第6章 サルタヒコ
ニニギノミコトは、アメノウズメノミコトにこう言いました。
「あなたは、わたしをここに案内してくれたサルタヒコの名前を明らかにしてくれた。だから、あなたがサルタヒコの神を送って行ってあげなさい。そして、その神の名をあなたが譲(ゆず)り受けるのがいいでしょう。」
こういうわけで、天皇にゆかりの深い神社で、神楽(かぐら=神さまをおまつりするために行う歌や踊り)を行う女性たちを「猿女の君(さるめのきみ)」と呼ぶのは、その名前がサルタヒコ(猿田比古)という男の神さまの名から由来(ゆらい)しているのです。
さて、そのサルタヒコが、阿耶訶(あざか。現在の三重県松阪市※)というところへ行った時に、海で魚を獲(と)っていたところ、ヒラブ貝に手をはさまれて海の底に沈み、溺(おぼ)れてしまいました。そこで、そのサルタヒコの神が、海に沈んでいるときの名前を「底どく御魂(そこどくみたま)」といい、沈んで行く時に海水がぶつぶつと泡立つときに名前を「つぶ立つ御魂」といい、またその海の泡がはじけるときの名前を「あわ咲く御魂」と言いうのです。
※三重県松坂市にサルタヒコの神を祭る阿射加神社(あざかじんじゃ)がある。
アメノウズメノミコトは、サルタヒコを送り届けて帰って来ると、大小さまざまな海の魚たちを呼び集めて、聞きました。
「おまえたちは、天の神の御子(みこ)さまにお仕(つか)えするか。」
すると、魚たちはみな
「もちろん、お仕えいたします。」
と答えましたが、ナマコ(海鼠)だけは、何も言いませんでした。これに怒ったアメノウズメノミコトは、
「この口は、答えることができない役立たずの口だ。」
と言って、紐(ひも)の着いた小さな刀で、その口を割(さ)いてしまった。こういうわけで、ナマコの口は割けているのです。
また、以上のような理由で、志摩の国(しまのくに。三重県東部)が初物の魚を天皇に献上(けんじょう)する時に、猿女の君らにそれを賜(たまわ)るのです。
「国譲り」おわり
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