ハエ53編成・・・最期の2日間+α

103系3000番台の生き残り、ハエ53編成の最後の姿をこのページで取り上げます。
   2005年10月1日    『川越車両センター開設20周年記念公開』
   2005年10月2日    『川越線20周年記念号』
   2005年10月12日   『最終運行日』

2005-10-1   『川越車両センター開設20周年記念公開』


右端の『高麗川』表示車が209−3100番台(ハエ71編成)。
103−3000番台の後継車の一員です。


視点を変えてもう一枚。
せっかくやってきた旧型客車もあまり目立ちませんでした。
(終了間際には209−3100がどいてくれたそうですが)


事故等があった時には使われる事もあったらしい『箱根ヶ崎』幕を掲出。
地元民としては定期列車で使用される姿を見てみたかったところ。
拝島−箱根ヶ崎間複線化が叶うのは果たしていつのことでしょう。


青梅線内でのワンシーンと思えなくもない1枚。
acトレインは『青梅特快 青梅』を表示。
電化時には八高線から直通の立川行きがありました。
学生時代、夕方の立川発にはよくお世話になったものです。

2005-10-2   『川越線20周年記念号』


八王子方ヘッドマーク『川越線電化20周年 ありがとう 103系』
今回の運転のために用意されたヘッドマークです。
箱根ヶ崎−金子間にて


川越方ヘッドマーク『埼京線・川越線電化 祝 開業 85.9.30』
20年前の電化時に用意されたヘッドマークが再使用されました。
箱根ヶ崎−金子間にて


ヘッドマークのバック画像は小江戸・川越『時の鐘』を模したもののようです。
朝日を浴びながら横田基地へと突入して行きます。
東福生−箱根ヶ崎間にて
(※お断り:基地施設への立ち入りはしておらず踏切際からの撮影です)


通いなれた道にもまもなくお別れ。
定番撮影地も光線の関係からか、あまり撮影者はおりませんでした。
箱根ヶ崎−金子間にて
(向こう側の敷地で耕作をされているお母さんにはいつも気を使って頂いて感謝しています)


最後の力走をするハエ53。
特に電動車には、多数のファンが乗っていたようです。
なお、当日は最終便までトラブルなく無事に務め上げてくれました。
箱根ヶ崎−金子間にて

2005-10-12   最終運行日


『川越線20周年記念号』をもって運行を外れたはずが、10月12日にカムバック。
さよなら運行をしたうえでの再度の復帰には突発的な事態が絡んでいた模様です。
事態収拾後はその日のうちに車庫へと戻り、廃車回送を待つ事となりました。
箱根ヶ崎−金子間にて

10月17日には廃車回送が実施され、八高・川越線上から103系は姿を消しました。
名義上、昭和20年代製造という歴史を持つだけに、保守をされた方々の苦労は並大抵の事ではなかったものと推察致します。
10月2日の最終運行まで尽力された関係者の皆様に感謝致します。

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