Troublesome Tornado



未来へ続く過去 written by 純




突然、空っぽのはずの胸が締め付けられて、ハウルは胸を押さえて空中で丸くなった。
「うぅっ・・・はっ・・・・!」
取り囲んでいた怪物たちが、ハウルの異変に気づき嬉々として襲い掛かる。
炎が大きくなり、まるで甘い菓子に群がる蟻のようにハウルに噛み付き引きちぎる。
「うあああああああああああああああああ!」
大きな叫び声をあげ、ハウルは再び身を引きちぎろうとする痛みに襲われる。
内側から込み上げる痛みは、押し潰そうとするような、身体を真っ二つにするような激しい痛み。
これは、カルシファーに預けた・・・僕の心臓の痛み。
何かあった!?
考えなければいけないのに、痛みで思考回路は遮断される。
「ううううううっ・・・・・・!」
急速に魔力が落ちる。
空中に留まることが出来なくなり、体が急降下する。
そして、いよいよ戻れない何かに身体を奪われていく。

ソフィー、もう、僕は君を守れない・・・?
落ちていく先が、地獄であることは間違いないだろう。
二度と会うことはできないね。
君は地獄に堕ちて来たりはしない。

ハウルが閉じた瞳からは涙が零れ、それは天に想いを馳せる一筋の光りの筋となってきらめいた。
怪物たちが、ぎゃあぎゃあと不気味な鳴き声で追いかけてきたが・・・ハウルが意識を手放したと同時に、ぱあっとまばゆい暖かな光りがハウルを包みこんだ。
その光りは優しく慈愛に満ちていて、怪物たちは恐れ慄いた。
それは次第にまばゆさを増し、目を開けていられないほどの光りを放つと、黒い羽を無数に空中に散らし、ハウルを消し去った。
意識を手放したハウルの耳には、もう一人のソフィーに紡いでもらった声が聞こえた。
『どんなことがあっても、あんたはあんたのソフィーの元に辿り着く。そう、たとえぼろぼろになったとしても』




落ちていく感覚に恐怖を感じながらも、ソフィーはそれ以上の恐怖・・・ハウルを失う恐怖に気を失いそうだった。
どうしよう、どうしよう!
崩れゆく城の残骸と共に谷底に落ちていくソフィーには、荒れ地の魔女に握り締められ水をかけられたカルシファーの最後の命の灯火とも思える青い光りが小さくなり・・・消え逝くように思えた。
薄汚れたモップのような寸胴な犬・・・ヒンが、どこにそんな力があったのか、ソフィーに飛びつく。
その瞳には秘めた想いが覗いていたが、そんなことに気がつく余裕があるものなどここには居なかったのだが。
このままどこまで落ちていくのだろう。
瞳は見開かれているのに、何も映らなかった。
胸に飛び込んできたヒンが、微かに光りを放ったような気がしたが、ソフィーの頭の中では何度も何度も消えゆくカルシファーの姿が浮かんでは消えた。
がしゃん、がらん、ぐわしゃん、バキバキバキ・・・・
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
いつしか轟音も治まり、ソフィーは土の上にうずくまっていた。
暗い谷底に、からんからんと小石の落ちる音がする。
ソフィーの背中に小さな小石が落ちてあたり、ようやく焦点が合ってきた瞳に繰り返された映像以外の景色が映し出された。
放心したまま、動くことも出来ずソフィーは俯いていた。
私、なんてことしちゃったの・・・・。
がたん、と木片が動きヒンが這い出しソフィーの傍らまで行くと乾いた高音の鳴き声をあげる。
肩で切ったざんばらな髪が揺れて、ソフィーはそっと顔をあげた。
「・・・ヒン・・・大変なことしちゃった・・・」
瞳には次々と涙が溢れ、留まりきれなくなった涙は頬を流れ落ちていく。
「カルシファーに水をかけちゃった・・・!」

火の悪魔に・・・水をかけるなんて・・・!
カルシファーは、あんなに水を怖がってたのに。雨漏りですら震えてたのよ?
それなのに、私は、私は。

ソフィーがしゃくりあげるのを、ヒンはどこか辛そうに見上げている。
仕方なかったんだよ、とでも言いたげに。
「ハウルが死んだらどうしよう・・・!」
カルシファーを消してしまったのなら・・・契約を交わしているハウルだってただではすまないだろう。
愛しい人に刃を向けたかのような行動は、同時に自分の胸も突き刺していた。
どうしようもない絶望感にソフィーは両手で顔を覆った。
私は、なんてことを・・・!
ふっと。
ソフィーの指先で何かがその胸の痛みに反応するように、小さく震え、一瞬真っ赤に色を変えた。
左手の人差し指にはめられたハウルの指輪が、青い光りを放ちある一点を指し示して行く。
その光りを辿り見つめ、ヒンはソフィーに知らせようと吠え立てた。
掠れたその鳴き声と、掌から一瞬感じた暖かなものにソフィーは両手を外し、指を見つめた。
指輪は青く光り、小さく呼応するように震えていた。
僕は生きていると訴えるように。
「ハウルは生きてるの?ハウルの居場所を教えて・・・!」
ソフィーの問いかけに指輪は静かに光りを放ち、ガラクタの中を差した。
ふらりと、ソフィーは何かに操られるように立ち上がると、光りの指し示す場所へと歩き出す。
そこは大きな鉄の塊があり裏に回りこんで、ソフィーはその塊を何とか押して倒した。
「あ・・・お城のドア・・・」
そこにはハウルの城の魔法の扉があり、青い光りはその中に向かって輝いていた。
じっと扉を見つめ、ソフィーは扉を開けた。
扉の向こうは、暗黒でそっと手を差し入れても薄い空気の幕で覆われているような感触だった。
『どうしても駄目だと思ったら一度だけこの指輪が君に力を貸してくれる。』
唐突に、ソフィーの頭の中で花園で出会った魔法使いの言葉が思い出された。
ああ、あの魔法使いさんが掛けてくれた魔法が・・・。
ソフィーは指輪を見つめ、そして扉の中の暗黒を見つめた。

この先が・・・たとえ地獄だろうと、ハウルが居るなら私も堕ちて行こう。

瞳に強い意志を滲ませて、ソフィーは暗黒に一歩踏み出した。
細い糸を手繰り寄せるように、ソフィーは指輪の指し示す光りを頼りに進んで行った。
しばらく行くと、目の前に暗闇に浮かぶように小部屋が見えてきた。
ゴトン、ゴトンと規則正しく音が響く。
月明かりが室内を照らし、今まさに誰かがいたであろう気配の残る部屋の中央の机の上には、インクがまだ乾いていない紙があった。
手を伸ばそうとすると、ふっと指輪の光りが消えた。
カリカリと木を掻く音にそちらを見ると、ヒンが開けて欲しいとばかりに扉を掻いていた。
ソフィーはその扉も開けると、ゆっくりと外へ出た。
ああ、ここは・・・!
ソフィーは満天の星空を見上げ、雨のように降り注ぐ流れ星に両手を胸の前で握った。
ここは、ハウルに案内された秘密の花園。
湿原に落ちていく流れ星が、シャーンと音を鳴らして消えていく。
幻想的なそのシーンに一瞬、ソフィーは見とれてしまう。
すると、またハウルの指輪が小刻みに震えだした。
今度は、ぎりぎりと指先を締め付けるかのようで、それは悲鳴を上げているようにも思えた。
大きな流れ星が湿原の中央に落ち、光りの輪が広がると・・・そこに人影を浮かび上がらせた。
幼い表情、黒髪の少年。・・・あれは、まぎれもなく。 「ハウル!」
ソフィーの頭の中で、何かが弾けた気がした。
今まで探していた答えが、ここにあると思えた。そう、今すべて繋がる。
王宮で見せられたあの星の子達の踊り、そしてこれは・・・!
ソフィーは走り出していた。足はぬかるみにはまり、走りにくかったがハウルの元に行かなければいけないと、何かに急き立てられるように。
「私、今、ハウルの子ども時代にいるんだ」
ソフィーの後を追いかけるように、流れ星が落ちてきては砕けて光り散り、息絶えた星の子達が湿原に沈んでゆく。
「あ・・・!?」
気がつけば、ソフィーの両足は湿原に飲み込まれ身動きができなくなっていた。
一際大きな流れ星が、ハウル目掛けて真っ直ぐに落ちて来る。ハウルは逃げようともせず、両手を差し伸べその手の中で流れ星を受け止めた。
シャーン!
まばゆい光りが小さなハウルを包み、その手の中には星の子がいた。
ソフィーにはめられた指輪がチリチリと締め付け、ソフィーはエプロンを握り締める手を震わせた。
これから起きることが、ハウルに大きな変化をもたらすのだと確信していた。
小さなハウルは手の中の星の子と何か話し、一息に飲み込んだ。
「・・・っう・・・」
苦しそうに胸元を押さえると、ぐぐっと赤い火がハウルの内側から生まれてきた。
カルシファー!
ソフィーは息を殺してその全てを見つめた。
カルシファーは、星の子。
息絶えるその間際に、ハウルと契約を結んだのね・・・!
その小さな心臓と引き換えに、ハウルはカルシファーに命を与えた。
これが、二人の契約。
ピィーーーン!
指輪が砕け、ソフィーの足元は大きな暗黒の穴が開き、吸い込まれるように落下しだす。
ソフィーは引き戻される感覚に、必死に声をあげる。
「ハウル!カルシファー!」
引き込まれる暗黒に逆らうように、ソフィーは身体を捩り驚いたように振り向くハウルに告げた。
すでに視界は水のカーテンで覆われたように掠れていく。
「私はソフィー・・・!待ってて!私きっと行くから、未来で待ってて・・・!」
ハウルは覗き込もうと身を乗り出すが、その地表に出来た裂け目はあっという間に塞がった。
ハウルは生まれたばかりの火の悪魔に、そっと呟いた。
「・・・あの人・・・星色の髪をしてたね・・・僕と君の名前を知ってたよ?」
「知り合いか?」
「・・・ううん・・・。でも・・・」
なんでだろう・・・?とても懐かしい気がするのはなんでだろう。
「・・・ソフィー」
そっと名前を呟いて、星空を見つめた。

先に立って歩くヒンに促されるように、ソフィーは時空の狭間を歩いた。
涙が零れ落ちる。
ハウルは、知っていたんだ。
あたしが契約を知ることを。
どれほどの時間を待ってくれていたのだろう?
「ヒン!ヒン!」
道案内をするように、ヒンが吠える。
「歩くよ・・・ヒン歩くから・・・涙が止らないの・・・」
目の前に開け放たれた扉が見える。
元居た残骸の広がる谷へソフィーが戻ると、そこには黒い羽で覆われた塊が居た。
時を超え、過去から続く今までをずっと。
待っていてくれた人・・・
「ハウル」
そっと呼びかけて、ソフィーは羽を掻き分けた。
蒼白な顔が現れて、虚ろな瞳は何も映していなかった。
ソフィーは、ごめんねと呟き、ハウルにゆっくりと口付けた。
冷たい唇に胸が締め付けられた。
・・・まだ諦めない。
私は貴方もカルシファーも・・・助けたいの。











一足早いハッピーエンド(written by 梓音)に続く


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November 15, 2005