ちいさな幸せ
二 |
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それ以後、会うたびに朱雀は俺を弟のように可愛がってくれた。俺が抱きついて甘えても嫌がらず、ぐりぐり頭を撫でて相手をしてくれる。それが嬉しくて、俺はちょくちょく衛明館に足を運んだ。 「身長伸びたなあ、凌」 「でしょー!六尺超えたんだよ」 「今歳いくつだっけ」 「もうすぐ十七」 お前と会ってもう三年経ったんだな、と言った朱雀は、なんとも形容しがたい複雑な表情をしていた。 「どうしたの?」 「お前らが歳くうのって、ほんとあっという間だなあと思っただけ」 「そういえば、朱雀って全然変わんないね。人間なら二十代前半って感じ」 「俺のよーな高位のカミサマは老化しないの」 朱雀はいつもの調子で切り替えしてきたが、ちょっと寂しそうだった。 そりゃ、こうして喋っている相手が見る見る間に老けていってしまうなら、置いてきぼりをくらうわけだから寂しいだろう。勿論、俺には想像もつかないけど。 「俺はじーさんになっても、朱雀のこと絶対に好きだよ。だからじーさんになった俺でも、嫌わないでね。朱雀に嫌われたら悲しい」 朱雀の腰に腕を回して、ぎゅっと抱きついてみる。 腕に力を入れたら、折れそうな細い腰だ。 「ながーく生きる朱雀はさよならが多いけど、はじめましても多いでしょ?」 「……ああ、そうだな」 ◆ いつの間にか俺も寝ていたらしい。瞬きをして外を見ると、夕暮れ時になっていた。あたりは全部橙色に染まっている。 懐に入れていた懐中時計を見てみると、ここに来てから四刻ほど。 「ん……」 朱雀の声がしたので室内を振り返れば、目をこすりながら上体を起こすところだった。 「おはよー」 「おー。…あれ、もう夕方か」 起き上がった後に髪は整えても、着物を直そうとしない。今は女であることを忘れているのか、胸の谷間が半分以上、白い脚が腿まで見えている。 無自覚のお色気全開、このまま外に連れ出すのは絶対まずい。 「朱雀、ちょっとじっとしてて」 襟を掴んで袷を直し、ずれた帯を結びなおしてあげた。 「今日はおねーさんなんだから肌蹴たまんま外出ちゃダメだよ。見せるのは俺だけにして」 「はいはい。で、この後どーするよ。夕飯にゃ早いし、そのへんぶらつくか」 「うん。ここからなら近いから琉璃屋に行かない?時期的に新作入ってるよきっと」 待ち合わせ前にたかってきた女たちがそう言っていた、とは間違ってもばらしてはいけない。ばらしたが最後、朱雀は今度こそ完全に機嫌を損ねてさいならプイだろう。 琉璃屋を物色した後、日が暮れてから予約しておいた料亭兼旅館に落ち着いた。 個室の広い風呂付だから、ご飯を食べてから一緒に入りたいと朱雀にねだってみる。最初は少し渋っていた朱雀だったが、結局首を縦に振ってくれた。 基本、朱雀はこちらからお願いする姿勢でねだったことには、よほどのことがない限りダメとは言わない。 「なんか……落ちつかねえ」 「そう?俺は心地いいけどな」 湯船は広いけど、俺は朱雀を抱きすくめたくて、座った脚の間に座ってもらった。 「なんで広いのに、くっつく必要があんだよ」 「えー、だって朱雀の肌にくっつきたいんだもん」 「って、ちょ…」 抱きついた腕を動かして、背後から朱雀の胸をやわやわと揉みながらうなじに口付けた。上気した肌が桃色ですごく色っぽい。 お湯の中、片方の手でおへそのあたりをまさぐると、朱雀がびくっと反応して慌てた。 「お・お前まさか、ここでなんて考えてねえだろうなっ!」 「考えてないよ。朱雀そんなこと想像したの?え〜やらし…ぶっ!」 言い終わる前に、思いっきり頭からお湯をかけられてしまった。 顔に張り付いた髪をかきわけているうちに、朱雀に脚の間から逃げられる。 「あれ、感じちゃってやばかった?」 「うるせぇ……」 対岸の湯船のへりに寄りかかり、そのまま朱雀は鼻の下までお湯に浸かった。 遊びなれているのに、こんなところは妙にうぶで可愛い。 「ねえ、朱雀」 声をかけると、返事のかわりにお湯の中でぶくぶくと息を吐く音がする。 「俺は今朱雀といられて幸せ。朱雀は?」 「…幸せ」 お湯から顔は上げたものの、無愛想にそれだけ言うと朱雀は顔を背ける。 「そっか、よかった」 ざばざばとお湯をかきわけ、今度は朱雀の隣に陣取った。 「またくっつくのかよ」 「今度はいたずらしないって」 「……なら、いいけど」 まだ警戒しているのか、朱雀は両膝を抱きかかえて小さくなっている。 なんだか、拗ねた子供みたいだ。 「たまには俺にも寄り掛かってよ」 朱雀の肩に腕を回して、紅い髪に頬ずり。 「…………」 「兄貴と比べりゃそりゃガキだろうけど、背もたれになるくらいならできるから。ね?」 ――― と、ん。 胸元に軽い重みを感じて見下ろせば、朱雀が頭をもたれかけていた。 「皓司とお前は見た目が似てたって、全くの別人だろ。長所短所も違うから面白いんだ」 「す…」 斜め上から見ても分かるくらい、朱雀の頬は紅くなっている。 「動くなよ、背もたれ」 きっと朱雀は、俺や兄貴などの友人たちが死んだら、大きな金目を涙でいっぱいにして泣くんだろう。人間なんかとダチになるんじゃなかった、と後悔するんだろう。 それは俺たちと違う時間を生きている以上、避けられない道程だ。 でも長く生きているなら、生まれ変わった俺たちとまた再会できる可能性もある。 俺は次の人生でも、朱雀に会いたい。会って、また他愛ないことで笑いあいたい。 「うん、動かない」 傍にいるよ。 ずっとなんて言えないけど、いられる時は、傍にいる。 だからもっと、弱いところを見せて頼って欲しい。 って―――そこまで言ったら、きっと朱雀は「調子にのんな」って言うに違いない。 |
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