S1 Young Man Blues: Live In Glasgow 1962 -1964  (1998) Big Beat CDWIKD 182




Bert Jansch : Vocal, Guitar

1. Something's Coming (from West Side Story) [L.Bernstein, S. Sondheim] *
2. Careless Love [Trad.]
3. Casbah *  S2
4. When Do I Get To Be Called A Man [B. Broonzy]
5. Courting Blues  S2 S33 S36
6. a  Angi * [D. Draham]  S2 S2 S10 S11 S14 S17 S29 S36 S36 S36 S36 S36 S36 S36 O19
  b  Work Song [N. Adderley] *
7. Tic-Tocative *  S36 P1
8. Alice's Wonderland *  S2 S2
9. Meanest Man In The Town
10. Joint Control *  S2
11. Bottle It Up And Go [Trad. arr T. McClennan]
12. Untitled Instrumental #1 * 
13. Train Song  S36 S36 P4 P8 P9 P11 P21 P21 P22
14. Stagolee [Trad.]
15. Rocking Chair Blues [T. McClennan, B. Broonzy]
16. Me And My Baby Never Used To Have A Fight [Unidentified]
17. Finches *  S2
18. Blues Run The Game [Jackson C. Frank]  S11 S14 S17 S18 S25 S27 S29 S35 S36 S36 S36 S36 S36 S36 O16
19. Pretty Polly [Trad]  S4
20. Come Back Baby [W. Davis]  S5 S14 S18 S27 S29 S33 S36 S36 S36 P19 O13 O20
21. Untitled Instrumental #2 *
22. I Am Lonely, I Am Lost  S6 S18 P9 P9 P11
23. Freedom [Unidentified]
24. One Day Old aka You're One Day Old And No Damn Good
25. Train On The River * [J. Guiffre]  S2
26. Hallelujah I Love Her So. [W. Charles]
27. Strolling Down The Highway  S2 S22 S25 S27 S29 S33 S36 S36 S36
28. Gallows Tree [Trad.]
29. Betty And Dupree [C. Willis]  S6
30. Dry Land Blues [F. Lewis]

3-5, 10, 12-17, 21, 23-29 : 1962年9月 The Attic Folk Club, Paisley
1, 2, 6, 8, 9, 11, 19, 30 : 1963年 ,1964年夏 The Incredible Folk Club, Glasgow
7, 18, 20, 22 : 1965年後半

1998年11月発売


フランク・コイアという当時14歳のフォーク少年がエジンバラで録音したテープ56曲のうち30曲が収録された衝撃の発掘盤 。1962〜64年レコードデビュー前の3回にわたる録音とコリン・ハーパー氏の解説書にあるが、その後バートの記憶および18. の作者ジャクソン・フランクのイギリス渡航が1965年春という事実より、2000年出版の同氏の著作「Dazzling Stranger」では、うち4曲は1965年後半に録音されたものと訂正された。CD製作の際にかなり改善されたというが、携帯用オープンリール・テープレコーダーによる私家録音のため音質は悪い。録音により差があり、特に65年のものはギターやボーカルに十分な厚みがある。ほとんどの場合、曲間の拍手や語りはカットされているのでコンサートの臨場感は望めないが、若々しく自由、尖がっていた頃のギタープレイの凄さを楽しむには十分な価値があるので、贅沢は言わないぞ。収録曲には、バートのルーツであるアメリカン・ブルースの曲、後にソロ・アルバムやペンタングルの作品に収録される曲や、そしてフォーク調の未発表曲など盛り沢山で、舌なめずりをして聞いてしまう。

1.「Something's Coming」はレナード・バーンスタイン作のブロードウェイ・ミュージカルで、映画化もされた「ウェストサイド物語」の歌の一節をベースとしたモーダルなリフによるインストもの。リズムを取るために踏み鳴らす足音が聞こえる。切れ目なしに続く 2.「Careless Love」は若々しいボーカルが聞ける。彼は初期のアルバムではブルースをあまり録音しなかったので、本作は貴重な演奏だ。とにかくドライブしまくる天性のリズム感と、タッチの強さからくる迫力に圧倒される。3.「Casbah」はCDの曲目リストおよび解説書では「Veronica」とあるが、ここでは誤りとは言えども、当初 S2で発表され定着した曲名 「Casbah」で表示した。同じ音の連弾による風変わりなサウンドだ。ビッグ・ビル・ブルーンジーの 4「When Do I Get To Be Called A Man」は、モノトニック・ベースが押しまくる正統的なブルース。5.「Courting Blues」はS2に収録された初期の自作曲。お馴染みの 6.「Angi」は速めのテンポで跳ね回るリズムが凄い。ここではキャノンボール・アダレイの弟ナット・アダレイ作のジャズナンバー 「Work Song」とのメドレーと表示されたが、このモチーフはオリジナル録音にも入っているので、内容的にはS2のスタジオ録音とあまり変わらない。7.「Tic-Tocative」は P1でジョンとのデュエットとして発表されていた作品で、このソロバージョンはめっけもの。8.「Alice's Wonderland」は S2に収録されていた美しいメロディーとコード進行によるインストもの。9.「Meanest Man In The Town」は未発表のオリジナル作品。バート以外に誰かが一緒に歌っている感じがする。曲間には観客の咳も聞こえる。10.「Joint Control」は S3のセッションで録音されながらボツになったというインストで、モーダルな曲のなかでは最高水準の曲と言える。11.「Bottle It Up And Go」はブルース調の歌もの、12.「Untitled Instrumental #1」はブルース進行による即興演奏と思われ、彼の手ぐせというか、ターンアラウンドのパターンなど独自のギター・スタイルが良く出ている。13.「Train Song」はかなりアバンギャルドなギターのイントロから始まり、ふいに「Train Song」のボーカルが聞こえてくるので、その新鮮さに思わずはっとする。エジンバラでの女性初体験をもとに、アパートにあったバスケットのような形をしたランプ傘から「Love Is Basket Of Light」という一節が生まれてきたそうだ。この曲がかなり初期に書かれていたことがわかる。14.「Stagolee」はブルースのスタンダードで、S2をはじめとするソロアルバムにはないアグレッシブなボーカルだ。15.「Rocking Chair Blues」はビッグ・ビル・ブルーンジーの曲で、ミシシッピー・ジョン・ハート風のカントリー・ブルース・スタイルのギターが楽しめ、そのまま切れ目なしに16, 17に続く。17.「Finches」はS2に収録されていたちょっと風変わりなインストの小品。

お馴染みの18.「Blues Run The Game」はコンサートでの愛奏曲で、初期からずっと歌っているようだ。レンボーンもステージで好んで演奏し、後の1997年にサイモン&ガーファンクルによる同曲の未発表音源がCD化されたことからも、当時のフォーク音楽仲間にとても愛されていた曲と分かる。19.「Pretty Polly」はバンジョー風奏法による演奏。殺人を歌ったバラッドで、本CDの中では数少ないトラッド風の曲。20.「Come Back Baby」はS5に収録されたオーセンティックでかっこいいブルースで、ニューオリンズの盲目のブルースマン、スヌークス・イーグリンで有名な曲だ。その後もずっとステージ・レパートリとなっているが、ギターの切れ味は最近の演奏とは段違いに鋭い。21.「Untitled Instrumental #2」も 12と同様、即興のブルース。後年S6に収録される22 は本作品では珍しく曲を紹介するバートのマイクが入っている。23.「Freedom」 はこの中では少数派のフォーク調作品で、内容はプロテストソングであるが、バート自身はこの曲のことを全く覚えていないとのこと。24.「One Day Old aka You're One Day Old And No Damn Good」は、解説ではバートのオリジナルで未発表作品とされたが、実際はアメリカの古いフォークソングにアーチー・フィッシャーが詩をつけて、オーウェン・ハンドが録音した曲という。「ジミー・ジファーのジャズからとった」とバートに紹介される25 は 「Smokey River」のタイトルでS2に収録されたモダン感覚のインスト。演奏中に、走り去る車の音が聞こえる。26.「Hallelujah I Love Her So」はレイ・チャールズのカバー。この曲が大好きな私には素晴らしい贈り物。ジェームス・テイラー初期の弾き語りコンサートの海賊盤で、同じ曲をカバーしているものがあり、ギタースタイルの違いが出てとても興味深い。27.「Strolling Down The Highway」 はS2の冒頭に収録された名作オリジナル。28.「Gallows Tree」は「縛り首の木」というタイトルのトラッド風ソング。 29.「Betty And Dupree」 はブギウギ調のテーマの演奏が S6 のインストメンタル「Blues」とほぼ同じだが、ここでは歌付になっている。30.「Dry Land Blues」はファリー・ルイスのブルースのカバーで、ステファン・グロスマンが得意とするカントリー・ブルースギターのパターンである。

30曲、74分を一気に聞くと、音質の問題もあり少し疲れるが、若い頃の彼のギターが如何に凄いものであったかを実体験することができる。コリン・ハーパー氏による丁寧な解説および、当時のフォーククラブにおける演奏風景や、ロビン・ウィリアムソンなど当時の仲間とのスナップ写真も貴重な宝物的アイテムだ。


 
S2 Bert Jansch (1965) Transatrantic Records TRA125

S2 Bert Jansch


S2 Bert Jansch (EP)

Bert Jansch: Guitar & Vocal

Bill Leader: Producer
Brian Shuel: Cover Photo & Design
Keith de Groot: Liner Notes  

[Side A]
1. Strolling Down The Highway  S1 S22 S25 S27 S29 S33 S36 S36 S36
2. Smokey River *  S1 
3. Oh How Your Love Is Strong
4. I Have No Time  S2
5. Finches *  S1
6. Rambling's Gonna Be The Death Of Me
7. Veronica *  P2
8. Needle Of Death  S2 S9 S23 S25

[Side B]
9. Do You Hear Me Now ?  S2
10. Alice's Wonderland *  S1 S2
11. Running From Home  S14 S17 S19 S23 S25 S36 S36 S36 O16 
12. Courting Blues  S1 S33 S36
13. Casbah *  S1 P2
14. Dreams Of Love  S2
15. Angie [D. Graham] *  S1 S2 S10 S11 S14 S17 S29 S36 S36 S36 S36 S36 S36 S36 O19

1965年 4月発売

[Bonus Tracks For CD by Sanctuary Records Group 2001 CMRCD204]

16. Instrumental Medley 1964
   Joint Control  S1
   Alice In Wonderland  S1 S2
   Dream Of Love  S2
   Do You Hear Me Now ?  S2
   I Have No Time  S2
   Needle Of Death  S2 S9 S23 S25
17. Angie (Live Band Version) [D. Graham] S1 S2 S10 S11 S14 S17 S29 S36 S36 S36 S36 S36 S36 S36 O19


注) 写真上: LPレコード盤ジャケット
   写真下: EPレコード盤ジャケット(左上にレコード会社のロゴがないことに注意)


ギターを抱えガリガリに痩せた神経質そうな若者の写真、青と黒色でまとめられたメランコリックなムードのジャケットはバート・ヤンシュ初ソロアルバムの雰囲気をとてもよく表現している(ファンの間では「ブルーアルバム」とも呼ばれている)。この傑作アルバムからは、純粋でひたむきな若々しさが感じられ、世間一般ではまだ無名の存在であった自分をありのままにさらけだした入魂の作品だ。友人のビル・リーダーの家の食堂にルボックスのテープレコーダーを持ち込み、窓に毛布を張りつけて行ったという録音は、ちょっとこもり気味で、まさに手作りのサウンドである。売り込みには苦労したらしいが、アン・ブリッグスなど友人の推薦もあり新興レーベル、トランスアトランティックの目にとまり発売となったという。

全15曲中9曲が歌付で、ほとんどの曲が内省的で重く、しかも安住する事を拒否する内容が多い。トラッド的な曲は全く入っていない。1, 6, 11の放浪への欲求、3,4等の愛に対する不信を唸るような声で歌う。それは極めてヨーロッパ的で、黒人ブルースにない知性と倦怠の世界だ。友人の麻薬への逃避と死について歌う 8.「Needle Of Death」は有名な曲で、善悪の次元を超えた突き放したような哀しみに満ちており、その存在感に圧倒される。また 11.「Running From Home」は歌詞のイメージの広がりと漂うようなメロディーが素晴らしい名曲。9.「Do You Hear Me Now」は珍しくアグレッシブなプロテストソングで、ドノヴァンがカバーした。12.「Courting Blues」は、最も初期の作品で、1966年に発売された5曲入りEP 「Needle Of Death」(TRA EP 145)には、「Green Are Your Eyes」という副題で収録されていた。このEPのジャケット・デザインは本作の完全ミニチュア版で大変面白いアイテムだ。ただし残りの3曲は本作の11.と次作「It Don't Bother Me」S3 の3, 5でLP未収録の曲はない。最後の歌14.「Dream Of Love」は夜明けのような薄い光に満ちていて、とても印象的な曲である。

ギター伴奏は本当に素晴らしい。彼の手にかかると何でもないスリーフィンガー奏法のリフも魔術の様に響き、心にぐいぐい迫ってくる。3.「Oh How Your Love Is Strong」の変則チューニングや 1.「Strolling Down The Highway」のモノトニック・ベースによるブルージーな曲のように、若々しく強いタッチから生まれる何とも乾き切った音と天性のリズム感覚が、独奏にありがちな単調さを払拭している。インストは6曲でモダンな感覚の小品が多い。デイヴィー・グレアムの影響のもとにジャズに感化されたとのことで、ブルースをベースにモーダルな音階を使った印象派風の曲が目立っている。特に 7.「Veronica」は比較的簡単で小粒でありながらとてもピリッとした名曲。実はこのタイトルは、レコード会社のミスにより 13.「Casbah」と入り繰って表示されたもので、本当の題名は「Casbah」とのこと。その後ベストアルバム等で訂正が行われたが、もう題名のイメージがすっかり定着しており、他人のカバーや楽譜掲載もその名で行われていたため、かえって混乱を招く結果となった。私自身も最近まで「Veronica」と思っていたため、今さら変えろといっても…という感じだ。90年以降の発掘・復刻盤 S1 P2では訂正後のタイトルで表記されたが、本当にわかりづらい。本書ではあえて当初の間違いのままで統一することにしたい。また 2001年に発売された P2の再発盤にボーナストラックとして収録された、この曲のベースとドラムスによる伴奏つきバージョン(ここでは「Casbah」というタイトルになっている)も素晴らしい出来栄えだ。10.「Alice's Wonderland (不思議の国のアリス) 」はタイトルの通り、とてもきれいなメロディーとコード進行を持った名曲で、バートのインスト中ベスト3に入る出来ばえ。13.「Casbah」は、変則チューニングによる同一音の連弾によるもので、虫の羽音の様なブンブンとした不思議なサウンドが新鮮。なおこの曲のモチーフは、1968年発表のペンタングルのファースト・アルバム P2の「Waltz」にも使用された。当アルバム最後の曲 15.「Angie」はデイヴィー・グレアムの名曲で、ポール・サイモンが無名時代のイギリス滞在中にマスターし、アルバム「サウンド・オブ・サイレンス」に収録したために世界的に有名になったものであるが、バートの演奏・録音のほうが時期的に先。ポール・サイモンの演奏は、完璧主義者の彼らしく良く考え抜かれた緻密で隙のない演奏で、事前のアレンジ通りにきっちり弾いているためソリッドで洗練された都会的なサウンドになっている。一方バートの演奏はブルージー、アーシーな香りのするサウンドで(録音の違いもあるが)、即興演奏風だ。

当時彼は自分のギターを持っていなかったようで、録音で使用した2台のギターはいずれも友人から借りたものという。録音の問題かもしれないが、数曲ではナイロン弦のギターを弾いているように聞こえる。このデビュー作品は、作詩・作曲・歌唱・伴奏すべての面で一級の作品であり、1960年代のブリティッシュ・フォーク界を代表する傑作となった。本作はベストセラーとして現在に至るまでいたるまで  廃盤になることなく、、多くのミュージシャンに影響を与え続けている。ただしレコード会社との契約が100 ポンドの買取形式であったため、バートは印税収入を一切受けていないようだ。

[2001年にSanctuary Recordsから発売されたCD再発盤について]

ここには2曲のボーナストラックが入っている。16.「Instrumental Medley 1964」は当時のレパートリー(インストおよび歌もの)を、歌なし、またはハミングのみで約9分間演奏する貴重品。特に最初に演奏される 「Joint Control」は、次作 S3のセッションで録音されたものの、お蔵入りになったという作品で、1998年の発掘盤 S1が初出。この曲のリフは後に P6の表題曲「Reflection」に応用された。友人 John Challisによる私家録音のため録音が悪く、針金を弾いているような音であるが、それでも当時の演奏の凄さが勝っていて聴き応え十分。特に歌物の伴奏部分は、スリーフィンガー・スタイルの極致だ。バート初期のギタースタイルを味わい、研究するのに最適な録音。17.は「Angie」のバンド・バージョン!!で、John Challisのピアノ、Keith de Groot (裏表紙の解説を書いた人)のパーカッションの伴奏が聞こえる珍品。この再発盤は、ジャケット裏面とオリジナル・レーベルも忠実に再現、それに加えてコリン・ハーパー氏の入念な解説、当時のバートの写真やマスターテープの箱写真も添えられてサービス万点。いままでのリイシュー CDのベストだ。


S3 It Don't Bother Me (1965) Transatrantic Records TRA13

S3 It Don't Bother Me




Bert Jansch: Vocal, Guitar, Banjo (14)
John Renbourn: Guitar (7,10)

Nathan Joseph: Producer
Brian Shuel: Cover
Ray Prickett: Engineer
Bert Jansch: Notes

[Side A]
1. Oh My Babe
2. Ring A Ding Bird  S23
3. Tinker's Blues *
4. Anti Apartheid
5. The Wheel *  S36 P2
6. A Man I'd Rather Be
7. My Lover

[Side B]
8. It Don't Bother Me S33 S35 S36 S36 S36
9. Harvest Your Thoughts Of Love
10. Lucky Thirteen [J. Renbourn] *
11. As The Day Grows Longer Now  S23
12. So Long [A. Campbell]  S22 S25 S36
13. Want My Daddy Now
14. 900 Miles [Trad.]

1965年 12月発売

写真上: オリジナル盤ジャケット
写真下: トランスアトランティックの廉価レーベルEXTRA盤ジャケット(1976年頃)


デビューアルバムと同じ年の1965年の発表。前作の好評により自信がつき余裕が出たせいか、シニカルなユーモアと力強さが感じられる作品となった。今回はスタジオ録音で、ワインを持ち込んで一気に録音したという。プロデューサーのネイザン・ジョセフはトランスアトランティック・レコードのオーナー。前作のネガティブで内省的な態度は影を潜め、辛らつな鋭さを残しながらも、どこか温かみもある雰囲気だ。特に 2.「Ring A Ding Bird」は夢を追い求める歌で、木漏れ日のなかで白日夢を見ているようなファンタスティックな歌詞と変化に富むメロディーを絶妙の弾き語りで聴かせる名作。9.「Harvest Your Thoughts Of Love」は恋の苦しみを歌っているがメッセージは前向き。またストイックで耽美的な内容のラブ・ソング1, 7があり、多少オーバーな比喩が散りばめられた硬めの歌詞とメロディーは彼の作品群の中でも珍しい。

プロテスト・ソングが多いのも本作の特徴である。4.「Anti Apartheid」は文字通り人種差別反対を歌ったものだが、「皆で歌おう」的なものではなく、あくまで個人的な宣言に聞こえる。タイトル曲になった 6.「It Don't Bother Me」は、自分自身のためのプロテスト・ソングともとれる。デビューアルバムの成功により名声を獲得した頃の心境を歌ったもので、自分のイメージが勝手に固定され、社会の枠の中にはめ込まれてゆくなかで、「そんなこと気にしない、勝手にしろ」とシニカルに開き直っている。8.「A Man I'd Rather Be」は寓話によく出てくる「もし・・になったらいいけど・・やっぱり人間のほうがいいや」という歌で、冷笑的な声が印象的。11.は投げやりな感じが曲の内容にあっている。曲の途中で詰まって、笑いながら演奏を再開するところなど人を食った演奏。12.はイギリスのフォーク・シンガー、アレックス・キャンベルの作品。ここでのバートのギターは、変拍子で演奏され、スリーフィンガーでもブルースでもない独自のスタイルが確立しつつあることを示している。1993年のS25の映像版では、30年後の彼がこの曲を演奏する断片を見ることができる。13.は彼の人格形成に大きな影響を与えたという、幼い頃父親に捨てられたトラウマを赤裸々に歌う。14.「900 Miles」は汽車による放浪をテーマとしたアメリカ風のトラッドで、バートのバンジョー演奏のデビュー作。そのスタイルは、当時ヨーロッパで活躍したデロール・アダムスの影響を受けた地味なクロウ・ハンマー奏法であり、ブルーグラス・バンジョーの派手さはない。

インストは3曲。5.「The Wheel」は車輪の回転をテーマとした小品。P2の再発盤のボーナストラックにパーカッション付のバージョンが収録されたので、そちらも必聴。3.「Tinker's Blues」は彼の解説では「アパートをうろつき回り、煙突に飛び込んで消防夫に救出されることを楽しみにしている猫」とのこと。いずれも地味でこじんまりとした作品。10.「Lucky Thirteen」は、上記の7.と共にジョン・レンボーンとの共演作。この曲はドリス・ヘンダーソンとの共作によるデビュー盤「There You Go」 1965に収録されていたジョンのオリジナル曲「Something Lonesome」をインスト物に改作したもの。当時共同生活をしていたという彼らが、日頃のジャム・セッションのなかで作り上げていった音楽が生々しく収録されている。バートが伴奏で和音を散りばめジョンが奔放なリードをとるスタイルは後年のペンタングルの原点といえるもの。

1996年ヴィヴィッドより4曲のボーナストラック入りCDして再発されたが、うち2曲は「 Box Of Love」O2、残り2曲は P1 で発表済のものであり未発表曲はなかった。

[2022年4月追記]
ジャケット写真で壁に寄りかかって座っている印象的な女性はベヴァリー・カンターで、当時バートと付き合っていた女性。彼女はその後ジョン・マーチンと結婚し、歌手ベヴァリー・マーチンとして有名になる。彼女がジョン・レンボーンと共演した音源が残っている(「The Attic Tapes」参照)。


S4 Jack Orion  (1966) Transatrantic Records TRA143












Bert Jansch: Vocal, Guitar, Banjo (1)
John Renbourn: Guitar (1,3,6,8)

Bill Leader: Producer
Brian Shuel: Cover Photo & Design

[Side A]
1. The Waggoner's Lad * [Trad.]
2. The First Time Ever I Saw Your Face * [Evan MacCall] S8 S18 S25
3. Jack Orion [Trad.]  P5

[Side B]
4. The Gardener [Trad.] *
5. Nottamun Town [Trad.]
6. Henry Martin [Trad.] *
7. Blackwaterside [Trad.]  S18 S18 S25 S27 S33 S36 S36 S36 P21 O11 O16 O42
8. Pretty Polly [Trad.]  S1

1966年 9月発売

写真上: イギリス仕様のオリジナル盤ジャケット(この写真は日本盤 東芝EMI IRS-80479 です)

写真中: トランスアトランティックの廉価レーベルEXTRA盤ジャケット(1976年頃)

写真下: アメリカ仕様のジャケット(Vangard VSD 6544)

3作目にして初めてトラッドに挑戦したアルバム。この作品は「Bert & John」 P1とほぼ同時期に録音され、いずれの曲もバートとジョンのコンビネーションはバッチリだ。アン・ブリッグスからの大きな影響が感じられ、インスト1曲を除きすべてトラッドで、前2作のような私小説的要素はない。その分ボーカリストとして、またギタリストとしての彼の姿がより強調されたものとなった。

まずギターのスタイルについて。2, 4, 7におけるプレイは、彼独特のスタイルがこの作品で完成されたことを物語っている。7.「Blackwaterside」はトラッドのメロディー・歌詞と、モダンな伴奏が見事に融合された傑作で、ドロップド D・チューニングで演奏される。ジミー・ペイジがこの曲をアル・スチュアートから教わり、「Black Mountain Side」というインスト曲に改作、自作曲としてレッド・ツェッペリンのファースト・アルバムに収めたのは有名な話だ。ジャズ的なリズムとブルージーな音使い、バシバシという力強いタッチで奏でられるトラッドの美しいメロディーはそのままインスト曲にできる程創造性が高く充実したもの。この曲は数多い彼のギタープレイのなかでも最高の出来であろう。ちなみにブラックウォーターとはアイルランド南東部にある川の名前だ。2.「The First Time Ever I Saw Your Face」はイワン・マッコールの作品で、後1972年にアメリカの黒人歌手ロバータ・フラックが、ジャズコンボをバックとしたピアノの弾き語りでカバーし大ヒットした。4.「The Gardener」はメランコックなスキャット・ボーカルが聴ける。この3曲のギター・スタイルは良く似た雰囲気で、このアルバムのカラーのひとつを形成している。

3, 5, 6, 8はスリーフィンガー・スタイルであるが、変則チューニングによるドローン・サウンドの反復が呪術的な響きをもって迫ってくる。8.「Pretty Polly」は、若い女性のレイプ殺人のバラッドで、悲惨な話を淡々と歌う。このメロディーはボブ・ディランの「Ballad Of Hollis Brown」(「時代は変わる」所収)と同じもの。アルバムタイトルでもある 3.「Jack Orion」は10分近くに及ぶ大作。フィドルの名人ジャックが若い貴婦人と逢引きの約束をするが、それを聞いた彼の下男がジャックに成りすまして貴婦人の部屋に忍び込んでしまう。貴婦人は屈辱のために自殺しジャックは下男を縛り首にする。この中世の香り高い伝承が単純なメロディーにのって語るように歌われる。この作品は後にペンタングルの「Cruel Sister」1970 P5にも収録されたが、そのバージョンでは最後にジャック自身も命を絶つところが異なっている。これらの曲のカラフルなギターサウンドと、深遠で暗く悲惨なトラッドの歌詞の対照がこのアルバムのもうひとつのカラーである。

ジョン・レンボーンは1, 3,6, 8の4曲に参加しており、そのサポートは断然光っている。1.「The Waggoner's Lad」ではバートがバンジョーを弾きジョンがリードを担当。3.「Jack Orion」は演奏時間がとても長い曲であるが、ジョンがオブリガードを付けて単調になるのを防いでいる。6.「Henry Martin」や 8.「Pretty Polly」は、比較的控えめな伴奏。

ちなみに当アルバムの米国盤(ヴァンガード・レコードより発売)のアルバム・ジャケットは、イギリス・トランスアトランティックのものと全く異なっていて、バートの不機嫌そうな表情のクローズアップ・カラー写真だった。うつむいてギターを弾く陰影の深い白黒写真によるイギリス盤のデザインののほうが、はるかに出来が良いと思う。ちなみに米国盤は1曲多く収録(「900 Miles」)されているが、前作「It Don't Bother Me」S3 収録のものと同録音。


S5 Nicola  (1967) Transatrantic Records TRA157





Bert Jansch: Vocal, Guitar, 12st. Guitar, E.Guitar (5,8,11)

Nathan Joseph: Producer,
David C. Parmer: Arranger
Gus Dudgeon, John Wood: Enginner
Brian Shuel: Jacket Design

[Side A]
1. Go Your Way My Love [Briggs, Jansch」 S25
2. Woe Is My Love Dear
3. Nicola *
4. Come Back Baby [Unknown]  S1 S14 S18 S27 S29 S33 S36 S36 S36 P19 O13 O20
5. A Little Sweet Sunshine
6. Love Is Teasing [Trad.]

[Side B]
7. Rabbit Run
8. Life Depends On Love
9. Weeping Willow Blues [Unknown] S36 O22
10. Box Of Love
11. Wish My Baby Was Here
12. If The World Isn't Here

1967年7月発売

写真上: オリジナル盤ジャケット

写真下: トランスアトランティックの廉価レーベルEXTRA盤ジャケット(1976年頃)



ペンタングル結成直前のアルバム。時はビートルズの「サージェントペッパーズ」のころで、ストリングスやブラスを多用したサイケデリックなサウンドが流行っていた時代。いままで地味なフォーク・アルバムを出していたバートが、ここで一念奮起してポップスターを目指したのか、いままでのスタイルに飽きたのか、初めてのことを手当たり次第やってみた感じで、その度合いが余りに甚だしいため一種のパロディーととることもできる。オーバー・プロデュース気味の派手なアレンジの曲と、彼の独演による皮肉な歌詞の曲が入り乱れており、そのはちゃめちゃな雰囲気はそれなりに魅力的。その後エンジニアのガス・ダッジオンはエルトン・ジョンのプロデューサーになり、音楽監督のデビッド・パーマーはジェスロ・タルのキーボード奏者になった。本作はバート・ヤンシュの入門盤としては不適当かもしれないが、その愛らしさによりファン必携のアルバム。

ジャケットはジャケット用写真のネガ焼き(その中には「It Don't Bother Me」 S3の表紙写真用に撮られたものもある)と、デザイン案のメモという「未完成状態」で、今までの作品の真面目な表紙と正反対の面白さ。裏面もネイザン・ジョセフによるレコーディング予定通知の手紙、1967年4月26日「レコーディング、1:30デッカ」と書かれたバートの手帳の断片、デビット・C.パーマ−による2.「Woe Is My Love Dear」のアレンジ譜のコピー等が配置されて、楽屋落ちの乗りとプライベートな雰囲気が良い感じのデザインである。特に曲目のラインアップで、6.の曲名をいったん 「Love Is Pleasing」とタイプした後に手書きで 「Pleasing」を抹消し、「Teasing ( いたずらで悩ましい) 」と訂正するあたりのセンスは秀逸。

1.「Go Your Way My Love」はお馴染みの変則チューニングのドローン・サウンドによる弾き語りだが、スタジオ録音による深いエコーのため音色が一風変わったものになった。恋に悩む女性の歌で、アン・ブリッグスとの共作の成果があわられたクリエイティブな曲。「Acoustic Routes」 1993 S25ではバートの伴奏で彼女が歌っている。2. 「Woe Is My Love Dear」は、何とフルート、トランペットとストリングス・オーケストラによる演奏で、彼はギターを弾いていない。トランペットはいかにも当時のイギリス風ポップ・サウンド。当時の恋人の名前にちなんだタイトル曲 3.「Nicola」は、対位法によるバロック風のインストで、途中からチェロがからむ。後半からインテンポとなり、ドラム・ウッドベース・フルートが加わってバロックジャズのようなサウンドが展開され、最後はまたスローに戻って終りとなる。彼の強いタッチのギターによって独特の味わいが出た。

4, 9の2曲はストレートなブギー調のブルースで、いままでの作品にこの様な正統なブルースが収録されていなかったのは不思議。4. 「Come Back Baby」はニューオリンズの盲目ブルースマン、スヌークス・イーグリンで有名な曲。5.「A Little Sweet Sunshine」は、ブラス付きR&Bバンドをバックにエレキギターを弾きながら歌う、アップテンポのジャンプ・ソング。これらのバンドもの録音は一発録りだったという。6.「Love Is Teasing」は珍しい12弦ギターの弾き語り。「愛なんて最初は宝石のようだけど時が経つと冷たくなって、朝の露のように褪せてしまうのさ……」という無責任な歌詞をシニカルに歌う。

7.「Rabbit Run」は多重録音による輪唱で面白い効果をあげている。その他10, 12の弾き語りの出来もよく、また8, 11のバンドサウンドは5.よりもライトでポップな仕上がり。とにかく理屈抜きで楽しみましょう。


S6 Birthday Blues (1969) Transatrantic Records TRA179


Bert Jansch: Vocal, Guitar
Ray Warleigh: Alto Sax (6,9), Flute (3,8)
Duffy Power: Harmonica (4,6)
Danny Thompson: Bass
Terry Cox: Drums

Damon Lyon Shaw: Engineer
Heather Jansch: Album Design
Hans Feurer: Album Photo

[Side A]
1. Come Sing Me A Happy Song To Prove We All Can Get Along The Lumpy, Bumpy, Long And Dusty Road  O27
2. The Bright New Year
3. Tree Song S36
4. Poison  S23 S33 S36 S36 P10
5. Miss Heather Rosemary Sewell *
6. I've Got A Woman  S36 P11

[Side B]
7. A Woman Like You  S23 S27 S32 S36 S36 P3 P11 P13
8. I Am Lonely  S1 S18 P9 P9 P11
9. Promised Land
10. Birthday Blues *
11. Wishing Well [Jansch, Briggs]
12. Blues *  S1

1969年1月発売


ペンタングル時代に出したソロアルバム。全体的に曲・サウンドともに中途半端な感じで、いまひとつ印象が薄い。当時アーティストのヒザーと結婚(本作品を含む数枚のアルバムのデザインを担当、後1988年に離婚)したせいか、彼の歌は穏やかなものになり、今までのとげとげしさは影をひそめた。

バック・ミュージシャンについて。まずペンタングルのリズム隊のふたりが加わっているが、いつもよりも控えめなサポートに徹しているため、よりリラックスした演奏になっている。奥さんの旧姓を曲名にしたバロック風の 5.「Miss Heather Rosemary Sewell」におけるバートとダニーの対位法的な掛け合いは聴きもの。また12.「Blues」は3人によるブルース・ジャズ的な面白い演奏で、珍しくバートがソロを取っている。フルート、サックスのレイ・ワーリーはジャズ系の人らしいが、特に3, 8におけるフルートのオブリガードはなかなかのもの。彼はジョン・レンボーンの「Sir John Alot Of....」 1968 でも素晴らしい演奏をきかせてくれる。4, 6で渋いブルース・ハーモニカを聞かせるダフィー・パワーは、ペンタングルのダニーとテリーの他、ジャズギタリストのジョン・マクラフリンや元クリームのジャック・ブルースをゲストにソロアルバム「Innovations」(トランスアトランティック、TRA229)を残している。

彼のギター伴奏はますます磨きがかかる。6, 12の抑制のきいたブルース、特に11.「Wishing Well」の変拍子による演奏は素晴らしい。5, 10のクラシカルなタッチも、以前よりも優しく聞こえる。 歌詞面では厳しい内容やシニカルなものがなくなり、歌いかたも実に丁寧。丹念に韻をふんだ透明感のあるものが多いが、抽象的でわかりにくい面もあり、以前のひたむきな感じは薄まった。愛の喜びを知った歌である1.では「僕はすべての人を愛している。きっと愛し過ぎているのかも」とまで歌っていて、もうどうぞ御勝手に...という感じ。3.「Tree Song」では、「もしも僕が..... ならば貴方に....しましょう。」という愛する人に捧げる歌。2, 8, 11は以前からのレパートリーらしいうす暗いムードが残っているが、それでも十分な明るさに満ちている。なかではペンタングルの「Sweet Child」 P3 のライブ盤に収録された7.「A Woman Like You」が良く、変則チューニングによるシタールの様なオリエンタルな響きのギターも最高の出来。ただしリズムが少しバタバタしているのが残念。やはりライブバージョンのほうの出来が良いかな。

以上、ペンタングルとしての忙しい活動のなかにあって、何故ソロアルバムなのかという問題意識と制作時間が十分でなかったためか前述の通り、個々の曲では良いものがあったが出来はいまひとつという結果となった。バート自身そのことを十分感じたようで、次回のソロアルバムにはその教訓はしっかり生かされた。


 
S7 Rosemary Lane (1971) Transatrantic Records TRA235 
 




Bert Jansch: Vocal, Guitar, Notes
Bill Leader: Producer
Nic Kinsey: Mastering
Heather Jansch: Cover Design

[Side A]          カバー
1. Tell Me What Is True Love ?  S25 O27
2. Rosemary Lane [Trad.]  S33 S36 
3. M'Lady Nancy *
4. A Dream, A Dream, A Dream   
5. Alman *
6. Wayward Child  
7. Nobody's Bar

[Side B]
8. Reynardine [Trad.]  S33 P9 P16 P19
9. Silly Woman
10. Peregrinations *
11. Sylvie [Trad.]  P4 P20
12. Sarabanda * [A. Correlli] S36
13. Bird Song

1971年5月発売

写真上: オリジナル盤ジャケット
写真下: トランスアトランティックの廉価レーベルEXTRA盤ジャケット(1976年頃)


ペンタングル時代におけるソロ作品の名盤でバート自身のお気に入り。彼ひとりの弾き語りにこだわったらしく、ゲストの登場はまったくなし。しかしながらソロ作品にありがちな単調さはなく、トラッド、オリジナル、インスト等の各楽曲とその演奏の良さ、流れるように進行してゆく構成により、地味ではあるが純粋で香り高い雰囲気が生み出された。このアルバムは出来れば夜寝る前に一人でじっくり聴いて欲しい。貴方は日頃の忙しい生活を忘れ、ギターとボーカルの音空間が作るオアシスで一時の安らぎを得ることができるでしょう。当時サセックスにあったバートの自宅で、ビル・リーダーのプロデュースによって録音された本作品は、彼のソロアルバムでもベストの一枚。ジャケットデザインは奥さんのヒザー・ジャンシュ。マスタリングのニック・キンゼイは、後にステファン・グロスマン主催のキッング・ミュール・レコード一連の作品でエンジニアを担当した人。

1.「Tell Me What Is True Love」について。アルバムライナーの彼自身のコメントで「小さな子供がロマンチックな答えを期待して親にするような問いかけ」とあるが、本当の愛の意味を問う歌詞と美しいアルペジオのギター伴奏が何とも印象的。リスナーは出だしからこのアルバムの雰囲気に引きずり込まれてしまう。1990年のデロール・アダムス生誕65周年記念コンサートでのペンタングル・リユニオンで演奏され、「Anniversary」O27 にも収録されたが、そこではジャッキー・マクシーがボーカルを担当し素晴らしい出来。1.の他、4. 6. 7 .9. 13.のオリジナルソングの歌詞も、シニカルなものや変に浮かれているものはない。愛や孤独を歌いながらも淡々とした薄い光に覆われたような内容で、人生をみつめる深みがある。

本作における2, 8, 11の3曲のトラッドはラブソング。2.「Rosemary Lane」は、船乗りに誘惑された娘の嘆きが歌われている。8.「Reynardine」はジョン・レンボーン・グループのアルバム「A Maid In Bedlam」 1977でも取り上げられていた曲で、女性をかどわかす狐の魔物のこと。ただし中世の英雄伝説と混ざり合ったため、悪者のみでないダブルミーニングの歌詞は微妙で奥深いニュアンスがある。11.「Sylvie」 は恋人に捨てられた娘の話で、ペンタングルの「Basket Of Light」1969 P4所収の「Once I Had A Sweetheart」の姉妹曲。ジャッキーの歌うペンタングルのバージョンが長調のメロディーであるのに対し、ここでは短調で歌われており、その分メランコリックな感じである。

本作での伴奏ギターは彼独自のスタイルの円熟を示している。特に8.「Reynardine」のギターは「Jack Orion」S4 における「Blackwater Side」と同傾向のスタイルだが、トラッドの美しいメロディーをブルースとジャズの和声をフルに使って料理したモダンな音作りで、創造力溢れる素晴らしい伴奏である。イントロとエンディングのカッコ良さは尋常でなく、ラフでありながら極めて繊細という彼のギター・タッチの真骨頂であり、聴く毎にウーンと唸ってしまう。弦の微妙な震えまでが見事にコントロールされているまさにベストの一曲。また 6.「Wayward Child」のエンディングは、1974年のアルバム「L.A. Turnaround」S9に収録されるインスト曲「Chambertin」のモチーフが出てくる。 他の曲も 7.「Nobody's Bar」の変拍子や 4. 9のお馴染みの変則チューニングのスリーフィンガー等どれをとっても聴きごたえあり。この作品を頂点として彼のギターはこれまでの凄味が薄れて、枯れた味わいのあるものに変化してゆく。


 
S8 Moonshine (1973) Rprise MS2129 
 




Bert Jansch: Vocal, Guitar
Gary Boyle: Elec. Guitar (6,7)
Danny Thompson: Double Bass
Dave Mattacks: Drums (1)
Laurie Allen: Drums (4,7,9)
Danny Richmond: Drums (6)
Ralph McTell: Harmonica (2)
Ali Bain: Fiddle (4,6,7)
Tony Visconti: Elec. Bass (1,9) Tubular Bells (5), Recorder (6), Arrangement (1,3,5)
Mary Visconti (Mary Hopkin): Harmony Vocal (6)

Danny Thompson: Producer
John Wood ,Victor Gamm: Engineer
Heather Jansch: Sleeve Design

[Side A]        
1. Yarrow [Trad.]  P14 P19 P22 O22
2. Brought With The Rain [Trad.]
3. The January Man [Dave Goulder]  S24
4. Night Time Blues
 
[Side B]                
5. Moonshine  S23 S36 S36 S36 P21 O40
6. The First Time Ever I Saw Your Face [Evan MacColl]  S4 S18 S25
7. Rambleaway [Trad.]         
8. Twa Corbies [Trad.]         
9. Oh My Father  S23 S33

ふたつ折りジャケット、歌詞付(ジャケット内部に記載)


写真下: 2015年Earth Recordsから発売されたピクチャー・ディスク

 

ペンタングル解散後はじめてのソロアルバムで、リプリーズ・レコード移籍後の作品。ペンタングルの最後のアルバム「Solomon's Seal」 1972 P7 と同じく、すぐに廃盤となりその後長らく入手困難であったが、マスターテープが所在不明のため、1995年にミント状態のレコードを使用してバートの自主レーベルからやっとCD化された。プロデュースはペンタングルの仲間ダニー・トンプソン。あのビートルズのアップルレコードで「悲しき天使」、「グッバイ」等のヒットで一世を風靡したメリー・ホプキンの夫で、故マーク・ボランのT.レックスの初期メンバーでもあったトニー・ヴィスコンティが音楽監督として参加している。メリーも 6.でゲスト出演。

このアルバムはトラッド中心の構成で、バートのオリジナル作品も大部分がトラッド的。今回はジャケットに歌詞が印刷されておりとても有り難い。というのは、いままでの作品には正式な歌詞が添付されておらず、日本盤に付いている歌詞カードはレコードからの聞き取りによるもので内容が不正確なものが多かったからである。なかには間違いがあまりにひどいため、歌詞の内容を歪めてしまったものもあり注意を要する。例えば東芝EMI時代の「Jack Orion」 P4の「Blackwater Side」の一節。「'twas in gazing all, all around me,」が正しい歌詞だが、歌詞カードでは「'twas engrazen ox follow around me 」と書かれ、しかもその誤りは1982年のコロンビア・レコード発売の「Heartbreak」 S17 中の同曲の歌詞カードにも繰り返されるのである。バートのボーカルは歌詞が聞き取りにくい部分が多いので、その分正確な歌詞が必要なのだ。英米人でさえも正確な聞き取りは難しいらしく、ファンの間で「Janschese」(ヤンシュ語)と言われており、インターネット上で歌詞について諸説が飛びかっているほどだ。最近の再発盤の歌詞カードについては未確認であるが、少しでも修正されていることを祈るのみである。

話を元に戻そう。本作はきっちりと作られたトラッド主体のアルバムであるが、前作と比べて曲が地味であるために、全体の印象が薄めな感じがする。ただし彼独自の世界はしっかり表現されており、聴き込むとそれなりの気品と味は出てくるので、そこは聴く者の好みによって評価が分かれる所であろう。本作に対する評論家諸氏の評価は概して非常に高い。幻の名盤現象のひとつか?3.「The January Man」は12か月を人に例えたトラッド的な曲。4.「Night Time Blues」は、夜中に聞こえる悪夢のような泣き声に思いをめぐらせる夜の孤独に喘ぐ歌。5.「Moonshine」は幽閉された者が自由を求める嘆きの歌であるが、いろんな事にがんじがらめになった現代人にも共通するものがあり心に迫る一曲。6.「The First Time Ever I Saw Your Face」は「Jack Orion」S4 のインスト・バージョンと異なり歌つきで、当アルバムでは一番派手なバンド・アレンジ。メリー・(ホプキン)ヴィスコンティのオブリガード的なハーモニー・ボーカルが面白い。バートのギター伴奏は従来の作品に比較して抑え気味で、ギターファンには物足りない。演奏面ではダニーのベースとアリ・ベインのフィドルが良いが、全体的なアレンジは今聴くと少し古臭い感じもする。アリ・ベインは、スコットランドのシェトランド地方出身のフィドル奏者で、後に音楽番組のプレゼンターとして有名になり、スコットランド、アイルランド、フランス、アメリカの伝統音楽を融合させる試みを続けている。アメリカのドブロ奏者、ジェリー・ダグラスと組んで、欧米の伝統音楽の名手を集め、著名シンガーをゲストに招いて演奏するという趣向のBBC4のテレビ番組「Transatlantic Sessions」のシリーズが好評。9.「Oh My Father」の早弾きエレキ・ギターは1970年代初期のロックギターの典型サウンドだが、バートの音楽には場違いな感じもする。ギタリストのゲイリー・ボイルはイギリスのジャズロック界で活躍した人で、ブライアン・オーガー、ジェリー・ドリスコル、ツトム・ヤマシタの作品に参加、またアイソトープという名前のグループやソロアルバムを発表している。アラン・ホールズワースのような派手な人気・名声は得られなかったが、熱心なギター愛好家の評価が高い人のようだ。その他、ロイ・ハーパー、クリス・ペディングのアルバムに参加したローリー・アレン、そしてフェアポート・コンベンション、スティールアイ・スパン、インクレディブル・ストリング・バンドなど、多くのフォーク系作品のドラムスで活躍したデイブ・マッタクスなど、腕利きのセッション・ミュージシャンが参加している。

[2016年11月追記]
2015年ロンドンの独立系レーベル、Earth RecordsよりCDおよびLPで復刻された。そのLPはピクチャー・ディスク仕様で、レコード全面がオリジナル・ジャケットデザインの円形のイラストとなっている。円形の額縁のようなジャケットに入っているため、写真下にあるようにオリジナルに比べてイラストがクローズアップされたようになっているのが面白い。


S9 L.A. Turnaround (1974)     Charisma CAS1090 
 

Bert Jansch: Vocal, Guitar,
Mike Nesmith: Guitar (6,10,11)
Jesse Ed Davis: Elec. Guitar (5)
Jay Lacy : Guitar (7)
Red Rhodes: Pedal Steel Guitar (1,4,6,8,10,13,14)
Byron Berline: Mandolin, Fiddle (11)
Mike Cohen: E. Piano (12), Piano (15)
Klaus Voorman: E. Bass (1,5,6,7,10,11,12)
Danny Rane : Drums (5,6,12)

Mike Nesmith: Producer Except (2,9)
Danny Thompson: Producer (2,9)
Frank Sansom: Sleeve Design

[Side A]
1. Fresh As A Sweet Sunday Morning  S10 S19 S27 S33 S36
2. Chambertin *  S10 O32
3. One For Jo  S9 S10 S11 S18 S23 S36 O10 O13
4. Travelling Man  S10
5. Open Up The Watergate (Let The Sunshine In) S9 P21
6. Stone Monkey  S10

[Side B]
7. Of Love And Lullaby
8. Needle Of Death  S2 S2 S23 S25
9. Lady Nothing * [John Renbourn]  S10 S11
10. There Comes A Time  S9
11. Chuck Old Hen [Trad.]  S14
12. The Blacksmith [Music: Doc Watson, Lyrics: Jansch]  S9 S10 

歌詞カード付き 1974年9月発売

[Bonus Track For CD Reissue 2009]
13. Open Up The Watergate (Alt. Version) 
S9 P21
14. One For Jo (Alt. Version)
S9 S10 S11 S18 S23 S36 O10 O13
15. The Blacksmith (Alt.Version)
S9 S10
16. In The Bleak Midwinter (1974 Single)

[Enhanced CD : L.A. Turnaround...The Movie]
17. There Comes A Time (Rehearsal)
18. Fresh As A Sweet Sunday Morning
19. Travelling Man


16.は O9と同一録音

 

リプリーズとの契約終了後、バートはしばらく引退して田舎で農業をしていたが、長くは続かず、カリスマ・レコードと契約した。同社はリンデスファーンやジェネシスなどが所属したイギリスの中堅レーベル。ペンタングル解散後のソロ・キャリア確立を目指し、従来のイメージから脱却して幅広い音楽をこなすシンガーソングライターへの発展を意図したのか、今回は米国一流セッション・ミュージシャンとの録音。以前にパリで録音したインスト曲の2. 9. を除き、レーベル・オーナーのトニー・ストラットン・スミスがイギリス・サセックスに所有する別荘と、アメリカ・ロスアンゼルスのスタジオでレコーディングされた。レッド・ローズのスティールギターがフィーチャーされた 1. 4. 6. 8. 10. がイギリス (うち2曲は屋外録音とのこと)で、その他のミュージシャンが演奏する 5. 7. 11. 12. がアメリカ録音と推定される (3.はバートの弾き語りのため、どちらか特定できなかった)。元モンキーズのマイク・ネスミス (1942-2021) がプロデュースを担当したことが興味深い。モンキーズ時代は静かなイメージで目立たなかったが、解散後はソロで「シルバー・ムーン」等の大ヒットを飛ばし、プロデューサーとしても大いに実力を発揮した人である。彼とバートの意外な取り合わせの妙により、ライ・クーダーに近いアメリカン・サウンドと、バート本人から発散されるヨーロッパの香りが混ぜ合わさった独特の雰囲気が生まれた。そしてそれは20年後の今でも全然古さを感じさせない。ベースのクラウス・フォアマン (1938- ) は、ビートルズ・メンバーのソロアルバムのバックやアルバム表紙のデザインでもお馴染みの売れっ子セッションマン。ジェシー・エド・デイビス(1944-1988)はレオン・ラッセル一派の渋好みギタリストで、「ABC」等のソロアルバムは名盤と言われている。ジェイ・レーシー、マイク・コーヘン、ダニー・レインは、主にマイク・ネスミスのバックを担当していたミュージシャンで、彼は次回作でプロデュースを担当する。レッド・ローズ (1930-1995)やバイロン・バーラインはカントリー、ブルーグラス界でセッション・プレイヤーとして有名な人達で、ジェイムス・テイラーやキャロル・キング等のアルバムにも参加している。

バートのギターは前作同様抑え気味(写真ではヤマハのギターを弾いている)で、バンドのアンサンブルを重視したスタイル。セッションマンとの意気はピッタリ。ジャケット裏の写真が物語るように普通の家に機材を持ち込んで録音したアットホームなムードに溢れている。1.「Fresh As A Sweet Sunday Morning」のペダルスチィール・ギター、5.「Open Up The Watergate」のスライド・ギターは、従来の彼にないサウンド。4.「Travelling Man」は街から街へ旅をするフォークシンガーの歌で、歌詞の中には有名なフォークソングのタイトルや歌詞の一節がたくさん出てくるのが面白い。6.「Stone Monkey」は石から生まれた猿、孫悟空の事を歌っている。 8.「Needle Of Death」はファースト・アルバムの赤裸々なボーカルに比べて抑え気味であるが、深みがあり年輪を感じさせる。10.「There Comes A Time」は人生の転機を歌う。11.「Cluck Old Hen」はライ・クーダーのサウンドそのもの。12.「The Blacksmith」は、ペンタングルの「In The Round」 1986 P15に同名異曲がある。

ダニー・トンプソンのプロデュースによるパリ録音は2曲収録。2.「Chambertin」はファースト・アルバムの「Veronica」、「Smokey River」系統のモード・ジャズ調の曲で、このタイプの曲では最高峰に位置する素晴らしい出来だ。「Avocet」 1979 S15 の「Bittern」のなかに同じようなモチーフが出てくる。9.「Lady Nothing」は、ジョン・レンボーン作曲によるクラシカルな名曲で、レンボーンの演奏では「Another Monday」1967 が初録音、「Nine Maiden」1985 には多重録音によるデュエット・バージョンが収録されたが、そのアレンジはペンタングルのステージでバートとジョンが演奏していたものという。バートはそのためにこの曲をマスターしたのだろう。ここではバート独特の強いタッチが、ジョンとは異なる味が出ていてとても面白い。この曲が入っていたジョン・レンボーンの楽譜集は長い間入手困難だったが、彼のホームページ上でタブ譜が公開された。ちなみに前述のパリ録音については、後年の「Rare Conundrum」1977 S13 に1曲「Doctor,Doctor」が収録されたが、その他に録音された曲のテープは所在不明とのこと。

彼のキャリアで中期最初の作品にあたり、なかなか良い出来であったが、販売的に不振だったらしく直ぐに廃盤となったため、とても入手しにくい一枚となった。インターネット市場でも滅多に出回らないので、見つけたらすぐに購入することをお勧めします。

[2009年9月追記]
過去25年以上も廃盤でCD化もされていなかった本作は、2009年6月ヴァージンレコードから復刻された。待望の再発で、オリジナル・レコードを所有している熱心なファンにとっても、リマスターによって、よりクリアーな音を楽しむ事ができる。さらに未発表の別バージョンが3曲、シングル盤のみ発表曲が1曲ボーナストラックとして追加収録された。さらに本CDは、エンハンス仕様となっており、当時撮影されて没になっていた13分のプロモーショナル・フィルムをパソコンで観ることができるオマケまでついた。この美味しいCDがリーズナブルな価格で発売され、さらに日本では円高もあり大変廉価で購入できたのは、大変有難いことだった。

13.「Open Up The Watergate」は、オリジナルはジェシー・エド・デイビスのファンキーなスライドギターがフィーチャーされていたが、ここではレッド・ローズのスティール・ギター、マイク・ネスミスのリズムギターによるスウィートな演奏(ベースなどのオーバーダビングは入っていない)。また14. 「One For Jo」は、レッド・ローズのスティール・ギターとのデュエットで、両者はイギリス録音のアウトテイクだろう。スティールギターのサウンドが曲の感じをソフトなものにしており、大変に良い出来だと思う。おそらくアルバム・サウンドに変化をつけるために録音し直したものと推定される。15.「The Blacksmith」は、バートのギターとマイク・コーヘンのピアノ(ここではアコースティック)による演奏で、リハーサル・テイクと推定される。ピアノ演奏がとてもフリーな感じで、エンディングではフリージャズのようなフレーズが聴かれるのが面白い。 16.「In The Bleak Midwinter」は、本作とは別のセッションで録音され、1974年のクリスマス・シーズンに発売されたシングル(この曲についての詳細は、本曲が初めてCD化された O9を参照してください)。

コリン・ハーパー著 「Dazzling Stranger」 2000で存在が言及されていながら、未公開だった本作のプロモーショナル・フィルムが再発CDにボーナス映像として収められたのは、ファンへの素敵なプレゼントになった。この頃のバートの映像を観れるなんて夢のようですね。トニー・ストラットン・スミスの別荘におけるレコーディング・セッションの模様を撮影したもので、屋敷と庭のシーンから始まり、家の中にセットされた機材に囲まれて17.「There Comes A Time」のリハーサルのシーンが入る。次にスタッフ、家族との食事のシーンで、バートや「曲作りはどちらから?」と聞かれて、「大抵はメロディーから。いい曲の場合は同時に出来る」と答えている。次に18.「Fresh As A Sweet Sunday Morning」の録音風景のシーン。バートとレッドが向き合って演奏する。マイクはバートのすぐそばに座り一心不乱に聴き入っている。シーンには写っていないベースの音が聴こえるので、撮影された映像にレコードに収録された音をシンクロさせたものと思われる。素晴らしい映像ではあるが、映像とサウンドのライブな一体感がなく、口パクっぽく見えるのはそのためだろう。19.「Travelling Man」は、もともとバートとレッド二人だけの演奏なので、その映像は前の曲よりはずっと自然に見える。続く庭園でのバート、マイク、レッド三人の会話やビリヤードに興じるシーンでは、バックにレッドがスティールギターを弾く「One For Jo」(14.と同じものと思われる)が流れてフィルムは終わる。それにしてもギターを弾きながら歌う、当時のバートの動く姿を観るのは感動的だ!


 
S10 The River Sessions (2004)   River CD006
 


Bert Jansch : Vocal, Guitar,

1. Build Another Band  S11 S11 O11 O43
2. I've Got A Feeling  S36 P3 P8 P9 P11 P12 P20 P21 P21 P21 P21 P22 O27
3. One For Joe  S9 S9 S11 S18 S23 S36 O10 O13
4. The Blacksmith [Music: D. Watson, Lyrics: Jansch]  S9 S9
5. Travellin' Man  S9
6. Lady Nothynges Toye Puffe [John Renbourn]  S9 S11
7. Fresh As A Sweet Sunday Morning  S9 S19 S27 S33 S36
8. Angi [D. Graham]  S1 S2 S2 S11 S14 S17 S29 S36 S36 S36 S36 S36 S36 S36 O19
9. Stone Monkey  S9
10. Dance Lady Dance  S11 S11
11. When I Get Home  P6 P11 P11
12. In The Bleak Midwinter [Holst, Rossetti]  S36 O9
13. Key To The Highway [Big Bill Broonzy, Charles Segar] S25 O38
14. Chambertin S9 O33

1974年11月18日 グラスゴー・シティー・ホールにおける実況録音 
本人による簡単な曲の解説つき、2004年5月発売


1974年にバートの生まれ故郷であるグラスゴーのCity Hallで行われたコンサートを録音したラジオ放送音源がCD化された。2003年Scotish Radio Holdings plcという会社が設立したRiver Recordsからは、1970年代から現在に至るまでの様々なジャンルのコンサート録音が発掘されていて、他アーティストによる同じタイトルのCDが発売されている。本作における彼一人の弾き語りは素晴らしい演奏で、このテープを聞いたバート自身がぶっとんだそうだ。当時はアメリカ録音の「L.A. Turnaround」1974 S9の頃で、全14曲のうち7曲がこのアルバムから、2曲が同じく米国で製作された次作「Santa Barbara Honeymoon」1975 S11、残りがシングル盤 O9、および以前のレパートリーからの演奏となっている。この頃はアルコール依存症が仕事に影響を及ぼし始めた頃と聞いているが、ここでのバートは心身ともに調子が良さそうで、気迫のこもったカリスマチックなプレイを披露している。バンドサウンドを前面に押し出した上記2作品に対し、ここでは一人の弾き語りなので、同じ曲でも全く異なるバージョンとして非常に面白く聴ける。「LA Turnaround」録音時の撮影という、タバコをくわえてギターを演奏するバートのジャケット写真も雰囲気満点でとてもよい。

1.「Build Another Band」はダニー・トンプソンと「バンドをつくろうや」と話していたことを歌にしたもの。2.「I've Got A Feeling」はジャッキー・マクシーの歌によるペンタングルの演奏でお馴染みで、バートの歌が聴けるのはここだけ。本人ライナーノーツで曰く「ジャッキーのほうがずっとうまい」と言っているが、彼のボーカルも味わい深く、ブルージーなギターのアレンジも創意に富んでいて面白い。3.「One For Joe」はペンタングル時代のローディーとそのガールフレンドのことを歌ったそうで、スタジオ録音のオリジナル以外にいくつかのバージョンがある。4.「The Blacksmith」はドック・ワトソンの「St James Infirmary」を元に作った曲。イントロで少しとちって「フフフ」と笑いながら演奏する。6.「Lady Nothynges Toye Puffe」はジョン・レンボーン初期のインストルメンタル名作のカバーで、ジョンのインスト曲でバートがカバーした唯一のもの。ペンタングル再結成ツアーの際に、ジョンがデュエット用のパートを書き、二人で演奏したことがあるという。その際ジョンが新しいパートを担当し、バートがメインのパートを習得したものと推測される。途中詰まりながらも最後まで、彼独特の強いタッチで、ゴリゴリバリバリと弾き通すところはさすがだ。S9の冒頭を飾っていた7.「Fresh As A Sweet Sunday Morning」はパリで書いたものという。お馴染みの8. 「Angi」は、途中の展開部分の即興演奏が、他のバージョンとはかなり異なるフリーな感じで演奏されている。9.「Stone Monkey」は彼自身による曲の解説によると西遊記の孫悟空のことであることがわかる。10.「Dance Lady Dance」はスタジオ録音ではニューオルリンズ風のアレンジが印象的な曲だったが、ギター1本の演奏も悪くない。11. 「When I Get Home」はペンタングルの「Reflection」 1971 P6 に入っていた曲で、その日暮らしの酒飲みに対し肯定的な内容の歌詞だ。12.「In The Bleak Midwinter」は「まだ早いけどクリスマスの歌だ」と紹介される。スタジオ録音は1974年秋にシングル盤として発表され、その後ベスト盤CD「Three Chord Trick」 O9 でCD化された。マーチン・シンプソンなど多くのギタリストが演奏している。13.はCDの解説および曲目リストでは、S2収録の「Running From Home」としているが、正しくはバートが若いころに覚えたブルース曲でエリック・クラプトンなどのカバーでもお馴染みの「Key To The Highway」だ。この曲の前に編集された箇所があるので、収録曲を選定する際に間違えたのだろう。最後の曲14.「Chambertin」はかなり難しいインスト曲で、当時この曲をライブで演奏したことにつき、バート自身が驚いている。よほど調子がよかったのだろう。聴衆の拍手やざわめきを「シーッ」と静めてから演奏され、ピリピリした緊張感に溢れている。モーダルなカッコイイ曲で、彼のインスト曲のなかでも最高水準であると断言できる。

本作はほぼ切れ目なく収録されているようで、はじめはクールだったオーディエンスが、曲が進むにつれて熱くなってゆく空気が、スピーカーからじわじわと伝わってくる、ギター弾き語りの名演。