ここに命が還ってくるのだと思うと、なんと尊いことかと思えた。
「くすぐったいわよ」
笑う妻の顔はこの上なく幸せそうで、頬にも一つ、背伸びして口づける。
絹のように滑らかな白い肌をはちきれんばかりに内側から膨らませているもの。
もっともせり出した臍の上から軽く吸取るように彼女の心臓目指して口づける。
「もう、やめてってば」
口で言うほど嫌そうでもない顔でおれの頭を下へと押さえつけながら、妻はころころと笑う。
おれは心臓まで達せないまま、押さえつけられるがままに顔を横に倒した。
滑らかな肌に頬をぴたりとあてがい温もりを堪能した後、耳を押し当てる。
「何か、聞こえる?」
彼女の胎内に響き渡る音。
時々、胃や腸のきらきらとした消化音。
そしてまた、とっとかとっとかと快調に飛ばすもう一人の心の臓の音。
おれは彼女の背中に両腕を回し、できる限り苦しくないように抱きしめた。
「還ってきてる」
「……うん」
「今度は、大丈夫だって言ってる」
「うん」
「早く生まれたいって、言ってる」
「うん」
ぽつり、と妻の目から零れ落ちた涙がおれの頬を伝っていった。
涙が伝い終えた痕は、自分が泣いた後のように空気に触れてうっすらと冷たくなる。
「逢いたいね」
「うん」
『早く、逢いたい』
目を閉じて唱和して、おれは再び膨らんだ妻の腹の上から新しい命に口づけを送った。
新しい命を抱き上げた時、おれと妻はその子に二人で囁いた。
『お帰りなさい』
と。
そして、おれたちは両側からその子の頬にキスを送った。
「君の前途が、輝かしく拓かれていきますように」
このキスが、君の命を末永く守り抜いてくれますように、と願いを込めて。