魔女の呪い  ― 9 ―





「ソフィー!無茶するなよ!ああ、おいらハウルに水かけられちゃうよー!!」

ソフィーの背後で慌てたカルシファーの声が響く。暖炉から飛び出し、ソフィーの前に回りこむ。

「ソフィーはソフィーのまんまだってのに、おいら失敗しちゃった!!」

ソフィーは、真っ青になりがたがたと震えだしていた。

「だって、ハウルはあたしが思い出さない限り、ここに戻ってこないつもりでしょう?」

――だったら、あたしが迎えにいかなくちゃ!

胸が痛む。心臓の空っぽの場所は大きくて・・・そう、これがあんたの占めていた場所。

「それに・・・いつまでもこのままなんて、イヤだわ。」
「ソフィー、焦るなよー!少しずつ封印解けてきてるんだからー!!」

カルシファーの声はソフィーに届いていない。
むしろ解けかけていることが、ソフィーを突き動かすことになっている。
カルシファーもハウルも、いろんなことに気をとられていて、こんな時のソフィーが思いもよらない行動を起こすことを忘れていた。

――ハウル、ハウル!あたし何を忘れてしまったの?とても大事なこと。そうでしょう?
あたしハウルを思い出したい!!

先程まで、冷たく輝いていた指輪が・・・今度は熱を持ちソフィーを包み込む。

ここ数日のハウルの表情や言葉が、浮かんでは消える。


「やっぱりまだ思いだせないんだね」

――厭味なくらいの微笑みも・・・

「・・・ソフィー、思い出してくれた?」

――言葉に込められた切ない願いも・・・

「僕の心臓はあんたのものだけどね」

――全部

「あんた何してるんだ!考えるのはやめるんだ。そこからは呪いが強くなる。あんた顔が真っ青だ!!」

――全部!

「無理に思い出そうとしちゃいけない。そこから先はとても危険なんだ・・・」

――髪をすくい口付けたハウル。あんたの碧瞳の中で揺れていたのは・・・愛しさと身を焦がすような・・・熱。

あたしの中に甘い痛みを残した。


頭の中の白いもやが反発するように、ぎりぎりとソフィーを締め付ける。心臓が悲鳴をあげそうなほど苦しくなり、足元から感覚を奪った。

がくん、と膝が折れソフィーが意識を失くすのと、ハウルが勢いよく扉を開けて城に駆け込んで来たのは、ほとんど同時だった。

「ソフィー!!」

崩れ落ちるソフィーを滑り込むように抱きとめ、ハウルは愛しい妻の名を呼ぶ。
その騒ぎに、マイケルも起き出し、驚いて階段を駆け下りる。

「ハウル・・・」
カルシファーが消え入りそうにハウルの隣に漂う。

「僕も、お前もソフィーがとんでもない、<知りたがり>だってうっかり忘れていたね」
苦笑して呟きながら、ハウルはソフィーの頬に触れた。

ソフィーの顔色は恐ろしく青白い。かろうじて、身体の熱は指輪が包む暖かさがなんとか保っているが、長くは持ちそうにない。

「ソフィーさん、どうなっちゃったんですか!?」
マイケルはハウルの・・・ウェールズに居るときのよれよれのトレーナー姿・・・に訊ねた。

「・・・眠り姫。ほうっておくと、ずっと眠ったままだ。悪くすると・・・。」
ソフィーは、自分の意識の中に引っ張りこまれた。自分の呪いで。
「どうするんです?」
マイケルは落ち着いた様子で話すハウルの手が、震えているのに気づき、表情をかたくする。

――ソフィー、あんたは確かにキレイだけど、眠り姫なんて似合わない。
あんたはいつだって、太陽の下で、負けないくらい眩しい笑顔の、僕だけのお姫様でいてくれなくちゃ!!

「ああ、マイケルは知らないよね。・・・眠り姫を目覚めさせるのは・・・」

イバラの中をくぐり抜けた、王子の口付け。

「間抜けな・・・お姫様を助けなくちゃ、ね。」
ハウルは苦笑して、カルシファーに告げる。
「迎えに行ってくるよ。お前の力を貸しておくれ。」
そして、ソフィーの額に自分の額を合わせ瞳を閉じる。

――こんなことなら・・・抑制するんじゃなかったよ

ぽつり、とカルシファーに洩らして。
ハウルはイバラの中・・・ソフィーの封印された記憶の中に、踏み入った。







        10へ続く