第1章 アメノワカヒコとキジ 

さて、アマテラスオオミカミは、
「千五百年も長く続いている、この豊かな葦原の水穂の国(あしはらのみずほのくに=日本の国)は、わたしの息子であるアメノオシホミミノミコト(天忍穂耳命)が治める国です。」
 とおっしゃいまして、この息子の神を天からお降ろしになられました。しかし、アメノオシホミミノミコトは、天の浮橋(うきはし)に立って、下界を見下ろし、
「この国は、ずいぶんと騒(さわ)がしいようだ。」
とアマテラスオオミカミのところに戻って、訴えられました。そこで、タカミムスビノカミとアマテラスオオミカミの命令で、天の安の河原に八百万(やおよろず=たくさんの)の神さまたちを集めさせ、オモイカネノカミ(思金神)に対策(たいさく)を考えさせました。アマテラスは、
「この日本の国は、わたしの息子が治める国として、すでにまかせたものです。しかし、息子は、この国には、乱暴な神が大勢いると思っています。どの神を使って、この国をおとなしくさせたらよいでしょうか。」
と聞きました。オモイカネノカミは、八百万の神さまたちに相談の上、こう言いました。
「アメノホヒノカミを遣(つか)わずのがよいでしょう。」
しかし、このアメノホヒノカミを下界に遣わせましたが、この神は裏切って、オオクニヌシの味方となってしまい、三年が過ぎてもアマテラスに何の報告もしませんでした。

そこで、タカミムスビノカミとアマテラスオオミカミは、再び八百万の神さまたちを集め、
「アメノホヒノカミを遣わせましたが、その後長い間、連絡もよこしません。今度は、どの神を遣わせるのがよいでしょうか。」
と尋ねると、オモイカネノカミが、言いました。
「天津国玉(あまつくにだま)の神の子のアメノワカヒコ(天若日子)がいいでしょう。」
そこで、鹿を殺すほどの威力(いりょく)のある弓と大きな羽のついた矢をアメノワカヒコに授けて、下界に遣わせました。しかし、このアメノワカヒコもオオクニヌシの娘のシタテルヒメ(下照比売)を妻にして、またこの日本の国を自分のものとしようとして、八年になるまで何の連絡もしてよこしません。

そこで、アマテラスオオミカミとタカミムスビノカミは、再び八百万の神さまたちを集め、尋ねました。
「アメノワカヒコも長い間、連絡をしてきません。また今度は、どの神を遣わせて、アメノワカヒコが、長く下界にとどまっているわけを問いただしたらよいでしょう。」
すると、大勢の神さまとオモイカネノカミは、答えて言いました。
鳴き女(なきめ)という名前のキジを遣わせるのがよいでしょう。」
そこで、アマテラスオオミカミは、そのキジにこうおっしゃいました。
「お前が、下界に行ってアメノワカヒコに尋(たず)ねる内容は、こうです。『お前を葦原の水穂の国に派遣した理由は、この国の乱暴な神たちをおとなしくさせ、服従させることでした。それがどうして八年になるまで何の報告もないのか。』と」
 こうして、キジは下界へと飛んで行って、アメノワカヒコの家の門にある桂(かつら)の木の枝にとまり、アマテラスオオミカミの言葉をそのままに伝えました。すると、家の中にいたアメノサグメ(天佐具売)という女が、この鳥の声を聞き、アメノワカヒコに言いました。
「この鳥の無く声はたいへんきたないようです。矢で射殺(いころ)してください。」
それで、アメノワカヒコは、天の神から授かった弓で矢を放ち、そのキジを殺してしまったのです。その矢は、キジの胸を突き通し、天をめがけて飛んで行き、天の安の河原にいらっしゃたアマテラスオオミカミとタカミムスビノカミのところまで届いたのでした。タカミムスビノカミが、その矢を手に取って見てみると、矢の羽(はね)に血が着いていました。
「この矢は、アメノワカヒコに与えたものだ。」
とおっしゃて、他の神さまたちにその矢を見せながら、
「アメノワカヒコが、われわれの命令のとおりに、これが乱暴な神に向かって放った矢であるなら、アメノワカヒコには当たるな。しかし、もしそうではなく、謀反(むほん)の心から放った矢であるなら、これはアメノワカヒコに当ってしまえ。」
とおっしゃて、その矢をつかんで、飛んで来た穴から衝(つ)き返してやったところ、朝まだ床の中で寝ていたアメワカヒコの胸につき刺さり、死んでしまいました。
 こんなわけで、結局、キジは還(かえ)ってこなかったので、「キジの行ったきりの使い」ということわざは、この話が元になっているのです。

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