第2章 ウミサチの釣り針

兄のホデリノミコトは、ウミサチヒコ(海幸彦)という名前で、ヒレの大きなものから小さなものまでたくさんの魚を獲(と)りました。また、弟のホオリノミコトは、ヤマサチヒコ(山幸彦)という名前で、毛のあらいものから柔(やわ)らかいものまでたくさんの獣(けもの)を獲りました。
 ある日、ヤマサチは、兄のウミサチに、
「ねえ、兄ちゃん。ぼくたちの獲物(えもの)をつかまえる道具を取っ替えっこしてみようよ。」
と言って頼みましたが、許してもらえませんでした。しかし、やっとのことでひとつの道具を交換してもらうことができました。そこで、ヤマサチは、ウミサチの釣り竿(つりざお)で魚を釣ってみましたが、とうとう一匹もかかりませんでした。そのうえ、釣り針(つりばり)も海の中へ落としてしまったのです。兄のウミサチは、その釣り針を返すように頼んでこう言いました。
「山の幸(サチ=獲物)は、ヤマサチの道具だから獲れるんだ。海の幸は、ウミサチの道具だから獲れるんだ。だから、交換したお互いの道具をそれぞれ元に返すことにしよう。」
 弟のヤマサチは、
「兄ちゃんの釣り針で魚を釣ってみたけど、一匹も釣れなくて、針も海に落としちゃたよ。」
と答えましたが、兄は、決して許さずに、必ず返せと言うばかりです。そこで、ヤマサチは、自分の持っている剣を折って、五百本の針を作って兄に返そうとしましたが、受け取ってくれません。そこで、千本の針を作って弁償(べんしょう)しようとしましたが、やはり兄は受け取らずに、
「おまえがなくした、もとの針じゃなきゃだめだ。」
と言いました。
 それで弟のヤマサチは、泣きながら海辺にいたところ、シオツチノカミ(塩椎神。海水の神)がやって来て、
「ヤマサチヒコさん、あなたはなぜ泣いているのですか。」
と尋ねたので、ヤマサチは、
「ぼくは、兄ちゃんから釣り針を貸してもらったんだけど、それを無くしちゃっだんだ。釣り針を返せと言われて、たくさんの針を作って返そうとしても、兄ちゃんは受け取ってくれずに、『元の釣り針じゃないとだめだ』って言うんだ。だから泣いてるんだよ。」
と答えました。そこで、シオツチノカミは、
「わたしが、あなたのために、いいことを考えましたよ。」
と言って、すき間なく竹で編んだかごの船を造って、それにヤマサチを乗せて、
「わたしが、この船を押し流し、しばらくすると海の上に潮(しお)の流れる道が現れます。その道を進んで行くと、魚のうろこのように造られた宮殿にたどりつきます。それは、ワタツミノカミ(綿津見之神。海を支配する神)の宮殿です。その宮殿の門まで行くと、そばの井戸の近くに神聖な桂(かつら)の木があります。あなたは、その木の上に座っていれば、ワタツミノカミの娘がそれを見て、何かよいことを考えてくれるはずです。」
と教えてくれました。

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