No.2 モグラの寿命と狸の挨拶

小倉 寛

久兵衛屋敷に縦横に掘り巡らした、トンネルの奥深いところに、オラの棲家がある。したがって、大雪小雪で一喜一憂することはない。久兵衛どんの庭は、改造に改造を重ねた結果、現在の姿になったが、オラが見ても改善の余地はまだ多く残されている。が、ジサマの歳から考えると、これが限界だとオラ思う。この庭ほど、少ない費用でしかも、誰にでも作れる要素が多く存在する。こんな庭は、他では滅多に見られない。そこが、この庭の見どころであり、魅力だ、と、誰かが言っていたが、オラも同感である。

話題を替えるが、以前、ジサマに頼んで、オラのつまりモグラの寿命について調べて貰ったことがある。世の中に動物学者はゴマンといるが、モグラの寿命を研究して発表した学者は世界に一人もいないことを、ジサマはつきとめた。勿論ヤフーとグーグルの検索機能を使ったり、平凡社の世界大百科辞典などをめくったりだが…、モグラには定まった寿命がない。だからお前らは、自分が好きなだけ生きればよいと、ジサマに教えられた。というわけだから、オラの歳はいま、50歳だといっても、それを誰も否定できないのだ。それにオラは、久兵衛どんのジサマが生きている間は、生きていようと思っている。
…平成の時代になり、幻の繁栄に浮かれた報いで、バブルが消滅して、土地も株価も大きく値下がり、夢も希望も消えた世相の中で、水星の如く現れた新人歌手の氷川きよしが、箱根八里の半次郎、続いて、大井追っかけ音次郎を唄って、人々の心に明るい希望の灯を点した年があった。

この二つの唄の歌詞を、なんど読み返しても、世の常道から外れて、裏街道をさ迷う若いアウトローの、軽率な心情を綴ったもので、歌詞から見る限り、聞く人に生きる勇気を与える文句は、どこにもない、どっこい、氷川きよしの独特なビブラート、喉の響き余韻が、老若を問わず、聞く人の心の琴線に、快く響き伝わるからであろう。とジサマは云っていた。

生まれも育ちも葛飾柴又の、人呼んでフウテンの寅次郎も、映画で永い年月をフアンに、大きな夢と希望を与えた。考えてみると、自分より少し、脳味噌が足りない、もどかしさのある、裏悲しい半次郎や寅次郎より、まだ俺のほうがと、多少の優越感を感じながら、心を許して見聞できる、人生の機微を巧みに捉えた作詞、編集であるから、共感を呼び人気が続くのだ、と、ジサマは言っていた。ジサマの鋭い評論だとオラ思う。

そんならオラに人気があつまるのも、オラに、すこし足りないところがあるからと、いうことになるが…まぁいいや……、
…たれかが、欠伸をしたようだから、気分一新して、つぎのチャンネルに移る。

庭のシェイドガーデンと垣根を兼ねて、植えた庭のアケビの棚は、延長すると百米になる。株元は約20㎝間隔に植えてあるから、計算すると500株を超す数を植えてある勘定になる。

一株に4個平均実がつけば、かるく2千個のアケビの実が熟すことになる。一部棚作りのところもある、棚作りにすると三倍以上の実をつけるから、実際にはもっと実っている。

高さ1m以下の低いところについた実は、狸がアケビ狩にやってくるので、ジサマは彼らのために残している。アケビは毎年稲刈りが始まる頃から熟れ始めて10月末まで次々と毎日収穫できる。

狸は礼儀正しい律儀な習性があり、食事が終わったら、ジサマに感謝の祈りを込めて、必ず定まった処にお礼の品を置いて帰る。ジサマはこれを狸のお礼肥えと言っている。毎晩、寝静まった頃にやって来て、払暁には必ず、同じ場所にお礼の贈り物を置いて帰る、彼らの揺らぎない律儀なところは、人間の世界に是非普及して欲しいと、オラ思っている。なお、この贈答品に練り込められたアケビの種が、春になると一斉に発芽するので、ジサマはこれをポットに移して育て、ヤフーのオクションに「狸の尻潜りのアケビ苗」とカタログをつけて売り出すことを考えたが、バサマに喋られて、迷案は不発に終わった。

喋られるという言葉は、「妻有」地方に残る、独特の方言だと、何時だったかジサマが、オラに教えてくれたが、すばらしい豊かな意味をもつ方言だとオラ思う。それに「妻有」という地名を示す言葉も、喋るに負けない意味があるとジサマは言う。ジサマの生まれた集落には、長男で嫁のない家が数件存在している。昔「妻有」に行けば、「気立てがよく色白美人の働き者の嫁候補がいる」というところから「つまあり・つまり・妻有という素晴らしい言葉が残った、とジサマの創作話カモ知れないが、オラはマッコト信じている。

最後になるが、オラの最大の天敵は狐・狸・鼬だが、狸は雑食だからアケビの実やトウモロコシを好んで食べる。庭に狸が来るようになって、かれこれ20年になる。彼らのアジトは、直線距離で約800mほど離れた山のブナ林だろうから、その間には県道が二本通っている。深夜走る車を避け、迂回しながら、約1㌔の道程を、夜陰に乗じて久兵衛屋敷に、さながら伊賀の忍者モドキで、熟して口を開いたアケビに胸を膨らませながら、やってくるのだから、可愛い奴らだよとジサマは、庭に来るゲストと同格に、お・も・て・な・し・に考えている風情である。毎年実る大量のアケビと、春の木の芽摘み、タラの芽、などすべて訪れたゲストに自由に採集OKにしている。

近年この狸のお礼肥いを捨てたあたりから、銀杏の苗木が数本芽生えていることにジサマは気づいた。そこでこの銀杏についてお知らせしたい話題がありますが、それは後日の機会に譲ることにする。次号に続く

注、月刊キャレル2009年2月号に掲載の記事を一部補足し転載いたしました。

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