吾妻山の火山活動

詳細な解説・最新情報は気象庁ホームページ(東北地方の火山・吾妻山)へ

吾妻山 標高1949m 北緯37°43′56 , 東経140°14′52″ (一切経山)

吾妻山は玄武岩〜安山岩の多数の成層火山からなり、これらの火山は東南東〜西北西に走る南北の2列に大別される。全体として南列より北列が新しく、それぞれの列では西より東が新しい。北列の多くの火山は山頂火口をもち、特に東部の一切経山付近には五色沼・大穴・桶沼・吾妻小富士など多くの新しい火砕丘・火口がある。南列の火山は侵食が進んでいる。


〜吾妻連峰・吾妻山の概要〜

吾妻連峰は那須火山帯に属し、東西約18km、南北12km、面積は約22000ヘクタールの広大な山岳である。今より約20万年前から火山活動が始まり、西吾妻火山群と東吾妻火山群の二つが形成された。西吾妻火山群は西吾妻山や中吾妻などで火山の形成は古く、現在は活動していない。東吾妻火山群には一切経山や家形山、東吾妻山、高山などが群立し、比較的、新しい火山として溶岩流や火山泥流の原型が今も残されている。

東吾妻火山群に位置する浄土平周辺は約一万年前に大規模な陥没があって、東側に馬蹄形のカルデラが形成された。5〜6千年前にこのカルデラ内の岩盤にマグマが上昇して噴火活動をはじめ、吾妻小富士や桶沼、五色沼などの火口湖が形成された。

また一切経山、蓬莱山などに囲まれた凹地に湛水して鎌沼ができたといわれる。一切経山の東南側には江戸時代の爆発といわれる旧火口があり、北に隣接する大穴火口は現在も噴気活動を続けている。


噴気を上げている大穴火口(平成20年)


一切経山周辺(吾妻山)のおもな火山活動の歴史(平成20年現在)

西暦

活動内容

1711年頃(正徳元年)噴火
1893年(明治26年)5月19日午前11時30分頃に一切経山大穴の西側で蓬莱山との間にある燕沢が破裂して黒煙を吐き、灰や石を噴出させた。
1893年6月4日午前4時30分頃に第二回目の噴火。福島市でも爆発音を聞き、地震を感じたほか、降灰は信夫、伊達、安積、田村、耶麻の6郡と山形県東置賜郡にも及んだそうです。
1893年6月7日午前10時頃に爆発。噴火調査中の職員2名が噴石により殉職。
1894年3月16日噴火
1894年4月5日噴火
1894年4月12日噴火
1895年3月8〜11日噴火
1895年5月18〜19日降灰
1895年7月6〜7、17日降灰・鳴動
1895年9月5〜13日降灰・鳴動
1896年9月13日小噴火
1914年(大正3年)鳴動・噴煙活動
1950年2月10、19日噴火(大穴)・鳴動・降灰
1952年5月23日、6月18日小噴火
1966年5〜8月噴気活発化、大穴の一部では泥水噴出、地震群発
1977年(昭和52年)10月26日1977年2月頃から一切経山の大穴火口の噴気活動が次第に活発化、10月26日昼頃からは噴気活動が活発化したため、福島地方気象台より臨時火山情報が発表され、午後の現地調査の結果、八幡焼では午後3時頃、一時土砂噴出現象を観測しました。噴煙量はやや多めになり、噴煙の中に時折、こぶし大の石が混じって噴出しました。また、酸性の泥水噴出のため、塩川の魚の浮上死、養魚場に被害があった。
1977年12月7日小噴火、火口周辺に極少量の降灰
1998年7月12〜13日地震活動活発化
2001年(平成13年)5〜12月地震活動活発化、12月に火山性微動が発生
2008年(平成20年)11月〜噴気活発化
2014年(平成26年)12月12日

気象庁が吾妻山の噴火警戒レベルを1(平常)から 2(火口周辺規制)に引き上げ

1893年(明治26年)の噴火で殉職した三浦技師と西山技手の碑

1p.jpg2p.jpg

資料:吾妻山火山防災マップ、気象庁ホームページ