmar: Electric Guitar (1,3,6)
Lowell George: Electric Guitar (9), Back Vocal (9)
Arthur Adams: Electric Guitar (7)
Clarence McDonald: Keyboards (3,6,7)
Nick DeCaro: Accordion (4,7,11), String Arrangement
Randy Newman: Hornorgan (8)
Lee Sklar: Bass (1,3,7,8,10)
Willie Weeks: Bass (2,5,6,9)
Russ Kunkel: Drums (1,3,7,8,10),Percussion (1,3,7,10)
Andy Newmark: Drums (2,5,6,9)
Jim Keltner: Drums (3)
Milt Holland: Percussion (1,2,9), Wind Chimes (10)
Victor Feldman: Percussion (9,10), Marimba (11)
Al Perkins: Pedal Steel (2,10)
Gayle Levant: Harp (1,2,10)
David Grissman: Mandolin (5,11)
David Sanborn: Alto Sax (3,6)
Jules Jacob: Clarinet (5,10), Oboe (10)
George Bohanon, Chuck Findley: Horns (7)
Graham Nash, David Crosby: Back Vocal (1,8)
Carly Simon: Back Vocal (3)
Valerie Carter: Back Vocal (9)

Lenny Waronker, Russ Titelman: Producer
Nick DeCaro: String Arrangement
Norman Seeff: Photography

[Side A]
1. Mexico  A15 B16 B34 E1 E7 E8 E10 E22
2. Music
3. How Sweet It Is (To Be Loved By You) [Holland, Dozier, Holland] A15 B16 E1 E4 E5 E8 E10 E13 E21
4. Wandering [Traditional]  E4 E7 E8
5. Gorilla

[Side B]
6. You Make It Easy  A15
7. I Was A Fool To Care
8. Lighthouse
9. Angry Blues  E5
10. Love Songs
11. Sarah Maria

1975年5月発売
全米アルバムチャート6位


前作「Walking Man」が不評で売れなかったので、今度はレニー・ロワンカーとラス・タイトルマンをプロデューサーに迎えて必勝を期した感じの作品だ。この二人組はライ・クーダー、ランディ・ニューマン、アーロ・ガスリー、マリア・マルダー、リトル・フィートなどで一世を風靡した人たちで、当時ライ・クーダーを好んで聴いていたというJTにとって望むところだったのだろう。特にラス・タイトルマンは、その後「October Road」 2002年 A17でJTと再会する。本作は白っぽいハレーション気味の背景のなかでユーモアたっぷりの仕草をみせるJTをとらえたノーマン・シーフのジャケット写真のとおり、燦燦と日が差すような明るいポップ・ソングが盛り沢山だ。クローディヌ・ロンジュやクリス・モンテスなどのA&Mレーベルでのアレンジやランディー・ニューマンなどで有名なメロウサウンドの魔術師、ニック・デカロのストリング・アレンジやアコーディオンも加わって、洗練されたメローなサウンドは一層磨きがかかり、良質のAORともいえるが、その歌詞の重さが凡庸な作品と一線を画しているともいえる。バックはいつものザ・セクションが復帰、ただしクレイグ・ドルギーの名前はなく、その代わりに黒人ピアニストのクラレンス・マクドナルドが手堅く演奏している。

1.「Mexico」は休暇で訪れたメキシコのリゾート地で、滞在中は体調を崩しホテルから出れなかったため、作曲に専念した成果らしい。今までにない明るいテンポで演奏され、コーラス部分ではグラハム・ナッシュとデビッド・クロスビーが加わりワクワクする出来。間奏部分はJTのアコギが活躍するが、バックで鳴っているミルト・ホランドのマリンバがいい味を出している。シングルカットされ全米49位を記録した。2.「Music」は透明感溢れる美しいメロディーと歌詞の曲で、JTのアコギとアル・パーキンス(ステファン・スティルスのグループ、マナサスや、フライング・バリット・ブラザースにいた人)のスティール・ギターが繊細なプレイをみせる。この曲はライブではなかなか演奏されないんだけど、1989年にマーク・オコナーやエドガー・メイヤーとツアーしていた時の演奏は大変素晴らしいものだった。3.「How Sweet It Is (To Be Loved By You)」はマーヴィン・ゲイにより1964年に大ヒット(全米6位)したR&Bのカバー。後に「テイラー・カバー」と呼ばれる往年の名曲の良質カバーの手始めとなる曲で、全米5位の大ヒットとなった。テイラーほどのソングライターでも大ヒットするのは他人の作品というのも皮肉なもんですね。ラス・カンケルとジム・ケルトナーのダブル・ドラムスという贅沢な布陣で、奥さんのカーリー・サイモンのバック・ボーカルがはっきり聞こえ、コーラスの部分はデュエットに近いくらいだ。間奏のアルトサックスは当時売り出し中のデビット・サンボーン(何故かクレジットには表示がないけど、彼のプレイであることは明らか)。こういうR&Bでは彼のハイトーンは威力を発揮する。JTのR&Bスタイルのボーカルも非常に柔軟で、ソフト・アンド・メロウのソウルに溢れている。

4.「Wandering」はトラディショナルで、全米を放浪する若者のバラッドだ。詩人のカール・オーガスト・サンドバーグが採取し、1927年に出版されたアメリカン・フォークソング集に収められて有名になった。「父が盗みを働いて縛り首になった」と歌うところのJTの声の陰影には、はっとするものがある。ニック・デカロのアコーディオンと二人だけの演奏なので、JTのアコギがたっぷり聴ける。ジャケットの賛辞には「僕のギターを作ってくれたマーク・ホワイトブックに感謝します」とあり、この幻のギターのサウンドが楽しめるわけだ。5.「Gorilla」は奥さんと喧嘩して、怒って家を出たJTが動物園に行った時の経験を歌にしたものという。かなりシニカルなユーモアが効いた内容の歌詞で、ジャスの4ビートのリズムに乗せて歌われる。JTによるウクレレのほか、マンドリンの名手デビッド・グリスマンの演奏もいいですね。6.「You Make It Easy」はかなり黒っぽい雰囲気で、シティ・ソウル感覚に満ちた作品だ。間奏のサンボーンが頑張っている。

7.「I Was A Fool To Care」は洗練された雰囲気で、前作の「Ain't No Song」に似た感じの曲だ。8.「Lighthouse」はグラハム・ナッシュとデビッド・クロスビーが参加する2曲目の作品で、3人の声がとてもよくブレンドされることを証明している。9.「Angry Blues」は本作では異色のファンキーなブルースで、リトル・フィートのローウェル・ジョージがスライド・ギターとバックボーカルで参加していることもあり、リトル・フィートのサウンドに極めて近い。もう一人のバック・コーラス、ヴァレリー・カーターはこの曲がJTの作品への初参加。その後彼女はJTバンドの一員になるが、彼女自身、玄人受けするシンガーだ。伴奏で弾いているJTのアコギが非常に凝っている。10.「Love Songs」も洗練されたムードが捨てがたいが、少しパンチに欠けるかな? 11.「Sarah Maria」は1974年に生まれた長女、サラ・マリア・テイラーに捧げた曲で、変則チューニングによるJTのアコギがとってもスウィートだ。

何度聴いても心休まる作品だ。


 
A8 In The Pocket  (1976)   Warner 

 


 
James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar, Electric Guitar (6), Bass Harmonica (4),
Danny Kootch: Electric Guitar (3,4,6,7,8,11), Acoustic Guitar (7), Mandolin (4)
Waddy Wachtel: Electric Guitar (7,10)
Clarence McDonald: Keyboards (1,2,3,4,6,7,8,9,11)
Craig Doerge: Keyboard (5)
Nick DeCaro: Keyboard (1,2,3,4,8,12)
Lee Sklar: Bass 1,2,3,6,7,8,9,10,11,12)
Willie Weeks: Bass (4)
Red Callender: Tuba And Bass (5)
Russ Kunkel: Drums (1,2,3,4,6,7,8,9,10,11),Percussion (1,2,4,6,7,9)
Jim Keltner: Drums (5)
Milt Holland: Percussion (2,8)
Victor Feldman: Percussion (1,3,8), Vibes (1), Marimba (8)
Bobby Hall: Percussion (11,12)
Russ Titleman: Tambourine (9)
Peter Asher: Tambourine (7)
Kenny Watson: Cymbalum (4)
Gayle Levant: Harp (2,12)
David Grissman: Mandolin, Mandocello (8)
David Lindley: Dobro (10)
Herb Pedersen: Banjo (10)
Stevie Wonder: Harmonica (3)
Michael Brecker, Steve Madaio: Horns (3,11)
George Bohanon, Oscat Brashear, Ernie Watts: Horns (5)
Graham Nash, David Crosby: Back Vocal (10)
Art Garfunkel: Vocal (2), Back Vocal (8)
Alex Taylor, Bonnie Raitt: Back Vocal (11)
Carly Simon: Back Vocal (1,4,11)
Valerie Carter: Back Vocal (3,11)

Lenny Waronker, Russ Titelman: Producer
Nick DeCaro: String Arrangement
James Taylor: Horn Arragement (Except 5)
George Bohanon: Horn Arrangement (5)
Norman Seeff: Photography

[Side A]
1. Shower The People  A15 B16 E5 E6 E8 E14
2. A Junkie's Lament  E10
3. Money Machine  
4. Slow Burning Love  
5. Everybody's Has The Blues  A15
6. Daddy's All Gone  E8

[Side B]
7. Woman's Gotta Have It [B. Womack, D. Carter, L. Cooke]  
8. Captain Jim's Drunken Dream  B11
9. Don' t Be Sad 'Cause Your Sun Is Down [Stevie Wonder, James Taylor]
10. Nothing Like A Hundred Miles  
11. Family Man
12. Golden Moments

1976年 6月発売
全米アルバムチャート16位

写真上: ジャケット写真(表)
写真下: ジャケット写真(裏)


前作「Gorilla」の成功にあやかって、その延長戦上で製作されたもので、プロデューサー、アレンジャー、バック・ミュージシャンなどほとんど同じスタッフが参加している。JTを背面から写したノーマン・シーフによる表紙のジャケット写真がユニークで、裏面をめくると自信に満ちた彼の表情を拝むことができる。そしてスーツの下に着ているのが前作「Gorilla」をプリントしたTシャツなんて、洒落ているなあ〜。音楽的にもますます磨きがかかり、前作にまして幅広い音楽性と豪華なゲスト陣が、深みのある味わいをもたらしている。ストリングアレンジ、およびホーンオルガン、ヴォイスオルガン、アコーディオンを駆使するニック・デカロのスウィート・アンド・メロウの味付けはさすがだ。

1973年5月、米国はベトナム戦争から完全に手を引き、その後1975年に解放軍がサイゴンに入城して泥沼のベトナム戦争がやっと終結する。結果はどうであれ、皆ひとまずほっとした時期に 1.「Shower The People」は大きな意味があったと思われる。人々への普遍的な愛を歌ったこの曲は、多くの人の共感を集め、全米22位のヒットとなった。コーラス部分では奥方カーリーの声が前面に出てくる。JTのギターが大きくフィーチャーされ、特にライブでは彼のギター伴奏のみで歌われ、ステージにテープレコーダーを持ち出し、テープに録音された自身によるバックコーラスと一緒に演奏するのが面白かった。2.「A Junkie's Lament」の麻薬中毒の歌詩は、カーリーがいろいろ努力したが、なかなか止める事ができなかったというJT自身の事のようだ。この曲は友人のアート・ガーファンクルとの初共演。CSNY(クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング)とS&G(サイモンとガーファンクル)の両方からゲスト参加を受けるなんて、本当にスゴイ人だ。コーラス部分では、アートの声のほうが目立つくらいで、エンディングの賛美歌風ラララもアート風だ。3.「Money Machine」はパーカッションがキャッシュ・レジスター機の操作音を巧みに再現した効果音をイントロに使用したアップテンポの曲で、「See me singing 'bout fire and rain  Let me just say it again  I've seen fives and tens 」という、巨大なミュージック・ビジネスに巻き込まれた自嘲的な歌詞が印象的。リズムセクションが結構アグレッシブで、ザ・セクションの本領発揮といった所で、ラス・カンケルのドラムスがすごいプレーだ。ヴァレリー・カーターの声が聞こえる。

4.「Slow Burning Love」はスローでダークな曲で、バック・ボーカルをつとめる奥さんのカーリーの作品に近い雰囲気の曲。5.「Everybody's Has The Blues」は打って変わり、ラグタイム・ブルース調の楽観的な曲で、クロスビー・アンド・ナッシュと活動するピアノのクレイグ・ドルギーが久々に登場(と言ってもこれが最後の参加曲になる)。その他この手の曲をやらせるとダントツのジム・ケルトナー、前作に続き参加のジョージ・ボハノンというライ・クーダーゆかりのミュージシャン、レッド・カレンダーのチューバという豪華なメンバーだ。6.「Daddy's All Gone」でJTはエレキギターを演奏する。トラッド的な味わいにテイラー得意のソウル・フィーリングがミックスされたユニークな曲となった。

7.「Woman's Gotta Have It」はソウル界の鬼才ミュージシャン、ボビー・ウーマック1972年のヒット曲(全米60位)のカバーで、かっこよくメロウなソウル・ミュージックが聞ける。8.「Captain Jim's Drunken Dream」はJTの海に対する執着が出た曲。元船乗りの飲んだ暮れ老人が昔を懐かしむバラード。9.「Don' t Be Sad 'Cause Your Sun Is Down」は当時人気・実力ともに絶頂のスティービー・ワンダーとの共作で、得意のハーモニカで録音にも参加している。ゴスペル・フィーリングのある明るい感じの曲。10.「Nothing Like A Hundred Miles」はバンジョーとドブロ(当時ジャクソン・ブラウンと一緒に演奏していた名手、デビッド・リンドレー)が入ったモダン・カントリー調の曲で、JTのボーカルがクール! クロスビー・アンド・ナッシュの緊張感あるバックコーラスがいい感じではまっている。後に、ソウルとカントリーを縦横無尽に闊歩するレイ・チャールズがこの曲をカバーしたのは、むべなるかな......。11.「Family Man」も3.に似たソウル・ロックで、バックボーカルには、お兄さんのアレックスと奥さんのカーリーの他、ヴァレリー・カーターそして珍しくボニー・レイットが参加している。12.「Golden Moments」は少しムーディーな雰囲気で、最後の曲としては少し印象が薄いかな?

本作は、内容はなかなか良かったが、売れ行きは前作に及ばず、ワーナー・ブラザース最後の作品となった。


 
A9 JT  (1977)   CBS Sony

 
 
James Taylor: Vocal, Acoustic Guitar
Danny Kortchmar: Electric Guitar, Acoustic Guitar
Dr. Clarence McDonald: Keyboards
Leland Sklar: Bass
Russell Kunkel: Drums, Percussion

Dan Dugmore: Steel Guitar (2,5)
David Campbell: Viola (2), String Arrangement And Conductor (1,5)
Peter Asher: Percussion (3,7,9,10)
David Sanborn: Sax (3)
Red Callender: Tuba (10)
Carly Simon: Harmony Vocal (10)
Linda Ronstadt: Harmony Vocal (5)
Leah Kunkel: Back Vocal (7)

Peter Asher: Producer

[Side A]
1. Your Smiling Face  A15 E1 E2 E4 E5 E7 E8 E10
2. There We Are  
3. Honey Don't Leave L.A. [Danny Kortchmar] B11 B12 E1
4. Another Grey Morning  
5. Bartender's Blues  C28
6. Secret O' Life  A15 B27 B28 E1 E7 E14 E25

[Side B]
7. Handyman [Otis Blackwell, Jimmy Jones]  A15 E1 E4 E8
8. I Was Only Telling A Lie
9. Looking For Love On Broadway
10. Terra Nova [James Taylor, Carly Simon]
11. Traffic Jam  A15 E4 E7 E10
12. If I Keep My Heart Out Of Sight

録音: 1977年 3〜4月
発売: 1977年 6月
全米アルバムチャート: 4位


1976年末の契約更改時、JTはCBSより破格の条件を提示され、ワーナーから移籍した。これは後にワーナーがポール・サイモンと契約するという引き抜き合戦になるほど反響を呼んだ。そして翌年すぐに製作・発表されたのが本作だ。ピーター・アッシャーが再びプロデュースを担当し、バックもザ・セクション(ただしキーボードのみクラレンス・マクドナルド)で固め、前作よりもゲスト・ミュージシャンも少なめ。内輪でかっちり、じっくり作り上げた感じだ。なるほど意気の合った演奏で、これまでになくソリッドでパンチのあるプレイが随所に楽しめる。ジャケット写真のJTのポートレートも、髪の毛を短めにしてイメージチェンジを図っているようで、新しいレコード会社での再スタートの意気込みが伝わってくる。

娘のために書かれたという最初の曲1.「Your Smiling Face」は、今までにない、とても明るく前向きな曲調だ。ドラムスとベース、リズムギターの3者のコンビネーションがばっちりで、アップテンポの躍動感がすごい。本作から2枚目のシングル盤として全米20位を記録した。ライブでは後半のキー・チェンジの際に、JTがギターに付けたカポをずらす様がスリリングだった。2.「There We Are」はカーリーに捧げたラブソングで、「Carly, I love you」と彼女の名前が歌詞に出てくる。当時は夫婦仲に暗雲が立ちはじめた頃のはずで、このように公の場で敢えて愛の告白をしなければならない状況に、二人の苦しみと解決への努力が見て取れる。実際はこの5年後に離婚してしまうのだから、今聴くと痛々しささえ覚えてしまう。スティール・ギターのダン・ダグモアは、リンダ・ロンシュタットのバンドにいた人で、本作が初めてのセッションだが、その後長い間JTバンドの一員になる。現在はナッシュビルでスタジオ・ミュージシャンをやっているそうだ。3.「Honey Don't Leave L.A.」はダニー・クーチの作品で、恋人に去られた傷心を歌ったものだが、曲自体はワイルドなロックンロールに仕上がっている。デビッド・サンボーンがブラスセクションとサックスソロを受け持っている。なおこの曲は、7.1.に続く 3曲めのシングルカットで、全米61位まで上昇した。なおシングル盤作成にあたり、デビッド・ラズリーのバックボーカルがオーバーダビングされている(B11参照)。

4.「Another Grey Morning」は夫婦の倦怠を描いた歌で、無感情の朝の辛さをかなり赤裸々に描いている。この作品からこのように陰のある曲が目立つようになる。5.「Bartender's Blues」はバーテンダーの孤独を描いたカントリー調のバラードで、カントリー・シンガーのジョージ・ジョーンズ(1931-2013)をイメージした作曲したという。この曲を気に入ったジョーンズが翌年カバーし、テイラーもハーモニー・ボーカルで参加(C28)、リンダ・ロンシュタットも加わっている。6.「Secret O' Life」はJT中期の名曲と言えるだろう。人生の秘密を歌う歌詞・メロディーともに深みがあって素晴らしい曲だ。JTのアコギのアルペジオも最高。ライブではドン・グロルニックと二人で演奏していた(B27 B28など)。7.「Handyman」は1959年全米2位となったR&Bシンガー、ジミー・ジョーンズ代表曲のカバーで、JTのバージョンも全米4位までいき、グラミー賞(Best Male Pop Vocal Performance)を獲得した。「愛の事なら何でもできる便利屋」という意味の歌詞で、洗練されたアレンジでスウィートな出来上がりとなった。バックコーラスで参加しているリア・カンケルは、当時ラス・カンケルの奥さんで、ママズ・アンド・パパスのキャス・エリオットの妹さんだ。彼女自身1979年、1980年に2枚のソロアルバムを出し、それらはコレクターズ・アイテムとなっているほか、コヨーテ・シスターズの一員として活躍。最近では2001年にアルバムを出している。

8.「I Was Only Telling A Lie」は行きずりの関係を描いたダークな曲で、JTのボーカル、バックの演奏も乾いた感じだ。9.「Looking For Love On Broadway」も愛の不毛を描いた曲で、後にJTバンドの一員となるデビッド・ラズリーがカバーしている。10.「Terra Nova」はカーリーと二人のセイリングを題材にしたものと思われ、JTのアルバム収録曲のなかでは唯一の共作。カーリーはハーモニー・ボーカルの他、エンディングでは一人で歌う部分もある。11.「Traffic Jam」はJT自身の多重録音によるコーラスと、ラップようなボーカルが楽しめる、ちょっと毛色が変わった曲で、歌詞の内容も交通渋滞を皮肉ったもの。フォービートのリズムセクションに乗って急速調のボーカルが楽しめる。ステージでは、バンドのコーラス隊と一緒に演奏している。12.「If I Keep My Heart Out Of Sight」はダークな雰囲気のラブソングで、ちょっと印象が薄い。

本作の成功により、JTの中期の名声は確立されたといっていいだろう。



 
A10 Flag (1979)   CBS Sony 
 





James Taylor: Vocal, Back Vocal (1,3,4,5,6), Acoustic Guitar (Except 4,6)
Danny Kootch: Electric Guitar (Except 6,9,11)
Don Grolnick: Keyboards (Except 4,6)
Lee Sklar: Bass (Except 9)
Russ Kunkel: Drums (Except 9), Percussion (3,11)

Waddy Wachtel: Electric Guitar (2,10), Acoustic Guitar (4)
Dan Dugmore: Pedal Steel Guitar (5)
Ralph Schuckett: Organ (2)
Peter Asher: Percussion (4,5), Back Vocal (7)
Steve Forman: Percussion (2,7,8), Mazda Phone (5)
David Sanborn: Sax (4)
Louise Schulman: Viola (9)
Jesse Levy: Cello (9)
Deputy Sheriff Larry Touquet: Cell Door (12)
Graham Nash: Back Vocal (1)
Alex Taylor: Back Vocal (5)
Carly Simon: Back Vocal (7)
David Lasley, Arnold McCuller: Back Vocal (8)

Peter Asher: Producer
David Spinozza: String Arrangement & Conductor (3)
Arif Mardin: String Arrangement & Conductor (10)

[Side A]
1. Company Man  
2. Johnnie Comes Back  
3. Day Tripper [John Lennon, Paul McCartney] 
4. I Will Not Lie For You E1 
5. Brother Tracker  E1 E3
6. Is That The Way You Look ?  

[Side B]
7. B.S.U.R. (S.U.C.S.I.M.I.M.)   
8. Rainy Day Man [James Taylor, Zach Wiesner] A1 B1
9. Millworker  A15 B30 E1 E10 E19 E20
10. Up On The Roof [Gerry Goffin, Carole King]  A15 B16 B40 C1 C4 E1 E5 E8 E15 E28
11. Chanson Francaise
12. Sleep Come Free Me

録音: 1979年 1〜3月
発売: 1979年 5月
全米アルバムチャート: 10位

写真上: オリジナル・レコード盤のジャケット(表)
写真中: 同(裏)
写真下: 再発CD盤のジャケット(表)

 

このレコードのジャケットを初めて見た時は本当に驚いた。今まではJTのポートレイトが定番だったのに、三角で区切られた旗という意表を突くものだったからだ。Koshという当時評判だったデザイナーによるもので、前作「JT」、次作「Dad Loves His Work」の他に、イーグルス、リンダ・ロンシュタット、ボニー・レイットなど多くのジャケット・デザインを担当したという。表の黄色と赤の組み合わせは、船の旗信号でアルファベットの「O」を表すものだが、裏面の青と水色の組み合わせには特別の意味はないようだ。オリジナル・アルバムでは、表にはタイトルの文字、数字は一切なく、裏面の四隅に曲目とクレジットが記載されていた。その後再発されたCD盤では、表に青色の三角形によるタイトルが付け加えられた。1980年代のシンセサイザーとコンピューターによるデジタルの時代を、記号を象徴するジャケット・デザインで先取りしたものだった。サウンド的には、他の多くのベテラン・アーティストが挑戦して無残に失敗したような、シンセサイザーと打ち込みリズムに流れることなく、パンク・ロックのスタイルを取り入れて、よりシンプルでストレートな演奏表現を志向したことが幸いしたと言える。その頃のレコードの大部分は今聴くとピコピコ・ポコポコして無機的で陳腐に響くのだが、本作はその演奏スタイルのおかげで、他のJT作品に比べて妙に乾いた印象が残るけど、今聴いてもそれほど古臭い感じはしない。とはいっても大きく変わりつつある音楽の流行を察知して、彼らなりの方向性を示そうとした意味で、意欲的な実験作であり、過渡期の作品とも言える。

1「Company Man」は、かなり痛烈に音楽ビジネスを揶揄した歌で、4人の名うてのミュージシャンによるパンチのある演奏が気持ちよい。ダニー・クーチのファズがかかったヘビーなギター・サウンドにはびっくり。グラハム・ナッシュのバックボーカルで、コーラス部分は大いに盛り上がる。2.「Johnnie Comes Back」は付きまとって困らせる人のことを歌っていて、ジョニーって誰のことだろう、ジョニ・ミッチェルのことかな?などと思ってしまう。歌詞の中に「I said, Johnny remember  Johnny be good」という部分があり、ちゃっかりチャック・ベリーをパクっている。キャロル・キング初期の作品に参加し、ダニー・クーチ率いるジョー・ママのメンバーとしてJTの初期のツアーに参加したラルフ・シュケットがオルガンで参加している。3.「Day Tripper」はなんとビートルズのカバーだ!演奏がパンキッシュで、デビット・スピノザ(「Walking Man」で一緒に仕事したギタリスト)によるストリングス・アレンジも意外性があり面白い。これをシンセサイザーじゃなくて、本物のストリングスでやるところが面白いんだよな。エンディングはJTのファルセット・ヴォイスが聴け、これが一層ハチャメチャな雰囲気を醸し出している。意味のないカバーかもしれないが、聴いていてそれなりに楽しめる曲だ。4.「I Will Not Lie For You」はかなりシリアスでダークな内容の歌だけど、歌詞の内容が少しくどい感じがする。5.「Brother Tracker」は9.とともに、1978年のブロードウェイ・ミュージカル「Working」のために作曲されたものだ。原作者のスタッズ・ターケル(1912-2008)は、当初ラジオやテレビの司会者、コメンテーターとして名声を確立し、50年代の前半にマッカーシズムの赤狩りに巻き込まれるが生き延びて、その後も「Studs Turkel Show」などのラジオや、舞台劇俳優などで活躍を続ける。後に人々へのインタビューを種々の本にまとめて、社会派の代表的な存在となった。労働者へのインタビューを収めた彼の代表作「Working」を題材に、JTを含む数人が曲を提供し、ステファン・シュワルツの脚色によりミュージカルに仕立て上げられたが、成功しなかった。当時のオリジナル・ブロードウェイ・キャストのレコード、CDが発売されているので、興味のある人は聴いてみるといいだろう(私は未聴)。そこでは 5. 9.の他に、「Un Mejor Dia Vendra」というスペイン語の歌を他の作家と共作している。また1982年にこのミュージカルがテレビ化された際、JTがトラック運転手として出演し、この曲を歌っている(E3参照)。5.の説明に戻ろう。これはトラック運転手の生態を描いた曲で、ワイルドな歌詞と勢いのあるロックンロール・サウンドで押しまくる。バックボーカルは、JTのお兄さんアレックス・テイラー。この曲を聴いていると、以前ヒットした映画「コンボイ」(1978、サム・ペキンパー監督、クリス・クリストファーソン主演)を思い出してしまった。6.「Is That The Way You Look ?」はJTの多重録音によるドゥーワップ調の変わった感じの曲で、ユーモラスな小品だ。

7.「B.S.U.R.」は、歌詞の一節「Be As You Are」をアルファベットで表題化したもので、素直な内容の歌詞に好感を感じる。本作では唯一カーリーが参加しているトラックだ。8.「Rainy Day Man」は初期の作品のセルフカバー。本作発売当時のコンサートを含め、初期以外では、あまりステージで演奏されていない曲であり、何故この曲を取り上げたのか不思議だ。ここでのバック・ボーカルはデビット・ラズリーとアーノルド・マックラーの二人で、デビットは1978年の「Honey Don't Leave L.A.」のシングル盤に続く2回目の参加であるが、アーノルドにとってはこの曲が初めての録音セッション。彼らとはその後40年以上におよぶ付き合いとなる。ちなみにJTはデビッド・ラズレーが在籍したコーラス・グループ、ロージーの「Last Dance」(1977 C22)にゲスト参加しており、彼らとの付き合いは本作以前から始まっていたものと思われる。オリジナル録音にあった暗い影はなく、ここでは良い意味でも悪い意味でも、からっとした味わいの出来上がりとなっている。9.「Millworker」は5.と同じ「Working」のために書かれた曲で、マサチューセッツ州の工場で働く女性の心境が深く描かれ、その哀しさが胸にせまる逸品となった。さりげないケルト風のサウンドがバラッド風の曲にマッチ、昔からあるトラディショナルのような雰囲気で、JTのギターがたっぷり楽しめる。10.「Up On The Roof」はドリフターズが歌って大ヒット(1962年、全米5位)した、キャロル・キング、ジェリー・ゴフィンの名曲。原曲に対する敬意を払いながら、後半はロックっぽい盛り上がりを見せて、とても良い出来となった(1979年全米28位)。ここでのドン・グロルニックのピアノは地味ながらも素晴らしく、JTのギターのパートナーとして最適であることを証明している。その後もステージの愛奏曲となり、セプテンバー・イレブンの追悼コンサート B40にも収録されている。11.「Chanson Francaise」は何故か「もう二度とフランス語の歌を書こうなんて気を起こさないよ」とフランス語で歌うラブソングの小品。メロディーとコード進行が洒落ている曲なので、英語でちゃんとやって欲しかったな。12「Sleep Come Free Me」は牢獄に閉じ込められた殺人犯の心境を歌った曲で、「眠りが僕を自由にしてくれる」というダークな内容の歌。バート・ヤンシュが歌ったほうがいいかも。いろいろな面で悩みをかかえていたJTの心境が込められているようだ。最後に、牢獄の扉がガシャンと閉まる冷酷な音で、このアルバムは終わる。

以上のとおり、本作は音楽的にも心理的にも過渡期の時期に作られた作品であり、他人の曲のカバーや昔の曲の再演などもあって、作品全体のまとまりに欠ける感じがする。9.を除き名曲と呼ばれるものもなく、JTの諸作品のなかでは比較的聴かない作品だ。レコード盤の見開きジャケットの内部は、鮮やかなカラー処理が施されたJTの大きな写真とバンドメンバーの写真からなり、レコードが入った中袋には、表に歌詞、裏にマーク・ホワイトブックのミニギター( !! )を持つJTの写真が配されており、その洒落たデザインのバランス感覚は素晴らしく、再発CDのブックレットでは再現できない味わいがある。