第4章 ヤマサチの復讐(ふくしゅう)

ある日、ヤマサチは、ここにやって来たもともとの理由を思い出して、大きなため息をつきました。トヨタマヒメは、それを聞いて、父のワタツミノカミに言いました。
「あの方と三年間共に暮らしてきて、今までため息などすることはなかったのに、今夜大きなため息をつかれたのは、どんなわけがあるのでしょうか。」
 そこで、ワタツミノカミは、娘婿(むすめむこ)のヤマサチにたずねました。
「今朝、娘の言うところでは、三年間いっしょに暮らしていて、ため息ひとつすることがなかったのに、今夜大きなため息をついたそうだね。何か理由があるのかい。そもそも、なぜこの国にやって来たんだい。」
 ヤマサチは、ワタツミノカミに、なくした兄の釣り針を返すようにきびしく催促(さいそく)されていることを詳しく話しました。そこで、ワタツミノカミは、海の大きな魚、小さな魚をすべて呼び集めて聞きました。
「お前たちの中で、この釣り針を見つけたものはいるか。」
 すると、多くの魚たちが答えて言いました。
「このごろ赤ダイのやつが、のどにトゲが引っかかって、物が食えないと嘆(なげ)いていましたよ。きっと、その釣り針にちがいありません。」
そこで、この赤ダイののどを調べてみると、確かに釣り針でした。それを取り出して、きれいに洗ってヤマサチにお返しする時に、ワタツミノカミがこう言いました。
「この釣り針をお兄さんに返すときに、「おぼつかない針、おんぼろ針、貧乏(びんぼう)針、なくなる針!」と呪文(じゅもん)を唱(とな)え、手を後ろにして渡しなさい。そして、お兄さんが高いところに田んぼを作ったら、あなたは低いところに作りなさい。お兄さんが、低いところに田んぼを作るなら、あならは高いところに作りなさい。そうすれば、わたしが、田んぼの水をうまい具合に調節(ちょうせつ)しますから、三年の間に、必ずあなたのお兄さんは、貧しくなるでしょう。もし、お兄さんがそのことを恨(うら)んで、攻めてくるようなことがあれば、潮満玉(しおみつたま。海の満潮を引き起こすことができる霊力を持つ玉)を出して、溺(おぼ)れさせればいいでしょう。ただ、そこでお兄さんが謝(あや)まるならば、潮乾玉(しおふるたま。干潮を引き起こすことができる玉)を出して、命は助けてやってもよいでしょう。こうやって、苦しめてやりなさい。」
 そして、ワタツミノカミは、潮満玉と潮乾玉をヤマサチに授けました。また、ことごとく海中のサメたちを集めて、
「今、ニニギノミコト様のお子様のソラツヒコ様が、地上の国にお帰りになる。だれが、何日で送ってさしあげられるか答えなさい。」
と聞いたところ、それぞれのサメが、自分たちの身の丈(たけ)が、何尋(ひろ。1尋=約1.5メートル)あるかで、何日にかかると言っておりました。すると、一尋(ひろ)の長さのサメが、
「わたしなら、(身の丈が一尋なので)一日で送ってさしあげて、すぐに帰ってこれます。」
と答えました。そこで、ワタツミノカミは、このサメに
「それなら、お前が送ってさしあげなさい。ただし、海の中を進むときは、くれぐれもソラツヒコ様が怖がらないように安全に行きなさい。」
と言って、ヤマサチをサメの首に乗せて、送り出しました。そして、約束どおり、一日で岸まで送りとどけました。ヤマサチは、そのお礼に身につけていたひもの付いた小刀をサメの首に結んでから、サメを海へお還(かえ)しになられました。そのため、一尋の長さのサメのことを今でも「刀を持った神」と言うのです。

その後、ヤマサチは、ワタツミノカミに教わったとおりの方法で、兄のウミサチに釣り針を返しました。すると呪文の効果があり、ウミサチはどんどん貧しくなってしまったので、今度は怒ってヤマサチに向かって攻(せ)めてきました。そこでヤマサチは、潮満玉(しおみつたま)を出して海の水をあふれさせ、溺(おぼ)れさせると、謝ってきたので、潮乾玉を出して助けてやりました。こうして、さんざんウミサチを苦しめたので、ウミサチは、地面に頭をこすり付けるほど土下座(どげざ)をして、
「わたしは、これからあなたを一日中お守りするために、お仕えすることにいたします。」
と言いました。

そういうわけで、ウミサチの子孫のハヤト(隼人=古代の九州南部に住み、しばしば大和朝廷に反抗した部族)たちの隼人舞(はやとまい。ハヤトの独自の舞踊)は、この先祖のウミサチが溺れた時の様子をまねたものなのです。

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