魔女の呪い  ― 8 ―





「・・・自業自得だな。何年も前に取引をしたせいだ。だから、今じゃ誰もまともに愛せないんだろう」
ベットで横になるハウルの・・・弱々しく閉じられた瞳から、涙が零れる。

――そんなことない、あんたの心臓は取り戻したもの。

『ほら、泣かないで・・・・・』
自分の声がひどくしわがれて聞こえる。

ぐるり、と世界が反転する。
熱風が吹き付ける中、ハウルの大声が聞こえる。
「とんでもない!僕は臆病ものなんだ!」
ハウルの手が、ソフィーの・・・ごつごつと節くれだった、しわくちゃの手を強く握る。

――臆病ものでぬるぬるうなぎで・・・だけど・・・愛しい・・・あんたはあたしの・・・?

急速に変わる景色。




「ソフィー、ソフィー!」
ソフィーは暖炉の前にある肘掛椅子に座り、繕いものをしてハウルの帰りを待っていた。
マイケルも作業台に呪いの本を広げていたのだが・・・いつの間にか明かりは落とされ、ソフィーには毛布がかけられている。

――眠ってしまったのね。

ボタンを付けていたマイケルの上着は、危なくないように机のうえに移されている。

――あたし、夢を見てたみたいね?

ハウルを想う、自分の気持ちが・・・それを受け入れたことで見せた夢なのか、それとも?

「ソフィー、あいつなら帰ってこないよ・・・ベットで寝なよ」
カルシファーが眠そうに、炎をくゆらせる。

「 どうしてわかるの?」
ソフィーは毛布を畳みながら訊ねる。

「一緒だった時間が長いからな。あいつの考えそうなことなら、だいたいわかるさ。」
薄暗い室内をカルシファーの炎が揺らす。

「だったら・・・、教えてくれない?ハウルは、どうして帰ってこないの?」
もう、真夜中だと思うが、今夜もハウルは城に戻る気がないようだ。

「それは・・・まあ・・・あんたを傷つけない為だろ。
・・・そうだな、でも、あんたがあいつへの気持ちを受け入れた今、これ以上、あんた自身が呪いを強めることはないだろう」
カルシファーは、ソフィーをまじまじと見つめる。
「ただ、あいつは臆病になっちまってる。得意のぬるぬるうなぎになりきれないほどにな。」
カルシファーのハウルに対する言葉の中に、久しぶりに、可笑しそうな響きが宿る。

「カルシファーは・・・この呪い、解くことはできないの?」
ソフィーが尋ねると、カルシファーは炎を煙突まであげて笑う。

「荒れ地の魔女の呪いなら、ハウルがとっくに焼き払ったぜ!?これは、他の魔女、つまり、あんたがかけた呪いだ」

驚くソフィーをまた笑う。

「あんたは見習い魔女さ。見習いっていっても力は強大。おいらには解けないね」
ソフィーは何か言おうとして口を開くが、言葉にならず黙り込む。
「自分で自分の記憶を封印したんだ。今のあんたなら、そう話しても信じるだろう?」

――何てこと!あたしったら、自分で自分を痛めつけてるっていうの!?

「荒れ地の魔女は・・・いや、あいつの火の悪魔かな?本当によーくわかってたのさ。
あんたがハウルの力を強めることも、弱めちまうことも可能だって!」

ソフィーはまた、無意識に指輪に触れる。指輪がひどく冷たく感じる。
まるで、思い出してくれないことに打ちひしがれているように。

――ハウル、ハウル!帰ってきてよ。あたし、思いだしたい。今まで感じた気持ちを、忘れたままなんて、イヤよ。

ギリギリと軋む頭の痛みも、自分で招いた痛みだと思うと情けなくて腹がたつ。

「ソフィー、どこに行くのさ?」

ソフィーは痛む頭を抑えながら、扉の方へ歩き出す。夢で見たハウルの涙が身体を急かす。

身体が氷つくような寒気が押し寄せ、ソフィーの足をその場に貼り付ける。


――ああ、忌々しい魔女の呪い!






        9へ続く