第5章 ヌナカワヒメとの恋 

その後、オオクニヌシは、越の国の沼河(こしのくにのぬまかわ=現在の新潟県糸魚川市?)に住むヌナカワヒメ(沼河比売)を第二の妻にしようと思われて、夜にヌナカワヒメの家に行き、家の窓の外から、中にいるヌナカワヒメに向かって、次のような恋の歌をよまれました。

八千矛(やちほこ)の 神の命は 八島国(やしまぐに) 妻まきかねて 遠々(とおとお)し こしの国に かしこし女を ありと聞かして 麗(くわ)し女を ありと聞こして さ婚(よば)ひに あり通はせ 太刀が緒も いまだとかずて おすひをも いまだとかね おとめの 寝すや板戸を 押そぶらひ わが立たせれば 引こづらひ
わが立たせれば 青山に ヌエは鳴きぬ さ野つ鳥 キギシはとよむ 庭つ鳥 鶏(とり)は鳴く うれたくも 鳴くなる鳥か この鳥も うち止めこせぬ
 いしたふや 天馳使(あまはせづかい) 事の語りごとも こをば

ヤチホコノカミ(=オオクニヌシの別名)は、八島国(やしまぐに=日本列島)のあちらこちらに妻をさがし、
 遠い遠い越の国に たいへんかしこい女性がいると聞き、たいへん美しい女性がいると聞き、
 ”よばい”(結婚を申し込むために夜に女性の家へ行くこと)をしに通い、
 刀のひももまだ解かず、上着もまだ脱がないまま ヒメの寝ている窓の板戸(いたど)を 押しゆすぶり、引きゆすぶり、立ちすくんでいる
 そのうち、緑の山には「ヌエ」*が鳴き、野鳥のキジはさけび、ニワトリも鳴き出した
 ああ、いまいましい鳴く鳥よ お願いだから鳴くのをやめさせてくれ
 ・・・・神につかえる使いの鳥が、オオクニヌシの歌を以上のように伝えております。

* 「ヌエ」・・・山に住むと信じられていた想像上の怪物。頭はサル、胴はキツネ、尾はヘビ、手足はトラ。実際は、森に住むトラツグミという鳥の声をこの怪獣の声と信じていた。

これに、ヌナカワヒメは、まだ戸を開けずに、家の中からこう歌でお答えになりました。

八千矛の 神の命 ぬえくさの 女(め)にしあれば わがこころ 浦渚(うらす)の鳥ぞ 今こそは わ鳥にあらめ 後は 汝鳥(などり)にあらむを 命は な死せたまひそ 
 いしたふや 天馳使 事の語りごとも こをば
 青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の えみ栄えきて たくづのの 白き腕(ただむき) 沫雪の わかやる胸を そだだき
たたきまがなり 真玉手(またまで) 玉手さしまき もも長に 寝(い)は宿(な)さむを あやに な恋ひきこし 八千矛の 神の命 
 事の語りごとも こをば 


 ヤチホコの神様 わたしは、しおれた草のような女です
 わたしの心は、おちつかずにフラフラ飛ぶ水鳥のようです
 今は、自分のことしか考えていない鳥、、
 でもいずれは、あなた様の鳥になりましよう
 ですから、どうぞ殺さないでください
 ・・・・神につかえる使いの鳥が、ヌナカワヒメの歌を以上のように伝えております。
 緑の山に日が沈んだら 真っ暗な夜がやって来ます
 でも、あなたは、朝日のように さわやかにやって来て
 コウゾ(クワ科の植物)の綱(つな)のような白い腕(うで)
 泡雪(あわゆき)のような 若く白い乳房(ちぶさ)を そっと抱いてください 
 そして 手をぎゅっとにぎってください
 玉のような美しいわたしの手をからめて 足をのばして くつろんでいただくこの家なのに
 そのような わびしい恋などしないでください ヤチホコの神様
 ・・・・ヌナカワヒメの歌を以上のように伝えております。

そこで、おふたりは、その夜はお会いにならないで、翌晩お会いになり、結婚されました。

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