”850Line”

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103系が消えた今となっては・・・八高(南)・川越(西)の目玉商品。209系3100番台(ハエ72編成)
箱根ヶ崎−金子間にて   2005-10

八高(南)線・川越(西)線

現役車両

  205系3000番台  ハエ81編成  ハエ82編成  ハエ83編成  ハエ84編成  ハエ85編成
  209系3000番台  ハエ61編成  ハエ62編成  ハエ63編成  ハエ64編成
  209系3100番台  ハエ71編成  ハエ72編成            ※『ハエ』は川越車両センター(旧川越電車区)所属を表す略号です

退役車両

  103系3000番台  ハエ51編成  ハエ52編成  ハエ53編成  ハエ54編成  ハエ55編成
  103系3500番台  ハエ56編成

八高(南)線・川越(西)線 その他画像

     カナリア色のハエ50編成
     ハエ53編成”2daysSpecial+α”

西武鉄道線(工事中)

電化後の八高線について

平成8年までは都内最後の非電化路線としてキハ35系や38系が活躍していた八高南線。
電化時に揃えられたのは新製された209系3000番台と103系3000・3500番台でした。
103系3000番台のみは元々川越線川越〜高麗川間で使用されていたものですが、同じく近年までキハ35系を使用し電化された相模線の場合は全車新製車(205系500番台)で賄われましたので沿線住民の一人としては少し悲しい思いをしたものです。

時は流れ、平成17年10月12日をもちまして103系は終焉を迎えました。
103系3000番台は元をたどれば63系として昭和20年代に新製された車両がルーツだそうです。
宮城県の仙石線用として昭和49・50年に73系の台枠より上を撤去、103系高運転台車の車体を載せたものが103系3000番台の前身である72系970番台。5編成登場し昭和60年迄宮城の地で活躍しましたが、旧性能車であることから103系の登場を期に休車となりました。

しかし捨てる神もあれば拾う神もある・・・ということでしょうか。同年に川越線の電化が行なわれるに際して休車となっていた同車の転用が計画され、同時に下回りにつきましても103系と同等の仕様に改造されました。4両編成だったものを3両編成に短縮、残った中間車はすべて青梅・五日市線用として引き取られました。

平成8年の八高南線電化に際し川越線川越〜高麗川間との直通運転が実施されることになり、同時に3両編成から4両編成に変更、青梅・五日市線にいた車両も全て転入となりました。冷房改造も施工されましたが、肝心な夏場になると冷房が故障する!という致命傷を抱えていたように思います(それでもキハ35時代の扇風機しかない車内を思えば随分と進歩したものですが)。

平成17年10月1日には『川越車両センター20周年記念展示』が、また翌10月2日には『川越線20周年記念号』が運転、同線103系のなかで最後まで残っていたハエ53編成が充当されて同線引退の花道を飾りました。

しかし、同線使用の103系は一旦運用を外れてもそのまま退役になることはないようで、記念号運転の10日後である10月12日には再度同線上にカムバック、その日一日のみではありましたが普段着のままで運用を終了したのでありました。(他編成も長期の運用離脱からカムバックした車両ばかりです)

なお、今後の八高南線・川越線の陣容は209系3000番台(ハエ61・62・63・64)、205系3000番台(ハエ81・82・83・84・85)と209系3100番台(ハエ71・72)となります。209系3100番台には東京臨海高速鉄道(りんかい線)から譲り受けた車両も使用、今後とも『一癖』ある路線となるようです。

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