No.11 ゼンマイは山菜の王様

小倉 寛

オラが思うところは、ジサマが庭で繰り広げるパフォーマンスは、どれをとっても寝言のネタになる。庭の植物の中でゼンマイも欠かせない存在になっている。ゼンマイは山菜の王様といわれ、茹でゝ陽に当て、揉みながら干し揚げると、長期の保存に耐え、食して美味、山の恵みとして最も珍重される代物になる。

どっこい!、素人が山菜採りに山に行っても、ウドや蕗の董などゝ異なり、発生場所を知らないと、上物のゼンマイは採れない山菜で、山里近くに暮らしていても、永い歳月をこの土地から離れていたジサマには、ゼンマイのメッカなど知る由もない。細いゼンマイなら山道を歩けば、道端に幾らでも生えているが、それを採って、茹でゝ干すと♪吹けば飛ぶよな、糸屑みたいな干ゼンマイになる。こんな細いゼンマイでも、一日水に浸してから鍋に入れ、沸騰寸前に火を止め、冷やし、水を取り換え、再び加熱して冷やし、これを五~六回繰り返すと、完全に灰汁が抜けて、元の太さ、姿に戻り、五目赤飯の具などに使うと、格別の味がするという意見もある。

ゼンマイは、雪崩れの発生する危険な斜面に太い上等のゼンマイがでるそうだが、其の場所が、何処にあるのか?ジサマは知らない。村人は夫々、秘中の秘とし、己の縄張りを誰にも教えない。村人は春の農作業の合間を縫って、バイクで山に行き、わずか2~3時間で、30キロほど採ってくる。

ジサマの住む里では、この30年間に4人の人がゼンマイ採りで命を落としている。いくらゼンマイが美味だといっても、尊い命と引き換えに危険を冒してまでゼンマイを採らなくてもよいと、ジサマは言うが、懲りもせず人々は競ってゼンマイ採りに挑む。

永い雪の季節に耐え忍び、春を迎えると綿帽子を被った愛くるしいゼンマイの子供達が、一斉に萌芽する風情は、大自然の躍動する生命力を体感する。

そしてゼンマイの垂直に伸びた葉茎から開いたゼンマイの葉は、魅惑的な萌黄色の艶やかさがあり、どの観葉植物にも勝るとも劣らぬ美を発見する。

ジサマ所有の杉林の中にもゼンマイが生えているが、ジサマが其処に行ったときは、いつも一足早く誰かが来て採った形跡があり、自分の持山でもゼンマイを採ったことはなかった。そこでジサマは考えた、毎年知らぬ他人に奉公している杉林のゼンマイを、自宅の庭に移植すれば、独占して収穫できる。幸いアケビ棚の下や庭の外周には植え場所、スペースは充分ある。それに庭木の根締めや、庭石に絡めて植えれば、山野草の庭としても楽しめる。この計画を村人に話したら、移植したゼンマイは、何年経っても男ゼンマイが出るから止めた方が良いと、誰もが口を揃えていう。何故か?と尋ねても、その理由を誰も知る人はいない?。そこでジサマは、ヤフーやグーグルの検索機構を駆使したり、植物図鑑などを捲ってゼンマイの生態を調べた。ゼンマイやワラビは、苔に次いで地球上に発生した進化の遅れた原始植物で、ワラビは葉裏で胞子を作り子孫を殖やすが、ゼンマイは胞子を飛ばす繁殖葉と、太陽の恵みを受け根茎に栄養を還元する栄養葉の二種類の葉を発生すると載っていた。移植すると繁殖葉が多く発生するなんてェーことは書いてない。

ジサマは山に行ってゼンマイの観察を続けた結果、杉林の中のゼンマイには繁殖葉が全く見られない。そして北向きの斜面のゼンマイにも、繁殖葉は殆ど発生しないことを突き止めた。翻って日照りの場所には繁殖葉が多い。これから推理すると、炎天で生死の境を彷徨すると、ゼンマイは種族保存本能から、必ず胞子を飛ばす繁殖葉を多く発生させる。これがジサマの到達した究極の観察結果で、いうなれば世紀の大発見である。

オラ達、モグラ族には関係ない話だが、植物の神秘を探求する気分で聞いて欲しい。ゼンマイの繁殖葉も栄養葉も芽生えの初期は、綿帽子をかぶって集団で発生するが、素人には雌雄の識別は困難である。

ところが、繁殖葉が成長すると、色も形も枯れた杉の葉に似た、全く醜怪な姿に変貌し、4~5日すると、春の好天の日を選んで杉の花粉に似た、胞子を飛ばす。この役割を果たすと、自らの茎幹に蓄積した栄養源・カロリーの全てを、急速に地中の根茎に還元して萎む。すると栄養葉が入れ替わるように、生えてくる。

このゼンマイのミラクルパワーの営みは、ジサマの鋭い観察結果による新発見で、この様子を書物で発表した学者はいない。多くの植物学者も未知の世界だとジサマはいう。オラが思うには、この観察成果を論文にまとめて植物学会で発表したら、植物学博士の称号を付与されるカモ?……梅雨の終わる頃には、繁殖葉は短い生涯を閉じ土に帰る。栄養葉は太陽の恵みを全身に受け、光合成のサイクルを行い、根茎に栄養を還元する役割を担う。ご当地の南魚沼市では、繁殖葉を男ゼンマイ、栄養葉を女ゼンマイという。

その根拠について知る人はいない。ジサマの突出した推理、優れた洞察力によると、繁殖葉は開葉するまでの姿、形が、男子の睾丸が海水浴で冷えて、縮んだ時の形状に似ているから、男ゼンマイと呼ぶようになったという。そして栄養葉を女ゼンマイと呼ぶのは、男に対して女と区別すると都合がよいからだと……と、こんな非学術的な呼称をつけられたゼンマイに対し、ジサマは同情の念を禁じ得ない風情だが、訂正する権限がないので我慢している様子である。

すべからく花を咲かせ、果実をつける役割を担う繁殖葉を男ゼンマイというは、学術的に許し難い冒涜だとジサマはいう。オラも同感である。

その年に所有の杉林に生えているゼンマイを、千株も山取りして庭に移植した。移植後の数年間はゼンマイに、牛糞堆肥や鶏糞有機肥料を施し、専ら根株の培養に努めた結果、根株は数倍に肥大したが、何年経てもヤッパリ、最初に出るゼンマイは繁殖葉で、村人の忠告の通りであった。その数年後、庭でゼンマイ採りを始めた。干し上がり十数㌔収穫して、人々の羨望の的になったが、ゼンマイを干し上がるまで、手間と労力は想像以上で、今は栽培株数を大幅に削減している。

以下次号に続く

注、月刊キャレル2009年11月号に掲載の記事より一部補足し転載いたしました。

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