第2章 イナバの白ウサギ 

オオクニヌシのたくさんの兄弟の神さまたちはみな、イナバ(因幡=現在の鳥取県東部)に住むたいへん美しいと評判のヤガミヒメ(八上比売)と結婚したがっていて、いっしょに連れ立ってイナバへ行った時に、この神さまたちは、オオクニヌシにたくさんの荷物の袋を背負わせ、家来(けらい)のようにして連れて行きました。
 やがて、気多の岬(けたのみさき=鳥取県気多郡の日本海に突き出た岬)に着きましたが、そこに毛の全くない
裸のウサギがふせって泣いておりました。そこで、神さまたちは、こう言いました。
「これ、そこのウサギ! 体が痛いのなら、海の水を浴びてから、風に吹かれて、高い山の上で寝ているのがいいぞ。」
 それでウサギは、神さまたちに言われたとおりにして寝ていると、海の水の塩が乾いてくるたびに、吹く風が皮膚に刺ささるように痛み出しましたので、泣いて寝ていたところ、最後に通りかかったオオクニヌシがその姿を見つけて言いました。
「なぜ、おまえは、そこで泣いているんだい。」
「はい、わたしは、隠岐の島(おきのしま=島根県に属する日本海の島)に住んでおりました。このイナバの地に渡って来たかったのですが、渡る方法がなかったので、海のサメをだまして、こう言ったのです。『おれとおまえで、どっちの仲間が多いかを数えて、競争しようじゃないか。で、おまえは、自分の仲間をすべて連れて来て、この島から気多の岬まで、一列に並ばせてみてくれ。そしたら、おれは、その上を踏んで走りながら数を数えよう。これで、どっちの仲間が多いかわかるだろう。』こうして、サメたちをだまして海の上に一列に並ばせて、わたしはその上を数えながら走って来ましたが、この地に下りようとした一歩手前で、うかつにもこう言ってしまったのです。『へっ、へ。バカなサメども。お前らはだまされたんだよ。』すると、一番最後に伏せていたサメが、わたしをつかまえて、わたしの毛を剥(は)いでしまったのです。それで困って泣いていたところ、先ほど通りかかった神さまたちが、海水を浴びて、風邪に吹かれて寝ていろと教えてくださったので、そのとおりにしていたら、わたしの全身が傷ついてしまったのです。」
 そこで、オオクニヌシは、そのウサギにこう教えてあげました。
「今すぐに、あの河口に行って、河の水で(※つまり真水で)体を洗いなさい。それから、その河口に生えている蒲(がま=ガマ科の多年草)の花を採って来て、その黄色い花粉をまき散らして、その上をゴロゴロと転がりなさい。そうすれは、あなたの体中の膚(はだ)が治るでしょう。」
 こうして、ウサギが言われたとおりにしたところ、すっかり元どおりに治りました。これを「イナバの白ウサギ」と申します。今の人たちは、これを「ウサギ神」とも言っています。
 このウサギは、オオクニヌシノミコトにこう申し上げました。
「(わたしをだました)あの大勢の神さまたちは、まちがいなくヤガミヒメと結婚できないでしょう。家来のように袋をしょっていますが、あなたこそヤガミヒメと結婚できるお方です。」


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