Troublesome Tornado
悪魔の契約 written by 純
「お前、なんでそんなに僕を見るの?」
暖炉から上目遣いでじっと見ている火の悪魔をいぶかしみ、ハウルはぽたぽたと水滴の落ちる髪をタオルで拭き取りながら瞳を細めた。
「なんでもない。」
そう?
あきらかに何かを感じている蒼い瞳に、火の悪魔は口元を覆った。
「・・・何だよ、おいら別に何も知らないよ!」
ハウルはくすっと笑うと、タオルを椅子に置き上着に手をかけた。
「まあいいよ。昼間、マルクルは買い物に行ってたんだよね?」
ふわりと肩にかけると、いつの間に乾いたのか金髪がさらさらと揺れる。
「帰ってきてからは、呪いの調合に失敗したんだ!『よく眠れる呪い粉』を思い切り吸い込んじゃったんだ!」
おいらが寝室に運んだんだぞ!
カルシファーは恨めしそうにハウルを見上げると、それはありがとう、とハウルが薪を一本放り投げる。
「そうだね、最近あの子の勉強を見てあげてないね。では、来客はマルクルの留守中かな?」
「な、なんだよぅ・・・」
カルシファーは薪の上で炎を小さくしながら、悪戯っぽく覗き込むハウルに内心ビクビクした。
まさか、もうバレちゃったのか!?
当然といえば、当然。
この動く城はハウルとカルシファーの魔法で出来ているのだから、異質の魔力が入り込めば、この魔法使いが感じないわけはないだろう。
あの夫婦がやってきたことは、絶対に、おいら言っちゃダメなんだ!
まして預かった物のことは・・・!
「なんでもないよ!そんなにおどおどしないで!」
ハウルはそんなカルシファーにくるりと背を向けて、扉に向かって歩き出した。
「ええ!?おい!ハウル!お前、また飛ぶのか!?」
カルシファーは両手を大きく伸ばして声をあげる。
「やめておけよ!あんた最近無茶しすぎだ!」
「なんて優しい悪魔だろう?それとも、道連れはイヤかい?」
階段を降りていく姿に、黒い影が付きまとう。
「あったりまえだ!」
ハウルは立ち止まらずに扉に手をかけて、小さく呟いた。
「ごめんね、カルシファー」
黒に合わされた扉の上の回転盤が、カシャンと再び青になるのを・・・カルシファーは見つめていた。
うつらうつらとしかけたカルシファーは、荒地へと通じる緑の扉に来客があることを察知した。
「マ・・・」
マルクルは、朝まで起きてこれないだろう。
カルシファーは、扉の向こうにいる血肉を兼ね備えた・・・人間に神経を集中させた。
年老いた体に、
優しい心。
そして・・・
様々な魔力の糸に絡められている。
「ばーさんか!しょうがない、開けてやるか。」
今日は来客の多い一日だ!
そう呟きながら、扉のとってを緑に合わせる。
老婆を縛り付ける魔力には、今日あったあの夫婦の魔力を感じたから。
それに。
なんだ?すごく懐かしい気持ちになるのは・・・なんでだ?
恐る恐る開けられた扉は、途中で止りしわがれた声が響いてきた。
「いくらハウルでもこんなお婆ちゃんの心臓は食べないでしょう」
老婆の向こうに、同じようにあの魔法使いの魔力を帯びた、血肉のない物がいることにも気がついた。どうやら、この老婆はそれに話しかけているようだった。
「今度こそさよなら!あんたはカブだけど、いいカブだったよ!幸せにね!」
そっと閉じられた扉からその皺くちゃな手が離れ、コツンコツンと杖の音が響き階段から白い髪が覗くのをカルシファーは不思議な気持ちで眺めた。
どこかで会ったことがある!
カルシファーはぶるると炎をくゆらせる。
老婆はきょろきょろと辺りを見回し、暖炉の前の椅子めがけて歩きだす。
こんな老婆に知り合いなどいないのに、と首を傾げながら薪の中に隠れるように炎を小さくしてカルシファーは息を殺す。
老婆が椅子に腰掛け「ふー」と大きく息を吐く姿は、どこか痛々しい。体中が悲鳴をあげているかのようだ。
カルシファーが目立たぬようにしていると、老婆は立ち上がり、薪を掴むと暖炉に投げ込んだ。それからぐるりと周囲に視線を向けて、ぼそりと呟く。
「なんだろうねぇ・・・ただのボロやにしか見えないけど・・・」
先程、扉の向こうで話していた内容から考えると、ここが『ハウルの城』だということは知っている様子で、興味深そうに見回している。
この老婆は何をしにここへ来たというのか?カルシファーは目を閉じて、老婆の魂の質を確かめようとする。
どうしても、ある人へと繋がる想い。
たった一人、自分たちを助ける術を知っている気がする・・・あの少女に。
おいらとハウルの出会った星降る夜に。
未来で待っていると叫んだ少女。
何重にも絡んだ呪いの糸の向こうに、本当の姿を見つけてカルシファーは思わず身を乗り出す。
カルシファーは感じていた。元の姿は、あの時あった髪の色の少女ではないけれど。あれから、何度となくハウルが夢にまで見た少女が今ここにいる。
カルシファーは笑い出したい気持ちを必死に堪えながら、ソフィーを見つめた。
ああ!ハウル!なんでお前、今ここに居ないんだ!?
ようやく、あの少女がここに現れたっていうのに!
扉に視線をやり、今まさに鳥になり飛びまわっているであろうハウルを思って、カルシファーは舌打ちした。薪が爆ぜてその音を消す。
「ま・・・歳をとっていいことは、驚かなくなることね・・・」
あの時ソフィーと名乗った少女が、呪いの糸でがんじがらめになりながら、老婆の姿で現れたことにカルシファーは少なからずわくわくしていた。
これから、何か起きるに違いないと疼きだす心は、ハウルの心臓の所為か・・・悪魔の性分の所為か・・・?
「こんがらがった呪いだね。・・・この呪いは簡単には解けないよ」
カルシファーは驚いて見つめる老婆のソフィーに話しかける。
おいらたちの契約を。
早く終わりにしてくれよ!
あいつはもう、もたないぞ!
まだ会えない、未来のソフィーに命運を託して。
July 27, 2005