第6章 スセリビメのヤキモチ 

オオクニヌシの正妻(せいさい)のスセリビメは、とても嫉妬(しっと)深い方でした。それを夫のオオクニヌシは、心配して、出雲からヤマトの国に出発しようとして、支度(したく)をされていた時に、片手を馬のくらにかけ、片足は馬の鐙(あぶみ)に踏み入れて、このように歌われました。

ぬばたまの 黒きみ衣(け)しを まつぶさに とり装(よそ)い 奥つ鳥 胸見るとき 羽たたぎも これはふさわず へつ波 そに脱ぎうて
 そに鳥の 青きみ衣しを まつぶさに とり装い 奥つ鳥 胸見るとき 羽たたぎも こもふさわず へつ波 そに脱ぎうて
 山県(やまがた)に まきし あたねつき  染木(そめき)が汁に 染衣(しめごろも)を まつぶさに とり装(よそ)い 奥つ鳥 胸見るとき 羽たたぎも こしよろし いとこやの 妹の命 むら鳥の わがむれいなば 引け鳥の わが引けいなば 泣かじとは、汝(な)は言うとも 山跡(やまあと)の 一本(ひともと)すすき うなかぶし 汝が泣かさまく 朝雨の さ霧(きり)に立たむぞ 若草の 妻の命 
 事の語りごとも こをば

ヒオウギの種のように黒い着物を立派にしつらえてくれたが、
 沖の鳥が自分の胸を見る時に、羽ばたくように手を動かしてみたが、これは似合わないようなので、波うちぎわに脱ぎ捨てよう。
 カワセミ(鳥の名)のように青い着物を立派にしつらえてくれたが、
 沖の鳥が自分の胸を見る時に、羽ばたくように手を動かしてみたが、これは似合わないようなので、波うちぎわに脱ぎ捨てよう。
 山の畑にまいた(染料になる)「あかね草」の汁で染めた着物を立派にしつらえてくれたが、
 沖の鳥が自分の胸を見る時に、羽ばたくように手を動かしてみたが、これはたいへんよろしいようだ。
 いとしい妻よ、群れをなして飛んで行く鳥と一緒にわたしも行けば、遠くへ飛んで行く鳥と一緒にわたしも行けば、
 それでもあなたは泣かないと言ってはいるが、
 きっと山のふもとの一本のすすきのように、頭をうなだれて泣き、朝の雨が上がった霧の中に立ちすくんでいることでしょう。
 若草のように 若々しく美しいわが妻よ
 ・・・・オオクニヌシの歌を以上のように伝えております。

そこで、スセリビメは、大きな酒杯(さかづき)を取って、オオクニヌシにささげて、こう歌われました。 

八千矛の 神の命や わが 大国主 汝こそは 男(お)にいませば うちみる 島のさきざき かきみる 磯(いそ)のさきおちず 若草の妻持たせらめ わはもよ 女(め)にしあれば 汝を除(き)て 男はなし 汝を除て 夫(つま)はなし 文垣(あやがき)の ふはやが下に むしぶすま 柔(にこや)が下に たくぶすま さやぐが下に 沫雪(あわゆき)の わかやる胸を たくづのの 白き腕(ただむき) そだたき たたきまがなり 真玉手(またまで) 玉手さしまき もも長に 寝(い)をしなせ 豊御酒(とよみき) たてまつらせ  

ヤチホコの神様 わがオオクニヌシ様
 あなたは男ですから、あちこちの島の岬々(みさきみさき)に、あちこちの磯の浜辺の先々(さきざき)に 
 若草のように若く美しい妻を持っていらっしゃるのでしょうが
 わたしは女ですから、あなた以外に夫はおりません。
 綾垣(あやかき=あしぎぬで作ったたれ幕)の張られた ふわふわとした部屋の下で
 絹のふとんの 柔らかさの下で
 コウゾ(クワ科の植物)で作ったふとんが こすれてさやさやと音をたてる下で
 泡雪(あわゆき)のように白い わたしの乳房を
 コウゾ(クワ科の植物)の綱(つな)のような白い腕(うで)を
 そっとさわってください 手をぎゅっとにぎってください
 玉のような美しいわたしの手をからめて 足をのばして くつろいでください
 おいしいお酒を お飲み下さい

こう歌って、お二人は酒杯を取りかわし、お互いのからだを抱きしめ合って、今日までそのお姿でお鎮まりになっていらっしゃいます。

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